Mr.聖杯戦争in外典   作:英鈍

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四つ目の切り札のヒント
『厄ネタではない』

むしろ厄ネタ度でいうなら蜘蛛丸の方が高いというか、明雲家の蔵が蜘蛛丸を遥かに上回るというか。


ささくれ

 

 パチ、パチ──乾いた音が静寂を裂く。

 ポキ、ポキ──と何かを砕くような微かな雑音が混ざる。

 カチャ、カチャ──と金属の微かな音が響いていた。

 

「…………」

「────」

「ふむ……」

「◾️◾️……」

 

 将棋盤を挟んで座すは二人。

 髑髏面の黒外套の暗殺者と現代の土蜘蛛。

 

 ハサンは顎に手を当て、盤面を睨んだまま熟考。

 一方、蜘蛛丸はその鎌状の腕では日常生活が著しく不便なため、自身の特異な身体構造に合わせて特注されたマニピュレーターを使用していた。 

 高速タイピングも可能とする義肢を操り、将棋盤の隣に置かれた皿に盛られた骨煎餅を一つ摘み上げ、その口に放り込む。

 

 一方、部屋の隅では、髑髏面の暗殺者や土蜘蛛など比にならない、この時代では明らかに異質な、時代錯誤な存在がいた。

 白鋼の具足を身にまとった、声すら出さず性別すらも判別不可能な巨体。

 人間であるかどうかすら判然としないその影は、黙々と工具を用いて何かの整備作業を行っていた。

 時折、鈍い工具音と低い駆動音が空気を震わせており、その音は煩わしいものではなく、むしろ心地よい環境音として機能していた。

 

「……………………」

「────────」

「…………ぬぅ……」

「◾️◾️……………」

 

 ハサンはついに低く、苦しげな声を出す。

 召喚されて一ヶ月と少しのハサンと、およそ六年前に誕生し趣味として将棋を嗜む蜘蛛丸。

 一日の長どころではない、六年分の経験がある蜘蛛丸相手にハサンは経験では及ばずとも奮闘した。

 

 山の翁という肩書は伊達ではない。

 長として暗殺教団を統べ、無数の戦場で思考と刃を振るってきたその頭脳は蜘蛛丸を遥かに凌駕する。

 事実、彼の戦略眼により初手より十数局は互角の応酬を見せた。

 

 だが──

 

(あの時の一手か……)

 

 数手前の銀の動きか、それより遡った角の一手か。

 読みの手が尽きたわけではない。だが、読み切った先はすべて敗北であると悟った。

 盤面に残された選択肢はすべて緩慢な敗北へと続いている。

 

 ここまで来れば出せる手は全て無駄な足掻き。全てが敗北を先延ばしにするためだけの徒労に過ぎない。

 やがてハサンはゆっくりと手を膝に置き、静かに頭を垂れる。

 

「負けました」

「◾️◾️」

 

 その言葉が意味するのは投了。

 潔く静かに敗北を認めたその姿に、対面の蜘蛛丸もまた礼を返す。

 マニピュレーターも器用に折り畳み、深く頭を下げるその所作は六歳の土蜘蛛とは到底思えないほどの礼儀正しさに満ちていた。

 

「いやはや、流石ですなぁ蜘蛛丸殿。やはり積み上げた経験には勝てませぬな」

「◾️◾️◾️……」

 

 ハサンの賛辞に対し蜘蛛丸は、口元に残った骨煎餅の欠片を器用に拭いながら小さく溜息を吐く。

 凪斗と滝夜叉姫(両親)ケイローン(先生)にしか正確に理解できない言葉を訳すと『どの口が言ってるんですか……』である。

 

 現在の対戦成績は三勝二敗。

 六年のキャリアを誇る蜘蛛丸に対し、わずか一ヶ月でハサンは二勝を挙げたのだから。

 

「さて、それでは──もう一局と参りましょうか」

 

 そんな蜘蛛丸の内心も露知らず、髑髏の面の奥で見えぬ顔ながら、どこかニコニコしていそうなハサンが、次の対局の準備を始めようとする。

 

 ──その時。

 

「呪腕さん」

 

 ハサンをその異名で呼びかける声が部屋に響いた。

 

 声の主は、一言も言葉を発さずに長机に向かっていた一人の青年。

 机の上には、魔術に使う儀式具が並べられ、縁に木片が嵌められた鏡がひとつ、何かの作業の途中であることを物語っていた。

 

「何ですかな、マスター?」

 

 問いに応じて、ハサンがゆっくりと顔を向ける。

 

 それに呼応するように、青年は椅子の背もたれに肘を掛け、静かに身体を捻って振り返った。

 そして──その顔。

 

 露わになったその面貌は、漆黒のフルフェイスマスクに覆われていた。

 目元すら覗かせぬ仮面。その無表情の下から、短く、はっきりとした声と言葉が発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酒」

「駄目です」

 

 

 

 端的かつ明快で、容赦のない一刀両断だった。

 

 

 

 ◾️◾️◾️

 

 

「なーんーでーだーめーなーのー!?」

「うるさっ……今は禁酒中でしょう」

「そーうーだーけーどーさー!」

「理解したのならば転がるのはやめなされブリッジするのはやめなされヘッドスピンするのもやめなされマスター」

 

 床の上でのたうち回る凪斗の動きは、もはや抗議というよりも奇妙なダンスに近かった。

 のたうち回ったと思ったらブリッジし、さらに勢いよく背中を使って空中で一回転し、最後には完璧な軸でヘッドスピンへと繋げるという無駄のない無駄な動き。

 その一部始終を和装にフルフェイスマスクという姿で行うものだから、変態性が跳ね上がるのは当然だった。マスクはシグルドのものを模倣しているためシグルドへの風評被害もつくという嫌なおまけ付きで。

 

「御子息である蜘蛛丸殿の前で恥ずかしいとは思わないのですか?」

「生憎とこれ以上の醜態無様なんざ何度も晒している! 恥ずかしいとも何とも思わないいや嘘ついたちょっと恥ずかしいけど失う威厳とか尊厳とかは一切ない!」

「◾️◾️」

「えぇ……」

 

 そうですよと言わんばかりに蜘蛛丸が頷く。

 この程度で蜘蛛丸が父に失望する訳がない。

 

 ある時は義姉に土下座し。

 ある時は酔い潰れてフィオレに介抱され。

 ある時はトリスタンのマスターだった男とのダンス勝負でこけて庭の池に頭から突っ込み。

 ある時は義姉に土下座し。

 ある時は二日酔いとなりフィオレに介抱され。

 ある時はローランと共に全裸になってローランのマスターに撒かれたレゴブロックを踏んで共に悶絶し。

 ある時は義姉に土下座し。

 ある時はフィオレに延々絡んだ挙句酔い潰れ。

 ある時は義姉に土下座し。

 ある時は二日酔いでこけてフィオレの胸に顔を埋めてしまい切腹しかけ。

 ある時は義姉に服を剥かれそうになって助けを求められたり。

 ある時はアルテラのマスターの娘に夜這いされまた助けを求められたり。

 ある時は鏡典の滝夜叉姫に襲われてまたしても助けを求められたり。

 

 そして生まれたてである中国亜種聖杯戦争の時。滝夜叉姫の裸を見てしまい、ビンタを受けて決めた空中十三回転。蜘蛛丸はそれをも見届けていた。というか最初の父の醜態がそれであった。

 

 数えきれぬほどの醜態とトンチキを息子の前で、友人の前で、義姉の前で、フィオレの前で、時に泣きながら、時に涼しい顔で堂々とやってのけたのがこの男、明雲凪斗である。

 むしろ、そのいつもの状態と亜種聖杯戦争でのかっこよさと頼もしさのギャップが堪らんのだと言わんばかりに蜘蛛丸は腕──マニピュレーターの腕も含めて──を組み、したり顔で頷いていた。

 

「酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒──おうっ」

 

 その様子を見て父が父で母が母なら息子も息子ですなと呆れるハサンは、次はじゃんじゃか暴れ回り出した凪斗の足を強引に掴む。大概マスターの扱いが雑になってきた呪腕のハサンであった。

 

「落ち着きましたかな?」

「うん」

 

 さながら賢き者の時間の如く。

 凪斗は逆さ吊りの状態から元に戻され、暴れ回ったことで吹き飛んだ椅子を銃弾の操作などにも使うポルターガイストの伝承を利用した魔術で戻し腰をかけた。

 

「で、何故酒を? マスターは結構な酒カスですが「なんか今悪口聞こえ」気のせいでございます。話を戻しますが今まで禁酒できていた筈でしたが?」

「……なんかなぁ、引っかかるんだよ」

 

 その声には、先程までの奇行からは想像もつかないほど真剣な響きを持っていた。

 凪斗の心の底。

 芯の部分で彼は違和感を覚えていた。

 

「引っかかってる、ですか」

「そそ。なんか重要なことというか前提? みたいな何かを見落としているというか失くしてるような気がする。確かに亜種聖杯戦争と聖杯大戦は違うけどねな。妙に落ち着かねぇ。お陰で修復作業に集中できねぇ……」

 

 凪斗は暴れ回る前に向き合っていた長机に目線を向ける。

 上には様々な儀式具と木片──アルゴー号の竜骨──が嵌められた鏡。

 蜘蛛丸の"将門公の『呪』"と"◾️◾️◾️"に並ぶ切り札である、霊基鏡ヴァルクルムが微かに輝いていた。

 

 先ほどまで行っていた作業は霊基の修復。

 アタランテとの戦いで宝具を使用したセイバー・テセウス。

 そしてカルナの足止めとして長時間戦い宝具も使用していたアーチャー・藤原秀郷、ランサー・大アイアス、ライダー・ドブルイニャ・ニキチッチ、バーサーカー・ピョートル大帝の五騎の霊基だ。

 

 テセウスの修復は既に済んだが、問題は残りの四騎。

 

(多分戦闘中にインドでの傷が開いちまったんだろうな……幾ら劣化していてカルナが相手だとしても、あの四人があそこまで不覚を取るはずがねぇ。それに傷が開いてパフォーマンスが落ちた分、より損傷が酷くなってやがる……)

  

 残りの四騎は依然として危険な状態。

 故にこそ、霊基の修復を急がなければならない。これはサーヴァントのマスターとしての当然の義務の一つだ。

 だというのに。

 

「落ち着かねぇんだよぉ……気持ち悪りぃんだよぉ……このままやったら絶対どっかでミスる……だから酒でも飲んで一旦気分をパーっと晴らそうと思ってさぁ……」

「ふぅむ……()()があっても、ですか?」

 

 ハサンは凪斗が着けている仮面を指差した。

 

「あ、戻すの忘れてた」

 

 その一言を皮切りに黒仮面が変形する。

 カシャン、カシャン──と小気味よい金属音を立てながら、複雑な機構が精密に可動する。

 まるで折り畳まれた記憶がほどけるかのように、仮面の黒い装甲が滑らかに折り重なり、やがてそれはアンダーリムの眼鏡へと姿を変えた。

 

 この眼鏡はただの眼鏡にあらず。

 霊基鏡に記録されたシグルドの霊基よりスキル『叡智の結晶』の情報を抽出し複製、この工程で数段の劣化が発生したもののその情報を核に構成。

 強烈な光や花粉、紫外線などによる目への悪影響の抑制、眼精疲労などの目の疲れをルーンで回復、作業の際には集中力や思考力をアップさせるルーンが発動、フレームを変形させボイスチェンジャー付きの黒仮面へ変形する──などなどの機能を搭載した眼鏡型魔術礼装。

 

 名を、鏡氷の叡智(グリームニル)

 

 凪斗は『鏡氷の叡智』を外すと慎重に指先で持ち、光の加減を変えながら様々な角度から観察する。

 まるで職人が自らの作品を検品するような目つきで──実際自作だが──彼は一点の見逃しも許さない視線を注ぐ。

 結果は、正常。

 

「うーん、やっぱり思考阻害やら思考鈍化のルーンは刻んでねぇし、何か不具合が起きてる訳でもねぇぁ……」

「となるとやはり」

「俺の問題だなぁ……めんどくせー」

「亜種聖杯戦争に比べたらマシでは?」

「それ言っちゃおしまいなんだよね俺の人生」

 

 何事もはずれ値を基準にしては駄目というもの。

 どこぞのロードも『明雲凪斗の経験した亜種聖杯戦争と他のものを比べるな』と生徒達に言ったこともある。そりゃそうだ。インド亜種聖杯戦争のセイバーやランサーのようなモノが他でも現界したと知ったら凪斗は間違いなく卒倒する。

 

 凪斗は巨神復活未遂将門公未完全顕現悪路王暴走等(過去の出来事)を思い出しただけで疲れた顔を浮かべながら、ちらりと横目を向ける。

 

「原因知ってそうな奴は言おうとしないしなぁ……」

 

 その先にいたのは白鋼の巨体。

 奇行にも一切顔を上げることはなく作業を続けており、ただ一瞬、その言葉に軽く肩が揺れただけ。

 

 その無言の仕草が、凪斗には痛いほど伝わっていた。

 言葉ではなく行動と空気で通じるそれを、凪斗はしっかりと受け取っていた。

 

「わーってるよ。お前が言わないってことは、みんなも同じ判断ってことだ。俺が自分で気付かなきゃ意味がねぇって、そう考えてんだろ?」

 

 凪斗は苦笑しながら肩をすくめる。

 

「アイアスとか滝ちゃんあたりは、最初は言おうとしてただろ。んでダレイオスとニキチッチを筆頭に止められた感じか……ほんと、マスター思いのサーヴァントばっかりで嬉しいねぇ。後アシュヴァッターマンが滅茶苦茶怒気出してんだけど俺そんなに酷い?」

 

 巨体は静かに頷き、その反応に凪斗はおぅ……と天を仰いだ。

 

「うぅん……まじかぁ……ならヒントぐらいくれても、駄目? そうか……」

 

 ならば一度リラックスして自分を見つめ直すべきだろう。古今東西こういう時変に焦ったら逆に悪化するものだ。これは実体験でもある。

 しかしこういう時にビシッと己を締めてくれる義姉と祖父を筆頭とした人物達はいない。そしてもう一つの頼みの綱である酒は──

 

「駄 目 で す か ら ね」

「へいへい分かってますよ……くそっ、俺は何であの時クーラーボックス(酒用)×3の鍵を呪腕さんに……!」

「フィオレ殿に迷惑をかけないためでございます。未成年のあのような淑女相手に絡み酒する成人男性など事案も事案。今のマスターはフィオレ殿の温情で生かされているということをお忘れなきよう」

「何も言えねぇ……」

「◾️◾️……」

 

 サーヴァントに財布の紐の如く硬く握られている。

 理由も理由であるため強引にこじ開ける訳にはいかない。それはハサンの信頼を損なう行為であるために。後息子からの信頼が地に落ちる行為でもある。それだけはできない凪斗であった。

 

 それでは他に何がある、と凪斗は手段を考える。

 

(久しぶりに瞑想(メディテーション)でもやるかぁ……? いや、サルミアッキも捨てがた──待て待て、サルミアッキはそんなに万能じゃない。なーんか最近ますますキャスターに思考が侵されてるような気がしてきたなぁおい……)

 

 キャスターとはノルウェー亜種聖杯戦争のキャスターのことだ。

 昼間に出会し、去り際に当時七歳の凪斗のポケットにシグルドすらも気付かない手際で大量のサルミアッキを詰め込んだ彼女が言いそうな言葉が凪斗の脳裏に過ぎる。

 

『サルミアッキは万物に効くんだよ! 風邪にも二日酔いにも癌にも効く! 精神やらなんやらの問題ぃ? そんな時こそサルミアッキ! 下手な魔術やら薬を使うよりはサルミアッキを舐めてた方が万倍効くんだぁよ! 特にサルミアッキは長年愛用しているおまえはな! というわけでいざサルミアッキを──』

 

(うん、とりあえずサルミアッキはなしで)

 

 そうして考え抜いた末──

 

「よし」

 

 凪斗は膝に手を当て椅子からおもむろに立ち上がると──

 

「とりあえずひとっ風呂浴びてくる。枯瘡ー、タオルと着替え用意しといてー」

『承知しました』

『主! 髪の手入れは私にお任せを!』

「あーはいはい、頼んだー」

 

 日本人はこういう時大体風呂に入れば何とかなるが凪斗の持論であった(実体験込み)。

 





凪斗は一応あの性格で時計塔の政治闘争を生き残ってるのでそこら辺の身なりやら作法やらは問題ないのですが、プライベートかつ信頼できる人(今回の場合は呪腕さんと蜘蛛丸)だけがいる場合は結構だらしなくなります。ある意味反動。

シグルド、ピロクテテス、ロロ、弁慶に続くノルウェー亜種聖杯戦争のサーヴァント最後の真名がまぁ分かったであろう回でもありました。魔境過ぎてクソわろ。本場召喚でグラニも持ってきたシグルド召喚できて良かったな凪斗。
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