フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアにとって、明雲凪斗とは少し年の離れた、駄目で世話が焼ける人であった。
初対面では死んだような目でぼーっと虚空を見つめており、そこに亜種聖杯戦争を何度も生き残ったとは思えないほどに覇気を感じられなかった。
後から聞いてみれば、その時は亜種聖杯戦争後だったそうで、亜種聖杯戦争後は疲れがどっと出てしばらくその状態になるらしい。
少し不安になりはしたが、魔術師──というよりは魔術使いとしての能力は高く、反りが合ったこともあり、いつの間にか弟のカウレスも混じって数年の付き合いになっていた。
故に、フィオレは凪斗の様々な顔を見てきた。
初対面で見た疲れ切った顔。
自らの質問に真剣に対応する顔。
お酒を大量に呑み酔っ払った顔。
召喚してきたサーヴァント達を誇らしげに語る顔。
愚痴を吐き切りそのまま酔い潰れてしまった寝顔。
起きて酔い潰れたことを自覚して慌てる顔。
特に印象に残っているのは、起きた後に食べた料理が自分の手料理であったことを知り驚く顔だ。あの顔は今でも鮮明に思い出せる。
だが、フィオレにもまだ知らない顔はあった。
しかし、知らなかったことは必然と言えるだろう。
何故なら、その顔はフィオレやカウレスにとって縁遠く、凪斗にとってフィオレやカウレス以上に縁深いところで見せるのだから。
深夜のトゥリファス。
繰り広げられる異端──聖杯大戦の一戦。マスター達で行われる生死と願いを賭けた
その渦中。
「ッ、相変わらず、お前の相手は面倒臭いな!」
「ソレはこっちのセリフなんですけどねェ!?」
その中にあったのは、己を下した
◾️◾️◾️
モードレッドとケイローン、呪腕のハサン、そして蜘蛛丸が戦っている中、フィオレは一先ずユグドミレニアの面子を保つためにダーニックの指示で獅子劫に一人で挑んだ。凪斗のやる気はさがった。
しかし、その結果は敗北。
礼装の性能では勝っていたものの、戦闘経験の差という凪斗の言葉通りの理由での敗北であった。
直前で凪斗が阻止したことによりフィオレは死を免れ、本来は凪斗を援護すべきであるのだが──
「────」
初めて見る凪斗のその凄惨な笑顔に呆然としてしまっていた。
そんなフィオレを他所に、二人は戦いを繰り広げる。
「お前一応友達だろ!? 少しは手加減してくれたら嬉しいんだがな!」
「シラフで言ってんですかそれ!? 酒でも飲みましたか!?」
「お前に言われたくはねぇなぁ!!」
軽口を叩くも両者のする表情は別。
凪斗は生死を賭ける戦場にあるまじき笑顔。
獅子劫は数々の傷痕で強面となった顔に似つかわしくない、焦りの表情を浮かべていた。
獅子劫は凪斗の手に握られる拳銃から放たれる非殺傷のゴム弾を躱しながら、ショットガンの引き金を引く。
放たれるのは弾薬ではなくゴム弾でもなく、死霊魔術師らしく人の指を加工し作られた弾丸。
魔術の一種であるガンドを組み合わせ作られた指弾は凪斗の体温を感知し、突き進む、が。
指弾は突如光に照らされて
「チッ」
(相変わらずだな。あの
獅子劫は光と炎の元──凪斗の周囲を衛星のように旋回している数枚の鏡を忌々しそうに見つめる。
(九百年の歴史があるとはいえ……何ともまぁ厄介なモノを作り出しやがって……!)
明雲家の魔術。
それは鏡である。
鏡はその神秘性から世界中で権力の象徴として、または宗教や魔術で行われる儀式の重要な祭具として、神話・伝承においても何かしらの意味を持たされてきた。
例を挙げると、アステカ神話の神、黒のテスカトリポカが持つ名の一つである『煙る鏡』はメソアメリカの一帯で儀式に使われた黒曜石の鏡を示している。また、黒曜石の鏡を義足にしたことで、ありとあらゆる未来の出来事とその結果を知る──未来予知の力を得たという伝説も残っている。
日本では神鏡という神聖な鏡が御神体──神の依代として本殿に祀っている神社が多数存在しており、三種の神器の中でも最重要視されている天照大御神の御神体、八咫鏡も神鏡の一種であるため、その神聖さ・重要さが伺えるだろう。
そんな世界中に溢れる鏡にまつわる伝承の一つに、照魔鏡というものが存在する。
妖怪の正体や妖術を照らし出して暴くとされている鏡で、とある中国の物語では
凪斗の周囲を旋回する数枚の鏡型魔術礼装は、過去の明雲の術師達が実際に怪異退治に使ったとされる照魔鏡に凪斗や凪斗の祖父が手を加えたものであり、その効果は即ち──
(対象の魔術を殺す魔術礼装──!)
対魔術用魔術礼装。
照魔鏡の妖術を『暴く』『照らし出す』という性質を利用した魔術殺し。ロード・エルメロイII世の解体とは別種の問答無用の魔術破壊。
一流の魔術師であっても、明雲相伝の術式と数百年の神秘を持つ照魔鏡にかかれば、停止は免れても大小の減衰は免れない。
(となれば……)
獅子劫は弾を装填し、凪斗に向けて銃口を向ける。
それを見た凪斗は、獅子劫が同じことをしようとすることに疑問を抱えながらも再び照魔鏡に迎撃を任せ、その隙に距離を詰めようとし──
──パリン、という鏡が割れる音が聞こえた。
「ッ!!」
凪斗は咄嗟に照魔鏡ではなく、対物理に特化させた鏡を盾にする。
先程の鏡が割れた音は『鏡が割れるのは不吉の前兆』というものを利用した、和装の至る所に仕込んだ危険察知用の鏡のうち一つが割れた音。
鏡が割れると同時に数多の亜種聖杯戦争の中で培ってきた凪斗の直感も反応した。
ショットガンから発射されたのは指弾ではなく実弾。
散弾は凪斗には当たらず、鏡を撃ち抜く。
その後ろに姿はない。
獅子劫が気配と魔力を探知すると、反応は上にあり、高速で落下しこちらに向かっていた。
上を見ると、
そう、凪斗は鏡を盾にするのと同時に、別の鏡を足場にして跳んでいたのだ。
「オラァ!」
「クソッ!」
回避は間に合わないと判断し迎撃を選択。
魔獣の骨を加工したダガーで受け止めようとするが、それは間違いであったと言えよう。
凪斗が持つのはただのルーンが刻まれたただの短剣にあらず。
シグルドが己が幼きマスターの将来を案じ、原初のルーンを刻んだ現代の魔術師にとって垂涎、金銀財宝よりも遥かに価値がある逸品。
一流の死霊魔術師である獅子劫が作ったダガーも業物と言えるものではあるが、そもそもの土台、現代の百年そこらの魔獣の骨と原初のルーンが刻まれた水晶、どちらが打ち勝つかは火を見るより明らか。
「フッ!」
骨のダガーをまるで紙のように切り裂き、そのまま落下の勢いを利用した回し蹴りを放つ。
咄嗟に強化した腕を割り込ませたのは流石としか言いようがないが、五歳の時から現在に至るまでの十八年間、凪斗の最初の亜種聖杯戦争での同盟相手のサーヴァント、アーチャー・雑賀孫一こと蛍監修の雑賀流基礎訓練を続けてきた凪斗の身体能力は凄まじいものとなっている。
多少の威力は殺せたものの、獅子劫は踏ん張ることは出来ずに街中を吹き飛ぶ。壁に叩きつけられることは幸いなく、受け身を取ることで衝撃を緩和することは成功したものの、中々のダメージが身体に蓄積された。
「ゲホッ、ゴホッ……おいおい。殺すのはないんじゃなかったか?」
「アンタ相手に殺さずはまだしも手加減をする余裕はないってさっき言いましたよね?蹴りの威力を弱めにしましたけど」
「それでアレかよ……脳筋が」
「そんぐらいの身体能力がないと十二回も生き残れないってことですよ。あと脳筋は認めますが文句はメニューを考案した蛍姉さんに言ってください」
「知らねぇよお前の姉……」
血反吐を吐きながら治癒魔術を発動する獅子劫に、凪斗は先ほど浮かべていた凄惨な笑みとは一変、普段の表情を向けていた。
凪斗は獅子劫と話す傍ら、魔術加工をしたスモークグレネードを放ち、煙幕を張る。
「ユグドミレニアの監視のゴーレムは励振火薬を使った跳弾で事故に見せかけて壊しました。後は適当に撤退の理由をでっちあげればいいだけです。フィオレもなんか呆然としてましたし」
(大方理由は察せるな……)
そもそも凪斗は"黒"の陣営ではあるが、魔術協会側の人間にして原作知識持ち。お互いを殺すことに躊躇いはないが、獅子劫を殺す理由はなく、それは獅子劫も同じこと。この戦闘はお互いの念話で講じた所謂『茶番』であった。
……両者時々ガチの手段を使ってしまい『あ、やべ』となっていたのはご愛嬌である。
「んじゃ理由はどうする「ん?」どうした?」
「いやちょっと呪、アサシンさんから念話が。少し待ってください」
(どうした、呪腕さん)
(ケイローン殿が片腕に深傷を負い撤退を決定しました。私も構いませぬが、蜘蛛丸殿はどうしたら良いのかと)
(……マジ? 呪腕さんとケイローンの妨害と玖賀耳之御笠の力と将門公の呪を併用した蜘蛛丸の守りを抜けて?)
(いやはや、流石は叛逆の騎士としか言えませぬな。現在は私と蜘蛛丸殿で粘っていますが徐々に蜘蛛丸殿の動きに慣れており時間の問題かと。助言をお願いしたく)
(わかった。それじゃあ──)
凪斗は呪腕のハサンに蜘蛛丸の撤退方法を伝え、念話を切る。
「アンタのモードレッドがこちらのアーチャーに深傷を負わせて撤退だそうです。でっちあげる必要なくなりましたね」
「そりゃあ良かったが……やっぱりセイバーの真名を知っているのか。これだから敵にしたくはなかったんだがな」
「ユーウェインの記憶でちょいと見ましてね。ま、不運だったと思ってください」
「お前が言うことか?」
「…………」
凪斗は煙の外に向かって歩く。
「それでは。次会ったら死体じゃないことを祈ってますよ」
「お互いにな」
二人はニッ、と笑うとお互いに手を振りながら煙幕の外へと出た。
二回目の聖杯戦争での一幕。
「ふむ……件の体質でマスターの将来が心配であるな。此処は少しばかり我が愛に習いしルーン占いで……」
「……………」
〜〜数日後〜〜
シグルド「マスター、少し宜しいだろうか。いや何、プレゼント、というものだ。マスターにこの短剣とルーンストーンを贈ろう。短剣には見えない? 当世、それもマスターの国では銃刀法なる法があると聞いた。平和の証である良い事ではあるが、マスターの未来を考えると少々危険であるため普段は棒の姿へと擬態。魔力を流すことで変質・変形のルーンが起動し短剣へ姿を変えるようにした。この動作は当方一番の拘りであるが……気に入ったようで何よりである。切れ味はマスターの流す魔力次第で自由自在とした。耐久性も問題なし。当方が殴り飛ばしても問題ないため安心するといい。ルーンストーンはありきたりではあるが、『幸運』『風』『守護』の三つを用意した。普段身に付けていれば、『幸運』が『風』のように訪れ、マスターを『守護』するだろう。また、『風』は魔力を流せば風が吹き逃亡に活用でき、『守護』は致命の攻撃を守ってくれること請負である……『何か得たいの知れない神秘を感じるような』? あぁ、恐らくは原初のルーンを刻んだからだろう。『隠匿』のルーンも刻んだため、マスターか特殊な眼を持つ者、神霊など以外では原初のルーンを見ることはできず、ただのルーンが刻まれた短剣や石に見えるため安心してほしい。どうだお気に召しただろうか」
「…………」
「マスター?」
「…………これだけされて不満なんてないし言えるわけないだろバーーーカ!!」
なお、このプレゼントで死を幾つか回避した模様。
ちなみにサーヴァントの戦闘記録媒体──