Mr.聖杯戦争in外典   作:英鈍

10 / 37
息抜き
よければ感想ください


貴船の下船者

 

 ただ、昏い波音だけが聞こえる。

 

 果てがなくただ水平線しか見えない海原を前に男はただじっと立ち尽くし、寄せては返す鉛色の波頭が、彼の足元を濡らしては引いていく。

 

 その時、単調な波の音を割って、微かな砂の擦れる音が背後から響く。

 吹き荒ぶ冷たい潮風に混じって、男のものとは異なる小さい足音が近づいてくる。

 男は振り返らず、その背後に落とす薄暗い影にもう一つの細く薄い影が静かに重なった。

 

「……ここにいましたか」

 

 背後からかけられた声は鈴を転がすように可愛らしく、しかし凍てついた冬の夜のように冷えた色を帯びていた。

 男の背後に立ち、まっすぐに彼を見つめているのは、金髪の可憐な少女。

 だが、かつて光を宿していたはずのその碧眼に、今はもう光の一片すら存在しない。

 幾度もの裏切り、果てのない悪意、尽きることのない搾取。救おうとした者たちから浴びせられ続けた呪詛の刃。

 その底の知れない絶望の淵で、彼女の瞳は濁り、淀み、すべてを投げうった漆黒の諦念に染まっていた。

 

 彼女の名はトネリコ。

 このブリテンの地において、古くから数多の厄災を祓い、妖精たちに幾度裏切られながらも理想のために歩み続けてきた救世主──そして、後に女王モルガンとして君臨することになる、楽園の妖精。

 彼女は、振り返らずただ海を見つめ続ける男──本来の彼女の歩みには存在するはずのない異物である二騎目のサーヴァントへと、静かに問い掛ける。

 

 

「凪斗──いえ、今は敢えてこの名で呼びましょう」

 

 

「我がサーヴァント。汎人類史において現代の人間でありながらも、雷雲の冠を戴き嵐の玉座の末席に座りし者」

 

 

 

ライダー・ワイルドハント。あなたは、どちらを選びますか?」

 

 

 

 その二択の内容を、男──明雲凪斗(ワイルドハント)は言葉にせずとも理解していた。

 

 人理の防人として、抑止の守護者としての本分を全うし、この場で自害して英霊の座へと還るか。

 あるいは、救世主トネリコ──異聞帯の女王モルガンの『騎士』となり、世界のすべて、汎人類史の営みのすべてを裏切るか。

 

 どちらの道を選択しても、もう二度と後戻りはできない。人類の歴史を背負うか、目の前の少女の絶望に殉じるか。

 トネリコは、じっと凪斗の背中を見つめながら、心のどこかで確信していた。

 

 

 彼は──自害を選ぶのだろう、と。

  

 

 彼の人生の半分は英霊──サーヴァントという存在によって成り立ってきたと言っても過言ではないからだ。

 それも混じり気のない純正な英雄、誰の目から見ても正しい『英雄らしい英雄達』によって。

 彼が幾度も巻き込まれる聖杯戦争から一度も逃げ出さず、その生涯を戦い続けた理由の二番目は、己と共に戦った英霊達の誇りに恥じぬ人生を送るという誓い。

 

 この長く苦しいブリテンの旅路でも、彼は己から度々、もしくはトネリコがそれを望む度に、まるで宝物を披露するかのように嬉々として彼らのことを語っていた。

 

 ゴールデン、姉さん、シグルド、ダレイオス、アーラシュ──ユーウェイン、と。

  

 永い、あまりにも永い時を生きる妖精たちとは違う。魔術を用いなければ、せいぜい100年ちょっとで寿命を迎えてしまう脆弱な人間の精神。

 それなのに、果てしない旅路の果てに記憶が摩耗し大切なものを忘却していくことなど露ほどもないと言わんばかりに、彼は心の中の灯火をただの一度も絶やすことなく、鮮烈に保ち続けていた。

 その灯火の源泉の一つこそが、汎人類史の英霊たちとの強固な絆に他ならない。

 

 英霊の存在意義とは人類史の継続、人理の守護だ。ならば、その歴史を裏切り異聞帯の側に立つことなど、彼にとって絶対に許容できない裏切りであるはずだった。

 そんな選択を、彼自身が積み上げてきた誇り高き歩みが、彼自身の魂が許すはずがない。

 彼女は脳裏でそう結論づけて、諦念と寂寥を孕んだ目を静かに伏せた。

 

 これ以上目を開けていたら命を絶つ彼の姿を、見てしまうから。

 どんな苦難の時も自分を信じ、支え、冷え切った心を温めるように導いてくれた、まるで本当の兄のように思っていた大切なヒト。  

 その最期を、この両目に焼き付けたくはなかった。

 

 トネリコは、自分が完全に一人きりになるその瞬間を、ただ静かに待つ。

 吹き荒ぶ風の音だけが、世界の終わりを告げるように冷たく響く。

 

 

 ──だが。

 

 

 トネリコが予期した、霊基が霧散する光の気配も、魔力の経路が断絶する喪失感も、いつまで経っても訪れなかった。

 

 

「マスター。忘れてないか?」

 

 

 低い、だが驚くほどにいつもと変わらない、軽妙さすら含んだ声が風を裂いた。

 

 

「俺は、とことん()()()()()()()()()()()()だってことをよ」

 

 

 

 弾かれたように目を見開いたトネリコは、そこで初めて気付く。

 

 

 

「────え?」

 

 

 

 

 彼の背中しか、見つめていなかったが故に見落としていた──()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ──骸があった。

 

 

 縦に両断された姿で転がっているのは、彼の愛息であったモノ。

 

 

 誰よりも優しく、誰よりも温かい心を持っていた異端の土蜘蛛。その純粋な善性は、妖精たちの悪意と裏切りに晒され、永い旅路でボロボロに疲弊していたトネリコの心をいつだって静かに癒してくれた。

 エクターと共にトトロットの傍に並び、その人工の手先を器用に動かしては服の編み方を教えるほどの腕を持っていた彼が編んでくれた蜘蛛糸の毛布は、トネリコにとって──否、旅の仲間全員のお気に入りだった。

 妖精たちに嫌がらせを受け、幾度燃やされ、切り刻まれようとも、彼は何十回だって同じように温かい毛布を編んでくれた。

 彼が作ってくれた可愛らしい編みぐるみを抱いて寝てたことがバレてグリムに揶揄われたのは、今でも褪せない恥ずかしい記憶だ。

 

 そんな彼が、今はただの物言わぬ肉塊として、冷たい砂の上に転がっている。

 

 

 

 ──残骸があった。

 

 

 暁の剣、不撓を綴った円筒、大帝に下賜された大砲、

 悪狼に押し付けられた毛皮に、熱い友情を交わした蟹との絆の証である盾。

 最愛の姫より贈られたチョーカーも、義姉と共に作った八咫烏の外套さえも。

 

 それらを彼が一体どんな想いで、どれほどの祈りを込めて作っていたかを、経路より流れてきた記憶で彼女は知っていた。

 託されたのならば、その信頼に相応しいものにしなければならないと。

 そう呟いて一睡もせずに何度も何度もやり直して、改造して。文献を必死に漁っては、かつて共に駆け抜けた彼ら、彼女らとの眩しい記憶を愛おしそうに一つずつ思い出しながら。

 

 単なる武装ではない、彼の生の結晶。

 

 

 そう呼んでもいい英霊の残照(レムナント・コード)が、今や見る影もなく、悉く打ち砕かれていた。

 

 

 他ならぬ、彼自身の手によって。

 

 

 

 ──残滓があった。

 

 霊子となって霧散していく、見慣れた影たちの輪郭がそこにあった。

 

 いつも騒がしく突っ込んでは場を和ませていた猪。常に一歩引いて全体を見ていた苦労人の熊。軽口ばかり叩いていたお調子者の鷹。おっとりとした佇まいだった鯨。すべてを達観したように笑っていた好好爺の大亀。美しい髪への執着が凄まじかった蛟。気紛れに甘えては消える化猫。何があっても規律を重んじた堅物の馬頭──

 

 それは、彼の霊基を構成しているワイルドハントの概念に付随して、自動的に呼び出される無機質な軍勢(おまけ)などでは断じてない。

 彼が生前に生み出し、主が死して守護者へと成り果ててなお、どこまでも共に無限の地獄を歩むと己の意志で決め、どこまでも付き従った忠臣たち。

 救世の旅路を、いつも笑いの溢れる賑やかな珍道中へと塗り替えて、彩ってくれた、愉快で愛すべき馬鹿な──家族のようだと思っていた、仲間達。

 

 

 そんなみんなが、彼によって屠られて、光の塵となって消えていた。

 

 

 

 そして、トネリコが凪斗本人へと視線を移したとき。

 

 

 呼吸が、完全に凍りついた。

 

 

 

 ──無くなっていた。

 

 

 数多の亜種聖杯戦争という死線を潜り抜け、決戦の度に高く掲げられ、泥を啜りながらも勝利と敗北を積み上げてきた、あのまばゆい英霊達との絆の象徴。

 彼がどんなに苦しい時も見つめて、己を奮い立たせていた誇り。

 

 

 

 

 令呪が刻まれていた、左手が。

 

 

 

 肘の先から生々しい赤が止めどなく滴り、砂と鉛色の波を濁らせていく。

 

 

 

 

 それは覚悟であり、

 それは否定であり、

 それは訣別であり、

 それは、誓いであった。

 

 

 

 ゆっくりと、隻腕となった身体でこちらに向き合う彼を見て、トネリコはふと、ある記憶を思い出す。

 

 彼をこのブリテンに召喚したその時の、どうしようもなく締まりのない、おかしな記憶を。

 

 

 

 

『────あわぶっ!?』

『むっ』

『はい?』

『…………相変わらず読めない男だ』

『え、ここ何処!? 俺召喚されたの!? あれなんだこの霊基!? 服装もテオドリックと一緒に考えたやつ! てか宝具もなんかおかしいんだけど!? みんなも全然反応しないし一体全体どういう──』

『えーと、あなたも、私のサーヴァント……ですか?』

『…………スゥゥゥゥ……多分、そうですね?』

『疑問形!?』

 

 

 

 あんな、まるで喜劇のワンシーンのような出会い。

 本当に彼らしいただの巻き込まれ事故の極致。

 

 今思い出しても、張り詰めた唇の端がふっと緩んでしまいそうなほど、格好がつかなくて、情けない形で召喚された彼が。

 

 神の血を引くわけでもなく、妖精の祝福を受けたわけでもない。

 異界の魂なんて言うのも、彼はただ日々を送っていた学生で、彼本人に特筆すべきものはなく。

 ただ、数多の英霊達の背中を見て、彼らに育てられ、あのような結末を迎えた一人の人間。

 

 

 そんな男が。

 

 

 愛した息子の命を。

 友と交わした絆の証を。

 死してなお己の魂についてきた、忠臣たちを。

 自らの半身も同然、これまでの歩みを象徴するものを。

 

 

 それら全てを、彼は躊躇いなく跡形もなく壊して、潰して、切り刻んだ。何もかもを投げ打って、己の魂だけを携えて。

 

 

 ──ただ、私のために、ここにいる。

 

 

 

 汎人類史(全て)を天秤にかけて私を選んだ、私だけの騎士。

 

 

 

 トネリコは、胸の奥底で脈打つ酷く仄暗く、しかし狂おしいほどに鮮烈な歓喜を声音に隠し、穏やかに問う。

 

 

 あの日と全く同じ言葉を。

 

 

 

「────では、改めて問いましょう」

 

 

「あなたが、私のサーヴァントですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「ライダー・ワイルドハント改め、妖精騎士ヘルラ

 

 

 

 

 

 

 

「この身は既に抑止力に仕えし守護者ではなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「異聞帯の女王に忠誠を誓う、人理の裏切り者である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──妖精を支配する魔女の騎士が、人類史上最低最悪の嵐の王、なんてのも悪くないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

「同じ裏切り者同士、どこまでも付き合ってやるよ、共犯者(マイ・マスター)

 

 

 

 

 










トネリコはあの流れで妖精騎士アコーロンに改名させるつもりでしたがワイルドハントのとても強い要望で妖精騎士ヘルラが続投となりました。

「なんで!?別にアコーロンでもいいじゃないですか!?ほら、義手も剣も鞘も鎧も作りましたよ!」
「義手と剣と鞘と鎧は貰うけどその名前はいやーキツイっす。重さ的に」
「それじゃあヘルラは!?記憶見たけどヘルラ王に対して結構な畏敬の念抱いてたじゃないですか!下手すればダレイオス三世と同じくらい!」
「ヘルラは内に秘めるワイルドハントの繋がり的なアレでOK貰ったしぃ……」
「声震えてんぞじじい」
(口悪っ……)

「そうだ!ロット、それかラモラックとかは?」
「それもヤメロ!なんでよりにもよってそういう名前に持っていくんだこの魔猪の氏族長(トゥルッフ・トゥルウィス)!」
「その呼び方は流石にライン超え!おんどりゃー!」
「グワーッ!」

ちなみにこの妖精騎士ヘルラが実装された場合、再臨ごとに名前が
妖精騎士ヘルラ→アコーロン(私的な姿)(結局プライベート時の名前とした)→ワイルドハント(救世主時代の姿)になります。明雲凪斗には絶対ならない。
服装は
ブリトマートレベルにゴツい全身鎧→私服→軍服(テオドリックと一緒に考えた服装)
みたいな感じで

テオドリック?
本編後の亜種聖杯戦争の一つでライダーとして凪斗に召喚されて優勝した繋がりです。
ちなみに東ゴート国王でもディートリヒでもなくワイルドハントとしての側面で召喚されましたね。

Qんじゃなんでヘルラ名乗ったんだよお前
Aワイルドハントっていったらヘルラが真っ先に思い浮かんだのとイギリス繋がり。あと本人にはマジ不敬だけど降りる気はないという意味を込めて。
ヘルラさん「そこまで想ってんなら許すわ。だが、もしも主より先に死んだらそれ相応の罰は覚悟しとけよ小僧」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。