「――ルビーフェアのことを?」
翌日。
トレーナー室で、私が口にした『お願い』に、トレーナーさんは怪訝そうな声を上げていた。頷きを返すと、彼女はいつもの無表情をこちらに向ける。暖かみと冷たさの同居する、不思議な色。
「……まず、理由を聞こうか」
訊ね返す声色は真剣だった。茶化すでも、冗談めかすでもない――当然の話だった。
昨日、あんなことがありながら、その当事者でありながら、私が凝りもせず――フェアちゃんのことを諦めるどころか。
――その過去を調べてもらえないか、などとお願いするのだから。
……対して私は、一瞬だけ思考の海を泳ぐ。
フェアちゃんと会ったこと。その後見せられたモノ。
彼女の、どこか寂しげな表情。
そして、スカイさんのひと言……
「……私、」
それを受けて、思い知った。私は……
私は。
「……あの子のこと、知ったつもりになってた。全部、分かった気になってた。でも、スカイさんに言われて、気付いたんです。本当は……何も、知らなかったんだって」
彼女が心を開かなかったのも当然だった。性根は優しい彼女でさえ、二つ返事で快諾するはずもない。
何も知らずに、何も理解せずに、何が一緒に来てほしいだ。何がきっと楽しい、だ。
相手の事情を汲み取らずに、ただ一方的に手を引こうだなんて、そんなの……
本人からしたら、迷惑以外の何物でもない。
「あの子と一緒に、おっきな舞台で走りたい。その気持ちは変わってないけど、無理矢理引っ張り込みたくない。ちゃんと説得して、分かってもらったうえで、一緒の場所にいてほしい。そうじゃないと、絶対どこかで嫌になるだろうし……楽しくないって、思うから」
「……なら」
私の言葉に、トレーナーさんは、表情を崩さずに言う。
「仮に、私が過去を調べ上げて、お前が説得したとして……それでも、説得出来なかったら、どうする?」
「……その時は」
試すようなその問いに。
しかし私は、既に、覚悟を決めていた。
「……諦めます」
そう。
諦める。きっぱりと、潔く。
手を尽くさずに諦めるのは、嫌だけど。出来ることをせずに投げ出すのは、嫌だけど。
……手を尽くしたなら。出来ることを、やったなら。
「あの子の選択を……尊重します」
手を尽くしたなら。出来ることをしたのなら。
それでもいいと、私は、思う。
「私の夢も大事だけど。誰かの生き方は、他には代えられない。一度きりしかない人生なんだから、あの子が生きたい方に行ってほしいと思います」
「……アイツ以外の仲間を、順当に説得出来てもか?」
「むしろそれで、心変わりしてくれるかもしれませんしね」
どちらにせよ、これは決めたことだ。
彼女の想いを、心を。生活を、踏み躙りたくない。
踏み躙っちゃいけない――あの子が。
そう出来ない明確な理由を見ているのなら、なおさら。
「……だから、お願いします」
だから、私は重ねて言う。
「私に……協力、してくれませんか……?」
「……」
重ねて――出来る限り失礼のないように、口にしたお願いに。
彼女は、その目を、指に挟んだココアシガレットに落とす。それをペン回しみたいにくるくる弄ぶ中、流れる無言の時間。
壁掛け時計の時を刻む音が聞こえる。普段は気にならないその音が、今この瞬間に限っては、張りつめた緊張の弦を鳴らす、小綺麗な爪のように思えた。幾度か、その神聖ですらある音が耳を通り抜けていく。
「……、」
やがてトレーナーさんは……
浅く息を吐いていた。
「……てっきり、もっとごり押しで言われると思ってたんだけどな」
「え……?」
「そこまで真っ直ぐに言われて、ダメだなんて言う方が薄情だろ」
無言の時間が解けたから、というのもあるのだろうか。彼女の言葉が、いつになく優しく聞こえた。それって――つまり。
それって、つまり……!
「わかったよ」
「!」
「情報収集は得意分野だ。お前も『よく知ってるだろ』」
「トレーナーさん――!」
「ただし」
返事に、浮き足立ちかけた思いを。彼女の冷静な言葉が押し留める。
「トレーニングはしっかりやること。ちょっとでも気ぃ抜いたら、承知しねーからな」
「はい!」
「……水を得た魚だなおい」
威勢のいい返事に、彼女は苦笑いする。私も、意図せず飛び出たその言葉に、照れ隠しに頭を掻いていた。
実際、情報収集というものは――
どんな煩雑な手なのかわからない。
だから、どれだけ時間がかかるかも、素人の私にはわからない。ただどっちにしろ、道は開けたのだ。絶望することなんてない。
彼女の言う通り。『本業』に、影響が出ないように。
それまで、気を引き締めて、気合いを入れて――
頑張るぞ!! ……
……が。
『今夜、
そんな連絡が来たのは、それからわずか三日後のことだった。
「おっす」
「……」
生徒で賑わう食堂の隅、テーブル席。
驚きも驚き。
情報収集というやつに、たったそれだけの時間しかかからなかった、っていうのもそうだけど。
そこで待っていたのは――トレーナーさんだけではなかったからだ。
「やほ~」
ここのとこ連日聞いている。呑気な声。
「スカイさん」
「うん、スカイさんだよ~。……意外そうな顔だねぇ」
「いや……だって、いるとは思わなかったし」
「コイツも、この件には無関係じゃないからな」
一体どうして――そんな私の疑問を読み取ったように、トレーナーさんが言う。
「アイツのことを何も知らないままおしまい、っていうのも寝覚めが悪いだろ。だから念のため連絡したんだけどな」
「お言葉に甘えて、聞かせていただこうと思いま~す」
そういうことらしい。まぁ……でも確かに、トレーナーさんの言う通りではある。スカイさんもこの件、突っ込んでいるのは片足どころじゃない。
声を掛けるのは、当然の人情といったところか。
「まぁ座れよ」
促されるまま、席――スカイさんの隣に落ち着く。トレーナーさんは、懐からいつものココアシガレットを指に取り出し、口に咥えた。
「しかし、あー、なんだ。どこから話すべきかな」
そう言いながら、自身の隣、空席に置いた鞄を弄る。そのまま机に置かれたのは――一冊の紙束。そんなに分厚くはないけれど……
「……ひとまず、注意事項として」
それに目を奪われるも束の間、彼女は続ける。
「これからあたしが言うことは、多分に推測も含んでる。そういうところにはひと言断るが……どこをどう『説得』に使うかは、慎重に考えること。いいな?」
私はスカイさんと目を合わせ――
もう一瞬で、向き直り、頷く。
トレーナーさんは、それに満足したように頷き返すと、手元の紙束を捲った。
「事の発端は……」
そして始まる話は――十年ほど前に遡るらしい、という言葉から。
奇しくもそれは、『私たち』の運命の始まりに重なっていた。
物心ついた時には、既に父はいなくて。
あの田舎町で、母と二人で暮らしていた。
父の顔なんてよく覚えていないし、今でもまともに知ることも出来ない。
ただ、常日頃あたしは、母から話を聞かされていた。
父がいかに『クソ』だったかを。
いかに恵まれない生活をしていたかを。
内容もさることながら、その時の彼女の言葉遣いも相応に『クソ』で。
小さいころからそんな話をし続けられていたら、自然と言葉遣いも『様』になっていた。
それが良くないことだと知ったのは、その町の小学校に入学してからだ。
ごく普通に先生に話し掛けたつもりが、ものすごい剣幕で怒られた。
今にして思えば怒り過ぎだろって思うけど、それくらいに幼い子供の『癖』は『クセ』がある。
必死に矯正しようとした結果だろうが――帰れば愚痴を聞かされる私の環境では、その努力も無意味なものだった。
立場が悪くなる。
状況が良くなくなる。
なので、他のところでそれを補おうとした結果、自然と素行は良くなった。
そんな不可思議な二面性からか――変な連中にも、絡まれるようになった。
長い栗毛を、青いリボンでポニーテールにした少女を皮切りに。
緑がかった長髪の少女。
長い芦毛の少女。
他にも何人かいたが――とりわけこの三人。
あたしを含む四人組で――よくつるんでいた。
登校で競争するなんて日常茶飯事。テストの点数で勝負したこともあったし。勝負とか関係なく、ただ遊ぶこともあった。
楽しかった。
本当に楽しかった、あの頃は。
あたしを取り巻く暗いことなんか忘れるくらい。
幸せな日々を過ごしていた。
……けど、そういう日ほど、すぐに過ぎ去ってしまうもの。
アシカガトレセンの廃校が決まり、あたしたちは疑似的に『卒業』する。
その悲哀冷めやらぬまま、心身共に成長したからだろうか。
家に帰るなり、あたしは意を決して母に言っていたのだ。
――父の元に帰らないか、と。
彼女はしばし無言だった。何ならその日一日口を聞いてくれなかった。
でも翌日、あたしに向き合うと、戻りましょう、と言ってくれた。
……あたしは親孝行のつもりだった。もう一度やり直そうよ、と言いたかった。
何があったかは知らないけれど。どうしてなのかもわからないけれど。きっと全部を最初からやり直せると、信じて提案したはずだった。
でも――
「――あそこの住民? あー」
突き付けられたのは。
残酷な現実だった。
「ずいぶん前に死んだよ。部屋で首吊って……」
……父が。
もとい、あたしたちが元々住んでいたオンボロの一軒家に、あたしと母は移り住んだ。
いわゆる事故物件ってやつなわけだけど、それ自体に、特に恐怖は感じなかった。
でも生活は苦しくて……まともに学校にも通えない日々が続いた。
図書館に行って、学べることを学ぶ日々だった。
あるいは公園に出て、身体を動かせるだけ動かす日々だった。
あるいは、あるいは――バイトに出て、小金を稼ぐ日々だった。
必死に、決死に、母を支えながら、一日一日を、生活する日々だった――
――でも、ある日のこと。
いつものように、図書館から帰ってきた時だった。
「……おかあさん……?」
――部屋は。
もぬけの殻になっていた。
それが笑えるんだ。ちゃぶ台には一枚の、ごめんなさい、とだけ書かれた手紙が置かれているだけ。
母の調度品は全部無くなっていて……
ついでに、生活資金もほとんど持ってかれてた。
あたしは、まだ二桁に達するか達さないかって時に。
見事に孤児になってしまったってわけ。
……あぁ、子供心に感じていたよ。何かよくないことが起きていること。
それくらい、不在の時間が目立っていたから。……きっと良くないことを、母はしていると。
要はそれに、あたしが邪魔だったってことだ。
独り。
置いていかれたってことだ。
でもだからって、人生は終わるわけじゃない。
ウマ娘という自分の性質に、この時ほど感謝したことはないだろう。
あたしは、死に物狂いで働いた。働いて、勉強した。いつか見返してやる、いつかこの暗い闇の底から這い上がってやると、誰にともなく決心し、戦った。
光の片隅で。
陰ひなたに紛れながら。
戦って、
戦って、
戦った。
夢なんて見る間もなく。
そんな余裕もなく。
生きて、
生きて、
生き続けた。
……そんな折だった。
「――やぁ、あんた、金に困ってるんだってな」
『その話』が――
私の元に、やって来たのは。
「……」
……自分の今の立ち位置が、正しいかどうかなんてわからない。
けれど、足を踏み込んだその場所は――ブラックレースという興業は、あたしの生活を楽にしてくれた。
相応の危険は伴うけれど。そんなことも言っていられない。
生きるために。
進むために。
グレーゾーンを踏み越えることも、躊躇わなかった。
……例の四人を。
路頭に迷っていたあいつらを
エンゲツを、ショーを、センを、リョホーを、助けたのは、自然と、過去の自分と重ねていたからだろうか。
バカな話だ。こんなことをしたって、どうにもならないってのに。
『表』になんて、もう戻れないってのに。
あまりにも、裏の世界に浸かり過ぎてしまった。
守らなくてはならないものが、出来過ぎてしまった。
夢を見て、無邪気に走り回っていた。
『あの頃』になんて。
もう、
戻れないっていうのに――
「――フェア姉?」
「!」
声を掛けられて、ハッとする。
目の前には、煌々と光を放つコンビニを背後に、見慣れた姿が立っている。
不思議そうに瞼を開閉させているセンと。
……バツが悪そうなショーだ。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
それよりも、だった。
「少しは反省したか?」
「……」
あたしの言葉に、ショーは浅く頷く。今にも崩れ落ちそうな、その様子を見ていると……
……やはりあたしは。
自分の思うまま生きよう、とは思えなかった。
彼女らのために。
我慢しなければならないのだと、思わずには、いられなかった。
「――と、まぁ、そんな感じだな」
一連の話を、トレーナーさんはそう締め括っていた。
「結局、例の四人との馴れ初めとか、保護に至った経緯までは洗い出せなかった。けどここまで情報が揃えば、推測くらいは出来る」
恐らくは──
願いだろう、と。
かちん、と小気味いい音がする。
それは、リョホーテンゲキが、居間の電気を点けた音だった。
闇に沈み始めていた家の中が、ほんのりと明るくなる。
「……ねぇ」
その中央。
蹲って、小さく震えている少女――エンゲツセイリュウに、彼女は話し掛ける。
「元気出して……」
「……」
リョホーテンゲキの声は、無邪気な暖かみに溢れている。いつものエンゲツであれば、それを恥ずかしがり、照れ隠しという意味で強く反発するところなのだが。
今日の彼女は、そのような激しい反応を示さなかった。……代わりに、更に強く、自身の膝を抱えていた。
トレーナーさんは続ける。
「身勝手な大人に自由を奪われたアイツだから……同じような理由で家出してきた四人を放っておけなかったんだろう。……実際そんなことしたって、なんの解決にもならないってのにな」
「そーいえば、その四人の親御さんはどうしてんの? 捜索願とか出してそうだけど」
「出してるけど、上手いこと『目』を掻い潜ってんだな。それでなくとも……どいつも、二つも隣の県から逃げ出してきてるみたいだしな」
「ふ、ふたつ……」
「はは。大した行動力だ」
……絶句せずにはいられない。
あんな危険なことに手を出している彼女なのだ。相応の事情があると覚悟はしていたけれど。現実は、そんな私の覚悟を悠々と踏み越えていた。
あの生活の裏に。あの行動の影に。
……そんな事実が、隠されていただなんて。
「……どう思う~?」
「……」
しばし無言になってしまった私を見かねてか。スカイさんは、試すかのように言っていた。
私は……それに、すぐには返せない。
理想か現実か。
思いやりか叱咤か。
正反対の気持ちが胸のうちで綯交ぜになり、鬩ぎ合う。
目を閉じて。
考えて。
冷静に。
整理した。
……結果として。
「……正直」
間違っている気がする、と。
私は、口を開いていた。
リョホーは、慈愛に満ちた声で言う。
「大丈夫……ショーも怒ってないよ……」
彼女がそのような状態に陥った原因は知っている。
言うなれば――いつも通り。
犬猿の仲――というより、無遠慮に喧嘩できる仲であるダイトウカンショーと、何度目かの大喧嘩をしてしまったのだ。
きっかけは些細なもの。とっておいたスイーツを食べられたとか、そんな程度のものだ。
にもかかわらず、喧嘩が終わってから数分が経ってなお、このように塞ぎこんでばかりいる。
自責の念故か。
それだけ許せない故か。
エンゲツセイリュウは、いつも強気に振舞っているものの、それは自身の心の弱さの証明に他ならない。
弱く、脆い本心を隠したいがために、つっけんどんな態度をとる。
ダイトウカンショーもそれをわかってはいるが、一線を越えてしまうのは信頼の証拠であり、彼女らが成熟していないことの証左でもある。
結局こうして、ルビーフェアとガゲキホーセンの機転により、『二人を一旦引き離す』ことで、ほとぼりが冷めるのを待ってはいるが――
この状態では、それもいつになることか。
「……」
それでもリョホーテンゲキは、彼女を見捨てない。
飽くまで寄り添い、その背中を擦る。
エンゲツセイリュウは、その純粋な優しさを感じてか、そっと身を寄せていた。
リョホーテンゲキの表情は朴訥としているが、その端々に慈しみが滲む。
「……ん」
その時。
家の扉が、ノックによって音を立てた。
簡素なガラス張りであるせいもあって、その音は室内に良く響く。
私は、二人に言う。
「なんでかはわかんないけど……それで、本当にいいのかな、って、思っちゃう……」
「ほぉ」
「そっか」
こんな回答でいいのか。悩みながらの返答だったけれど、トレーナーさんは意外そうに声を漏らし、スカイさんは、安堵したように言っていた。
「……、」
こちらに向けられている、彼女の目元は。
柔らかく緩んでいる。
「良かった」
「良かった……?」
「またセンソーしなきゃいけないのかなーって」
つまりは――
そういうこと、らしかった。
リョホーテンゲキは、エンゲツセイリュウに待ってて、と呼びかけ、玄関へと駆けていく。
ノックがある、ということはお客人だろうと。そこに見ず知らずの誰かを想像した――
「――あぁ?」
そうして、扉を開けた時。
彼女は、止まっていた。
「はっ――なんだよ、」
なぜなら。
そこにいたのは。
「ご主人サマは……お留守かぁ?」
悪辣な笑みをたたえた。
黒白ツートンカラーの髪の長身。
――トウ、と呼ばれる。
「まぁ、共依存だよね」
彼女は続ける。
「……あの子たちの関係性と、私たちとトレーナーとの関係性って、ちょっと似てるよね。夢や目標を叶えるために、一緒の時間を過ごす。そのためにお互い支え合うし、励まし合いもする。……でも」
でも。
同じじゃない。
「私たちは、それに向かって、常に最善を模索する。その為なら――人によっては、
あの子たちは、どうなのかな。
そこまで、ちゃんと考えているのかな。
「夢を叶えようって思ってるのかな。目標を果たそうと、思ってるのかな。よりいい今を。よりいい未来を。そう考えて――最善を尽くしてるのかな。……私は」
私は。
そうは、思わないな。
「あの子たちは……ただ、今を生きているだけ。必死になって、生きているだけ。辛い現実から……ただ、逃げているだけ」
……それって。
「それって、ホントに『良いこと』なのかな~」
「……」
……話を聞いて。
私、二度目の絶句。
そんな言葉がすらすらと出てきたということでも、そうだけど……
なんというか。
「スカイさんって、結構毒舌だよね……」
「ありゃ。ちょっと火力高すぎたかな~?」
「……まぁ実際、そうするしかないって場合もあるからな。所詮外野のあたしらに、そこまで言う権利はないが……」
二本目のココアシガレットを指で揺り動かしながら、トレーナーさんも言った。
「逃げるっていうのは、最も簡便だからこそ……最も危険な手段でもある。逃げ場を求めて走り出した先に何もなかった、なんてこともある。本当にやれることをやったのか。手は尽くしたのか。その辺のことも、一度聞いてみたいもんだな」
なんだろ。彼女も彼女で、結構厳しいことを言っているはずなのに、妙に優しく聞こえる。これが相対性ってやつか。
ともあれ――
「……」
……私は。
自然、両の拳を、膝の上で握っていた。
「……二人とも」
そして、二人に言っていた。
「私……フェアちゃんと、もう一度、話したい」
……そう。
もう一度、改めて、彼女と、話し合いたいと。
そう、思った。
「私、あの子のこと、何も知らなかった。今まで、知ろうとも、しなかった。知る必要も……ないって、思ってた。でも……でも、違ってた。何も知らずに、家にずかずか上がり込んどいて、その人を連れ出すなんて出来っこない」
私は理解した。
完全ではないと思うけど。
前よりかは、遥かに確かに、知ることが出来た。
……そして、その上で。
その上で。
改めて――思うのだ。
「……こんなの、良くない」
いいことである、はずがない。
「お互いのために、ならない」
誰も、得をしない。
「このまま、自分たちの小さな世界だけで、危ない生活を続けて、真っ当な未来になんか、辿り着けるわけがない」
きっと、どこかで崩れる。
きっと、どこかで壊れる。
きっと、どこかで、……取り返しのつかないことに、なる。
「だから……だから」
だから。
だから……
「あの子を、救ってあげたいって」
助けてあげたいって。
連れ出してあげたいって。
変えてあげたい、って……
……考える、のは。
「……傲慢、なのかなぁ?」
「……」
「……」
言うまでもなく。
トレーナーさんも、スカイさんも、『しるべ』じゃない。
彼女らの言うことが全て、なんてこともないだろう。
それでも、縋るように、照れ隠しみたいに、笑いながら口にした想いに。
目を細めたのは、スカイさんだった。
「……傲慢だね」
「だよね……」
「でも、」
彼女は、言った。
「きみのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
「……」
「付き合うよ、最後まで」
締めるように口にする言葉は、どこか浮ついていた。
――『通りかかった船』だしね、と。
……私はそれに。
ひとつ、苦笑い。
「スカイさん」
「ん~?」
「雑だよ、そのボケ」
「あはは。辛辣だな~」
そんな私の指摘に。
彼女は飄々と返した。
「……傲慢でも何でも、それが許されるかどうかを決めるのは、あいつ自身だろ」
トレーナーさんもまた、言う。
「いいんじゃねーか。そういう感じでも。気が済むまでぶつかってこい」
「……ありがとうございます」
「そうじゃないと、トレーニングもままならなそうだしな」
「う」
そ、それは……
でも、ちゃんとやるって、この間言ったじゃん……
不真面目にやったつもりもないんですけど!?
「……心外な! 不真面目にやったつもりはありませんよ!」
「イキモノが怒るのって、あれらしいぞ。図星だった時が大半らしい」
「い、いやいや! ホントにホントに真面目にやってますから! 何なら今から追加トレーニングします!?」
「仲睦まじくてよろしいですなぁ」
……そんな風に。
流れ始めた、藹々とした空気に。
「――こら! あなた! 止まりなさい!!」
何やら、不穏な声が飛び込んできていた
それは、字面だけで言えば、特に異常なものでもなく。
私は、私たちは、特別意識を向けずに、聞き流そうとしたところだったけれど。
「生徒以外の立ち入りは――!」
「あのッ!!」
刹那。
絶叫に近い声が、走っていた。
喧騒が止み――
食堂中の注意が、そちらへ向く。
生憎と入り口から遠い私たちからは、その持ち主の姿は、すぐにはわからなかったけれど。
「……え?」
ほどなく捉えて。
声を零していた。
なぜなら、そこに立っていたのは。
フェアちゃんのものに似た、赤い髪――
……ガゲキホーセンちゃん。
だったからだ。
「サファイアアリオンさんは、いらっしゃいませんか!!」
「……え、ちょ」
「お呼びだぞバカウマ」
「え? いや、え? お呼びって……」
「お~い、ここだよ~! ここにいらっしゃるよ~!」
「ちょっとスカイさん!」
冷静に呼びかけるトレーナーさんとは反対に、立ち上がり、手を振り、大声で宣言するスカイさん。
……間違いじゃないけど。人前に出るのも、最近では慣れてきたけど。
こういう形での注目は、今もって恥ずかしいんですけど――!?
「っ!」
けれど、それに照れる間もなく――
センちゃんは、寮長さんの制止を振り切り、そそくさとこちらに走り寄ってきていた。
「――っ、はぁ、はぁ……」
「……え、えっと?」
……目の前で呼吸を整える彼女。それだけ急いできた、ってことだろうけれど、正直気まずい。
っていうか、たまたま私がここに居たからよかったものの、いなかったらどうする気だったんだろ。手当たり次第に探す気だったのかな。
いや、それより何より。
「どうし――」
どうしたの、と。
何で私を、と。
彼女に、訊ねようとした。
「――あの!!」
が。
呼吸を整え終えた彼女は、食い気味に大声を張り上げる。
「お願いします!! 説明は後でするので、今すぐ来てください!!」
それから、早口に言っていた。
今にも泣き出しそうなその顔に。
顔を見合わせた、私たちに――
「……フェア姉をっ」
彼女は、言った。
「――フェア姉を、
助けてくださいッ!!」