16年度の卒業生(新版)   作:Ray May

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空の果てまで

「――とまぁ、フィードバックはこんな感じか」

 

 模擬レースの翌日――

 チームセレネーのチーム室にて、トレーナーさんの一連の話が終わった。

 

「お前らとしてもあたしとしても、色々収穫のあった一戦だった。たかが模擬だから、そこまで落ち込まなくてもいいし……されど模擬だから、そこまで嘗めてもいけない。こんな機会、そうそう無いだろう。あったことややったこと、その結果。くれぐれも忘れないように」

「はいっ」

「はーい」

 

 結びとして告げられたその言葉に応じたのは、私、スカイさん。

 

「――はい~」

 

 ……そして。

 もう一人。ボリューミーな、ふわふわの鹿毛だった。

 

「……じゃ、こっからは業務連絡ってことで」

 

 それを聞いたトレーナーさんは、分かりやすくため息を吐いて……言った。

 

「……イカれた新メンバーを紹介するぞー」

「ふふふっ、トレーナー様は、ご冗談がお好きですわ~」

「うーん、明らかに元気ないねー、せっかくメンバーが増えるっていうのに~」

「……」

 

 この状況には、さすがに私も軽口を控えざるを得なかった。いや、まぁ。悪いことじゃないから、本当は喜ぶべきとこなんだけど。

 ……彼女の心労を考えたらというか、なんというか。

 

「それでは、改めまして~」

 

 ともあれ、と、その場に立ち上がる彼女――ブライトさん。

 

「このたび、チームセレネーに正式加入となりました~。メジロブライトですわ~。よろしくお願いします~」

「わー」

「わ、わー……」

 

 ぱらぱらと拍手が上がる。ブライトさんは、それにほわほわと柔らかく笑っていた。

 

 ……そう。模擬レースからこっち。

 よほどチームの雰囲気が気に入ったのか、ブライトさんが、私たちのチームに、正式に加入することとなったのである。

 ということは、ドーベルさんも来るのだろうか? なんて思ったけど、さすがにそこまでのことはなく。

 

『誘ったのですが、断られましたわ~。違う環境の方が、張り合いがある、とのことですので~』

 

 ……らしかった。一見薄情に見える決断だったけれど、それはそれ。飽くまで勝負の場では、好敵手同士の二人。

 四六時中一緒、ではなく。真剣になるために、目標のためにやり合うために、こうして別れる道を選べるようになったという点では――

 二人も、成長したのだ。……そう思う。

 

「あのメジロ家のご令嬢に、全員が同級生」

 

 トレーナーさんは、それを見届けてから言う。

 

「切磋琢磨するには、この上ない好条件だ。それに、入学予定の『お友だち』も、決して無視できない実力だとわかった。……今年は面白くなりそうだな」

「その分、色々大変そうですけどね」

「胃薬を買い足しといた方がいいかもしれん」

「え゛。そんなにやばかったんですか……!?」

 

 さらっと続けられた事実に驚愕するけれど、語尾に冗談だよ、と付すトレーナーさん。微妙に本当っぽい嘘を言うのは止めてほしかった。

 

「でもさー、大丈夫そうなのー?」

 

 と、そこでスカイさんが言う。

 

「あのスレイちゃんっていうお友だち。大企業の秘書見習いなんでしょー?」

 

 そう簡単に辞めさせてもらえるのかな――

 ……スカイさんの懸念は尤もで。

 普通、そう簡単に辞められるものでもないだろう。

 確実に辞められるにしたって、時間がかかるかもしれないし。

 ……ある程度の衝突なんかも、想定される。

 

「……」

 

 けれど。

 ちょっと考えて、私は……そんな心配は無用だと悟った。

 

「……まぁ、大丈夫でしょ。きっと」

「お~、随分自信あるんだねぇ」

「うん。だってあの子……」

 

 だってあの子は。

 ああ見えて、あの子は……

 

 

 

「――死ぬほど、負けず嫌いだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。学園にね」

 

 ヒスイグループ社長室にて。

 スレイエメラルドの父は、彼女からの申し出に、そう答えていた。

 

 秘書代理の『仕事』から一旦引いて――

 中央に挑戦してみたい、と。

 そこに入学し、そして――

 まだ見ぬ強敵たちと、走ってみたいと。

 

 友達と。

 バカを、やってみたいと。

 そう頼む彼女に――答えていた。

 

「……申し訳ありません」

 

 スレイは、心底申し訳なさそうに言う。

 自分に課せられた使命がありながらも。

 夢という、既に自分が棄てたはずのものを、優先させてしまったことを。

 

「……」

 

 対して、スレイの父は、しばし黙り込む。

 その様子から、考えを完全に読み取ることは難しい。

 それだけに、スレイは、判決を待つ被告のように気を抜けなかった。

 一秒、二秒――たったそれだけの時間ですら、彼女には永遠のように長く感じられた。

 

「……スレイちゃん」

 

 秒数にして三秒。

 果たして、彼は口を開いた。

 名を呼ばれた彼女は、思わず、びくりと姿勢を正す。

 それに――彼は、どこかおかしそうに微笑んだ。

 

「僕はね、」

 

 そして、言った。

 

「安心してるんだよ」

「……え?」

 

 スレイは、顔を上げる。

 視線の先――彼女の父は。

 慈しみに溢れた表情で、彼女を見ている。

 

「実際……もし君が『あのまま』、自分の夢にも興味を示さないままだったら……

 

 僕は、君に社長を継がせようとは思わなかった」

 

「……」

「スレイちゃん、」

 

 言葉を失うスレイに、彼は続ける。

 

「社長……のみならず、組織の長に、最も求められる能力とは、なんだと思う?」

「……事務処理能力ではなく?」

「それも重要だけれど」

 

 彼の思う正解は、そればかりではなかった。

 

「人を率いるものは……人に信頼されるものでなくてはならない」

 

 単純に能力が高いことだけが――

 先頭に立つことではない。それを、彼は良く知っていた。

 

「そのためには……仕事ばかりではなく。それ以外の知識にも、ある程度通じていることが理想だ。例えば……『娯楽』とかね」

「――……」

 

 そこまで来て。

 ようやくスレイは、彼の言わんとしていることを理解していた。

 

「だから、君が夢を棄てた、と言った時。僕はひどく不安で……心配だったんだ。君がこのまま、味気ない人生を歩んで、誰からも信頼を得られないんじゃないかとね」

 

 実際、君は生真面目に過ぎて――

 色々失敗して来ただろう。そう言われて。

 スレイは、脳裏に、自身の苦い失敗の経験を思い出す。

 

 外部の、取引先の人間との口論。

 トラブルの数々――

 

「……まぁ、そうなる前に君と話すつもりだったから。必ずしも上手くいかなかった、とは言わないけれど」

 

 それでも、難航はしただろうし。

 最悪、仲に亀裂が入ることもあったかもしれない――どちらにせよ。

 こうまで上手く収まることはなかっただろう。

 彼は、そう思う。

 

「だから……僕は、感謝しているよ。君を、無理矢理にでも連れ出してくれた、君の『お友だち』にね」

 

 お友だち。

 自分が拒絶しようと。

 願いを拒否しようと。

 めげることなく、諦めることなく、立ち向かってきた彼女。

 

 サファイアアリオン。

 あの、太陽のような、暴力的な明るさを想起したと同時――

 

 彼女の父は。

 優しく、含んだ微笑みを深めていた。

 

「スレイちゃん、」

 

 そして――言った。

 

「いい、ご友人を持ったね」

「…………」

 

 想いがこみ上げる。

 使命、義務、責任――その重圧で押し潰していた理想、子供じみた願望で。

 忘れていた熱情が蘇り、目元が熱くなる。

 

「……お父様」

 

 彼女は言う。

 

「私は……子供です。まだ、まだ、世の中のことを、何も知らない、『クソガキ』です」

 

 あの模擬レースで知ったことを。

 あそこで話し、感じたことを。

 

「使命も、義務も、責任も……それを隠すために使っていた、体のいい言い訳に過ぎませんでした。もう……私は、そんな未熟さから、目を逸らさない」

 

 そこで経験し。

 思い知ったことを――

 

「大人になるために。自分が……本当にしたいことのために。……その先で、見られるもののために。ほんの少し……ほんの少しだけ。お暇を、いただきます」

 

 ――言った。

 

「……よろしく、お願いします」

「……うむ」

 

 対して、彼女の父も。

 満足そうに、頷いた。

 

「君には可能性がある。社長、だなんて小さな席だけじゃ、足りないかもしれない」

 

 それを見定めるために。

 それを、見つけるために。

 

「思い切り、走ってきなさい」

「……、」

 

 スレイの頬を、一筋の涙が伝う。

 彼女はそれを隠すように、素早く、どこか乱暴に拭い去ると。

 改めて、彼と目を合わせ。

 

「――行ってきます」

 

 深々と、一礼し。

 部屋から、退室していた。

 遠ざかる足音を聞きながら、スレイの父は、回転椅子を回し、背後の大窓へと目を向ける。

 

「……おぉ」

 

 そこから見える空の青さに、思わず声を漏らしていた。

 

「いい天気だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の一日は早く。

 秘書代理として『就職』してからの一年間、変わることはなかった。

 それが今や、すっかりと制御を失い、どこかへと逸れ始めている。

 ……しかし、それを悪いこととは思わなかった。

 

「……」

 

 綺麗な青空を見つめていると、ここ数日の激動を思い出す。

 ……『彼女』には呆れた。私があれだけ酷い言葉を投げかけたというのに。

 諦めずに、レースをやろう! だなんて。あれだけ世間を賑わせているのだから、何かが変わったのだろうと思ってはいたのだけれど。

 

 なるほど確かに変わっていて。

 同時に、何も変わっていないとも言えた。

 

「……、」

 

 レールの上を走るだけの人生は簡単だ。

 不安は無いし、心配も無い。

 その代わり、変化は無いし――面白みも無い。

 そして私は、それまでずっと、それでもいいと思っていた。

 

 けれど私は、忘れていた夢を思い出し。

 気付いていなかった闘争心を自覚した。

 自分の中に、より『目標』に相応しい者に近付くための、やるべきことを知ることが出来た。

 ……そういう意味では、『彼女』に感謝すべきなのだろう。

 もっとスマートなやり方があったろう、とは思うが。

 ともあれ――

 

「……、」

 

 私は、視線を前に戻し、家路に着く。

 色々やらなくてはならないことがある。事前準備、練習、等々――

 今のままではいけない。それがよくわかったから。

 そのための全てを、頭の中に思い描く……

 

 

 

 私の、決められていたはずの道は途絶えた。

 不安は多く、心配もある。

 ただ、変化は底知れず、面白みも想定出来ない。

 この道を歩き続けることで……

 

 

 どこに至るのか。

 何を見ることになるのか。

 何者に、なることが、出来るのか。……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はまだ、知らない。

 

 

 

Uma-musume

Graduate of 16

 

Act.3

Top of the Light

光芒の頂点より

 

-End-

 

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