魔法少女リリカルあんな   作:Red_stone

19 / 20
番外編中編 吸血鬼、二人

「恭也さん」

ぜぇぜぇ、と息を切らしたすずかが恭也を見つける。彼が警護する担当箇所はすずかも知っているから、ここまで直線で走ってこれた。

「ん? すずかちゃんかい。何か――あったみたいだね」

「ノエルさんが」

「吸血鬼か?」

言葉少なに確認する。すでに臨戦態勢に入っている。

「うん」

「ノエルさんは何と言っていた?」

「恭也さんを呼んで来てって。それと、いつまで保つかわからないって」

「そこまでの相手か……!」

恭也はぐっと拳を握りしめる。

「恭也さん……?」

「いや、大丈夫だ。あのノエルさんがそうそうやられるとは思えない。しかし、彼女の戦術眼も中々のもの――すぐに駆けつけないと危ない、か」

わずかに思案し、携帯を取り出す。

「……美由紀か」

「携帯だからね。そりゃ私が出るよ」

のんきな声――だが、ピリリと緊張のスパイスが入っている。彼女もまた、町へ繰り出て警護する裏の人間の一人。

「よし。すぐに来てくれ。ノエルさんが吸血鬼と戦っている。すずかちゃんは無事だ。彼女を送り届けたら俺もすぐに――」

「私も連れて行ってください!」

「……すずかちゃん。しかし、君は」

「わかってます。私には戦う力がありません。けれど、だからといって逃げるなんていや。それに、早くいかなきゃノエルさんが死んぢゃうかもしれない」

「それは――確かにそうだが」

「お願いします」

ぺこりと頭を下げる。引く気は一切なさそうだ。

「いや。しかし」

当然だが、子供を戦場に連れていくことは許されない。心情的にも――そして、戦術的にも。

「恭ちゃん。連れて行ってあげたらどうかな」

「お前まで何を言い出すんだ!?」

「放っておくと、勝手についてきちゃうかもしれないよ」

「それは、家の人についていてもらえば――」

「それだけじゃない。ついて行きたいのは、遊びじゃないんだよね? すずかちゃん」

「はい。私にもできることがあるかもしれないから」

声には恐怖が混ざっている。それでも、迷いはなかった。

「なら、決まりだ。連れて行こう」

声は完全に本気のそれ。美由紀は遊びで言っているわけではない。恭也は声の真剣さを感じ取って。

「危険なんだぞ」

「それでも、さ。やらなきゃいけないことってのがあるんでしょ?」

「……はい」

「恭ちゃん」

二人ともに妥協する様子はない。

「……わかった。けれど、決して前には出ないと約束してくれ。夜の一族は決して無敵の不死者なんじゃない。刺されれば死ぬんだ」

「わかりました」

恭也はすずかを抱えて夜の街を疾走する。

 

 

 

「ひゃっはァ!」

鉄槌のごとき掌底が空を裂く。

「……ぐ……うう」

ノエルはすでにぼろ雑巾と見間違うばかりである。よく耐えた――が、決して逆転はできない。このまま削り殺されるのを待つばかり。

「どうしたァ。この程度かよ。詰まらねえな――殺しちまうぞ?」

弾丸のごとき蹴りをかろうじて避ける。いや、かすったせいで肉が抉れ血……いや、オイルが飛び散った。それでも、生身であれを受けることに比べたら何でもない。

「くっくっく。ひゃっはっは……」

縦横無尽に獣のごとき体術がノエルに襲い掛かる。

「……いい加減、調子に乗るな!」

どこから取り出したのか、その手には機関銃が握られていた。人など、木っ端みじんに吹き飛ばしてしまう火薬と鉄の化け物。

……火を噴いた。

「……」

そして、吸血鬼はそれがどうしたとばかりに近づいてくる。機関銃の掃射をものともせずに! 一歩一歩確実に。ゆっくりと近づいてくる――!

「そんな……馬鹿な」

「何が馬鹿だって? 意志を持った機械人形――面白そうだから遊んでやろうと思ったが、最後に頼るのがそんな玩具だとはな。失望したぜ。てめえはスクラップにしてやるよ」

ガン、と爆破でもされたかのような衝撃が手に伝わる。

蹴りで機関銃を粉々に砕かれてしまった。

「――あ」

シミュレート。残された武器……ナイフが一つ。しかし、彼を切りつけたために刀身が曲がっている。銃……殴り壊されてしまって、鈍器ぐらいにしかならない。

結論、絶望。打つ手がない。

「申し訳ありません、お嬢様。あなたとの約束は――」

「ううん。絶対に守ってもらうんだから」

「――な!?」

乱入してきた声は、自分が決死の覚悟で逃がした人のもので……自分が犠牲になっても守りたかった人。

「お嬢様、来ては駄目と……」

「大丈夫。ちゃんと恭也さんと美由紀さんを連れてきたよ」

「そういうわけだ。後は俺たちに任せてくれ」

「あなたたち……!」

流れる涙は、感動かそれとも機構へのダメージか。

「美由紀。行くぞ」

「うん、やろう。恭ちゃん」

 

高町恭也は思案する。

奴は強い。それに、ノエルを相手にして息一つ乱していない。彼女との実力差の証明? いや、それは違う。防戦一方といえども戦えてはいたはずだ。走っている間、戦いの気配を感じていた。ただ遊ばれているだけだったらそうはならない。

猫がネズミをいたぶるように、ではない。この吸血鬼はライオンが獲物を狩る様に慎重に体力を削って、そして殺すつもりでやっていた。手傷を負っていないのも当然、そういう戦い方をしていたからに他ならない。もちろん、実力が上だからできたやり方だろうが。

「美由紀。慎重にやれよ。……勝てない相手じゃない」

「うん」

そろりそろりと両翼に分かれる。どちらかに向かってきたら、もう片方が背後から襲い掛かる。ノエルに向かうのは論外――そんなことをしたら後ろから集中攻撃をされるのが目に見えているから、目の前の吸血鬼はそんなへまはしない。

そして、すずかも弱点とはなりえない。彼女はノエルと待機している。何かあったらすぐに逃げる。言い方は悪いが、彼女は囮だ。ゆえにこそ、危険はない。

「劣等にしては戦い方ってもんをわかってるじゃねえか」

何か意図があるのか、吸血鬼が発言した。狙いはわからない。もしかしたら単なる世間話だったかもしれない。けれど、それで注意が逸れるならもうけもの。こちらは2人なのだ。話に付き合うことにする。

「お前も、無差別に人を襲ってるしちゃずいぶんとクレバーだな」

「……はん。別に俺は自分が頭がいいなんて思わねえがよ。何も考えないっつーのはそいつの頭が悪いというよりも、ただやる気がねえだけだろう。血が上らねえうちは俺だって色々と考える。でなけりゃ、無敵の吸血鬼なんざ気取れねえ」

位置関係はアリが這うようなスピードで、しかし確実に変化する。

「そうかもな。けど、何も考えてなかろうが誰だって精いっぱい生きてるんだよ」

「だから殺すなってか? 勘違いすんじゃねえよ。俺が殺してきた奴らは精いっぱい生きてたろうさ。けどな、俺だって遊びで殺したわけじゃねえ」

吸血鬼を始点に角度がほぼ60度になった。

「じゃあ、何のために殺したんだ?」

「決まってるだろさ。真剣に――俺のために殺したんだよ。てめえもここで殺してやるよ。汚れてた血を入れ替えるために。入れ替え続けるために」

相手までの歩数は、大股で3。

「交渉の余地はないか」

「ないな。だがよ、一つ聞きてえことがある」

恭也と美由紀の歩みがさらに遅くなる。

「……なんだ?」

「てめえの名は? 劣等とはいえまごう事なき戦士だ。覚えておいてやるよ」

「高町恭也」

「それと、高町美由紀よ」

「ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」

話している間も恭也と美由紀はじりじりと距離を詰めていた。もうすぐ一歩で詰められるまで近づく。

「ひゃっはァ!」

その一瞬前にベイが動く。思考が防御から攻撃に移る一瞬の隙を狙われた。それは武道というよりも、獣じみた勘だろうが――

「っちぃ!」

隙を突かれた恭也に防御はできない。無理にやっても無様に吹き飛ばされ、隙を晒すだけ。なら、かわすしかない。

「おらァ!」

右ストレート。しかし、それだけではない。なにか悪寒が襲ってくる。あれはマズイ! かわすだけじゃ足りない。――退避!

真横に転がって攻撃から逃れた恭也は、触れてもいない地面が陥没するのを見る。――不可視の攻撃。しかも、体術に連動する形で。

「斬!」

しかし、ここにはもう一人がいる。獲物を逃がした――まさにその瞬間に全力の一撃を放つ。肉食動物が警戒を忘れるときは一つしかない。獲物を狩るときだ。

「っがあ!」

吸血鬼の首を狙った一撃は、当たる瞬間に気づかれ狙いをずらされ、鎖骨に当たり鈍い音を立てて跳ね返された。

「このォ!」

吸血鬼は不可視の攻撃を乗せた腕を振るう――が、すでに美由紀は退避している。だが、かまわずに前に出る。彼女を捉えるまで、暴走し爆走する。

美由紀の顔にわずかな苦渋が浮かぶ。突進は相手の性格もあるのだろう。しかし、それ以上にこちらの戦術をつぶしに来た。数で上回り、策で上回れば全力の一撃を叩き込むのも難しくはない。先ほどの一撃は狙いを外されたが、勘が鋭いだけならいくらでもだませる。

しかし、相手が策を呼んだ上で動いているなら危ない。ただでさえ、地力では勝てないのだ。吸血鬼だからかは知らないが、先ほどの一撃は追加攻撃までやってのけたうえに、素手でも十分人の体を砕ける代物。正直に戦りあったら命がいくつあっても足りない。

おそらく、当たれば死ぬ。威力の高さから、逆にかすり傷は致命傷にならないだろうが――追加攻撃の餌食になることは目に見えている。ゆえに。

「……恭ちゃん!」

美由紀が叫ぶ。覚悟を決めて、気合を入れた。ああ、やるしかない。攻撃を叩き込まれる前に、全力の一撃を叩き込む。もとより地力で勝る人外を相手にするときは短期決戦がセオリー。

「「小太刀二刀御神流裏 奥技之参 射抜」」

これが両者の出せる最速の突き。その一撃は吸血鬼の牙をかいくぐり、喉元へ届く。さらに同じ箇所へのもう一撃。もう片方の手に握られた小刀が、神速の勢いそのままに相手を貫――

「……っは」

けない。硬すぎる。表面をわずかに割っただけ――呼吸に困難すら及ぼさない。吸血鬼がギロ、と美由紀を睨み……意識がそれた瞬間に後ろから恭也の同じ一撃が首筋に届く。

「があっ! てめぇらァ!」

痛くはあったのだろう。吸血鬼は怒声を上げた。しかし、それだけだ。この程度の出血では到底動きに支障のあるレベルだとは思えない――っ!

危険な感覚がかわせない領域にまで迫った。

「小太刀二刀御神流 奥技之六 薙旋」

美由紀が不可視の攻撃に一撃を合わせる。右の抜刀……そして上空からの打ち下ろし。さらに左右からの挟み撃ち。計4撃を一息に打ち込み、不可視の攻撃を打ち砕いた。

「ほう」

吸血鬼が嘆息する。攻撃を砕いた……その意味が分かっている。ただの獣ならこのまま猛進する。しかし、彼は。

「うらアアアアアア!」

不可視の力を全身に漲らせて襲いかかる。少しばかりの反撃など、諸共に叩きつぶす気だ。

「……ぐ」

助からない。こんな攻撃はどう防いでも、いなしきれない。一度に落とせるのは一つか二つ。しかし、こちらに向かって来るのはゆうに20は超えている。

「……」

恭也は叫ばない。普通であれば泣き叫んで、許しを請うだろう。あの吸血鬼がそんな慈悲を持っていないことを理解しつつも。

しかし、彼は違う。諦めない。最後の一瞬まで――助ける方法を考える。駆けつける? 遠すぎる。ありえない。ならば、限界を超えるしかない。

「神速の領域」

世界がモノクロになる。時が引き伸ばされる。深い場所へ潜っていく。それは、目の前の吸血鬼すらも超える速度。

「……恭ちゃん?」

救出に成功。死のアギトから美由紀を引きずり出した。だが――

「が……ぐ……うう」

代償は大きい。体のどこもかしこもが引きちぎれた感覚が響く。限界を超えた能力を使用したせいで、神速を使用することもできない。そして、神速がなければ吸血鬼に攻撃を当てるのも難しい。

「絶体絶命って奴だな、おい」

「命乞いしたら、助けてくれるのかな?」

「は。そりゃねえよ。獲物が弱ったらすぐに止めを刺すのが利口なやり方なんだろうが、あいにくと俺は馬鹿でな。こうやって舌なめずりしちまうのさ。だから横からさらわれちまうんだけどな」

「なら、最後の力を振り絞ってお前を倒すしかないようだな」

「……いいねえ。生きのいい獲物は好きだぜ。高町恭也、そして高町美由紀だったか。お前らの名前、覚えておいてやるぜ」

「それは御免こうむりたいね。地獄で君に追われるのは遠慮させてもらいたい」

「ははっ。んじゃ――殺るぜ」

緊張感が高まる。どう考えても勝ち目はない。けれど、諦めることもできないから全力を出すしかない。

恭也と美由紀の頭には敗北などという余計なものは消えている。ただ、最後の一撃に全神経を傾ける。勝てるか、なんて関係ない。ただ、緊張の糸を張り詰めて、切れる寸前まで持っていく。

 

 

 

そこに、場違いな声が響いた。

「タンマタンマちょ~っと、タンマ!」

幼い声。そして陽気さ。現れたのは高町なのはだ。

「……なのは」

恭也、そして美由紀は高まった集中力が嘘のように拡散した。彼女の登場で、もはや戦の雰囲気は霧散して、残るのは道化の幕だけ。

「なんで、ここに? 家に居ろって言っていたのに」

「あら? 外に出ちゃいけないのはお兄ちゃんもじゃないのかしら」

こくり、とかわいらしく首をかしげて見せる。場違いなことこの上ない。

「俺は違う。御神流の剣士として――」

「町を守らなくちゃいけない、か。わかるわ、その気持ち。ええ、私もあの黄昏をずっと守っていたかったもの。守護者とはそういうイキモノ。けれど、心配する人もいるのよ?」

「なのはちゃん……」

「すずかちゃん、あなたも居たのね」

「あのね。私……」

わかってる、という風に手で言葉を止める。

「そいつは吸血鬼だぜ、マレウス。それを割ってみたら中はどうなってるのか――面白そうだろ?」

そして、吸血鬼がなのはに声をかけた。

「ベイ。あなた、こんなところにまで出てきて――言っちゃ悪いけど、あなたの生命力って本当にゴキブリ以上ね」

顎に手をつけて、言う。いや、ホントなんでよりにもよってあなたがいるのよ。なんて思いつつも。

「つれねえな。長い付き合いじゃねえか。よく二人でつるんでたろ? 一緒に劣等どもをぶち殺そうじゃねえか」

「お断りするわ。あなたが糞に尻尾を振ってる間に宗旨替えしたのよ」

仲がよさそうで、その実一片たりとも心を許していない冷たい目で吸血鬼を見る。因縁があることははたから見てもわかるが、しかし一体いつなのはにこの吸血鬼と会う時間があったのか。

なのはと吸血鬼を見る視線に不安が混じる。

「……へぇ。魂に刻まれた聖痕がうずかねえのかい?」

「うずかないわね。そもそもハイドリヒ郷は裏切り者も忠誠篤き者も同様に愛すわ。わたしは黄昏に下ったけど、黄金を裏切ったわけじゃないのよ。波旬の理に生きたあなたとは違ってね」

わけのわからないことを言っている。いや、どうやらなのはの方が事情通であるらしい。しかし、どうして?

「……波旬? なんのことだ……お前、俺の知らねえ記憶を持ってやがるな」

「あら? お兄ちゃんをしていた記憶は忘れちゃった? 似合ってたわよ。尻に敷かれてて、まるで捨てられないように必死な間男みたいだったわ、ベイ」

「お前こそ、幼女趣味だってのは知ってたが、こんなおままごとに本気になる奴だとは知らなかったぜ。そいつら――お前がレーベンスボルンでしたことを知っているのかい?」

「知ってるわけないじゃない。てか、生まれ変わりの話をしたのは、同じく生まれ変わりにだけよ」

「――お前以外にも来てるのか」

「まあね。あなたは知らないけど、元同僚よ。ナチスの。――それと、マキナ卿も来てるわ。他の世界に行っちゃったけどね」

「来てるのはそいつだけか」

「わたしの会った範囲じゃね」

「なるほど。――で、お前は俺の邪魔をするのか? マレウス」

「ええ。わたしの平穏をあなたの穢れた血で汚さないでくれるかしら? ベイ」

ぎりぎりと引き絞られるような緊張感が張り詰める。先ほどまでのにこやかな――少なくとも表面的には仲間の様に親しかった雰囲気が消し飛んだ。

「俺のことを――」

「わたしのことを――」

「「魔名で呼ぶなァァっ!」」

決壊した。おぞましい殺気があふれ出す。ああ、先ほどでさえこの吸血鬼は手加減していたのだと恐れ――では、それに対峙するなのはは何なのだろうと不安が心を侵食する。

「でりゃアアアアア!」

「おらアアアアアア!」

攻撃が交差する。コンクリートが踏み抜かれる。砕けた破片が宙に舞い、落ちる前に踏み出す足に蹴り砕かれる。

「忠義のかけらもない狂犬が」

「足を引っ張るだけのババアが」

「「調子に乗るなァ!」」

相打ち――しかし、かまわずに攻撃を繰り返す。殴り、蹴り、噛みつき――コンクリートを打つような音が響く。

そして、数百とも数千ともつかない交錯の後、素早く離れる。

「よお、マレウス。お前、弱くなったんじゃねえか?」

「――あんたもね」

今戦えているのはジュエルシードの力でしかない。それも、暴走させずに少しずつ力を引き出しているだけに過ぎない。プレシア戦の時のような全力は出せない。

だがジュエルシードはクロノたちがミッドチルダへと持って行っていなくてはおかしい。彼らはもとよりそのために来たのだから。

それがなぜなのはの手にあるか。それは簡単だ。盗んだから。もちろん、それは言葉の上だけで。実際には、プレシアに破壊されたジュエルシードの数を一つ多く報告し、一時次元航行艦に隠しておく。灯台下暗しという言葉があるし、それなら見つけられてもいいわけがきく。それを、彼女たちが元の世界に帰る直前に回収した。

そんなわけで、ここには一つのジュエルシードがある。しかし弱い。エイヴィヒカイトの力は前世に置いてきた。

吸血鬼の力も元は同一。エイヴィヒカイトは前世においてきて、今使っているのはただの名残。

両者ともに見る影もないほどに弱体化している。

「かもな。もっと食えや変わるかな? お前はどう思う」

「さあ。あんたはここで人を食えなくなるから、どっちでもいいわよ」

「そうかよ!」

暴風雨のような応酬が再開する。

 

 

 

「美由姉、恭兄」

いつの間にかいたフェレットが、美由紀、恭也、すずか、ノエルの4人が固まっているところに顔を出した。呆然となのはを見つめている四人はあっけにとられて、すぐに気付く。

「その声、ユーノか」

「そうだ。実は俺は魔法世界の住人だが、転生者なんだ。もっとも、なのはの前世は知ってるが、あの吸血鬼の方は知らない。黙っていて悪かった」

「なんで……」

「すずか。なんで俺やなのはが転生なんかしたのかは知らない。けれど、なのははお前のことを本当に大事に思っていたぞ」

「ユーノ君……」

「ユーノ、今は非常事態だろう。お前たちのことは話す気になったら話してくれ。だが、なのはは、前世があろうが俺の妹だ。あいつ一人に戦いを任せるなんてできない」

「話が早いな。あいつは言っていた――自分一人の力じゃ勝てないってな」

「なら、俺たちの力があれば別ってことか」

「話が早いね。吸血鬼の動きを止めてほしいんだそうだ。それさえできれば何とかできる」

「わかった」

「なのはが隙を作る。その際、確実に足を止めてくれ」

恭也と美由紀は刀を構える。いつか来る隙に全力を叩き込み、ユーノの頼みを果たすために。

 

 

 

「くっく。ひゃっはははは。お前じゃたたねえと思っていたが、実際戦ってみると面白いもんだなァ! ええ?」

「わたしは一杯一杯よ。この狂犬……!」

「つれねえな。いっしょに劣等どもを虐殺した仲だろ」

「そんなもんとっくに忘れたわよ。わたしの忠誠も愛も献身も、あの黄昏に捧げた――わたしもあなたも、黄金に忠誠なんて誓っていなかった!」

「……俺があの人を裏切るとでも?」

「ええ。ベイ、凶月刑史郎、あなたは波潤に尻尾を振る駄犬でしかないわ」

「ほざいたな――魔女」

「あら? 不満かしら」

「てめえは吸い殺す。長年連れ合ったよしみだ。一緒にハイドリヒ卿へ謁見するとしようぜ」

ずん、と空気が重くなる。吸血鬼がその本性を現し、自らの力を最大限に発揮できる世界を作り出す。

 

ああ、なぜ自分は黄金になれないのだろう。奪われ続けるのは畜生であるが由縁か。ならば、全身の血を入れ替えよう。

「枯れ落ちろ 恋人 死骸を晒せ」

黄金たるあなたに近づくために。いつか黄金の爪牙となることを夢見て。

「私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから」

無限に続く闘争の中で、無敵の英雄(エインフェリア)としてあるために。いつまでも戦い続ける。

Briah(創造)

ゆえに、世界よ紅く染まれ。

「死森の薔薇騎士」

 

辺りを覆う薄暗闇が、吸血鬼の夜に塗りつぶされた。

頭上には紅い月。

暗く――昏い光のささない世界。

「――っぐぅ」

そして、この世界は人を喰らう。

ただそこにいるだけで生命力が吸い取られてしまう。

「どうだ? 久しぶりだろ、この世界は」

「そうね。あんた、わたしがいてもノリで発動しちゃうもんね。文句言っても結局、聞いてくれなかった」

「そりゃお互い様だろ。お前の気まぐれだって結局治りゃしなかったろ」

「それもそうね。けど――実際、厄介ねコレ」

「お前にどうにかできるか? 早くしねえと、そっちのガキがやばいぜ」

「そうね。すずかちゃんって、病弱属性なトコあるから」

「なら、お前の渇望も久々に見せてもらうぜ」

「そう。お望みなら見せてあげる。きっと、共感してくれるわよ? お兄さん」

すう、と息を吸い込み朗々と歌い上げる。顧みられることのない一輪の花の唄を。

 

【皆私を残して逝ってしまう 誰も私を顧みない 寂しい 寂しい 私はいつも一人きりで 泣いて震えて沈んでいく 】

【仲間が欲しい 手を取り合いたい 皆と一緒に あなたと一緒に 一人にしないで 忘れないで 】

【ねえ だから横並びになりましょう 私のところに降りてきて 私があなたを引きずり下ろす】

【愛するあなた みな残らず 私の愛に巻き込まれたまま泥に沈んで お願いだから】

 

『――禍憑き』

 

 

「――あん? なんだそりゃ。てめぇ、いったい何をしてやがる」

「わからない?」

「――っ!」

ぞくり、と吸血鬼の獣の感覚に恐怖がさした。世界が変質している。昏い世界の一部だけが、なのはの周りだけが禍々しい緋色に毒されている。

「不幸なんて要らない。そんなものは他人に押し付ければいい。それが肉親に向くなんて、アンタも因果な人生を送ることになってたわね」

「こいつは……」

勘に触るものがあるのか、動こうとしない。わかるのだ――これは身じろぎしただけでも命取りになる。そういうアリジゴクのようないやらしさがある。すでに嵌ってしまい、もがいてもさらに沈んでいくだけのような。

「まあ、もっとも――これは再現でしかもただの猿真似だから、返しの風までは起こらない。都合のいいって思うかもしれないけど、世界なんてものは都合がいいくらいでちょうどいいのよ」

ニヤニヤと笑う。それはそうだろう。返しの風は呪いの代償。人を呪わば穴二つ。人を呪ったのだから、それは己をも呪うことを意味する。ようはデメリットだ。ドーピングを発言させておきながら、しかして副作用までは再現しないというのはご都合主義にもほどがある。

「――マレウス。ここまでやってくれるなんて嬉しいじゃねえか。ああ、なんだこりゃ? 腐ってたと思ってた食いモンが実はじっくりと熟成してたってか。“いい”な、てめぇ」

「口に合わないモノ食べると後で大変よ? ベイ。腹を下しちゃうわ」

「素敵なセリフだねぇ。けどな、俺はごちそうを前にして待てるほど行儀がよくねえんだよ。やろうぜ、マレウス」

「来なさい」

吸血鬼が加速した。いや、この夜は吸血鬼の世界。中にいる生命を喰らって無限に強くなる。無駄話をしていた間も刻一刻と。

「おらァ!」

やはり吸血鬼は突進。そして、センスで劣るがゆえになのはの不意打ちは通じない。吸血鬼の牙はなのはを飲み込む。

なのはは正拳突きを放つ。威力はあるが――そもそも相手を目で追えていない。適当に眼前を殴ってるだけだから、むしろ空振りにならない方がおかしい。

当然、なのはの攻撃ははずれ、吸血鬼の攻撃が当たる。その一瞬、どす、となにかが吸血鬼の背中に刺さった。何かの鉄の欠片。どうも変な風に折れたらしく、尖っている。

誰が想像したというのだろう。世界のどこかで“それ”が上昇気流に巻き上げられて、空を漂流。高空から落ちてきたその場所がそこだったなど。

馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そんな可能性を考えるなど時間の無駄だ。そんな、ありえない。偶然巻き上げられたソレが、偶然吸血鬼の背中に刺さるなど。

運が悪いなどというレベルではない。それはもはや呪われていると言った方がいい。そして、呪いならば、祓わねばならない。そうしない限り、不幸は続く。

ちょうどよい具合に背中を押された彼の顔面は、差し出すようになのはの正拳の前に置かれる。思い切りぶん殴られた。

「……がっ! なんだこりゃ――」

「言ったでしょ? 不運はいらない。そんなものは押し付けてしまえばいい」

「ぬぅ――。ああッ!」

吸血鬼は全身に血の棘を生やし、ハリネズミになる。さすがに判断が早い。何が起こるのかわからないなら、何が起きても対応できるように。

これなら全周囲を警戒できるし、攻撃できる。

「けど――それでどうにかしたつもり?」

「どうにかするんだよ――おらァ!」

そして、棘を放つ。

肉を切らせて骨を断つ。やはり決断が早い。多少のダメージなら黙殺して敵を殺す。もしくはその糸口を見つける。妥当な手だ。だが。

「それでどうにかできると思うの? どうしようもない不運を」

棘を放つ一瞬、足に力を込めた時に足元が砕けた。運悪く、コンクリートが劣化していて異常な脚力に耐えきれなかった。転んだ彼の棘はてんで見当違いの方向に飛んでしまった。

「そんなんじゃ、一生かかってもわたしに攻撃を届かせることができないわよ」

「そいつは――どうかな」

紅い月が一層強く輝く。

「……っぐぅ」

生命力を吸いとる力が強化された。これは塗り替えられた世界の法。運が良い悪いで、変わることはない。

「なら――その前に倒す」

「やってみろやァ」

またもや肉弾戦。その様相は先ほどとは違い、なのはが一方的に殴って吸血鬼が一人で空振っている。

足を踏み出しては足元を踏み砕き、体のバランスを取ろうとすれば滑る。運悪く、目にゴミが入っては目測を誤る。ゴミとはいっても、ふつうに1mmほどの尖った鉄片である。殴られ、蹴られ――しかし再生速度の方が早い。

「――っち」

舌打ちした一瞬、運悪く攻撃が入る。手を振り回したものが偶然当たっただけだが、吸血鬼の膂力がなのはの軽い体に作用すれば無事ではいられない。そのまま杭を打ち込まれれば殺される。

「――ガアアアアアアアアア!」

なのはに怯えが走った瞬間、天から雷が降ってきた。必殺を意識した瞬間、致命の偶然がやってくる。

「……っ!」

そして、吸血鬼をじっと見ていたもの。隙を狙って虎視眈々と機会を狙っていたものが動く。雷に打たれた瞬間、吸血鬼の体がびくりと痙攣するのが見えた。この一瞬は、痺れで体が動かない。

「「小太刀二刀御神流斬式 奥技之極 閃」」

基本。そして究極の一。なんの変哲もない基本に忠実でお手本そのもののような突き。恭也は左腕、美由紀は右腕を奪った。

己の身体を削られたことに吸血鬼は激昂する。

「オオオオオオオ!」

さらに紅い月の圧力が増す。

「――駄目か」

「二撃目……無理。立てない」

先の一撃で二人は力を使い果たした。すずかは元々戦う力を持っていない。ノエルはボロボロでもう動けない。なのはもまた生命力を吸い取られて立っていられない。ユーノすら結界魔導士で攻撃方法を持たず、そもそもデバイスを持っていない。

「俺の勝ちだ」

吸血鬼は勝利を確信する。自分の手でくびり殺すことはできなかったが、吸い殺すことができたので満足する。

「それは、どうかな?」

ユーノが呟いた。そして。

「疾風迅雷」

雷の大剣が紅い夜を照らす。

plazma zanbar(プラズマザンバー)

雷光が夜を切り裂いた。

「が……あッ!」

その一撃を放ったフェイトが胸を押さえて倒れこむ。

「フェイトちゃん!?」

「すずかが襲われたら私が助けるって言ったでしょ?」

苦しそうな顔で、それでも笑みを浮かべ倒れる。大出力の魔法を使ったことで、壊れたリンカーコアが激痛を発し熱を持つ。

「馬鹿な――オレの夜が壊れる……だと」

両腕を失い、また下半身さえ失った吸血鬼が慟哭する。

「しょせん、あんたは偽物よ。凶月刑士郎が否定したものの残滓。悪夢の残り滓。付き合い長いのに、ダメねあたしは。こんなことに、全然気づいてあげられなかったなんて」

「何を言ってやがる。あいかわらずよくわかんねえ奴だな」

「そうね。わたしはあなたに心を許していなかった。だから、気付かなかったのかもしれない。確かにこの戦闘能力は黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグのものよ。けど、お前には魂がない」

 

 

【どこにも行かないで 置いていかないで 私はとても遅いから 駆け抜けるあなたに追いつけない】

【ああ だから待って 一人にしないで あなたと並べる未来の形を 那由多の果てまで祈っているから】

【それが限りなく無であろうとも 可能性だけは捨てたくないから】

 

可能性の分岐。なのはが増える。影分身などではない――すべてが本物。そして、4人のなのはが、同じく4つのレイジングハートを掲げる。

「「「「ごめんなさい。わたしはやっぱり何もわかっていなかった。あの黄昏に教えてもらったことがある。それは真実だけど、わたしが黄金からなにも学ばなかったのもまた事実。本当に愚かね」」」」

「「「「それでも、しなきゃいけないことはあるわ。正直、あなたの残して逝ったものをかたづけるなんて趣味じゃないけど、けれどやるのなんてわたしくらいしかいないでしょう? 綺麗に消し去ってあげる」」」」

レイジングハートの先端に桜光が集まる。

「「「「……レイジングハート!」」」」 

「「「「|Starlight Breaker ≪スターライトブレイカー≫」」」」

4つの桜光が砕ける吸血鬼の夜を照らす。

「……ジャアアアア!」

最後に吸血鬼が選択した行動。それは逃亡でも防御でもない。彼が選んだのは反撃。雷に撃たれ、そして斬られた。両腕はないどころか、胴体だって斜めに泣き別れした。

けれど、どこまでも相手に喰らいつく。足がダメなら、這ってでも。這えすらしないのなら、頭だけになっても牙を突き立てる。血の咆哮が、杭となって駆け抜ける。

「……あ」

4つの桜光は吸血鬼を滅ぼした。

杭はなのはの一人の胸を貫いた。

なのはの目から光が消える。可能性の拡大――それは4人のなのはは全てが本物であるということ。そして可能性は収束する。

残る傷一つないたった一人のなのはが倒れ、死んだように気絶した。

“一回死んだ”。それは字面よりもはるかに重い事実。死を乗り越える精神力がなければ、精神が終わる。死に打ち勝つことができなければ二度と目覚めることはできない。




SLBをやりたかっただけなのに、どうしてこうなったんでしょうか。
もう少しだけ続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。