16年度の卒業生(新版)   作:Ray May

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異次元の逃亡者(中編)

 日本人は我慢強く、真面目な人種だ。

 そんな話を、何かの授業で聞いた。

 実際その通りだ。政治家がどんな横暴をしても、大企業がどんな悪行に手を染めても、日本人はなかなか暴動なんてことには手を染めない。

 息を潜めて、いつも通りに。示し合わせたように、誰もが穏やかに過ごしていく。

 それが国をダメにしてるんだ! とかいう話もあるけれど、今ここで議論したいのはそういうことじゃなく。

 つまりは、そういう暴力的な事象っていうのは、日本じゃそうそうお目にかかれないっていうことだ。

 

 ……だからこそ。

 私は。私たちは。目の前の光景に、唖然としていた。

 

「……あはは」

 

 私は、乾いた声で笑っていた。位置、府中駅、駅前デッキの上――

 そこへ至る階段を、上り切ったところ。

 

「……なにこれ」

 

 辛うじて紡いだ言葉も――短く、端的だった。

 そう、いつもなら、人々が思い思いに行き交っているであろう、その場所は……

 

 今や。

 溢れかえらんばかりの人々が、鬼気迫る表情で、お互いに取っ組み合っていたのだ。

 

 掴み合う人。

 怒鳴り合う人。

 殴り合う人。

 逃げ出す人――

 

 予想だにしなかった様相に、急がなければいけない足も止まってしまう。まるで……まるで、デッキに来た瞬間に、どことも知れない異世界に飛ばされたみたいだった。

 

「世紀末ここに極まれり、ですわねぇ」

 

 ブライトさんの言葉の端々には、うっすらとした驚愕が滲んでいる。珍しい話だった。それだけの事態、ということの裏返しでもある。

 一体、なんでこんなことに――なんていう疑問の答えは、すぐに浮かんできていた。

 

 ――演説。

 過激派。

 集まった民衆……

 もしや、この騒ぎの火蓋を切ったのは……

 

「……過激派……?」

「一旦戻りましょう」

 

 急がなきゃいけないのは事実だし、アルちゃんがここに突入したのも見た。

 けれど、さすがに間が悪いと判断したのだろう。ブライトさんに促されて、私は仕方なく階段を下りる。

 半ばの踊り場にて止まると、ブライトさんは携帯電話をいじり出した。

 

「……まずいですわね。ここにはドーベルとスレイさんがいたはずですわ」

 

 その様子は……いつになく、焦っているように見えた。

 

「巻き込まれていなければいいのですが……」

「……!」

 

 それを耳にし、私も慌てて携帯電話を取り出す。開くのはLANE、その個人連絡先だ。スレイちゃんのそれを素早く開き、今無事なのか、電話が出来るのかを問いかける。

 お願い、返事をして――と願いをかけたけれど。『既読』はすぐに付いた。

 

『無事ですよ』

 

 返事は、そんな一節から。

 

『というか、あなたたちの反対側にいます』

「……え?」

 

 そう言われて、勢いよく『そっち側』に振り向いた。

 すると確かに……そこにいた。

 道路を挟んだ向こう側――スレイちゃんと共にいるドーベルさんが、手を振っているのが分かる!

 良かった。二人とも、ひとまず無事みたいだ……

 

 私はすぐさま通話を掛ける。この人混みを潜り抜けて向こう側まで……なんて、ちんたらやっていられない!

 

「――スレイちゃん! よかった、無事で……!」

『雑談は後です。どうするのですか』

 

 浮足立つ私を、スレイちゃんは冷静に留めてくれる。それは、その通りだった。

 

『私たちも、『彼女』がここに上がっていくのを見ました。今ならこの中に紛れているかもしれません。ですが探し出すには、リスクが大き過ぎます』

「で、でも何があったの? 最初はこんなんじゃなかったはずなのに」

『会長の演説の直後に、ガラの悪い連中がぞろぞろ入ってきて、あちこちで騒ぎを起こし始めたのよ。それで……まぁなんやかんやあってこうなったっていうか』

 

 ドーベルさんも、詳細を省いて伝えてくれた。そのなんやかんやも、今詳しく知る必要性は薄い……

 

『連中、明らかに過激派の手先よ。アタシたちも危なくなったから、一旦ここまで引いたのよ。中に入って捜すのはいいけど……無傷でいられるかどうか』

「……」

「……どういたします」

「…………」

 

 ……デッキの騒ぎは、収まる気配がない。それどころか、時と共にひどくなっているようにすら感じる。アルちゃんがここにいつまで留まるかもわからない。けれどもたもたしていれば、ここからまた逃げ出すかもしれないし、それこそ事件に巻き込まれてしまうかもしれない。そうなれば……もしそうなってしまえば……

 

 暴走でもしてみれば。

 今度こそ、取り返しのつかないことに……

 

「……ブライトさん」

 

 ……迷っている暇はなかった。

 私は、ブライトさんの名を呼ぶ。その神妙な面持ちは、今なお崩れていない。

 

「怖かったら、来なくていいよ。ここから先は――」

「冗談はやめてくださいませ?」

 

 それは、せめてもの配慮のつもりだった。もう気合いや根性でどうにかなる次元ではなかった。無理に付き合う必要も……無かった。けれども、ブライトさんはぴしゃりと言うのだ。

 

「ここまで来て遠慮だなんて……薄情も甚だしいですわ?」

「……」

 

 ……そっか。

 そうだよね。

 ここまで首突っ込んでしまったのだもの。ここまで巻き込んだのだもの。こんな遠慮、こんな心配……もはや今更だ。

 ここまで来たら。

 

 もう、

 一蓮托生だ――!

 

「……二人とも」

 

 だから、言う。

 電話の向こうの二人に、言う。

 

「下はよろしく」

『……、わかりました』

 

 スレイちゃんは、息を吸い、何かを言いかけた。けれどそれを吐くことで、抑え込んでくれたみたいだった。

 

『お気をつけて』

 

 私は、道路の向こう側に、腕を上げ、親指を立てることで返事とする。通話を切り、階段の上を見上げた。相変わらず、慌ただしく人が出たり入ったりを繰り返している。

 

「……よし」

 

 自分に言い聞かせるように。

 それだけ口にした。

 

「行こう!」

「えぇ!」

 

 そして――

 ブライトさんと共に、階段をかけあがる。

 テレビの中の、あるいはゲームの世界の中の、冗談みたいな混沌へと――

 

「すみません、」

 

 私たちは、

 足を、踏み入れた!

 

「通りまぁぁぁぁすッ!!」

 

 絶叫と共に人混みを分け入り、視線を張り巡らす。目標は芦毛、低い背丈。人で溢れていようとも、見つけるにはわかりやすい外見ではあったけど。

 

「――っ!」

 

 そんな私たちに、構いもせず。

 

「うひゃあっ!」

 

 人がぶつからんばかりの勢いで押し寄せてくるし、と思えば引くし。

 やもすれば――

 

「――!?」

 

 振りかぶられた鉄棒が。

 どさくさに紛れてこちらの方へ――!

 

「ッ!!」

 

 しかし、その間に入るのは、見慣れた鹿毛。

 ブライトさんは、慣れた手つきでその攻撃をいなすと――

 そのまま足を引っ掛け、振り翳した張本人を、その場に張り倒してしまった。

 

「おぉ……!」

「感嘆は後ですわ、」

 

 文字通りに感嘆の声を上げる私に、ブライトさんは告げた。

 

「動き続けましょう!」

「――うん!」

 

 下手に立ち止まっては、どんな危害を加えられるかわからない。

 だから私たちは、お互いに頷き合い、とにかく動き続けながらアルちゃんの行方を追う!

 

「アルちゃん!」

 

 右へ。

 

「アルさん!!」

 

 左へ。

 

 前へ、後ろへ。あらゆる方角へ、彼女の名を呼びながら、視線を這わせる。

 どこだ。

 どこにいる。

 お願い、返事をして。

 アルちゃん――!!

 

「――きゃっ!?」

 

 瞬間、目の前に飛び込んでくる、ひとつの人影。

 あまりに突然だったから、私は思わず飛び引いてしまうけれど――

 

「――!」

 

 それは。

 その影は。

 綺麗な芦毛を持った。

 低い背格好――!!

 

「アルちゃん!!」

「!!」

 

 名を叫んだ途端。

 彼女は、アルちゃんは、ぎょっとした顔でこちらに振り向く。

 私が、そこに手を伸ばす――よりも先に。

 彼女は踵を返し、人ごみを乱暴に掻き分けながら、明後日の方へと逃げ始めた!

 

「あ、ちょ――!」

 

 私は――ブライトさんへの声掛けもほどほどに、その姿を追い始める!

 

「アルちゃん! 逃げないで!! アルちゃん!!」

 

 その名前を、届くように、何度も繰り返し口にしながら!

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 怒号と悲鳴の飛び交う混乱の中でも、耳ざといものはそれを聞きとっていた。

 

「――おい、見ろあれ!!」

 

 ある男は、別の男に呼びかける。

 

「アイツ、例の『白いウマ娘』じゃねぇか!?」

 

 それは、彼らが兼ねてより標的としているもの。

 

「あぁ、間違いねぇ、『お頭』の言ってた奴だ!!」

 

 彼らもまた、この混乱の中で、姿を探し求めていたモノ。

 

「追え!」

 

 彼らは言う。

 

「捕まえろ!」

 

 彼らは叫ぶ。

 

「――ぶち殺せ!!」

 

 彼らもまた――

 襲い掛かる。

 

「……!!」

 

 ダイヤアールヴァクは、その光景を見て、血の気の引く感覚がした。

 迫りくる悪意の奔流に追い立てられながら、なんとかデッキから離脱する。

 だが、その追走劇もすぐには終わらない。

 追手たちも同様に、雪崩のようにデッキから降り、彼女の後を追う。

 

 それを背中に悪寒として感じながら、ただただ一心不乱に逃げ続ける先――

 

「――見つけたぁー!!」

「!!」

 

 逃走先――前方から飛んでくる、威勢のいい声。揺れる青髪――

 現場に到着したツインターボが、正面から両手を広げて迫りくる。

 

「っ!!」

 

 その下側を潜り抜けることで、アールヴァクはターボをやり過ごした。

 

「あぁーくそっ!! すばしっこい!」

「ふははは!! バカめ!! そのターボは囮!!」

 

 だが、そこに集ったのは彼女だけではない。

 次に姿を現すのは、長大な『網』を携えたイクノディクタスと、マチカネタンホイザ。

 

「喰らえ! セイさん印の、タモアターック!」

 

 彼女はその網を勢いよく振り下ろすものの――

 アールヴァクはそれすらもすり抜けた。

 

「――ちょわー!!」

「あ、間違えた」

 

 そしてその網は、マチカネタンホイザをしっかり捕えていた。

 

「あーもー! イクノの作戦でも捕まえられないのかー!」

「い、イクノさーん! 早く解いてくださーい!!」

「ちょっと動かないでください、動けば動くほど絡まって……」

「何してるんだ二人とも! さっさといくぞ!」

 

 そんな三人の会話を尻目に、アールヴァクは行く。次に差し掛かるのは交差点、少なくない車の往来するそこに――

 

「いたぞぉ!!」

 

 現れるのは、過激派の追手の集団。それを補足したアールヴァクは、向こう側の歩道へと、急いで渡ろうとする。

 そう――

『歩行者信号が、赤になったのにも構わず』。

 当然、追手の集団も、それに続いてなだれ込むが――車の運転手からしたら、そんな事情を知る由もない。

 

「――!!」

 

 けたたましいクラクションが鳴り響き――

 痛ましい衝突音が響く。

 車両に跳ね飛ばされた男性が、バンパーに乗り上げ。

 痛みに呻きながら、道路に放り出された。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 事態は急拡大し、もはや公的機関の手無しでは収拾がつかないほどになっていた。

 

『――警視庁から府中管内』

 

 寄せられた通報に、その通信は街をかけ抜ける。

 

『暴動事案入電 調布市府中駅周辺 一部民衆が暴徒化し、不特定多数の民間人、並びに施設に危害を加えている模様 また一部容疑者が交差点内にて車両と接触 他これを起因とする複数の玉突き事故も発生 付近移動は現急願いたいどうぞ』

『府中3対応どうぞ』

『府中4対応どうぞ!』

『府中――』

『――なお付近では要注意人物の目撃情報が寄せられている 白い長髪に 身長150cm前後のウマ娘 対象は外部からの強い刺激に反応し、暴走する恐れあり 対象への接近には十分注意されたし 対象を刺激するな!』

 

 パトカーのサイレンの音までもが入り混じり、混沌は更に極まる。

 テレビ各局により、この世のものとは思えない事態が報道される中。

 

「……」

 

 彼女は。

 サファイアアリオンの担当は、遠くにサイレンの音を、確かに聞いていた。

 未だ入院中の身である彼女は、しかし既に自由に歩くことが出来るほど、回復している。

 ご法度と知っておきながら――ベッドから降り、病室からこっそりと抜け出した。

 

 歩く。

 歩く。

 そうして辿り着くのは、病院備え付けの公衆電話だ。

 そこからある電話番号へと繋ぐ。

 

「……もしもし」

 

 数秒の呼び出しの後、応じたその人物に、彼女は言う。

 

「えぇ。私です。……えぇ」

 

 どこか親しげに。口元に、微笑を含ませて。

 

「――お久しぶりです」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ダイヤアールヴァクは、商店街をかけ抜けていた。

 暴動の煽りは受けていないものの、彼女の出現によって、そうも言っていられなくなった。

 往来していた人々が、どこか畏怖を帯びた声で、パニックに陥り、走り抜けるアールヴァクから距離を取りつつ、携帯電話を耳に当て始める。

 

「どこまで逃げるつもりだ――!!」

 

 そんな彼女を追うのは、短い赤髪と芦毛。

 

「いい加減、お縄に着きやがれ!!」

「そうだそうだー! 今なら悪いようにはしませんぞー!!」

 

 ルビーフェアとセイウンスカイに呼び立てられるも、それで止まるはずもない。

 アールヴァクは商店街を走り続け、やがてはその末端にまで到達する。

 

「――っし、計算通り!!」

「~~っ!!」

 

 瞬間、姿を現したのは、黒っぽいミディアムロングの鹿毛。

 メジロドーベルの出現に、彼女は別の方角への転回を余儀なくされる。

 

「お~っ、女王様方! 回り込みとはやりますなー!!」

「アンタ、喋ってっと舌噛むわよ!!」

「なんでもいい、このまま追い詰めるぞ!」

「言われなくともね!!」

 

 追手は増え、三人。それでもアールヴァクは諦めず、逃げる脚を止めない。

 そんな彼女を見ながら、ドーベルは器用に携帯電話を操作する。

 

「――スレイ! 今そっちに追い立ててるわ!!」

 

 呼びかける先は――

 先ほどまで同行していた、今の期間限定の『相棒』。

 

「大丈夫でしょうね!?」

『――えぇ、問題ありません』

 

 スレイエメラレルドはというと、ドーベルの言葉通り。彼女らの追いたてる先にいた。

 つまりは、アールヴァクの向かう先。そこにしゃがみ込み、待ち受けている。

 傍に二人の人物――一人の、スーツ姿の大男と、同じようなスーツ姿の、小柄な男を携えて――

 

「準備は万端、整っています」

「――!?」

 

 アールヴァクが目を見開いたのは、単にスレイがそこにいたから、というだけではない。

 それは彼女の傍、控えている片方――大男の方が。

 あろうことか――巨大な、バズーカ砲のようなものを担いでいたからだ。

 まずい予感がする――そう思ったと同時、スレイは手を前方へ差し出していた。

 

「――総員、『照準固定』(ターゲットロック)

 

 合図と共に、大男はバズーカ砲を構え、小柄な男は双眼鏡で前方を見つめる。

 

『攻撃準備』(ゲットレディ)――」

 

 そして。

 

「――『発射』(ファイア)!!」

 

 大男のバズーカ砲――対ウマ娘用キャプチャーランチャー『UCR-504』――と呼ばれるその装備から、巨大な網が放たれる。

 その網は、彼女らが走る路地一杯に広がり、もはや避けようがない。

 ――やった。追走する三人は、一様にそう考えていた。

 

「――!?」

 

 が。

 アールヴァクは、途端に横――名もなきビルの壁へと飛び移ると。

 そのまま、極限まで姿勢を低く取ることで。

 網にかかることを――回避していた。

 ――そして、その代わりに。

 

「――んなっ」

 

 背後から、突出して追っていたメジロドーベルが。それに捕えられてしまっていた。

 

「なにぃぃぃぃッ!?」

「む――!」

 

 そうして網を回避したダイヤアールヴァクを――大男が、身体を張って止めようとするが。

 

「ぬぅっ!」

 

 人間が止められるはずもなく、アールヴァクによって軽々と押しのけられ、まんまと取り逃してしまった。

 

「……」

「……お嬢様」

「……、」

 

 遠ざかる背中を見つめるスレイに、男たちが言うと。スレイは、込み上げたため息を飲み込んでいた。

 

「追いましょう。再装填を忘れずに」

「も~!! なんでアタシが捕まんなきゃいけないのよーっ!」

 

 その傍らで、網に捕らえられることになってしまったドーベルが、悲痛そうな声を上げる。

 

「ちょっとスレイ! この網解いてよ! 全然ちぎれないしっ……!」

「あー、あんま下手に触れない方がいいと思うぞ。抜け出し方あると思うし」

「いやはや……まさかあんな避け方をするなんてね~」

「……」

 

 網にかかったドーベルに、なんとか助け出そうとしているフェアとスカイ。

 スレイはそんな三人をしばし見つめていたが、やがて明後日の方向へと視線を向けると。

 

「……、」

 

 くるり、と踵を返していた。

 

「おバカは放っておいて、行きますよ」

「――は、はぁ!? ちょっと!! これに関しちゃアタシ悪くないでしょ!?」

 

 無慈悲に言う彼女に、ドーベルは強く訴える。むしろ『攻撃』ミスったアンタの責任でしょうが、と。

 路地裏に、怒り心頭な声が、木霊する。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ――追ってくる。

 

「おりゃあー!!」

「あぁもう、全然捕まんないっ!!」

 

 ――追ってくる。

 

「待てやゴラァッ!!」

「逃げんじゃねぇクソガキィッ!!」

 

 ――追ってくる。

 

『止まりなさい、そこのウマ娘、止まりなさい!』

『緊急車両通ります。緊急車両通ります――!!』

 

 ――追ってくる――……

 どこまでも、追ってくる。アールヴァクは、そう感じていた。

 

 どれだけ逃げても。どれだけ走っても。あの人たちは、このヒトたちは、どこまでも追ってくる、と。

 これまでは違ったのに。誰も追ってこなかったのに。

 逃げて、逃げて、逃がされて、逃がされて。

 追ってくる人なんて……誰も、いなかったのに、と。

 

 どうして。

 どうしてだ。

 自分は他人だ、こうまで追う筋合いなんてないはずだ。

 それなのにどうして、どうして、こんなに、追って来るんだ――!!

 

「――っはぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ようやく人気のなくなった路地で、壁に手を突き、息を整えるも――

 

「――いたっ!!」

「……っ」

 

 そんな暇もろくに与えられない。

 現れる、橙に近い鹿毛。覚えのある姿に、彼女は体力を振り絞り、再び走り出す。

 

 サイレンススズカは。

 そんな、見るからにへとへとな彼女を見て、にやりと笑いながら、呼び掛けた。

 

「ふふっ、まるであの時の意趣返しね!」

 

 さぁ、私から逃げ切れるかしら!?――妙に揚々とした声で呼びかける彼女を背に。

 

「……、……」

 

 アールヴァクは逃げる。

 必死に、逃げる。

 激しく呼吸を繰り返しながら。

 

「……」

 

 逃げて。

 

「…… ……」

 

 逃げて。

 

「…… …… !!」

 

 逃げて――

 それでも、『彼女』が諦めないのを、見て――

 

「―― なんでっ」

 

 やがて。

 口を、開いていた。

 

「なんでっ

    おってくるのぉぉぉぉっ!!」

「……!?」

 

 その絶叫を、スズカは予期していなかった。

 本腰入れて走ろうとした出鼻を挫かれる。

 そんな思いもいざ知らず、アールヴァクは続ける。

 

「わたしはもうっ だれもきずつけたくないっ」

 

 続ける。

 

「もうっ だれもくるしめたくないっ」

 

 続ける――

 

「もうっ かなしませたくないのっ !!」

 

 そのために。それだけのために。こうして逃げているのだ。逃げ続けているのだ。

 もう悲劇を繰り返さないために、みんなの前から、姿を消そうとしているのだ。

 

「わたしはひとりでいいっ !! さみしくなんかないっ !! わたしはだいじょうぶ だいじょうぶだからっ !! もう もうっ ほうっておいて !! …… おねがいだから」

 

 だから。

 だから――

 

「―― おねがいだからっ

    ひとりにしてぇぇぇっ !!」

「……」

 

 スズカは、それを聞いて。

 ようやく、彼女の逃走劇の意図を知った。

 

 短絡的な理由だと思っていた。浅はかな決意だと決めつけていた。ただ、追って、追い詰めて、捕まえてしまえばいい、簡単な話だ――と、ばかり考えていた。

 だが――いざ知った彼女のその意図は、短絡的ではなかったし、浅はかでもなかった。

 

 その決意は。

 その意志は。

 考えていた以上に――硬いものだった。

 

 誰かのために。自分を犠牲にする。

 それは、どこかの誰かの、無謀な姿にもよく似ていて。

 

 なんて――勇ましいのだろう。

 なんて――気高いのだろう。

 なんて、なんて――

 痛ましいのだろう。そう感じた。

 

「……」

 

 翻って見れば、この全ての行動だって、自分たちの、一方的な思い付きによるものでしかない。

 彼女がそれを求めているかどうかなんて、こちら側にはわからない。

 そして今、それに触れてしまった。自分は。自分たちは――

 

 その決意を。

 その決心を。

 踏み躙ってはいけない――そう感じたのだ。

 

 尊重するべきだ。

 重んじるべきだ。

 彼女の選択を。

 

 追わずに。

 追い詰めずに。

 捕まえずに――見守ってあげるべきだ――そう思う。

 

 敢えて追わずに、見送って。

 一人きりにするべきだ。そう、考える――……

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……でも。

 

 

 

「――、」

 

 でも、と。

 スズカは、笑っていた。

 

「――ごめんね」

 

 そして。

 悪戯っぽく謝罪すると。

 

「放っておいて、あげない」

 

 言った。

 

 

 

「――独りになんて、

    してあげないっ!!」

 

 

 

 そう、だからこそ。

 だからこそ――見逃してなど、やるものか。

 

「あの時一緒に走ったからわかるわ。あなたは走りたがってる、楽しみたがってる! それは間違いじゃない、私たちがみんな正しく求めて、果たされるべきこと!

 

 本心は一つじゃない。願っていることは、一つではない。

 スズカは、それを感覚的な実体験として知っていた。

 

「あなたを縛っているのは、そのちっぽけな恐怖心。そんなもののために、一度だけの命を、一回きりの夢を、諦めることなんてない――」

 

 そしてそれと引き換えに、全てを終わらせようとしていることも、分かった。

 けれど、それでも――

 

「――理不尽な過去を、不条理な現実を、幸せな未来の引き換えにする必要なんてない!!」

 

 ――あなたには、その権利がある。

 それを享受する資格がある。

 まだあなたは何も知らない。光を知らない。楽しさを知らない。その先にある希望を知らない――

 全てを棄てるのは、我慢するのは、諦めるのは、

 そのための全ての手を尽くしてからでも、遅くない――!

 

 そして、まだそうではないということを。

 スズカは信じていた。

 

「悪意に屈するな、」

 

 だから。

 

「運命に怯えるな、」

 

 だから。

 

「夢から――」

 

 だから――

 言った。

 

 

 

 夢からっ、

 逃げるなぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

「――……」

 

 スズカの渾身の訴えに、アールヴァクは動揺する。

 固めていた心が揺らぐのを感じる。

 それでも、依然として逃げる脚は止まらず――

 ほぼ考えなしに、名も知らぬ路地へと曲がる。

 

「ッ!!」

 

 これでもダメか、とスズカは悔しがりながらも、自身もまた、そこに入ろうとした。

 ――が。

 

「――!」

 

 彼女を追い越す、数台のバイク。

 フルフェイスのヘルメットを着けた集団――それらがすぐさま降りたかと思うと、やかましい怒号を叫びながら、路地へと殺到していった。

 それが、『過激派』の手の者だということは、彼女にもすぐに理解出来た。これでは――狭い路地では、追い越すことも、押しのけることも出来ない。

 

「――っ、」

 

 くそ、と心の中で毒づきながら、スズカは走り出し、携帯電話を取り出す。

 

「――こちらスズカ、対象は南西に向かったわ! 回り込む!!」

 

 素早くグループ通話に呼びかけながら、出来る限りの短距離で、路地を回り込もうと走る。

 

 一方のアールヴァクは、追手が交代したことを感じながら、前へと進む。

 一転して背中を刺すのは強烈な悪意だ。泣きそうになりながら、それでも、それでも、と走り続けるが。

 

「……!!」

 

 路地の出口――

 そこを塞ぐように、一台の黒塗りの車が停まっていた。

 見覚えのない、高級感のあるその車両に、アールヴァクの頭が冷え込む。

 多様な感情で雑多に入り混じった彼女の思考でも、それが何を意味するのかは分かっていた。

 

「――……」

 

 前方に敵。

 背後にも敵。

 横道はないし、逃げ道もない。

 これでは、もう――

 

 どこにも、逃げることが、出来ない、と――

 

「……ぁ」

 

 ……あぁ。

 ダメだ。

 もう、ダメだ。

 

 辛うじて足を動かしながらも、目の前が暗くなっていく感覚。

 自我が、ボロボロと崩れていくような感覚。

 

 胸が締め付けられ、そのまま沈んでいくように。

 頭の中が、真っ白になり。

 目の前が、急速に暗くなっていく――……

 

 

 

 ……その。

 瞬間だった。

 

「――……!」

 

 車の助手席のドアが開き。一人の人物が出てくる。

 その顔に、その姿に――アールヴァクは、目を見開いていた。

 それは――彼女が、よく知るものだったからだ。

 

 暗闇に閉ざされかけた視界が、急速に開ける――

 

 ……そう。

 それは、自分が、親友たちの次に見慣れ、

 懐き、信頼を置いた、人物。

 

 

 黒い三つ編みに。

 丸眼鏡に。

 そばかす――

 

 

 

「――アルさん!!」

 

 

 

 ――かつての、『世話役』が。

 彼女に向けて、かけ寄ってきていた。

 

「…… ……」

 

 ――この部屋の外には、どんな世界があるのかな。

 

 アールヴァクは、昔、メイドにそう問いかけていた。

 

『……へ。せ、世界ですか? うーんと……そうですねぇ……』

 

 突然に話しかけられたからだろう、動揺した様子だったメイドは、腕を組んで考える。

 その無邪気な質問に、どう答えるのが正解だろうかと。

 

『コンクリートだらけで、人がいっぱいで、それでもこう、色々ぴかぴかしてて、夢がいっぱい! みたいな、そういう……』

『…… よくわかんない』

『あはは……まぁ、そうですよね~……』

 

 肩を落としたメイドは、それでも気を取り直し、アールヴァクに笑いかけた。

 

『……言葉にするのは難しいですけど、いいところなのは事実ですよ』

 

 彼女を安心させるように。

 その、純粋な好奇心を、摘まないように。

 

『きっと、楽しめますよ』

 

 優しく。

 

『きっと、幸せになれますよ――……』

 

 優しく――

 

 

 

 ――メイドは。

 同じように、真っ直ぐにかけ寄ってきた彼女を。

 正面から、抱き留めていた。

 

 

 

 小さく、今にも折れてしまいそうな体躯。

 そこに、これまでの苦労を。これまでの苦難を。ひしと感じて――思わず、泣きそうになる。

 

「――よかったっ……」

 

 それを押し留めながら、メイドは、言う。

 

「よかった、ご無事で……!」

「め」

 

 そんなメイドに、アールヴァクは呆然と答える。

 

「めいど さん……」

「おい、なんだあの女ァ!!」

 

 どうしてここに。どうやってここに――色々問いかけたい気持ちはあるも。

 状況は、そんな彼女らを待ってはくれない。

 

「あのガキの仲間だ!!」

「まとめてぶち殺せぇ!!」

「――こっちです!!」

 

 お構いなしに迫りくる悪意の奔流に、メイドはアールヴァクの手を引き、背を向けた。

 向かう先は車。口を開けた助手席へ、半ば飛び込む形で座る。

 アールヴァクは膝に乗せ――

 閉めたドア越しに、路地を見た。

 

「っ……」

 

 鬼気迫る表情で押し寄せる『手下』たちを見て――

 

「出してッ!!」

 

 シートベルトを着け、叫んだと同時――

 車は、轟音を立てて発進した。

 

 外の景色が流れていく。

 あれだけ執拗に追い立ててきた喧騒が、急速に遠ざかっていく。

 

「…… ……」

 

 アールヴァクは、メイドの腕の中。

 彼女の顔を見上げる。

 改めて目が合い。

 メイドは、安心し切った表情で、アールヴァクの頭を撫でていた。

 

「……よかった」

 

 無事で――よかった。

 

「怖かったですよね。恐ろしかったですよね。でも、大丈夫。もう、大丈夫」

 

 メイドは、彼女を落ち着かせるように、言う。

 

「もう、安心して、いいんです」

「…… え ……?」

「だって、今の私たちには……」

 

 そして、そこまで言った時。一転してその表情は。

 自信に満ち溢れたものとなった。

 

「最強の味方が、着いてますから!」

「み かた ……?」

「そうでしょう!?」

 

 投げかけられた言葉の行先は、後部座席。

 そこに、足を組んで座っている『彼女』は――

 

「……あぁ。その通りだ」

 

 どこか照れ臭そうに、答えていた。

 

「『じぃや』。しばらく適当に走らせてくれ」

 

 それから、彼女は携帯電話を取り出す。

 慣れた様子で、その連絡先を表示し。

 

「少し電話をする」

 

 発信していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『――こちらスズカ』

 

 学園にて、ことの経過をグループ通話で見守っていたテイオーたちの元に、待ち望んだスズカの連絡が入っていた。

 だがそれは――彼女らの望んだ内容ではなかった。

 

『目標を喪失(ロスト)……周囲を捜索するわ』

「あぁー……くそ。マジかよ……」

 

 ゴールドシップは、それに悔しそうに後頭部を掻いていた。

 

「あと少しだったってのに……ここまで来て振り出しか……」

「こんなにも早く消えるだなんて……車か何かで拉致されたのでは?」

「もしそうならいよいよ詰みだぜ。こちとらもう後がないってのに……」

「……」

 

 話し合うゴールドシップとマックイーンの傍で、テイオーは眉を顰める。ネイチャもまた、顎に指を添え、深刻そうに表情を歪めていた。

 

「……どうすんのテイオー」

 

 ネイチャは、テイオーに問う。

 

「もっかい呼びかけてみる? 早いうちにやれば、まだなんとかなるかも」

「……」

 

 それは無理だ――というのがテイオーの答えだった。

 

 あれと同程度の強度の演説など、もう出来る自信がない。

 それに事態が収束していない以上、繰り返しメディアでも情報提供が呼びかけられているはずだ。こちらから再度呼びかけても、効果は限定的だ。

 

 かといって何もしなければ、アールヴァクが疾走することを約束してしまうことになる。何か手を打たないといけない。やれることはやらないといけない。でもどうすれば。どうやって――

 

「……っ」

 

 ……くそ。

 ダメだ――彼女は、諦めの境地に至る。

 ここが自分の限界か、と、無力感に崩れ落ちそうになる。

 

 どうすればいい?

 あるいは、どうすればよかった?

 何を間違えた? 何が出来ていなかった?

 

 ……『あの人』なら。

 どんな、もっといい方法を、考え付いた?

 

「……ちくしょー……」

 

 悔しげに零れた声は、ネイチャの耳にも届いていた。彼女も、そんなテイオーに、どう声を掛ければいいかわからなくなる。

 ゴールドシップも、マックイーンも。同じように、いい解決策を提示することが出来ず――

 

 ひっそりとしたざわめきの中。

 誰もが無言で、重苦しい空気に押さえつけられた。

 

「――?」

 

 刹那――

 テイオーの携帯電話が、鳴動する。

 いつもなら何とも思わないその日常の動作も、今では苛立ちの原因だった。

 こんな時に、誰――そう思い、乱暴に取り出した画面に――

 

「――……」

 

 見慣れた名前を見て。

 彼女は、手が止まる。

 

 高まる動悸に。それを信じられないばかりに。

 ゆっくりと、慎重に、その指は、通話開始の表示をタップする。

 スローモーションの錯覚を掻き消すように。

 

 

 

『――テイオー』

 

 

 

 その声は。

 聞こえてきていた。

 

『テイオー、』

 

 二度、彼女の名を呼んだ声の主は、

 佇むテイオーに言う。

 

『ダイヤアールヴァクは、先頃私たちが保護した』

 

 無言のままの彼女に、言う。

 

『きみたちが追い立ててくれたお陰だ。そのお陰で、簡単に回り込むことが出来た……』

 

 何ともないことのように、言う――

 

『……ありがとう』

「……、そん、なの」

 

 それを。

 無言で聞くしかなかった、テイオーは。

 込み上げる感情を、必死に抑えながら、答える。

 

「そんなの、こっちこそ、だよ……」

 

 かつての記憶を想起しながら。暖かな安心感を、覚えながら。

 

「――、」

 

 言った。

 

 

 

「――カイチョー……!!」

 

 

 

 ……電話の主は。

 シンボリルドルフは。

 絞り出すように放たれたその、己の名に――柔らかく微笑んでいた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「彼女のことは、これから学園に送るつもりだ」

 

 ルドルフは、テイオーが落ち着くのを待たずに、続ける。

 

「とはいえこの状況だ。もう少しほとぼりが覚めるのを待つけれどね。警察も出張っているんだ。収まるのもそう時間はかからないだろう」

『ん……そうだね。こっちも準備しておくよ。とりあえず先生に連絡を……』

「――しかし、どうするんだテイオー」

 

 本当は讃えたい気持ちがあった。

 あのテイオーが、これだけの作戦を決行し、そして成功させたのだ。容易なことではなかった――労いと称賛の気持ちでいっぱいだった。

 

 けれど――状況は、未だ予断を許さない。

 ルドルフの声は、一転して厳しいものになる。

 

「彼女を送るのはいい。けれどそれは、根本的な問題の解決にはならない。彼女の精神をどうにかしなくては、遠からず同じことが起きるだろう」

 

 そして――彼女の表明した懸念は。もちろんテイオーも、考えていたことであった。

 

「その時、私が今日のように動ける確証もない。それはきみとしても同じはずだ。今度こそ本当に……どうにもならないかもしれない」

『……』

「……何か、考えはあるのか」

『…………』

 

 ただ――これといった案が無いのも、また事実だった。

 試すように問いかけられて、テイオーは無言になり、改めて考える。

 

 これまで得られた情報。

 残っている手札。

 それらを総合的に考慮し、最適解を探る。

 

「……」

「……」

「……」

 

 他の三人は、何も言わずに見守る。余計な口出しは、思考の邪魔になるだけだ。無言を貫き、答えが出される時を、あるいは、助けを求められる時を待つ。

 その時間は、一瞬だったようにも、永遠だったようにも思う。

 

「……カイチョー」

 

 果たして、そう言ったテイオーの口元は――

 

 

 

 緩んでいた。

 

 

 

 先ほどまでとは打って変わって――

 誇らしげに、自信に満ちていた。

 

「アールヴァクの、もうひとつの人格は……庇護の顕現だって、ボクたちは分析した」

 

 彼女は、答える。

 

「庇護っていうのは、誰かを守りたいという感情と、意志。スズカが言ってた……あの子は誰も傷つけたくないんだって。きっと、そういう『もしも』を恐れているだけなんだって。そして、例の『メイドさん』の提案……恐怖を取り除く。だったら、その通りにすればいい」

 

 簡単な話だ、と。

 

「その恐怖を、克服すればいい」

 

 そう。

 

「あの子の『本心』と向き合うことで、わからせてあげればいい。諦めることも、我慢することも、棄てることも――怖がることも。無いんだって。ここでは、この場所では、自由になっていいんだって。理解させてあげればいい。

 もちろん……上手くいくかなんてわかんない。でも、試してみる価値はあると思う。恐怖ってのは……『怖くない』ことを理解させることから始まるもんでしょ? そうだよ……

 ボクらもあの子も、お互いにちゃんと理解し合えばいい。怖くない、ありのままで、自由に生きていいって、わからせてあげればいい! そうすればきっと、あの子は、きっと……!」

『……確かに、そうかもしれないな』

 

 ルドルフもまた、彼女の提案に同意する。しかし、本心では納得し切っていないようだった。

 

『だが、そのためにどうする?』

 

 その証拠とばかりに、更に問いかけた。

 

『自由になっていいと……どうやって彼女に教えるんだ?』

「……ヤだなカイチョー。忘れちゃったの?」

 

 そんなルドルフを――

 茶化すように。テイオーは返した。

 

「あるでしょ。ボクらが……本能のまま、自由になれる場所が、ひとつだけ」

『――……』

「……そう」

 

 そう。

 

 

 

「――ターフだよ」

 

 

 

 ウマ娘の誰もが、本能を刺激される場所。

 ウマ娘の誰もが、自由になれる場所。

 誰であろうと。

 どうであろうと。

 平等に肩を並べられる、世界――

 

 吹き抜ける風。

 舞い上がる芝生。

 満ち満ちる歓声。

 それらを連想しながら――

 

 テイオーは、言った。

 

「――あの子を、

 ターフで走らせる!」

 

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