番外短編:寇討の天子 黎國VSパーパルディア皇国   作:御代川辰

3 / 3
黎國VSパーパルディア その三

 事実上の宣戦布告が為されてから更に一時間後、アルカオン指揮下の艦隊は不気味なほどの静けさが包む海をゆっくりと進み、ようやく決戦の場となるフェン本島から百海浬ほど離れた遠洋海域にまで至っていた。

 が、敵である黎國の艦隊はまだ姿を見せておらず、拿捕された私掠船の船長の最後の報告以降動きを見せた様子もない。だが一つだけ、黎國艦隊の存在を確実とする証拠は確かに掴んでいる。

「魔力レーダーに最後に写った像ですが、極めて膨大な魔力の塊だと思われます。恐らく…………」

 副官は声を震えさせながらレーダー員からの報告書を読み上げるが、当のアルカオンはそれを片手で制止した直後に海図上の駒を見つめ、これは困ったと頭を抱えてため息を吐く。こちらの奇襲を予見して三百隻の大艦隊と四万超の大軍を動員する国力、私掠船を()()()()()奪いその上で乗組員を()()()()()()に捕らえた手腕もそうだが、何よりも脅威なのはこの二つではない。

「ああ、()()()()()()だ。始めからこちらを()()()()()()で備えたのであろうな」

 本土の臣民にしてみればニホンに並ぶ新興の蛮族第二号程度の認識なのだろうが、矢面に立たされる軍人にとって未知の敵である事はそれだけで戦略の不備を再確認するに値する。本来であればニホン海軍の迎撃による監査軍の任務が失敗した時点で、ニホン・黎國・フェンの三国同盟の阻止に動かなければなからなかったのだが、最悪のタイミングでレミールがしゃしゃり出てきた所為で予定が狂い、フェンと日黎両国の国交が成立してしまっている。

 少なくともムー国の科学技術に劣る程度の水準と思われるニホンはともかく、魔力感知レーダーを故障させるほどの大規模な魔法を扱う黎國は中央世界の神聖ミリシアル帝国、あるいは古の魔法帝国にさえ匹敵する脅威的な勢力と言える。

 アルカオンの心中における排除するべき敵の優先順位が大幅に書き換えられた瞬間は、まさしく今この時であった。

「…………閣下、今からでも遅くありません。早急に撤退し、皇帝陛下に対レイ国戦略の見直しを上奏すべきです」

 副官は前身の穴という穴から汗を溢れさせ、目の前の上官に進言する。無論理由など分かりきっていたが、アルカオンはあえて問う。

「続けよ」

 机に肘を着いて両手を組み、自分を見据える老練の男が放つ迫力にごくりと生唾を飲み込むが、それでも今は命と時間が惜しい。臆しつつも呼吸を整え、嘘偽りなくはっきりと自分の意見を告げた。

「このまま進軍を続ければ、艦隊は上陸地の影を目の当たりにする(いとま)もなく海の藻屑となりましょう」

 そうなれば海軍が保有する全艦の一割以上を喪失する事になり、戦争の継続はおろか本土の港を守る事さえままならなくなる。今後参戦してくるであろうニホンとの決戦を有利に進めるには、今ここで戦力をすり減らすのは余りにも分が悪い。

 ならば勅命に逆らってでもニシノミヤコ攻略を諦めて撤退し、現在展開している戦略を抜本的に見直してニホンとレイへの対抗策を構築していく他に手段がない、と言うのがこの副官の意見である。

 アルカオンは言葉で説明され改めて一理あると確信した。ここで何の報告もしないまま開戦し、レイ艦隊の魔法攻撃を前に手も足も出ないまま殲滅されて戦力を失うよりも、一度帰港して皇国上層部に事情を説明した上で戦略改訂を進言し、結果一人の提督が懲戒処分を受けるだけの方が遥かに安上がりである。

 私掠船乗組員への扱いから見ても敵も無用な戦闘を避けたいのは同じだと分かるため、実行してみる価値は大いにあるだろう。

「よろしい。海将閣下に進言してみよう」

 小さく頷き、魔信用の水晶に手を伸ばそうとしたその時、艦隊の最先端を進む戦列艦“カトラス”の主軸帆柱(メインマスト)で目を光らせていた見張りからの通信が入った。

『真方位0°ニ所属不明ノ艦隊見ユ!敵上空ニ魔力ヲ含ム水球アリ!繰り返す!真方位……』

 それはまさしく得体の知れないものを初めて見た瞬間に発する絶叫であり、恐怖と混乱が心中で渦巻いていることを示している。だが、それ以上の混乱がアルカオンの脳内を満たしていた。船乗りである以上気づけなくて当然だが気づかないのはあり得ない事、それが自分たちの理解外で起きている事に気づいたからである。

 ()()()()、という強烈な違和感が海図を見下ろす自らの目をえぐるような混乱を醸し出している。

(なぜだ!?敵はまだ遥か海の彼方で足を止めているはず!なのになぜ我々の目前に現れた!?)

 同じく通信を聞き取り動揺している副官を尻目に勢い良く椅子から立ち上がり、アルカオンは大急ぎで甲板(デッキ)へと走る。薄暗い船内を出しっぱなしの縄や砲弾に足を引っ掻けそうになりながら、帆柱(マスト)や兵を避けて甲板(デッキ)へと続く階段を目指して進み、ようやく手すりに手を掛ける。

(あり得ん!断じてあり得ん!気象海象の条件が整った上で風神の涙を最大出力で使い潰したところで…………)

 階段の段差につまづきつつ、船長室から飛び出して来た自分に驚く兵士らには目もくれず、何とか乗艦の甲板(デッキ)に到着してから更に艦の後方に移動する。そして、今もなお空から海を照らす太陽と艦に追従する多数の揚陸艦で見えにくくなっている後方、また同じく旗艦より先行する戦列艦で埋め尽くされている前方の海を見比べ、つい先ほど聞き及んだ報告と現状を脳内で照らし合わせる。

 だが、それでも理解し難い現象が起きているのだ。

(これほどまでに早く、()()()()西()()()()に至ることはできん!)

 唖然と見上げたその先には、海から汲み上げた大量の海水の球体が宙に浮かび、こちらをどっしりと見据えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。