16年度の卒業生(新版)   作:Ray May

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理想へ向かう覚悟

 ――メジロ家。

 

 今や、ウマ娘界に携わる者でも、そうでない者であっても、知らない人などいないと言っても過言ではないくらいの、競レース界の超名門。

 メジロ家の『始祖』、メジロアサマを筆頭に、これまで何人もの名ウマ娘を輩出してきた。

 

 メジロラモーヌ。

 メジロアルダン。

 メジロパーマー。

 メジロライアン。

 そして――メジロマックイーン。

 

 メジロドーベルさんとメジロブライトさんは、そんな名家出身の二人であり、実力や素質もさることながら、こと仲の良さに関しては特に有名だった。

 それこそ、去年の夏合宿なんて、ほぼ常に一緒に行動していたくらいに。

 

 どこへ行くにも二人一緒で。

 何を語るにも二人一緒。

 

 彼女らが険悪になるところなど、想像することすら難しかったのに……

 

 ……なんだって?

 その彼女らが――

 喧嘩した……?

 

「なるほどなぁ」

 

 トレーナーさんのトレーナー室――もとい、今やセレネーのチーム室となったその部屋で。

 一連の話を聞いたトレーナーさんは、そう言葉を漏らしていた。

 

「トレーニングへの意気込みで口論になったと」

「そうですわ~」

 

 ブライトさんは、それにほわほわーんと返事をする……本人的には深刻に捉えてなさそうだけど、実際にはそうでもないのかどうなのか。

 

 ……ここまでの話を約するとこうだ。

 

 いつも通りトレーニングを終えたブライトさん、道中でドーベルさんと行き会い、トレーニングを見られていたことを知る。

 いつになく不満そうな剣幕の彼女に、ブライトさんはそこはかとなく嫌な予感を覚えていたそう。

 それでも――いや、だからこそ、いつも通りに対応した彼女だったが、ドーベルさんの機嫌は斜めに傾いていくばかり。

 最終的には――

 その声は、辺りに響くくらいの大声になって。

 ……そして。

 

「――もうあんたとは口聞かない」

 

 ……なんて言われて、別れてしまったそうだ。

 随分高火力だねぇ――と、あのスカイさんですら、その顛末にちょっと引いていた。斯く言う私も同じだ。ドーベルさん――まさかあの子の口から、そんな言葉が飛び出すだなんて。

 

「……わたくしとしては、怒らせるつもりはなかったのですが……わたくしの対応の何かが、ドーベルの癇に障ってしまったのでしょう」

 

 ブライトさんは、しゅんと肩を落としているように見える。事情を聞かなければならなかったとはいえ……少し、悪いことをしてしまったな。

 

「……それで、自分も頭を冷やそうってことね」

「えぇ……実際、わたくしにも、非が無かったわけではないでしょうから~」

「ここを選んだのは偶然か?」

「半々ですわ~。老舗のチームには、付け入る隙はないでしょうけれど。新興のチームでしたら、あっさり受け入れてもらえるかも、と思いまして~」

「怖い言い方するな~」

 

 苦笑いするスカイさん。ブライトさんはいえいえ、なんてふわりと笑うけれど、ほんのりと寒気みたいなものは、私も感じてしまった。

 

 ……メジロブライトさん。

 いつもふわふわ、おっとりとしたのんびり系お嬢様って感じで、ある意味スカイさんに引けを取らないくらい、マイペースな言動をするものだから、それに振り回された子は数知れない。

 

 ただ、じゃあおバカなのかというと、決してそうではなく。

 メジロ家の大方の前例に違わず、成績優秀だし、レースの実力も確かなものだ。

 

 ふとした拍子に、真理を突いたようなことを口にし。

 場がいくら雑然としていようが、その核心を易々見逃したりはしない。

 何を考えているかわからない、というよりかは、思考の全貌が捉えきれないというか。……なんというか。

 

 

 

 底が見えない。

 

 

 

「……まぁ、加入したいなら拒む理由はねーよ」

 

 そんな彼女に、トレーナーさんは言う。

 

「けど、トレーナーには話してあるのか?」

「……あっ。そうでしたわ~、わたくし、すっかり忘れていましたわ~」

「うん。そうだろうと思った」

「……」

 

 ……いや、どうなんだろう。

 私が深読みし過ぎなだけで、実際はそう怖がることもないのかもしれない……

 

「助言、ありがとうございます~。それでは、今から、お話をしに行って参りますわね~」

「えっ、今から行くの!?」

「えぇ。まだ、トレーナー室にいらっしゃるでしょうから~」

 

 何かおかしなことでも? そんなことを言いたげに、彼女は小首を傾げる。ツッコみたいところも、ツッコむべきところも多過ぎて、私たち、言葉を失ってしまう。

 

「ではでは、今しばらく、お待ち下さいませ~」

 

 で……私たちが復帰するのを待たず、彼女はとてとてと出ていってしまった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 急いでいるようには聞こえない足音が、廊下に遠ざかっていく。

 

「……なんなん「なんなんだありゃ」……あぁ~、先に言われちゃった~」

 

 スカイさんとトレーナーさん、ちょうど同じようなことを考えていたらしい。愉快にも言葉が重なる。

 

「でも、受け入れちゃって大丈夫なの~?」

 

 気を取り直して、スカイさんは言う。

 

「私の時、トレーナーさんと揉めたんでしょ~?」

「……まぁ、あぁいう手合いが一人増えるくらいなら、なんとかなるだろたぶん」

「遠回しな厄介者扱い、感謝です~」

「いやそういうつもりじゃあ……」

「にはは~、冗談ですよ~、そんな本気にならなくても~」

 

 けらけら笑うスカイさんに、トレーナーさんはちょっとバツが悪そうだ。相手を手玉に取る手腕においては、彼女の方が、一枚も二枚も上手らしい。

 

「それじゃ、私もここでお暇しようかな~」

「え? ブライトさん待たないの?」

「うん~。別に反対じゃないし。歓迎会するにも、時間が遅いでしょ~?」

 

 一理あった。極論、加入先のトレーナーさんがいればいい話なんだし、私たちが留まる必然性はないか。

 

「それで、明日はおやすみだったっけ~?」

「いや、休みは明後日だ。……日程間違えました~は利かんからな」

「だいじょーぶですよ~、今のセイちゃんは、やる気振り切れてますからね~」

 

 それじゃーね~――と手を振り、彼女は退散する。残されたのは、私とトレーナーさんの二人。

 

「……えと」

「あー、」

 

 ちょっと気まずくなって声を漏らすと、トレーナーさんも声を上げつつ、頭を掻いていた。

 

「お前も帰るか?」

「あ――いえ。何か話があるなら」

「じゃあ、話しとくか」

 

 例の夢についてだ。

 紡がれた言葉に、私は思わず、姿勢を正す。

 

「フェアの一件はよくやった。褒められた手段じゃなかったけどな。力量差があるとはいえ、初めて走る場所で、大勝を上げられた意義は大きい。あたしとしては……もうそれだけで、手を引いてもいいんじゃないかって思うくらいなんだが」

「何言ってんですか。まだあと二人残ってんですよ! こんなんで終われるわけないじゃないですか!」

「そうだな。……そうだよな」

「……?」

 

 ……?

 あれ。なんだろ今の。

 なんか、トレーナーさんらしくもなく、歯切れの悪い返事だったけど。

 

「それで、残すとこあと二人なんだが……」

 

 私が追及する間も与えず、彼女は続けた。

 

「率直に言う。そのうちの片方……ダイヤアールヴァクに関しては、何一つ情報が得られてない」

 

 まるで霧の中に石を投げ込んでるみたいだ。

 

「何者かに痕跡を消されているようですらある。それで……念のため確認したいんだけど。こいつってその……お前たちが生み出した、妄想上の存在とかじゃないよな」

「は――はぁ!? そんなわけないですから!」

 

 失敬な。

 失敬な! 妄想でも想像でもない。確かに一緒に、同じ時間を共有した仲ですけども!?

 

「まぁまぁ落ち着け。冗談だから」

「言う冗談はちゃんと選んでください! もう!」

「反面、もう一人の居場所は特定出来た。ほら喜べ」

「……、」

 

 雑に話題転換するトレーナーさん。やっぱり今日、何か、ちょっとおかしいような気がするな。この人……

 

「……わーいやったー。ばんざーい」

「何よりだ。で……そのもう一人。スレイエメラルドは――今、『働いてる』らしい」

「働いてる……?」

 

 訊き返すと、彼女は頷いていた。

 

「かの大企業、『ヒスイグループ』。そこの専属秘書見習い、だとさ」

「……マジっすか?」

「マジっすよ。なんでも、そこの社長が実父らしくてな。社長の後継ぎとして、今から経験を積んでるらしい」

「すっごい話ですね……」

 

 しかしまぁ、驚きはするけれど、意外性は無い。そんな現実ですらも、有り得るか、なんて受け入れてしまうほど。彼女は『それらしかった』から。

 

 スレイエメラルド――

『私たち』の中で、最も優秀だった子。

 勉強ができる――のみならず、運動神経も抜群だったし、創作分野においても、高い能力を示してみせた。

 全方位隙のない、優等生という肩書が誰よりも似合う――『天才』。

 なるほどそんな子なら、私とひとつ年齢が違うくらいでも、インターンシップのごとく、一足早く社会経験を積んでいてもおかしくなさそうだった。

 

「……お前ら、親元のことは、話したりしなかったのか?」

「えと、その辺、あんまり踏み込んだことはなかったですね。私たちが遊ぶのに、そういう事情って……あんまり関係ないですから」

 

 でも、考えてみると不思議だ。言うなればあの子は、メジロ家とはまたベクトルの違う名家の出身、ということになる。

 そんな子がどうして、あんな田舎町に住んでいたのだろう。

 別に住んじゃいけない、ってことじゃないけど。そういう人たちって、往々にして、都心部に居を構えてそうなイメージがある……

 

 

『――何も知らなかったじゃん。事実』

 

 

 あの時のスカイさんの言葉が、脳裏に蘇る。

 この感覚――フェアちゃんの時も、そうだった。

 私……みんなのこと、勝手に全部、分かった気になってたけど。

 こうして考えてみると、その実、何にもわかってないんだな……

 

 ……ちょっと、ショックだ。

 

「――、」

 

 うぅん。

 でも、やると決めたことなんだもの。今更引き返したりしない。

 大企業の娘だろうが、名家の令嬢だろうが、関係ない。

 絶対絶対、私たちのとこに引き入れてやるんだから!

 

「――よし、頑張るぞっ!」

「……」

「……?」

 

 気合いを入れ直す私だけど。トレーナーさんはそれに続いてくれない。

 その顔は、いつも通りの無表情、だけれど。

 

「……トレーナーさん?」

「……アリオン」

 

 ぽつりと、私の名を呼んで。

 見つめてきた。

 残念ながら私には、そこに何か、暗めの感情を何となく汲み取ることしか出来なくて。

 

「……あの……?」

「……いや……」

 

 その先を仰いでみても。

 彼女は、目を逸らすだけだった。

 

「……なんでもない……」

「……」

 

 そして――

 さっきみたいな、もやっとする反応。

 あんまりにも不審で、あんまりにも不穏当なそれに――本当なら、追及すべきところなんだけど。

 なんだか自然と、それも憚れてしまった。

 

「次のレースは、弥生賞を見てる」

 

 そんな私の、残滓のような気持ち悪さを取り払うように、彼女は言った。

 

「最終目標が有マだからな。結果を出しておくに越したことはない。クラシック戦線に挑むくらいの気概でいくから、そのつもりでな」

「……はい」

「その後の方針は、弥生賞の結果を見て決めよう」

「……、はい」

「じゃ……今日のとこは解散で」

 

 ……奇妙な感覚のまま。

 結局、解散と相成る。

 チーム室から出て、戸締りまで見届けて。

 別れの挨拶もほどほどに、トレーナーさんとは逆の方向に歩き始めた。

 

 ……

 

「……」

 

 ……私は。

 もう、あの人を信用していると言って、過言じゃない。

 これまでいろいろあったけど、それだって、水に流してるつもりだ。

 彼女からの言葉を受け入れる準備は、とうに出来ている。今更何言われたって気にしない。だから……

 

 言いたいことがあるなら。

 遠慮せずに、言ってくれたらいいのにな。

 どうしてあんなにも、あからさまに……何か、隠し事するような素振りをするのだろう。

 

 ……それとも。

 そうして躊躇ってしまうくらい、後ろめたいことを考えてた、ってことなのかな……

 

「……やめよう」

 

 あんまり詮索するのは。

 もう、お互いに運命を預け合うことに同意したのだ。

 変に勘ぐっても、その同意に亀裂を齎すようなものだ。

 それよりも、目の前。

 私は、私のやるべきことに注意を向けないと。

 

「――よしっ」

 

 なので。

 気合いを入れ直し、改めて前を向く。

 帰路を悠然と歩き――

 

 ……止まっていた。

 

「……?」

 

 ……

 ……あれ?

 

 ちょっと待てよ、私。

 帰るのはいいんだけど……何か、忘れてないか。

 

 何か、重要なことを。

 忘れてないか……?

 

「――お待ちくださいませ~っ」

 

 玄関辺りまで歩いて。

 聞こえてきた声に。――私は声を上げそうになった。

 

 ……そうだ。

 しまった。

 

 

 

 ブライトさんのこと。

 すっかり忘れてた――!!

 

 

 

「――ブライトさん!」

「はい~、ブライトですわ~。……ふぅ」

 

 振り返ったのと、彼女が私の元に追いついたのとは同時だった。

 深めに息を吐くブライトさん。顔もほんのりと紅潮している……あぁ。本当に申し訳ない。

 私が。私たちが。うっかりしていたせいで……

 

「ご、ごめん! 私たち……いやその! 忘れてたわけじゃなくて!」

「えぇ、えぇ。構いませんわ~。長話が過ぎてしまったせいですから……」

 

 相変わらず、やんわりと笑うブライトさん。女神みたいな微笑みだったけど。それだけにちくりと胸が痛んだ。

 

「……ごめん。その、お詫びと言ったら何だけど……」

 

 一緒に、帰らない?

 それがお詫びになるかなんてわからない。ただ、私にできる精一杯の贖罪はそれくらいしかなかった。

 ブライトさんは、一瞬目を丸くしたけど。すぐに取り直し、口元を綻ばせる。

 

「……えぇ、是非に」

 

 ……そういうわけで、二人、寮への帰路を歩き始めた。

 

「ブライトさんは……商店街とかよく行くの?」

 

 やらかしたのはこっちなのだから、話題の提供くらいするのは当たり前だ。

 

「たまに行きますわ~。だいたい、ドーベルと一緒ですけれど~」

「!」

 

 ……が、早速地雷を踏んでしまった。

 

「い、いや、別に変な意図は無くてね……!?」

「大丈夫ですわ~、そうご心配なさらず~」

 

 そんな感じで取り繕ったりなんだりしながらで。

 あれこれと話す。

 新作のスイーツがどうとか。あそこのアパレルショップがどうとか。

 最近開店したアミューズメント施設が。

 八百屋さんが閉店したりで……

 

 ただ、寮への帰路なんて、数百メートルもない。そうしているうちに、あっという間に寮の前へと辿り着いていた。

 

「……あ。もう着いちゃった」

「アリオンさんは、お優しいですわね~」

「へ」

 

 今日はこの辺で――と、言おうとしたけれど。突飛な言葉に、頓狂な声を返してしまう。視線の先には、変わらぬ彼女の柔和な表情。

 

「本当は、もっと、訊きたいことが、あるでしょうに~」

「……」

 

 ……お詫び、という気持ちは本当だけれど。

 自分の意識を、必死に逸らすためでもあった。

 彼女の、触れられたくない部分に触れないようにするためでも――あったのだ。

 

 そんなことないよ、と言うことは出来た。ただその瞳は、どこまでも澄んでいて清い。

 そんな綺麗さの前では、どんなそれらしい嘘も、簡単に看破されそうに感じられた。

 

「……、」

 

 だから。

 観念したように、言う。

 

「……ドーベルさんは……」

 

 どうして、怒ったんだろう。

 それは、疑問というよりも、確認に似ていた。ブライトさんは、そうですわね、と前置きしていた。

 

「ドーベルは、真面目過ぎるきらいが、ありますから。いつも、ワンテンポもツーテンポも遅い、わたくしの振る舞いが、気に入らなかったのかもしれませんわ」

「でも、それこそ家族なんだから、今更言うことでもないんじゃ……」

「今のドーベルは……勢いに、乗ってますからね」

「……あ」

 

 そこで――思い出す。ドーベルさんの、最近の目覚ましい活躍を。

 

 メイクデビューに始まり――

 いちょうステークスの1着。

 阪神ジュベナイルフィリーズの1着。

 そして、年度代表ウマ娘、ジュニア級部門への選出――

 

「クラシック級では、ティアラ路線の制覇を、目指しているとのことですから。ぴりぴりしてしまうのも、仕方のないことなのですわ」

「……だからって、あんなこと言わなくたって」

「えぇ、えぇ。ですからきっと、あの子も、内心では、悪かったと思ってますわ」

 

 まるでこちらがおかしいみたいな状況だった。ブライトさんは、当事者なのにも関わらず、動じず、狼狽えず、ただ、既に暮れ切りかけている空を見上げた。

 

「私も、あの子も、話したいと、思っていますもの。待っていれば……自ずと、そのタイミングは来ますわ」

 

 その時に、話すだけですわ。

 くすり、と笑う彼女。薄明かりの中に、その姿は妖艶で、超然としてすらあった。

 

「……大人だね、ブライトさんは」

 

 率直に思ったことを口にすると、彼女は照れるでもなく、否定するでもなく。やはり、笑うだけだった。

 

「では、本日は、ありがとうございました」

 

 彼女はぺこりと頭を下げる。

 

「不束者ですが、なにとぞ、よろしくお願いしますわ~」

「うん。よろしくね」

 

 短い間になるかもしれないけれど。それに応えると。彼女は満足そうに微笑んだ。

 

「それでは、また明日」

「うん。おやすみ」

 

 そして、お互いに手を振り合い、それぞれの寮へと入っていく。

 

 ……目標のこと。これからのレースのこと。

 ブライトさんのこと。……トレーナーさんのこと。

 

 少し考えてみると、気になることは山積みで、一度考え出せば、深い思考の海に引きずり込まれてしまいそうだった。

 

「……ゆっくりやすもう」

 

 ただそれらも、今すぐにどうにかしないといけないことでもない。何よりそれこそ、色々あって今日は疲れた。

 もう……さっさと、休んでしまうことにしよう。……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ドーベル」

 

 閉塞感に似た高級感に満ちたその場所に、凛とした声が静かに響く。

 運ばれた料理におっかなびっくり手を付けていたメジロドーベルは、それに反応して手を止めていた。

 上目遣いに視線を向ける。

 その先には、青みがかった鹿毛。

 そして、鋭く研ぎ澄まされた目。

 

「ドーベル、」

「……はい」

「ブライトと、喧嘩をしたそうね」

「……」

 

 ドーベルは、罪を迫られる罪人のような心持ちだった。

 自然、食器を支える手も下がる。

 そんな風に、強気に振舞えないことが、彼女の、その件に関しての考えを表していた。

 尤も――そもそも、話し相手が、そんな風に振舞えない相手である、ということもあったが。

 

 メジロラモーヌ。

 その輝かしい功績をして、メジロ家の至宝とまで呼ばれた、名ウマ娘。

 レースはもちろんのこと、勉学に会話術、資産運用、娯楽に至るまで、社交界に必要とされるあらゆる能力をも実証し――

 メジロ家の次期当主と目されている、ドーベルの――尊敬の的。

 

 畏敬の対象。

 

 他のメジロ家の面々ならいざ知らず、彼女を前にしては、ドーベルは、その真面目な気性をひときわ強固なものとせざるを得なかった。

 

 一挙手一投足が、見張られているような気がして。

 発言ひとつひとつを、精査されているような気がして。

 

「……返事をしなくては、わからないわよ」

 

 そんな恐れに気圧され、口を噤んだからだろう。

 ラモーヌに呼びかけられ、はっと顔を上げる。

 そこには、相も変わらず、冷徹なまでに揺らいでいない瞳がある。

 

 真っ直ぐに。

 ドーベルを、見つめている。

 

「……、」

 

 それに、心臓を鷲掴みにされたような気持ちになったドーベルだったが。

 

「はい……」

 

 俯き、絞り出すように返事をすると、ラモーヌは、浅く息を吐いたようだった。

 

「大方、トレーニングのことで揉めたのでしょう」

「……」

「かわいいのね」

「……」

 

 ドーベルは、押さえつけられたように何も言えない。宛ら蛇に睨まれた蛙、そんな状況もいざ知らず、傍を一人の店員が通り過ぎた。

 

「……私としては、」

「……はい」

「安心しているのよ」

「……え……?」

 

 説教されるものと思った。

 あるいは、冷たい言葉を掛けられると思った。

 そのどちらでもない結果に、ドーベルは上目遣いにラモーヌを見る。

 容貌に、大きな変化はない。

 

「あなたたちは、どこへ行くにも一緒でしょう」

 

 ラモーヌは続ける。

 

「それを悪い事とは言わない。けれど、お互いに思うところや意見があるのに、目を瞑ることが良い事とは言えないわ」

 

 私はそれを、

 共依存と呼ぶ。

 

「……依存は恐ろしいわよ。知らず知らずに自我を蝕み、いずれは一人では生きていけないようにしてしまう。勝負(走ること)に本能を見出す私たちにとって、それがどれだけ危険なことか、わからないあなたではないでしょう」

 

 だから安心した。

 ちゃんと、お互いの意見をぶつけ合ったことに――安心した。

 

「あなたたちは、その次のステップへ達した。危険を乗り越え、障害に行き当たった。そしてそれは、逃げるのではなく、目を背けるのではなく、対峙し、乗り越えなくてはならないものよ」

「……」

「……ドーベル」

 

 再び視線を下げたドーベルに。

 ラモーヌは告げた。

 

「ブライトと、仲直りしなさい」

「……へ」

「それが出来なければ、メジロの敷地を踏むことは許しません」

「! お、お姉様……」

 

 ドーベルはハッと顔を上げ。

 縋るようにラモーヌの名を呼ぶが。

 彼女の瞳は――今度こそ、冷徹な色を灯している。

 甘えなど何一つ受け入れなさそうな、厳格な目。

 

「……いいわね?」

「……」

「返事をしなくては、わからないわ」

「……、」

 

 その口論に、どちらに非があるか、などはわからない。

 喧嘩両成敗、などという言葉もある。

 況して、根が真面目なドーベルは、そんな思いを棚上げし、逆上気味に反論することも選べなかった。

 重圧に似た、ラモーヌの言葉に。

 

「……は、」

 

 答えていた。

 

「はい……」

 

 同時に、感じてもいた。あぁ――

 とんでもないことになってしまった――と。

 




スレイエメラルド
アシカガトレセン学園16年度の卒業生四人組のうちの一人。『夢を棄てた者』。
例によって『ヒスイ(宝石)』+『レグルス(星の名前)』から、
『スレイ』+『エメラルド(四大宝石の緑)という組み合わせに。
スレイはスレイプニルの変形で、本当は丸ごと採用する予定でしたが、
JRA既定の名前9文字に収まらなそうだったのと、神話上で『これ以上のものはない』とまで言われた軍馬であるところのスレイプニルだとちょっと強すぎる、という観点から、
半分にすることでちょうどいい感じにしました。

メジロドーベル
メジロブライト
共に中等部2年、キャリアも共に1年目。3章時点では年を越しているので、キャリアは2年目ということになります。
同じ境遇にありそうな名家ということで、二人の採用は結構初期の時点から決まっていました。原作では超が付くほどの仲良しで、もちろん喧嘩するような描写は存在していません。
が、本作ではプロット上仕方なく、仕方なく!! 喧嘩してもらうことにしました。苦情が来たら……低評価を押してそっと回れ右をお願いします。
言っちゃうとちゃんと仲直りするのでそこはご安心くださいませ。

メジロラモーヌ
中央校卒業生、メジロ家としては『おばあ様』がまだ存命なので、次期当主ということで描写しています。採用しようかどうか悩んだのですが、妹たちのために一肌脱いでもらうことになりました。どうぞお手柔らかにお願いします……
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