【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
いつもより少し短めです
「さて、と」
ドラマの撮影後、インタビューを受けてから、夜だけ舞台稽古に参加する。
それら全ての仕事を終わらせて自宅に戻った私はお母さんの用意してくれた食事をテキパキと取ると、そのまま自室に籠もって調べ物をしていた。
調べているのはもちろん、新野さんが起こした事件のことだ。
アクアくんは私が調査に協力するのは休暇中の間だけで良いと言っていたし、事実、それからはドラマの編集と平行して一人で調べているみたいだけど、私だけ何もしないわけには行かない。
この間、アクアくんの自宅に招かれ、ミヤコさんと話してからというもの、一刻も早く過去から解き放ち、みんなで前に進んでいきたいと思うようになった。
いや、その気持ちが一層強くなったと言うべきか。
アクアくんは、お父さんが用意してくれた情報を基にニノとカミキの関係に付いて調べているみたいだから、私は彼では調べづらいことを別角度から考察することにした。
「アイから見たカミキとニノ」
つまり、アイとカミキの間にあった恋愛感情と、ニノとの間にあっただろう友情。
それらがどのように構築され、どう壊れていったか。
案外事件の鍵はここにあるんじゃないかと思っている。
ただ、アクアくんとしては憎い仇であるカミキの恋愛関係なんて考えたくないだろうし、ニノの方だって、最初はともかくドンドン孤立してグループ内でもイジメに近い扱いをしながら、一方で信仰めいた感情を向けていた。
自分の母親がそういう感情をぶつけられてどうなったかなんて、なかなか想像が付きづらいだろう。
だったらそこは私が。と意気込んで調べてみたのだが、どうも上手く行かない。
その理由も段々と理解し始めていた。
「カミキヒカル」
どうしても、ここでノイズが入る。
私のやり方はたくさん情報を集め、それを基に相手の気持ちを考察しながら足りないところは推測で補う方法だ。
だから情報はあればあるだけ有利になる。
事実、公私に渡って情報が集めやすく、実際に本人役で演技もしたアイの思考はトレース出来ていると思うし、それより遙かに情報が少ない新野さんの方も憧れと嫉妬という、芸能界ではありふれた感情を基にしてみたら気持ちが読めるようになってきた。
なのに、カミキヒカルだけは難しい。
親からの愛情を受けられず、劇団に入ってからも姫川愛梨に性加害を受けていた頃、それからアイと出会い恋に落ちていく課程、上原夫妻の死によって追いつめられアイに救いを求める。
ここまでは分かる。
問題はこの後、アイに拒絶されて壊れてしまったカミキの心情が上手く理解できない。
今私がやっているのはアイから見たカミキとニノの考察なのだから、放置しても良いと言えばそうなのだが。
ジグソーパズルを組み上げる際、ピースそのものだけでなく、既に嵌っているパズルと照らし合わせて正解の場所を見つけだすように、私のプロファイリングもどきでもピースが足りないと他の箇所の考察も上手く行かない。
普段であれば、そういう場所は想像で補っているのだが、カミキヒカルの場合それが難しいのだ。
やったこと自体は分かっても、そこに至るまでの感情の流れが読めないと言うべきか。
「やっぱりもっと深く、一から調べるしかないかな」
以前私が調べていたカミキヒカルの資料に目を通そうとしたところで。
「あかね。いるかい?」
小さなノックの後、掛けられた声の主に私は目を見開いた。
「お父さん?」
イスから立ち上がり、ドアに向かう。
出張族のお父さんは平日は家にいないことの方が多く、今日私が帰った時も居なかったはずだが、いつの間に帰ってきたのだろう。
「急に、どうしたの?」
ドアを開けて出迎えたお父さんは、まだスーツを着たままだった。
忘れ物か何かして一時的に帰ってきたのだろうか。
そんな風に考えて聞いた私に、お父さんは困ったように眉を寄せて微苦笑を浮かべた。
「今週はこっちで仕事だから今日帰るって言ってあったんだけどね。お母さんから聞いてなかったかな?」
「あ」
なんとなく、聞き覚えがあった。
正直、仕事と考察で手一杯で、日常会話まで気が回っていなかったから適当な返事をしていたかもしれない。
「ごめんなさい。ちょっとお仕事が忙しくて……」
謝罪する私を見つめていたお父さんの目が、ほんの一瞬だけ鋭くなった、ような気がした。その目は私とお母さんの前では滅多に見せることのない警察官としての眼差しだ。
「忙しいのは、仕事だけかい?」
「え?」
お父さんの視線が、私の部屋の中に向けられた。
それだけで何を言いたいのか理解する。
「少し、いいかな?」
「……うん」
諦めにも似た気持ちで、小さく息を吐いてから、私は自室にお父さんを招き入れた。
★
『三日後の予約。ニノの奴が面会にオッケー出したってよ』
開口一番、興奮した様子の壱護さんが言う。
「そうか」
元々、俺からその日に面会したい旨を伝えてもらっていたため、驚きはなかったが、壱護さんの方は違うらしく、拗ねた子供のように鼻を鳴らした。
『ちったぁ驚けよ。接見禁止が解けて、面会できるようになってからもアイツは誰とも会おうとしなかったんだぞ? 家族や友達だけでなく、俺が面会申し込んだ時もダメだったってのに。あの弁護士に渡せって持って来た書類の入った封筒。あれのおかげか?』
「まぁな。中身は書類じゃないけど。あれが届いた後なら、壱護さんだったら会って貰えたかもな」
『何だそりゃ』
「ともかく、前にも言ったがニノの説得は俺に任せてくれ」
以前そう言ったにも関わらず、事前に面会を申し込んでいた(断られたようだが)壱護さんに釘を刺すと、一瞬沈黙してから渋々答えた。
『結果見せられた以上信用するが、俺の計画もまだ実行可能だってことは頭の隅に入れとけよ』
計画というのは再会した当初言っていた、ニノが裁判で爆弾発言したとしても、それを吹き飛ばすようなもっと大きな爆弾を壱護さん自ら投下することで、ニノのことをウヤムヤにする計画のことだ。
「悪いが、その必要はない。アンタはB小町の売り出し方でも考えていてくれ」
キッパリ拒絶する。
正直今更そんなことをされても迷惑でしか無い。
『考えてるっつーの。俺が言ってんのは、仮に失敗したとしても尻拭いは俺がしてやるから心配すんなってことだ』
「それじゃあ、俺が困る」
『あン?』
「これ以上母さんを泣かせる訳には行かないんでな」
『それは……卑怯だろ。んなこと言われたら』
「だから、俺が失敗することより、成功を祈ってろ」
『ったく。いくつになっても可愛げないガキだな』
「性分だよ」
互いに苦笑し合ってから、壱護さんとの通話を終えた俺はベッドに寝ころび、深く息を吐いた。
「三日後、か」
スマホでスケジュールを確認する。
俺のスケジュールが空いているのは当然だが、もう一人、その日が休みの相手がいる。
果たしてこのことを伝えるべきか。
一瞬考えてから、すぐに息を吐いた。
「言わないとまたふくれっ面しそうだ」
子供みたいに頬を膨らませて、また内緒で動いた。と文句を言ってくる様が容易に想像出来る。
そのままラインを起動させる。
時間的に、もう仕事が終わって自宅に戻っているだろうが、明日も仕事はあるはずなのでもしかするともう寝ているかもしれない。
面会に行くのは三日後なのだから、今すぐ報告する必要はない。
メッセージだけ送っておけば済む話だ。
だというのに、どうしてか俺は通話のボタンを押していた。
ライン特有の呼び出し音が鳴る。
しばらく音が繰り返されるが、あかねが出ることはなかった。
やはりもう眠っているのか。いや、だとしてもあかね、というか芸能人の特性上、手元にスマホがあれば、すぐ反応するはずだ。
そうなると食事中か、それとも風呂にでも入ってるのどちらかか。
「タイミング悪かったな」
呟くと同時に、単なる報告をわざわざ通話でしようとしていることに、今更気恥ずかしさを覚える。
やはりメッセージだけにしようと手を伸ばしたところで。
『あ、アクアくん? どうしたの?』
慌てた様子のあかねの声が響いた。
「あぁ。あかね? 悪い。何かしてた?」
『ううん、別に。大丈夫だよ』
そうは言うが何をしていたかは言わないあたり、何かしらの作業中だったが、手を止めて電話に出たのだろう。
ちょっと申し訳なく思うが、それを問いつめても意味はない。
気恥ずかしさも手伝い、余計なやりとりは抜きにして早速本題に入る。
「そっか。一応報告しとこうと思って」
『報告?』
「ああ。壱護さんから連絡が入って、三日後ニノと面会できることになった」
『え? ……そう、なんだ』
想定外だったらしい驚いた声に、若干訝しむ。
状況を逐一報告していたわけではないが、大まかなことは伝えていたし、弁護士の働きで面会が可能になったことも連絡している。
裁判まで日がないことも併せて、面会がいつになってもおかしくないことは分かっていたはずだが……
「ああ」
そんなことを考えながら相づちを打ち、出方を窺うが、あかねはそこで一つ深呼吸を入れ、覚悟を決めたように続けた。
『じゃあ、私も一緒に行く』
「いや、そういうつもりで連絡した訳じゃ……」
ない。とは言い切れない。
これまで共犯者として色々手伝って貰ったことも含めて、全ての決着が付く瞬間にはあかねに傍に居て欲しい。
だが、それは恐らく今回の面会ではない。
立会人もいて突っ込んだ話も出来ない以上、当たり障りのない挨拶をして、例の差し入れについて感想を求める程度で終わるはずだ。
それなら三日後ではなく、何度か会ってから、あるいは保釈が決まった後で会う時に来て貰う方がいいんじゃないだろうか。
『ダメ。行くから。私もあれから結構考察してるし、それをぶつけて直接見ることで分かることもあると思うの』
「考察?」
『あ』
「お前。ただでさえ、今まで休んでた分、仕事入れられてるって言っといて。無茶するなよ」
『それを言ったらアクアくんだって……』
「俺は良いんだよ。どのみちニノを説得できなきゃそれどころじゃなくなるだろうし」
その時は、アイのスキャンダルと共に俺とルビーの出生が明らかになる以上、そちらの対策に追われ今以上に多忙となるだろう。
『だったら尚更。私も力になりたい』
真剣な声に俺は負けたと言うように、苦笑する。
「分かった。一緒に来てくれ」
『うん!』
その声を聞いただけで、嬉しそうに笑っている様子が目に浮かぶようだ。
そんな様子を夢想しつつ、俺は顔をほころばせていた。
「あかね」
『うん? どうしたの?』
「本当にありがとう。愛してる」
ごく自然に告げていた。
とはいえ、別段珍しいことじゃない。
以前、あかねと本当の意味で気持ちを通じ合わせたあの日から、毎回会う度とまではいかなくても、お互いに自然と伝え合うことが増えていた。
『あ、えと。えっと……わ、私も。愛して、る……よ?』
最後になるにしたがって小さくなっていく声は、恥ずかしがっているというよりは声量を搾っているようだ。
一瞬、傍に誰かいるのかとも思ったが、あかねの性格上、こうした話をしている時は周りに誰も居ないことを確認していそうなものだが。
「あかね」
近くに誰かいるのか。と続けようとしたが、その前に先ほどまでとまるで違う鋭い声が割り込んできた。
『じゃあ、お互いの情報を交換して、どうやって説得するか考えよう?』
有無を言わさぬ強い声に、若干気圧され筒も、やはり何かを誤魔化そうとしている気配を感じたが、そこまで深刻そうではなかったので気づかない振りをする。
なにより、こうしてあかねと会話するだけで、編集と考察の二足の草鞋で蓄積した精神的疲労が嘘のように溶けていくのが感じられた。
俺だけじゃなく、あかねも同じ気持ちだったら良いと願いながら、俺たちはその日遅くまで話をした。
ちなみにあかねはアクアが既にカミキの考察を終えたことは聞いていますが、ツクヨミを使った答え合わせが済んでいることは知らないで、より深く考察をしようと考えた形です