【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
ちなみに、ニノの口調はサンプルが少ないこともあり少し苦戦しました
カミキとか壱護さんには基本敬語なんですが、役作りで話を聞いた時のかなやあかねにはかなりぶっきら棒なんですよね
とはいえどっちも精神的に追い詰められている状況だったのでこの話ではある程度落ち着いた話し方にしています
面会室の椅子に座らされてから、案内役の警官は部屋を出ていった。
そうしてから私は改めて室内を見回した。
私側に会話を記録するための警察官が背を向けて座っていて、透明なアクリル板の向こうには面会を申し込んできた本人である星野アクアが座っている。
「久しぶりね、アクアくん。私のこと覚えてる?」
まともに会話すること自体久しぶりだったが、特に違和感なく普通に声が出た。
「ええ。お久しぶりです」
表情を固めたまま、こちらをじっと見つめる彼の顔を見たのは子供の頃以来だ。
当時はアイに似ていると思ったものだが、今の彼はカミキさんそっくりだ。
ただ、その瞳だけはアイによく似ていた。
「それで──」
彼の隣に座っていたもう一人の面会者を見る。
美しい黒髪と、整った顔立ちをした女の子。
年齢はアクアくんと同じか少し上くらいだろうか。
「初めまして。黒川あかねです」
スッと姿勢を正して頭を下げる。
端正な顔立ちも含め、物怖じ気しない堂々とした態度は若くして大人と多く接して早熟になりやすい芸能人特有のものだ。
「アイ役をやった女優さんね。……でも驚いたな。君が連れてくるとしたら社長か、私役を演じた人かと思ってた」
軽く会釈だけ返して、直ぐにアクアくんに視線を戻した。
「どうしてです?」
「だって、あのドラマを放送するために、私から名称使用件を取るために会いに来たんでしょう?」
言いながらチラリと視線を監視の警察官に向ける。
実際その為に来たとは思っていないが、警察官が居る前で本当のことは話せないと意志を伝えたつもりだったが、そんな私を見てアクアくんは薄く微笑んだ。
本心を隠すようなその表情もカミキさんそっくりだ。
「いいえ。俺はアイの息子として貴方に話があって来ました」
きっぱり言い切る。
それを聞いても、黒川あかねはもちろん、監視役も反応を示さないところを見ると、すでに話は通っているようだ。
子供のくせに、警察と取引できるような立場にいるのか、それとも私が収監されているうちに、世間ではアイに隠し子がいたことが公表されてしまったのだろうか。
(でもあの台本では隠されていたし、取り調べでもそのことは言ってこなかった)
取り調べが始まって以降、何も話さない私に焦れて、あの手この手と話させようとする検事がそのことに触れない筈がない。
「二人のことは心配いりません。ここでの話は外には漏れませんから」
「それじゃあいったい何をしに来たの?」
こちらの心を読んだかのような態度に鼻を鳴らす。
「貴方が裁判で何を言う気なのか教えてもらいに来ました」
飾り気の無いストレートな物言い。
まあ気持ちは分からないでもない。
「やっぱり世間ではまだ知られてないんだ。アイの隠し子のこと」
公表されてしまえば、双子の芸能活動に支障が出るだけでなく、アイの名誉にも傷が付く。
例のドラマも放送できなくなるかも知れない。
澄ましてはいるが内心では戦々恐々といったところか。
優越感と共に笑みを浮かべる私に、アクアくんは相変わらず無表情を貫いたまま答えた。
「貴方はずっと前から知ってたんですよね」
この言い方、いったいどこまで調べがついているのだろうか。
ぼんやりと考えていたが、直ぐに私は可笑しくなって笑いが漏れた。
「何か?」
訝しみつつ、こちらの真意を見抜こうとしているアクアくんに私は笑いを浮かべたまま手を振った。
「もう良いよ。そういうさぐり合いは取り調べでうんざりしてるの。要するに君はあれでしょ? 私に裁判で君たちのことを言わないようにさせたいんでしょう?」
「ええ。その通りです」
「それなら勝負をしようよ」
「……どんな?」
慎重に問いかけるアクアくんに、私は笑みを深めた。
「私がカミキさんを殺した本当の動機が何だったのかを当ててみて」
面会を申し込まれた時からずっと考えていた。
アイとカミキさんの子供なら、警察も検事も家族も弁護士も、誰も分からなかった私の本当の気持ちを理解してくれるかも知れないと。
★
賭けの内容がずっと調査していたものそのままだったことに一瞬言葉を失った。
同時に脳裏に浮かんだのは、楽し気に笑っている小生意気な子供の笑み。
いつも思わせぶりな態度で煙に巻くばかりだったツクヨミが、今回に限って妙に具体的なことを言うと不思議に思ってはいた。
(アイツがあんなこと言い出したのは、この為か?)
初めからこうなることが分かっていて、俺に手を貸そうと事前に動機を考えさせるように誘導したのか。
なんて考えてから心の中で否定する。
あの疫病神が俺の為にそんな真似をするとは思えない。仮にそうでも、そちらの方が自分にとって都合が良くなるからだろう。
どちらにせよ、願っても無いチャンスだ。
本来の予定では、もっとゆっくりと世間話や過去の思い出を語りながら、こちらの持っている
その後ツクヨミを使って答え合わせをした上で、ニノの感情を巧く擽り、こちらの狙い通りに動かす。
それこそかつてカミキヒカルがやっていたようなやり方を使ってでも秘密は墓まで持っていってもらう。
それが当初の計画だった。
だが、直前に黒川さんから聞いた話で状況が変わった。
これも本来は内部情報だから。と前置きした上で教えてくれたのは数日後に迫った裁判の日程だった。
彼女がずっと黙秘を続けているとはいえ、殺人そのものは疑いようがなく、もう捜査すべきことがないのが理由らしいが、黒川さんとしては彼女が裁判で語ると言っていた内容が気になっているらしく、その前に何とか本当のことを聞き出したい。と考えたのも立会いを自身で行うという無茶を通した理由の一つだったらしい。
その内容次第では更なる調査の必要があると、裁判の延期を申し出ることも出来るからだ。
立会人の目を気にすることなく話が出来るのも今回だけである以上、手元にあるカードで勝負に出るしかない。
「45510」
「ッ!」
ここに来て初めて、ニノの表情が大きく変わった。
「B小町の共同ブログのパスワードですよね? 最終更新日が事件の少し前でしたよ」
「いつ、見たの?」
探るような口調に、こちらも相手の反応を窺いながら答える。
「つい最近」
「……そう」
露骨にホッとした様子を見るに、やはり記事を消したのは彼女なのだろうか。
そう。
ニノのサブアドレスと、45510のパスワードによってたどり着いた編集画面のどこを見ても、俺が望んでいたような隠しページも、非公開記事も無かった。
そう考えると答えは一つしかない。
あの最終更新は、ブログに新しい記事を加えたものではなく、その逆。
既に書かれてあった何かを消したことを示したものだったのだ。
その内容がおそらく今回の事件の鍵を握っている。
ここからが勝負だ。
「安心するのは早いですよ」
「え?」
「記事を削除したくらいでデータが完全に消えることはない。警察に捜査を頼めば、簡単に復元できます」
そこまで言って俺はチラリとニノの後ろで椅子に座っている黒川さんに目を向けた。
当然、そんなことはしていない。
というかドラマや映画では簡単に削除されたデータの復元なんてやっているが、ブログのような個人情報にも関わるデータの場合はセキュリティもしっかりしているだろう。
ただ、警察の捜査であれば、ブログを管理している会社に礼状を持っていき、データを復元させられるかもしれない。
彼女視点で見れば、俺が警察と取り引きして、ここでの内容を秘密にさせている状況だ。
つまり、警察を動かすこともできるように見えるはず。
「復元、したの?」
「いえ、今は。まだ」
もう一度、今はを強調するとニノの目つきが変わる。
やはりそこに載せられていた内容こそが、彼女をカミキ殺しに駆り立てた動機なのだと確信した。
「それが動機なんでしょう?」
内容はともかく、誰が書いたかはある程度は憶測がつくが、ニノとの勝負は動機を当てることだ。
あわよくば、これで決着に……
「じゃあ、まだ内容は知らないんだ。それじゃあ、当てたとは言えないでしょ?」
そう簡単にはいかないか。
「復旧させてからもう一回来いと? 別に構いませんが、時間の無駄じゃないですか?」
裁判の日程が決まっているとはいえ、数日の猶予はある。
実際はブログの内容が俺たちの出生に触れている可能性もあるので復元されるとまずいのだが、そのことはおくびにも出さず告げる。
「無駄じゃないよ。そもそも、私が次に会うかどうかも分からないじゃない? 決定権はこっちにあるんだから。だから、今しかないよ。今当てて」
切羽詰まった物言いからして、俺のブラフを読まれた訳ではなさそうだ。
単純に時間を置くと確実に負けると分かってるから、ここで勝負を決めようとしているのか。
だが、彼女の言うように面会の決定権を持っているのはあちらである以上、ここで当てるしかない。
「ブログのパスワードを知ることができるのは初期メンバーの高峯、渡辺、あるいはアイを殺した張本人で、貴方と付き合っていた菅野良介辺りか」
反応を探るように一人ずつ名前を挙げてみるが、ニノは無理やり唇を持ち上げ笑みを形作った。
ポーカーフェイスというより、必死に表情を固めて反応を出さないようにしているようだ。
「一番可能性があるのは、菅野が死ぬ前に書いた遺書みたいなものか?」
確か、アイを刺してから菅野が自殺するまで数時間の猶予があったはず。
それを見て、自分と菅野が操られていることに気付き、洗脳が解けて恋人とアイの敵討ちとしてカミキを殺した。
そう続けようとした俺を制したのは、これまでずっと黙って話を聞いていたあかねだった。
「ううん。違う」
「あかね?」
呼びかけに応えるように、こちらを見たあかねは、両目に星のような輝きを携えていた。
「ねぇニノ。それを書いたのって、アイなんでしょ?」
演じているわけではないのに、口調も笑顔も、雰囲気も全てがアイそのものに変わっていた。
★
アイの演技をしながら話しかける私に、新野さんは刺すような冷たい視線を向けてきた。
私みたいな小娘に愛称で呼ばれたことに対する怒り、ではない。
私がアイを演じていると理解しているからこその怒りだ。
似てる似てないの問題では無く、偽物の存在そのものを認めないと言わんばかりの、殺意すら籠もった瞳は、彼女がアイに心酔している証。
(やっぱり)
そんな彼女の殺意を、私は笑顔で受け止める。
その姿を見て、彼女は目に見えるほど分かりやすく動揺した。
これはドラマの中で、私とかなちゃんが演じたニノがアイを糾弾して決別する中盤の山場から持って来た芝居だ。
私とかなちゃんが勝負という名の共闘を行ったシーンでもある。
そこで私は今と同じように、ニノの怒りを笑顔で受け流す芝居を行った。
そこに限らずドラマの中のアイは誰からも愛され、弱音を吐くこともない、完璧なアイドルだった。
唯一の例外は、アクアくんが監督を勤めたラストシーン。
ルビーちゃんが発案したという、B小町のメンバーと和解して一致団結した夢のシーンだけだ。
あれもアイが本心ではみんなと仲良く普通の友達みたいになりたかったのに、それを表に出せなかったからこそ、今際の際の願望としてああいう夢を見たのだという設定になっている。
つまり、現実のアイは内心でずっと怒りや悲しみを抱きながらも、それを誰にも打ち明けることが出来なかったのだと考えていた。
でもアクアくんから初期メンバーしか知らないブログに誰かが何かを書き込んでいた痕跡があると聞いた時、私はそれがアイの声なんじゃないかと思った。
いや、そうじゃない。
私の中に再現したアイの感情が、そう言っていた。
「結局アイは、最後まで声に出して助けを求めることは出来なかったんだよね? 貴方にもカミキヒカルにも、斉藤さんたちにも」
視界の端でアクアくんの手がピクリと揺れる。
それは多分、アイの苦しみに気づけなかった自分と、アイから頼られなかったことへの悲しみだろうか。
その手を握りしめてあげたい気持ちを抑えて、私は続ける。
「そんなアイが唯一、ギリギリの中で選択したのが、B小町の中でも、限られたメンバーにだけ届くようにブログに自分の気持ちを書き記すことだった」
無言のまま私の言葉を聞いているニノの眼球だけが、ますます大きく揺れ始める。
強い動揺。
ここだ。と私は更に踏み込んでいく。
「でも、貴方たちは誰も見つけることが出来なかった」
少なくともアイの生前は。
「それが何の因果か去年の暮れに、今更見つけてしまった。アイドルとしてじゃない、人間としてのアイの苦しみと悲しみを綴った言葉を。もしかするとカミキヒカルへの想いにも触れてたんじゃないかな?」
アクアくんたちに残したあのDVDと同じように。
一度はアクアくんもそれを見てカミキを許そうと思ったくらいだ。
では何故、ニノは許すどころかカミキヒカルを殺したのか。
「でも貴方は、それを認められなかった。だって貴方にとってアイは、今でも完全で無敵のアイドルのままなんだから」
そう。彼女にとってのアイは、人間ではない。
ファンがアイドルに向ける自分にとって都合の良い偶像、いや、信仰する神そのものと言ってもいい。
この人は、アイにアイドルとしての立場、センターの座だけでなく、恋人の心すら奪われたからこそ、アイに特別で居て欲しいと思っている。
いいや、特別でなければならないと思っているんだ。
だからこそ。
「カミキヒカルがアイに捨てられたんじゃなく、本当は愛されていたと知ったから。だから、彼を許せなかった」
これが私の結論だ。
相変わらず殺気の籠もった目で私を睨みつけてくる。
だけど私はその目を見ても、哀れさしか感じなかった。
私の推理通りなら、この人はこの期に及んでもカミキヒカルの洗脳が解けていないことになるのだから。
彼によって煽られ、扇動された結果、カミキ自身がアイにとって特別な存在だと認知され殺されたとすれば、自業自得な最期だともいえるが、そんな男に操られ続け人生を棒に振った彼女は……
「はは」
「?」
「スゴいね。私のこと、よく分かってる」
敗北宣言のようだが、どこか楽しげな様子を訝しむ私に、ニノは笑って続けた。
「でもだからこそ、貴女はアイとは違う。アイは、私の気持ちを慮ったりしない。もっと自由で勝手で、私に何を言われたって気にしたりなんかしない。あの子は最強で無敵のアイドル様なんだから」
「……やっぱり」
この人は未だ、アイに狂ったまま。
「でもね。一つだけ間違ってる。あのブログに何を書かれていたかなんて私は知らない。見てもいないんだから」
「え?」
じゃあどうして、彼女はカミキを──
「……そういう、ことか」
「アクアくん?」
これまでずっと黙って話を聞いていたアクアくんが大きくため息を吐いた。
思わず視線を向けるが、アクアくんはこちらを見ることなく、さっきまで震えていた拳を握りしめて、身を乗り出して告げる。
「もう茶番は結構だ。勝負だなんだって言ってるけど、アンタさっきから俺たちを正解に導こうとしてるよな?」
「あ」
確かにそうだ。
アクアくんが削除された記事のことを指摘したら、書かれている中身が重要だと言い、私がそれを推察したら今度は自分はその中身を見ていないと言う。
本当に彼女が、この勝負に勝つつもりで動機をウヤムヤにしたいのなら、いちいち反応する必要はない。
これまで警察や検察の取り調べでしていたようにただ無言を貫き続ければ良いだけだ。
「……」
「アンタ、最初から俺たちのことを裁判で言うつもりなんか無かったんだろ?」
「え? それじゃあ」
「ああ。やっぱり、この人はもう洗脳が解けている。あかねの推理通り記事を書いたのはアイ、でもその記事を消したのは、カミキなんだな?」
形こそ問いかけだったが、アクアくんの口調は確信めいていた。
その言葉を受けて、ニノは小さく笑った。
肩を落とし、どこか憑き物が落ちたような乾いた笑いを。
次でニノとの勝負は決着が着く予定です
大体書き終わっているので明日か明後日には投稿します