態度が悪い、と。
アシカガトレセン時代に、フェアちゃんはたびたび先生に怒られていた。
別に成績が特別悪いわけでもなければ、サボっていたわけでもない。
むしろ、その面で言えば真面目だった。
ただただ、言葉遣いが悪い。
それだけだった。
私はそれを、単なる反抗心か何かだと思っていた。
周囲も、似たような印象しか持たなかった。
性根は真面目で、優しいながら。
どうしてそこまで、攻撃的な振る舞いをするのか。
私たちは。
知ろうともしなかった。
「不思議な巡り合わせだねぇ」
スカイさんの言葉に、私は振り向く。
彼女は、悪戯が成功したとばかりに微笑んでいた。
「私が気まぐれに散歩して、偶然に出会った子が――君のお友だちだったなんて」
「……全くだよ」
色々とものすごい偶然だった。
スカイさんが気まぐれに出歩かなければ、見つかることは無かったろう――という意味でもそうだし。
フェアちゃんが、こんな目と鼻の先の距離に住んでいた――という意味でもそうだし。
「どうやって見つけようかなって、ずっと考えてたのに」
「本当に大事なものは傍にある、ってのは本当だねぇ」
「……でもさ」
灯台下暗し――何かを探し出そうと必死になっている時ほど、すぐ傍に目を向けるべきなのかもしれない。
……けれど。
けれど、それにしたってだ。
「本当に住んでるの? ここに……」
スカイさんに連れられて、辿り着いた場所。
『彼女』が住んでいると言われて、目の前にしたその家は……
「どー見てもお化け屋敷なんだけど……」
そう――どー見ても、お化け屋敷。
どー見ても、廃屋。
私の目には、とても……とても、人が住んでいるようには見えなかった。
「そーだよねぇ。空き家って言われても信じちゃうよ」
けらけら笑うスカイさん。一見、私を騙しているように見えるけれど、笑い終えた後に浮かべた瞳の色は、しっかりと真剣だった。
「でも確かだよ。確かにここに着いたし、招待もされたよ」
「……の割に人の気配はないよね。留守なのかな」
「じゃないかなぁ。それか、毎日居場所を替えてるとか」
「えぇ……勘弁してよ。やっと手掛かりがつかめたのに」
けれどまぁ、現実的にそんなことはないだろう。そんなぽんぽん住居を変えられるはずも無いし。
「どーする~? 帰って来るまで待つ~?」
「スカイさんはいいの? あんま無理しなくても……」
「いやいや。乗り掛かった舟だしね。ちゃーんと最後まで付き合いますよ~」
「……ありがと」
何でもないことのように言うスカイさんだけれど、その細かな心遣いが身に染みる。彼女は私の言葉に、どういたしまして、と返してくれた。
「それじゃ、来るまでしりとりでもしよっかー」
「え。いや、いいけど。見つかったらだいぶ気まずくない……?」
「ダイジョーブだよ~、犯罪してるわけじゃあるまいし」
「そ、そうだけどさー……」
「しりとりー、『り』」
「え。あ、りんご!」
私の意志など関係なしに始めちゃうスカイさん。もうなんか、どうでもいいか。
「『ごりら~』」
「えっと……『ラッパ』」
「『パイナップル』~」
「『ルビー』……」
「『ビー玉』」
「……『マントヒヒ』」
「すごいとこ突くね~。『ヒモ』」
「も……『桃の木』……?」
「『金属器』」
「『キリン』――あ」
あ、やばい。
あまりにもボーっとやり過ぎた。普通に『ん』言っちゃった――
「『ンジャメナ』*1」
「――!?」
「ん? どしたの~? まだ続いてるよ~?」
「え、あ? う、うん……」
……あれ。おかしいな。私の記憶が正しければ、しりとりって、『ん』がついた時点で終わりだったと思うんだけど……
「な……『茄子』」
「『すみれ』」
「れ……『レール』?」
「『ルッコラ』」
「ら……『ラッコ』!」
「『コアラ』」
「え、ら……『ランタン』!」
って――やばい! また言っちゃった。なんやかんや二回目だ。
さしものスカイさんも、更にここから続けるのは――
「『ンゴロンゴロ保全地域』*2」
「何それ!?」
……とか思った私が甘かった。なんかもう、何でもアリだった。
「あ」
「え?」
そんな中で――
スカイさんが、唐突に声を漏らす。
弾かれて、背後へと振り返ってみると……
「――うえぇ~っ、ショーのバカァ! もう知らないもんっ!」
「だかラ悪かったって言ってんだロ。んなに泣くことねぇだろウガ」
「はいはい、もうすぐお家だからね。そんなに大声出さないこと」
「よしよし……」
鬱陶しいまでに騒がしく、何やらやり取りしながら。
歩いてくる人影が、五つ。
「――だからいつも言ってんだろ。もっと大人になれって」
そのうちのひとつ。
繰り広げられていた口論を制するように。
冷静に言う、それは――……
「お前らももう13……」
……私の。
よく知るものだった。
短めの赤髪。
鋭い目つき――
「……」
「……」
夜の帳の中、目が合う。
視線を通し、筆舌に尽くし難い感情が行き来する。
刹那。あるいは永遠。
重苦しいまでの静寂が、そこに漂って。
「――……?」
彼女の口が、何かを紡いだ。
私の目には。
アリオン、と見えた。
「――やー、皆様方」
その時――
スカイさんのふわふわとした声が、停止した時間を動かしていた。
「昨日ぶりだね~――今日はお友だちを連れて来たよ」
「おぉ、悪いナ。今ガキをあやしてるとこでヨ」
「っ、ガキじゃ、ないわよぉっ! ガキじゃないもんっ!!」
何でもなく話し始める、彼女らの傍ら――
……『彼女』は。
フェアちゃんは、無言のままでいたけど。
「……、」
目を閉じて。
開けていた。
「……久しぶりだな」
そして。
ごく普通のことのように、冷静に、そう言っていた。
「六年ぶりくらいか?」
「……うん。そんなとこだね」
だから、私も。
思わず、駆け出したくなる衝動を、頑張って抑え込んで。
応じる。
「びっくりしたよ。まさかこんなことしてるなんてさ」
「うるせぇよ。こっちにも事情ってもんがあるんだ」
「だろうね。いくらお人よしでも、理由なくそんなことしない」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
肩を竦める彼女。
余裕そうに、何でもないことのように。
本当に――『いつも通り』に。話して。
「――入れよ。とりあえず」
私たちに、勧めた。
「積もる話があるんだろ」
時計が壊れていた、とのことだった。
「んと……この辺?」
「もう少し右……」
センちゃんとリョホーちゃんは、新品の壁掛け時計を設置する。
「――そしたらコイツ、なんて言ったと思う!? 『何も考えてねぇかラそんな簡単なこともわかんねぇんだロ』~、だって!! 有り得ない! もっと言葉選ぼうとか思わないわけ!?」
「はン。そんだけ元気なラ、もウ心配はいらねぇナ」
「はぁ!? どの口がほざくわけぇ!?」
「平和で何よりですな~」
エンゲツちゃん、ショーちゃん、スカイさんは談笑していて。
そこから少し離れた、縁側で。
「――なるほどな」
私は……フェアちゃんと、話していた。
「例の『事件』に、そんな裏があったなんてな」
「全くね。なんで私があんなことしなきゃいけなかったんだか」
話題は、少し前に学園を席巻したあの事件。
私が――私たちが引き起こした、世間全体をも巻き込んだ、大騒動。
「でもお陰様で、いい学園生活を送らせてもらってるよ。……レースもうまくいってるしね。今のとこは」
「お前の活躍はちょいちょい見るよ」
「あ……ホントに?」
「この間なんて、変な特集組まれてたぜ」
変な特集……心当たりはある。なんか、自称ウマ娘マニアの何とかって人が取材を求めてきたんだよな。執念に負けて許可したけど……
「驚いたな。まさかお前が、ここまで大きくなるとはな」
「いやいや。私一人だけの力じゃ――」
「あたしには、真似出来ねぇよ」
フェアちゃんの声が、痛々しい色を伴う。翳りを帯びた瞳を見ると、それ以上の自分語りが、酷く罪深いもののように感じられる。
「……フェアちゃんの方は?」
逃げ場として選んだ話題は、少し悪手だったろうか。
「わざわざ訊くかよ」
彼女は、苦笑いを浮かべていた。
「見ての通りだよ。それ以上もそれ以下もねぇ」
「……そう言われても。その……色々気になるとこが多くてさ」
「あいつらのことか?」
「……それもだけど」
当然、それもだけれど。
ここ最近の、彼女の生活もそうだし。
……私が誘おうと思っている、『夢』のことも、そうだし。
「まぁ、成り行きで保護して、生活してるってだけだよ」
「成り行きで見ず知らずの子を保護する? 普通……」
「『普通』はねぇだろうな。でもあたしの生活は、『普通』じゃねぇからな」
彼女の目は、目の前の庭に向けられている。使い古された丸机、黒板。小屋には、数羽の兎。
「……あぁ。普通じゃねぇんだ」
「どれくらい続けてるの?」
「そろそろ一年だな。早いもんだ」
「その間もその、ずっと……一人で?」
「まぁな。見ての通り、一人暮らしだし」
「あの子たちの、家族は?」
「事情聴取かよ」
気付けば、矢継ぎ早に質問を投げかけていた。苦笑いと共に緩く咎められ、思わず口を噤む。
「……ごめん」
「謝罪は求めてねぇっての」
フェアちゃんは困ったように言い、改めてこちらに視線を向ける。昔とほとんど変わらない、鋭い目。
「それで?」
続けられた問いに、思わず固唾を呑んでいた。
「どうしてここに来た。まさか、たまたまここまで来たわけじゃねぇだろ?」
「……」
スカイさんをも伴ってここに来ている時点で、薄っぺらい嘘なんて意味がない。
そもそも、話さなくては進まないのだ。
覚悟を早く決めるか、遅く決めるかの違いでしかない。
「……、」
だから。
私は、一瞬のうちに覚悟を決めて。
「――フェアちゃん」
言った。
「私の夢に、
協力してくれない?」
「……夢?」
「うん……」
怪訝そうなフェアちゃんに、洗いざらい話した。
内容はもちろんのこと。
目指そうと思った経緯も――全部。
「……」
全てを聞いたフェアちゃんは、しばし無言になる。
特別不快そうだったり、怪訝が更に深まった感じでもない。
むしろ、口を少し開け、それに期待しているようですらある。
――好感触。個人的な印象はそれだった。
「……どう、フェアちゃん」
行けるかもしれない。
これなら、応えてくれるかもしれない。
そんな希望と共に、彼女にもう一言進んだ。
「私と一緒に……来ない?」
「……」
フェアちゃんは、少し間を置いて。
背後へと振り返る。
そこでは、みんなが未だに騒いでいる。
楽しげなその喧騒に、彼女は何を思ったのだろうか。
「……、」
目を向け直した彼女は。
「悪いな」
果たして――そう答えていた。
「付き合えねぇよ」
「……」
……いや。
動揺するものか。一発で応じてもらえる、なんて考えるのがそもそも浅いのだ。
ゆっくりと、確実に、説得するんだ。
「……どうして?」
「金だよ」
訊ねると、彼女はあっけらかんと言った。
「中央ってのは金がかかるだろ。協力したいのはやまやまだけど、今のあたしに、そこまでの余裕はねぇ」
「でも、奨学金とかあるんだよ? 実際、それで通ってる子もいるし……」
「奨学金も返さなくちゃならないだろ。あたしも実力に自信はあるけどな。分の悪い賭けはしたくない」
「……」
……違和感を覚える。
その答えは、直前の彼女の行動に一致していなかった。
お金だけが問題になるなら――
今、みんなを振り返ったのは……なんだったのだろう。
「……フェアちゃん」
「なんだよ」
「嘘吐いてるよね」
「吐いてねぇよ」
追及すると、彼女は答えた。
吐いてねぇ、けど。
「話す真実くらい、選ばせろ」
「……」
……壁を感じる。
この六年という歳月は、私と彼女とを引き離すには、十分な長さを持っていたみたいだ。
彼女のことを知っていたつもりなのに。わかっているつもりなのに。
こうして、突き放すも同然の言動をされたことが……
……少し。
ショックだった。
「薄情だなぁ」
言葉に詰まって。
俯くと。のんびりとした声が、そこに割り込んできていた。
「親友に隠し事するなんて」
「……スカイさん」
「……うるせぇな。お前には関係ないだろ」
スカイさんは、私の隣、フェアちゃんとは、私を挟んで反対側へと腰を下ろす。フェアちゃんは……彼女の登場に、不愉快そうだったけれど。スカイさんは気にしていなさそうだった。
「つーか、あいつらの相手はどうした」
「ご飯の支度するってさ。それより……美しい覚悟だね」
スカイさんの口から出てきた言葉は、少々唐突だったように思う。小首を傾げると、その口元に、意味深は笑みが灯る。
「自分の信念のためなら、親友を欺くことも躊躇わないってわけだ」
「……欺いてねぇよ、あたしはただ――」
「あぁ、いや、いや。いいんだよ。君がそうしようとそうしなかろうと、私には
意趣返しみたいな言葉に、今度はフェアちゃんが言葉を詰まらせる番だった。
「……好きにすればいい。それをどうにかこじ開けるのも、この子の仕事でしょ」
でもわからないな、とスカイさんの瞳が、神妙な色を帯びた。
その目に――一体、どんな世界が映っているのだろう。
「私には、君が苦しんでるように見える」
望んで、そうしているようには見えない。
「自分がしたいことを――
必死に、
我慢しているように見えるんだけどな。
……あくまで印象だよ? 印象。そうじゃないならそうじゃないで、それまでだけどさ」
あんまり我慢し過ぎるのも。
よくないと思うけどなぁ。……
「……」
フェアちゃんは、すぐには答えない。
その間に、一陣の風が吹き込んできた。
庭に植えられた植物が、ざわざわと、どこか不穏な音を奏でる。
「……お前ら、明日は暇か?」
「え?」
それが鳴り止んでから。
フェアちゃんは、私たちに問いかけていた。
頓狂に応じるけれど、彼女の目は揺らいでおらず。
「暇だったら、またここに来い」
そのまま、続けていた――そこで。
私の現実と、覚悟を見せてやる――と。
「――で」
翌日の夕方。
「なんであたしが付き合わなくちゃなんねぇんだよ……」
「ごめんなさいごめんなさい……!! 保護者同伴でって言うから仕方なく……!!」
心底に不機嫌そうな声のトレーナーさんを、神仏か何かのように拝み倒す。
……翌日。フェアちゃんの見せてくれる何かを見るため、再び彼女の家にやって来たものの。
誰かしら保護者を連れてこいって言うから。トレーナーさんに同伴を求めたのである。
ただ、本来なら今日は、トレーニングをするべき日。
ただでさえ昨日、会いに行くのに無理言っておやすみさせてもらったのだ。
本当なら、こんなことしてる場合じゃないんだけど……
「……まぁいいけどよ。それで身が入らなくなったら世話ねぇし」
なんだかんだ、彼女はそれを許してくれる。やっぱり心根はお人好しだった。
……本当に、ありがとうございます……
「でもよ、」
ちらとその目が、私の傍に向けられる。
「オメーが着いてくる意味はあんのか?」
「いやいや~。ここまで来たら、そりゃ着いて行くでしょ~」
いかにも不可思議そうな声に、やんわりとした声が答えた。
スカイさんは――
昨日と変わらぬ軽い感じで、彼女の質問に答える。
彼女も彼女で、色々やらなきゃいけないことがあるだろうに、それでも付き合ってくれているのは、譲れないものがあるからか、サボるためのいい口実を見つけたからか。
「『通りかかった船』だしね。それに私も……その覚悟とやらが気になるし」
行かない理由はないでしょ~――と、彼女は言うけれど。
語頭に附された言葉に、違和感を覚えた。
「……」
そしてその正体は、すぐにわかった。
「……それ、ただの船だよね」
「お~、鋭いね~」
指摘すると、へらへら笑う彼女。……分かり辛いボケだった。
「よう」
そんなやり取りに、フランクな声が割り込む。
「約束通りだな」
「うん。……約束通り、来たよ」
家の敷地から出てくるのは……フェアちゃん。
あの四人の子たちの姿はまだない。一緒に行く、って話だったはずだけど。まだ準備中なのかな。
「オメーが
対して、ずい、と身を乗り出すトレーナーさん。フェアちゃんと比べて、体格は一回りくらい小さいはずなんだけど。彼女の方が目上というのが一目でわかるから不思議だ。
……態度のせいだろうか。
「コイツから話は聞いてる。まぁ今日は、くれぐれもよろしくな」
「――はい」
嘗められないためか、信用を置いていないためか。威圧感マシマシに言う彼女に――
フェアちゃんの声は、仰々しかった。
「本日はご足労願いまして、ありがとうございます」
……深々と。
頭を下げていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「……お、おぉ」
……あのトレーナーさんが若干引いてる。そんな反応、予想だにしなかったのだろう。気持ちはわかる。
こんな『いかにも』な見た目をしているのに、その実ものすっごく礼儀正しい、なんてなったら、温度差で風邪ひいちゃうよね……
「フェア姉!」
と、そこで。
あの子――センちゃんの声が飛んでくる。
目を向けてみると、家の中から、例の四人組がそそくさと出てきていた。
「ごめん、リョホーが準備に手間取って……」
「ごめんなさい……」
「ったくもう、あんたいっつもこうじゃない」
「オメェも人のこと言えねぇけどナ」
「……またぞろぞろ出てきたな」
トレーナーさんの言葉がちょっと面倒臭げなのは、それだけの人数を覚えられる気がしないと思ったからか。
「役者はそろったな」
どちらにせよ――
フェアちゃんは、言う。
「じゃ、行くぞ」
そうして、目的地もろくに告げないまま……
私たちの、先導を始めたのだった。