アルちゃんを巡る、一連の騒動は終結した。
あれだけの騒ぎだったのだ、建造物始めとする周囲への影響は相当なもので……一部店舗は、しばしの休業を余儀なくされているらしい。死者が出なかったのは、不幸中の幸いだったか。
騒ぎを主導した過激派団体は、その構成員のほとんどが現行犯逮捕。リーダー始めとする幹部クラス――つまりは現場にいなかった構成員でさえ、軒並み逮捕されたそうだ。
彼らに一体、どういった罪状が告げられるかはわからない。示談で終わるかもしれないし、一生を刑務所で過ごすことになるかもしれない。
でも……もう二度と、私たちと関わることはないだろう。それだけは確かだった。
正直、この流れるような逮捕劇には、私は、見えない何かの力を感じてならなかった。
そしてその力の出所は……私には、ひとつしか思い当たらなくて。
退院直後のトレーナーさんに、それとなく問いかけてみたのだ。……今回の一件。
きっとあなたも、助けてくれたんですよね、と。
「あたしは何もしてねーよ」
……でも、彼女は淡白にそう答えるばかりだった。真偽は測り兼ねたので。私はそれに、そうですか、と応じるに留まっていた。
この一件で、学園もしばらくは騒がしくなるだろう、と思っていたのだけれど。翌日から既に平常運転だったのには驚かされた。
その平常ぶりは、まるでそんな騒ぎなど始めからなかったかのよう。
ただ明らかに憔悴している様子の先生を見て、並々ならぬ大人の力というか、底力、意地のようなものを感じ……
せめてそれに値するような何かをしなくちゃな、なんて密かに決意を新たにした、私だったりもした。
……で、そもそもの騒ぎの大元、アルちゃんはというと。
翌日、すぐに精神鑑定を受けることになった。
私たちからの目からすれば、明らかに『普通』に戻っているとはいえ、所詮は感覚的な話でしかない。
科学による裏付けは必要だ。そしてその鑑定は――恐らくはそう簡単には終わらない。
きっと何日、事によれば何週とかかるだろうな、と、タカを括っていたのだけれど。
……驚くべきことに、なんと2日くらいで終わってしまった。
結果は――『異常なし』。
「……本当にそういった疾患だったのか、疑いたくなるくらいです。どこからどう見ても、普通の『女の子』ですよ」
そんな風に先生は語っていたらしい。それこそ、精神を病んでいたということが、最初からなかったみたいに。
いい結果、ではあるんだけれど。事態を知り及んでいる側からしたら……なんというか、その結果は、ちょっと『寂しくて』。
私は、検査終わりたてのアルちゃんに聞いてみた――もう、
「んーん」
すると彼女は、答えてくれたのだ。
「いるよ。まだ、いる」
自身の胸に手を当てながら。
「わたしのむねの……ここんところで。
いまもわたしを、みまもってる」
……それに私は、思わず顔を緩めて。そっか、とだけ返した。
そうして、起きた騒動も、差し当たっての不安も、全てが解消されて……
晴れて正式に、アルちゃんは迎えられることになった。
トレセン学園中央校。
その、編入生として。……
おせんこうのかおりが、あたりをただよっています。
おいのりをすませて、わたしはその場に立ち上がりました。
ぼせきを見上げて、少しだけ、なごりおしい気分になります。
でも、あの人を待たせるわけにはいかないので、そのくかくから出ました。
「お祈りは済みましたか?」
「うん。だいじょうぶ」
「わかりました。では、行きましょう」
「ん」
その人――めいどさんと手をつないで、そこから歩き出します。
「……よろこんでるかな、とれーなーさん」
「えぇ、きっと喜んでいますよ」
「本当に? わたし、色んな人、きずつけちゃった……」
「不可抗力というやつです。あなたのせいじゃありません……気にすることはありませんよ」
「ふか……なに?」
「不可抗力。まぁ、覚えなくていいですよ」
大人のよゆう、みたいなものでしょうか。なんだか、知りたいことをかくされた感じがして、ちょっとむっとしちゃいました。
「……ごめんなさい」
するとめいどさんは、いきなり、そんなことを言います。
「私が……もっとしっかりしていれば」
「んーん。だいじょうぶ。めいどさんは、いつもわたしと話してくれてたし」
「でも……それでも。あなたをもっと早くに助け出すことが出来てれば、こんなことも起きなかった」
「めいどさん……?」
「だから……その」
そこでめいどさんは、手をつなぐ力を強くすると、立ち止まって、わたしのほうを見ました。
それから、なんだか気まずそうに、言いました。
「あなたを、養子に取ることにしました」
「……? よーし?」
「……家族になる、ということですよ」
「……」
わたしは。
思わず、目を見開いていました。
それがおかしかったのか、うれしかったのか、めいどさんは、やさしそうに笑いました。
……
「じゃあ……わたし、めいどさんを、おかーさんって呼ばなきゃダメだね」
「う……そ、それはまぁ、そのー、手続きも今からなので。まだ呼ばなくていいというか……」
「じゃあ、いつかは呼ぶね」
「……、まぁ、呼びやすい方でいいですよ」
めいどさんは、座り込んで、わたしをしょうめんから見つめました。それから、わたしと、自分のおでことを、くっつけました。
かぜのとき、とれーなーさんにそうされたみたいで。
じんわりと、あたたかなかんじが、むねの中に広がりました。
「……もう二度と、あなたを独りにしません」
「……」
ことばのいみは、あんまりわかりませんでしたが、なんとなく、それがとってもいいことだということはわかりました。
だからわたしも、めいどさんのりょうかたに手をあてて、目をとじていました。
おでこからつたわる、めいどさんのたいおんを。感じていました。
「……さ、行きましょう」
しばらくして、めいどさんは立ち上がります。わたしもそれにうなずいて、めいどさんに引かれるまま、歩きました。
車にのって、めいどさんのうんてんで、次の『もくてきち』へ。
見えてくるのは……とっても、とってもおっきな『こうしゃ』。
それだけで、わたしはわくわくしたけれど。
「――あ!」
まどごしにみえたすがたに、思わず、声をあげていました。
「めいどさん、はやくはやくっ!」
「はいはい、今停まりますからね。少し待ってください」
ほどなく、車は止まりました。わたしはしーとべるとを取り外して、外へ出て、がくえんの正門に走り出します。
もっと言うなら……
そこでまっている、その人のもとに。
「――すずかーっ!!」
「あ、アルちゃん――」
へんじをまたず。
わたしは、その人……すずかのむねの中に、とびこみました。
「わ、ちょっ……」
すずかはわたしをうけとめてくれました。ぐりぐり、ぐりぐりー、と、すずかのおなかのあたりにかおをおしつけます。
……やった。あえた。
またあえた。
うれしくてうれしくて、ぎゅーっと、すずかをだきしめてしまいます。
「もう、危ないでしょう」
すずかは、そんなわたしに言ってくれますが。
「倒れたらどうするのよ」
「すずかーっ、すずかすずか~っ」
「……」
けっきょく、ため息をついただけでした。
「あははは……」
すずかにからだをくっつけたまま、うしろに目を向けてみると、そこにはめいどさんがいました。
「もう、すっかり懐いたようで……」
「そうみたいです……全く、私の何がそんなに好きなのかしら」
「ぜんぶ! すずかのこと、ぜーんぶすきっ」
「そ、それはどうも……」
すずかは、どうしてか目をそらしてました。わたし、何かへんなこと言ったかな。
「……今日はよろしくお願いしますね」
めいどさんは、そんなすずかに言いました。
「また時間が近くなったら、お迎えに上がります」
「はい。大丈夫です。任せてください」
すずかは、めいどさんにそう答えると。
ちょっと力ずくで、わたしをひきはがしてました。
「さ。行くわよ。今日は学園を案内するんだから」
「あ、そうだったっけ」
「そうだったわよ。ほら」
すずかが、わたしに手をさしだしてくれます。わたしは……それを、ちょっとだけためらったけど。
ゆびのせんたんから、手のひらへ。
ゆっくりと、つないでいました。
「……それじゃ、行きますね」
「はい。お気をつけて」
そして、めいどさんに見送られながら、そこから歩き出します。
「――アル!」
でも、ちょっとだけ歩いて。
わたしたちは、呼び止められました。
立ち止まって、ふりかえると。そこで、めいどさんは。なんだか泣きそうな顔をしながら、しせいを正して。
「――、」
言っていました。
「――いってらっしゃい!」
「いってらっしゃい」
「……」
わたしは。
それに、わらいながら。
「うんっ」
大きくてをふって、答えました。
「いってきまーすっ!」
三女神像の頭頂部に、一頭の蝶が留まる。
サイレンススズカとダイヤアールヴァクは、像の傍を通る。……
「……そういえば」
「ん?」
「まだ、すずかの本名、聞いてない」
「サイレンススズカよ」
「さいれんすずか……?」
「サイレンススズカ」
「さいれんすずか」
「……サイレンス」
「さいれんす」
「スズカ」
「すずか」
「サイレンススズカ」
「さいれんすずか」
「……もうそれでいいわ」
「ん。わかった」
二人は、やがてそこを通り過ぎる。
蝶は、そんな彼女らを見守るように、留まり続ける。
二人の姿が校舎の中へと消えていくと。蝶は、翅を大きく動かした。
そしてまた、どこかへと向けて、羽ばたいていった。
Graduate of 16
Act.4
Rise to the Freedom
自由への羽ばたき
-End-