16年度の卒業生(新版)   作:Ray May

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刑苦

「――離してッ!! 離してよッ!!」

 

 翌日の朝早く。

 病院の待合室にて――走り出そうとする私を、スカイさんは、羽交い絞めにして抑えつけていた。

 

「ちょっと、落ち着いて……!」

 

 場所が場所だから、というのもあるのだろう。彼女は出来るだけ声を潜めて言うけれど――知ったことじゃない。

 そんなことに――今、かまけてる余裕はない!

 

「離してってば!! 行かせて!! 行かせてよッ!!」

「落ち着けって!!」

 

 それでも抵抗を続けたからだろう。スカイさんは、これまでに感じたことのない膂力で、私を壁に抑え込む。目と鼻の先で――鋭い目と目が合う。

 

「あんたが突っ走って何になるの!? 一人で行ったってどうにもならないでしょ!? 下手に行って同じ目に遭ったらどうすんの、今度こそ取り返しのつかないことになるよ!?」

「……」

「――病院ではお静かに!」

「あ、すみませーん……」

 

 職員さんとスカイさん。そして、少し離れた位置で、壁に背を預けている――ブライトさん。それらの状況を見て、ようやく、頭の熱が覚めてくる。

 

「……やめようよ、こういうの」

「……」

「こんな時にさ……」

「……、……」

 

 私が力を抜いたのを察したのだろう。スカイさんは、私から離れてくれた。

 ただそれでも……それでも、現実を受け入れ切れていないのは確かだった。思い起こすだけで、苦い気持ちになる。こんなことになるなんて思ってなかった。まさか、まさか、トレーナーさんが……

 

 入院を余儀なくされるくらいの。

 リンチを、受けるだなんて……

 

 ……通報をしたのは、当時バイト帰りだったフェアちゃんだった。トレーナーさんはまだ気絶しているけれど、命に別状はないとのこと。犯人は、十中八九尾行してきていた連中だろう――『凶器』も残っていたとのことだから。捕まるのも時間の問題だと思う。

 

 けれど。

 捕まればそれで解決か、と言われたら、必ずしも、そうでもなかった。

 

「……ウマ娘には、まず人間は敵わない」

 

 それを代弁するみたいに、口を開いたのは、ブライトさんだった。

 

「故に襲撃するなら、普通の人間を狙う。なるほど、合理的で、現実的な手段でしょう」

 

 でもそれは。

 相手を称賛する理由にはならない。

 

「太古の昔から、ウマ娘を恐れる勢力は多少なりいた。でもそれらは、お互いに権利を侵害しないというギリギリのバランスの上に成り立っていた。こんなことは……本来なら、起きてはならなかった」

 

 ――起きてはならないことが。

 起きてしまった。

 

「……けど、随分突然じゃない? なんたってこのタイミングだったんだろ」

「あまり言いたくありませんが、アルさんの一件がきっかけでしょう。実際、あれで『過激派』の活動が活発になったと聞きます。そこでたまたま通りかかったアリオンさんたちが、標的となった……」

「でもなんで……なんで、こんなこと。こんなことしても、何の解決にもならないじゃん!」

「事態が解決するかどうかなんて、彼らは考えていないと思いますよ。彼らの大概は、金儲けか自己満足のどちらかでしょう。もちろん、全てが全てそう、とは言いませんが。そうでなくては……ここまで短絡的なこともやらないはずです」

「……」

「……あのー、よろしいでしょうか」

 

 控えめな声が、そこで割って入る。私たちは、ほぼ同時にそちらへと目を向けた。そこには、有り触れたナース服。

 

「……患者さんが、目を覚ましました」

 

 遠慮がちに、その人は告げていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――うかつだったな。まさかこんなことになるなんてよ」

 

 頭に包帯を巻いた、痛々しい姿のトレーナーさんは、自虐するみたいに笑っていた。

 

「ただまぁ、二、三日あれば退院出来るとさ。骨とかはヤってなかったみたいだし。はは。咄嗟に頭庇ったのが功を奏したかぁ」

「……」

「おい、どうした」

 

 スカイさんとブライトさんは外で待っている。病室で、トレーナーさんと対面する形だ。何も恥ずかしがることは無い。言いたいこと、聞きたいこと。遠慮せずに、訊いちゃっていい状況なのに。

 ……どうしてだろう。言葉は、喉でつっかえて、出てこなかった。

 

「いつもの調子で捲し立ててこいよ。どうしてあんな無茶したんですかーとか、もっと私を頼ってくださいよーとか」

「……」

「それとも、こうなったのは自分のせいだとか思ってんのか? ……自惚れんな!」

 

 彼女は言う。

 いつもと変わらぬ調子で、それでも、言う……

 

「こうなるように計算したのはあたしだ。お前が気に病むことはない。いわばあたしの自殺行為だな。お前のせいにするほど、あたしも人間終わっちゃいないよ」

「……っ」

 

 ……あぁ、ダメだ。

 我慢してたのに、気持ちが溢れ出す。

 自分の無力さに。自分のちっぽけさに。

 

 涙が溢れて、

 止まらなくなる……

 

「……泣くなっての」

 

 それに、トレーナーさんは、呆れたように言うのだ。

 

「泣くとブスになるぞ」

「……」

 

 ……不甲斐なかったから、なんて言わない。

 自分が着いていながら、とも思わない。

 ともかく、起こってしまったことはもう、どうにも出来ないのだから。

 私たちがやるべきなのは……これからのことだ。

 

「……トレーナーさん」

 

 だから、言う。

 決意するように、言う。

 

「私、頑張るよ」

 

 頑張るよ、これから。

 もうこんなことは、絶対に……起こさせない。

 

「頑張って、アルちゃんを助ける。あの子を、外に連れ出してみせる。こんなことに……こんなことなんかに……」

 

 屈さない。

 屈して――たまるか。

 

「……」

 

 トレーナーさんの目が、驚きに見開かれていた。

 そんな言葉が出てくるだなんて、思っていなかったのかもしれない。

 ただ次の瞬間には、その色は元に戻っていた。

 いつもの、相手を小バカにするみたいなそれ。

 

「……期待してる」

「……、」

 

 そこまでやり取りした時――

 病室のドアがノックされる。

 面会時間、終わりですよ――言葉と共に、職員さんに案内されて。

 私は――私たちは、病院の外に落ち着いていた。

 

「まぁ、そこまで大事にならなくてよかったって思おう」

 

 スカイさんが言う。私も――そう思う。動揺したけれど、そこまで重い怪我じゃなかったのは、不幸中の幸いだった。

 

「さて、それじゃー無事も確認出来たし。……ちょっとぶらぶらしよっか」

「いや……一応まだみんな授業中だから。帰らないとでしょ」

「いやいや~。大丈夫だよ~、少しくらい。近くに気になるカフェが出来てさ~」

「……ブライトさんも言ってやってよ」

「あら。いいですわね~。少しお邪魔しましょうか~」

「ちょっと! 変な方向に乗せないでってば!」

 

 ……会話は、元の空気が戻りつつある。その空気に引っ張られて、気持ちも上向いてくる。とにかく、またこれからどうするか――考えながら、病院の外に出た時。

 

「っ?」

 

 狙ったかのようなタイミングで、携帯電話が鳴動した。

 相手は――

 

「……たづなさんだ」

「あちゃー、私たちのステキなおさぼり計画がバレちゃった~?」

「ふふっ、盗聴器で常に監視してる、って都市伝説も、あながち嘘ではないのかもしれませんわ~」

「いやいや……そんなわけないでしょ……」

 

 二人に対応しつつ、電話に応じる。

 

「――もしもし」

『お疲れ様です。アリオンさんですか?』

「そうですけど……」

『例のご友人はご一緒でしょうか?』

「……え?」

 

 例のご友人。きっとフェアちゃんとスレイちゃんのことだろう。私たち、思わず顔を見合わせる。彼女らは――ここには、いないけれど。

 その名前を出すのは、つまり、どういうことなのだろうか。

 

「……えと。いませんけど……」

『でしたら、お手数ですが、お伝えいただいてもよろしいでしょうか? なにぶん、状況が逼迫していて……』

 

 不穏な言葉遣いで、彼女は言った。

 

『学園庇護下にないウマ娘を――

 

 至急保護せよ、と、理事長からのお達しです』

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 生徒会室にて、トウカイテイオーはひとり、暗い表情で携帯電話と向き合っていた。

 

『……なるほど。事態は、思っていたより深刻なようだね』

 

 その相手は、達観した声。落ち着き払っているが、その端々には、悲しげな色が滲む。

 シンボリルドルフの言葉に。

 テイオーは、うん、と頷いていた。

 

『ダイヤアールヴァクのことは、私も知り及んでいた。何か厄介なことが起きそうな予感はしていたが……まさか、こんなことになるとはね』

「全くだよ。長い学園の歴史の中でも、初めてなんじゃない? ボクら、歴史の証人になっちゃうかも。はは。インタビュー受ける心の準備、しとかないとね~」

『……テイオー』

 

 まさか、卒業生に心配されるわけにはいかない。

 彼女も彼女で、やることがあるはずだ――だからテイオーは、出来る限り気丈に振舞ったつもりだったが。

 かえって逆効果だった――ルドルフは、それを簡単に見抜いていた。

 

『平気か?』

「……、」

 

 慈母のような優しい呼びかけに、テイオーは、自嘲するように笑っていた。

 

「……カイチョーはすごいよね」

 

 そして、言う。

 

「カイチョーの時代って……初めて生徒会が出来て、色々ごたごたしてた時代だったでしょ。それこそ、問題なんて色々起きてたはずなのに、涼しい顔してこなしてたんだからさ。ボクには、とても真似出来ないよ」

 

 偉大なその背中を追うのは、もうやめたはずだった。

 これからは、自分自身の時代を創ろうと、そう決めたはずだった。

 それでもこうした時――自身の未熟さを、自覚せざるを得ない時。テイオーが思い浮かべるのは、どうしてもその先達の姿だった。

 

 その姿と、自分とを。

 比較して、止まなかった。

 

「……自信無くなっちゃうな」

 

 こんなことばっかり。

 立て続けに起きていると――

 

『……』

 

 自信が無くなるのは、ルドルフとしても同じだった。

 こういう時、どう声を掛ければいいのか、その正解を彼女は知らない。

 しかし、何かしらの言葉をテイオーは求めているし、この未曽有の事態、支えてあげなくては、先に壊れるのは彼女だろう。

 だから――多少胡散臭くても。

 説教臭くても。

 

『テイオー』

 

 自分の思う、勇気を持てる話を――することにした。

 

『私は……その生徒会のごたごたを、一人でこなしていたわけじゃないよ』

 

 なぜなら、自分は超人ではない。

 一つの存在がこなせること、守れるものなど――限られている。

 

『私には、みんながいた。助けてくれる存在が、手を差し伸べてくれる同輩がいた。頼りになる――仲間がいた。彼女らがいなかったなら、私はきっと、『愚帝』として汚名を残していただろうね』

「そんなこと……」

『だから、みんなを頼っていいんだ』

 

 一人でやらなくていいんだ。

 一人で戦わなくていいんだ。

 誰かを。

 頼っていいのだ。

 

『一人より二人。二人より三人だ。それに……アールヴァク(同族)を助けたい、と思う気持ちは、みんな同じはずだよ』

 

 だから。

 

『一人で戦うな。君は……一人じゃない』

「……」

 

 それは、口辛く言われたこと。

『決闘』の日から、強く知ったことだ。

 一人で苦しまなくていい、誰かに助けてもらっていい――頭ではわかっていたつもりだが。

 その実、また一人になろうとしていたんだな、と、彼女は自覚する。

 

「……うん」

 

 暖かなルドルフの言葉に。

 返したテイオーの声には活気が戻っていた。

 

「そうだね。その通りだよ」

『……』

 

 それが伝わったのか、ルドルフの無言も、どことなく満足そうだった。一寸先も闇の道すがら、希望の光を見いだせたような気がした――

 

『……その上で、』

 

 テイオーに。

 ルドルフは、神妙な声で、言った。

 

『君に……ひとつ、忠告しておきたいことがある』

「ん……何? やけ食いするなよとか?」

『それもだけれど』

 

 メンタルはもう回復したか――それに苦笑いを伴う声で返したルドルフは、

 

『例の事件から……街の雰囲気は、いい感じはしていない。これから数日は……』

 

 気を取り直して、告げていた。

 

『……学園から、出ない方がいい』

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 府中駅周辺では、その日も過激なデモ活動が行われている。

 

「……今日もいるのかよあいつら。暇人だなー」

 

 それを見たとある男は、呆れたような声で言う。

 

「でもさ、この間生徒が暴走したって話だろ? 気持ちもわからなくないっつーか……」

 

 連れ立っている別の男は、しかし一定の理解を示しているようだった。

 

「人間からしたら格上っつーかさ。力的に向こうのが強いのはわかりきってるだろ。いつかはこうなるとか言ってた学者もいるらしいし……」

「……じゃあどうすんだよ? お前も競レースに反対すんのか?」

「いや、反対じゃねーけどさ。でも……」

 

 問いかけに、彼は難しそうに顔を顰めて言った。

 

「でも、廃止まではいかなくてもよ、休止くらいしてもいいんじゃねーのかな。ほとぼりが冷めるまでさ……」

「まぁー……確かになぁ……」

「……」

 

 ルビーフェアは――

それを通りがかりに聞きながら、携帯電話に目を落とす。

画面には、以前同居していた『四人』と組んだグループチャットが表示されている。……

 


 

フェア

お前ら

平気か?

 

セン

うん?

あの事件のこと?

 

フェア

ああ

お前らの方でも、ああいうことが起きてないか?

 

セン

あたしの方は大丈夫

 

エンゲツ

あたしも大丈夫よ

 

リョホー

リョホーも平気

 

ショー

オレも平気だ

都会のトレンドは、田舎にはワンテンポくらい遅れてやってくるからな

 

セン

そんなトレンド こっちから願い下げだね 笑

 

エンゲツ

フェアさんこそ大丈夫なの? 現場の真っただ中じゃない

おちおち路地も歩けないでしょ?

 

フェア

そこまで深刻じゃねーよ けど学園側が保護を申し出てくれた

今日から数日程世話になる予定だ

 

セン

うわ 思ってたよりやばいね

 

リョホー

寮暮らし 羨ましい

 

セン

いや、そこは羨むとこじゃないでしょ 笑

 

ショー

オレらの住んでるうちに事が起きなくてよかったな

 

セン

どういう意味?

 

ショー

家出してたから色々面倒だろうし

何より 誰かさんの荷物が重くなりそうだからなー

 

 

 

セン

言われてるよ エンゲツ

 

エンゲツ

あー

うん そうね

 

ショー

おい、どうした

噛み付いてこねーと張り合いねーだろ

 

エンゲツ

ごめん ちょっと

そういうこと言ってられる状態じゃなくて

 

セン

まぁね あたしも心配じゃないって言うと嘘になるし

 

エンゲツ

そうでしょ

明日にでも同じことが あたしに起きたらって思うと 気が気でなくて

 

っていうか

色んな事が一度に起きすぎて 何が何だか

 

 

 

あたしたちこれから

一体どうなっちゃうの?

 


 

「……」

 

 路地の隅に立ち止まったフェアは、徐に空を見上げる。

 それは何も言わず、彼女を見下ろしているだけ。そのことの答えなど――与えてはくれなかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 旧折檻部屋にて。

 今日の『世話係』として指定されたその職員の両手は、震えていた。

 手に握られたトレーも、かたかたと小刻みに震えている。

 傍らから見ていた別の男性は、ため息を吐きながら声を掛けていた。

 

「……別に大丈夫だって。襲ってきてねーから。今んところは」

「今のところはだろ!? もし今日襲ってきたらどうすんだよ……!!」

「平気だよ、労災降りるし」

「受け取る側がくたばったら世話ねーだろ!」

 

 トレーを持った男は怯え切っている。対応する男は、やれやれと肩を竦めると、自らの手に握った『それ』を示した。

 以前、たづなが用いていた、拳銃型の『制圧道具』。

 

「『コレ』もあるんだ。そんなビビらなくていいっつーの」

「狙い外すなよ。いいか!? 絶対外すなよ!?」

「それ振りか?」

 

 そんなやり取りの末――

 男たちは、意を決して、地下へと降りていく。

 最下層、広くもなく、狭くもない踊り場に立ち。

 目の前の、無骨な鉄扉の上部。のぞき窓を開け、中を様子見した。

 六畳と少しほどしかないその部屋の隅で。

 芦毛の少女は、今日も、蹲っている。

 

「……だ、ダイヤアールヴァクちゃーん……」

 

 呼びかけるも、彼女は反応しない。

 

「お、お食事ですよ。ここに、置いときますからねー……」

 

 それでも男は、扉の下部。トレー挿入用のスペースから、部屋の内部へと、『食事』を届ける。果たして、そろりそろりと、そこから立ち去ろうとした。

 

「―― あの」

「!!」

 

 が。

 途端に、呼び止められていた。

 びくりと身体を震わせ、背後に振り返る。

 覗き窓から、少女が、彼を見つめていた。

 

「……な、なんすか……」

「…… ぺんと かみ」

「へ?」

 

 ぺんとかみ。

 ペンと、紙。

 頭の中で適切に変換出来た彼だったが。付き添いの男と目を合わせるばかりで、すぐには行動に移さない。

 

「ぺんと かみ ください ……」

「……」

 

 そんな男を見かねてか、再度申し出た彼女に、男はまず無言を返し。

 

「……お、おぉ。ちょっと待ってろ」

 

 短髪の男と共に、一旦はそこから立ち去った。

 それからすぐ、A4サイズのコピー用紙と、ボールペンを持って戻ってくる。アールヴァクは、その間ずっと覗き窓から様子伺っており、そうとは考えていなかった男は、思わず身体を震わせ、立ち止まっていた。

 

「…… ください」

「……」

 

 呼び掛けに応じ、再び動き出す。戦々恐々と距離を詰め、トレーと同じように、下側からペンと紙を挿入した。

 

「…… ありがとう」

「あ……あぁ」

 

 男は、返事もほどほどに、その場から、逃げるように退散する。

 

「……」

 

 小窓から離れ――より厳密には、踏み台にしていた机から飛び降り――彼女は、受け取った紙を机の上に広げる。

 ボールペンの芯を出し。

 それと相対すると。

 

「…………」

 

 何かを書き連ね始めた。

 

「……」

 

 時に、考えるように、宙を見て。

 

「……」

 

 時に、躊躇うように、停止し。

 

「……」

 

 時に、思い出したように、息を吐き。

 

「…… ……」

 

 時に。

 何かを決めたように、息を呑み。

 

「…… 」

 

 時に。

 何かを想うように。

 

 涙を。

 滴らせていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 やがて、陽が傾き始める。

 職員たちが、何事かを外で話し。

 靴音が遠ざかっていく。

 それをダイヤアールヴァクは、その長い耳で、確かに感じ取っていた。

 

「……」

 

 靴音が完全に消えると、彼女は立ち上がる。

 それから、部屋へと通じる扉の前に立つと。

 

「……ごめんね」

 

 それに向けて、蹴りを放つ。

 重厚な扉は、それだけでひしゃげ、派手な音と共に吹き飛んでいた。

 目の前には、もはやただ、部屋への入り口が口を開くばかりである。

 

「……」

 

 ひたひたと。

 彼女は、部屋の外へと出る。

 そのまま、地上へ繋がる階段を上ろうとして――

 

 立ち止まっていた。

 

「…………」

 

 視線の先には、机の上に畳んで放置した、一枚の『手紙』がある。

 

「…… ――」

 

 彼女は。

 笑っていた。

 

 これまでにないほど、無邪気で。

 可憐で。

 可愛らしい微笑みを。

 浮かべていた。

 

「……」

 

 そして。

 外界へと通じる階段を、ひとり、上り始める。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 みなさまへ

 まず あやまります

 あるすくんが みんなをきずつけてしまって ごめんなさい

 そのせいで いたいおもいを したこもいるとおもいます わたしも わるくおもっています

 ほんとうに ごめんなさい

 

 

 

 ずっと かんがえていました

 わたしは これから どうするべきか

 わたしは そとのせかいに でたいけれど

 でちゃうと みんなに めいわくを かけてしまいます

 

 だれかと なかよくなりすぎると

 なにかのきっかけで また きずつけちゃうかもしれなくて

 それが こわくて でも そとにも でたくて どうすればいいのかわからなくて

 ずっと ずっと かんがえてました

 

 

 

 でも わかりました

 それなら それで いいんじゃないかって おもいました

 わたしは ひとりでいきていけば いいんだって おもいました

 

 あこがれます いろんなひとに

 ゆめみます いろんなことを

 

 わたしも あの ひろいひろばで はしってみたかったです

 

 ふぇあちゃんと すれいちゃんと ありおんちゃんと いっしょに

 

 もういちど かけっこ してみたかったです

 

 でも わたしがちょっと がまんすればいいだけです

 それで みんながしあわせになれるなら わたしは それでしあわせです

 

 

 

 だから

 だからね

 

 これで おわかれ

 これで さいご です

 

 ふぇあちゃん あんまり おこっちゃ だめだよ

 すれいちゃん あんまり こわいかお しちゃだめだよ

 ありおんちゃん あんまり むちゃしちゃ いやだよ

 

 だいじょうぶ わたしは だいじょうぶ

 わたしは ひとりでも いきていける

 わたし ひとりいなくたって だいじょうぶ

 だって わたしは はじめから じゆうだもの

 どこへだって いけるもの

 じゆうは いつだって このてのなかにありました

 わたしは どこへでもいけるつばさを いつでも もっていました

 

 

 

 だから

 だからね

 

 だから

 ありがとう

 

 ありがとう

 ほんとうに いままで ありがとう

 

 

 

 

 

 さようなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それを読み切って。

 私は、思わず、手紙を、強く握っていた。

 傍で同じように読んでいたフェアちゃんと、スレイちゃんも、言葉を失っている――

 

「――あの、」

 

 そして――

 震える声で、言った。

 

「あのッ……バカッ……!!」

 

 そして――

 そして、私たちは、かけ出した。

 

「――スレイ! みんなに連絡しろ! 動ける奴みんな集めてこい!」

「えぇ! フェアさんは……!」

「あたしは職員に――っ!」

 

 二人の会話を背後に置いて、私は走り出す。

 

「アリオン!! 一人で行くな!! おい!!」

 

 フェアちゃんの声を振り切って。

 遠ざかる声を聞きながら、一目散に、走り出す!

 

「はぁ、はぁッ……!!」

 

 学園の敷地から出て。

 どこへともなく、走る。

 その間、脳裏に浮かぶのは。

 あの子の手紙の内容の、一部一部。

 

 ――大丈夫、私は大丈夫。

 ――私は、一人でも、生きていける。

 

「違う……」

 

 ――だって、私は、初めから自由だもの。

 

「違うっ……」

 

 ――自由は、いつだって、この手の中にありました。

 

「違うッ――!!」

 

 違う、そんなの違う。

 そんなの、自由じゃない、自由なんかじゃない!! そんなの、そんなの、どうにも出来ない状況に諦めて、

 

 自由って単語を、

 言い訳に使ってるだけじゃないか!!

 

 なんで、なんでそんな風に考えるんだ。なんで、待ってくれないんだ! 待っていてくれれば。ただそこにいてくれれば。いつか、きっと、絶対に、なんとかするのに。

 

 助けてあげるのに。

 そこから、連れ出して、あげられるのに――!!

 

 どうして。

 どうして、自分で全部決めて、

 勝手に、どこかに行っちゃうんだよ――!!

 

 ――大丈夫、私は大丈夫。

 

「……ダメだっ……」

 

 ――私は、一人でも、生きていける。

 

「ダメだっ……!!」

 

 ――私一人いなくたって、大丈夫――……

 

「そんなの嫌だ――絶対に、嫌だッ……!!」

 

 四人じゃなきゃ、ダメなんだ。

 一人でも欠けたら、ダメなんだ。

 君がいなくちゃ。君がここにいなくちゃ。

 何もかも、ダメなんだ。意味が無くなっちゃうんだ。

 

 私の夢は、

 みんなの夢は、

 

 終わってしまうんだ!!

 

 だから。

 だから。

 だから――ッ!!

 

「――ッ!!」

 

 怒号に似た叫びは。

 橙色に染まり始めた空に、無常に、溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな風に。

 我武者羅に走ったところで、簡単に、人を見つけられるはずがない。

 手掛かりも、それを手にするための手段もなく。

 私は、学園に戻るしかなかった。

 

 もう、辺りは闇に沈み始めてる。

 間もなく、誰かを見つけるのなんて、難しくなるだろう。

 

「…………」

 

 ダメなのか。

 やっぱり、ダメなのか。

 

 夢を叶えるには。

 四人一緒になるには。

 彼女を、助け出す、には……

 

 

 

 もう、

 全部、

 手遅れなのか……

 

 

 

「……」

 

 そうして。

 学園の敷地内。

 正門を、通った時。

 

「――」

 

 ……私は。

 それを、見ていた。

 

「――はっ?」

「――あ!」

 

 一番に目が合う。

 鹿毛のツインテール。

 ネイチャさんは――呆れ切った顔で声を上げていた。

 

「よーやく帰ってきた!」

「え、あ……?」

 

 私がそれで困惑の声を上げたのは、何もネイチャさんに出迎えられたからだけではない。

 帰ってきたそこが――学園が、見るからに、いつもと違う様相を呈していたからだ。

 いや――正確には、今なお変化を続けている。

 

 正面、エントランスに当たる広場には、今や多くの生徒や、明らかに外部の人間で犇めいており――

 一部では、マイクやら、放送カメラやらを、忙しくセッティングしている……

 マスコミ関係者。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「ったくもう、電話にもろくに出ないんだから。一体どこまで行くつもりだったのって」

「え? い、いや、あの、ネイチャさん……?」

 

 何ともなしに話を続けるネイチャさんだけど、私はまだ困惑から抜け出せていない。何しろ、状況が不明すぎるのだ……

 

「これ、一体、どういう……」

「我らのカイチョー様だよ」

「え……?」

「アールヴァクが逃げ出しちゃったでしょ」

 

 呆然と声を漏らす私に、ネイチャさんは続ける。

 

「それがカイチョー様まで伝わって……ある『作戦』を考えてくださったんだよ」

「さ、作戦……?」

「そ。それと言うのがね……」

 

 彼女の言葉を復唱するしかない私に、ネイチャさんは――それを告げた。

 

「――、」

 

 ざあ、と、強めの風が吹く。

 その中で、話された『作戦』に――

 

「……え……?」

 

 私はまた。

 声を零していた。

 

「ま、そんな反応するのも無理ないさね」

 

 ネイチャさんは、どこか誇らしげに言う。

 

「アタシだって、考えもつかなかった作戦なんだから。無茶な作戦、ともいえるけど」

 

 自分のことのように。

 自分で考えたみたいに。

 言うけれど。

 

「でも大丈夫、きっとそれであの子も――」

「あ――あの!」

 

 言う、

 けれど……

 

「ん?」

「……」

 

 言葉を切って、小首を傾げるネイチャさん。

 どうしてそこで遮るのか、と言いたげだった。

 私は、思わず、胸の辺りで手を握る。

 ぐるぐると巡る、このもやもやした感覚を……

 

「……なんで」

 

 吐き出すように、言った。

 

 

 

「なんでそこまで、

 してくれるんですか……?」

 

 

 

 そう――なんで。

 なんで、そこまで、してくれるんだ――みんなは。

 

「……んん?」

「い、いや、だって!」

 

 だって。

 だって、そうだろう。

 

「あ、アルちゃんは、私の夢のために、絶対に必要だと思ってます!」

 

 それ以上に、親友だから。

 それ以上に、大切な子だから。

 絶対に助け出したいし、見つけ出したいとも思っている。

 

「そのために、こうして協力してくれるのは助かります。でも、でも……!」

 

 でも。

 どうして、そこまでしてくれるのか。

 

「どうして、そこまで、してくれるんですか!?」

 

 わからなかった。

 嬉しいけど、わからなかった。

 だって彼女は、みんなの親友じゃない。

 幼馴染であるはずもない。

 私の夢が関わっていたって、そうでなかったところで。

 

 協力する筋合いなんて。

 無いはずなのに――

 

「こんなの、私の自分勝手で……みんなの時間を割いてもらうなんて、それだけで、申し訳ないのに……!」

 

 どうしてそこまで。

 なのに、どうしてそこまで――

 

「なのに、どうして――!」

「――っさいなぁごちゃごちゃごちゃごちゃ……」

 

 刹那。

 ネイチャさんは、低い声で言う。

 私の元まで、歩み寄ると――

 

「――ッ!?」

 

 がし、と。

 私の両頬を、片手で掴んでいた。

 

 私は、目を見開き。

 ネイチャさんの表情を目前に見る。

 

 眉の吊り上がった――

 いかにも、苛立っているような顔。

 

「生意気なこと言うのはこの口か?」

 

 そして……言うのである。

 

「怒るよ。いい加減」

「……」

「自惚れんなっつったでしょ」

 

 それから、乱暴に手を離すと、私に背を向ける。

 

「まさかあんたがそこまでぼんくらだとは思ってなかったよ。それともアタシを怒らせたいだけ? は、だとしたら相当なウデマエだね。感服するよホント」

「……ネイチャさん」

「真面目な話って性に合わないの。……何度も同じこと言わせないで」

 

 彼女は、どこか恥ずかしそうに、後頭部を掻いて。

 

「助ける。……それだけだよ」

「……」

「――その通りだぜ、新人ちゃん」

 

 言葉を失う私に、別の声が飛んでくる。

 聞き覚えのある男声――

 

「お友だちを助けに行くんだろ。協力するぜ! ちょうどスピカ(うち)は暇だしな!」

「暇でなくても、協力しますけれどね」

「おぉ、後輩の困りごととなっちゃ、先輩が黙ってるわけにはいかねぇからな!」

「……アリオン」

 

 西崎さん率いる、チームスピカの面々――テイオーさんは、別の場所で『作戦』の準備中なのだろう。姿が見えないけれど。

 マックイーンさん、ゴールドシップさんが言って。

 ……スズカさんも。

 

「安心して。私たちがいれば、百人力よ」

「……スズカさん」

「早まるなよ、協力すんのは、俺らだけじゃないんだからな」

 

 西崎さんが、そう言って明後日の方向に目を向けた。

 

「そうだろ、南坂!」

「えぇ!」

 

 そこから歩いてくるのは――ウェーブのかかった、長めの髪の男性。

 ……チームカノープスのチームトレーナー、南坂さん……と。

 

「模擬レースのよしみもあります。ぜひ協力させてください!」

「おぉ! ターボも協力するぞ!」

「ネイチャにだけ、いい格好はさせられませんからね」

「うおー! 頑張っちゃいますよーっ!」

「……」

 

 ターボさん、イクノさん。マチタンさん……

 チームカノープス、さん。

 

「アリオン、」

 

 しかも。

 しかも……呼びかける声は、まだ、ある。

 艶のある長い鹿毛。

 

「ラモーヌさんから連絡があったわ。メジロ家の総力を上げて、協力してくれるそうよ」

 

 ドーベルさんが、傍らにブライトさんを連れて、現れる。

 

「会長が作戦まで考えてくれるんだもの。きっと見つけられるわ。うぅん――必ず見つけて、連れ帰るわ!」

「ふふっ、腕が鳴りますわ~」

「――ま、私はそういう繫がりとか無いけどね~」

 

 更に――更にそこに集う影が、もうひとつ。

 

「冷静に観測できる頭は必要でしょ。頭脳労働は、セイちゃんにお任せあれ~」

「……」

「言うまでもねーけどな」

 

 そして――

 そして、首辺りに腕を回して、寄りかかってくるのは。

 見慣れた赤髪。

 

「あたしらもいるぜ?」

「……フェアちゃん」

「計画の遂行は、完璧になされなくてはいけません」

 

 対照的に、静かに隣へと並ぶ。

 緑がかった黒髪。

 

「一人でも欠けるのは、この私が許しません」

「スレイ、ちゃん……」

「――そーゆーわけだよ、エゴイストちゃん」

 

 締めとばかりに現れるのは、もう一人。

 鹿毛のポニーテール。

 

「よし、みんな集合!」

 

 テイオーさんが号令すると、周囲で話したり、準備をしていた生徒たちが反応し、集まってくる。

 その数は……見ただけでも、数十人はいて。

 

「もう一度、『作戦』の説明をするよ! よく聞いてね!」

 

 それら全てに向けて――テイオーさんは、呼び掛け始めた。

 

 ……あぁ、そうだ。

 そうじゃないか。

 何を言ってるんだ、私は……

 

 あれだけ、みんなに言ったじゃないか。

 あれだけ、仲間にも話したじゃないか。

 結局、その自分が、すっかり失念していたってことか。

 

 ……そうだ。

 どうして、一人でやろうとしたんだ。

 どうして、一人きりだと、決めつけてしまっていたんだ。

 私は。

 私は。

一人じゃ、ないじゃないか。

 ……私には。

 

 

 

 仲間(みんな)が、

 いるじゃないか……

 

 

 

「――ったくもー、本当にアリオンちゃんは」

 

 テイオーさんの話が終わり。

 みんなが忙しなく動き始める中、スカイさんが言う。

 

「いっつも一人で勝手に突っ走るんだからさ~」

「えっと……」

 

 痛いところを突かれて、思わず口籠る。それに柔らかく微笑んだ彼女は――

 

「――ほら」

 

 私に。

 手を、差し出していた。

 

「行くんでしょ? ……捜しに」

「……」

 

 ……私は。

 込み上げてきた涙を、目を強めに閉じることで、引っ込める。

 ……そして。

 

「――うん」

 

 その手を、

 取っていた。

 

「――そのつもりだよ!!」

 

 ――行こう。

 みんなと共に、捜しに行こう。

 

 必ず、必ず見つけ出して――

 あの子を。助け出そう。……だから。

 だから――

 

 

 

 待っててね。

 アルちゃん――……!!

 

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