海中に潜ったわたしはフェイトちゃんをかかえながら漂う。危機は脱した――けど、荒れ狂う海面に出るのは危険。ここは海中で波が収まるのを待った方がいい。
「必死こいて海に飛び込んで逃げるなんて我ながら無様よねぇ。でも、ま――フェイトちゃんは助けられた。それで十分よね」
「そうだな」
「お話、聞かせてもらえるかしら?」
「きっとな――いや。なのは、その手を放せ!」
手を放す、と同時に雷が天空を貫いた。そして攻撃の余波であらぶっていた嵐が砕かれた。フェイトちゃんが起きている!
「そういや、アレはラジオがあれば叩き壊さずにはいられないって性質だったわね……!」
「……なのは?」
なんでもない、と首を振る。彼女に取り憑いてる汚らわしいモノなど思い出したくもない。けれど実際、力の残りかすだけはそこにある。
「ユーノ君。わたしにもクロノ君にも力は残ってない。あの子に勝てない……救えない」
「悪いが、違うとは言ってやれねえようだ」
「けど、勝つ」
「なんだと? お前、この局面でも諦めないなんて――いつもの弱きはどうした」
ユーノ君が何か悪いものでも食べたのかとわたしを見る。失礼しちゃう。いくらわたしでも、ここで諦めるわけにはいかないのよ。
「勝つわ。使わなくてもいいと思っていた。――わたしの渇望なんて、他人に見せるようなものじゃないから。」
レイジングハートに命じ、一つの宝石を取り出す。
「……」
「けど、あの子を救うため――そんなことは言ってちゃいけないの。だから、使うわ」
大切な宝物のようにそっと握りこみ、胸に当てる。……ああ、本当にままならないものね。前世の因縁はうんざりするくらいに絡みついてくる。悪夢としか言いようがない。もしかしたら、この青い宝石がわたしを呪っているのかもしれない。
「使う? まさか」
「ジュエルシードを使う」
おもえば、この時のためにリンディさんから権謀術策を用いて3つのジュエルシードを自分の手に握っておいたのかもしれない
さあ、忌まわしき我が渇望を開陳しましょう。
『怖かったのよ、置いて行かれるのが。 嫌なのよ、抜かされるのが。わたし、歩くの遅いのよ』
わたしの歩みは遅い。いつも。――いつも。だから、今回こそは遅くならないように。わたしの目の前を行く閃光に追いつけるように。こんどこそ頑張ろう。
『
見なさい、この痛ましき拷問器具を。おののけ、汝は血と痛みに蹂躙されるのだ。さあ、破壊という救いを汝に与えよう。
『
終わらせましょう、フェイトちゃん。あなたの最悪な運命を。そして、未知をあなたに与えてあげる。――友達という未知を。
だから、今は痛みに耐えて。
「まずは小手調べかしら?」
じゃら、と鎖がしなる。そして、標的へと牙をむく。
「――邪魔」
一言だけ呟いた。それは、SSSランクの力を得たフェイトにとっても無視できない一撃であったから。
ただうるさげになのはを見やる。
「消えろ」
一言。それだけで極大の雷が炸裂する。
実を言うと、いまだかつて人類は雷に値するだけのエネルギーをコントロールできてはいない。それだけのエネルギーを制御するなど、管理局の兵器でさえ無理だ。アルカンシェルはただ“ぶっぱなして”いるだけで制御できていない。
「こっちを見なさいよ、フェイトちゃん」
そして、なのはは微動だにしなかった。その自然の暴威の中、その程度かという超人の瞳が雷を打ち据える。
「そんな静電気じゃ、わたしにどっかいなくなれとか言っても無駄。そんなくらいの力しか振るえないなら、抱き付いちゃうわよ?」
――ジュエルシード。人の願いを暴走させて具現化する力。なかなかのものじゃない。これは、前世で修めたエイヴィヒカイトに勝るとも劣らない。ま、団員の中でもどっちかいうと諜報要員よりでトリッキーをウリにしてたわたしと同レベル、しかも第2段階というのは……ま、それでも1個でこれならすごいことには変わりない。
「来るな!」
フェイトが叫ぶ――まぎれもない恐怖でもって。ま、それもGに飛びかかられたパニックにすぎないでしょうけど。
「あまり、わたしを舐めてるんじゃない!」
鎖が絡みつく。今のわたしの力は、SSSランク魔導士さえしのぐ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
――いきなり狂乱した。そうか、人との接触! 彼女を汚す願望は、誰にも触れられたくないと思う奇形から生まれた。ゆえに。
「私は――私だけのものだ! お前らなんて知らない! 私は……ママを愛する私を愛している」
何かに触れられるということは、世界の崩壊を意味する。それだけは嫌だと言う絶対の忌避に触れた。
雷が渦を巻く。限界を超えたエネルギーが集中し、空間は悲鳴を上げる。そして、負荷は熱へと変換される。灼熱地獄は魔力ですら焼き尽くす。そう、魔力で編まれた鎖ですらも焦がし溶かす。
「消えろ、他者。お前は邪魔だ。なんで私を一人にしてくれない? 私以外の全ては私を傷つける。だから、私一人でいい。他者なんて要らない」
ぶつぶつとつぶやく。自分に言い聞かせるように、いや――彼女はもう他人というのを意識できていない。
「一人だけなら、傷つかない。私は永劫私を愛し、無廟の平穏を永久に楽しめるというのに。邪魔。全て――邪魔だ」
蠅がうるさい。言葉をかわすなど気持ち悪くてしょうがない。消えろ、ゴミ。私の前では一切合財、すべてが目障りこの上ない。
「ああ、名前も知らないあなた。私は心底あなたがうっとうしい。消えてほしい。……死ね」
ゆえにこそ滅塵滅相。
「消え失せろ」
雷撃。それも先ほどとは比べ物にならない。国を砕けるほどの威力が炸裂する。
「なるほど。でもね、フェイトちゃん。一人だけなら平穏かもしれない。けれど、そこに愛がない。わたしはユーノ君を愛してる、アリサちゃんが好き。すずかちゃんも好き。パパもママもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、大好き」
けれど、それじゃダメよ。こんなものじゃ、まだまだ――わたしを倒せない。
「愛が、足りないわ。一人でいるのは、傷つかないかもしれないけど悲しい。だから友達を作るの。唯一無二の素晴らしい人と絆をつなぐのよ」
それが黄昏の祝福。抱きしめてもらうのを拒否するのは――これ以上ないほど悲しいことだから。
「だから、あなたに関わるのをやめない。戦いは辛いし大変で痛いわ。でも、その先には笑顔が待ってるって信じてるから――」
力を具現する。拷問車輪。杭。鋼鉄の処女。ありとあらゆる拷問道具が宙に浮かぶ。そして、それらを撃ち放つ。
「消えろォォ!」
バルディッシュであったものに魔力が収束。そして巨大な剣となる。まとめて薙ぎ払った。
「死なないのよねぇ」
腕一本犠牲にしちゃったけど。これくらいならまた生やせる。まだ戦える。
「私は、あなたなんて知らない。目障りだ――だから、一切合財消えてなくなれぇ!」
彼女は急降下する。そして海を踏みしめて神速の1撃でわたしを殺すつもり。でもね。
「わたしの影を踏んで」
許さない。ここで終わるわたしなんて許せない。だからこそ、更なる渇望でもってあなたを包もう。
『
だって。
「誰かを追いかけることは、無駄なんかじゃないんだから」
きっと、頑張れば誰かに抱きしめてもらえるって信じてるから。
『拷問城の食人影《チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー》』
そして、彼女は影を踏んだ。
「動けない。これは――っ?」
振り下ろそうとしていた剣はわたしの目の前でピタリと止まる。
「わたしの影を踏んじゃ駄目よ。動けなくなっちゃうから」
ニヤニヤと、踏んだフェイトちゃんに笑いかける。
「――ぐ」
「眠りなさい。その影はもう人を傷つける力を持たない」
「離せ。私に触れるな……?」
眼がとろんとしてきた。
「お休み。良い夢が見られることを祈ってるわ」
「――」
そして、ジュエルシードは光を失いわたしはフェイトちゃんもろとも海に叩き落された。――2回目!?
「……がふっ!」
砂浜に打ち上げられた魚のごとくあえぐ。そりゃ、宇宙空間にも耐えられるんだから、海中くらいバリアジャケットで楽勝、のはずだったんだけど。
残念ながら、まともな機能が期待できないわよねぇ。こんな、小さい子が大好きな人が大喜びしそうな状態じゃあ。
「うぐ――なのは」
彼も息も絶え絶えだ。わずかに残った魔力――なんざないから、気力とかそんなのを絞り出して浮遊魔法をかけてくれる。
「どうやら、生きているようね。ユーノ君、わたしの足はちゃんとついてる?」
「知らん。俺の眼にはお前の顔が横に広がっているように見える」
「……過労ね。実はわたしの眼には白しか見えないんだけど、ここは砂のベッドとかいう奇天烈なものを導入した病院かしら?」
「――お前もな。このまま日干しで脱水症。そのままお陀仏なぞ御免こうむる、テメェだってそうだろうが」
「えー……この状況でなにができるの?」
「つか。クロノはどうしたよ」
「……」
無言で存在を示すとかやるわね。
「無事みたいよ」
「助けを呼んでくれはしないみたいだけどな」
「そこは、ほら。わたしの常日ごろの行いで」
「……ああ、故郷の父と母よ。先立つ不孝をお許しください」
ユーノ君は空を仰いだ。
「ユーノ君ン? わたしのことを何と思っているのかなぁ?」
「……さて。この世に神がいることでも願おうか」
「神なんていやしないわよ。ああ、すずかちゃん、アリサちゃん、助けてぇ……」
「まあ、結界が壊されてるから一般人でも来れるけどな」
「……思ったんだけど」
「思うだけにしとけ」
「段々波が激しくなってきたってのは、気のせいかしらね」
あっはっは。ひざまで来てるわよ、波。
「……気のせいだといいな」
「でもって、波にさらわれたら今度こそ海の藻屑っていうのも気のせいよね……?」
「気のせいだと、いいんじゃないかな……?」
「パパ、ママ。なんか御神流の直観とかで我が娘の危機を感じ取って助けに来て……」
「それはアリなのか? これは魔法の物語だろ」
「それもそうね。じゃ、妖精さん。もしくはリンディさん」
「……気にはかけてくれてるだろうが」
「いやぁ、望み薄よねえ」
はぁ、とため息をつく。ここで終わりとかひどくないかしら。けれど、神様がいないんじゃご都合主義もありはしな――
「おい、あんたら大丈夫か!? すぐに助けてやる」
ええと、知らない人。てか、ライフセーバー? ああ、そりゃ居るわよねえ。そこそこ有名な海浜ですもの。少し海が荒れてくれば見に来る人もいる。それが突発的な大荒れなら、むしろ誰も来ないわけがない。
そういうわけで、お姫様抱っこで海の家に連れてかれて、毛布を掛けてもらった。そして、今は温かいココアをいただいてるわけだ。
「……ああ、おいしい」
「温まったかい? なのはちゃん。すぐに親御さんが迎えに来てくれるそうだから、心配いらないよ」
「ありがとうございます。もう波にさらわれたときは死んだと思っちゃった。いやぁ、生きてるって素晴らしい」
「そっちの坊主も、ホント生きててくれてよかったよ」
「……」
礼を返すことで答えた。あんた、一言くらいしゃべりなさい。
「しかし、大変だったねえ。堤防を二人で歩いていたら、大波が来て浚われたなんて。服を着たまま泳ぐのは難しいんだけど、火事場の馬鹿力ってやつかねえ」
「あはは。もうプールも見たくないかなぁ。なんて……」
「ま、そのくらいなら問題ないさ。酷いのになると、トラウマになって洗面所にすら恐怖を覚えてしまうから。いや、よかったよかった」
「ええ」
本当に、洗面所に恐怖を覚えるとか、パティシエになるどころか料理だって作れないじゃない。
「こんにちは。子供がお世話になったそうで」
「ああ。あなたがリンディ・ハラオウンさんですか」
「はい。私の子どもを助けていただいたようで、本当にありがとうございます」
親――もちろん嘘だ。ま、嘘も方便ってね。
「さぞ心配したことでしょう。あなたの子どもたちは見ての通り無事ですよ」
「お母さん!」
抱き付いて見せる。……いや、このくらいしないと不自然でしょ?
「……」
だというのに、クロノ君は無言でリンディさんの横につく。……あんたは従者か何かか?
「もしかしたら水に恐怖を覚えることがあるので、そのときは力になってあげてください」
お兄さんがリンディさんにささやいた。そしてわたしの視線に気づくと、心配ないよと言わんばかりに微笑んで見せた。……いい人ね。
リンディさんの袖を引っ張る。いつまでもこうしてる時間はない。
「それでは、本当にありがとうございました。何度お礼を言っても感謝の念を伝えることはできそうになく」
「いえいえ。こっちもかわいお子さんを助けられてよかったですよ」
「で、リンディさん。次元航行艦は?」
「やはり、わかりますか」
暗い表情を見せる。さすがに、ポーカーフェイスで通せるレベルを超えてる、か。
「ええ。アレだけの攻撃が次元世界の外側からなされたんですもの。この荒れてる海とか――世界の内側だけじゃなく、外側だって荒れているはず」
「そのとおりです。今のアースラは嵐に揺さぶられ、必死に沈むまいとしている木の葉も同然です」
「でも、事態はそれだけじゃ終わらない」
「それは私も承知しています。今や21個のジュエルシードは全て封印された。そして、それはプレシア・テスタロッサの手にあるか、我々が保護しているかのどちらか。彼女はすぐにでも我々のジュエルシードを奪うべく行動を開始するでしょう」
「そうね。ま、あれだけの力を振るったのですもの。半死人状態でも、回復――いや、アレは回復なんかしないか。それでも落ち着くまでに少しばかりの時間は要る」
鍵は、その隙。相手が完全に動けるようになれば、アースラが潰されてわたしたちは移動手段を失う。そうなったらお終いよ。……打つ手がなくなる。
「そうですね。1日、あればいいのですけれど」
「甘いわね。奴はすぐに来る。艦に行くわ。最終決戦は目前よ」
「そこまで……」
「アレはゾンビみたいなものよ。完全に殺さない限り動き続ける。体が半分になっても体を引きずって殺し合うくらいですもの」
「……?」
なにか――プレシア、もしくはそれと類するモノと戦い続けてきたような気配をなのはに感じるが、勘違いだろうとリンディは納得する。
「猶予はない。クロノ君とユーノ君とわたし、三人で乗り込む。心配は要らないわ。それに、クロノ君は一人でも乗り込むつもりよ」
ニヤ、とできるだけ不敵に笑って見せる。リンディさんはいい人だもの。だから、できるだけ心配はかけたくない。たとえ、帰ってこれないかもしれなくてもそんな顔は見せられない。
「大人が力になれないのは、大変心苦しいですが」
「なに言ってるのよ。あなたたちは次元の海を守ってくれてるでしょ。それがなかったら、地球がどうなってたかだってわかったもんじゃない。あまり卑下することはないわ。役割は分担して、協力しましょ」
余裕余裕。お互いきっちりと仕事をこなしましょう、と微笑む。やるしかないのだから、嘆きも諦めも必要ない。
「ええ。できる限り、あなた方の力となります」
「まずは転送。そっちの艦にわたしたちを転移させて。それと、フェイトちゃんを頼むわ」
さあ、やるべきことをやりましょう。
「オペレーター、準備を」