【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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留置所のルールとか色々調べ物をしていたので少し遅れました


第97話 留置所への道のり・前編

 ようやくニノとの面会が叶うことになった当日、俺は面会ではなく、そこに向かう道すがらに最大のピンチを迎えていた。

 緊張を隠すように何度目かの深呼吸をした直後。

 

「アクアくん。車に酔った? お薬飲む?」

 

 バックからさっと薬と共に、水が入っているらしいボトルを取り出したあかねが心配そうに言うが、俺は自分でも分かるほど引き攣った笑みを浮かべた。

 

「い、いや。酔ってないから大丈夫」

 

 あえて酔っていないと言葉にしつつ、チラリと視線を前方に送る。

 実際、車の運転自体は安全運転なので車酔いする事はない。

 落ち着かないのは別の理由だ。

 

「そう? お父さん最近、人に運転して貰ってばっかりで自分で運転するの久しぶりみたいだから」

 

 その言葉を受けて運転席に座っていた男性、あかねの父親である黒川理さんが答える。

 

「ははは。これでも周りの先輩や同期に比べたらまだ自分で運転している方なんだけどね。安全運転すぎるのは勘弁してね。警察に捕まったら面倒なことになるから」

 

 もしそんなことになったら、止めた側の警官の方がよっぽど驚愕するだろう。

 何しろ相手は警察幹部のキャリア組、それもあかねの言では将来的に警察組織のトップである警視総監の座すら遠くないとされる人物なのだから。

 かといって下手に違反を見逃して、それが後で知られたらそれこそ不正行為と見做されて大変なことになる。

 必然的に安全運転を心がけるしかない。となるわけだ。

 

「いえ」

 

 言葉少なに答えるが、正直今の俺にはこのゆっくりとした運転は拷問のようだ。

 

「星野くん、朝食は?」

 

 そんな車内の空気を察したのかどうか、黒川さんが軽い口調で問う。

 

「朝はあまり食べないので」

 

 答えてからぶっきらぼう過ぎたと気付き、慌てて言葉を付け足そうとしたが、その前にあかねが動いた。

 

「えー、ダメだよアクアくん。役者は体が資本なんだから。そうでなくてもこれから長丁場になるかも知れないよ?」

 

 今日のあかねはいつもにましてよく喋る。

 実はあかねも緊張していて空回っているのか、それとも家族と接する時は常にこういう態度なのか。

 

「いや、だってまだ八時前だぞ? 面会の時間も決まってるし、遅くても十時くらいには終わるだろ」

 

 面会自体は予約を取っているが、面会時間は基本的に一回二十分程度と決まっているため、食事を取るのはその後でも問題はない。

 というのが建前で、実際朝食を抜いたのは単純に喉を通りそうになかったからだ。

 

 その理由の一端が、現在俺たちを送ってくれているあかねの父親──黒川さんの存在だ。

 

 面会が決まり、あかねが同行を申し出てから今日までの間に色々と相談と話し合いを重ねていたのだが、昨夜最終確認をしていた最中、いきなりあかねの父親から出勤前に、車で送っていってくれると申し出があった。

 面会自体は何時でも問題ないのに、朝一番で行くことになったのはそれが理由だ。

 

 いきなり自宅に招き、母さんも踏まえた食事会を開催したことへの負い目もあって断ることも出来ず、お願いすることにしたのだが、俺の家まで来て貰うのも申し訳ないと、こちらからあかねの家に出向いたことで、父親だけでなく母親の方にもお礼と挨拶を述べ、しばらく世間話に付き合うこととなった。

 

 交際に関してかなり露骨な探りを食らったことで、俺の精神は大分削られていたが、その継続ダメージは車内に乗ってからも続いている。

 これはもう何も考えず一刻も早く目的地に着くことを祈るしかない。

 

「まだ時間もあるし、何か食べてから行こうか。お父さん」

 

 そんな俺の願いもむなしく、あかねが少しだけ身を前に出して言う。

 

「そうだね。といってもお店が開く時間ではないし」

「いえ。俺は──」

 

 慌てて止めようとするが、あかねは既にスマホを操作して地図アプリを起動させていた。

 

「あ。近くに24時間営業のスーパーあるよ」

 

 こちらをスルーして話は進み、結局先に朝食を買うことになってしまった。

 

 

   ※

 

 

(気まずい)

 

 半ば強制的に連れてこられたスーパーの駐車場の一角。

 自分が買ってくると言い切ったあかねの有無を言わさぬ宣言によって、俺と黒川さんは二人で車内に残された。

 これだけあからさまな態度を取られると、さすがに俺も気づく。

 

 どうやらあかねは父親と俺を二人きりにさせたいらしい。

 実際、今日は平日なので俺たちを送った後、黒川さんも仕事に向かうはずなので、帰りは二人で戻ることになる。

 そう考えるとちゃんと話が出来るタイミングは留置場に着く前のこの時間しかないのは分かる。

 

 問題はこれがあかねの思いつきなのか、それとも黒川さんから指示があってのことなのかだ。

 どちらかと言えば、黒川さんから言い出したと考える方が自然だが……

 

「星野くん」

「は、はい」

 

「そう緊張しなくて良いよ。ちょっと話しておきたいことがあってね」

(やっぱりか)

 

 一体何の話かと身を固くして、姿勢を正す。

 そんな俺をバックミラー越しに見た黒川さんは、困ったように苦笑した。

 

「だからそう緊張しないで、君にとっても悪い話じゃない。面会のことなんだけどね。勾留中の被告人と弁護士以外が面会する場合、警察官が立ち会うことになっている」

 

「はい。それは、知っています」

 

 それがあったからこそ、今日の第一目標はニノの説得ではなく、彼女の様子見と余裕があれば、遠回しに探りを入れることに留めているのだから。

 俺の返答に一つ頷いた黒川さんはサラリと続けた。

 

「今日の立ち会いは私がするから、気兼ねすることなく話して良いよ。君たちの出生も含めてね」

 

「……は?」

 

 相変わらず穏やかな笑みを崩さないまま告げられた言葉の意味が理解できず、間の抜けた声を出していた。

 

 あかねが推理と考察でたどり着けた結論だ。

 彼女が自分以上と評する黒川さんなら容易に推理できるだろう。

 

 だから驚いたのはそこではない。

 そもそも警察官僚である黒川さんが面会の立ち合いという一般職員の業務を行っても問題ないのかということだ。

 

「運が良かったね。普通起訴されたら、留置所から拘置所に移送されるんだけど、空きが無かったみたいでね。拘置所の場合立ち会うのは刑務官の仕事だから私には手出し出来ない。まあそれだけ事件が多いってことだから、喜ぶことではないんだけどね」

 

「いえ、そうではなく。……そんなことして大丈夫なんですか?」

 

 刑事ドラマでは時々、突然取調室や面会所にやってきた刑事が元の立会人と交代してそのまま内緒話をするような場面があるが現実はドラマではない。

 案の定、黒川さんは苦笑と共に肩を竦めて言った。

 

「あまり大丈夫ではないだろうね」

 

「だったら、そんなことして貰うわけにはいきません。だいたいあかね、さんは知ってるんですか?」

 

 思わず強い口調で問う俺に慌てた様子もなく、黒川さんはそれだ。とばかりに頷いた。

 

「あかねには私が直接立ち会うのではなく、立会人に口止めするよう圧力、というと言葉が悪いか。そういうお達しを出すと言ってある。送っていくのもそれを直接伝えるためだとね」

 

 流石は父親というべきか。

 あかねの性格上、父親の迷惑になることはしたがらないだろうが、それぐらいなら。とギリギリ納得してくれそうなラインを見極めている。

 

「だけど、それでは万が一のことがある。人の口に戸は建てられないと言うからね」

 

 確かにそうだ。

 ここだけの話。誰にも言うな。

 そうした内緒話がいつの間にか周囲どころか、SNSを通じて世間にも広まるなんていうのは良くあることだ。

 黒川さんも業務上そうした実例をよく見ているからこそ危険を犯してでも自分が直接立ち会うと言っているのだ。

 

 その理屈は分かる。

 だが、どうして俺にそこまで手を貸してくれるのか?

 

 言葉にしそうになったがギリギリのところで思い留める。

 思い当たることがあったからだ。

 

 かつて、俺が自殺しようとしたあかねを救った件だ。

 いつかあかねも言っていたが、あの事件からこっち、両親はあかねに対して非常に過保護になったそうだ。

 

 大切な一人娘が追いつめられて自殺しかけたのだから仕方ない気もするが、だからこそ、それを助けた俺に対して恩を感じて手を貸してくれている。

 それこそ、ある程度までの職権乱用も躊躇わないくらいに。

 

 正直そうまでして貰う理由はないため、断りたいところだが、あかね以上に鋭い観察眼を持っているこの人は多分そのことも理解している。

 このタイミングで言ってきたのがその証拠だ。

 今の話しぶりでは、既にことは起こっていて、留置所の職員にも話が通っているのだ。

 今更無かったことにしても、指示を出した事実は消えないのだから、こちらは乗るしかない。

 

 俺が覚悟を決めたのを見計らったように、黒川さんは続けた。

 

「その代わり。と言ってはなんだけど、君に頼みたいことがある」

 

「なんでしょう?」

 

「面会は君一人で来て欲しい」

 

 一瞬、空気が止まった。

 

「それは……あかねを面会に同席させないでほしいってことですか?」

 

 元々は俺一人で会うつもりだったが、あかねの強い意志によって面会にも同席することになった。

 実際面会は家族単位で行うこともあるため、一度の面会で複数人同時に会うのはルール上問題はないが、彼が言いたいのはそういうことではないだろう。

 

「うん。あかねは感受性が高い娘だ。子供の頃私が気まぐれで教えたプロファイリングで、人の感情や思考を読みとることの難しさと楽しさを知ってしまったからなんだが」

 

深いため息は教えたことを後悔しているように聞こえた。

 プロファイリングに基づいた深いキャラ考察はあかねの女優としての才能を支える根幹であり、そのおかげで天才女優として評価もされているというのに。

 

「私は役者業のことはよく分からないけど、それが仕事の役に立っていることも知っている。でも、これはどんなものでもそうかも知れないけど物事には正負両面がある。考察を実在しない役柄やキャラクターに向けている内は問題ない。だけどあかねの場合、自分の周りにいる実在の人物相手にも同じことをして気持ちを理解しようとしてしまう」

 

 俺の心の声に反応したかのような対応に空恐ろしさを覚えつつ、納得して頷く。

 今回カミキとニノに対して行ったのもそうだし、かつて今ガチでそしてこの間まではドラマで演じるためにアイの考察をしていたのもそうだ。

 あかねは単なる考察では片づけられないくらい深く対象の心情を見抜こうとしているのは事実だ。

 

「いつだったか、子役のかなちゃん……いや有馬さんか。彼女に余計なことを言って怒らせてしまった。と落ち込んでいたこともあったな」

 

「以前そんな話を聞きましたね。詳細は教えてくれませんでしたが」

 

「その時もあの子は有馬さんのことを色々調べて彼女の気持ちを理解した。いや、理解した気になった、かな? 自分が調べた内容を真正面から本人にぶつけて余計怒らせてしまったと落ち込んでいたよ」

 

 ともすれば傲慢に見えるほど強気だが、内面は繊細な有馬のことだ。

 仮に本当のことだったとしても、意地を張って罵倒する姿が目に浮かぶようだ。

 

「ただ、人一人から向けられた感情なら受け止めても傷ついたり落ち込むだけで済むかも知れないけど、これが不特定多数から一気に向けられたらたまったものじゃない。ましてそれを受け流すんじゃなく、真正面から受け止めたらなおのことね」

 

 一部の例外を除いて人の精神はそんなに頑丈じゃない。と続ける黒川さんの横顔には言葉では言い表せない様々な感情が浮かんでいた。

 それが何のことを指しているのかは言うまでもない。

 

 今ガチで炎上した際のネットやSNSの書き込みだ。

 あかねは自分の意志でそれを確認し、相手がどう考えているのかを考察しようとしてしまったことで、自殺を考えるまで追いつめられてしまったと言いたいのだ。

 

 それは炎上対策としては最悪といっても良い。

 普通は最初に謝罪だけして、後は見ないようにしたり、見たとしても所詮、画面越しにしか自分を見ていない奴らの戯言。と切って捨てる。

 

 そうすれば、そこまでダメージは負わない。現在絶賛炎上中の壱護さんが割と普通にしているのもこの辺りを実践しているからだろう。

 

「あかねがそういうタイプだって知っていたのに、限界まで追いつめられるまで気づけなかったのは私たちの落ち度だ」

 

「そんなことは……。当時は多忙だったと聞いてますし」

 

「それは言い訳にはならないけど、敢えて言うのなら、当時のあかねは役者として評価されてはいたけど、それは演劇界隈の狭い範囲でね。悪感情を向けられたとしてもごく少数。まさかそれがあんなに短期間で一気に広がるとは思っていなかった。今にして思えば妻も私自身も現在のネットやSNSの影響力を軽く見ていたんだろうね」

 

 当時を思い出したのか、眉間に皺を寄せ、悔しそうに語る。

 そうしてから、意図的にだろう。表情を明るく戻すと、俺に向かって笑いかけながら続けた。

 

「だから、君があかねを助けてくれたことに本当に感謝している。ありがとう」

 

 姿勢を正し深々と頭を下げる。

 

「いえ。あれは俺だけじゃなく、当時の共演者だったみんなの力があってこそです」

 

「うん。彼らにも本当に心から感謝している。だけど、その後のケアを含めてあかねの心の支えになってくれたのは君だ。だから今回のことはそのお礼という気持ちももちろんある」

 

「それだけではない。と?」

 

「言っただろう。あかねは感受性が高く、無意識的に相手の意図や性格、思いを考察しようとしてしまう。そんなあの娘を、これ以上この事件に関わらせておくことは出来ない」

 

 強い声に俺は一瞬目を伏せそうになるが、すぐに視線を上げ、黒川さんを見た。

 

「すみません。俺のせいで」

 

 あかねに共犯者として共に調査を頼んだのは俺だ。

 例え本人も納得した上でのこととはいえ、親からすればたまったものではないだろう。

 今更ながら、なにより謝罪から入るべきだったと思い直し頭を下げようとするが、黒川さんは慌てたように手を振って止めた。

 

「星野くんを責めているわけじゃない。むしろ下手に拒絶されたら、あかねは一人で勝手に調べていただろうからね。そっちの方が危険だよ」

 

 それも簡単に想像出来る。

 突き放すのではなく共犯者として一緒にいてくれることを願ったのは、あかねのそういう面を知っていたからだ。

 

 もっとも、その時はカミキは殺され、ニノも逮捕されていたため、あかねに危険はないと考えていたことも理由の一つだが、黒川さんの言い方からすると、物理的なものとは違う、別の危険性が残っていると言いたいようだ。

 

「要するに新野冬子という殺人犯と直接会話することであかねが無意識に彼女の影響を受けてしまう危険があるということですか?」

 

 俺の問いに、黒川さんは苦笑しつつ首を横に振った。

 

「本当に危険なのは彼女ではないんだよ」

 

 一度言葉を切った黒川さんは、こちらを窺う。

 その態度で誰のことを言いたいのか分かった。

 

「カミキ、ヒカル」

 

「うん。私も君たちにノートを託すために色々調べたが、彼の精神性は異質そのものだ。今のあかねの実力では彼そのものを理解することは難しい。でも彼に影響された人物を通してそれを知ってしまったら……」

 

 あかねの精神に今ガチの時以上にダメージを負いかねない。と続ける黒川さんの瞳を見ながら、俺は思わず息を吞んだ。




ちなみにあかね父は娘のために職権乱用をしているかのように言っていますが、実際はそうした私的な事情以外に、ニノにいつまでもダンマリされていても困るため賭けに出たという理由もあります
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