禪院甚壱成り代わり 作:相川
甚爾が高専の体育教師として働くことになった。それに伴い、伏黒一家は高専の息がかかった場所での生活へと切り替え、かつてよりも実家への警戒を薄らせることに成功していた。
そして、なんの因果か俺まで高専に度々足を運ぶようになってしまった。
甚爾が高専に所属したという情報は、意外と早くに禪院家に伝わったのだ。幸い、椿さんや恵、津美紀の存在は高専が責任を持って隠し通したし、五条悟と言う最大の抑止力の存在によって安易に甚爾に手を出せるような状況ではなくなっていた。さらに、禪院家では甚爾は落伍者としての扱いと、禪院家を半壊させた悪魔として触らぬ神と化していたため、今更甚爾が高専に所属したとしても態々詮索するような人間はいなかった。当主には色々と聞かれたが。
さらに、直哉も高専東京校へと編入し、呪術師としての実力を高めているらしい。
夏油傑に関して言えば、つい先日とある村で非術師たちが呪霊が見える双子を虐げていた現場を見てしまい、自身の存在意義が揺らいでしまったという事件があった。
あの少年は非術師を守るために呪術師となったようで、あれほど醜い行いを平然と行う非術師に守るべき価値と言うものが見いだせなくなってしまっていたのだとか。
だが、それに関しては我が弟。甚爾が自身の境遇と禪院家の価値観を教え「術師だろうが非術師だろうがクソな奴はクソ。そんなことを考えるくらいなら守りたい奴を守れ」という教えを受け、立ち直ったようだった。現在、家族のために一生懸命な甚爾らしい励まし方である。
そんな夏油傑だが、今は五条悟と喧嘩をしている。
遠巻きに見ていた甚爾と家入さんを捕まえて、何故あれだけの大喧嘩をしているのかを聞いてみると。
「あ?あれだ、呪霊の味がクソまじぃってことをあの呪霊操術のガキが隠してたことに五条の坊が怒ってんだと」
「なるほど。というか、なんでバレたんだ?」
「ホラ、俺はいつも格納呪霊を胃の中に隠してんだろ?だから呪霊の味を知ってんだ。だから、そう言えば呪霊操術って呪霊を飲み込むんだよなってことに気づいて、よくもまあ毎日そんなゲロみてぇなの食えんなって言ったんだよ」
甚爾によるデリカシーのない発言が発端だったか……。
まあ、甚爾にそんなことを求めるほうが間違っているのか。だってこいついっつもギャンブルしてるし、人間としては多分底辺辺りにいるような人間だしな。呪術師がみんなろくでなしって言ってしまえばそれまでなんだが。
「あ、あいつら術式使おうとしてますよ。止めないんですか?」
隣でタバコをふかしながら「クズ共が罵り合ってらー」なんて呑気に特級二人の喧嘩を野次馬していた家入さんがそんなことを言う。
夜蛾が止めようにも、マジの喧嘩のようで第三者の言葉に聞く耳を持ち合わせていない。
「まずいな」
「そうだなぁ」
「いや呑気だな。止めに入らなくていいのか?」
五条は反転術式を覚えて茈ができるようになっているし、夏油は低級呪霊を複数組み合わせて特級相当の呪霊を作り出すなんて頭のおかしい術を編み出している。しかもなんか、領域展延なんて技術を習得して、無下限を突破できる手段を持っているというおまけつき。
「あ、あれって口裂け女じゃん」
隣にいた家入さんがそう呟く。
呪霊、口裂け女。簡易領域を展開し、口裂け女の質問に答えるまで不可侵のルールを強制するという術式を持った呪霊。
つまり、今五条は簡易領域によって無下限が中和されていると言うことでもある。
その隙に夏油は手持ちの呪霊を駆使して五条へと襲い掛かるが、五条は五条で速攻で質問に答えると、赫を放って一掃した。
「おい。これでは高専が崩壊するぞ」
「はいはい。仕方ねぇな」
面倒くさそうに甚爾は格納呪霊を取り出し、天逆鉾と万里ノ鎖を取り出して出陣した。あの状態の甚爾に勝てる相手なんて、そうそう居ない。例え五条や夏油だろうと真正面からやりあった時の勝率は五分五分なんじゃなかろうか。
というか、甚爾の強さはその圧倒的な身体能力と大量に抱えている呪具によるところが大きい。物理的な硬度を無視する釈魂刀ってなんだよ。ズルじゃん。
呪具を扱わない甚爾なら、俺でもなんとかギリギリ食らいつけるかもしれないが、呪具を使い始めたら勝ち目はない。
目の前では、今まで散々喧嘩していたというのにまるでラスボスに挑む仲間のように甚爾に向かっている最強コンビの姿が見える。
目にも止まらぬ速さで先端に天逆鉾を括りつけた万里ノ鎖が振り回されている。
逆鉾に当たってしまうと無下限が解除されてしまう五条は安易に攻めることができず、攻めあぐねていた。というか、無限に伸びる万里ノ鎖のおかげで甚爾は常に動き回りながら鎖を操っているから手に負えない。
馬鹿みたいに伸びた鎖で夏油の呪霊たちを相手しながら、先端は五条に向けているというなんとも器用な使い方をしているのだ。ていうかなんでそんな芸当ができるのか意味不明である。
ほら見ろ、七海と灰原、そして直哉まで呆然としているじゃないか。まあ、甚爾は呪術師としての階級こそない物の、実力的には特級くらいあってもおかしくない。『単独での国家転覆』っていう条件がなければ特級だっただろう。
甚爾みたいな実力者がいるんだし、準特級くらいの階級があっても良いと思うが。
そんなこんなで甚爾と最強コンビの戦いも佳境に入ってきたのだが、これって最強コンビの喧嘩から打倒甚爾にシフトチェンジしただけではないか?という疑問が俺の中で芽生えてきた。
というかそうである。
なんか喧嘩を止めるという目的で甚爾が乱入したせいで余計に被害が拡大しそうな予感がする。
「誰か止められる奴いないのか?」
「あの三人を止められるとしたら甚壱さんしかいないでしょー」
うんまあ確かに、範囲殲滅力は俺に分があるけれど、あの三人を止められるかと言われたら否だ。というか止められるような人はいない。
「でも可能性が一番あるのは甚壱さんでしょ?」
まあ、可能性の話をしたらそうなるんだがね。もし止めるってことになったらこの校庭の地形が変わりかねないんだが。まあいいか。夜蛾が遠くから何とかしてほしそうにこちらを見ているし。
俺の術式は名付けて“拳骨呪法”。大きさを自在に変えることができる拳を複数生成して放つことができるというもの。やろうと思えば実家を破壊するほどの規模の攻撃だって可能だ。
「【隕石】」
俺は術式を発動し、三人を覆うほどの特大の拳を一つ生成して空中から振りかぶる。
すると、甚爾は一瞬で俺の横に戻ってきて、夏油は防御系の術式を持つ呪霊を取り出していた。五条は何もしていない。無下限があるから。
「お前ら落ち着け。高専を破壊するつもりか」
「そうだぞー」
「お前にも言ってるんだがな甚爾」
何、自分は関係ないような表情で俺の隣に立ってるんだよ。
「あとは夜蛾に任せる」
全く、自分たちの強さを自覚してほしい物だ。お前らが暴れたら抑えられる術師なんて九十九くらいしかいないぞ。当の九十九は海外に行っているし。
なんだかどっと疲れた気がする。これから多分あの二人はもっと絆を深めあうのだろう。呪術界の今後は安泰だと思う反面、あの二人を窘められるような人材が必要だなと思うのだった。