大切な人をなくした。
それが私の夢を挫いた。
ヒーローは強くなければならない。
なら、弱い私はヒーローにはなれないのか。戦えない私はヒーローになれないのか……。
どん底の想いの中、目の前の敵から逃げ出した私だったけれど。
また別の、大切な人の言葉で私は立ち直れた。大切な人たちの想いで、夢を思い出せた。
倒すべき敵にも打ち勝て、失ったと思った大切な人を救うこともできた。私は再びヒーローになる夢を取り戻せた。
そう思っていたのは束の間、私はどうしようもなく不安な思いに駆られていた。
リビングのソファに座っている私の表情は暗かったと思う。
それとは対照的に、対面のソファに座るましろさんの表情は明るい。
「あげはちゃん、専門学校の実習で幼稚園の遠足に引率としてついてくだって、もう本格的に夢に近づいてるね〜」
鼻唄まじりにおしゃれなポットの蓋を押さえながら、二つのティーカップに紅茶を注いでいる。
「ツバサくんは空を飛ぶ練習だって家を飛び出していったけど、上手くいくのかな。エルちゃんまで連れてって、秘策がどうのとか、応用がどうのと言ってるのを聞いたんだけど……」
スプーンで砂糖をすくっては入れ、上品な手つきでそれをかき混ぜ溶かしていく。
「私たちは試験休みだから今日はのんびりできるね」
楽しそうに笑うましろさん。
私はそんな彼女を直視できずにいた。
「ましろさん……」
自分でも驚くほど弱々しい声に、私は自分が恥ずかしくなって、相手の反応を見るのが怖くなった。
「どうしたの? ソラちゃん」
何がどうしたと聞き返しはするが、訝しがる気配は毛ほどもない。彼女のその純粋な言葉に、心に、私の心はまた黒く塗りつぶされる想いがした。
「いつぞやの話です。私が戦えなくなった時、ましろさんのおかげで私は立ち直れました」
大切な街を、大切な人々を守るためのヒーローになると決意した。
一度は失いかけ折れた心を繋ぎ止めることができたと、そう思えたが、失うことへの恐怖を払拭できたわけではなかった。
「うん」
紅茶を注いだカップを差し出し、小さく頷くましろさん。
何を思うのか、そう思いながらも彼女の顔を見ることはできなかった。
「私は大切な人を失う悲しみを乗り越えて、ヒーローに立ち返ることができたと思っています」
「……。」
彼女はティーカップの取っ手を摘むように持ち上げ、淹れた紅茶を一口飲んでは、静かに私の言葉を聞いていた。
「ですが、大切な人を失う覚悟ができたわけではありません。以前のようにヒーローを目指す決意はできましたが――」
「大切な人を失うかどうかは私たち次第じゃない……? みんなの力を合わせて、シャララ隊長だって救えたんだから」
私の言葉を遮るように、ましろさんが応える。
「……。」
答えられなかった。
私たち次第だと。ましろさんは言う。
私たちの頑張り次第で、大切な人が守れるかどうかが決まると……。
だけど、それは、間違ってはいないが。そうではない。私が言いたいのは……。
「私は……。私は、ましろさんにこれ以上戦ってほしくないです」
ましろさんの紅茶の飲む手が止まった。
「それは、どうして……?」
言ってしまった。
友達に戦わせて自分は安全圏にいる。
そんなことを許容できる人ではないと知っている。
自分がそうなのだ。その想いは痛いほどわかっている。でも……。
失望させてしまったかもしれない。
後悔する自分。それでもと言い続ける自分。
どくん、心臓の鼓動が聞こえた。
「ましろさんに、友達に、これ以上傷ついてほしくない。私は強くなります。今以上にもっともっと強いヒーローになってみせます。だから……これからは私に任せてほしいんです」
以前にもこのようなやり取りをしたっけ。と、私はましろさんに出会って間もない時のことを思い返す。
そう、あれは初めて二人でアップドラフトシャイニングを放った時のことだ。
初めてできた友達。その友達が傷つく夢に苛まれ、友達が戦うことを許容できず拒絶してしまったあの時も。同じような言葉を口にした。
でも、友達だからこそ、お互いがお互いを想うからこそ、それが共に戦う理由になると、そう理解しあえたことを、思い返す。
そう理解しあえたはずなのに。今この場であの時と同じようなことを口にしてしまう。
それはきっと、失う恐怖を知ってしまったからだ。夢などではなく、現実の出来事として。その後、結果的にシャララ隊長は救うことができたが、本当にギリギリだった。一歩間違えれば……。そう思うと、心が凍り付くような気持ちになる。
彼女がどう思ったとしても、私はそれが許容できない。耐えられる気がしない。だからこそ、身を引いてほしい。私がもっともっと、もっともっともっと強くなるから……。本当の意味で、私に守らせてほしい。それを、どうか許してほしい。
入り混じり交錯する想いを余所に、私は彼女の反応を伺う。
怒るのか、悲しむのか。
喜ぶはずはない。
快諾するわけもない。
分かっていても、ぶつからないと。
でないと、きっといつか、後悔する日が来る。
そう言う確信があった。
「元はといえばこちらの事情に巻き込んでしまったのが始まりです。私なんかなんて言うなと自信をくれた。もうとっくにヒーローだと勇気をくれた。これ以上はバチがあたるというもの。だから、私に守らせてください。きっと、貴方のヒーローになってみせます」
強い意志で、想いで、真っ直ぐに、彼女を見て言葉を繋いだ。
「そっかぁ」
ましろさんはティーカップを置いて、落ち着いた様子で私の方を見ていた。
怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもなかった。
失望しているようにも見えない。
もちろん喜んでいるようにも見えない。
ただただ彼女の自然な姿が目に映る。
「ねえソラちゃん」
私の肩がびくっと震えた。
どんな言葉が、感情が帰ってくるのか。
それでもと思っていても、確信があろうとも、だとしても怖かった。
彼女が傷つくのは恐ろしいことだが、彼女が離れていくのも恐ろしいと思えた。
それは物理的にもそうだが、心がと言う意味でもそうだ。
失いたくない。離したくない。
「遊びに行こっか!」
え? とても短い、一つの文字が溢れる。
それは私の声だっただろうか。
怯える私の心を解くように、彼女は私に笑いかけた。
「動物園……はこの前行ったから、今度は遊園地に行こうよ!」
「え?え?」
「中学生用のチケットがあるんだ。あげはちゃんとは行けないんだけど、ソラちゃんとは行けるよ」
「いや、その、私は……だから……」
あたふたする私を前に紅茶をすっと飲み干すましろさん。
するとソファの隣に移動してきて私の耳元に顔を近づけると
「ソラちゃん、その話はまた後でね」
小さく囁く彼女の言葉に。
耳にかかる息遣いに私は文字通り耳から顔から真っ赤になって、身体を硬直させた。
「ほらほら〜善は急げ、だよ! 準備しよ」
「は、は、はいっ!」
とたとたと音を立てて自室に戻っていく彼女の後ろ姿を見送り、私はしばらくして身体が動くようになると、
恥ずかしさのあまりやけになり紅茶を一気飲みした。
〜〜〜〜〜
「ここが遊園地ですか!」
天気が晴れ渡る中、様々な乗り物とお洒落な建物に囲まれて私は心を躍らせていた。
「うん、ソラちゃんは初めてだよね?」
「はい。ましろさんのお家のテレビで見たことはあります」
「CMとか特集とかやってたもんね」
そう。見るのは初めてじゃないが、来るのは初めて。
動物園の時と同じ感動を味わっていた。
「今日はたくさん遊ぼっか!」
「でも、お金とかってどうなんでしょう。ヨヨさんからいくらかはお小遣いをいただいていますが……」
「大丈夫大丈夫、入場券と乗り物券、それとお食事券もあるから、そんなにお金はかからないよ」
ましろさんは持っているバッグから各種チケットを取り出してはひらりと見せてきた。
「それは大事なものでは……」
「大事なものだから使うんだよ」
チケットをバッグにしまいながら、変わらず笑顔で応える。
と思ったら途端に表情が曇った。
「……実は言うと、これ全部中学生用で、あげはちゃんと来るのには使えなかったから、しばらく埃被せてたんだよね。だから、ね?」
「あ、ありがとうございます……私なんかのために――」
「また言った」
条件反射で言葉が出たが、その私の言葉を彼女が遮る。
「え?」
「私なんかって、ダメだよ」
軽く眉間に皺を寄せる彼女の表情に私は焦る。
「あ、いや……」
「ダメ」
「は、はい!」
ピシャリと言い放つ彼女に言葉に私はたじろぎながら肯定し、自らの短慮を反省した。
すると彼女は満足そうに笑い、私の手を取る。
「じゃ、行こう!」
そこからは未知の体験の連続だった。
ジェットコースター
「うわああ! 前に横に! 登って! わわっ、空と地面がひっくり返ってます!! 落ち! 落ちます〜〜!!」
「だ、大丈夫だよ。私たちプリキュアだもん。これくらい……!! ひゃああああ!!!」
空中ブランコ
「うわああああ回る力ですっ飛ばされます〜!!!」
「ウイングと似たような技してたでしょ慣れたもんじゃないの〜〜!!?」
「全然違いますよ〜〜〜!!!!」
ゴーカート
「どっちが早いか勝負! ですね?」
「ふふふ、私をトロイ女だと思ってたら大間違いだよ〜? これだけは得意なんだよ〜」
「あっ、ましろさん速い……! 私も負けませんよ〜〜?」
メリーゴーランド
「あはは〜これは落ち着いて楽しめますね〜」
「そうだね。これならエルちゃんも連れてきたかったな〜似合いそうだよ」
「それならツバサくんも、あげはさんもですね!」
「うん。みんなの都合が合う時にまた来ようね」
「はい!」
コーヒーカップ
「これは……どうしてカップが乗り物に……?」
「それはどうしてだろう……あはは。でも楽しいよ、ほらここ回して」
「あ、なるほど、カップ自体が回るのですね? よーし任せてください!!」
「ちょ、ソラちゃん? やりすぎちゃ……きゃあああああああああ!?」
「ぐうぅ、まだまだです!!」
「いやあああああああああああああああ!!!!」
こうして楽しい時間が過ぎていく。
まるで夢のようなひと時。
こんなことがあるのかと、目を光らせ舌を巻く。
そんな私たちの前に一つの建物が現れた。
やや不自然な立地におどろおどろしい風貌の建物。
一通り園内を歩き回ったが、こんなものがあっただろうか……?
看板に目をやると“お化け屋敷”という文字が目に入る。
なるほどこの異様な様子はこのアトラクションの趣によるものか。
「どうです? ましろさん」
目の前の建物を指差して彼女に声をかける。
しかし彼女は乗り気ではないようだった。
「えっと、ここはやめとかない?」
じりじりと後ずさるようにして彼女は言う。
「えっ? なんでです? 面白そうですよ」
「いや、だって……」
ならやめておこうという思いの他に、自分の中に黒い心が芽生える。
彼女を守りたい。そのチャンスだ、と考える黒い心が。
「大丈夫です。私がついてます。きっと守ってみせます」
「いや……でも……怖いよ……」
怯える彼女の言葉を聞いて、反応を見てふと我に返った。
私は……なんてことを……。
「あ……ごめんなさい、やっぱりやめとき――」
「お二人さんどーぞー中に〜。すぐご案内できますよ〜?」
目の前の建物を担当している、遊園地の係員だろうか。
建物入り口にいたと思わしき人物が私たちに声をかけていた。
「あ、いえ、私たちは……。」
震える彼女に無理をさせるわけにはいかない。ここはきっぱり断って――。
「お連れの方はこういう催し物はお苦手ですか? 今ならチケットも要りませんし、景品が貰えますよ〜?」
「け、景品ですか?」
「夜にメインホールで行われる花火大会を最前列で見れる特別席のチケットです〜」
そういって係員はチケットを取り出して見せてくる。
そういえば、園内でポスターをよく見かけた。
今日は夜に花火大会をやると。場所と時間についての説明書きが至る所にあったことを思い出す。
「私、行きます。私が行くので、あとで二人分のチケットを貰えますか?」
花火大会、特等席。
ましろさんと一緒に見たい。
「ソラちゃん!?」
私の言葉に驚くましろさん。
だけれど、驚くことは何もない。
簡単な話。私がやればいい。
彼女に無理をさせる必要なんてない。
無理をさせることがなければ、悲しい結果なんて起ころうはずもない。
そう、話をしたではないか。
戦うのは"私がやる"と。
「ましろさんは待っててください。こんなの、すぐに終わらせてきます。私、得意なんです」
まるで絶望したように硬直するましろさんの手を握り声をかける。
すると、彼女は何か気づいたような不審な表情を見せた。
何を思ったのかはわからなかったが、わからないことを気にしても仕方ない。
「私だけでも二人分のチケット、いただけますか?」
係員に再度問いかける。
すると係員はニコニコと笑顔を崩さず応えた。
「もちろんいいですよ。お連れの方は外の……あちらのベンチでお待ちいただければと」
係員が指した方を見ると、ちょうどいい休憩スペースがあった。
なんともおあつらえ向きなところに、と思ったが、こういうアトラクションだ、同じようなことを考える人は多いのだろう。
「そ、ソラちゃんだめだよ……行っちゃ……」
ましろさんは震える声で私を制止する。
それでも止まらない。
「大丈夫ましろさん、行ってきます」
私はましろさんの手を離し、建物の中へと進んだ。
「一名様どーぞー」
係員の言葉を尻目に入り口の暗幕をくぐる。
心なしかその顔と声に冷たいものを感じたが、気にはしなかった。
構わず暗闇へ繋がる廊下を進んでいく。
角を曲がり、さらに長い廊下を進んでいくと、広いスペースに出た。
先ほどまで通路の隅々にあった足元灯もなく、本当の暗闇。
後ろを振り返ったが、先ほどの廊下もどこかわからなかった。
どこが進む道なのか。天井も壁も見えない本当の暗闇。
手足が強張った。
ごくりと喉が鳴る。
そうして立ち止まってるとヒヤリとした冷気を前方から感じた。
さらに暗闇の中、二つの光が見えた。
『ランボーグゥゥ〜……』
闇の中の獣が声を上げた。
楽しい時間が終わる。悪い予感はあった。
しかし……。ああ、やはり……。
彼女を置いてきて正解だった。
懐に仕舞っていたミラージュペンとスカイトーンを取り出して、私は目の前の敵を見据えていた。
「スカイミラージュ! トーンコネクト!!」
きっと、守ってみせます。
だから、安心して待っていてください。
to be continued...