今ならまだ
間に合うから
Graduate of 16
Act.4
Rise to the Freedom
自由への羽ばたき
-Act Out-
下校の楽しみ
ちょうちょをおいかけていました
ちいさなからだで きれいなはねで とぶすがたが とってもきれいで
それにつられて おもわず そのあとをおっていました
――……
それは そらにむかって どこまでも とんでいきました
ては とどかなくなりましたが それでもわたしは がんばって ちょうちょをおいかけました
それをおいかけていけば じぶんも
どこまでも とんでいけるような
そんなきが したからです
「まぁそう落ち込みなさるな~」
今日も今日とて、多くの人で賑わう商店街にて。
陽気なスカイさんの声が、私をマイペースに慰めていた。
「たまたま機嫌が悪かっただけだって~。また明日がんばろ?」
「……」
その気配りは助かったし、応えなくてはいけないと思った。けれど、上手く答えられなくて……彼女の明るかった顔が曇り、困ったような表情に変わってしまう。
「大丈夫、チヨはそんな子じゃないよ」
そんな様子を見兼ねてか――
援護するように聞こえてくる声が、ひとつ。
「そうですわ~、お友だちなら、ちゃんと信頼してあげることが、大事ですわ~」
「……」
……もうひとつ。
ドーベルさんに、ブライトさん。
三人もの友人に、優しい慰めの声をもらって……沈んでいた気持ちが、ようやく上向き始めたのを感じる。
「……うん」
思っていたより細かったけれど、声は、なんとか発せられた。
「ありがとね」
「いえいえ。心配に思う気持ちは、みんな同じですから~」
礼には及ばない。そう笑うブライトさんに、私も、釣られて笑った。
……まぁ実際のところ。
起こったこと、『それ自体は』そこまでではない。
いつも通りの学校終わり、トレーニングもおやすみなので、ということで、商店街に遊びに行かないか、とスカイさんとチヨちゃんを誘ったところ。
快諾してくれたスカイさんとは相反して、チヨちゃんは生返事で拒否して、そそくさ退散してしまったのである。
これが一度きりであれば……たまたま用事があったのかな、くらいで終わるんだけれど。
……そうではなく。ここのところ、チヨちゃんと何かしら関わろうとすると、露骨に避けられてばかりなのだ。
世間話も、ろくにしていないし。
……そもそも、学校以外の場所で会うこと自体が減ってしまった。模擬レース以来……
チヨちゃんは……
どうして、あんな対応をしたのだろう。
私の対応の何かが間違えていた、とは思うんだけど。
あそこまで……明確に拒絶することはないだろうに。
何に……
あんなにも、追い詰められていたんだろう。
「……」
ともかく、そういうことで。
今日の商店街のお散歩は、こうして、『五人』で興じることになったわけである。
……そう。
「ねぇ、君はどう思うのさ」
スカイさん、ドーベルさん、ブライトさん、私、の『四人』ではなく。
「『親友』として、さ」
もう一人を加えた――『五人』で。
「んなこと言われても知らねぇよ……」
やや粗暴な言葉遣いに、鮮やかな赤髪。
フェアちゃんは……どこか気まずそうというか、迷惑そうに答えていた。
そんな様子にもめげず、スカイさんは肘で小突いてみせる。
「も~、釣れないな~フェア姉はぁ。親友が心配じゃないの~?」
「心配っつっても、そっちの内輪もめに巻き込まれても困るだろうが。あとフェア姉やめろっつってんだろ」
「あらあら、恥ずかしがらなくてもいいのですよ~? バカにしたりはしませんから~」
「恥ずかしがってねぇっての! オメーもほぼ初対面なのに距離近いんだよ!」
「楽しそうね……」
「あはは……」
当然だけれど、フェアちゃんはまだ中央に入学していない。
アルバイトで生活費を工面しながら、図書館で勉強し、公園で練習する日々を過ごしている。
なので、普通はこうして一緒にはならないんだけれど……
今日、商店街に入った途端くらいに、ばったり出くわしたものだから。
ほぼ有無を言わさず、巻き込んだというかたちである。
彼女の言う通り、ドーベルさんとブライトさんとはそこまで面識がない。
それこそ、模擬レースで初めて顔を合わせたレベルだ。
巻き込んだはいいものの、上手く馴染めないかも……と思ったのだけれど。
どうやら、そんな心配も杞憂みたいだった。
「まぁ、気にしてもしょうがないよ。また何日かしたら、元通りになるって」
「だね……そう願っとくよ」
うん……気にし過ぎてもしょうがない。
それより今は、目の前のことを気にしないとね。
「……あ」
そう思って、前へと改めて目を向けた時――
声を零していた。
そこにまた、見知った姿を認めたからである。
「アリオン?」
ドーベルさんの言葉を背に受けながら、私は前へと進んでいく。
こちらに気付いた様子のない、その人影の背後に忍び寄って――
「――だーれだっ」
両目を両手で覆い隠しながら――
そう呼びかけた。
「……」
ヒトのものではない長い耳に、艶のある緑色っぽい黒髪。
『あれだけ』バチバチにやり合った相手を、私が忘れるはずがない。
「……何をしているのですかバカウマさん」
凛とした声――
スレイちゃんのそれは。
色が無いように聞こえたけど、やや不快そうにも感じた。
「わ」
ただそれより、私がまず感じたのは、驚きだった。
「すっごい! よく一発で分かったね!」
「当たり前でしょう。こんなくだらないことをあなた以外の誰がするのですか」
「あっ! ってか今バカって言ったでしょ!! 出会い頭にそれはひどくない!?」
「出会い頭に悪戯する方に言われたくありません。というかバカをバカと呼んで何がいけないのですか。バカの自覚がないのでしたら、せめてバカっぽい言動をやめるべきですよおバカさん」
「う……うぐっ……」
「お~、一文で五回も言うとはすごいねぇ」
追い付いたらしいスカイさんが、のんびりと言う。以前、トレーナーさんにもガキと連呼された気がするけど、ガキでバカ……つくづく救いようがないな私って……
「またぞろぞろと……」
スレイちゃん、いかにも面倒臭そうに言う。スカイさんに引き続いて、フェアちゃん、ブライトさん、ドーベルさんが追いつき――
「……何してんだこんなとこで」
周りを見回しながら訊ねたのは、フェアちゃんだった。そう、何を隠そう、スレイちゃんがいるこの場所は、女性向けのアパレルショップ。
ウマ娘もご用達なお店とは言え――
これまでの彼女の言動からは、とても訪れるとは思えない場所。
「……少し見ていただけです」
スレイちゃんは、ショーウィンドウから身体を背けて答えた。どことなく、恥ずかしそうにも見える。で、そのショーウィンドウには何やら貼り紙が。
『日本競レース廃止!!』……なんて書いてあるけど。まさか。
「まさか廃止賛成派……!?」
「なわけないでしょう」
ジトっとした目で見られてしまった。まぁ、そりゃそっか。
「……暇つぶしに散歩をしていたら、たまたまこのお店が目に留まったといいますか」
「あらあら、言い訳がましくてかわいいですわね~」
「い、言い訳ではありません! 私は努めて事実を……!」
「……へぇ、意外ね」
ともあれ、と答えたスレイちゃん、ブライトさんの言葉に、慌てて反論するけれど――
それに、にやりと笑うのはドーベルさんだ。
「大企業の一人娘なんて、下々の生活に興味ないって思ってたけど」
その――
あまりにもあからさまな挑発に。
「……」
スレイちゃんが、黙っているはずもなく。
「……意外なのはお互い様です」
一転、落ち着いて、応じた。
「競レース界の名門ともあろうお方が、くだらない揚げ足取りを趣味になさっているとは」
「揚げ足取り? アタシはただ事実を並べただけよ。反論出来なくて言葉遊びにしか逃げられないって?」
「ずいぶんと饒舌に喋りますね。これくらいのことで声高に自身の優越を主張するとは、そちらの名家の品格も、程度が知れますね」
「……」
「……」
……ゴゴゴゴゴ、という擬音が目に見えるようだ。それとも、バチバチバチ、の方が近しいかな。どちらにせよそうして、人目も憚らず勝手に険悪なムードになる二人に――
「――よし、それじゃーいい機会だし、優劣を付けようではないか!」
スカイさんが、ひとつ拍手をして呼びかけていた。
……優劣?
「そうそう。みんなまだ、時間あるでしょ?」
私の問いかけに、彼女は答えた。
「二つの名家の威信をかけた、一大勝負だよ!」
で。そのノリで訪れたのが……
「……」
ホールみたいな広大な一室に、複数並べられたレーン、断続的に響く、『ピン』を『倒す音』。
そう――ボウリング場、だった。
スカイさんが先頭となって案内してくれたその場所に、
「ボウリングなんていつぶりだろ……」
私、
「あたしは初めてだ……」
フェアちゃん、
「わたくしもですわ~」
ブライトさんが答えて。
「……」
スレイちゃんは、まるで借りてきた猫みたいに、そわそわと周りを見回していた。
「まぁ、ボウリングなんてアタシらには無縁だからね。仕方ないよ」
相反して、ドーベルさんは冷静だ。その発言は決して、年頃の女の子はボウリングしない、という意味ではない。
ウマ娘とは、基本的に『普通の』人間より『力が強い』。
そして、その力を適切にコントロール出来るかどうかは、その子の力量による。
臨む娯楽の性質によっては、設備や道具を台無しにしてしまう可能性もあって……実際ボウリングでは、力をコントロール出来ず、ボールごと設備を破壊した、なんて話もザラだ。
だから私たちは、取り分けこういう繊細な技術を要求されるものは避ける傾向にあって……
こうして初めて経験する子が何人もいることは、決して珍しいことではないのである。
「それで、どういう組み合わせでやるの?」
そんなボウリング場にて。ドーベルさんが、尤もなことを口にした。
「3対3じゃ中途半端じゃない?」
「だね~二人ずつ、3チームに分かれてやろうと思うよ。そして分かれ方は……」
応じるスカイさん、バッと差し出された手には……
「これです!」
……いつの間に用意したのか、六人分のクジが握られている。
「……いつの間に用意したのよこんなの」
「セイちゃんはいつでも準備万端ですよ~?」
「手間が省けて助かりますわね~」
「まぁ……なるようにしかならねぇか」
「……」
各々感想を言ったり言わなかったりで、言われるがままクジを引いていく。何かと思ったらこれティッシュか、どうやら先端が着色されているようで……
「あら、わたくしとですわね~」
「みたいだね」
私は、ブライトさんとチームみたいだった。
「セイちゃんはフェア姉とだね~、よろしく~」
「だからその呼び方やめろっての……」
スカイさんはフェアちゃんとペア。と、いうことは……
「……なんで、アタシがアンタと一緒なのよ!」
「運なのですから仕方がありません」
……ドーベルさんとスレイちゃんがペアみたいだった。
元々、二人が白黒つけるって意味でやる勝負のはずなのに。これじゃ本末転倒では……
いや、でも考えてみたら、クジを作ったのも、差し出したのもスカイさん。こうなるように仕組んでいた……というのが真相でも、私は驚かないぞ。
とまぁそんなこんなで、受付を済ませ、各々準備を整えてレーンへ。記念すべき一番手はブライトさんだ。
一応、ちょうどいいボールは用意したみたいだけれど……いざ持ち上げると、明らかにそわそわしている様子。
「……だ、大丈夫?」
「あっ、えぇ……ごめんなさい。初めてのことで、ちょっと落ち着きが……」
あぁ……でもなんだか、その気持ちもわからないでもない。初めての、楽しそうなアクティビティを前にしたら、テンションも上がるよね。
……遊園地に来た子供みたいでかわいいな、なんだか。
「では、参りますわねっ」
「あ、ブライトさん。あんまり力入れ過ぎないでね!」
「えぇ、大丈夫ですわ~!」
ほ、本当に大丈夫なんだろうか。不安半分で見守る中、彼女はレーンへ駆け出し……
思い切り後ろへ手を振り、
ボールを――投げ飛ばした!
「っ!」
軽く宙を舞うボール――
幸い、設備に突っ込む、ってことはなかったけど。
ほぼ投げ飛ばされた形になったボールは、派手な音を立てながらワンバウンド、ツーバウンドした挙句、あらぬ方向へ曲がっていき、側道へと吸い込まれていった。
……ブライトさん、記念すべき一投目、実に派手なガーターであった。
「あら~……失敗ですわ……」
「だ、大丈夫! 私がちゃんと取り戻すから!」
あと、もう少し力のコントロールをしてほしく思う。いやでも、しょうがないことでもあるか。ボウリングって、最初のうちは、思った方向に投げられないからね……
いや、斯く言う私も――
「――っ!」
上手いとは、思ってないんですけど!
「――あっ」
「あちゃ~」
スカイさんの、茶化すような声が聞こえる。私のボールは、ブライトさん程奇想天外な軌道を描かなかったものの、綺麗なカーブを描いた挙句、ガーターに沈んでいってしまった。
「……だ、大丈夫! まだ一投目だから!」
「えぇ、そうですわ~。勝負はここからですわ~」
「ふふっ、その隙に先行させてもらうよ」
……意気込み虚しく、0点で終わってしまった私たちを尻目に、前に出るのはドーベルさん。
ブライトさんとは異なり、彼女の佇まいは自信に満ち溢れている。
「見てなさいブライト、」
で、慣れた感じで――
「ボウリングってのは、」
手にしたボールを、
「こうするんだよっ!」
――投げた。それは若干中央から外れた位置を直進し――
全部、とまではいかずとも、ほとんどのピンを押し倒していた!
「おぉー!」
「おぉ~」
私たち、思わず感嘆の声を上げる。ドーベルさんは、いかにも満足そうに胸を張った。
「これでもお姉さまから、直々にやり方を教わったんだから!」
「あぁ……そういえば、そんなこともありましたわね~。わたくし、すっかり忘れておりましたわ……」
「大丈夫、あとで教えてあげる」
「……」
……うん。いい雰囲気だ。
一時は険悪な関係になっちゃった二人だけど。もうすっかり仲直りしたみたい。
良かった。やっぱり二人は、こうでなくちゃ。
「誇るのは構いませんが」
で……そんな空気に水を差すように、スレイちゃんは言う。
「まだピンは残っていますよ」
「ふん、残ったんじゃなくて残したんだよ。あなたの実力を見せてもらうためにね」
「……」
軽く眉を顰めるスレイちゃん。あからさまな挑発に……タイミングがタイミングだからか、反論ではなくため息で返す。
「……構いませんが」
しかし、スレイちゃんもまた、ボウリングは初経験のはずだ。
「これくらい倒すくらい、」
いくらなんでも、簡単に倒すなんて――
「――造作もありません」
出来るわけが――と。
タカを括ったと同時。
「――!」
投げられたボールは――綺麗な直線を描き。
残された3本のピンを、的確に倒していた!
「……!」
「え……嘘! スレイちゃん、ボウリング初めてじゃないの!?」
「初めてですが。こんなもの、見ればなんとなくわかるでしょう」
「こ、こんなものって……!」
「い――いやいや! でもアタシのが多くピン倒してるから! どっちにしろ凄いのはアタシでしょ!?」
「なんとでも言ってください。尻拭いした事実は変わりませんので」
「な、なんですってぇ!?」
「あー……いいか? 次いって」
言い合い始めるドーベルさんとスレイちゃんを傍目に、フェアちゃんが前に出ていた。
「とりあえず投げてピン倒せばいいんだろ? やってみるけど……」
「フェアちゃん! 力加減気にしてね! あんまりブンッてやっちゃダメだよ!」
「なんだよブンッって。わかりづらいっての……」
伝わらないだろうか、こういうのって言語化が難しいからな……ともあれ、ボールを振りかぶったフェアちゃん、レーンへボールを滑らせるが――
「――あっ」
ピンは倒せたものの――
両端の2本だけが、綺麗に残されてしまった。
「うわぁー……」
「あら……あんな風に残ることもあるのですね」
「くっそ……難し過ぎだろこの
いやいや、でもフェアちゃん、一人であれだけ倒すのはすごい。しかも初心者で……うぅ。ガーターで終わってしまった自分が不甲斐なくなる……
「でも、あれを倒すのなんて至難の業じゃない? これはもう、アタシたちのチームの勝ちってことでいいでしょ!」
「気が早いですよ。あなたがこれからミスしないとも限りませんし」
「そ、それはアンタも一緒でしょ! 精々アタシの脚引っ張んないでよね!」
「まず私たちは、ピンを倒すところからだね……」
「見よう見まねで頑張ってみましょう~」
それぞれが、その結果に色々に論ずる。内容はそれぞれ違うものの……
共通しているのは、現状に対する認識。
あんな残り方をしているピンを――
倒せるわけがない。誰もがそう思っていた。
「――しょうがないなぁ」
……が。
立ち上がったスカイさんは。
「それじゃ……ちょっとやる気出しちゃおうかな」
どこか妖しげな雰囲気で、そう言うと。レーンの前に立ち――
流れるような動作で――
ボールを投擲した――
……それは。
お手本のようなカーブを描き。
向かって左側のピンを『弾いた』かと思うと。
弾かれたピンは、右側へと飛び――
その先に立っていたピンをも倒してみせたのだ――!!
『…………』
……絶句。
場が、戦慄に似た静寂に包まれる……
「――ふっふっふっふ……」
その中で……
スカイさんは、悪そうに笑いながら、こちらへと振り返る……
「――は、」
果たして、真っ先に声を上げたのは――ドーベルさんだった。
「はぁ!? ちょ、なにそれアンタ! めっちゃくちゃ上手いじゃん!!」
「言ってなかったけど、実は一時期極めてたんだよね~。暇で」
「ひ、暇でって……!」
「なんか……スカイさんってこういう娯楽全部に精通しててすごいよね。隙が無いっていうか……」
「も~、褒めても何も出ないぞよ~?」
おちゃらけるスカイさんだけど、満更でもなさそうだ。そして私のこの感想も、本心からのものである。確かにまぁ、ボウリングってなんとなく彼女のイメージに合いそうだけど、まさか本当に極めているだなんて思わないじゃん……
……、
「……頑張らないと! さもないと罰ゲームだからねっ」
「えぇ。そうですわね。わたくしも、精一杯やりますわ~」
ブライトさんと頷き合う。そう……何を隠そうこの勝負、罰ゲーム有りなのである。
具体的には決めてないけど、勝負と名のつくものでそうそう負けることは許せない。そうだ、一投目は散々だったけど、ここから先もそうとは限らない。
みんなの動きを研究して、盗める技術は盗んで。そして必ず、絶対に……
少なくとも、最下位からは抜け出すんだ!
そんな、並々ならぬ強い意志で、私たちは、二投目へと臨んだ――!!
……で、あっさり負けた。
「……景品しょぼくなーい?」
目の前の自販機が、がたん、と音を立てる。
手に取った栄えある景品を見て、そう声を上げたのはスカイさんだ……だったけれど。
それはあんまりな感想だった……少なくとも。
少なくとも、それを渡してる側からしたら!
「うっさいなっ、だったら飲まなきゃいいじゃんっ」
白熱のボウリングバトルは、ほぼドーベルさんチームとスカイさんチームの一騎打ちの様相で……
私たちブライトさんチームは、終始蚊帳の外な感じで終わってしまった。
明らかに両チームが特異だったとはいえ……あまりに悲惨な結末に、思わず涙を流してしまいそうだった。
……ちなみに優勝チームはスカイさんチーム。あんな化け物じみた実力であれば、当然の帰結だった。
「……いいのか? 本当にもらっちまって」
「いーんだよー、勝者の特権だからね~。もしかしてフェア姉、こういうの初めて~?」
「……まぁ、あんまりしたことはねぇな」
フェアちゃん、とうとうスカイさんの呼び方にツッコむのを諦めたらしい。浅めのため息をついて、缶を傾けた。
「逆にお前らはよくやってんのかよ。こういうこと」
「ん~、私もあんまりしてないかなぁ。いつもは一人遊びが多いっていうか」
「釣りのこと?」
「ご名答~」
私の推測に、スカイさんはどこか楽しそうだった。
「さざ波を聞きながらボーっとする時間がいいんですよね~……今度久々に行ってこようかなぁ」
「あたしには真似できねーな……」
「モノは挑戦ですぞー、お姉さん? よし、セイちゃんが連れて行ってしんぜよう!」
「いらねぇっての! 近寄んな!」
「……」
仲がよろしくて何よりです。フェアちゃん、あんな大家族を形成していた辺り、やっぱり色んな子に好かれやすいんだろうなぁ……
「……?」
と、そこでスレイちゃんの様子が目の端に映る。彼女は希望の……ブラックコーヒーを傾けながら、未だにどこかそわそわしていた。
「スレイちゃん?」
「あ……えぇ」
声を掛けると、彼女は身体を震わせ、目を泳がせた。
「……すみません。その……」
そして、硬めな声色で言うのだ。
「こういう経験に……慣れてなくて」
「……」
思わず、口元が緩んでいた。なるほど……スレイちゃんは今まで、秘書代理として実際に『働いていた』。
それはつまり、私たちのような、『学生らしい生活』を経験していないということなのだ。
私たちにとっての、有り触れたこういう時間も……彼女にとっては、新鮮な体験。
「今のうちに慣れとこうよ」
そんな彼女に、私は言う。
「これから、もっと色んなことを経験するんだから」
「……」
スレイちゃんは、一瞬だけ目を見開く。ただ、また恥ずかしそうに視線を逸らすと、ブラックコーヒーを再び傾けた。
「……はい」
「……アンタもかわいいとこあるんだね」
「うるさいですよ」
尤もなことをドーベルさんが言う。ブライトさんは、その傍で優しく笑うだけだった。
「それじゃー、ぼちぼちいい時間だし、解散しますか~」
そこで、スカイさんに言われて気付く。確かに、既に陽は傾き始めている。解散とするには、ちょうどいい時間だった。
「異存ないね?」
「アタシはいいよ」
「わたくしも、大丈夫ですわ~」
「あ……」
ドーベルさん、ブライトさんがそれに同意する中――
私は、ただ一人声を漏らす。
スカイさんは、不思議そうに目を丸くした。
「ん? まだ遊び足りない?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「……」
彼女の澄んだ瞳が、私の瞳を映す。その時間は一瞬にも満たないほどだったけど、彼女には十分だったみたいだ。
「――そっか。じゃー、先行こっか。二人とも」
「え? でも……」
「……そうですわね~」
ドーベルさんは声を上げたけど、ブライトさんは同意していた。どうやら、スカイさんと同様、『何か』を汲み取ったらしい。
「ただ、あまり遅くなってもいけませんから。……ほどほどで戻ってくださいませ?」
「……うん。大丈夫」
さすがに二人とも、確定的な目的まで推測しているわけではないだろう。それでも、この短時間でほぼ全てを察するのは、さすがだと思わずにはいられなかった。
ただドーベルさんは……最後まで不思議そうに首を傾げていたけれど。
「……」
後で教えてもらえたらいいね――なんて、三人を見送る中。
「……で?」
一番に口を開いたのは、フェアちゃんだった。
「何の課外授業をしてくれるんだ? センパイ様よ」
「あー、えー……」
「私たちの時間を取るのです。さぞ重大な話題なのでしょうね」
「うー、おー……」
「あ行の練習してんじゃねーよ」
息を吐くフェアちゃん、ただ、悪意は感じられなかった。私の肩の力を抜いてくれたのだろうか。
「歩きながらでいいか? あたしも、そこまで遅くなるのは困る」
「うん。その方がいいだろうし」
ともあれ、フェアちゃんの提案に同意し、歩き出す私たち。デリケートな話題とは言え――
触れないわけにはいかない。触れなくてはならない。そう思わずにはいられないほどに、私の今の状況は切迫していた。
「……、」
……そう。
私の、あの、『夢』の状況は……
「……二人とも」
だから、歩き出して少し。
私は、意を決して言った。
「何か、知ってたりしない? その……」
その――『重大なこと』を。
「……アルちゃんのこと」
フェアちゃんのことも、スレイちゃんのことも。
最初、全てが分かっていたわけじゃなかった。
堅実な情報収集、あるいは運命の巡り合わせで、その所在を突き止めることが出来ていた。
だから、アルちゃんの行方を追うことも、二人の足跡を追うこととそんなに変わらない、と思っていた。
けれど、少しして気付いた――彼女に関しては、少し事情が違うということに。
というのも――
捜索にかけている時間が、違うのである。
……トレーナーさんは、初期から三人の情報をなるべく集められるよう尽力してくれていた。
その努力が、先の二人を見つけ出す足掛かりになったわけだけれど、そんな懸命な情報収集にも関わらず――
未だにアルちゃんに関してだけは、消息を掴めていないのだ。
足跡すらも――
「……考えてみりゃあたしたち、あいつのこと何にも知らねぇよな」
私の質問に、二人は口をそろえて答えた。
――残念だけど、と。
それを踏まえた上での、フェアちゃんの発言。その声色は、申し訳なさそうにも、悔しそうにも聞こえた。
「なんだかんだ、アイツの家に行ったこともねぇし。親の話とかもしなかったし」
「なんとなく……踏み込んじゃいけないんじゃないかって雰囲気してたよね」
「本当に何もわかってないのですか? 手がかりすらも?」
「うん……これでも、出来るだけのことはやってるんだけどね」
私の返事に、スレイちゃんはそうですか、と結ぶ。スレイちゃんの企業パワーで、どうにかならないものかな。
「……大企業だからといって、人探しが得意とは限りませんよ」
「あはは……そうだよね」
「普段の生活もよく知らねぇし、行きそうなとこもわからねぇよな。……原っぱくらいか?」
フェアちゃんの、恐らくは冗談交じりな発言に、しかし私たちは、あー、と声を合わせる。その辺の解釈は一致していた。
あの、奔放な不思議ちゃんが──
広い野原を走り回っている光景は。想像に難くない。
「けどそんなとこ、この辺にはねぇか」
「わかりませんよ。公園の傍の側溝に嵌ってるかもしれません。案外」
「いや、そんなことは……あったね。何度か」
懐かしい。あの時は、学校総出で助け出したなぁ。
「授業中も容赦なく出て行ってましたからね。先生に怒られてもどこ吹く風です」
「そのクセ、探しに行ったら行ったでひょっこり帰ってくるからね」
「探しに行った先生が逆に迷子になることもあったな」
「そういえば虫に話しかけたりしてなかった? 校庭の端っことかで」
「空気と会話しているのは見たことがあります」
「でもなんか愛嬌あって憎めなかったよなぁ」
「……」
「……」
「……」
しばらく昔話に花を咲かせるも。
行き着いた結論は一緒だった。
「謎だ……」
「謎だね……」
「謎ですね……」
結局、特段と収穫はなく……気付けば、フェアちゃんの家の前。
「……聞きたいことはそれだけか?」
立ち止まった彼女に、躊躇いがちに頷くと、彼女はそうか、と答えた。
「んじゃ、今日はここのとこで解散か」
「だね……」
「まぁあたしも気を配っとくよ。何かわかったら連絡するから」
「……ちょっと待ってください。あなた、こんなところに住んでるのですか?」
緩く流れ解散、みたいな空気を切り裂いたのは、どこか困惑した声色のスレイちゃんだ。あれ……もしかして、見たのは初めてか。
対して、フェアちゃんはムッとした。地味にあまり見ない顔だった。
「悪かったな、こんなところで」
「今にも崩れそうでは無いですか。大丈夫なのですか?」
「平気だよ。これでも最低限のリフォームはしてあるし。クソ親父の最後の『贈り物』だ。使わない手はないだろ」
「しかし……」
「──ま、上流階級のお嬢様にはわかんねぇよ」
意趣返しか──小バカにするように言ったフェアちゃんに、今度はスレイちゃんがムッとする番だった。
「庶民には庶民の良さがあんのさ。そっちはせいぜい、ブルジョワジーな生活を堪能するがいいさ。グッドラック!」
「……この」
「はいはい、抑えて抑えて……」
……っていうか、この口論は全面的にスレイちゃんが悪いよ。世の中多様性、理不尽な否定は戦争に繋がりますよ。
「じゃねフェアちゃん。戸締りはちゃんとしてね」
「わかってるよ。またな」
存分に言い返せて満足したのか、フェアちゃんはあっさり挨拶を返すと、家の中へと姿を消した。一方のスレイちゃんは、湧き上がった怒りをため息として吐き出すと、踵を返していた。
「……私もお暇します。人探し、上手くいくことを願っています」
「うん。ありがと。……もし見かけたら、教えてね」
「えぇ。計画に支障が出ては困りますからね」
もうすっかりリーダー面だな……調子がいい、と喉元まで出かかったけど、顰蹙を買う所¥どころじゃ済まなそうだったので、辛うじて飲み込んだ。
「……では」
彼女は何かを察したようだけれど、それも無意味だと判じたのだろう。短く言うと、その場から立ち去っていた。
そうして……残されるのは、私一人だけ。
「……」
しばらくその場に立ち尽くす私だけれど、それ以上は何も起こらない。
新たな人影は現れないし、況してや、あの子を見つける手掛かりが見つかるわけもない。
微風が、どこか不穏に頬を撫でる中。
「……帰ろ」
それから逃げるみたいに――
私もまた、その場から立ち去っていた。
「……は?」
トレセン学園中央校、理事長室にて、頓狂な声が上がる。
退勤時間を過ぎてなお、電話応対をしていた秋川やよいは、困惑に表情を歪めていた。
そこに聞いた言葉が信じられないがために。
そこに聴いた話が飲み込めないがために。
『申し訳ありません、』
電話の主は、そんな彼女に謝罪する。
詫びるように。あるいは、同情するかのように。
『突然このような不躾なことを言うのです。混乱するのも無理からぬことかと思います』
ですので。
もう一度、お願い申し上げます──そう言葉を繋いで。
『どうか、当方で『保護』しているウマ娘を、トレセン学園中央校にて引き取っていただけないでしょうか』
その『お願い』を──
復唱した。
『名を、』
『──ダイヤアールヴァクといいます』