「――まぁ、変に肩の力は入れなくていい」
控室にて。ダイヤアールヴァクは、
「今回のレース、クラシック級はお前とルビーフェア、スレイエメラルドの三人だけだ。他はみんなシニア級……中には五年目のベテランもいる。『絶頂期』を過ぎたとはいえ、その実力は折り紙付きだ。勝てなかったところで、そこまで落ち込むことでもない」
もちろん、彼女が勝てたなら、それほど嬉しいことはない。だが今回、相手があまりに悪すぎる上に――『懸念』もある。負けても、それはただの予定調和だ。
「……思うがままに走ってこい。悔いが残らないようにな」
「ん……わかった」
実際のところ、アールヴァクは西崎の言葉の意図を完全には理解出来ていない。
ただ、無理に勝とうとしなくていい、ということだけは伝わった。こくり、と西崎に頷く。
「ん」
と、そこでノックの音。
二人、ほぼ同時に扉に近付き、西崎が開ける。
そこにいたのは、チームメイトとして何度も顔を合わせてきた先輩であり、OG。ゴールドシップ。
「よっ、調子はどうだ?」
軽快に挨拶をする彼女の手元には、一台の車椅子。
「……コイツがどうしても、っていうからよ。ちょっと顔出しに来たぜ」
そこに、もう一人の訪問者が座っていた。愁いを帯びた表情を浮かべた、橙色に近い鹿毛。
サイレンススズカだった。
『怪物』が産まれてしまった。誰もがそう感じた。
ダイヤアールヴァクの逃走劇から、『逃げ』の才能に目覚めたサイレンススズカは、丁寧な調整の末に、凄まじい強さを発揮していた。
バレンタインステークスに始まり――
中山記念。
小倉大賞典、金鯱賞、毎日王冠――
宝塚記念。
誰もがその強さに青ざめた。
出走されれば、全部持ってかれる――そう感じて、彼女への対策を余儀なくされた。
だが、そんな対策すらも、彼女の前では無意味だった。
無慈悲なまでに圧倒的――中には『紅い幻影』の再来と言う者までいた。
ジャパンカップも。
有マ記念も。
年度代表ウマ娘も。
彼女で決まりだ――そう。
誰もが、そう信じていた。
『――ちょっとここで、手応えがどうなんだ――!?』
あの悲劇が。
『あぁ、ちょっと――!?』
起きるまでは。
『――サイレンススズカ!
サイレンススズカに、
故障発生です――!! ……』
「――ごめんね」
彼女の声はこんなにもか細かっただろうか、とダイヤアールヴァクは思った。
「本当は……あなたと、走りたかった。ちゃんとした舞台で、本気で、あなたと、競り合ってみたかった」
スズカは、自分の足を撫でる。その手は、小さく震えている。
「そのために、頑張って復帰しようって思ってた。リハビリも、頑張ろうって思ってたの……」
というか――今も、思っているの、と。
彼女は、言うが。
「……でも」
でも。
ダメなのだ、と。
「立とうとすると、歩こうとすると、蘇ってくるの。あの時の、あの感じが……
あの感触が、
あの痛みが、
あの、音が……」
スズカは俯き、両手で両耳を塞ぐ。目に見えない何かに怯えるように、身体を縮こまらせた。
「……ごめんね」
彼女は言う。
「あんなに……でかい口叩いたのに。結局私が、その私が、恐怖に……屈しちゃった」
ごめんね。
「本当に……ごめんね……」
「……」
誰が糾弾など出来るだろうか。
アールヴァクは純真ゆえ、他人の不幸と自分の不幸とを比べるという発想すら持っていない。
が、目の前の、今にも折れそうな彼女の姿を見ると、批判なぞ出来なかった。
弱々しく打ちのめされている彼女に、追い打ちをかけるような真似など出来なかった。
痛々しいまでの、その姿に。
悔しがり。哀れみ。同情し。やがてそれら憐憫は――
「……、」
あるひとつの決意へと、昇華されていた。
「……すずか」
彼女は言う。
「みみかばー」
「……え」
「みみかばー。かたほうだけ、かしてほしい」
「……」
すずかは、その唐突な申し入れに困惑しながらも、言われた通りに耳カバーを外すと、彼女に渡す。
それをしばし見つめたアールヴァクは、おもむろに、自身の耳に被せていた。
穢れ一つない白色に。
汚れ一つない緑色が、アクセントのように浮かぶ。
スズカは、それの意図するところを、直感として汲み取った。目を見開き、沈黙する彼女を、アールヴァクは真っ直ぐに見つめる。
「……すずか」
彼女の名を呼ぶ。
「すずかのおもいも……いっしょにつれてく」
一緒に走る。
一緒に戦う。
あなたの気持ちも――連れて行く。
「だから……すずかも、がんばって」
彼女が元気づけようとしてくれていることは、サイレンススズカにもわかった。
これだけわかりやすく激励を受けて、立ち直らない方が失礼というものだ。
頭ではわかっている。理屈では理解している――しかしそれでも、本能の壁までもは越えられない。
彼女は、難しい表情で。
俯くばかりだった。
「……あのー……」
そんな彼女らに、声を掛ける人物。
係員が、本バ場入場の時間を告げていた。
それを見たゴールドシップたちが去っていくのを見送り、西崎は改めてアールヴァクと目を合わせる。
「……まぁなんだ。さっきも言ったけど」
決意を固めたはいいものの。それで、先の忠告が帳消しになっても敵わない。
そういう考えで、彼女に重ねて言った。
「あんまり肩の力は――」
「――とれーなー」
――が。
そんな彼の言葉を、アールヴァクは遮る。
いつもの、人懐っこく、透き通った瞳は、そこにはない。
「……おねがいがあるの」
どこか儚げな、しかし決心の情熱の揺らめく瞳で、彼に言っていた。
昨今の競レースにおいては、ツインターボの存在は、それそのものが風物詩のようなものだった。
『全力爆逃げ娘』という名の通り、後先考えない凄まじい逃げを毎回見せつける。
最初こそそれで善戦するものの、中盤辺りですっかりスタミナ切れを起こし。
下位でレースを終える。彼女の出走するレースでは、そういった展開がお約束だった。
「っ――!!」
例に漏れず、レース開始直後、ツインターボは先頭をぶっちぎっていた。
後続に早くも2、3バ身もの差を付ける、強烈な逃げ――
いつものように無謀な逃げで、序盤は彼女が単独で突出する。そこに集った観客も、出走している選手も、皆がそう思っていた。
――が。
――そこに追い縋る、
白い影が、ひとつ――
「――!?」
ターボは目を見開く。
思わぬ刺客の出現に、思わず首を振る。
突出したターボに、猛然と追い縋る影――
――ダイヤアールヴァクは。
その凄まじいスピードで、程なくターボに追いつく――
ばかりか。
そのまま、彼女を追い抜いてしまう。
追い抜き。
それでも、速度は緩めず。
彼女は突き進む、突き進む。
減速することなく、ただ前へと進む――
「――……」
それは、ただの逃げではなかった。
競レース界に伝わる、『五つ目』の戦術とされている、逃げの発展形――
『あーっとこれは出走直後から予想外の展開、3番ダイヤアールヴァク――』
レースを見守る実況者は、それを口にした。
『3番ダイヤアールヴァク、大逃げだ! 有マの大舞台で、まさかの大逃げを打ちました――!!』
「――……」
――やりやがった。
後方からそれを目撃したサファイアアリオンは、思わずそう思った。
――
この立ち上がりは――
「……」
それを見守る西崎の顔は、深刻そうに曇っている。
思い返すのは、本バ場入場の直前。
彼女と交わした、会話の記憶。
『――は? 大逃げ……?』
素っ頓狂に返す西崎に、アールヴァクは頷きもしない。
無言を返す様子に、聞き間違いではないことに確信がいった。
思わず顔を顰める。まさかの提案に、何をどう声を掛ければいいのかもわからず――
ひとまずその場に片膝をつくことで、アールヴァクをやや見上げるような姿勢になった。
『……あのな、アル』
それから、出来る限りの優しい声色で言う。
『散々言ってきたけどな――今回の大会には、こうして出走出来たこと自体が奇跡みたいなものなんだ』
なぜなら。
『有マは――お前の距離適性に、合ってないからだ』
ファン投票は、単なるレースの強さだけでは決まらない。
そのウマ娘が好きだから、という理由で投じる者もいるし。
面白そうだから、という愉快犯的発想で投じる者もいる。
結局のところ、ダイヤアールヴァクが指名出走権を獲得出来た理由はわからないが――少なからず、ファンの想いを背負っていることは確かなのだ。
西崎の『懸念』。距離適性の合っていないレース。
普通に走っても、スタミナ切れで惨敗するのが関の山のレースで――
――
わからない彼女じゃないはずだ。
『もしそれで惨敗なんてしてみろ。見ず知らずの観客も、既存のファンも離れるかもしれないんだぞ』
『……』
『ウマ娘にとって、ファンも大事にすべき財産だ。期待を寄せられたら、相応に応えるのは選手の務めだ』
『……てる』
『お前はまだまだ先がある。可能性がある。それを一時の発想でふいにしたくはないだろ』
『……わかってる……』
『頼むから、とにかく安全に――』
『――わかってる!!』
諭すように――というより。
実の娘に言い聞かせるように。
語る西崎に、アールヴァクは、我慢の限界、とばかりに叫んでいた。
言葉を呑んだ彼を。
アールヴァクは、涙ぐんだ目で見つめる。
『……わかってる。ぜんぶ、わかってる』
これが無謀なことだということも。
決してやってはならないことだということも。
『ぜんぶ、ぜんぶ、わかってる』
それで、これからの選手生命を、断つことになってしまうかもしれないということも。
『……でも、やりたい』
でも、それでも。
それを踏まえた、上でも。
『すずかのようにはなれなくても。すずかのかわりになれなくても……ぜんりょくで、がんばって、はしりたい』
だって、わたしは。
わたしは、かのじょを――
『すずかのおもいも、
つれてくってきめた!』
そして、想いを連れて行くということが。
どういうことか――彼女なりに、考えた末での、結論だった。
『……』
――時間はない。
もたもたしていれば、本バ場入場に間に合わない。
そこまで織り込んでのことだったのか? などと邪推しながら――西崎は、後頭部を掻きつつ、ため息を吐きつつ――立ち上がっていた。
『……わかったよ』
そして――観念したように。
彼女に答える。
『お前に任せる。お前の思った通りに走れ』
ただし。
『決して無茶はしないこと。そして、どんな結果になったとしても、受け入れること。……いいな?』
『……』
アールヴァクは、立ち上がった彼の目を見上げながら。
『――はい!』
力強く、返事をしていた。
「――、――……」
実際問題――
これが『答え』になる確証なんてない、とアールヴァクは考えていた。
全力で走ったからなんだっていうんだ。
それを見せたからなんだっていうんだ。
それで脚は治るのか。それで元気づけられるのか。
それで――勇気を与えられるのか。
分からないけれど。それでも『あの時』、自分は全てをかなぐり捨てて走ったことで、自分を雁字搦めにしていた鎖を壊せていたのだ。
あなたが導いてくれた。
あなたが教えてくれた。
自由になっていいんだと。走っていいんだと。恐れなくていいんだと、教えてくれた。
こんなにも強くなったんだよ――と、伝えたかった。
「――、」
だから、行く。
速度を緩めず、猛然なまでに。
走り続ける彼女に――
「――困るなぁ!」
もう一つ。
影が追い縋る。
「こういう
セイウンスカイは――早くも彼女の姿を捉えていた。
→KEEP 1st ダイヤアールヴァク
↑UP! 2nd セイウンスカイ
「っ――」
その、軽口のような発言に、アールヴァクは返す。
「――おイタじゃ、ないっ……」
わたしは、
本気――!!
と。ただひたすらに、先頭を走り続ける。
「……」
その凄まじい立ち上がりを。
サファイアアリオンは、冷静に分析していた。
レースに絶対はないというように、同じレースは二度とない。
ウマ娘たちの思考が複雑に絡み合い、常に無数の選択肢を私たちに突き付ける。
完全に確実に、その行く末を予想出来る人などいないだろう――だから、どんな事態が起きたっていいように、選手たちはあらゆる可能性を考えるのだ。
出走者たちの戦術、適正。過去の競争の様子。バ場の状態、コンディション……
それらを鑑みて、即応出来るよう、しっかりと対策を練っていくのだ。
――けれど、どれだけ対策を講じようとも、それが無意味に終わることは往々にしてある。
どれだけ分析しようと、どれだけ研究しようと、想像し得ないことは起きてしまうものなのだ。
……そう。
『彼女』のように――
「……、……」
――にしたって。
この展開は、予想外過ぎるでしょ――!!
アルちゃんの距離適性が、行っても中距離くらいだとは知っていた。
だから今回の、ほぼ長距離みたいな大会では――逃げに徹しつつも、スタミナを保持して垂れないようにする、堅実な走り方を選ぶとばかり思っていた。
なのに蓋を開けてみればどうだ。
彼女はまさかの『大逃げ』を打ち、後続を大きく引き離しながら先頭を突っ走っている。
夢にも思わなかった光景に、選手の間に、少なからぬ動揺が走っているのが分かる――
……でも正直。
私としては、好都合だった。
まずこのレース――逃げを打つであろう三人のうち。
ターボさんは『燃料切れ』になるだろうし。
アルちゃんは堅実にレースをするだろうし。そこまで気にすることもないと思っていた。
――問題は。
スカイさんだった。
併走でも、菊花賞でも辛酸を舐めたからわかる。一度彼女にペースを握らせたら、まずいことになる。
だから最初の課題は、彼女にいかに主導権を渡さずに走るか、ということだったわけだけれど――
そのスカイさんは、アルちゃんにすっかりペースを乱されている。
ターボさんにも後方から挟まれて、いかにも走り辛いって感じだ。
一番の問題点だった彼女が、機能不全に陥った今――
先頭への活路は――
既に出せているも同然――!
――ならば、次の問題は。
と、思わず上唇の端を舌で舐めた。
そう、次の問題は――
いかに抜け出すか――!
出走直後――
ひとまずの状況は、こんな感じ――
1st ダイヤアールヴァク
2nd セイウンスカイ
3rd ツインターボ
4th ヒュージホリデー
5th ナイスネイチャ
6th サクラチヨノオー
7th 私!
8th スレイエメラルド
9th トウカイテイオー
.
.
.
先頭の三人は言わずもがな。スレイちゃんが後ろにいるのは、単にまだエンジンがかかってないだけだろう。
ホリデーさんはなんか突出してる感じで、逆にネイチャさんは落ち着いている。
テイオーさんも、まだまだ前へ出るタイミングを見極めてるって感じかな。
チヨちゃんは……ちょっと、何考えてるかわかんない。
『警戒すべき相手が多過ぎて、正直どこから手を出せばいいのかわからんってのが本音だが……それは相手にとっても同じだ』
トレーナーさんの言葉が思い出される。
『これだけの面子を相手にして、威圧を感じない奴はそういない。焦らないことが大切だ――冷静さを失わなきゃ、いざって時の機を逃さずに済む』
「!」
息を潜めるさなか、先頭集団はホームストレッチ。最初の坂路――
ターボさんがやや失速し、その隙を突くように、ホリデーさんが前に出る。
早くも垂れ始めているのか、それとも、威圧に負けた結果か。
ただ、抜いた本人も余裕がなさそうに見える。もしかして、アルちゃんの突出も、それが原因だったりするのだろうか。
みんながみんな、同じ条件。
みんながみんな、同じ状況。
なんだかそう考えると、妙な安心感が湧き上がってきて――
少し、心の余裕が生まれる。
「――?」
その時、私は捉えていた。
すぐ傍、前方を走るチヨちゃんの足並みが――少し、崩れているところを。
「――……」
まだレースは始まったばかり。
追い抜くにしても、もう少しタイミングを見極めてもいい頃合い。
ただ、もう少しだけ前に出られるなら――それに乗ずるのも悪くはない。
「――、」
――迷ってる余裕はない。心に決める。
その隙を――掴み取ることにする。
だから少し息を入れて、脚に力を込めて。
一気に加速し「でしょうね」
「――そう来ると思ってました」
――刹那に。
そんな声が。
聞こえた気がした。
「――!?」
同時――私は、目を見開いていた。
走り出そうとした私は、出鼻を挫かれたみたいな形になる。
抜けるとばかり思っていたはずの鹿毛のボブカットと、しかし、実際は少しも距離を詰められていなかった。
チヨちゃんの姿が――
前方へと、遠ざかっていた。
体勢を崩しそうになるのを何とか踏み止まり、元の走りに復帰した。
瞬間、思考が巡り、幾つもの言葉と考えが飛び交い始める――
な。
何が起きた――!?
だ――だってさっき、チヨちゃんは、あんなに苦しそうな走り方をしていた。私はそれを隙と捉えて抜け出そうとしていたのに。
そこからしっかり足を踏み込んで加速? して私を突き放す? そんなことして大丈夫なのか。足の方は――
いや。
あれ……何ともない。今や彼女は、何事もなかったかのように、ごく普通に走ってる。
ちゃんと足並みを合わせて、妥当な速度で、走っている。
足の異常なんてない。
そんなのありましたか? と、せせら笑っているようですらある。
……でも。
だとしたら、でも。
私が今見て、見極めたアレは、なんだったのか。
まさか、レースに浮かされた熱で観た白昼夢なんてことはないだろう。
一体。
一体、どういう――
「……」
昂った気持ちに押されたからだろうか。
その結論は、すぐに出てきていた。
……まさか。
まさか――
「――、」
いや。
いや、いや、いや。
ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て――!
別にそれが悪いとか言いたいわけじゃない。ここは勝負の世界、正道とか外道だとか言ってられない。
相手を騙したって、いくら嵌めたって、それも立派な戦術だ――
でも。
でもそのはったりは――
あまりにも、あまりにもピンポイント過ぎるのでは……!?
結果的に私は嵌まったけど、他の子たちは気付いてすらいなさそうなのに――
そんなことしたって、どうなるんだ。
そんなことしたって、このレースに勝てるとは限らない。
そんなに、私だけを『抑え込んだ』って……
なん――
にも――……
「……」
……
……あ。
「……あ……」
……あぁ。
そうか。
まさか。
そういうことなのか。
――覚悟してくださいね。
――あなたにだけは絶対勝つ。
あの言葉って、そういう意味だったのか。
つまりは――彼女は。
今日、この『大会』に、勝ちに来たわけじゃない。
彼女の目的は――
あの子の目標は――
勝つことなのか――!?
そのためには、1着なんていらない。ベストタイムなんて、いらない。どんな順位になろうが、どんなタイムになろうが、私を徹底的に抑え込んで、先んじるだけの作戦――
そういう、狂気的な、作戦なのか――!
「――!」
その時。
チヨちゃんの目が、肩越しに向けられる。
その瞳は、冷たい敵意に染まっているように感じた。……
――ゾッと、した。
――まずい。
まっずいなぁ、これは……!!
私たちも、色々と対策して来たけどさ――
まさか、私をピンポイントで潰しに来るなんて……!!
レースに絶対はない、対策も絶対ではない――とはいえ。
それにも、限度ってもんがあるでしょうに……!
さーどーする。
どーすんの私……!
何が何でも前に出るごり押しスタイルで行けばいいかもしれないけど、それも上手くいくとは思えない。
あんな風にあからさまなバ脚を見せたってことは、つまりそれは『挑発』ってことだ。
お前の手のうちなんてわかってるぞ。
全部お見通しだぞってことだ。
かといって無理矢理に競り合っても、きっと最後には垂れて共倒れ。
あの子はそれでいいかもしれないけど、私に取っちゃ冗談じゃない。
――っばいなぁ。
これは、本格的にやばいかも……!
どうする、どうやって前に出る――
こんな手合い――どうやって戦うのが、正解なんだ――!!
「!」
その時。
思考する私の傍を、見覚えのある影が通り過ぎる。
「すみません、」
緑がかった黒髪――
「横槍、失礼しますね」
あぁもう、スレイちゃん……!
しっかり差してくるな……!
意識の隙間をちゃんと縫ってきた。まるでこっちの考えがダダ漏れみたいだ。
私、顔に出やすいらしいからな。走りにまでそういうのが出ちゃってるのかもしれない。
私にもそれを察する能力があればなぁ! それが出来れば今の状況も簡単に――
覆――
せ――……
……
「――……」
……待てよ。
「……、」
それか?
いや――それ、なのか……!?
「……!!」
それが――
答えか!?
いや待て、でもそれって、賭けとしてはかなり難しいような……今は有マだぞ、そんな博打、当たるかどうかなんて……
「――っ」
――否。
つべこべ言ってられない。
レースは一瞬で終わるんだ。悩んでる暇なんてない。
うまくいくかどうかなんて、わかんないけど――!!
『ソレ』で行くしか、
ない――!!