古ぼけた一軒家の前では、騒がしい声が溢れていた。
「ごめん、お待たせ!」
「ったく、遅ぇんだヨ。バカみてぇにコスメばっか買い込みやがってヨ」
「い、いいじゃないのよ別に!! あたしのお金で買ったんだし!」
「……」
「あれリョホー。今日は止めないんだね」
「……うん。今日くらいは、いいかなって」
エンゲツセイリュウとダイトウカンショーが口喧嘩をし、リョホーテンゲキがそれを止めようとする。
いつもの流れだったはずだが。リョホーは動かずに見守るばかり。
「今日で……最後なんだから」
「……」
慈愛すら感じられる、その発言に。
さしもの二人も、喧嘩を止め、深くため息を吐く。
「あぁー、そうだナ。『最後の日』くらいは平和にいかねぇとナ」
「……ま、まぁ。そうね。リョホーに免じて、今日のとこは勘弁してやるわ」
「やっぱお前ら、ホントは仲良しだろ」
「あ、フェア姉」
そんな四人の元にやって来るのは、もうすっかり見慣れた赤髪。
ルビーフェアは――彼女らの姿を、改めて認める。
見違えた、と思う。
最初に見た姿など、影もない――と感じる。
――それぞれに、形や装飾の異なる『バッグ』を背負った彼女らは。
この長く、短い間で――立派に、成長していた。
「忘れ物はないな?」
「うん。大丈夫」
「そうか」
ガゲキホーセンの言葉に、安堵したように返すフェアだが、その声色は寂しげだ。
名残惜しそうな――後ろ髪引かれていそうな、彼女には、あまりに見られない色。
「……大丈夫だよ、フェア姉」
そんな彼女を安心させるように。
センは、言うのだ。
「永遠の別れってわけじゃないんだし。またどこかで、時間合わせて会えばいいんだよ」
「場所も違ぇんだシ、合うとは思えねぇけどナ」
「そのためにLANEにグループまで作ったんでしょ! 大丈夫! 一年に一回くらいは会えるよ!」
「うん……会いたいね」
「ま、まぁ? あんたたちがそう言うなら? 会ってやらないこともないけどね」
「……、そうだな」
彼女らの姿を見て、フェアもいい加減、そんな感傷を振り払う。
それを察したのだろう、センは笑い、三人に呼びかけた。
「じゃ、みんな――整列!」
そして。
四人は、フェアの前に並ぶ。
各々。
異なるながらも――強い意志を、その瞳に宿しながら。
真っ直ぐに、見つめて。
「――礼!」
センの一声で。
一斉に、頭を下げた。
『――お世話になりましたッ!!』
「……あぁ」
フェアは。
それに、感情が溢れるのを抑えながら、言う。
「元気でな」
「フェア姉もね」
「テレビで観てるからね!」
「あんたなラ出来るサ」
「……頑張って」
それからまた、二、三、やり取りを交わして。
「……」
去っていく。
彼女らは、歩いていく。
しきりに振り返りながらも、徐々に小さくなっていく背中を。
フェアは、見えなくなるまで見送って。
――見えなくなった時。
「……、」
空を見上げ、深く息を吐く。
それは突き抜けるような、青色だった。
「――ショー、あんたなんかあったら、すぐに連絡するのよ!」
エンゲツは言う。
「平気だってノ。何があってもいいようニ、
ショーは言う。
「まーまずは勉強だね。あたし、絶対に、あんなつまんない家から自立してやるんだ!」
センは言う。
「リョホーも頑張る……!」
リョホーは言う。
口々に、未来を。
理想を。
……夢を。
語り合いながら。
一歩一歩。
ゆっくりと。
確実に。
前へと。
歩いていく。
その日トレーナー室を訪れると。
なぜかそこに、『彼女』がいた。
「おいっすー」
「……」
室内に設置されたソファに寝そべっているスカイさんは、当然のことのように手を振る。本当ならそれに手を振り返さなくちゃいけないんだろうけど、残念ながらそんな浮ついた行動は取れなかった。
……何しろ、状況が予想外過ぎるのだ。
「……んん? どしたの? 死んだ鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して」
「いや、死んだ鳩は表情変わらないでしょ……じゃなくて」
今は放課後、だいたいのウマ娘はトレーニングに勤しむ時間だ。にも関わらず、スカイさんはのんびりと、それに臨む素振りすらもない。
そんな彼女に相応しい言葉を、私はよく知っている。
「……サボりだよね」
「も〜、人聞きが悪いなぁ。今日はサボりじゃないんですよ〜?」
けらけら笑うスカイさんは、軽薄と同時に心外そうに見える。かと言って前言を撤回するまでにはならない……サボりじゃないというなら何だというのだろう?
「……おぉ、時間通りだな」
疑問に思うと同時、トレーナー室の扉が開いた。トレーナーさんは……私たちの存在を確認し、しかし、意外そうではなかった。
ということは……
「……トレーナーさんが呼んだんですか?」
「あぁ。ちょっとした用事があってな。あー……」
「もう~、ちょっとした用事なんかじゃないでしょ~?」
トレーナーさんは、なぜだか言葉を選ぶように言い淀む。けれどスカイさんは、悪戯っぽく笑うと――ひと言。
「チーフトレーナーさん?」
「チーフ……」
……チーフトレーナー。
一介の、専属契約を結んでいるトレーナーをそう呼ぶことはない。
そのように呼ばれるトレーナーというのは……
何らかのチームを率いているトレーナーさんだ。
「……え? どういうことです?」
「……、とりあえず座れ」
嘆くように息を吐いた彼女に促されるまま、私は椅子に落ち着く。それまでソファに寝そべっていたスカイさんも、さすがに思うところがあったのか、身体を起こしていた。
「まぁ、スカイが『こう』言ったわけだから、何となく想像は付いてるだろうけどな」
で、それを確認したトレーナーさんは、そう言うと、ひとつ咳払い。
「あたしらは──
今日から、チームを組むことになった」
そしてあっさりと――
事実を告げるのである。
「わ~」
「え……?」
わざとらしく拍手をするスカイさん。トレーナーさんは珍しく恥ずかしげだ。私はというと……もう、ただただ呆然。
ぽかーん、と、突然すぎる宣言に、衝撃を受けるしかない。
チームを――組むことになった?
私と、スカイさんが?
「……え。でも……」
いや、別に、スカイさんとチームを組みたくないわけじゃない。
なんだかんだ、フェアちゃんの一件でお世話になったのだ。無下にするのも違うだろう。
……ただ、彼女とチームを組みには、別の問題があるはずで。
「どういうことです? スカイさんは専属契約してるんじゃ……」
そう。スカイさんは、既に専属契約を結んでいるはず。
チームを組もうとも、まずそちらの契約をどうにかしないといけないんじゃ?
「……この間のブラックレースの後、直々に相談されたんだよ」
私の疑問に、トレーナーさんは、ここ一番に恥ずかしそうに答えた。
「スカイの面倒を見てくれないかってな。ただでさえお前っていう跳ねっ返りの面倒見てんだ。即刻断ったんだけど」
「……ひと言余計じゃないっすか」
「まぁ端的に言えば、あたしの下でなら、コイツはもっとでかくなれる、って話でな」
そして、無視である。まぁ、跳ねっかえりの自覚はありますけどね、私も……
「拝み倒されて、結局承諾したってわけ~」
言葉を締めたのはスカイさんだった。マイペースに手を振る彼女は、最適な取り付く島を見つけたみたいだった。
「……なんかあれですよね。トレーナーさんってお人好しですよね。意外と」
「ひと言余計だろが」
「さっきのお返しですー」
「にははは。ま~そういうわけだから。これからお世話になるね~、二人とも」
……まぁともあれ、だ。
その辺りのややこしいところが解決済みなら、もう私から気になるところはない。
ただ……歓迎するだけである。
「……うん。よろしくね」
「チームメイトでも、手加減はしないからね?」
「こちらこそ」
不敵に笑うスカイさんだけど、私だってその気はない。ブラックレースでは負けを喫したけど……
正式な舞台じゃ、そうはいかないんだからね。
「……特に問題はなさそうだな」
よし、とトレーナーさんは手を叩く。それから、傍のホワイトボードを示した。
「それじゃ、今後の計画について話すぞ。まず……」
「はいはーい、その前に」
けれど――
そこで、スカイさんが、これ見よがしに手を挙げていた。
「チーム名は~?」
「あ、そういえば」
流れるように話題が移ったので気付かなかった……そういえばそうだ。
チーム名。チームを組む上で無視出来ない要素だ。まさか何もつけない、ってことはないはず。
ただこのまま進めようとしたってことは……既に決まってる、ってことであって。
「……」
だというのになぜか、トレーナーさんは口籠った。さっきも言い淀んだけれど、それとは比較にならないくらいの淀みようだ。よほど……よほど、凄い名前を付けたってことだろうか。
それくらい、言うのも躊躇うくらい……
恥ずかしい名前を……
「……うわぁ」
「おいこら。まだ言ってねーのに引くな」
「ん~? じゃあ恥ずかしがることなくない~? 恥ずかしがるってことは、そういうことでしょ~?」
「……やっぱ引き取らなきゃよかった……」
がっくしと肩を落とすトレーナーさん。後の祭りだし後悔先に立たずだし。安易に逃げれる状況でもないんだから、もう観念するしかないと思います。
「……、」
その思いが伝わったのだろうか。トレーナーさんは、程なく体勢を整える。再び、今度は大仰に、咳払いをすると……
「……セレネー」
言った。
「チーム、セレネーだ」
「セレネー……?」
「へぇ、星の名前じゃないんだ」
意外にも、スカイさんは意外そうだった。でも、言われてみればそうだ。トレセンのチーム名は、伝統的に星の名前を付けることになっていると聞いた。
伝統って話だから、従ういわれも無いんだけれど。まさかその慣例から外したとこにいくなんて。
「……詳しい由来は各々で調べてくれ」
「えー、そこまで話してくださいよー」
「そうだそうだー、ちゃんと義務を果たしてくださーい」
「あぁもう、神だよ! 女神の名前! あとは自分で調べろバカ共!」
声を荒げるトレーナーさんに、私はスカイさんと目を合わせ、笑う。申し訳ないけど、ちょっと楽しかった。
「……ともかくそういうわけだから、今後はお互いに頑張ってもらうことになる」
そこまで来てようやく吹っ切れたのか、トレーナーさんの声色が落ち着きを取り戻す。
「同じチームということで、共有する時間は増えるだろうし、友人として助け合うこともあれば、ライバルとして競い合うこともあるだろう」
続くのは真面目なお話で。
「そういった時間は時に苦しいかもしれないが……間違いなくお前たちのこれからの財産になる。遠慮なくぶつかり合うことだ。……いい意味でな」
……あのトレーナーさんが真面目なお話を。
と、茶化したくなったけれど、さすがに止めておいた。
「――それじゃ、」
締めに、彼女は言う。
「チームセレネー、始めるぞ!」
今度こそ、羞恥も躊躇も捨てて、言った言葉に。
私たちは、視線を交わして。
『――おー!』
片腕を上げながら、応じていた。
聞き慣れた音が聞こえて、眠りから覚めた。
瞼を擦りながら布団から這い出して、部屋から出る。
足が向く先は、いつもの部屋。
『あいつら』が寝ている大部屋だ。
「――お前らー、朝だぞー」
その部屋の襖を開けながら、中へと呼びかける。
「いつまで寝て……」
朦朧とした意識のまま。
中の状態を目の当たりにして……
「……」
止まっていた。
そこはもぬけの殻。
家具もろくに置かれていない畳が、一面に敷き詰められているばかりだ。
障子からは申し訳なさそうに陽の光が差し込んでいる。
一瞬、動揺したけれど。
もう一瞬で、その状況を理解した。
いや。
思い出していた。
……そうだった。
もう、いないんだった。
「……」
自虐的に後頭部を掻く。
口元も、誰にともなく緩まっていた。
覚悟をしていたし、心に決めたはずだったけど。
……こうして『現実』と直面すると、さすがにちょっと、寂しいな。
「…………」
携帯電話を取り出し。
例の『LANEグループ』を開く。
今は、朝の7時。
あいつらが起きているかは定かじゃないが――
それでも、胸の中に残っていた寂寥を追い出すように。
そこに、文字を打ち込む。……
無事に帰れたか?
セン
おはよーフェア姉
あたしは大丈夫だよ
父さんにめっちゃ怒られた 笑
エンゲツ
おはよ
あたしもママにすごい怒られたわ
リョホー
リョホーは泣かれた
そうか まぁ当然だな
エンゲツ
ショーは大丈夫なの?
エンゲツ
ショー?
エンゲツ
ちょっと返事しなさいよ
エンゲツ
ショー!
ショー
うるせーな
今ケーサツから帰るとこだよ
警察?
エンゲツ
ケーサツ!?
セン
警察?
リョホー
警察
ショー
ガチで殺されると思った
大家に無理言って着いてきてもらって良かったわ
エンゲツ
ちょっとなにかあったられんらくしないさっていったじゃない
ショー
誤字ってんぞバカ
エンゲツ
うるさいわね
ショー
ケーサツに行ってんのに連絡なんかできるかよ
セン
まぁ無事だったみたいで何よりだよ
きみのとこの親が一番心配だったからね
リョホー
よかった
何よりなのはみんな一緒だ
それじゃ、あたしはこれから自主練しにいくよ お前らも頑張れよ
セン
うん!あたしもちょっと走ってくる!
リョホー
リョホーも走ってくる
エンゲツ
じゃああたしも走ってこようかな
ショー
ならオレも
エンゲツ
まねすんなバカショー
ショー
[ピー]ね
エンゲツ
はぁ?
セン
ネット上でも仲良しで何より 笑
エンゲツ
違うから
ショー
ちげーよバカ
「……」
藹々としたトークを見届けて。
あたしもあたしで、準備をする。
身支度を整え、玄関へ。
頭の中に、今日やるべきことを整理した。
アリオンの話だと、学力的には問題ないだろうってことだが。
油断するわけにはいかない。
トレーニングするにしても、自主練だけじゃ限界があるだろう。
まだあたしは一介のウマ娘でしかないけど。
……アリオンのトレーナーも、頼れたら頼ってみようか。
真っ白なキャンバスに絵を描くみたいに。
あれよこれよと思案しながら、扉に手を掛けた。
開いて――
ふと、背後へと振り返る。
誰もいないはずの室内に。
消えたはずの温もりを感じて。
思わず微笑む。
そして、それを撫でるように、言った。
「――行ってきます」
Graduate of 16
Act.2
Deeper than Dark
どこよりも深い闇の底で
-End-