16年度の卒業生(新版)   作:Ray May

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リスタート

「それで、会長サマの調子はどうなんだ?」

 

『そこ』に辿り着いて、促されるままトレーナーさんの隣に座った時、彼女は早速とばかりに話の口火を切っていた。

 冬のほんのりと肌寒い空気で、辺りは爽やかに澄み渡っている。穏やかな昼下がり。ちらほらと見える人々は、それぞれに思い思いの時間を過ごしている。

 

 今日もいい天気だ。

 

「例の一戦で、『完全復活』とかって持て囃されてたけど」

「……問題なさそうですよ。今んとこは。『再故障』も何のそのって感じです」

 

 11月の暮れ、ジャパンカップ。

 国内外の強豪が集う一大レースで、彼女は――テイオーさんは、着差クビ差という熾烈な争いを制していた。

 生憎とテレビ越しでの観覧となったけれど、これまでの空虚な走りが嘘だったかのような、太陽のような笑顔とガッツポーズは、一週間がたった今でも鮮明に記憶に残っている。

 

 時の天才は、見事な復活を果たしたのだ。

 

 ……ただまぁ、そのレースで再び脚を痛めてしまったらしい。

 一応、有マに向けて調整しているみたいだけれど、ちょっと難しいかもしんないね――と、偶然行き会った廊下で、笑いながら語っていた。

 故障に次ぐ故障で、こちらの気分が消沈する。

 でもそれを吹き飛ばすみたいに、彼女はバシバシと私の背中を叩いていた。

 大丈夫だよ、と。

 

 もう、失望させたりしないから――と。

 

「……大丈夫だと思いますよ。きっと」

「そうかい」

 

 どんな結果になろうとも。

 彼女が暗闇に迷うことは――もう、無いだろう。

 

「……で?」

「ん?」

「いや、ん? じゃなくて」

 

 ともかくと――

 問い直すけれど。トレーナーさんは首を傾げるばかりだ。

 まるで何のことかわからん、と言いたげな振る舞い。

 ……呼んだのはあなただったと思うんだけど。

 

「どうして呼んだんです? こんなとこに」

 

 呆れつつも、再度訊ねる。

 どうして私を、呼び出したのか。

 

「話なら、別のとこでもよかったでしょう」

 

 そう。

 どうしてわざわざ――『公園』になんぞ、呼び出したのか。

 

「んー」

 

 彼女は、唸りながら懐を弄る。

 取り出すのは、いつものココアシガレットの箱。

 

「……まぁ、強いて言えば、ここがあたしらの始まりの場所だから、かな」

 

 そのうちの一本を取り出し、口に咥えると。

 もう一本を、箱から頭だけ出した状態で、私に差し出した。

 

「ん」

「……」

 

 ……一本やる、ってことだろう。

 そうなれば、拒否することもないだろう。

 差し出されるまま、受け取るけれど。

 ……私、これ食べたことないんだよな。

 

「お前さぁ、」

 

 なんか、ココア味のラムネみたいでスースーするな――なんて考えていると、彼女は言う。

 

「夢とかねーの?」

 

 

 

 ――夢とか、あるんですか?

 

 

 

「……え」

「一応、エリカ賞*1から動くとは話したけどさ」

 

 恥ずかしがることもなく。

 毅然と言う。

 

「あたしはお前に救われた。お前のお陰で、過去と決別出来た。……次はお前の番だ」

 

 

 お前の夢を、

 叶える手伝いがしたい。

 

 

 ……真っ直ぐな瞳で、そう言ってくれる。

 

「……」

 

 ……とは言うものの。

 そもそもそれは、私こそ恩返しのつもりでやったものだから、恩返しの恩返しってなったらキリがないんだけど。

 そんな冷めたこと言うのもちょっと違うか。

 

「…………」

 

 彼女は茶化さない。

 いつもなら見られないであろう、真剣な眼差しに晒されながら、考える。

 公園には、有り触れた環境音と。

 どこか控えめで、上品な風の音が響いている。……

 

 

 

 

 

 ――桜の大木の前に、私は立っている。

 

 ――隣に立つ男性に、私は無邪気に話しかける。

 

「――、――……」

 

 それは思い出。

 過ぎ去った思い出。

 

 ――私、

 

 ――絶対、

 

 ――すっごい、ウマ娘に――……

 

 もう、絶対に。

 届かないと、思っていた夢――

 

 

 

 

 

「……トレーナーさん」

 

 どれくらい時間が経ったかわからない。

 彼女の表情は、大して変わっていないから。たぶん、そんなに経っていないのだろう。

 

「アシカガトレセン学園、って知ってます?」

「あー……栃木のか。確か、経営難で無くなったっていう」

「はい。私……実はそこの、最後の卒業生の一人なんです」

 

 卒業する前に無くなっちゃったから、厳密には卒業生じゃないんですけどね。

 頬を掻きながら言う――アシカガトレセン。かつて存在した地方トレセン学園。

 私の――『始まりの場所』。

 

「それで……一緒に卒業した子が、他にあと三人いるんですけど。その子たちとは、最後まで仲良くて……いつも四人でつるんでは、色んなことして遊んでたんです」

 

 駆けっこはもちろんのこと。

 かくれんぼやら鬼ごっこ。

 何が何だかわかんない遊びや。

 単に騒いでみたり。

 

 仲良くはしゃぐことがほとんどだったけど。

 くだらないことで喧嘩することもあった。

 

 多くの時間と、多くの出来事を共有した。

 掛け替えのない、親友たち。

 

「……私」

 

 新バ戦に。

 未勝利戦。

 テイオーさんとの一騎討ちを経験して。

 感じたのだ。

 

「本気でレースするのって……楽しいなって思ったんです」

 

 お互いの信念を。双方の主張を。

 理想を。夢を。真正面からぶつけ合うこと。

 あの時、あの瞬間――本当に、楽しかった。

 

 でもそれは。

 飽くまで、まだまだ序の口のレース。

 いつか、チヨちゃんと話したことが、脳裏をよぎる――

 

 もし重賞となったなら。

 一体、どうなってしまうのか――

 

「私、思うんです」

 

 だから、思うのだ。

 

「……みんなで……走ってみたい、って」

 

 公式のレースで。

『最高峰』の舞台で――

 

 

 

「本気で、

 真剣に、

 

 勝負してみたい、って――……」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 その少女は、古ぼけたラジオの流す音声を聞いていた。

 届けられる情報は、直近のレースに関するもの。

 彼女にとっては日常であり、特別な意味は無かったが。

 覚えのある名前が聞こえて、思わず耳を傾けてしまっていた。

 

「――フェア姉、そろそろだよ」

 

 硬直していた少女は――

 背後から聞こえてきた声に反応し、我に返る。

 ラジオの電源を落とすと――

 背を向け、そこから立ち去る。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 その少女は、高級感溢れるロビーにて、大型テレビの画面を見つめていた。

 流れている映像は、最近の競技に関するもの。

 彼女にとっては興味のないものであり、特殊な事情も無かったが。

 忘れがたい姿が見えて、思わず立ち止まっていた。

 

「――おーい、スレイちゃーん」

 

 釘付けになっていた彼女は――

 呼びかける声に反応し、気を取り直す。

 テレビから視線を切り――

 振り返らずに、歩き出す。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 その少女は、薄暗い部屋の中で、ブラウン管のテレビ画面を眺めていた。

 映されている画像は、間近に開かれた試合に関するもの。

 彼女にとってはいつものことであり、特段注意を向けることも無かったが。

 夢見た景色が映って、食い入るように見つめていた。

 

「――ア、アルさん。お、お食事、です」

 

 惹きつけられた彼女は――

 掛けられた言葉に反応し、正気に戻る。

 画面を付けっぱなしのまま――

 ゆっくりと、振り返る。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――まぁ、あの子たちが今、どこで何をしているのかもわかんないんですけどね」

 

 困ったことに、まずは見つけるところから、ではあった。

 当時の私たちは、携帯電話なんて便利な物は持っていなかったから。

 接触を持つところから――始めないといけない。

 

「でも、どうにかしてみんなを集めて、大舞台へ――そう。『有マ記念』へ」

 

 ――有マで待ってる。

 

『彼女』の言葉を、想起しながら。

 

「――出てみたい。それが、今んとこの、私の夢ですね」

 

 それは、私『個人の夢』とも重なるもの。

 壮大で、遠大な理想。

 我ながら、トチ狂っているとしか思えない、そんな物語に――

 

 トレーナーさんは。

 呆れたように、息を吐いていた。

 

「……お前なぁ」

 

 そして、言うのだ。

 

「わかってんのか? 中央に入るってだけでも、とんでもねー話なんだぞ。今から三人、見つけ出して入学させたうえで……有マ記念(大舞台)? ……はは。ぶっ飛んでるし、イカれてる。ほとほと、正気の沙汰とは思えねーぜ……」

 

 本当に、困ったように。

 障害を目の当たりにしたみたいに。

 苦笑いで、言うけれど。

 

「……、」

 

 その苦笑いは。

 間もなく、悪い笑みに変わっていた。

 

 心底に楽しげに――

 吊り上がっていた。

 

 

 

「――だが、面白ぇ」

 

 

 

 ……その理想に対して。

 微塵も、恐れてなどいなさそうだった。

 

「面白いってのは大事なことだぜ、バカウマ」

 

 そして――いいぜ、と。

 

「お前のその夢――付き合ってやるよ」

 

 言いながら。

 ベンチから立ち上がると。

 私に向けて、拳を差し出す。

 

「……『進出開始』だ」

「……どうもです」

 

 ……それを見て。

 私もまた、立ち上がる。

 見上げる彼女の瞳を。

 真っ直ぐに見つめながら。

 

「それじゃ――よろしくお願いしますね」

 

 そう返して。

 自身の拳を、打ち付けた。

 

 

 

 

 

「――クソトレーナーさん」

 

 

 

Uma-Musume

Graduate of 16

 

Act.1

the Fool and the Idiot

ばか者と大ばか者

 

-End-

 

 

 

*1
12月に開催されるプレオープン戦。

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