Mr.聖杯戦争in外典   作:英鈍

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すまぬ、番外編ですまぬ……だけどどうしても書きたかったんや……


王の軍勢

 

 

 

 

 

 

 

 それは、世界が裂けた、と表現すべきだった。

 

 

 

 

 

 地が剥がれていた。

 先ほどまで戦場となっていた高原は消えた。

 草木が引き裂かれて根ごと捲れ、黒く濁った泥の平野へと変貌していた。

 枯れ木は嵐にねじ切られ、折れ、あるいは真っ二つに裂け、骸と共に突き立っている。

 雷に砕かれ、風に抉られ、雨に侵された──嵐が通ったかのような地形へと変貌した。

 

 天が裂けていた。

 ほんの一瞬前まで無数の星が煌めいていた夜空は悲鳴をあげる間もなく引き裂かれ。

 代わりに、渦巻くように這い出たのは濁ったような黒雲。

 その黒雲はひとつの意思を持っているかのように、蠢きながら空全体を覆っていた。

 

 

 そして、天と地が塗り替えられたと同時に──嵐が、胎動した。

 

 

 暴風が吹き荒れる。

 それはただの風ではない。

 肌に触れた瞬間切り裂く鋭さと、切り裂いた者に呪詛をもたらす冷たさを持つ呪いの風。

 

 暴雨が降り注ぐ。

 それはただの雨ではない。

 雫一つ一つが鉄塊かと感じる重さと、瘴気を含んだ毒の雨。

 

 そして、雷が響いた。

 黒雲の狭間を閃光が、無数の蛇のように走り出す。

 やがて黒雲から抜け出した無数の紫電が空を駆け、宙を跳ね、雷獣のように咆哮して、地平を抉り取る。

 一撃ごとに土が爆ぜ、戦場の形を変えていく死の雷が常に轟く。

 

 

 今ここに、世界は塗り替えられた。

 

 

 これこそバーサーカー・ヘルラの宝具。

 嵐の王(ワイルドハント)に名を連ねし彼が、全力で()()に値すると認めた獲物のみ招く狩猟場。

 免れることができない死(ワイルドハント)の名に相応しき絶死の世界──これ即ち固有結界

 

 並の英霊ならばヘルラが何もせずとも擦り潰されるであろうこの世界。

 しかし、この世界に招かれた時点でそのようなことはあり得ない。

 

「──ふむ、これが固有結界というものか」

 

 それを示すかのように、ライダー・ダレイオス三世は一切動じることなく、むしろ興味深そうに世界を見ていた。

 その後ろには彼の宝具不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)にて召喚された一万の不死隊(アタナトイ)が並んでおり、己も召喚した戦象に騎乗していた。

 

 ダレイオスは呪いの風にも毒の雨にも動じることなく、己と共に戦象へと乗る者へと声をかける。

 

「大事ないか、マスター」

「──────っ、あ、あぁ……」

 

 この絶死の世界に相応しくない、たった十歳の少年へと。

 

 少年──明雲凪斗の周りにはかつての亜種聖杯戦争にてシグルドから贈られた原初のルーンストーンによる結界が張られており、これのお陰か彼は風と雨の影響を受けることなくこの世界で生きることができていた。

 それでもなお、当たり前だが凪斗の顔は青褪め、無意識にダレイオスの腰の衣装の装飾を掴んでいた。

 

「怖いか?」

 

 問いは穏やかだった。だが、その響きは重かった。

 戦場に身を置く者として、王として、彼のサーヴァントとして問うべきものだった。

 

 その問いに凪斗はほんの刹那、瞼を震わせる。

 だがすぐに、首を振り、装飾から手を離し、言葉を返した。

 

「は、はっ! こ、こんなの、ぜんっぜん怖くないね!」

 

 それは、あまりにも稚拙で不恰好で明らかな虚勢だった。

 

 叫んだ声は震えていた。

 王と共に戦象へと乗る短い足の笑いは止まらず。

 握る小さな拳は力が入らず、浮かべた笑みも口角だけを引き攣らせたぎこちないものだった。

 

 

 怖い。死にたくない。

 

 

 それが今の凪斗の心だった。

 

 空を覆う黒雲は人々がワイルドハントへと抱く恐怖の具現──即ち、凪斗が一度経験した死を何よりも深く思い出させ。

 轟く雷は耳を劈き、落雷の閃光に身体が反射的に震えてしまう。

 吹き荒れる風は結界を微かだが切り裂き、原初のルーンストーンの護りがなければ血塗れだったであろう。

 降り注ぐ豪雨は結界の様子からして無数の鉄槌のようで、当たるたびに身体が重く軋んだに違いない。

 固有結界内部の空気はまるで瘴気──否、真実瘴気で、呼吸の度に身体を蝕み一つ一つの動作がほんの少しだが鈍くなるのを感じる。これも原初のルーンストーンがなければいずれ気を失っていたであろう。

 

 

 ──地獄と形容していい世界の一つがこれだと、凪斗は感じる。

 

 

 だが、それでも凪斗は口元の笑みを消さない。

 そうしないと心が折れそうだから。

 金時とシグルドに「幾ら打ちのめされようと心だけは負けるな」と言われたことも関係している。

 修行の中、義姉に「虚勢を張ることも立派な勇気」と認められたこともそうだ。

 

 だが、何よりも──

 

「俺は、お前達と一緒にイスカンダルとその軍勢を相手に戦う男だ!」

『ッ!』

 

 その言葉に、王も、その軍勢も息を呑んだ。

 兵たちの視線が、一斉に凪斗へと向けられる。

 

 ──凪斗は歴史を学んだ。

 

 明雲家の魔術や武術、雑賀の戦闘技術を修める傍ら、死に物狂いで知識をその頭に詰め込んだ。強化の魔術の応用で眠らず、気付けば日が昇っていた日もあった。

 魔術を扱う者として歴史を学ぶことは当然だが、それ以上に亜種聖杯戦争で生き残るためだった。

 

 英霊とは無数にいる。

 

 原作で出てきた英霊の数など英霊の座全体から見れば極少数、自分が坂田金時やシグルドと知っていて尚且つ強くて善良な英霊を召喚できたのは奇跡に近いと言っても過言ではない。亜種聖杯──オリジナルではないため、反英霊が召喚されるかもしれなかったのだから。

 更に、アキレウスがランサーへの適性を持つように、ヘラクレスがキャスター以外の六クラス全てへの適性を持つようにクラス違いの可能性も存在する。実際に己はバーサーカーではなくライダーのダレイオス三世を召喚した。

 神霊やエクストラクラスなどのそもそも役に立たない知識も多くある。ルーラーとアヴェンジャーはまだしも、ムーンキャンサーやらプリテンダーやらフォーリナーやらの知識があること自体が異常なのだ。

 これらの考えは静岡亜種聖杯戦争でライダー・畠山重忠キャスター・望月千代女と戦い確信に変わった。

 

 故にこそ、更に知識を蓄えた凪斗にはわかる。

 

 征服王イスカンダル。

 東西を結び時代を塗り替えた、人類史上最大の特異点の一つ。

 その背に並ぶ、王の軍勢(ヘタイロイ)の恐ろしさを。

 

 プトレマイオス、セレウコス、アンティゴノス、カッサンドロス、ヘファイスティオン、ミトリネス、リュシマコス、クラテロス、ペルディッカス、黒と白のクレイトス──

 

 誰もが一線級の英雄。

 全てが聖杯戦争にてサーヴァントとして召喚されたのならば優勝候補として名を連ねる強者達だ。

 前世では漠然としか知らなかったその強さを、今世にて彼は明確に知った。

 

 しかし、その恐ろしさを知ったと同時に凪斗はあることも学んだ。

 

 そんな軍勢と幾度も矛を交え正面から撃ち合い、イスカンダルより宿敵と評された王の偉大さを。

 一騎当千の英雄達を相手に幾度も立ち塞がった不死の兵達の精強さを。

 

 何よりも、幾度敗北しても折れず立ち上がった彼らのカッコよさを──!

 

 ならば、己は?

 

 かの王と不死隊の主として、共にこの戦場に立つ自分は?

 

 征服王の軍勢どころか、この嵐の王とその軍勢に。

 

 恐れる? 膝を折る?

 

 言語道断。

 確かに自分は成り行きで彼を召喚した。ただ生き残りたいという、曖昧な思いで彼らの主となった。

 過程はどうあれ彼らの隣に立つと、共に戦うことを選んだのは自分だ。

 

 そして見たのだ、彼の記憶を。

 戦いを、敗北を、屈辱を、そして立ち上がる姿を知った。

 強く憧れた。その不屈に。

 その果てに自らの意思で願った。

 

 再戦を。

 

 ダレイオス三世の勝利を!

 

 今の己の願いは──ダレイオス三世と征服王の戦いを実現させることなれば!

 

「こんなところで、こんなそよ風相手に、びびってられっかよォ!」

 

 全身が震え、恐怖に足がすくみ、涙すら滲んでいた。

 死への恐怖を呑み込み放たれたその叫びに、王は、不死隊は──静かに笑みを浮かべた。

 

「よくぞ雄叫()えた、マスター」

 

 嘲りでも哀れみでもない。

 勇気を持って雄叫()えた少年を、ただ己に庇護される者ではなく、共に戦うに値する一人の男と認めたものだった。

 

 王は凪斗の頭を無造作に撫でると、巨象の背に立ち上がる。

 そして、眼前の嵐の王とその軍勢を見据えた。

 

 

 ──その一瞬の動作で、王は軍勢の空気を変えた。

 

 

 誰も声を発しない。

 不死隊の誰もが、骨馬、戦象さえもその背に視線を預ける。

 あらゆる思考と感情が、ただ王に集束していく。

 一糸乱れぬ統制、不死隊に宿る緑炎すらも統一される。

 その威風に、マスターである凪斗も呑まれていく。

 

 これこそが『カリスマ』。

 

 幾度も征服王に立ち塞がりし王が持つに相応しい王の威。

 狂気に呑まれた状態では持たず、アケネメス朝最後の王として現界した彼が持つ王の風。

 

 雷が狂い、風が吼え、雨が怒るも。

 次の瞬間、それらが全て沈黙したかのように、凪斗は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──雷と風と雨、全てを掻き消す号令が、轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らはどうだ! この嵐を前にして膝を屈し、ただ通り過ぎるのを祈るのみか!」

 

 それは雷鳴すらも引き裂いた。

 王の口から発されたその問いに、不死隊の誰一人として目を逸らさない。

 眼窩に宿る緑炎が、揺れ、燃え上がり、吼えた。

 

『否!』

 

 声が重なる。

 何百、何千──総じて一万の叫びが、ひとつに束ねられて王の咆哮に応える。

 

「雷を畏れ、風に怯え、雨に泣き濡れ、ただ命を刈り取られるままに震えるだけの屍か!!」

『否!』 

 

 腐りかけた喉が吠える。肉すら持たぬ喉が震える。

 肉が鳴り、骨が軋み、緑炎が荒れ狂う。

 それは生者の咆哮ではない。

 死しても尚、諦めることができなった者達の叫び(願い)だ。

 

「では問おう! 貴様らは嵐すらも食い破らんとする勇者か!」

『否!』

 

 その答えに、迷いは微塵もなかった。

 誰もが理解していた。

 そう、我らは勇者などではない。

 我らは理想を抱き、希望を灯す者ではない。

 

「ならば改めて問おう! 貴様らは何者か!」

『我ら、嵐すらも慄き叫ぶ不死の兵なり!』

 

 不死隊が槍の石突を地に打ち付け喝采を叫ぶ。

 その腐乱した肉を、肉なき骨だけの身を動かす緑炎が吹き荒れる。

 

『我ら、英雄をも泣き叫ぶ不死の兵なり!』

 

 戦象が大地を揺らし、骨馬が蹄骨を打ち鳴らす。

 

『我ら、最果てを目指す勇者達を打ち砕く、不死の怪物(アタナトイ)なり!』

 

 この軍勢は、決して退かない。

 この軍勢は、決して折れない。

 この軍勢は、決して死なない。

 

 何度殺されようと、血に塗れようと、王の下にて再び集う。

 かの英雄達と剣と槍を打ち合い、戦車と騎象をもって轢き殺さんとす。

 

 これが不死隊(アタナトイ)

 ダレイオス三世の下に集まりし王の軍勢!

 

「然り! あ奴らが英雄であれば、我らは怪物と名乗るが相応しいというもの!」

 

 イスカンダルが愛読するイリアスにて語られるトロイア戦争では英雄同士の争いが主だったが。

 英雄が怪物を討つ、それが物語の常。

 なればこそ、自らを怪物と誇れ。

 英雄たちに屈することなく、征服王の軍門に下ることなく。

 最後まで王と共に剣を振るい、槍を掲げた存在として──!

 

「嵐の王とその軍勢! イスカンダルの前哨戦として不足なし!」

 

 その言葉に侮りはない

 王は、眼前の敵を楽に勝てる相手などと思っていない。

 

 しかし、王の言葉は不死隊達にとっても紛れもない事実。

 

 彼らにとって聖杯戦争の全ては前哨戦。

 嵐の王も、騎士道の終焉者も、最強の聖騎士も過程に過ぎない。

 

 彼らの本懐は勝利したその後。

 イスカンダルとの再戦にあるのだから。

 

 ダレイオスが騎象から飛び降り、総勢一万の軍の先頭に立つ。

 

「オイ・メロポロイ!」

『御意!』

 

 王の声に、不死隊の中でも緋色の鎧を纏った者達が動いた。

 

 オイ・メロポロイ。

 精強な兵士揃いの不死隊の中でも選りすぐりの者達で編成された親衛隊。

 

 その半数は軍の先頭へと立った王の背を固め、もう半数は凪斗が乗る騎象へと飛び乗り護衛を務める。

 流石に、最前線に連れていくことはできない。

 

 凪斗はそれを分かっている。そんなの自殺行為に等しいと。かの王はそれを望まないと。自分があちらに行けば足手纏いになるだけだ。

 でも──これだけは伝えたいと思った瞬間、それは止まらなかった。

 

「ライダー!」

 

 そのか細いながらも勇気が籠った声の主に、ダレイオスは目を向ける。

 

 声の主たる少年にこの嵐への恐怖はあれど、ダレイオスとその不死隊への信頼が揺らぐことは決してない。

 固有結界の主たるバーサーカーに、令呪の支援なくとも勝てると確信している。

 だからこそ、令呪は使わない。

 

 でも、ただこの言葉を伝えたかった。

 

「勝って、俺もあの戦場に連れて行ってくれ」

 

 その言葉に、王は再び微笑み、その背中をもって言葉を返す。

 

 

 無論だ、と。

 

 

 凪斗はただ、その背中を目に焼き付けた。

 幾ら時が経とうとも、鮮明に思い返せるように。

 

「さて、では始めるとしようか。嵐の王よ」

 

 その宣言と共に王の武がその両手に顕現する。

 緑炎を噴出する宝石が嵌められし、金で縁取られた黒刃の大戦斧。

 常人ならば両手斧として扱うであろうその超重量の斧を、二つ。

 右手と左手に持ち、開戦の意思を示すようにそれを構えた。

 

 それに応え、嵐の王が馬と共に下降、抜剣した。

 

 嵐の王──ヘルラは狂気の中で本能的に認識を改める。

 

 元より彼は固有結界(宝具)を展開した時点でダレイオス三世──ライダーを全霊をもって狩らなければ、むしろこちらが狩られる獲物だと認めていた。

 死の猟兵の長(ワイルドハント)として慢心はなかった。

 

 だが、その認識すらも甘かった、と。

 

 目の前の者は王だ。

 ならば、もはやこれは狩りではない。

 

 

 ()()だ。

 

 

 戦争は個の戦いではない。

 戦争ならば、さらなる量が必要だ。

 王の意に従い、空と地が再び蠢く。

 黒雲が渦を描き、雷鳴が咆哮し、風が吹き抜けるたび──ワイルドハントの眷属が現界していく。

 

 雷の翼(サンダーバード)、風の群狼、嵐の戦車、霧の戦馬、亡霊騎士、幻霊の狩人、そして無数の悪霊亡霊──

 

 次々と眷属が顕現し、王の背に軍勢が揃っていく。

 そこに不死隊のような統一性はなかった。

 無秩序だが秩序があり。混沌としていて統制がとれていた。

 隊列も形もなくとも、その先頭に立つ王の存在がすべてを繋ぎ止めており、それは紛れもなく王の軍勢であった。

 

 王を先頭に二つの軍勢が対峙する。

 

 片や嵐の軍勢。

 自然災害の如き幻獣と亡霊の集団。

 嵐の統率者は、その剣へと暴風を纏わせる。

 

 片や不死の軍勢。

 幾度と死しても折れず、幾度となく英雄達と刃を交えた不死隊。

 英雄達との決着を焦がれる王は、その戦斧の焔を灯す。

 

 

 二つの軍勢に違いは多々あれど、最も大きな違いは──見守る者がいるか、いないか。

 

 

 そのことに気づいたダレイオスは再度笑みを浮かべ、その巨体には似つかわしくない速度で地を蹴った。

 狂気の中にあるヘルラは違いに気付かず、狂気のままに風と雷を鎧の如く纏い、ダレイオスへと斬り掛かる。

 

 

 戦斧の焔が燃え盛り。

 嵐の剣が暴威を撒き散らす。

 

 

 

 

 

 

 

 王と王の一撃が放たれ、その衝突の瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 戦の幕は、切って落とされた。

 

 

 




ダレイオス三世の不死隊が今回のテュフォンの幻獣の群れより上と明言されてテンションぶち上げのまま落涙の翼走って終わって書いた結果がこちらでした。

これ見て自分がワイルドハントだとか名乗れるかボケby本編凪斗
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