「――とまぁ、フィードバックはこんな感じか」
模擬レースの翌日――
チームセレネーのチーム室にて、トレーナーさんの一連の話が終わった。
「お前らとしてもあたしとしても、色々収穫のあった一戦だった。たかが模擬だから、そこまで落ち込まなくてもいいし……されど模擬だから、そこまで嘗めてもいけない。こんな機会、そうそう無いだろう。あったことややったこと、その結果。くれぐれも忘れないように」
「はいっ」
「はーい」
結びとして告げられたその言葉に応じたのは、私、スカイさん。
「――はい~」
……そして。
もう一人。ボリューミーな、ふわふわの鹿毛だった。
「……じゃ、こっからは業務連絡ってことで」
それを聞いたトレーナーさんは、分かりやすくため息を吐いて……言った。
「……イカれた新メンバーを紹介するぞー」
「ふふふっ、トレーナー様は、ご冗談がお好きですわ~」
「うーん、明らかに元気ないねー、せっかくメンバーが増えるっていうのに~」
「……」
この状況には、さすがに私も軽口を控えざるを得なかった。いや、まぁ。悪いことじゃないから、本当は喜ぶべきとこなんだけど。
……彼女の心労を考えたらというか、なんというか。
「それでは、改めまして~」
ともあれ、と、その場に立ち上がる彼女――ブライトさん。
「このたび、チームセレネーに正式加入となりました~。メジロブライトですわ~。よろしくお願いします~」
「わー」
「わ、わー……」
ぱらぱらと拍手が上がる。ブライトさんは、それにほわほわと柔らかく笑っていた。
……そう。模擬レースからこっち。
よほどチームの雰囲気が気に入ったのか、ブライトさんが、私たちのチームに、正式に加入することとなったのである。
ということは、ドーベルさんも来るのだろうか? なんて思ったけど、さすがにそこまでのことはなく。
『誘ったのですが、断られましたわ~。違う環境の方が、張り合いがある、とのことですので~』
……らしかった。一見薄情に見える決断だったけれど、それはそれ。飽くまで勝負の場では、好敵手同士の二人。
四六時中一緒、ではなく。真剣になるために、目標のためにやり合うために、こうして別れる道を選べるようになったという点では――
二人も、成長したのだ。……そう思う。
「あのメジロ家のご令嬢に、全員が同級生」
トレーナーさんは、それを見届けてから言う。
「切磋琢磨するには、この上ない好条件だ。それに、入学予定の『お友だち』も、決して無視できない実力だとわかった。……今年は面白くなりそうだな」
「その分、色々大変そうですけどね」
「胃薬を買い足しといた方がいいかもしれん」
「え゛。そんなにやばかったんですか……!?」
さらっと続けられた事実に驚愕するけれど、語尾に冗談だよ、と付すトレーナーさん。微妙に本当っぽい嘘を言うのは止めてほしかった。
「でもさー、大丈夫そうなのー?」
と、そこでスカイさんが言う。
「あのスレイちゃんっていうお友だち。大企業の秘書見習いなんでしょー?」
そう簡単に辞めさせてもらえるのかな――
……スカイさんの懸念は尤もで。
普通、そう簡単に辞められるものでもないだろう。
確実に辞められるにしたって、時間がかかるかもしれないし。
……ある程度の衝突なんかも、想定される。
「……」
けれど。
ちょっと考えて、私は……そんな心配は無用だと悟った。
「……まぁ、大丈夫でしょ。きっと」
「お~、随分自信あるんだねぇ」
「うん。だってあの子……」
だってあの子は。
ああ見えて、あの子は……
「――死ぬほど、負けず嫌いだから」
「……そうか。学園にね」
ヒスイグループ社長室にて。
スレイエメラルドの父は、彼女からの申し出に、そう答えていた。
秘書代理の『仕事』から一旦引いて――
中央に挑戦してみたい、と。
そこに入学し、そして――
まだ見ぬ強敵たちと、走ってみたいと。
友達と。
バカを、やってみたいと。
そう頼む彼女に――答えていた。
「……申し訳ありません」
スレイは、心底申し訳なさそうに言う。
自分に課せられた使命がありながらも。
夢という、既に自分が棄てたはずのものを、優先させてしまったことを。
「……」
対して、スレイの父は、しばし黙り込む。
その様子から、考えを完全に読み取ることは難しい。
それだけに、スレイは、判決を待つ被告のように気を抜けなかった。
一秒、二秒――たったそれだけの時間ですら、彼女には永遠のように長く感じられた。
「……スレイちゃん」
秒数にして三秒。
果たして、彼は口を開いた。
名を呼ばれた彼女は、思わず、びくりと姿勢を正す。
それに――彼は、どこかおかしそうに微笑んだ。
「僕はね、」
そして、言った。
「安心してるんだよ」
「……え?」
スレイは、顔を上げる。
視線の先――彼女の父は。
慈しみに溢れた表情で、彼女を見ている。
「実際……もし君が『あのまま』、自分の夢にも興味を示さないままだったら……
僕は、君に社長を継がせようとは思わなかった」
「……」
「スレイちゃん、」
言葉を失うスレイに、彼は続ける。
「社長……のみならず、組織の長に、最も求められる能力とは、なんだと思う?」
「……事務処理能力ではなく?」
「それも重要だけれど」
彼の思う正解は、そればかりではなかった。
「人を率いるものは……人に信頼されるものでなくてはならない」
単純に能力が高いことだけが――
先頭に立つことではない。それを、彼は良く知っていた。
「そのためには……仕事ばかりではなく。それ以外の知識にも、ある程度通じていることが理想だ。例えば……『娯楽』とかね」
「――……」
そこまで来て。
ようやくスレイは、彼の言わんとしていることを理解していた。
「だから、君が夢を棄てた、と言った時。僕はひどく不安で……心配だったんだ。君がこのまま、味気ない人生を歩んで、誰からも信頼を得られないんじゃないかとね」
実際、君は生真面目に過ぎて――
色々失敗して来ただろう。そう言われて。
スレイは、脳裏に、自身の苦い失敗の経験を思い出す。
外部の、取引先の人間との口論。
トラブルの数々――
「……まぁ、そうなる前に君と話すつもりだったから。必ずしも上手くいかなかった、とは言わないけれど」
それでも、難航はしただろうし。
最悪、仲に亀裂が入ることもあったかもしれない――どちらにせよ。
こうまで上手く収まることはなかっただろう。
彼は、そう思う。
「だから……僕は、感謝しているよ。君を、無理矢理にでも連れ出してくれた、君の『お友だち』にね」
お友だち。
自分が拒絶しようと。
願いを拒否しようと。
めげることなく、諦めることなく、立ち向かってきた彼女。
サファイアアリオン。
あの、太陽のような、暴力的な明るさを想起したと同時――
彼女の父は。
優しく、含んだ微笑みを深めていた。
「スレイちゃん、」
そして――言った。
「いい、ご友人を持ったね」
「…………」
想いがこみ上げる。
使命、義務、責任――その重圧で押し潰していた理想、子供じみた願望で。
忘れていた熱情が蘇り、目元が熱くなる。
「……お父様」
彼女は言う。
「私は……子供です。まだ、まだ、世の中のことを、何も知らない、『クソガキ』です」
あの模擬レースで知ったことを。
あそこで話し、感じたことを。
「使命も、義務も、責任も……それを隠すために使っていた、体のいい言い訳に過ぎませんでした。もう……私は、そんな未熟さから、目を逸らさない」
そこで経験し。
思い知ったことを――
「大人になるために。自分が……本当にしたいことのために。……その先で、見られるもののために。ほんの少し……ほんの少しだけ。お暇を、いただきます」
――言った。
「……よろしく、お願いします」
「……うむ」
対して、彼女の父も。
満足そうに、頷いた。
「君には可能性がある。社長、だなんて小さな席だけじゃ、足りないかもしれない」
それを見定めるために。
それを、見つけるために。
「思い切り、走ってきなさい」
「……、」
スレイの頬を、一筋の涙が伝う。
彼女はそれを隠すように、素早く、どこか乱暴に拭い去ると。
改めて、彼と目を合わせ。
「――行ってきます」
深々と、一礼し。
部屋から、退室していた。
遠ざかる足音を聞きながら、スレイの父は、回転椅子を回し、背後の大窓へと目を向ける。
「……おぉ」
そこから見える空の青さに、思わず声を漏らしていた。
「いい天気だ」
私の一日は早く。
秘書代理として『就職』してからの一年間、変わることはなかった。
それが今や、すっかりと制御を失い、どこかへと逸れ始めている。
……しかし、それを悪いこととは思わなかった。
「……」
綺麗な青空を見つめていると、ここ数日の激動を思い出す。
……『彼女』には呆れた。私があれだけ酷い言葉を投げかけたというのに。
諦めずに、レースをやろう! だなんて。あれだけ世間を賑わせているのだから、何かが変わったのだろうと思ってはいたのだけれど。
なるほど確かに変わっていて。
同時に、何も変わっていないとも言えた。
「……、」
レールの上を走るだけの人生は簡単だ。
不安は無いし、心配も無い。
その代わり、変化は無いし――面白みも無い。
そして私は、それまでずっと、それでもいいと思っていた。
けれど私は、忘れていた夢を思い出し。
気付いていなかった闘争心を自覚した。
自分の中に、より『目標』に相応しい者に近付くための、やるべきことを知ることが出来た。
……そういう意味では、『彼女』に感謝すべきなのだろう。
もっとスマートなやり方があったろう、とは思うが。
ともあれ――
「……、」
私は、視線を前に戻し、家路に着く。
色々やらなくてはならないことがある。事前準備、練習、等々――
今のままではいけない。それがよくわかったから。
そのための全てを、頭の中に思い描く……
私の、決められていたはずの道は途絶えた。
不安は多く、心配もある。
ただ、変化は底知れず、面白みも想定出来ない。
この道を歩き続けることで……
どこに至るのか。
何を見ることになるのか。
何者に、なることが、出来るのか。……
私はまだ、知らない。
Graduate of 16
Act.3
Top of the Light
光芒の頂点より
-End-