しくじったなぁ、とセイウンスカイは考えていた。
今回のレース、一筋縄ではいかないとは思っていた。ただ、それに怖気付いてしまっては、いつものパフォーマンスを出せない。なるべく冷静に、なるだけいつも通りに――そう言い聞かせて、勝負を始めたはずだった。
しかし――立ち上がりのあの展開に、
素直に着いて行ってしまった自分、
背後からの急激な追い上げ――
何もかもが、あまりに想定を超え過ぎていた。
――やっちまったなぁ……!!
いかに全体のペースをつかむか。それがスカイの戦い方であり、全てでもあった。
が、レースも終盤に入りつつある現状では、もはやそれも見込めないし、掴めたとしても、もはや手遅れだ。
もうここからは、ほとんど底力と運がモノを言う世界。その為に、諦めない事が何より重要だが――
自分の中の現実的な部分が、冷たく諭してしょうがなかった。このままでは――
このままでは、勝てない、と――
「っ……」
さてどうするか。
どうするのが正解か――
必死に巡らせる思考に。
「――よぉ、」
聞き慣れた声が、割り込んできていた。
「ずいぶん苦しそうじゃねぇか!」
「――!!」
視界に入ったのは、赤髪。
これまで散々、絡んで、関わってきた、あの姿――
ルビーフェアが。彼女の傍まで、追いついてきていた。
→KEEP 4th セイウンスカイ
↑UP! 5th ルビーフェア
――やば……!!
それに、さしもの彼女も動揺する。
もうそんな時間か――と。
普段は冷静な思考が、焦燥に揺れる。
「――あたしを、鍛えてくれ!!」
スレイエメラルドを巡る模擬レースが終わった時、ルビーフェアは、ゴールドシップに深々と頭を下げていた。
あまりに突然、そして突拍子もない提案に、ゴールドシップも、当初は難しい顔をしたものの。彼女の押しの強さにやがて折れ、その申し入れを承諾してくれていた。
ルビーフェアは、根は真面目で直向き。
自身の研鑽のためなら、年下の子に対してでさえ頭を下げる。
しかし、ブラックレースに身を投じてからというもの、そういう機会は目に見えて減っていた。
周囲が、自身を陥れようとするものばかりなのだから、当然ではある。
トウチュウエイの存在もあって、自身の現状に胡坐をかくこともなかった。
自己分析し、足りないものを補完するように、自主練習に励む日々。
それは彼女に確かな実力をつけさせたものの、それにも限度というものがある。
これ以上に、実力を高めるにはどうすればいいか。
あとは、自分は何をすればいいのか。
その答えが――その行動だったわけである。
目の前で見た、大胆な発想と、それを実行に移す度胸。
自分に足りないのは、それだ――彼女はそう確信した。
「――あなたの加速力には、特筆すべきものがあります。その気になれば、ゴルシさんの『ワープ』も再現可能かもしれませんね」
南坂は、大量のディスクを選別しながら、ルビーフェアをそう評する。彼女の肉体は、それを可能にする十分な素質があった。
しかし、だからこそ。
「……だからこそ、打つ手は選ばないといけません」
だからこそ――
それをただなぞるだけが、正解とは限らない。
「あなたは同年代と比べて、非常に大人びていて、冷静です。適切に手札を使える頭の回転の速さもあります。色々な方の戦術を入れておきましょう」
一見、荒唐無稽な策でも。
全く使えないように見えるアイデアでも。
「レースを有利に進める、一助になるかもしれません」
――結果的に。
その行動は、思わぬ形で功を奏することになった。
「……、」
セイウンスカイ。その走り方も、当然分析対象となっていた。
『道化師』とまで言われる彼女は、嘲笑うかのように全体をコントロールしてしまう頭脳派だ。
自分とは、どちらかというと反対のタイプ――だからこそ今回のレース、まず最も警戒すべきは彼女だと思っていた。
……そしてその発想は、奇しくもアリオンと全く同じだった。
レースは、序盤から混沌とした様相を呈し、セイウンスカイは、勢いに乗れないまま終盤戦に至った。
その時期に至ってなお、どうすべきか揺れている彼女を前にして――
――行ける。フェアはそう確信したのだ。
「ッ……!!」
それは概ね予想通りだった。セイウンスカイは、もはや焦燥を隠すこともなく、追い縋ってくるルビーフェアを視界に捉える。
内ラチ――既に一度走ったはずの道に間もなく入るが、彼女はコースを変えるそぶりを見せていない。
……それの示すところは、つまり。
――
そこに、かの『不沈艦』の姿を見て。
スカイは、走る速度を引き上げた。
差を。少しでも『貯金』をしなくては――どちらにせよ、もう終盤なのだ。
難しいことなんて考えていられない。とにかく前へ――と、脚を動かす。
「――、」
悔しい、という感情と、ルビーフェアは長らく親友だった。
友達と、同級生と。大きなものから小さなものまで、それを幾度感じたのかわからない。
ただ、あのブラックレースで走った時――スカイに感じたその感情は、また特別な色をしていた。
自分の目の前。
見るからに楽しそうに揺れる芦毛。
自由に気ままに、尻尾の向くまま、何者にも縛られず走る後ろ姿。
――憧れ。あるいはそれは、そういう風にも表現出来た。
地道に、泥臭く。
恥を忍んで、研鑽を積んだ。
追い付いて、追い抜いて、お前と改めて語り合いたい。
ようやくお前と。
同じ世界に来られたぞ――と――
「――、」
だから。
だから、彼女は、出し惜しみすることなく、行く。
「――おおおぉぉぉぉぉッ!!」
すぐ目の前に迫った景色に向けて、咆哮と共に走っていく。
そして、その背後――
まずいな、と顔を顰めるのはスレイエメラルドだ。
最初こそいい試合運びをしていたというのに、ここに来て順位は変動に変動を重ねていた。
今や自分は、7位にまで落ちてしまっている。
間もなく最終コーナーだ、順位を捲るタイミングは限られてくる。ただでさえ一息入れなくてはいけない状況だというのに――ルビーフェア。
彼女がこうして上がってきた、ということは――!
「――ごきげんよう、」
彼女の思考に答えるように、ふわりとした声が届く。
「調子はいかがですか、クソガキさんッ!!」
「ッ……!!」
そうだろうな、とスレイは唇を噛んでいた。
メジロブライトが、彼女のすぐそばまで追い上げてきていた。
→KEEP 7th スレイエメラルド
↑UP! 7th メジロブライト
「いい眺めですわ、」
彼女は言う。あの、模擬レースの時のような、浮ついた調子で。
「細かいことも、後ろめたいことも、全部、全部ひっくり返しての叩き売りです。これこそが競争の在り方、これこそが闘争の本質、」
その時の激情を、なぞるように。
「これがわたくしたちの、意志の導いた果ての果て――!」
「――感じのいいことを言っていますが、」
それに、スレイも応じた。
「要は――楽しいってだけでしょう!」
難しいことを言っているように見えるが。
その実――単にそれだけだろう、と。
「その通りですとも!」
ブライトは、もはやそれを包み隠さない。
「これを楽しいと言わず――何を言いますか!?」
「……、」
――そうだな、と。
スレイはそれに同意する。
もはやここまで、それを否定するのは吝かだ。心が叫んでいる。命が訴えている。
目の逸らしようもなく、本心からの逃げようもなく。受け入れざるを得ない事実だ。
――楽しい。
楽しいさ、この戦いは――!!
「――だからこそ」
だからこそ、と。
スレイは再び加速する。
「負けるわけには、いかないのです!」
「ふふっ、」
そんな彼女に――
ブライトも、着いて行く。
「――こちらこそ、ですわ!!」
そして、そんな二人を――
悔しそうに見つめるのは、もう一人。
「っ……」
メジロドーベルは、大した見せ場が無いままにここまで来たことを、歯痒く感じていた。
優等生、秀才――自分を良く言ってくれる人は多い。その期待に応えられるよう、背負った名家の名に恥じぬよう、精一杯にここまで頑張ってきた。
この激戦の舞台でだって、相応の結果を出すつもりだったのだ。
――『彼女』に勝って、名家の『名』を。
その夢だって、叶える気概で来たのだ。
「……ちくしょう」
遠い。
遠いな、と彼女は感じる。
距離にすれば2バ身ほど。詰めようと思えば詰められる差のはずなのに。
それが今――とてつもなく、遠く感じる。
――
今やとりわけ、競レース界で取り上げられる概念だ。
ウマ娘の選手生命は、平均して3、4年ほど。好調な成績を修められる時期ともなれば、それよりもさらに短くなる。
いわば絶頂期を過ぎた時期――多くのウマ娘は、それを自覚した頃から、競レース生活からの引退を考え始める。
そしてそうした、『運命』ともいうべき事象からは、努力や頑張りだけでは逃れ切れない。
どんな生命でも、いつかは絶えるように。
競レースからも、いつかは身を引かなくてはならないのだ。
メジロドーベルは秀才だ。
自己分析などお手の物。
だからこそ、直近のレースで感じていた――自身はもはや。
減退期に入ったのかもしれない、ということを。
それでも――それでも彼女が身を引かず、ここまで食らいついてきたのは、ひとえに約束を果たしていないから。
単純に、夢を叶えていないからだ。
メジロの『名』を証明する――
あの時の雪辱を、晴らしていないからだ。
諦められない。
終われない。
まだ、まだ、手放すわけにはいかない――
「――まだ行ける」
まだ行ける。
「まだ、行けるっ……」
まだ、やれる。
「こんなとこでっ……!!」
こんなところで。
こんなことで。
終われない。だから彼女は、更に脚に力を入れた――
その時だった。
「――!?」
目の前が暗転し――
何かが過ぎる。
宛ら砕け散ったガラス。それらがたった今、実際に散らばっているものではないことはすぐに理解出来た。
一枚一枚に、映像のようなものが映し出されている。
――なにこれ?
そこには、自分の姿がある。
トレーナーと共に、なお練習に励む自分の姿がある。
にも関わらず、思うように戦績が振るわず――
結局、二度目のエリザベス女王杯での1着を最後に、一線から引いている姿が見える――
――もしかして……
これは、
自分の未来か?
そこに感じた感情は、怒りではなかった。どちらかといえば、納得に近かった。伝わる雰囲気は藹々としており、やるべきことをやり切ったという風だ。
誰もが。
彼もが。
もう悔いはない、と言いたげな様子だった。
――あぁ、それならいいのかもしれない。
この大会で、『彼女』に勝てなかろうが。思い通りの結果を残せなかろうが。
最終的には。最後には。みんなが納得出来たのなら、それがいいのだろうと思う。
固執することなどない。
無理をすることもない。
ぶち当たった限界を、自身の終着点としたっていいじゃないか。
誰もが、それでいいと思うなら。
誰もが、それで納得するというのなら。
それで。
それで。
それで――……
……
……、
……でも。
でも、それでも――
「――っ、」
頭では理解しようとも、納得はしようとも、彼女の本能は、それを受け入れようとしなかった。
悠然と前を走るライバルに、追い縋れもしない現実を、認めようとしなかった。
未来は重要だ。将来は重大だ。そのために、今を大切にすることは重視すべきことだ。
わかってる。わかってるわかってるわかってる。
でもそれでも。
でも、それでもなお、未来でそれなりの結果を迎えたんじゃ遅すぎる。
――今。
自分は今。
アタシは、今――
今ここで、
勝たなきゃ、
意味が無いんだ――!!
「――んな未来、」
だから。
だから――
「そんな未来ッ――」
ドーベルは――
「受け入れてッ!! たまるかぁぁぁぁッ!!」
咆哮し――
疾走した。
殻を破るように。ガラスを壊すように。一気に加速する。
その姿は、程なく競り合うブライトとスレイに追いつき――
『――!』
追い抜いた。
二人を尻目に、終盤戦をかけ上がっていく。
それを見た二人も――
「ッ!!」
炊きつけられたように――疾走を重ねる。
片時も目を離せない展開。
一時も気を抜けない状態。
その中に合って――
――んなっ……
マチカネフクキタルは、驚愕に目を見開いていた。
――なんですかっ、このレースはぁッ……!!
彼女も彼女で、今やベテラン。これまでいくつものレースを経験してきたものの、今回のレースは、それまでのものとは大きく毛色が違っていた。
これまでに感じたことのない熱気。これまでに経験したことのない空気。
先団に追いつこうにも、上手く詰めることが出来ない。まるで、その熱に阻まれているかのように。
本来ならそれは忌避すべきことだ。忌避すべきで、悔しがるべきところ。しかし実のところ、フクキタルがまず感じたのは――高揚だった。
――ははっ。
凄まじいレース、とんでもない勝負。歴史に刻まれるかもしれない、この白熱した競争に――
自分も、立ち向かえていること。立ち合えていること。その事実に、胸が高鳴って仕方がない――
つまりは、彼女も。
いや――彼女らも。
その熱に当てられていた。
――負けられませんよねぇッ……!!
私だって。
私だって――そう思って、誰もが疾走する。
――やってやる! その一心で、必死に、食らいついていく――
そしてそんな彼女らの――後方。
もはや着いて行くのがやっとの、ツインターボの――
その、更に背後。
「――はぁッ、はぁッ……!!」
すっかり抜かされ尽くし、最下位にまで転落、
息も絶え絶え、いかにも苦しそうな様子のダイヤアールヴァクを。
西崎は、苦悶の表情で見つめていた。
――クソッ。
わかっていた。
わかりきっていたことだった。こんな展開は。
だが実際に目にしてみると、その苦さは予想より濃い。
やはり。
やはり、無謀だったのだ。彼女に、大逃げなんて戦法は。
いくらスズカのためとはいえ。
いくら、願いのためとはいえ。
慣れない戦法を、適切でない
「アル……!」
それに、ゴールドシップが。
「アルさん……!」
メジロマックイーンが。
「アル……」
メイドが、それぞれ反応する。
もはやこれまで。
これ以上は、望めない。
スズカも、依然として、暗い表情を取り払いきれない状態で。
誰もが、諦めの境地に至りかけていたころ。
「――、……」
アールヴァクは、それでも脚を動かし。
前を向いて。
どんどん遠ざかる前方集団を、必死の思いで、追い続けていた。
――刹那。
「――……!?」
目の前に――
何かが現れる。
それは、見覚えのある長髪。
すらりとした体躯に、整ったフォームは――
――すずか……!?
しかし――否、違う、と彼女は即座に断じた。
サイレンススズカが、まさかこんなところで走っているわけがないし。
何よりその姿は――彼女とは、大きく違う。
背丈も、見た目も、似通ってはいたが――それ以上に。
その色が。
黒色に近い、モノクロだった。
「……」
アールヴァクは、それが幻影か何かだという発想に至った。
それは、彼女をあざ笑うかのように、前方を走っている。
追い越せるものなら追い越してみろ、と挑発するように――あるいは。
捕まえられるものなら。
捕まえてみろ、とばかりに――
「――っ」
そうか。
お前が、そうか。
お前が、すずかを、苦しめてるのか――!!
彼女は、直感でそう理解する。
トラウマ、痛み――人はきっと、それをそう呼ぶのだろう。
それが何故、今、自分の目の前に現れたのか。そんなところまではわからなかったが、そんなことは些細なことでしかなかった。
それが現れたのであれば。
――捉え、追い付き、乗り越えなくては! 彼女はそう感じる。
「っ、――っ……」
しかし。
身体は、思うようには動かない。
軋みを上げ、もうこれ以上は無理だと彼女に訴えかける。
意志はあるのに。意識はあるのに。
身体が、それに、着いてこない――
「――っ」
――ダメだ。
もう、ダメだ。彼女も、諦観の闇に包まれる。
「っ……う……」
届かなかったんだ。
出来なかったんだ。自分には、彼女を、救うだなんて――
「――……」
――ごめん。
ごめん、すずか。ごめん、みんな。
わたしは、
わたしは――
「――おいッ!!」
虚無の中に沈みかけた意識を、電撃のような声が引き上げる。
ハッと彼女が顔を上げると、すぐ前方に、青色の髪が躍っていた。
見れば、そこで。
ツインターボが――手を差し伸べている。
何を?
しているんだ? 彼女が、そう思うよりも――早く。
「来い、」
ツインターボは――言った。
「――ここまでッ!! 来いッ!!」
――それが実際、何を意図しての行動かはわからなかった。
いかにも苦しそうな彼女を哀れんでか、哀れみ、元気付けたいがためか。
どちらにせよ、前へと振り向き直し、改めて走るツインターボを見て――
「――、」
アールヴァクは。
「――、――っ……!!」
最後の力を。
「あ、」
振り絞った。
「――ぁぁぁぁあああああッ!!」
身体が応える。
意志に引っ張られる。
彼女の脚が、力を取り戻し――
再び、疾走する――
気付けば。
サイレンススズカの、黒い幻影は、消えていた。
「――!?」
その事態に、西崎は目を見開く。
いや、西崎だけではなく、その場にいた誰もが驚愕する。
――どこに。
どこに、そんな力が――!? その、死に物狂いの疾走に、誰もが、諦念から引き剥がされる。
サイレンススズカも。
それを見て、目を見開いていた。
翳りを湛えていた瞳に――光が差し込む。
「――すずかっ……」
声が届くかなんてわからない。
何にもならないかもしれない。
「すずかぁっ……!!」
それでも。
それでも、と、アールヴァクは、走りながら。
「これがっ――」
――叫んでいた。
「これがッ、あきらめないってことだぁぁぁぁッ!!」
走る。
走る。
走る――
「さいれんすすずかぁぁぁぁぁッ!!」
走る、
走る、
ただ、ただ、ひた走る。彼女のその、健気なまでに、真っ直ぐな姿に――
「……」
サイレンススズカは。
一筋の涙を、流していた。
『――さぁレースは最終コーナー、先頭はサファイアアリオンとサクラチヨノオー、そのすぐ背後をトウカイテイオー、ルビーフェア、セイウンスカイという状況であります――!!』
レースは佳境。
前方を走る二人を見て、トウカイテイオーは、どうにか前に出ようと試行錯誤する。
だがどのように頭を使おうが、最後にモノをいうのは底力だ――彼女は力を振り絞り、彼女らを追い抜こうとするが、
「っ……」
身体が軋む。
音を上げ始める。
これ以上走れば、これ以上行けば、取り返しのつかないことになるぞと、彼女に警告している。
歳は取りたくないなぁ、と冗談めかして思いながら、彼女は二人の姿を見た。
サファイアアリオンは相変わらずだが――
サクラチヨノオーには、普段の姿など見る影もない。
何があったのか、どうしてこうなったのか。疑問は尽きないが――テイオーは、その様子を悪くないものとして見ていた。
片や、暴力的な明るさで、親友たちを引き連れてきた。
片や、誰にも何も相談せず、今日まで、孤高に戦ってきた。
近しいようで、相反している二人。その様子も、振る舞いも、コインの表と裏のように明確に違っていた。
その二人が疾走する姿は。
まるで。
光と闇が、互いに競り合っているようだった。
「――、」
あぁ。
自分も行きたい。そこまで行きたい。
二人に並んで、二人と共に。
一緒の世界で、戦ってみたい――
――しかし、想いは先行するばかりで、実際の行動の手助けにまではならない。
生存本能が。危険回避機構が。彼女の身体を一線から守り、その戦いへの参戦を、母のように優しく阻み始め――
……そしてそれを受け入れそうになった時。
「――!」
追い縋ってきたのは、
また別の影。
――ナイスネイチャが。
彼女に並んでいた。
→KEEP 3rd トウカイテイオー
↑UP! 3rd ナイスネイチャ
「……」
横目でテイオーを見るネイチャ。
そこに、言葉は交わされない。
ただそれだけで、全てが伝わった――彼女は、テイオーに対して。
行ってしまうぞ。
越してしまうぞ。
勝ってしまうぞ――そう、訴えかけていた。
それでいいのか。
本当にいいのか。
そんな終わりを、認めて、いいのか――そう、問いかけているようでもあった。
ネイチャが、ハナ差で先行しかける。
失速することを甘んじて受け入れようとした、テイオーは――
それを見て。
唾を内ラチに吐きかける。
そして――軋む身体に、鞭打って。
そうはさせまいと、本能を振り切り、加速する――!
――そうだ。
寝ぼけたことなんて言ってられない。
自分たちは走るために生まれた。走ることを宿命づけられた種族だ。
本能なんて詰まらないもんを言い訳にして、まず切り捨てるなんて愚の骨頂だ。
悔いを残して。
心を残して。
レースを終えてしまって、自分はいいのかよ――!?
……身体が訴えている。もうこれ以上は無理だと叫んでいる。
壊れてしまうと鳴いている。
死んでしまうと鳴いている。
やめてくれ、これ以上は行かないでくれと。
身体が、命が、哭いている――
――いい、とテイオーは思った。
それでもいい、と彼女は感じた。
全力を尽くして、全霊を投じて、
走れなくなっても、
歩けなくなっても、
立つことすらも、満足に出来なくなっても、それでも、いい。
自分の何もかもを、
自分の持つ全てを、
叩きつけないと、突き付けないと。そうしないと――
勝負を挑んだものに、
失礼じゃないか――!!
「――ぉお、」
行く。
身体の状態など度外視して、彼女は行く。
「ぉぉおおおおおおおッ!!」
先行しようとするネイチャを、阻むように。
自身もまた、前へと進む。
ネイチャは。
笑っていた。
――あぁ、アタシは本当に我儘だ。
あの時、テイオーが言ったことを、ようやく理解していた。
踏み躙られたと思った。切り捨てられたと思った。
体のいい言葉を言い訳にして、勝負から逃げられたとばかり思っていた。
……でも違った。その実、違っていた。彼女はあの時……あの時、自分から離れたんじゃない。
自分に、
託したのだ。
ぶつけられてきた想いを。
情熱を。
悔恨を。
悲哀を。
憎悪をも。
自分に、受け渡していたのだ。
それは脈々と継がれてきた想い。勝者が、次なる者へと繋ぐ、形無きバトン。歴史と、時間の詰め込まれた、煌々と輝かしい宝物。
彼女は、それに自分を選んでくれた。それほどまでに、尊いことはなかった。
――にも関わらず、自分はそれを跳ね除けてしまった。
もう一度戦え――自分の感情のために、我儘を言ってしまった。
――情けないなぁ。
っとに、情けない! ――ただ、翻って見れば、そんな情けなさすらも。
青々とした情熱なのかもしれない。彼女はそう思った。
「――、」
目の前には、二つの影。
猛然と競り合う、二人のウマ娘。
次世代を担い、そして繋ぐのは――きっと彼女らなのだろう、ネイチャはそう思った。
――なら行こう。
もう、遠慮せずに、行こう。
後腐れなく、後ろ髪引かれることなく、舞台から降りられるように。
全てを。
何もかもを。
燃やし尽くしてしまえ――!!
「あぁぁぁぁぁッ!!」
走る。
少女たちは、走る。
もはや先団、四人よりも後方の選手たちは、自分が1着にはなれないことを理解していた。
それでも、それでも、走ることを止めない。
1着になれなくてもいい。優勝なんて出来なくてもいい。ただ、ただ、それだけは、譲れない。
勝てなくとも。
頂点には、立てなくとも――
――お前には。
他の、自身が『好敵手』と定めた、相手に、だけは――
――お前にだけは、
絶対に、負けない――!!
「――!!」
最終直線――
サクラチヨノオーは、速度を緩めない。
――勝つ。
未だ自身とほぼ並走しているサファイアアリオンを、射程から決して逃がさない。
――勝つ。
全ては。
ただひとつの、シンプルな感情のために――
――勝つ、勝つ、勝つ、勝つ、勝つ――!!
それはやがて。
彼女の頭を、隙間なく埋め尽くしていた――
――絶対にッ、
そして、そんな彼女の傍ら――
熱を、肌で、一身で、受け止めるサファイアアリオンの頭は――
嫌に、落ち着いていた。
現況を。
冷静に、分析していた。
――、
――ダメだ、と。
このままじゃ、ダメだ、と。
このままじゃ――
このままじゃ、
勝てない――!!