「ふぅ……」
宝具を解放しアタランテの暗殺に成功した呪腕のハサンは、最後に投擲したダークを回収しながら彼女の退去を確認し一息吐く。
敵はかのアルゴノーツの船員。アルテミスの神罰である魔猪カリュドーンに初めて傷を負わせる程の腕を持つ者。
彼の気配遮断スキルは最高評価たるA+ランクであるため気付かれる可能性はゼロに等しいが、神代のギリシャは魔境も魔境であり、そのような環境の森で彼女は生きてきた。
微細な気配の変化に気付くことは十分にあり、尚且最後にとんでもない足掻きをする可能性もある。特に後者はマスターである明雲凪斗にも、よく注意してくれと言われた。
事実彼女は最後に一矢報いようとした。
念を押して首目掛けてダークを投擲した時、彼女は両手が消失しており、弓を構えていたような体勢であった。念の為にと凪斗がアーチャーの鏡典英霊を召喚していなかったらと思うと背筋が凍る。
とは言え、これでサーヴァントを一騎討ち取ることに成功した。今は己の願いに一歩近づいたことを……生前の時とは考えられないが、仲間と共に素直に喜ぶとしよう。
ハサンは木の枝から飛び降り、こちらに駆けてくるフランケンシュタインの近くへと着地する。
「ウゥゥゥ」
「バーサーカー殿。貴方のお陰で赤のアーチャーがあのように動きました。ありがとうございます」
「ウゥ!」
ハサンが感謝の言葉を述べると、フランケンシュタインは笑顔を浮かべ右手を出してきた。
握手。シェイクハンド。右手を出すということは敵意の無い証拠。
その意味は聖杯から与えられているため理解はしているが……
「有難いのですが、申し訳ありません。何分、右手が
ハサンの右腕は魔神シャイタンの右腕を移植したもの。
流石にこの腕での握手はと思い、無礼だが左手を……と言う前に、フランケンシュタインは大きな唸り声を出す。
「ウ!」
「……宜しいので?」
「ウ! ウ! ウゥ!」
ハサンの問いにフランケンシュタインは大きく、何度も首を縦に振り肯定の意を示した。
「ハッハッハッ! これはこれは、バーサーカー殿は器が広いですな。ですが、この血塗れの手で麗しい乙女の手を取る訳にはいきませぬ故。少々失礼」
彼は懐から万能布ハッサンで作った新品のハンカチを取り出すと、右腕に付着した血を拭い、右腕を差し出す。
差し出された魔神の右腕にフランケンシュタインは二の足を踏むことなどなく、思い切り握りブンブンと振った。
「ウゥ! ウゥ!」
「バーサーカー殿は元気が良いですなぁ」
ハサンがそんな彼女の姿を微笑ましく見守っていると、草陰から音が鳴り、何かが出てきた。
「◾️◾️◾️」
「おぉ、蜘蛛丸殿」
凪斗の使い魔である土蜘蛛、蜘蛛丸である。
蜘蛛丸は今回のアタランテ討伐において重要な任務を請け負っていた。
それは、
彼女が宝具の発動を察知した時、『
蜘蛛丸は滝夜叉姫の霊基の欠片、玖賀耳之御笠の力、将門公の『呪』という、
凪斗はこれをデコイとして利用した。
ハサンが宝具を発動したと同時、蜘蛛丸は『大土蜘蛛』玖賀耳之御笠と『不死身の魔人』将門公の『呪』の力を解放。『妄想心音』発動時の魔力やハサンの存在を気取らせないことに成功したのだ。
「お陰で決定的な隙が出来ました。此処に感謝を」
「◾️◾️◾️!」
「ウゥ! ウ、ウゥ!」
蜘蛛丸とフランケンシュタインの微笑ましいやり取りを見ていると、空に緑色の彗星──三頭立ての戦車に乗るライダー・アキレウスの姿が映る。
スパルタクスの拘束、アタランテの消滅により撤退の指示が出たのだろう。
(マスターによれば彼はアタランテ殿を慕っているという……怖いですなぁ)
実際、アキレウスはアタランテの消滅を聞き、その端正な顔に青筋が浮かんでおり……はっきり言おう、彼はキレている。
下手人を必ず殺すといった具合に、かなりの殺意に満ちていた。
(とは言え、私が相手する訳でもなし。マスター曰く、次の戦いではケイローン殿と
人選が何ともアレなことだが、合理的だ。
大賢者の支援を受けたアキレウスに次ぐ強さを誇ったと言われる彼の相手など考えたくもない。
「しかしまぁ……私も変わりましたな」
マスターと過ごした日々。
半生を英雄達と過ごし、英雄に育てられたと言ってもおかしくない彼は、日陰で生き、そして死んだハサンから見たら眩しいものであった。
そんな彼と共に一ヶ月を過ごし、共に笑い合い、その人生を見た呪腕のハサンは──
「他の地で召喚された私が見たら何と言うか……」
──アタランテの心臓を食わなかった。
自己改造。
呪腕のハサンが持つスキルであり、その効果は文字通り。
他のサーヴァントの心臓を取りこむことによって知性と能力を強化していくことが出来る能力。英霊というにはあまりにも格が低いためにステータスが低いハサンが『英雄』に対抗するための手段の一つ。
しかし、心臓を取り込んだ場合、人格に影響が出るという欠点がある。
だが、ハサンにとってそんなことはどうでもいい。己の願いを叶えるためにはどんな手段も使う──というのに。
彼はマスターとのとある会話を思い出す。
『呪腕さーん。自己改造スキルのことなんだけどさー』
『マスター、何か気になることでも?』
『心臓って取り込んだら人格に影響が出るんだろ? 呪腕さんは別にいいのか?』
『愚問ですな。我が願いの前には全てが些事。如何様になろうとも、私は己の願いを叶えるために動きます故』
『そっか。俺は別に止めないけど、個人的には嫌だなー。いや、止めるつもりはないけどね?』
『……何故に?』
『人格に影響が出るんだよな? つまり今の呪腕さんじゃなくなるってことだろ?』
『……そうですな。しかし、何が嫌なので?』
『俺は呪腕さんと勝ちたいんだよ。今のままの、何にも影響されていない、呪腕のハサンと一緒にね。だから、今の呪腕さんがいなくなるのは、やっぱ嫌だな』
『──』
『ま、そこら辺は呪腕さんの判断に任せるよ。心臓を取り込むか取り込まないかは、呪腕さんが決めてくれ』
『……承知しました』
「あのようなことを言われてしまっては……」
呪腕のハサンという個人を認識し、尊重し、信頼してくれる主がその行為を『嫌』と言った。
ならば──
「取り込む訳には、いきませぬなぁ……」
あの言い方は狡い。狡過ぎると彼は思う。
流石はMr.
だが──
「まぁ、何とも──」
「──良きマスターに、巡り会えましたなぁ」
◾️◾️◾️
アーチャー・アタランテは消滅。
バーサーカー・スパルタクスは拘束され『黒』の手駒へと。
ライダー・アキレウスは撤退。
以上の結果により、此度の『黒』と『赤』の陣営の戦いは一先ず幕を終えた。
では、天草四郎により救援へと遣わされたランサー・カルナはどうなった?
結果から言おう。
ランサー・カルナは駆け付けてはいたが、戦場へと行く寸前の場所で足止めをされ、間に合わないまま戦いは終わった。
では、誰に、何に足止めをされた?
召喚された鏡典英霊の一騎、キャスター・滝夜叉姫に召喚された魔性の群れか?
否。
鏡典英霊という劣化した状態で召喚された魔性など黄金の槍を振るい神の炎を扱う彼の前では塵芥。
瞬く間に燃やし尽くされることだろう。
では、明雲凪斗か?
これも否。
亜種聖杯戦争を幾度も生き延び、サーヴァントに通じる手札を幾つも持つ彼であってもかの大英雄カルナの長時間の足止めは厳しい。
そもそも、サーヴァントに通じる手札を晒したことによりミレニア城塞から出ることが難しくなった彼にはやること自体が不可能だ。
では、誰が?
カルナはかの英雄王に同格と認められし大英雄。
そんな彼を長時間足止めできる者など──
変な終わり方ですまない……でもこれ以外思いつかなかったんで許して