機械みたいだと、スレイエメラルドはよく評されていた。
毎日決まった生活サイクルを、数秒の誤差もなくこなしていく。
反面、イレギュラーな事態に遭遇すれば、目に見えて不機嫌になり。
目上の相手でさえ、素っ気なく対応した――要は柔軟性が無かった。
初等部を抜けたくらいの年齢になると、その性格も少しは和らいだものの。
それでも、自身の計画を逸脱されることを、彼女は変わらず毛嫌いしていた。
シンボリルドルフと話したように――
自身の生活を、徹頭徹尾管理している彼女には、徹頭徹尾管理されるような生活は、苦にもならないというわけだ。
東条ハナ率いるチームリギルの信条は、徹底した管理主義。
生徒の勝利のために、最善の選択肢を、最高の効率で提供する。
あまりの管理っぷりに、反発する生徒も多少なりいた――そういった過去がある東条の。
そして、スレイの。
お互いへの印象は――
(やりやすい……)
それで一致していた。
「……しかし、神は二物を与えないとは言ったものね」
その日のトレーニングで、東条はスレイに語っていた。
「あなたの能力は凄まじいものがあるわ。きっと自主的でも、よく客観視された、いいトレーニングを積めていたんでしょう。……だからこそ、あなたは、現状の課題がよくわかっているはずよ」
自分が何をすべきかが。
自分に何が足りないかが──
スレイは無言だったが。迷いのない視線だけで、答えには十分だった。
「そう、」
それは。
加速力だ、と。
最高速度。
加速しきった時の彼女の速さは、東条も目を見張るものだった。
怪物クラスには至らないものの、それでも頭ひとつ抜きん出た速さ。
ひとたび速度に乗れれば、彼女を止められるものはいないだろう──そう。
速度に乗れれば。
スレイの課題はそこだった。
最高速度は速いものの、そこに至るまでが遅い。
長距離ならいざ知らず、下手をすれば、中距離ですら真価を発揮出来ない。
強力無比な武器も──振るう機会がないのならば、意味がない。
「……では、そこを強化するのでしょうか?」
首を傾げて問うスレイだが、困ったことに、話はそう単純でもなかった。
「そう出来たら理想なんだけどね……最高速度と加速力とじゃ、要求される
片や、瞬間的に高速を出すこと。
片や、それを維持すること。
「『瞬発』と『維持』は似て非なるもの。どちらをも強化すれば、あなたのその天性の速さが失われる恐れがあるの。長距離偏重で行くというのなら、いっそ加速力は無視するという選択もアリかと思ったんだけど……」
「……中距離は捨てるも同然、ということですね」
頷いた東条に、スレイは顎に指を添えて考える。抜きん出た能力を持つ者が欲を出し、唯一無二の特性をも失ってしまう――そんな話は、何度も耳にしてきた。
ならば、その特性を伸ばすのが得策か、とも思うが――
「有マは2,500m。それだけあれば、特性は発揮し切れるとは思うけれど」
「一抹の不安はありそうですね。……ではそれでお願いします」
「え?」
スレイの、素振りの割にあっさりとした決定に、東条は頓狂な声を出す。彼女はそれに、緩く首を傾けるだけだった。
何か? ――と、言わんばかりに。
「……私の話、ちゃんと聞いてた?」
「無論です。ですが、信頼出来る
聞き間違いではなさそうだし、勘違いでもなさそうだ。それを理解した東条は、しかしだからこそ、更に疑問を深める。
自分の忠告。心よりの忠言。
それを受け取り、かみ砕き、理解した上で――
――なぜそちらを取るのか? 東条には、甚だ疑問だった。
「トレーナーの理屈もわかりますが」
そんな彼女に、スレイは答えた。
「私にも、負けられない戦いがあるのです」
「アタシと――『ちゃんとした』舞台で、勝負しなさい!!」
メジロドーベルに、真正面から宣戦布告をされた時。
スレイは初めて、『ライバル』というものを感じた。
もちろん、件の幼馴染三人組も、それに類するものとは思っている。
ただ彼女らに対しては、仲間意識の方が強いというところがあった。
手を抜くつもりはないが――負けたところで。
まぁ、幼馴染だし。そんな風に思うことも多々あった。
だが、ドーベルに関しては違った。
彼女を前にすると、自分の中の、何か、炎のような何かが、燃料を得たように燃え盛るのを感じた。
彼女が何かで先行すれば、もやっと嫌な気持ちになるし。
逆に自分が先行できれば、すかっと爽快な気持ちになった。
その一方で、彼女の持つ優秀な能力を認める自分もいた。
そんな複雑な気持ちに、最初は戸惑った。なんだかとても卑しい感じがして、こともあろうにアリオンに相談したこともあった。
「あー」
彼女は軽食を摘まみながら、何ともなしに答えた。
「それ、ライバル意識ってやつじゃない?」
――自分にとっての完璧を。完全を。
使命のため、自分以外の全てを理解することを拒んでいた彼女は、そこで初めて実感した。
自分は、ようやく、自身の殻を破って。
外の世界に踏み出したのだ、ということを。
「――、」
――あなたは凄い。
そう思う。
だからこそ、今回のレースも、まだ勝ったとは思っていない。
集団の後方――どうにも攻めあぐねているように感じる彼女に。
そんなものではないだろう、と声なき言葉をぶつけた。
もっと上がって来い。
ここまで来い。
そうでなければ。
私が、先に行く――と。
「――!」
坂路の終わり際――
今やダイヤアールヴァクを追い抜き、1位に躍り出ているセイウンスカイを、彼女は捉えた。
→KEEP 1st セイウンスカイ
↑UP! 2bd スレイエメラルド
「くそ
「がおー」
冗談半分に返しながら、彼女は加速する。
坂路を上り切れば――
若干ながらも、彼女が前へ先んじた。
↑UP! 1st スレイエメラルド
↓DOWN... 2nd セイウンスカイ
そうして、先団は1コーナーに入り始める。
その後方でも、目まぐるしく展開が変わる。
ナイスネイチャが。
↑UP! 3rd ナイスネイチャ
↓DOWN... 4th ダイヤアールヴァク
↓DOWN... 5th ツインターボ
↓DOWN... 6th ヒュージホリデー
それを追うように――トウカイテイオーが、それぞれ続く。
「っ……!」
それを目撃したチヨノオーは、焦り、かけ出そうとするも――
必死に抑え込んだ。
いい。誰に抜かれてもいい、と。
どれだけ順位が下がっても構わない、と。
自分の目的は、そこではないのだから。
「……」
とにかく、とにかく『あの子』を。
前に行かせなければいいのだ――と。
背後へと、目をやっていた。
「――……」
――その時。
彼女は、目を見開いていた。
同時、身体が、胸の奥底まで、冷え切るような感覚――
そこに。
サファイアアリオンの姿は、
既になかった。
「――!?」
バカな、と、彼女は反対側を確認する。しかしそこにも――彼女はいない。
一瞬だけ見えた最後方にも、その姿は見つけられない。
明らかに――そこにいない。ならば、どこにいるか。棄権したわけでも、故障したわけでもないだろう。
一体、どこに――と。
目を前へと向け直した時。
「――……」
鹿毛のポニーテールの傍で、栗毛のポニーテールが揺れていた。
――サファイアアリオンが。
いつの間にか、彼女の前に出ていたのだ。
↑UP! 7th トウカイテイオー
↑UP! 8th サファイアアリオン
↓DOWN… 9th サクラチヨノオー
「はっ、そんなにモテちゃうのも考えものだねっ!」
「そう言わないで! しっかり受け取ってくださいよっ!」
「――……」
二人は、そんな風に軽口を叩いているが――
チヨノオーは、絶句するばかりだ。
――なんで。
なんで、なんで、なんで――と。
だっておかしいじゃないか。
ついさっきまで、彼女はそこにいた。確かに、自分の背後にいたはずだ。そして今、自分はトウカイテイオーに抜かれただけ。彼女が抜くタイミングなんて、どこにもなかったはず。
というより、追い抜くなんて行動をしたら、そこですぐに気付いている。なのに気付けなかった。なのに、先行を許した。どうして、どうして――
無限の刹那の中、チヨノオーの頭の中に、驚愕と、疑問と、反省とが、飛び交い始める。
何がいけなかった。
何を見落とした。
先ほどまでの記憶を、記録を。鮮烈に思い返したりもしながら。
彼女が抜けるタイミングなんて。
意識から外れるタイミングなんて。
どこにもなかった。
どこにもなかったはずだ! ――誰にともなく、頭の中で怒鳴り散らして――
どこにも。
どこにも。
どこ、
にも――……
――と。
「……」
幾度も反芻した末――
否。
と。思う。
抜けれるタイミングがなかった。
本当に?
本当に、そうなのか?
改めて思い起こす。今、何が起きたのかを。
自分は、坂路を走り始め、速度が少し落ちて。
トウカイテイオーに追い抜かれた――
……それだけ?
本当に、それだけ?
自分はあの時。本当に。
トウカイテイオー
「――っ」
そして結論に至る。
まさか。まさか、まさか、まさか――と。
彼女はまさか――
――『隠れたのか』と。
トウカイテイオーの陰に隠れて。
自分の視界の死角に入って。
彼女の動きに合わせ、追い抜いたのか、と――
そのような荒唐無稽な策、信じられなかったが――今の状況は、それ以外に説明がつかない。
説明がつかないにしても――彼女に先行を許したことには変わりない。
まんまと。
まんまと、してやられてしまった――その現実は、受け入れるしかない。
「…………」
胸の内に滾っていた情熱が、急速に萎んでいくのを感じる。
アリオンの背中を見た彼女の――
顰められていた眉は解け。
今にも崩れ落ちそうな、弱々しい表情になっていた。
――あぁ。あなたはそうやって。
また、私の、
一歩先を行く――
いつもそうだ。最初に走った時も。
模擬レースの時も。
自分では及びもつかない発想と度胸で、自分では追い付けない場所まで行ってしまう。
友達だった――友達だったんだ。掛け替えのない、夢を追う同胞。
だからこそ、あの夏合宿の時、あぁして無邪気なまでの約束を交わしたのに。結局、自分は、それを果たすことすら許されない、ということ?
共に走りたい、と思っても。共に頑張りたい、と願っても。
それすら、もう、叶えることは出来ない、ということ――?
「……、」
頭の中で巡る問いかけに、答えるものなどいるはずもない。
そうして意気消沈した彼女は、徐々に失速してしまい。
やがて、後方から迫るバ群の中に。
無情にも、呑み込まれていってしまった。……
レースは進む。凄まじい熱量で。
息もつかせぬ、片時も目を離せない展開。
なんとかチヨちゃんを振り切り、先団まで乗じられたものの。
正直、ここからが新たな問題でもあった。
――最初の混沌とした立ち上がりから、スカイさんの不調、チヨちゃんの作戦――
色々考えてきたけど、ここまで来たら、もうセオリーもクソもない。
ここからの展開なんて、もう誰にも予想出来ない。『あ、これミーティングでやったとこだ!』ってとこは当てはめて――
そうでないとこは、
「――、」
ひとまずと。
加速する傍の影に追い縋っていく。
鹿毛の影――ってか。
まるでこちらを導くような、『帝王』の姿に――
彼女もまた、私を試すかのようだった。
本気で突き放すのではなく、着いてこられるか、と言わんばかりの走り方だ。
挑発じみたそれに、私も本気で応じていく。
上等だ。
受けて立ってやるよ、と――!
「楽しいね、」
さなかで――テイオーさんは言う。
「楽しいよ、やっぱ――!」
妖艶なまでに、その口端を吊り上げながら。
「真剣勝負は――こうでなくちゃあ!!」
更に、前へと加速する。
レースは中盤、1コーナー入口――
『仕掛ける』ための、限られた機会――
「っ!!」
私も、乗じる。
既に失速し始めている『三人』を抜き――
↑UP! 4th トウカイテイオー
↑UP! 5th サファイアアリオン
↓DOWN... 6th ダイヤアールヴァク
↓DOWN... 7th ツインターボ
↓DOWN... 8th ヒュージホリデー
「!」
ネイチャさんまでもを捉え――
↑UP! 3rd トウカイテイオー
↑UP! 4th サファイアアリオン
↓DOWN… 5th ナイスネイチャ
更には――
先頭の二人までもを、射程に収めた。
2コーナーの終わり際に差し掛かった時――
もう一段階加速。
そうして、時の『天才』は。
あっという間に、先頭に躍り出ていた。
↑UP! 1st トウカイテイオー
そして。
私も――
それに、必死に食らいついた。
↑UP! 2nd サファイアアリオン
↓DOWN… 3rd スレイレメラルド
↓DOWN… 4th セイウンスカイ
「……、」
彼女も昂っているのだろうか。
普段の様子からすると、ちょっと前のめりに映る走り方。
それとも、事実上の最後とされているこのレースで、少しでも悔いを残さないためか。
何にしても――はためくマント。
小さいながらも、凄まじい実力を早くも見せつけた、彼女に――
「――ははっ」
私は。
笑っていた。
「はははははっ――!!」
――そうだよね。
あぁ、そうなんだよ。
やっぱり、勝負っていうのは――
真剣に臨むモノっていうのは、
たまらなく、楽しいものなんだ。
それぞれの想い、それぞれの時間。
それぞれの意志、それぞれの夢。
剥き出しになったそれらを互いにぶつけ合い、感じ、高め合っていく感覚。
それによって生じる熱が、舞台に伝搬し、やがては世界全てへと満ちていく。
今このレース場が、生命力を生み出す動力源のよう――
不可思議な全能感、留まるところを知らない高揚感に。
一片の感情も抑えられない。
「――そうだよ、」
テイオーさんは言う。
「それが、『闘う』ってことだ!」
――そうだね。
本当に、そう思う。
全てを使い尽くす、何もかもを燃やし尽くす。
全身全霊を賭して創り出す――いわば生命の儀式。
「――ッ!!」
行く。
だから、行く。躊躇うことなく、一歩でも前へ。
行こう。
行こう、テイオーさん――共に、私たちと!
この舞台の、
この世界の、
この勝負の、
この、夢の――
その先「待
『――!?』
――その時。
そんな熱を冷ますように。
私を――いや、私たちを。
氷のような悪寒が、襲っていた。
二人同時に、背後へと目をやる。
そこに、目には見えないはずのものが。
――黒く染まった桜の花びらが。
舞い込んできたような、気がした。
――チヨちゃんが。
私たちの、すぐ傍まで、追い上げてきていた。
→KEEP 1st トウカイテイオー
→KEEP 2nd サファイアアリオン
↑UP! 3rd サクラチヨノオー
健気、純粋――そんな概念を、人型にしたみたい。
彼女に対して、何度、そんな印象を抱いたことか。
「――え!? かつおぶしって生きてるんじゃないんですか!?」
……湯気に踊っている様子で、本当にそう感じていたらしい。彼女はとても大切な何かを破壊されたみたいに、しばらく呆然としていたっけ。
そんな彼女が、本気で怒ったところなんて見たことないし。
怒ったとしても、ぷんぷん! って感じで可愛らしかったし、翌日には気まずそうに謝ったりもしていた。
暗い感情や、黒い激情とは、縁遠い子だとばかり思っていたのだ。
――それなのに。
「っ……」
誰だ?
誰だ、この子は。
思わず、そう思ってしまった。
追い縋ってきた彼女は、普段の姿など見る影もない。
眉間にしわを寄せ、大口を開け、口端からは舌を出してしまっている。
涎が垂れることなんて、全く気にしていない風だ。
そして――その敵対的ですらある威圧的な目は。
――明らかに。
私だけを、捉えている――
「……」
――なんでだ。
確かに今まで、チヨちゃんと多少なり衝突はした。
――なんでだ。
それでもそのたびに、謝って、元の関係に戻っていたはずだ。
――なんでだ……!!
あの時。
模擬レースの時から、何かがおかしくなったのだ。
――なんで……!!
チヨちゃん――
あなたは、なんで。
なんで、
そこまでして――!!
――……声無き問いに、答えるものなどない。
だが、知っている者は、確かにその場にいた。
「……」
観客席――サングラスに、黒いスーツ。オールバックの黒髪。
堅気には見えないその男は、サクラチヨノオーのトレーナー。
彼は、目の前で繰り広げられるレースを見守りながら。
『あの時』のことを、想起する――
『――トレーナーさん』
あの模擬レースの直後。
『……実は、お願いがあるの』
彼女は、彼に言っていた。
『私――』
緩く俯かせた顔に。
『来年の、有マに出たい』
不気味な笑みを、浮かべながら――
『有マに出て……』
『あの子の夢を、
メチャクチャにしてやりたい』
『……お嬢』
絶句するトレーナーに。
彼女は、一歩ずつ近付く。
『だって……だって、おかしいじゃないですか』
浮かべた笑みを、薄めることなく。
『今私は、あの子の傍にいるのに。あの子の目の前で走っているのに』
その瞳を、妖しく光らせて。
『あの子は、私になんて目もくれずに、ずっと、ずっと、大きなものを、ずっと、ずっと、先のものを見ている』
その先に。
トレーナーではない誰かを、見据えながら――
『それってつまり、私なんて、眼中にないってことじゃないですか』
それを、憎むかのように――
『……そんなの嫌だ。そんなの認められない』
恨むかのように――
『それに、それに。私の方が。私の方が先に、『約束』をしたんですよ? なのに、お友だちの約束を優先する? そんなのおかしい……そんなの、絶対、おかしい……!!』
だから。
だから――
『だから……だから。今から力をつけて、もっと、もっと、強くなって、大きくなって……』
……そして。
『……そして、後悔させてやるんです』
『私を、ちっぽけに見積もったこと。
心の底から――後悔させてやるんです――……』
――健気で。
清楚で。
誠実で。
可憐。
そんな単語の似合う、努力家の、サクラチヨノオー。
そんな彼女が、どす黒い感情を隠しもせず。
そう頼み込んできた時、トレーナーは、三日三晩悩んだ。
比喩とかではなく、本当に、三日三晩、悩み続けた。
何せ、有マはギリギリ長距離に分類されるレース。
本来、チヨノオーには適性のないレースだ。
それに出る、となれば、トレーニング方針を、根本から変えることになる。
一時の感情のために。友だちのために。
復讐心にも似た、歪んだ闘争心のために。
貴重な時間を、費やしてしまっていいのか、と。
『……お嬢』
悩みに悩んだ末。
彼は、条件を提示していた。
『日本だぁびぃ。まずはそこで結果を出しやしょう。もしお嬢がそこで1着を取れたなら、その方針で行きやす』
だが。
『ですがもし。2着以下であった場合は……潔く、諦めてください』
ご友人のことは忘れて。
新たな目標に向けて、頑張ってください――
その言葉に。
チヨノオーは、迷うことなく頷き――
そして見事、日本ダービーを制覇してみせた。
その、あまりに荒々しく。恐ろしく。妖しい――ながらも。
艶やかな雄姿に。いつの日か、人々は、彼女のことをこう呼んでいた――
『黒桜の舞姫』、
サクラチヨノオー――と。
「……行ってください、お嬢」
彼は言う。
どこか願うように。祈るかのように。
「行けるとこまで……行っちまってください」
そこに。
きっと、そこに。
「お嬢の望む答えが……あるはずです……!!」
――悪かったよ。
私は、胸のうちで謝った。
思わず、私とテイオーさんだけの世界で、楽しもうとしてしまった。
そうだ。
そうだよね。
このレースは、私たちだけのものじゃない。
みんなのものなんだ。
――人の留守を狙う悪代官に、正義の鉄槌を下してやろうではないかー!
スカイさんの。
ドーベルさんの。
――次は……あなたの番ですわ。
ブライトさんの。
ネイチャさんの。
他の、みんなの。みんなの紡ぐ、レースなんだ。
みんなで行く。
進む、
闘いなんだ――
「……、」
――なら、いい。
どんな事情も、感情も、もはや、必要ない。
ってか、意味ない!
明るい感情も。
暗い激情も。
前向きな考えも。
後ろ向きな想いも。
全部、全部、ひっくるめて、抱え込んで――
――行ってしまおう。
進んでしまおう。
私たち、だけじゃなく。
みんなで――
最高の、
その先へ――!!