16年度の卒業生(新版)   作:Ray May

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So never tell yourself
You should be someone else
Stand up tall and say
I'm not afraid, I'm not afraid

――We are / ONE OK ROCK




Uma-musume
Graduate of 16

Act.5
End of the Dreams
夢の終着点

-Act Out-






Act.5 End of the Dreams - 夢の終着点
想いを背負って(前編)


「おーい、アリオン!」

 

 宙を舞った花弁を見つめていると、聞き慣れた声が私を呼ぶ。

 

「フェアちゃん」

「準備出来たってさ。何してたんだ?」

「ううん。ちょっと考えごと」

 

 考えごと? と首を傾げる彼女に、内緒、とだけ答えて、私はフェアちゃんと一緒に、集合場所へと向かう。

 彼女の言う通り、既に勢ぞろいといった感じで、先生たちが、私の登場を待ち侘びていたようにも見えた。

 

「――えー、それでは!」

 

 しばし歓談を交わしてから、校長先生が言う。

 ずびずびと、やかましい鼻を啜る音を立てながら……

 

「アシカガトレセン学園、最後の卒業式を始めます!」

 

 高らかな宣言に、拍手が上がる。ただまぁ、私たち生徒『四人』と、教頭先生『一人』。五人分によるそれは、ちょっと寂しいものに感じられた。

 

「えー皆さんもご存じの通り、本日をもって、我が校は閉校となります!」

 

 にも関わらず、彼は威勢よく言う。

 

「あなたたちが、本当の意味で卒業出来るまで、ここが持たなかったのは悲しいですが……」

 

 しかしその言葉は、徐々に鼻を啜る音と、嗚咽に塗れていき……

 

「それでも本日まで! 皆さん、よく学び、よく遊びました! これからはっ、ずびっ、ここで、学んだことをっ、ぐずっ……ぞ、存分にっ、発揮してぇ……!!

 

 程なく、空に響き渡る泣き声に変わっていた。

 

「……せんせー、だいじょうぶですかー」

 

 と、アルちゃん。

 

「だからあれほどお話はやめた方がいいと」

 

 と、スレイちゃん。

 

「校長先生! ほら、しっかり!!」

 

 と、教頭先生。

 みんなが同情して声を掛けた甲斐もあってか、校長先生はやがて気を取り直し、言葉を続けた。

 

「――ともかくっ! 皆さんには! これから先も、それぞれの思い描く未来へ向かって、邁進してもらいたい! そんな思いを込めて、ひとりひとり、お話させてもらおうと思います!」

 

 1人目。

 

「ルビーフェア! 未来を『追い込み』なさい! 鍛錬も研鑽も決して怠らぬこと! いずれ来るその時のために、爪を磨き、機を逃さず掴み取りなさい!」

 

 2人目。つまりは私。

 

「サファイアアリオン! 未来を『差し』なさい! 集団の中で得られるものはいくつもある! 周囲と強調し、切磋琢磨し、思い描く未来に至りなさい!」

 

 3人目。

 

「スレイエメラルド! 未来に『先行』なさい! 先見の明は誰にでもあるものではありません! 自らに与えられた叡智を存分に発揮し、未来を引っ張る存在となりなさい!」

 

 そして、4人目。

 

「ダイヤアールヴァク! 未来へ……『逃げ』なさい。現実と向き合うことばかりが、生きることではありません。よりよい生き方を、よりよい今を手にするため、未来だけを見て、走り続けなさい! ――以上!」

 

 校長先生は、私たちの顔を改めて一瞥して。

 満足そうに頷いた。

 

「……期待していますよ、皆さん。さぁ、写真撮影しましょう。『ご神木』の前に集合!」

 

 続けられた宣言に、私たちはわぁーっと『ご神木』の元へ走る。可憐で愛らしい花びらが満開のたもとで、事前に用意してあった横断幕をみんなで掲げた。

 

「……よしっ、出来た! さ、いくぞー!!」

 

 カメラの準備を終えた校長先生が、こちらへと走り寄ってくる。

 

 なんだかんだ合ったけれど。

 なんだかんだ言ったけれど。

 私たちは、そのレンズを真っ直ぐに見つめて。

 そして。

 

「せーの!」

 

 校長先生の合図で。元気よく言った。

 

『――我ら!

 

 アシセン学園ー!!』

 

 ――我ら、アシセン学園!

 

 横断幕には、楽しげな筆文字が、騒がしく踊っていた。……

 

 

 

 ――……それが。

 あの学園での、最後の記憶。……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街中に聳え立つその場所は、私の知る同様の施設と比べると、かなり近代的というか、こう、アーティスティックなもののように見える。

 バスから降りて、往来の邪魔にならないところまで寄って一息。目の前にあるのは、『中央門』というゴシック体の文字が見て取れる巨大なゲート。

それを見ただけで浮ついた気持ちになり、深呼吸をすると、気分が更に高揚するのを感じた。……

 

 ……来たぞ。

 来たぞ、中山競レース場!

 

 千葉県は船橋に所在する、日本の誇るレース施設の一つ。

 弥生賞や皐月賞といった有名レースに加えて……

 ……有マ記念。

 私が何よりの目標とする、言わずと知れた重賞の開催される地でもある。

 

 しかし今回は、選手としてやって来たわけじゃない。……もしそうだとしたら、こんな悠長に浮かれてなんていられないだろう。

 そう――今日は、観客として、ここまでやって来たのだ。

 

 来年の出走を目標にしているわけだから、一足早い事前視察という意味合いもあるけれど……それ以上の意味が、今回のレースにはあった。

 

「す、すごい人だね……!」

 

 おどおどとした声が隣から聞こえる。

 目を向けると、そこには長い耳と、クセのある黒髪。そして、普段とは違う、リボンのついた白いカチューシャ。

 

「いつもこの時期は混んでるけど、今日は特に凄いよ……!」

「しょうがないですよ。今日のレースは特別ですからね」

 

 そう。特別、なのだ。

 なんてったって……

 

「なんてったって……あの『帝王』が、一年ぶりに出走するんですから」

 

 ――テイオーさんの。

 待ちに待った復帰戦、だからだ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 新学期を迎えた時は、正直現実を信じられなかった。

 

「お~……フェアちゃん……!」

 

 一旦集まろう! ってことで、トレセン学園の制服に身を包んだ彼女ら――三人を目にしたんだけれど。

 

「絶望的に似合ってないね!」

「うるせーな……」

 

 率直な感想はそれだった。普段からパンツルックの彼女だから。スカートを穿いているのが違和感ありすぎて……

 

「それ言うならスレイもだろ! ほら、そのー……色合いがあってないっていうか!」

「全く響かない言葉をどうも。見た目など関係ないでしょう、結果さえ出せれば」

「ふぇあちゃんださーい」

「畜生! 味方いねーのかよここには!」

 

 そういえばこんなやり取り、『かつて』もやったなーなんて思う。確か冗談半分でフェアちゃんに色々着せたんだっけ。懐かしいな。

 目の前の光景が、その時の光景と重なる。私たち、一度は離れ離れになって。色々あって……成長もしたと思うけど。

 ……変わっていないところもあるんだな、なんて。しみじみする。

 

「……なんだよ、お前もにやにやしてんじゃねーよ」

「え、にやにやしてた?」

「してましたよ。子供を見守るお母さんみたいに」

「え、えぇ……そんなだったかな……」

「……としま?」

「年増ぁ!?」

 

 前言撤回。変わってないなんて思ってたら、痛い目を見そうだった。

 

 ……そう。本当に。

 現実を、信じられなかった。

 

 違法なレースを走って。

 意地の競り合いをして。

 街中を走り回った。

 

 本当にこんなことが出来るのかと。本当に実現出来るのかと。何度も考えたけれど。こうして、やり遂げられた。

 確かにもう一度――こうして、再会することが出来た。

 

「……」

 

 後はもう。

 行くだけ。私の、私たちの壮大な夢の――最後の仕上げ。

 

「……みんな」

 

 私は、みんなに呼びかける。

 

「こうして集まれた以上は、もう手加減なしだからね」

「急に真面目な話するじゃねーか」

「そりゃもう! 私は最初からずーっと真面目ですからね!」

「よく言いますよ」

 

 呆れ声で言ったスレイちゃんは、指で眼鏡を押し上げていた。

 

「……私も、元よりそのつもりです。手を抜かれることほど、腹立たしいことはありませんから」

「だな。どうせやるなら、本気でやらねーとな」

「よくわかんないけど、はしればいいんだよね?」

 

 ただ一人、アルちゃんだけはよくわかってなさそうだったけど、まぁ、その認識であってる。とにかく走ればいいのだ。

 もう、難しいことなんて要らない。

 ただ、目標に向けて……頑張ればいいのだ。

 

「それじゃ、次はその舞台で」

 

 私は言って、拳を差し出す。

 

「ちょくちょく会うことはあるだろうけどな。望むとこだ」

 

 それに、フェアちゃんも。

 

「負けませんよ」

 

 スレイちゃんも。

 

「ん、がんばる」

 

 アルちゃんも、同調してくれて。

 そして、お互いに。その表面を打ち付け合った。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 私たちは、こうしてもう一度集結出来たけれど。

 なれあうために集まったわけじゃない。

 それぞれが選んだチーム、選んだトレーナーの下、それぞれに練習を積むことにした。

 

 フェアちゃんは、チームカノープスで。

 スレイちゃんは、チームリギルで。

 アルちゃんは、チームスピカで。

 そして私は……

 チームセレネーで、といった具合に。

 

 それから時が流れて、年の瀬。

 テイオーさんの、一年ぶりの大一番、ということで、こうして中山競レース場まで足を運んだのだ。

 三人も観に行く、という話らしいから、それこそ『みんな』と行くべきだったのでは、なんてトレーナーさんに言われたけれど。

 ……ここが最後の目標となる舞台なのだ。そうでない状態で一堂に会すのは、ちょっと違うと思う。

 ただ、たった一人で観に行くのも寂しいな……ということで、最終的に声を掛けたのが。今、隣に立っている先輩。

 

 ……私の、今の『お師匠』様。

 ライスシャワーさんだった、というわけである。

『お師匠』というのは、誇張でも過大でもない。

 実際に今……私は、ライスさんから教えを乞うているのだ。

 

 これから更に力をつけるために、ということで。土下座もかくやとばかりに深々と頭を下げた記憶は、今でも鮮明に思い出せる。

 ライスさん、わたわたと両手を振り、本当に自分でいいのか、自分にそんな大役が務まるのか、と不安げだったけれど、最終的には承諾してくれた。

 

「……でも、やるからには容赦しないよ」

 

 そして一転、眼光を鋭くして、彼女は言う。

 

「覚悟しておいてね?」

「トーゼンです!」

 

 で、私も負けじと、元気よくそれに返事をしたのだ。

 

 トレーナーさんの承認の下、実施された追加のトレーニングは、言葉の通りの鬼のようなトレーニング……では、さすがになかったけれど。

 ダメなところはダメ、直すべきところは直せ、とズバズバ言ってくるその様子は、普段の彼女の振る舞いからは、予想の出来ないものだった。

 そのお陰もあって、いくつかの重賞タイトルは獲得させていただけた。感謝。

 

 ただ未だ、G1タイトルには、手は届いていない。

 一応、菊花賞には挑戦したのだけれど……健闘及ばず2着。

 1着は……スカイさんに、まんまと掻っ攫われてしまった。

 そんな悔しさが、ようやく覚めた有マ記念観覧。

 

「でも、良かったの?」

 

 ライスさんの問いかけは、やや唐突だった。

 

「へ?」

「うぅん……だってテイオーさん、これが最後かもしれない、って」

「……」

 

 ……一瞬、彼女の言っていることを理解し兼ねた。それが伝わったのだろうか。

 

「テイオーさんとも一緒に走る、っていう……」

「……あ~……」

 

 ――『有マで待ってる』

 

 そんなところまで、しっかり『噂』になってたのか。恐れ入った。

 確かに……テイオーさんがこのレースを最後とするのなら、彼女と『個人的に』交わした約束は、果たせないことになる。

 ……でも仕方がない。その決定は、外部の私が覆せるものじゃないし……

 約束したから、といって、それを軸に動かなければならない決まりもない。

 彼女がそう決めたのなら……しょうがないよ。

 

「……ま、しょうがないですよ。こればっかりは」

「うん……そうだね。ごめんね。変なこと聞いて」

「いえいえ。さ! 今日は息抜きも兼ねてるんですから」

 

 そういうこと。ここのとこ、ちょっと気を張る場面が多かったから。

 しっかり気分転換、しなくちゃね。

 

「しっかり勉強して、しっかり楽しみましょうっ」

「……うん。それじゃ、ライスのおすすめのとこ、教えてあげるね」

「え! マジですか! 師匠のおすすめ、100%(ひゃく)いいとこじゃないですか!?」

「えと、さすがにこういうところでその呼び方はやめて。恥ずかしいから……」

 

 そんな感じで。二人、話しながら、中央門を潜っていく。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 サファイアアリオンが現地に降り立った頃には、既にスレイエメラルドの姿は、観客席にあった。

 手帳を手元に開きながら、器用にペンを回す。

 彼女独自の速記によるそれらは、相当に字体が崩れており、本人以外に解読することは困難だろう。

 その証拠とばかりに、彼女の隣に立つ『もう一人』は、興味深そうにそれを覗き込んでいた。

 

「……ふむ」

 

 長い鹿毛に黒縁眼鏡。凛としたその顔つきを、今時知らない人なぞいない。

 

「そうして、レース結果と選手とを、逐一分析するのか。殊勝な心掛けだね」

「戦術も脚質も丸っきり違う方からでも、得られるものはありますから」

 

 スレイは、特に動じることなく答える。かつては教諭相手にすら互角に渡り合った彼女だ。動揺するような理由は元よりなかった。

 そう、相手が――超がつくほどの有名人であったところで。

 

「……ですが、その……」

 

 ちらり、と横目を向けながら、スレイは、どこか遠慮がちに言う。

 

「うん?」

「……いえ。少し、驚いていて」

「私がここにいることがかい?」

「いえ……」

 

 彼女がここにいることは不思議ではない。『気にかけている後輩』が、今日出走するのだから。訪れている時間が、どれだけ早かったところで。そうではなく。

 スレイの関心は、また別のところにあった。

 

「その……まさか、話しかけられると、思ってなくて」

「あぁ――あはは。そうか」

 

 絞り出すように言ったスレイに、彼女――シンボリルドルフは、おかしそうに笑った。

 

 別にスレイも、彼女に話しかけられるのが嫌だったわけではない。

 苦手と思う者はいたものの、関わるのが嫌いになるような人間はいないし、いたこともない。そしてルドルフは、それに該当していない。

 ……そうではなく。彼女と直接顔を合わせたのは、アールヴァクを巡る騒動の際の、東京競レース場が初めてだった。しかも、それ一度きり。

 気さくに話し合える間柄になったとは思っていないスレイなのだから、動揺してしまった、ということである。

 

「……『君たち』はなかなか面白いからね。元より話してみたいと思っていたし……」

 

 すると、ルドルフは答えた。それに――

 

「『リギル』に入っているんだろう? ……私も、現役時代はそこにいたんだ」

「……!」

 

 そこまで来てようやく、スレイの中で、ルドルフの言葉と行動が重なる。

 なるほど、確かにそれは――数奇な縁と言えるか、と納得した。

 

「……失礼しました。リサーチ不足で」

「はははっ、気にしなくていいよ。こんなどこのウマの骨とも知れないウマ娘に一方的に絡まれたら、警戒するのは当然だ」

 

 どこのウマの骨かくらいは知れているだろう、と思ったスレイだったが、黙っておくことにした。

 

「どうだい? リギルの住み心地は」

 

 そんなスレイに、ルドルフは問う。

 

「肌に合っていればいいのだけれど」

「……私は苦ではありませんが。人を選ぶチームだな、とは思いましたね」

 

 スレイは、それに忌憚なく答える。

 

「所属生徒のレース方針や生活リズム、食事に至るまで、細かに管理するチームですから。『自由』な方の性には合わなそうだなと」

「しかし、君にはぴったりはまったわけだね」

「元々、イレギュラーなことは嫌いですから」

 

 そもそも自身も、徹底した管理主義的な生活を送っていた側。

 いわば元の生活に戻っただけ。苦に感じることなどなかった。

 

「……アリオンさんでは耐えられなかったでしょうね」

「私は意外だったよ。君たち四人とも、同じチームを組むとばかり思っていたから」

「私たちは、なれ合うために集まったわけではありません」

 

 多少なり、そういう気持ちはある。だが、その気持ちに託けて、なれ合うつもりなどない。

 同じ舞台、同じ場所で競い合う者同士なのだ。仲間意識は最低限でいい。

 ……絶対に。

 絶対に、自分が一番だと証明する。彼女は、静かで激しい情熱を燃やしていた。

 

「……えぇ。絶対に、一番になります」

「ふふっ、いいね。やはり君たちは、面白い」

 

 そんなスレイに、ルドルフは、どこか無邪気に笑っていた。

 

「期待して、見守らせてもらうよ」

「……お手柔らかにどうぞ」

 

 少々重めな期待を、しかししっかりと背負いながら、スレイは改めて、目線を前に向けていた。ターフでは、間もなくその日の第3レースが始まるところだった。

 

 ――時間は流れ、お昼時を迎える。

 人の流入が更に増え、混雑はピークを迎える。

 ルビーフェアたちが中山競レース場を訪れたのは、そんな時だった。

 

「……こりゃまたとんでもねぇな」

 

 彼女の呆然と漏らした声も、周囲の喧騒にすぐに飲み込まれてしまった。

 

「新バ戦なんて目じゃねーよ」

「それだけ皆さん、注目されているということです。もう少し早く現地入りしても良かったかもしれませんね」

 

 応じるのは、イクノディクタス。どうせだからお昼も済ませよう、という算段で訪れたものの、いささか出遅れたという感じは否めなかった。

 

「マチタン大丈夫かな。グループで『寝坊したー!!』とか言ってたけど」

 

 ツインターボは、後頭部で手を組みながら言う。イクノがそれに、まぁ大丈夫でしょう、と返す中、ルビーフェアは、どこか気まずそうだった。

 

「どうしました?」

 

 イクノが声を掛けると、フェアは、首周りに手を当てながら話す。

 

「なんか……未だに現実味がねーなって」

 

 脳裏に思い描くのは、かつてのことだ。今までの自分であれば、今頃は保護した四人組とともに、あの違法な競技に再び出走しているところ。

 しかし今、四人は元の住まいへと帰り、自分は有数の名門校に入学し、こうして縁遠かったはずの、正式なレース場に足を運んでいる。

 その現実が、未だに不確かで、浮ついていた。

 

 つい先日に、あの地下レース場の近くを通りがかった。好奇心で様子を確認してみたものの、黒服はおらず、扉も施錠されていた。

 何となしにアリオンのトレーナーに、例のレース場はどうなったのかと訊ねてみたが。彼女はすぐに答えを寄越していた――『もう無い』と。

 フェアが最後に利用してから少し経って、警察に差し押さえられたと。

 

 あの日々には戻らないし、戻れない。

 だが、もしもまだ続けていたなら、果たしてどうなっていたのだろう――そう考えると、薄ら寒くなる。それと同時に――

 本当にこれで良かったのだろうか、とも思ってしまう。

 

 まるで自分は、都合よくそこから逃げ出したように思えて。

 そこで経験したものを、多少なり出来た繋がりを。犠牲にしてしまったような気がして。

 

「……良かったのかな。これで」

「……」

 

 そこまで神妙な話だとは思わなかったのだろう。一連の話を聞いたイクノディクタスは、押し黙ってしまう。

 難しい顔からは、必死に言葉を選んでいるであろうことが伺い知れたが、

 

「……よくわかんないけど」

 

 そこに割り込んだのは、ツインターボだった。

 

「今こーして生きてるんだから、別にいいんじゃないか?」

「……」

「少なくともターボは、オマエらと会えて良かったって思ってるぞ!」

 

 お陰で毎日退屈しないしな――と。

 良くいえばシンプル、悪くいえば端的なその理屈に。

 フェアは、胸のうちに立ち込めていたもやもやが、晴れたような気持ちがした。

 

「……まぁ、未だにあなたを悪く言う人はいますが。それも、これからの活動で覆していけばいいのです」

 

 イクノディクタスも、難しい言葉を使う必要がないことに気づいたのだろう。ターボに続いて、彼女に語りかけた。

 

「変えられない過去よりも、変えられる未来を考えた方が、建設的ですよ」

「……、」

 

 それを受けて、フェアは、男前に微笑んでいた。

 

「……そうだな」

「なぁ! それよりターボ腹ペコだ! 何か食べよう!」

「そうですね。行きましょう」

 

 元気よく提案するターボに、イクノが同意する。フェアもまた、それに短く同意し、歩き始めて、

 

「なんか、」

「?」

「ありがとな」

「? どーいたしまして!」

 

 ターボはよくわかっていなさそうながらも、返事をし。

 イクノもまた、口元を緩ませながら、お安い御用です、と答えていた。

 

 そうしてアリオン、フェア、スレイの三人が競レース場に集まり、更に時間が過ぎる。

 ダイヤアールヴァクがやって来たのは、目当てのレースの一時間ほど前となる頃合いだった。

 

「お~、満員御礼だな! ウマ娘冥利に尽きるってもんだぜ」

「すごいひと……」

「今日は特に特別ですからね。無理からぬことですわ」

 

 彼女の同行者は、ゴールドシップ、メジロマックイーン、そしてもう一人。

 

「出走までまだ時間ありますけど、早めに行った方が良さそうですね」

 

 サイレンススズカの発言は、特に奇妙なものではない。

 

「やっぱり観るなら、出来るだけ近い方がいいでしょうし」

「……えぇ。それはいいのですけれど」

 

 しかし、メジロマックイーンの視線は、怪訝そうだった。その方向は、スズカの顔――を通り過ぎた、上方向に向けられている。

 

「本当に、『それ』で行くのですか?」

 

 彼女のその奇異の目線も、尤もだった。

 なぜなら――今、サイレンススズカは。

 件の新入り、ダイヤアールヴァクを、肩車しているからである。

 

「仕方ないですよ。降りてくれないんですから……」

 

 彼女らも、ここまでバスでやって来た。流石に車内では大人しくしてくれていたが、バスに乗るまでと降りた後――即ち今、アールヴァクは、接着剤でくっついたかのように、スズカの肩から離れない。

 当初こそ、これくらい――というノリで承諾したスズカだったものの。安請負いするもんじゃなかったな、と早くも後悔していた。

 

「ははは、いやー、まさかスズカにここまで懐くなんてなぁ」

 

 ゴールドシップは、そんな彼女をいかにも楽しそうに評する。

 

「こんなに目の前でイチャイチャされたら、ゴルシちゃん嫉妬しちまうぜ~」

「……なら貸してあげましょうか? ほら」

 

 と、そこでスズカは体をゴールドシップの方へ傾けて、アールヴァクを受け渡そうとする。が、当のアールヴァクは、咄嗟にスズカの頭部にしがみつくと、それを拒否していた。

 

「……やだ。すずかがいい……」

「もう~、この子ったら」

「ふふっ、まるで姉妹ですわね」

 

 そのやり取りを、マックイーンは微笑まくしく思う。しかし、少し寂しくも思ってしまった

 それまでほぼ監禁生活、他人から虐げられて生きてきた彼女なのだから、仕方のないところはあるとはいえ。

 まだ、自分たちには……心を開き切ってくれてはいないのだな、と。

 

「おう? なんだマックちゃん。オマエも羨ましいのか?」

「はっ? い、いえいえ。まさかそんなわけ」

「どうだアルちゃんよ、まだアタシらのことは苦手か?」

 

 いい機会だ、と感じたゴールドシップは、冗談めかしながらも、思い切って問いかけてみる。思えばチームに加入することになった時も、彼女はスズカの傍に隠れてばかりいた。

 時間は経ったが。実際のところ――何も進展は無いのか、と。

 

「……んーん」

 

 するとアールヴァクは、それに首を横に振っていた。

 

「苦手じゃ、ない」

 

 依然としてスズカの肩からは降りないながらも、言う。

 

「今までは……ありおんちゃんたちと、すずかが好きだった。みんなのこと……ちょっと、こわかった。でも……今は、ちがう。今は、苦手じゃない。こわくない……」

 

 みんなのことが――

 好き、と。

 

「……みんな、好き。やさしくて、おもしろいから、好き。……大好き」

「……」

「……」

「……」

 

 まさかそんな回答が来るとは思っていなかった三人。しばし呆然としていたが。

 

(……かわいい……)

 

 最終的に思ったことは、一致したそれだった。

 

 ともあれ――そうして。

 観客も、役者も集う。

 来たるべきその時に向けて。

 熱は、高まっていく。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 中山競レース場での、初めてのレースの記憶は、今でも忘れてはいない。

 クラシック級の暮れ。まさかもまさか、で得られた指名出走権。*1ツインターボと共に、ガッチガチになりながらも全力で臨んだ。

 当時をして既に部類の強さを発揮していたメジロマックイーンに狙いを定め、善戦したものの。結果は3着。

『愛しき名脇役』(ブロンズコレクター)としての自分の、長きにわたる『異名』(キャリア)の始まりだった。

 

 自分にとって、特別でないレースなどない。

 元々、こんなきらきらした場所は似つかわしくない。

 それでもこうして走らせて『いただいている』のだから――と、どんなレースでも、全力を尽くしてきた。

 毎日王冠も。MCS*2も。阪神大賞典も。

 ただその中にあって――なお。今日の有マ記念は、とりわけ特別な意味を持っていた。

 とりわけ――

 負けられない、理由があった。

 

「……」

 

 地下バ道を進みながら、ナイスネイチャは自分の掌を見つめる。

 日本の誇るG1レースも、三度目ともなれば慣れたものだ。もはや、手に震えはない。

 ぎゅっと強く握りしめて、踏みしめるように一歩一歩歩いていく。

 視界が開ければ――出迎えるのは、はち切れんばかりの歓声。

 集った人々による、声の海。

 

「……」

 

 息を吸って。

 吐く。

 体調は万全。バ場の状態も良好。勝負にはこれ以上ない好条件だ。

 あとは実力を出し切れるかと――

 ――運が巡るか。それだけ。

 

「ネイチャー!」

 

 神妙な思考に、人懐っこい声が割り込む。

 目を向けると、特徴的な帽子がかけ寄って来ているところだった。

 マチカネタンホイザだ。

 

「おつかれっ! 今日はよろしくね~!」

「……うん。同じチームだからって、容赦しないぞー?」

「もっちろん! マチタンだって、今日のためにいっぱい、いっぱい頑張ってきたんですからっ!」

 

 ふわふわした声に、いつものガッツポーズ、今日は共に競い合うライバルだが。それでもその我武者羅な明るさに、自然と元気づけられていた。

 

「引き立て役なんぞで、終わってたまるものですかーっ!」

「でもその主役は、まだ来てないわけだ」

 

 ネイチャは周囲を見回す。その場には、他の重賞や競争でも何度か顔を合わせた、錚々たる面々が集っていたが。肝心の『主役』は、まだ入場していないようだった。

 

「主役は遅れてくるって言いますからねっ!」

 

 マチカネタンホイザは言う。

 

「きっとマチタンたちが出揃うのを、じっと待ってるに決まっています!」

「……言った傍から引き立て役になってるけど、大丈夫そう?」

「はっ! 確かにそうだっ! そしたらマチタンたちが、逆に主役という説が……!?」

「いやまー、どっちでもいいんだけどさ実際は」

 

 誰が主役なのか。誰が脇役なのか。そんなものは関係がない。

 結果がすべてだ。役目が何であろうが――

 結果が出せなければ。

 全て、意味がない。

 

「……!」

 

 びり、と。

 その時、空気が震えたような感覚がする。

 それに導かれるように、ネイチャは視線をそちらへと向けていた。

 

 地下バ道の出口。

 一つの影が、薄闇から浮かび上がる。

 

『――!!』

 

 歓声がはち切れた。

 人々の感情が爆発する。

 気を抜けば流されてしまいそうなその奔流の中で――

『彼女』は、観客に向けて手を振っていた。

 

 トウカイテイオーが。

 とうとう、そこに姿を現していた。

 

「……」

 

 テイオーはしばし、そうして観客への対応に時を費やす。

 やがて、ネイチャが見ていることに気が付き、視線をかち合わせていた。

 幼気あるその表情が。

 不敵に緩む。

 

「……、」

 

 二人は、お互いに距離を縮め、程なく、向かい合う形となる。

 一年ぶりに、レース場で対面するその姿は――

 これまでと変わらない、どころか。これまで以上の、風格を感じられた。

 

「……また会えたね、ネイチャ」

 

 テイオーは、ネイチャの顔を見上げたままで言う。

 

()()()終わりじゃ、認められないってわけだ」

「トーゼンだよ。引っ掻き回されたしね。()()()。……ちゃんと、()()()()叩き潰さなきゃ納得しない」

 

 追憶だ。

 歯痒い、去年の有マの記憶。

 それを噛み締めながら――ネイチャは、言った。

 

「……その『玉座』。今日こそもらうよ」

「……」

 

 それに――

 テイオーも、応えた。

 

「――やってみな」

 

 そして、ネイチャの脇を通り抜ける。

 彼女は、振り返り、その背中を見届ける。

 悠然と、超然と、歩き去るその背中と入れ違いに――

 

「――ネイチャ!」

 

 マチカネタンホイザが、改めてかけ寄ってくる。

 

「私のことも忘れちゃ困るぜよっ! マチタンだって、今日は負けませんからねっ!」

「それもトーゼン。……さっきも言ったでしょ」

 

 忘れていない。

 忘れるはずがない――だから、ネイチャは言った。

 

「仲間だからって、容赦しないよ」

「……うんっ!」

 

 そうして――ネイチャもまた、歩き始める。

 辺りに響き始めるファンファーレ。間もなくゲートインの時間だ。

 流れに従い、誰もがゲートの方へと向かっていく。

 

「……」

 

 マチカネタンホイザは――

 そんな彼女らの姿を見て、目を閉じる。

 ――そうだ、と。

 

 容赦しない。するわけがない。

 再び開けた眼に――鋭い光が宿る。

 

 ――『脇役』で。

 終わってたまるか、と。

 

 決意を固めて、自らも、歩き出す。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「おおおぉぉ……!! 始まりますよ、とうとう始まるっ!」

 

 妙なテンションになってしまっていた。なんとか確保した最前の列で、私は軽く跳ねながら、隣に呼びかけていた。

 

「や、やっぱりテイオーさん勝つのかな!? それともネイチャさん!? 大穴でマチタンさんとか……!?」

「ん、んー……」

「……?」

 

 けれど、ライスさんはなんだか気まずそうだ。居心地悪い……って感じじゃなく、なんだか、むずむずと落ち着きがない。

 

「……どうしたんです?」

「うぅん……なんだろ……なんだかね……」

 

 問いかけると、彼女はおずおずと答えた。

 

「なんだかライスも……『そこ』にいなくちゃいけないような気がして……」

「……?」

「……うぅん。なんでもない。やっぱり忘れて」

 

 はぐらかすように笑うライスさんだけれど、実際それ以上は何もわからない、という感じだった。追求するのも違うような気がしたから……そうですか、と短く返すだけにした。*3

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 注目する。

 誰もが注目する。

 

「うおぉー!! がんばれー!! どっちもがんばれー!!」

「……同じチームの二人、っていうのがなんかこじれそうだな」

「そうでもないですよ。トレーナーはちゃんと分けて考えてくれますから」

 

 待ち望む。

 誰もが待ち望む。

 

「今日は『穴』も多そうだからね。最後まで結果はわからないな」

「問題ありません。変わらず研究するだけです」

 

 その時を。

 その時が、来る瞬間を――

 

「さぁー、トウカイテイオー選手!! 見事、有終の美を飾れるのでしょうかぁ!!」

「真隣で実況はやめていただけません……?」

「ゆーしゅーのび? かいちょーやめちゃうの?」

「まぁ、噂程度よ。気にしない方がいいわ」

 

 ぽつぽつと続いていた会話も――

 やがては途切れる。

 

『――……』

 

 選手のゲートインが完了し。

 一時の静寂。

 

 ナイスネイチャは。

 マチカネタンホイザは。

 ――トウカイテイオーは。

 それを、肌で感じ取り――

 打ち破るように、響くのは重厚な音。

 

 出走を告げる合図と共に――

 少女たちが、一斉に走り出した。

 

*1
一部重賞レースで設けられている、投票による優先出走権。

*2
マイルチャンピオンシップ。

*3
トウカイテイオー最後の有馬記念には、ライスシャワーも出走していました。




たびたびの変更で恐縮ですが、
これ以降は2日に1回の頻度での投稿とさせていただきます。
よろしくお願いします。
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