岸辺露伴が8番出口に挑戦したようです。

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第1話

 東京の新宿駅、大阪の梅田駅、この2つを聞いて、何を思い浮かべるだろうか?

 とある界隈では、迷宮やダンジョンなどと呼ばれているらしい。複雑に入り組んだ駅舎の通路は、通る人の方向感覚を失わせるのにうってつけだ。

 通路もそうだが、シンプルなほうが使い勝手は良い。

 しかし、世の中にはシンプルながらも迷宮のような通路が存在する━━。

 

 

「━━さて、バスの時間は何時だったかな……」

 

 岸辺露伴は杜王町へ向かうバスの時刻を調べる。

 今いるのは、M県S市で一番大きい駅だ。前日に東京の集英社で打ち合わせがあり、今しがたM県に帰ってきたところである。

 露伴は、手元のスマホでバスの時刻表を眺める。

 

「あと20分か。泉君に頼まれてた色紙を仕上げるくらいの時間はあるな」

 

 そういって顔を上げた。

 殺風景な白いタイル張りの壁。案内板。ただのシンプルな通路。

 

「……なんだ? 何かがおかしい」

 

 露伴の本能が語りかける。

 

「ここは市内で最も大きな駅だ……。それなりに人通りはある……。なのに、今は誰もいない……」

 

 あたりを見渡してみるも、人っ子一人もいない。あるのは一本道、ポスター、出口の案内板、監視カメラ。

 

「この駅に、こんな通路あったか?」

 

 普段からロクに外出しない露伴だが、この駅の構造は知っている。

 知っているのだが、見たことない通路に変貌しているのだ。

 

「……案内板に従えば、出口にたどり着くだろう」

 

 そんな淡い期待を持って、露伴は通路を進む。

 曲がり角を右に曲がると、長い通路になる。

 左にはポスターが6枚。右には扉が3つ。

 ()()()()()()()()、ただの通路だ。

 

「……僕が疲れているのか? 後でトニオ君のところに行こう」

 

 そういって通路を歩き出した直後。

 向こうの角から、一人の男性が現れた。

 

(一般人か……?)

 

 春先の暖かくなってきた今の季節に沿っているカジュアルな服装。

 男性は露伴のことを気にすることもなく、そのまま真っすぐ歩いている。

 露伴は一瞬、『ヘブンズ・ドアー』を使おうと考えたが、すぐに止める。

 

(一般人を巻き込むのは忍びない。僕だって常識くらいは持ち合わせている)

 

 男性は露伴の横を通り過ぎ、後ろの曲がり角を曲がっていった。

 

「ただの通路だな……」

 

 露伴は先を急ぐように、角を曲がる。

 またすぐに曲がり角を曲がると、見たことのある案内板が現れるだろう。

 

「0番出口……。この駅にそんな出口あったか……?」

 

 露伴は黄色い案内板をマジマジと見る。

 すると、その横にあった看板に気がつく。

 

「『ご案内』……?」

 

 ご案内の看板には、4つの文章が書かれていた。

 

『異変を見逃さないこと』

『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』

『異変が見つからなかったら、引き返さないこと』

『8番出口から外に出ること』

 

「異変、だと?」

 

 露伴は思わず鼻で笑った。

 

「漫画家を生業としているこの僕が、僅かな違和感に気付かないとでも思っているのか?」

 

 露伴は堂々と通路を歩く。

 

「誰の仕業か知らないが、この岸辺露伴を舐めるなよ」

 

 露伴は通路を進む。

 先ほど通った通路と全く同じ通路が現れるだろう。

 

「ふゥん、同じ通路が出てくるのか……」

 

 通路に足を踏み入れると、向こうから男性がやってくる。

 その姿を見て、露伴は少々驚いた。

 

「あの男……、さっきもいなかったか?」

 

 先ほどと同じように、露伴のことを無視して歩く男性。再び露伴の横をすれ違った。

 

「何か怪しいな……」

 

 その時、露伴にある考えが浮かぶ。

 

「後を追いかけてみるか」

 

 さっきまでいた曲がり角を曲がる男性。露伴はそれを追いかける。

 曲がり角の先では、男性がスマホを覗いているのが見て取れるだろう。

 露伴は後ろから、大胆にスマホの画面を覗く。その画面は真っ白で、何も表示されてなかった。

 

(なんだこいつ……。しかし、興味深い)

 

 露伴は手を上げ、男性の後頭部に触れる。

 

「『ヘブンズ・ドアー』」

 

 すると、男性の顔が本のページのようにパラパラとめくられ、男性はその場に倒れこむ。

 

「どれ、拝見させてもらうよ」

 

 そういって露伴はページをめくる。

 だが。

 

「!? なんだこれは……!?」

 

 そのページには規則正しく「0」の文字が並んでいた。

 どのページをめくっても、同じ文字が並んでいたのである。

 

「僕の『ヘブンズ・ドアー』は、その人が体験した『人生の経験』が書き込まれている……。それなのに、こいつにはそれが()()……。こいつ、本当に人間なのか……!?」

 

 しかし、今目の前にはっきりと存在している。

 そして露伴は一つの結論を導く。

 

「まさか、スタンド攻撃を受けている!?」

 

 先ほどまでいた通路が、急に禍々しく見えるだろう。

 

()()……と書いてあったな。なら僕は引き返させてもらうよ」

 

 そういって露伴は、男性を置いて来た道を引き返す。

 2つほど角を曲がると、黄色い案内板が見えるだろう。そこには大きく「1」と書かれていた。

 

「1番出口に変わっている……」

 

 それ以外に案内板には変わった様子はない。

 

「まァいい。とにかく、8番出口から出れば何も問題はない」

 

 露伴は通路に踏み込む。

 すると、また前から同じ男性がやってくる。

 露伴は通りざまに男性の額に触れた。

 

「『ヘブンズ・ドアー』。僕だって悪いと思ってるさ。でも、貴重な体験をみすみす逃したくはないからね」

 

 露伴は本になった男性のページをめくる。今度は「1」の文字で埋めつくされていた。

 

「どうやら番号と連動しているようだね。これ以上の情報はないか」

 

 露伴は男性から離れると、ポスターに視線を移す。

 

「このポスターにも異変が起きるのか……?」

 

 露伴は少し考えると、ポスターが飾られている枠を外そうとする。

 

「ここにサインでも入れておこう。次の時には残ってないかもしれないがね」

 

 枠を外すと、わずか1秒でサインを書き加える。

 

「さて。パッと見たところ、異変はなさそうだ。進むぞ」

 

 そういって露伴は通路を進む。

 次の案内板には「2」が書かれていた。

 

「なるほど。どんどん数字が大きくなっている。このまま8番出口まで進めばいいのか」

 

 露伴は通路に足を踏み入れる。

 再び向こうから男性が歩いてくる。右の扉に異常はない。

 

「ポスターのサインを確認してみよう……」

 

 そのままポスターに視線を移したときだった。

 アルバイト募集のポスターに書かれている若い男性の顔が、子供がクレヨンで書いたような少し不気味な絵になっている。

 

「……ほう。これが異変なのか」

 

 露伴は『ご案内』を思い出す。

 

「『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』……。おそらく、引き返すのが正解だろう」

 

 しかし、露伴にはある興味があった。

 

「もし、()()()()()()()()一体どうなるのだろう? せっかく異変を見つけたのだから、試さないわけにはいかないよな」

 

 露伴はそのまま、通路を進む。

 いつもの案内板が見える。その案内板には「0」が書かれていた。

 

「異変を見逃すと、振り出しに戻される。なるほど、単純明快なゲームだ」

 

 露伴は臆することなく先に進む。

 

「僕には少し簡単すぎるゲームだ。さっさとこんな場所から去ろう」

 

 通路に足を踏み入れると、向こうから男性が歩いてくる。

 しかし、何か様子がおかしい。

 

「なんだ? あの男、妙に()()()ないか……?」

 

 天井に届きそうなほどの背丈になっている男性。

 明らかに異変だ。

 

「ひ、引き返す!」

 

 露伴は走って、来た道を戻る。

 すると、今まで通りに案内板が出てきて「1」を表示している。

 

「よし。次に行こう」

 

 こうして分電盤室のドアが叩かれる異変、赤い水が押し寄せる異変、ドアから誰かが覗いている異変を見つけ、4番出口までやってきた。

 

「さて、次は何があるかな?」

 

 通路を進みながら、露伴は辺りを見渡す。

 

「うん、今回は異変はなさそうだな」

 

 そういって進む。

 進んだ先の案内板は「0」を示していた。

 

「なんだと……? この僕が異変を()()()()()?」

 

 露伴は壁を拳で叩く。

 

「そんなことはないッ! この岸辺露伴が些細な変化を見逃すはずがッ!」

 

 露伴は通路に入る。

 そして右手で目を覆いかぶせ、その場にへたりこむ。

 

「まるで手のひらで踊らされているようだ……。異変があるかないか……、それを8回も続けるのか……?」

「そうだ」

 

 突然の声に、露伴は声の主を見る。

 目の前には、いつもの男性がいた。

 

「そして君は、この単純明快なゲームに敗北するのだ」

「貴様ッ……! 『ヘブンズ・ドアー』ッ!」

 

 露伴はスタンドを繰り出し、男性に攻撃する。

 高速で連続パンチをするも、男性に攻撃が効いている様子はない。

 

「無駄だ。ここでは一切の攻撃は通用しない。通用するのは、進むか、引き返すか。どちらかの選択のみだ」

「き、貴様はなんなんだ?」

「私はこのゲームを盛り上げるためのおじさんだ」

 

 そういって男性は、露伴に手を伸ばす。その瞬間、「0」とかかれた案内板の前に移動していた。

 

(いッ、今のはスタンド攻撃……!?)

「確かにスタンドだ。しかし、これは決して攻撃ではない」

 

 男性は露伴に問いかけるように言う。

 

「『異変を見逃さないこと』『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』『異変が見つからなかったら、引き返さないこと』『8番出口から外に出ること』……。これは()()()だ。攻撃じゃあない」

 

 そういって男性は、顔を露伴に近づける。

 

「君がこの空間に来た瞬間ッ! 異変を見つけて引き返すかッ! 異変はなかったと進むかッ! その二つしか道はないのだッ!」

 

 露伴は思わず床に手をつく。

 

「さぁッ! どうするッ!?」

 

 男性は露伴に問いかける。

 その時、露伴の肩が震える。そして露伴は高笑いをした。

 

「アーッハッハッハッ!」

「何を笑っている?」

「いやァ、僕はときどき陰湿な人間だと言われる時があってね。貴様は僕と同じ考えをしている」

 

 露伴は男性を指さす。

 

「スタンドの本体は、この通路に隠れて静かに観察している。ボクシングを観客席で観戦するようにね。そしてそいつは、一度僕を見ている」

 

 露伴は男性のことを振り切り、通路の中ほどまで走る。

 

「そうッ! 本体はこの『従業員専用』の扉の向こうにいるッ! 『ヘブンズ・ドアー』!」

 

 露伴のスタンドが扉を強制的に開ける。ほんのわずかしか開かなかったが、そこには不気味そうに人が立っていた。

 そして「ヘブンズ・ドアー」が、その人に触れる。

 

「少し書き換えさせてもらうよ」

 

 ページがパラパラとめくられ、露伴はそこに命令を書き込む。

 

『異変は起こらない』

 

 そのまま露伴は、通路を全力で駆け抜ける。

 

「異変が起こらないようにすれば、ここは只の通路だ」

 

 黄色い案内板の番号が、順番に大きくなっていく。

 そして8番出口と書かれた案内板と、上に続く階段が現れた。

 

「ゲームの時間は終わりだ」

 

 露伴は階段を駆け上がる。視界が真っ白になり、露伴は一瞬意識を手放した。

 次に気が付くと、露伴は見覚えのある場所に立っていた。どうやら駅の外に出たようだ。

 

「ふぅ……。まるで迷宮のようだったな。でも、貴重な経験が出来た」

 

 露伴はふと、スマホの時刻を見る。すでにバスは出発している時間だった。

 

「……タクシーを使うか」

 

 迷宮は時として、人の心を惑わせる。露伴の強い精神力は、それに打ち勝ったのだ。


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