番外短編:寇討の天子 黎國VSパーパルディア皇国   作:御代川辰

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黎國VSパーパルディア皇国 その一

 日本(大和)国より西、抜剱國(フェン)のさらに西側沿岸線から離れた沖合に陣取る大小三百の木造船。その船々の帆柱のてっぺんには、地球共通の戦闘旗と“黎”の一字が記された旗が掲げられている。

 また甲板には数多くの水兵たちが装飾付きの槍を片手に陣を組んでおり、いかにも臨戦態勢と言わんばかりにものものしい雰囲気を醸し出している。

「…………降伏、撤退勧告の返答は」

 最前列の先頭で波に漂う無名の軍艦、その船長室には黎國水軍を束ねる大提督(こう)夷伐(いばつ)の姿があった。木簡に刻まれた文言に気だるげに眼を通しつつ、机に敷かれた海図を静かに見つめながら、その海図の中心にどんと置かれた無線通信機に問いかける。

 すると、数秒の間をおいて淡々と答えが返された。

覇朋國(パーパルディア)正規軍、及び所属の私掠船ともに応答はありません』

 無線機の向こう側にいる通信兵の言葉を聞き届けた夷伐(いばつ)は、「ふう」と短く息を吐く。何も難しい事はない、これからこちらに向かって来る連中が明確に敵になり、結果自分達の仕事が変わるだけ。

 友邦を攻撃する事なく本国に帰還するのなら御の字だったのだが、相手はこの世界における列強として国際的影響力を持っている。それ故一国民にまで列強の一員という自負があり、その自負が先行して外に向けられ侵略行為にまで発展しているのだ。

 そしてその害意が自分たち、ひいては自分たちと関係を持った国家に向けられているともなれば、わざわざ彼らに手心を加え時間を稼いでいる場合ではない。

「分かった」

 名は体を表すと言うが彼の場合はまさにその通りであり、黎國水軍大提督にして元帥府に名を連ねる夷伐(いばつ)は敵対的な異民族の軍勢を相手にしながら、あくまでも冷徹に迎え撃つ指示を下して席を立つ。

 つかの間の安寧を幼稚な目的で崩された黎國の民心には敵対者への情が存在しないように、軍兵たちの心中にも慈悲など欠片も残っていない。

「総員迎撃準備」

 船長室から甲板へ出た男は早速操舵室へと移り、備え付けの通信機に向かって一声号令を放てば、三百隻の大艦隊に乗り込む数千人の将兵たちは一斉に武器を海の彼方に向かって構え、さらに海中に潜む龍たちも波を起こしながら海面へと浮上し臨戦態勢になる。

 それは例え行く手を阻むものが大陸であったとしても、おそらく容易に乗り越えてしまいかねないほどに壮観で、この世界に栄える並みの国ではまず太刀打ちできない規模であった。

『陣形、氣流ともに良し。天候、海流に乱れなし』

 敵軍を迎え撃つ準備はすでに整い、後は氣操術を行使して敵を打ち払うか否かを判断するだけだ。

 

 そして一時間後、その時は来た。

『真方位零度に船影を複数確認、全て傲呪(パーパルディア)傘下の私掠船です』

 見張り台に立つ兵からの連絡が入り、将兵たちは少し足に力を入れる。当然ながら龍たちも例外ではなく、歯を食い縛って水平線を睨み付け、唸り声をあげている者もいる。外交の場で異常に高圧的な態度を取るだけの事はあり、やはり見下す者を捨て駒として使うのに全く躊躇がない。

 そして私掠船の乗組員はその鬱憤から敵意を外に向ける傾向があり、苛烈な略奪や凌辱が常態化している。これほどまでに人権を気にかける理由のない敵が自ら突っ込んで来るのだ、多少良心が痛むことこそあれど心おきなく殺戮できるのは非常にありがたい。

 夷伐(いばつ)は望遠鏡を通し艦砲が一門もない船を確認すると、帯に下げた袋から迷いなく水晶を一つ取り出して氣を込め、呆れ半分哀れみ半分の口調で私掠船団に告げる。

「黎國水軍大提督より、覇朋國(パーパルディア)所属の私掠船団に告げる。船首を回頭し早急に海域から立ち去れ。十数える間に退去が確認できなかった場合、貴殿らの目的に関わらず迎撃する」

 私掠船の乗組員らは例のごとくこの警告を無視し、抜剱國(フェン)の西海岸に接岸するべく船の舵を切る。そして敵側の大将がカウントダウンを始めてもなお、船を止めようとも進行方向を反転しようともしない。

 背後に立って略奪の正当性を保障しているのは列強国という事もあり、攻撃の意思があるのは明確なようだ。

「全火力の制限を解く。各位、攻撃準備」

 総計百数十億人分の民間人の命を背負っている立場からか、夷伐(いばつ)の判断は迅速を極めた。無線機を通じて冷たい声が軍艦に満載されている将兵たちの耳に入り込めば、彼らはある種諦めにも似た心境の中全身の氣を海に垂れ流し始め、龍たちも練り上げた自らの氣をゆっくりと海にしみこませていく。

 その間にも私掠船の群れは黎國水軍へと近づき、その距離は間もなく互いの矢の射程内に届く。相手はこちらを頭数だけ揃えた烏合の衆と侮っているが、もちろんこちらの船に乗り込まれれば一大事であるため、できれば乱戦になる前にけりを着けなければならない。

 よってまずするべき事は、敵の乗船を阻むための第一次防衛である。

「火槍隊、用意」

 命令とともにまず最前列の船のさらに前、軍艦の舳先に火槍を手に持った兵たちが陣形を崩して前に進み、野球ボール程度の砲弾と燃焼力の強い火薬を仕込んだ火槍の砲口を正面へと向ける。

 当然この動きは私掠船団の乗組員からもはっきりと見えていたが、さすがに雇い主であるパーパルディア軍が使う銃と大砲の存在を知っているらしく、最前線に移動した兵たちが持つ火槍を見た瞬間に停船作業に取りかかり始めた。

「……っ!」

 一海賊に敵味方の力量を正確に判断できる切れ者がいた事、そして一度は警告を無視していながら敵の装備を目の当たりにしたとたん、迅速に正しい判断ができる冷静さに驚愕する黎國軍を尻目に、向かいの私掠船団は停船作業を進める。

 そして帆を畳ながら海賊旗を帆柱から下ろしたかと思えば、その旗を銛と思わしき棒状のものにくくりつけて反時計回りに旋回させ始める。

 何が目的かはわからないが、少なくとも既に戦意は放棄していると判断できる。

「どうします…………?」

 正規軍や監察軍とは違い使い捨ての鉄砲玉である手前、頻繁に修羅場に首を突っ込まされるのは想像に難くはない。だが、実力第一の世界に生きてその経験を充全に活かせる結果に辿り着けるだけの判断力が、よもや列強の後ろ楯を自ずから放棄する決意に届くだけの覚悟に直結するとは、さしもの夷伐(いばつ)でさえ思い至らなかった。

「…………敵本隊はまだ私掠船団の後方だな?」

 ならばこちらが取るべき対応も限られてくる。すぐさま覇朋國(パーパルディア)の本軍が間近に迫っていないかを部下に問いただし、生け贄になるはずであった海賊たちの遥か後方を悠々と進んでいる事をを確認すると、私掠船団十数隻に乗り込んでいた海賊四百人超を無傷で捕虜とした。

 少数でいきなり多数を相手取るのは無謀に思われがちだが、陽動や撹乱と捉えれば話は別。覇朋國(パーパルディア)が大陸で勢力を築いた陸軍国の割に海戦慣れしているのは、やはり海運業と洋上での戦闘技術が発達した西方諸国の影響である事は火を見るより明らかだった。

「さて、雇われの盗賊の長は名将だった。問題は本物の提督がどこまで正しい判断ができるかだ」

 今回は奇跡的に無血で全員を捕虜にできたが、恐らく次はない。夷伐(いばつ)は手甲の紐を結び直しつつ、口角を少し持ち上げる。

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