「ましろさんは待っててください。こんなの、すぐに終わらせてきます。私、得意なんです」
怯える私の手を握りながらソラちゃんはそう言った。
その声を聞いて、勇敢さに満ちた顔を見て、安心するところなのだが、私はそれに気がついた。
ソラちゃんの手が震えていた。まるで、まるで最初にあったあの日、あの時のように……。
本当は怖いんだ。本当は逃げ出したいんだ。でも、それじゃダメだと、皆を守るヒーローにはなれないと、そう考えている。そう信じているのだろう。だから逃げない。その夢を、自分の考えを曲げないために。
きっと自覚はない。あの時もそうだったように。自分の信じるもののために彼女は進むのだろう。
何がソラちゃんをそうさせるのか、私は分かっていた。それをこの日の最後に伝えたかった。そのはずだったのに、こんなことに……。
『ただ、友達と一緒に走りたかったんです』
体育祭の選抜リレーの時のソラちゃんの言葉を思い出す。
そう彼女は私と走りたかったと言った。今回もきっとそうだったのだろう。何も好き好んでというわけはないのではないか。友達と、私と一緒に挑戦したかったのではないか。それを私は拒んで、今花火大会のチケットのためにと単身乗り込もうとしている。
そんなのはダメだ。ここで行かせたら、友達でいられない。友達でいる資格がない。
「そ、ソラちゃんだめだよ……行っちゃ……」
そう声をかけ制止したが、友達は止まってくれなかった。
「大丈夫ましろさん、行ってきます」
そう言ってソラちゃんは私の手を離し、建物の中へと消えていった。
「ソラちゃん!!」
すぐさま建物の中へ追いかけようとした。
しかし、それは叶わなかった。
ソラちゃんが建物の中に入った瞬間に、どういう仕掛けか入り口が消えてしまったのだ。
「なっ、どうなってるの……!?」
手で触れてもそこはただの壁。なんのタネも仕掛けもありはしなかった。
不安に襲われながら壁を見つめていると、背後に視線を感じた。
「ふっふっふ……」
先ほどの係員、普通の人に見えたが、様子がおかしい。
「貴方、何者なの……!?」
私の問いかけに答えるように係員は、帽子を脱いだ。
途端に白いモヤがその顔を包むように現れ、そして消える。すると、今まで隠していた素顔が現れた。
「貴方は、バッタモンダー……!」
変装して係員として潜り込んでいたバッタモンダー。
脱いだ帽子を放り投げると、得意げに笑う。
「カモン、アンダーグエナジー!」
地面に手をかざしアンダーグエナジーを放出。それはお化け屋敷の中へと吸い込まれていった。
「(まさか、中にランボーグが?)」
このままだとソラちゃんが危ない。すぐになんとかしないと……。
私はバッグの中に仕舞っていたミラージュペンとスカイトーンを取り出して、すぐに変身した。
『スカイミラージュ! トーンコネクト!!』
『広がるチェンジ! プリズム!!』
『きらめきホップ! さわやかステップ! はればれジャンプ!!』
『ふわり広がる優しい光、キュアプリズム!』
「出たなプリキュア。だが……」
バッタモンダーの手によって、さらにお化け屋敷内へアンダーグエナジーが注ぎ込まれる。
「動かないで! 1mmでも動いたら……!!」
手を前にかざし、プリズムショットを手に構える。いつでも放てるように、力を込める。
お化け屋敷内で何が起きてるかは分からないが、これ以上アンダーグエナジーを注ぎ込まれたら、ソラちゃんの身が……。
「嫌だね」
私の言葉もどこ吹く風とばかりにバッタモンダーは手のひらにアンダーグエナジーを溜めていく。あれをさらに建物内に注ぎ込むつもりか……。
それだけは阻止しないと。
私は手の中のプリズムショットを放つべく力を込めた。
「動くな!」
「っ!?」
バッタモンダーの言葉に思わず手が止まってしまった。
「そう、それはこっちのセリフ。1mmでも動いたら、このアンダーグエナジーをさらに建物内に注ぎ込む」
その言葉は、私の手を止めさせるには十分だった。
「中で何が起きているか、見せてやるよ」
バッタモンダーがアンダーグエナジーを溜めた方と逆の手で指を鳴らすと、建物の外壁に映像が浮かび上がった。
そこにら映るのはソラちゃんと、般若のお面をした武者姿のランボーグ。ちょうどそこにはスカイパンチを繰り出すキュアスカイの姿が。
しかし、キュアスカイの攻撃はランボーグの持つ芭蕉扇に防がれ、逆に吹き飛ばされてしまい、キュアスカイは壁に激突していた。
「スカイ!!」
私は悲鳴のような声をあげた。
私のその反応を見てバッタモンダーは得意げな笑みを崩すことなく、言葉を続ける。
「さあて、中々厳しい状況みたいだけど、さらに中のランボーグを強化したらどうなるかな?」
「くっ……なんて卑怯な」
「はっ、なんとでもいうが良いさ。このオレにこれ以上ないほどドス黒い憎しみを植え付けた責任を、今度こそ取ってもらう!」
激昂するバッタモンダーを前に、私は思考を巡らせる。
このままプリズムショットを放てば問題なく倒せるだろう。だが、アンダーグエナジーの注入を阻止できるとは限らない。
映像を見る限り今まで以上に強力な敵に見える。今のままでも危うく見えるのに、これ以上強化されたら……。
ソラちゃんならきっと倒してくれる。そう信じたいけど、彼女にこれ以上傷ついてほしくない。
たとえ強化されたとしても強行突破し、建物内に侵入するか。それもやめておいた方がいいかもしれない。外壁に穴を開けて簡単に入れるような構造なのか、不明瞭だ。
やはり、このまま彼女の勝利を願うしか。ランボーグさえ倒してくれれば、このままバッタモンダーを撃退することはできるだろう。
しかし……。
「っ!!?」
映像を見ると、ランボーグの放つ風の塊によってキュアスカイが吹き飛ばされていた。
思わず声が漏れる。歯噛みしながらも、目の前の状況を見据える。
どこかに隙があれば……。
「ひははは、いい気味だ!」
映像を見入るように眺めては悦に入っているバッタモンダー。
しかしそれも、長くは続かなかった。
キュアスカイの攻撃、攻撃すると見せかけて後方に周り180度ターンを決めてからの背後からの強襲。
「いっけー!!」
嬉しくて声を上げた。
が、それは向こうにとっては嬉しくない状況。
「くそっ、アンダーグエナジー!!」
バッタモンダーが手のひらのアンダーグエナジーを建物内に注ぎ込む。
私は大慌てで再度プリズムショットを構えて力を込めた。
注ぎ込まれたアンダーグエナジーの影響か、建物内はキュアスカイを残して真っ暗になった。ランボーグの姿が全く見えなくなる。一方キュアスカイの姿は鮮明に見えている。完全にアンフェアな状況へと切り替わっていた。
そんな状況の変化もあり、先ほどのキュアスカイの攻撃も不発に終わってしまっていた。
「プリズムショ――」
「おおっと、待て!!」
またもや制止の言葉が放たれる。
「全てを注ぎ込んではいない。注ぎ込んだのはほんの少し、五分の一ほどだけだ。残りはまだここにちゃんと残してる。それを撃てないって状況に変わりはないよ」
「くっ……」
どこまでも卑怯な……。
ランボーグがピンチになるたびに少しずつアンダーグエナジーを注ぎ込むつもりか。
そんなことをされてはキュアスカイの勝ち目が……。
だとしても、今目の前にあるアンダーグエナジーを全て注ぎ込まれてしまったら、それこそ勝ち目がなくなってしまう。
どうしたらいいのか。
「ふふふ、良い表情だ。少しは胸がすくってもんだ」
「こんなことして、貴方は満足なの?」
「ああそうさ。言っただろ。何度でも現れて、お前たちの嫌がることをやってやると。ソラ・ハレワタールはどんなことをされても負けないくらい強くなるって言ってたな。それがどうだ現実は! 一人じゃ何もできない。見てみろこの姿。弱い、弱いんだよォ!!」
キュアスカイの弱さを叫ぶその姿は見苦しく、みっともなく、醜かった。
なぜなら、それに比べて強大な敵を目の前に諦めずに立ち向かうキュアスカイは、ソラちゃんは、凛々しくて、美しくて、かっこよかったから。
「ソラちゃんを馬鹿にするな……!」
「いーや、馬鹿にするね。オレをここまでコケにしたお馬鹿さんにはいい薬さ。このアンダーグエナジーがなければソラ・ハレワタールはランボーグを倒せるだろう。それも良い」
暗闇の中防戦一方な状況を最後に、映像が途切れた。
「ランボーグを倒すことができれば、外に出てこられる。そこでだ。このアンダーグエナジーを注ぎ込む対象を考えてみようか。どうしたらソラ・ハレワタールが一番嫌がるだろうか?」
「……!?」
バッタモンダーはアンダーグエナジーを溜めた手のひらをこちらへ向けていた。
まさか、私に……。
「どこぞの隊長のようにしてみようか。プリズムボーグとして従えてあげよう。それで他3人のプリキュアにぶつけてみよう。プリキュアを倒せたらよし、逆にお前が倒されたとしたら、それはそれで面白い展開だ」
「最低……!!」
あの悲劇をもう一度繰り返す気なのか。今度は私を使って。
そんなことになったらソラちゃんは、今度こそ本当に……。
「泣き喚いてみなよ。そうだ、泣いて謝ったら許してやってもいいよ? ほら、どうする」
「泣かない」
「は?」
泣いて謝ったところでこいつが許してくれるわけがない。そんなことは私でも分かる。それに……。
「ここで私が泣いたら、ソラちゃんはもっと泣いちゃうから」
瞼を濡らしながらも私は、バッタモンダーを睨みつける。
「くそ、後悔するなよな!!」
アンダーグエナジーが放出される。
万事休すかと思われた次の瞬間、私の前に何者かが飛び出て盾となった。
「スカイ!?」
いつの間にか閉じていた建物の入口が開いており、そこから飛び出てきたのか、キュアスカイが代わりにアンダーグエナジーを受け止めていた。
出てこれたということは結局中のランボーグは倒せたということか。その代償かキュアスカイは身体中に怪我が目立っている。
そんな状態で、しかも大量のアンダーグエナジーを受けたとしたら……。
『プリズム……無事でよかった……』
彼女は心の底から安堵していた。ただ、私のことだけを心配していた。彼女のほうがずっとずっと重傷なのに……。
アンダーグエナジーを受け止めたキュアスカイはそのまま地面に倒れてしまう。バッタモンダーも予想外な展開に狼狽えている。
「許さないよ……。プリズムショット!!!」
すぐさま私は両手からプリズムショットを放つ。
何発か直撃したのか、後方は吹っ飛ぶバッタモンダー。
「ぐ……くそ、バッタモンモン……」
追撃する間もなく、黒い粒子になり消え去るバッタモンダー。どうやら撃退は成功した。したのだが……。
「スカイ!! ……ソラちゃん!!!」
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黒い世界にいた。
見渡す限り黒い世界。
空は黒、大地も黒。
「ねえ」
ここはどこだとあたりを見回していると、ふと声をかけられた。
声の主を探す。
そこにいたのは私。
「あなたは……?」
「私? 私は貴方」
その姿は幼い頃の私そのものだった。
うっすらと笑みを浮かべている。
「ねえ、ヒーローにはなれた?」
まっすぐな瞳でそう問うてくる幼い私。
「わかりません……」
自然とこの答えになった。
「大切な人を守れずに逃げ出したんでしょ?」
シャララ隊長のことだ。その件については、弁明する余地もない。
「その通りです。でも……それでも私には友達がいるから、友達にヒーローだと言ってもらえたから、もう一度、ヒーローに立ち返ってみようと、そう思ったんです」
その結果、友達のおかげでシャララ隊長も救うことができた。その時、何度敵が来ようと何をされようと負けないくらい、強くなってみせると、そう誓った。
「また大切な人が守れなかったらどうする?」
「それは……」
「友達を守れなかったら、どうする?」
友達を……ましろさんを守れなかったら、シャララ隊長の時のようになってしまったら……。
「させません……」
そう答える自分の声は、言葉は、あまりにも弱々しく、我ながら頼りなかった。
「どうやって? 敵は何度でもくるよ? どんどん強くなるよ? きっと今のままじゃ、守れない日が来るよ?」
「それは……」
だから、私はましろさんたちに戦ってほしくない。そう言った。戦うのは私だけでいいと。シャララ隊長にも無理をさせてしまったせいで、あんなことに……。だから、もう誰にも戦ってほしくない。傷つくのは私だけでいい。それなら何も失うことはない。傷ついてもどうってことなくなるほど、私が強くなればと、そう考えた。
「隣にいる友達を守る自信がないんだ」
「そんなことは……」
「だってそういうことでしょ?」
それは、私の胸に突き刺さる言葉だった。
「弱いね」
「私が、弱い……?」
強くあろうとした。今も鍛錬を重ね、努力が欠かさず積み重ねている。
どんな敵が来ようとも対応できるようにイメージトレーニングも欠かさない。
戦い方についても勉強している。
少しずつ確実に強くなっていってる実感があった。
「弱いよ、ここがね」
幼い私は私の胸を指差した。
「ここが、弱い……?」
私は胸に手を当て、その言葉の意味を思案した。
「ヒーローの意味をよく考えて、でないと、本当に全てを失っちゃうから」
そう言って幼い私は消えた。
黒い世界に取り残される私。
強さとは何か。私の弱さとは何か。
いったいーー。
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呼吸はしている。体調も問題はなさそう。
眠ったまま起きないソラちゃんの身体を近くのベンチに横にして、私の膝枕で寝かせている。
周りの街灯と、夜空に登り始めた満月のおかげで、私からはソラちゃんの顔がよく見える。
どこも悪いところはない。本当にただ、眠っているだけ。その寝顔は気持ちよさそうで、起こすのは忍びないくらい。
でも、目を覚ましてほしかった。
もう二度と目が覚めないような気がしたから。そう考えただけで、全身が凍りつくような思いがした。
「ねえ、ソラちゃん」
私は自然と語りかけていた。
「ソラちゃんと初めてあった時、覚えてる?」
エルちゃんを攫いに現れたカバトン。
召喚されるランボーグ相手に、まだプリキュアじゃなかったソラちゃんは、頑然と立ち向かった。
「ソラちゃんを止めるために手を握った時、ソラちゃんの手、震えてたんだよ。本当は怖かったんだよね。でも、私たちを守るために、勇気を振り絞って敵に立ち向かっていった」
あの時の情景を思い浮かべながら、私は続けた。
「かっこいいって思った。ソラちゃんみたいな人がヒーローなんだなって思ったんだ。私には真似できない。ソラちゃんは、私の憧れなんだ」
「だから、私はプリキュアになった時も、正直迷っちゃった。私なんかがって、思ったけど、あげはちゃんとソラちゃんの言葉に勇気をもらったんだよ」
語りかけるも、ソラちゃんが目覚める気配は全くなかった。
「体育祭の選抜リレー、覚えてるかな。ソラちゃんが私を指名してくれて、私は頑張って特訓したけど、本番で途中で転けちゃって、ソラちゃんの頑張りで勝てたけど、私は素直に喜べなかった」
「あの時もね。複雑な気持ちだった。私なんかができるわけない、なんてことをやらせるんだって。ソラちゃんを恨んだかもしれない。でも、期待されたことが嬉しくもあって。本番は上手くいかなかったけど、ソラちゃんが友達と走りたかったからって本音を語ってくれたのは、嬉しかった」
依然とソラちゃんは眠り続けている。
「シャララ隊長の時のことは大変だったけど、ソラちゃんが戻ってきてくれた時は嬉しかったんだ。手紙に書いたことは全部本心のはずなのに、もう戦わないでいいよって思ったはずなのに、ソラちゃんが戻ってきてくれて、隣にいてくれて嬉しかった」
「矛盾してるよね。それともどっちかが嘘なのかな? ねえ、どう思う?」
私はソラちゃんに問いかける。返事が返ってくるわけもないのに。
「答えはね。どっちも本当なんだよ。戦わなくていい、傷つかないでほしい、ゆっくり休んでほしい。っていう想いも、私の隣に一緒にいてほしいっていう想いも」
「どっちでもいいよってことじゃないよ。どっちも本当の想いってこと。じゃあどうするんだって話になるわけだけど……」
ソラちゃんの頭を優しく撫でて、続けた。
「それはね。ソラちゃんが決めたら良いんだよ。お家でゆっくり休むのも、私たちの隣に帰ってきてくれるのも。ソラちゃんのしたい方を選んでくれたらいいの」
「それでどういう結果になったとしても悔いがないって思えるなら、私は何も言わないよ。もちろん全力でサポートする。友達だからね」
ここからが本題。朝の話を、あの言葉に対する返答を。
「私に戦わないで欲しいって言ってたじゃない? でもね、分かってるんだ。お化け屋敷に入る時、ソラちゃんの手、震えてたんだよ? 本当は怖いんだって」
「私と一緒に行きたかったんだよね? 友達と一緒にって、想ってくれたんだよね。ソラちゃんはね、人一倍優しいけど、人一倍臆病なんだって知ってるんだ。それ以上に勇気があることも。だからね。本当は友達と一緒にいたいって、想ってくれてるって、分かるんだよ」
「だから、私は選ぶよ、ソラちゃんの隣にいるって。さっきの話と同じだよ。ソラちゃんが選ぶんじゃないよ、私が選ぶの。私がソラちゃんを助けるし、ソラちゃんは私を助けるんだよ。それが友達だから」
「だから、ねえ」
視界がぼやける。
「目を覚ましてよ……」
視界がぐちゃぐちゃに崩れる。
「悪い夢から帰ってきて……」
頬を一筋の涙が伝い、落ちる。
一滴の涙は、眠り姫の唇に触れた。
----------
どれだけ彷徨っていただろうか。果てしない黒の景色に、うんざりする気持ちを抑えて、私は前へ進んだ。
こんなことに意味はないかもしれない。どこにもたどり着けないかもしれない。
でも、
「聞こえたから、友達の声が、聞こえたから――」
ぽつりとこぼれる独り言。
その声にひかれるように、背後から声がした。
「あなたの弱さ、ヒーローの意味、何だか分かった?」
後ろを振り返る。そこには先ほどの幼い私。
「……誰がために、それが私には見えていませんでした」
短い言葉。そこに全てが詰まっていた。
「もう間違えない?」
幼い私は目を閉じ、ゆったりと確認するかのように問いかける。
「ええ、きっと」
私は即答した。
幼い私は満足そうに微笑む。
「よかった。貴方は私の夢だからね、私のヒーローさん」
「はい。安心して見ていてください。きっと、私はヒーローを張り続けて見せます」
そう言い放つと、真っ暗闇だった空が、徐々に晴れ渡るように青へと色を変えた。
そして、空と地面のその境界、地平線が広く輝き始める。
不思議な情景に私は開いた口が塞がらず、辺りを見渡すばかりだった。
正面に立つ幼い私は二コリと笑うと、私の後方を指す。
後ろを振り返ると、大きな虹が視界いっぱいに広がっていた。
それはまるで、手を伸ばせば届きそうなくらい大きな虹。
「綺麗……」
「ねえ、知ってる?」
後ろにいる幼い私は続けるようにして言う。
「虹っていうのはね。広大な空と、果てにある地平線を繋ぐ長い長い一本の橋なんだよ」
私は、思わず手を伸ばしていた。
「あの地平線の光の先に、プリズムへときっと繋がってる」
もう少しで触れられそう。
「さあ、手を伸ばして」
指の先が触れた。瞬間、私の身体は空を飛んでいた。
これで、たどり着けるのだろうか。
あの、ふわりと広がる優しい光の元へ……。
----------
「ましろ……さん……」
「ソラちゃん……?」
「はい……」
ソラちゃんはゆっくりと上体を起こして、私の手を握り心身ともに無事であることを伝えてくれた。
「よかった……よかったよぉ……」
気がつけば、ソラちゃんに抱きついていた。
栓が切れたかのように次々と涙が溢れた。
堪えようと思っても、意思に反して涙は止まらない。
「ましろさん、ありがとうございます」
「ソラちゃん……」
「ましろさんの想い、伝わりました」
抱きしめる手を緩め、身体を離すと、ソラちゃんは真っ直ぐ私を見つめて言葉を繋いだ。
「ほんとに……?」
「ええ。私は結局、自分のことばかり考えていました。私は皆さんが傷つくのが怖かったんじゃない、その結果自分が傷つくのが怖かったんです。それが、私の弱さでした」
涙をぬぐいながら、ソラちゃんの言葉を聞いていた。
シャララ隊長の件を皮切りに肥大化したソラちゃんの心の闇。
強くあれと鍛錬を増やし鍛える彼女の内に眠る心の弱さ。
その気配に気づいてはいた。だからこそこんな回りくどい方法で腹を割って話し合うつもりだったのだ。
言葉で説明するために、まずは彼女の精神を、心をほぐす必要があると考えていた。
その結果、とんでもないことに巻き込まれる羽目になってしまったが。
「気づいてくれたんだ?」
「はい。ヒーローが守るのは自分自身の心ではありません。それに……、ヒーローは一人だけという決まりもありません」
「その通り、だよ」
「こんな簡単なことに私、気づくことができませんでした。ましろさん、本当にごめんなさい」
申し訳なさそうに目をつむり頭を下げる彼女の姿に、私は小さな意地悪心が芽生える。
「そうだよ。今回は私、怒ってるんだからね」
「え、ええ!? って、当然かもしれませんが、その、すみません!!」
「私をおいていったこと」
「え……あ、お化け屋敷の時の?」
「そう。私をおいてちゃっちゃと行っちゃうんだもん」
ぷん、と私は怒る仕草を見せた。嘘だ、本当はそんなに怒っていない。でも、嫌だと思った。それは、私のわがまま。
その後ソラちゃんの耳元まで顔を近づけて、囁く。
「もう二度と、どこにも、私をおいて行っちゃダメだよ……?」
その後元の位置に戻って、ソラちゃんの手を握った。
「約束! ね?」
ソラちゃんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「は、は、はい!!」
そんなやりとりをしていると、夜空に一筋の光が打ち上がる。
すると瞬く間に光が爆発し広がった。
花火大会が始まったようだった。
「あーーー! 花火大会!! 最前席のチケットは!?」
こっちがびっくりしそうなくらいの大きな声で、驚きの声をあげるソラちゃん。
「あんなの、バッタモンダーが作った偽物だって」
「バッタモンダーって、あの係員が!?」
「そうそう、まんまとハメられちゃったってわけ」
「そんな……」
残念そうに俯く彼女を見て、何とか励まそうと彼女の肩に手を置き言葉を返す。
「少し遠いけど、ここからでも見れるから、それでいいじゃない?」
「そうですね。ここからでも綺麗に見えます」
大きな音を立て、次々と打ち上がる花火を見上げて、私たちは声を失っていた。
花火が終盤に差し掛かる中、私はすくっと立ち上がった。
「さあ、あとは帰りながら見よっか。花火を見てから帰るってお婆ちゃんには伝えてあるけど、それでも遅いと心配かけちゃうからね」
何かあってもプリキュアになれると楽観視してるところは否めないが、そうだとしてもあまり遅い時間に人気のないところを彷徨くのはよろしいことではない。
みんなを心配させてしまう。早めに帰るに越したことはない。
「そうですね。では、行きましょう!」
二人して遊園地を後にし、遊園地出口のバス乗り場にでバスを待っていた。その間も花火は上がっている。
「ましろさん」
俯き加減のまま、ソラちゃんは私の名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
「私もましろさんに一つ、約束をしてほしくて……」
もじもじと、指を交差させながらソラちゃんが切り出す。
「ましろさんも、その……どこにも行かないで、私のそばにいて……ほしいです……」
耳を赤くして恥ずかしそうに言葉を繋ぐ彼女の仕草に愛おしさを感じながら、私は満面の笑顔で応えた。
「うん、もちろんだよ」
私のヒーローさん。と、心の中で付け加えた。
fin