禪院甚壱成り代わり 作:相川
『禪院に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず』を地で行く一家に生まれたRTA、はーじまーりません。
はっきり言ってクソですわクソ。呪術師とやらは価値観が平安時代から一切変化していないのではないかと錯覚するほど男尊女卑で選民思想が根付いている。
仕方がないとは言えないが、呪術師とやらは太古の昔から排他的で一般社会からは距離を取った生活をしているから、新しい風が入ってこないのだ。
御三家と呼ばれる呪術師家系なら尚更。俺はそんな御三家が一つ、禪院家に生まれた人間である。
前世の記憶がなかったら、今頃俺は「男の三歩後ろを歩けん女は死んだらええ」なんてことをさも当然かのように言うガチクズになっていたことだろう。
呪力、術式。この世界に生まれたばかりの時は普通に日本に生まれ直したと思ってたのに、そんなファンタジーが存在する世界だと知った時は腰を抜かすかと思ったで。
そんな俺だが、年の離れた弟がいる。
天与呪縛だかなんだか知らないが呪力が一切ない。一般人レベルもない、一切合切呪力が無い。0である。
人であるならどれほど少なくとも、たとえカスみたいな量だろうと持っているはずの呪力を一切持たないことで、他の五感や肉体能力を限界まで引き上げるというなんともバグみたいなものだ。まあ実際バグである。
そんな彼の名前は禪院甚爾。俺とは似ても似つかないイケメン君である。俺はぶっとい眉に彫りの深いウホッいい男である。なんで同じ遺伝子なのにここまで顔の作りが違うのか。
そんな俺の弟だが、ぶっちゃけ強い。このままなら禪院家でも一番の強さを持った人間になるだろう。だが、このクソゴミ実家は呪力が0の甚爾のことを猿だと見下している。
そんな甚爾だが、頻繁に呪霊部屋へと放置されている。まあ禪院でも下の地位のヤツらがより下の甚爾をストレス発散の対象にしているのだろう。
呪具がなければ呪力がない甚爾は呪霊を祓うことは出来ない。
そのため、一方的にやられるだけの甚爾を見て楽しむ算段だったのだろうが、幸か不幸か弟は五感で呪霊を感じ取れる上に、素のフィジカルでもって逃げることもできる。
「無事か、甚爾」
「兄貴か。無事に見えんのか?」
「五体満足で生き残っているのなら無事だろう」
「ケッ。相変わらず薄情なこって」
口元に傷ができているが、生き残れているのなら万々歳だろう。……俺も禪院の価値観に毒されてきたかな。
俺という格上がやってきたことで呪霊たちは一斉に隠れてしまった。
ちなみに、俺はこの家で過ごすにあたって表情筋というものを失った。こんな家で笑えるわけが無いのだ。誰とも話が合わないし、話してても楽しくないし。
「さっさと戻るぞ。歩けるか?」
「それくらいなら平気だ」
「ならいい」
呪力が0だと言うだけで弟を虐げる禪院家ははっきり言って嫌いだ。何より甚爾よりも弱い奴らが率先して虐げているのがいただけない。
とりあえず口元を怪我した弟に応急処置をする。
「甚爾、お前デカくなったら家を出ろ」
「……は?」
「この家じゃお前は虐げられるだけだ。それは兄として気持ちのいいことでは無い。それに、お前はいずれ禪院家を壊滅させられるだけの実力を身につけるだろう」
「気に食わない奴らをボコして家を出るもよし、当主を殺して禪院家を掌握するなんて手段もあるが、まあ悪手だろう」
例え暴力で禪院家のトップになったところで、家の人間がついて行くとは思えないからな。
「どうだ?中々痛快だろう?」
「……兄貴はどうする」
「俺か?俺には術式も呪力もある。何より当主の甥だ、不便はしない」
俺がそう提案すると、甚爾は少し苦い顔をするもすぐに笑みを浮かべた。
「いいぜ。兄貴の思惑に乗ってやる」
「そうか。それは何よりだ。家を出た後の資金面に関しては俺が支援しよう。その代わり、当日になったら俺に知らせろ。酒の肴にする」
俺がそう言うと、甚爾は今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「兄貴も性格が悪いな」
「だろう?」
*
禪院家の当主はこの家でもまだまともな価値観を持っている人物だ。術式の影響なのか、よくアニメを見ていることが多い。なんだか嫌いになれない爺さんだ。
そんな爺さんの息子である禪院直哉なのだが、こいつがまた曲者で、なぜあの父親から生まれてきたのか分からないほど禪院の価値観に染まってしまっている。
まあ原因に関しては大体察している。次期当主として蝶よ花よと育てられ、実の父親とはまともに関わっていないのが問題なのだろう。そりゃあ頭でっかちにもなる。
俺としては年の離れた従兄弟のガキが調子に乗ってデカい顔をしているのが気に食わないという理由で、その性根を文字通り叩き直してやろうと思ったのだが、まだ小さい子供だしまずは言葉で説得するのが先か。
「なんや甚壱君。俺になんか用なんか?」
「用という程でもないが、お前、男尊女卑やら呪術師至上主義はあまり褒められたものでは無いぞ?」
「は?なんでなん?」
「はっきり言ってモテない」
「……は?」
「禪院家の次期当主ともあろう人間が女からモテないというのは些か外聞が悪いんじゃないか?それに、面の良い女は禪院以外でもたくさんいる。いざ好きな女ができた時、その性格ではすぐに破局してしまうだろう」
この年頃の男の子相手ならモテるモテないが最重要かと思ったんだが、少し食いつきが悪いな。
ならば別の方向から攻めるか。
「それに、次期当主なら一般社会を知っておくのも良いと思うが。見識を広めることができれば当主としての器が広がるのではないか?」
俺のその一言で直哉はハッとした顔つきになり、「なるほどな……」なんて言っている。説得は成功したとみて良いだろうか。
そんなこんなで直哉と話をしていると、不意にこの部屋の襖が開いた。
「兄貴、いるか?」
そうして入ってきたのは筋骨隆々で背丈の高い、俺とは似ても似つかないイケメンの弟だった。
「甚爾か。どうした?」
「え、甚爾君!?どないしたんこんな所に」
そう言えば、直哉は甚爾を尊敬していたっけか。甚爾が来た瞬間から直哉の表情が明るい。
「甚爾、直哉はお前のことを尊敬している。この禪院の価値観がクソだと言うことをそれとなく言ってもらっていいか?」
ここぞとばかりに俺は弟に耳打ちをした。尊敬している人の言うことなら直哉も聞くだろう。
「へぇ、次期当主サマがねぇ……。いいぜ、ついでにやってやる」
「ついで?」
「ああ。兄貴、例の件だが今日行うことにした」
「……!そうか。少し待て、酒を用意してくる」
なるほどなるほど今日にしたのか。
「武器庫から呪具は拝借したのか?」
「それはこれからだ」
「そうか」
よし、聞きたいことも聞き終わったし、俺は酒を用意しよう。あとはつまみも。
「甚爾君、何かするん?」
「あ?何ってそりゃあ、禪院家をぶっ壊すんだよ」
部屋から離れたところで、直哉と甚爾の会話が少し聞こえた。
それ以上は聞こえなかったが、直哉が叫んでいることは分かったので、何か口論になっているのかもしれない。
この日のために用意しておいた十二年物の白州がある。俺の資金ならもっと高い酒を買えたのだが、生憎前世の影響か高すぎる物を買うのは気が引けるのだ。
「戻った」
部屋では直哉が涙目で甚爾に縋っていたが、甚爾はどこ吹く風だ。全く取り付く島もないようで。
「そこそこいい酒じゃねえか」
「飲むか?」
「……そうだな。貰っとくぜ」
一人でラッパ飲みする予定だったから酒器はないが、弟だからそういうのは気にする必要がない。雑に瓶ごと甚爾に渡す。
「酔えねぇから酒が美味いなんて感じたことはねえが、今日ばかりは違うな」
「そうか?ならよかった」
「……俺はこれから気に食わねぇ禪院の奴らを潰す」
「……」
「だが家を壊滅させる気はない。精々呪具を奪ってクソ共に灸をすえるくらいだ」
「思い切りやってこい」
「ふっ……。言われるまでもねぇ」
そうして、俺と直哉の目の前から甚爾の姿が掻き消えた。
「見ておけ直哉。あれが禪院……いや、呪術師が生んだ怪物だ」
「……」
遠くで爆音と悲鳴が聞こえる。
隣では直哉が真剣な眼差しで禪院家の行く先を見ていた。
……嗚呼。今日はなんとも、酒が美味いな。
続くかもしれない。続かないかもしれない。