時は数年前。
とある国の片隅にひっそりと佇む山の奥深く。
山中を一人の男──明雲凪斗と彼の使い魔である現代の土蜘蛛──蜘蛛丸が歩を進めていた。
彼らの狙いは魔術協会に封印指定をされ、この山にて工房を構えることとなった魔術師の命。時計塔に籍を置いているものの、魔術使いとしての依頼を承っている凪斗に出された依頼でこの山へと足を運んだのだ。
その依頼を出されるまでの過程を聞いた二人は、顔には出ないものの心の中を怒りで染めていた。
この山に工房を構えている、と言ったがこの山自体がその魔術師の
しかし、凪斗も魔術使いとして長く蜘蛛丸という一流の魔術師でも太刀打ちできない使い魔がいる。
凪斗が探知し、蜘蛛丸が気づかれないように破壊する。
逃亡された際に利用されることを防ぐために山をぐるりと周り、その作業を淡々と繰り返していた。もしトラップが破壊されたことを感知され、逃げられたとしても、麓には凪斗がある
「……これだな。蜘蛛丸」
「◾️◾️」
土蜘蛛毒を纏わせた鎌が陣を刺す。
古代日本のまつろわぬ民達の首領由来の呪毒は、陣の抵抗虚しく刻まれた術式を容易く侵食しその機能を停止させた。
これで確認できたトラップは最後。
満を辞して対象の工房へ向かおうとし──麓の者達から通信が入った。
「……ん?『侵入者アリ。突破サレタ』……」
刹那。
鋭く風を切る音。
その方向に振り返ると見えたのは──暗い赤毛。
迎撃と回避。凪斗は後者を取る。
凪斗と主の意図を汲んだ蜘蛛丸はバックステップ。
狙いを定めた場所に影はなくなり、行き場を失った拳は地面へと叩きつけられる。
響く轟音。上がる土煙。
土煙が晴れた後に見えたのは、大きく開いたクレーターと、その上に立つ男用のスーツを着込んだ男装の麗人。
(おいおいマジか……ここでか!)
先ほど見えた髪色、大きな穴を開けられる程の剛腕、男用のスーツ、対象は封印指定された魔術師、そして、数年前より噂になっている執行者!
点と点が繋がり合い下手人の正体が判明する。
前世の『推しキャラ』に会えた興奮を隠しきれず、通常より少々高く、大きい声で問いかけた。
「随分な挨拶だな──執行者! こんなところで会うとは思わなかったよ、バゼット・フラガ・マクレミッツ!」
「こちらこそ。貴方と会うとは想定外でした──
封印指定を施す魔術協会選りすぐりの戦闘特化の魔術師集団、執行者。
その歴代執行者の中でも最強と名高き
バゼット・フラガ・マクレミッツ。
原作よりも若々しい姿の彼女が発した凪斗の異名に、彼は顔を心底嫌そうに歪ませる。
「その名前はやめてくれ。嫌なんだよ、俺みたいな奴が彼の騎士の名前で呼ばれんのは」
「何故です? 英雄の名で呼ばれることを誇りに思うべきでは?」
「お前さんがクー・フーリンと呼ばれることを想像してみろ。それで俺の気持ちが分かるはずだ」
凪斗の言葉にバゼットは想像する。
封印指定執行者として着々と仕事をこなし、その果てにクー・フーリンという異名をつけられ、呼ばれる己の姿を想像し──凪斗同様、顔を歪ませた。
「………確かに嫌ですね。先程の発言は失礼しました」
「だろ?次呼ばないでくれればそれでいい。それで──」
「何で俺に攻撃を仕掛けた?
「ッ!?」
放出された殺気が一点へと向けられる。
その真相を出し易くするための脅しとして向けられたものであったが、バゼットが思わず身構えてしまう程の濃度。
(これ程の殺気……! 一筋縄ではいきませんね……!)
冷や汗を掻きながらも、冷静に、臆することなく答える。
「……私の任務は対象の封印執行。その障害となり得る者を排除しようとしたまでです」
「ターゲットは同じ筈だが?」
「魔術協会にも面子というものがあります。たとえ時計塔に籍を置く者と言えど……」
「獲物を横取りされたとなれば恥。執行者が持つ武力が軽んじられる恐れアリ、か。共闘とかはナシ?」
バゼットからの返答は無し。
ただただ、己の『敵』を見据えていた。
「無言は肯定と看做すぞ……面倒臭ぇ。そこらの代行者の方がまだマシだったぞ全く」
スイッチが切り替わる。
目の前にいる者が前世での『推しキャラ』だとしても目の前にいるのは己の命を奪おうとする敵。
ならば成すことは一つのみ。
殺られる前に殺る。
だとしても最強の封印指定執行者を殺したとなれば時計塔のロードや執行局に何を言われるかは分からない。
となれば……
(無力化か……このレベルの奴相手に)
バゼットという紛れもない強者相手に無力化はかなり厳しい。
原作に登場するサーヴァント以外のキャラクターの中で肉弾戦最強格。無論、五歳の頃より雑賀流体術を
蜘蛛丸の毒を使うという手もあるが、この後の仕事のためにできるだけ余力は残しておきたい。
すると、凪斗がやることは……
「蜘蛛丸、下がってろ。俺一人でやる」
「◾️◾️」
単体での無力化しかない。
白を基調とし青のラインが入った近未来のようなデザインの大型拳銃を構え、腰に差している棒に魔力を流し待機状態を解除。短剣へと姿が変わる。
凪斗の発言に、バゼットは反応する。
「その使い魔も参戦しなくて良いのですか?」
「あぁ。ぶっちゃけテメェ相手に蜘蛛丸はオーバースペックだからな。俺一人で十分だ」
「……舐められたものですね!」
急接近。
並の魔術師ならば一息の間に命脈を刈り取られる鉄拳の一撃。
地面に足跡が力強く残る程の踏み込み。その勢いによって生じた力全てを乗せた一撃は──受け止められた。
「別にテメェのことを舐めちゃいない」
硬化のルーンが刻まれた手袋に覆われたその拳は鉄でさえも容易く砕く。
しかし、受け止めている水晶の短剣は大英雄が原初のルーンをふんだんに刻んだ逸品。作成者本人が殴り飛ばしても罅一つ入らない耐久性を持っている。
本来ならば手袋を裂き、バゼットの拳どころか腕さえも両断することも可能だが、彼女の拳は仕事道具。後の執行者としての任務に支障が出たら不味いため、丁度拮抗する程度の切れ味になるように調整されていた。
ジリジリと拳と短剣が押し合う。
「こちとら蛍姉さん……受肉したサーヴァントに十六年間扱かれてるし、亜種聖杯戦争もサーヴァント頼りだけで生き残れる程甘くない。自分の力に対して確かな根拠のある自負はある。その上でテメェは俺一人で充分と判断しただけだ」
拳が振り抜かれるも、凪斗は力に身を任せて空中へと身を放り投げ、力を逃すように回転。何事もなかったように着地する。
「聖杯回路駆動開始。そんじゃ、さっさと無力化されてくれ。こうしてる間に逃げられるかもしれないからな」
「その慢心、撃ち抜いてみせましょう……!」
「聞いてないし……これだから堅物を相手にするのは面倒臭いんだよ!」
バゼットは再び拳を振るう。
凪斗は口角が吊り上がり、表情が凄惨かつ覚悟に満ちた笑みへと変貌し、迎え撃つように銃を構える。
ターゲットのことはどこへやら、魔術使いと封印指定執行者の戦いが幕を開けた。
なんか凪斗が嫌っぽいキャラになっちゃった……後バゼットさんこんな感じで大丈夫だったかな……
戦闘は次回です。
聖杯回路は亜種聖杯と融合した魔術回路でスペックが滅茶苦茶強化されています。
詳しい説明は本編で登場した際に。