禪院甚壱成り代わり 作:相川
捏造です。あしからず。
甚爾が家から出て数年が経った。甚爾にボコボコにされた扇の叔父貴はトラウマになったのか最近まで部屋に引きこもっていたし、禪院家は半壊して立て直すのに苦労していた。
甚爾の兄である俺は禪院の奴らからネチネチと嫌味を言われることがあったが、甚爾の暴れっぷりは被害を受けなかった当主から見ると愉快だったらしく、なぜか俺と当主、それから直哉は一緒になって話すことが増えた。あとアニメを見たりするようになった。
この時期だとおジャ魔女どれみとか、グラップラー刃牙とか、シャーマンキング。あとはあの伝説の星のカービィが放送されていた時期だ。まだ2000年代はアニメ黎明期。とは言え名作は沢山あった。ガンダムSEEDとかね。
なんだかんだ当主のお気に入りだった少し昔のアニメ。銀河鉄道999とか、宇宙戦艦ヤマトとかも見させて貰った。面白かった。
「直哉よ、よく見ておけ。お前の術式に関して、アニメは良い参考になるだろう」
「それは分かったんやけどなパパ。そんなこと言って普通に見たいだけなんとちゃうん?」
「否定はせん」
「否定せえへんのかい」
甚爾が家を出て数年。直哉は当主と話すことも増え、価値観も禪院ではマシな部類に入ってきた。
俺はと言えば、扇の叔父貴のところに生まれた真希、真依と名付けられた双子の面倒を見ていたりする。双子と言うだけで呪術師的には凶兆だ。
呪術的に、双子は一人として扱われる。持って生まれる呪力は二人で分け合う形になり、それだけで呪術師としては落ちこぼれもいい所だろう。
だと言うのに真希は甚爾と同じような天与呪縛を持って生まれた。双子であるからなのか、甚爾ほど完全な逸脱には至っていない。
俺は悟った。彼女たちは禪院家で一番に虐げられるだろうということを。
まず一つ、女であること。二つ、双子であること。三つ、甚爾と同じ天与呪縛であること。
呪術師として虐げられる要素をふんだんに盛られている。扇の叔父貴は彼女たちが生まれた瞬間に絶望した。あの時の荒れようはとてつもないものだった。
まだ真希や真依は一歳だと言うのにその扱いは酷いものだ。
ちなみに、甚爾は結婚した。顔が良いんだから女くらいはできているだろうと思ってはいたが、まさか結婚するとは。
傍目から見ても甚爾は嫁さんにベタ惚れで、一度会ったことがあるが凛々しくて可愛らしい素敵な人だった。甚爾との関係は恋人と言うよりも姉と弟みたいな感じだ。
甚爾が結婚したと連絡が来た時は、祝い金として5000万ほどの金を口座に振り込んでおいた。
ふと、懐にしまっていた携帯電話が震えた。この頃はまだガラケーなんだよななんて思いながら、俺はマナーモードで震える携帯を取る。
着信元は、甚爾だ。
「もしもし」
『兄貴か?』
「ああ。どうした?」
『あー……。ガキがな、産まれた』
ガキ?
ガキとはあれか?子供のことか?甚爾と椿さんの子か?
「今からそっちに行く」
『あ?……おい、こっちにも都合ってもんが』
「どうせ暇だろう。俺が行って何か問題があるのか?」
『……ねぇけどよ』
「ならいいだろう」
椿さんには申し訳ないが、俺だって甥っ子を一目見たい。
どうせ甚爾はフリーの呪術師として、その日その日で依頼を受けているフリーターに近い生活をしているんだろうし、俺が行っても問題ないだろう。
*
「というわけで来た」
「早えーよ」
甚爾から連絡があってからすぐに駆け付けたのだ。そりゃあ早くもなる。
生まれて初めての甥っ子だ。俺は現在独身だし、禪院の奴らが決めたお見合いをする気はない。どいつもこいつも一言目には術式がーだの呪力がーだの馬鹿の一つ覚えのようにうるさいのだ。
「こんにちは、甚壱さん」
「こんにちは、椿さん」
甚爾は婿に入ったことで姓が伏黒となったが、少し羨ましい。正直言って禪院はもうこりごりなのだ。
伏黒夫妻が住んでいるマンションの一室を案内してもらい、リビングへと足を踏み入れた。
まず俺の目に入ってきたのは前にここに訪れた時とは異なるベビーベッドだった。四方を柵で囲って、赤ちゃんが落ちないようにしている四角い檻。
その中に入っていたのは甚爾と瓜二つの赤ん坊だった。今はすうすうと寝息を立てて寝ている。
「この子が?」
いやまあこの子以外いないのだが、如何せん実感が湧かなくてな。
……これが甥っ子か。同じくらいの歳の従妹ならいるのだが、甥となるとまた違った感慨深さがある。
寝ている赤ん坊を起こさないように、俺は近くにいる甚爾へと小声で問いかける。
「ああ。そうだぜ」
「名は何という」
「恵だ。伏黒恵」
恵か。
「どっちが名付けたんだ?二人で考えたのか?」
「いや、俺だ」
「……そうか」
甚爾が名付けた子の名前が恵か。
少々複雑な思いが俺の中で渦巻く。禪院家で恵まれなかった甚爾が、せめて自分の子は恵まれた人生を送ってほしいという思いの表れだと言うことが俺にも伝わってくる。
「なら、この子の名にふさわしい父親にならないとな?」
俺は今日日動かなくなった表情筋を駆使して少しだけ朗らかとなった(多分)表情で甚爾にそう言った。
「……そうだな」
今までで一番素直に甚爾は頷いたのだった。
「甚壱さーん!晩御飯食べてくー?」
俺と甚爾が感傷に浸っていたのも束の間、椿さんがキッチンから大声でそう提案された。
「食ってけよ、どうせ暇だろ?」
甚爾は俺の隣でニヤニヤしている。都合を考えずに無理やり恵に会いに来たことへの当てつけだろうか。
「そうだな。いただこう」
と言うことで、俺は伏黒邸で晩御飯を頂く運びとなったのだ。
*
「はい、甚爾くん。お皿持って行って」
「はいはい」
「俺も何か手伝おうか」
「あ、いいのいいの!甚壱さんはお客さんなんだから座ってて!」
そんな風に賑やかとなった伏黒邸だったが、賑やかにしすぎたのか恵が起きて泣いてしまった。
「ああー恵ー!甚爾くん、ちょっとお願いね!」
「分かったから、早く行ってこい」
そう言って椿さんはダッシュで恵の下へと行ってしまった。
「完全に尻に敷かれているな」
「うるせぇ」
「もっと傍若無人に振舞っているのかと思っていたが」
「兄貴は俺を何だと……」
まあ、禪院家での扱いからまともな性格へは成長しないだろうと思っていたが、あの家の人間にしては随分まともに成長したものだと、兄の贔屓目を抜きにしても思う。
椿さん特製の肉じゃがを食べながら、俺と甚爾は大事な話をしようと心構えを作る。
俺はビールを一口飲み、ジャガイモを口に入れて咀嚼してから、真剣な眼差しで甚爾を見る。
「恵だが、家に知られると面倒だぞ」
「ああ、まあそうだろうな」
甚爾がどれだけ禪院で迫害されようと、血筋は本流であることは変わりない。下種な話をしてしまえば、種としてはこれ以上なく呪術師向き。
これで恵が相伝の術式持ちであった場合、伏黒夫妻は優秀な種と胎と言うことで、エロ同人もビックリな扱いを受ける可能性があるのだ。
「当主はまだマシな価値観だが、扇の叔父貴はダメだ。去年だが、叔父貴に双子の娘が生まれたが実の娘を手にかけようとする寸前までいった」
「……双子か。気の毒だな」
「ああ。禪院でもマシなのは当主と直哉だけだろう」
「直哉?……あー、次期当主候補か。マシなのか?」
「ああ。尊敬する甚爾が家を出たというショックに俺が付け込んだ」
「兄貴、性格悪いな」
当主がまだ人道的である(当社比)ことがまだ幸いだろう。
だとしても、甚爾と椿さんの存在は禪院家に知られてはいけない。それだけは確かだ。
「最悪の場合は俺が後ろ盾になれるが、流石にあと数年は欲しい」
「というと?」
「今ではまだ俺の影響力はそこまで大きくない。直哉が次期当主としての地位を確立してからであれば、俺の発言力も増すだろう。バレるにしてもそこまでは耐えておきたい」
「なるほどな」
直哉と俺の関係は上々。今では俺が直哉に体術の訓練をしてやっているほどだ。俺の術式は面白みのない物とは言え、体術だけであれば禪院家でもかなりの腕だと自負している。
なにせ、甚爾に教え、甚爾に教わったのだ。これ以上ない競合相手だったな。
「直哉も相伝の術式を持っている。十種ではないが、このままいけば次期当主の地位は確固たるものになる」
ドロドロとした不愉快な会話を甚爾としていると、椿さんが帰ってきた。
恵を寝かしつけることに成功したようだ。やり切った表情がなんとも愉快と言うかなんというか。まあ子育ては大変だと言うけれども。
「二人で何話してたの?」
「あー、ちょっと大人のオハナシだな」
「……甚爾くんの実家のこと?」
「ああ」
ちなみに、椿さんには禪院家、延いては呪術界について説明済みだ。
俺が初めて伏黒夫妻と会った時に、甚爾と一緒にいることの危険性ということで警告しておいたのだ。まあ、その上で甚爾を愛すると堂々と言ってのけたのだから、甚爾はいい嫁さんを貰ったなと俺も安心したのだ。
まあ、呪術界と禪院家の腐りように椿さんはブチギレ、甚爾が受けてきた数々の所業を聞いてさらにブチギレ、手が付けられないほど荒れていたけれど。
……あの時以上に女が怖いと思ったことはない。
「まあ、安心しろ。悪いようにはしないさ」
「そうだな。俺たちは隠れて過ごしゃいい。実家の色々は兄貴に任せることにする」
「おお。そうしておけ」
伏黒恵。
どんな素質を持って生まれてくるのか分からないが、どうか幸せになってほしいものだ。
ママ黒は死にません。これがバタフライエフェクト。