怪文書置き場 作:ジャーム先輩
廃工場。最奥に位置する塗装エリア。
「はあっ、はあっ」
埃に塗れた大部屋にいるのは昏睡する十数人の人質と、彼らを救出に来た《魔笛》と《皇帝》。
「……………………」
そして、それを待ち構えていた二人のオーヴァードだった。
▼▼▼
時は少し遡る。
作戦開始時刻を迎え天本とアネモネが突入したのを確認し、あさひと神凪は姿を隠しつつ建物の裏手へ回った。
人質が囚われている塗装エリアは廃工場の奥に位置しているが、それ故に裏へ回れば直接乗り込むことができる。
「始まりましたね、行きましょう」
「はい!」
廃工場の入り口付近で突入組のレネゲイドが迸った。それに応じるようにあさひには覚えのないレネゲイドが噴き上がる。拠点に残っていたオーヴァードとの戦闘が始まったのだろう。
心配ではある。だがあの二人の強さを信じて吞み込んだ。自分たちの仕事は人質の救出、それが向こうの二人を助けることにもなると断じ、あさひは神凪と共に走り出す。
塀を飛び越えるとすぐそこに工場の外壁があった。神凪がそれに手を当てると、とぷりと壁の一部が液状化し穴が開いた。生まれた道を通り二人は部屋の中へと入り込む。
そこは事前の情報通り、広々とした塗装エリアだった。
かつては部屋を埋め尽くしていたのだろう様々な器具は全て回収され、何もないがらんとした空間が広がっている。
そしてその部屋の片隅に十数人の人質が倒れていた。
「神凪さん、あそこです!」
あさひは微動だにしない彼らに駆け寄った。
人質は20代~50代ほどの男女で子供や老人はおらず、一様に手足を縛られている。
反応が無かったため嫌な予感が走ったが、幸いにも彼らはただ気を失っているだけだった。見渡す限り外傷は無い、おそらくワーディングを使われたのだろう
「よかったあ、みんな無事です。神凪さん、この人たちは……」
振り返った先。同じように安堵している神凪の首へ氷刃が振りかぶられていた。
「後ろです!!」
「!?」
咄嗟に下げた頭上を氷刃が通過する。
襲撃者はそのまま神凪の腹を蹴り抜いた。
「ぐっ」
あさひ達がいた場所の反対側へ神凪が蹴り飛ばされる。氷の剣を手にした襲撃者は追撃するべく走り出した。
「させない!」
その動きを止めようとして
ぞくり
悪寒が走る。
否応なしに視線を向けさせられた。部屋の奥、あさひ達が入ってきた穴を塞ぐように、仮面のオーヴァードがもう一人立っていた。
「(─────あれは、一昨日の)」
あの時感じた力の差が呼び起こされる。
どうしてここにオーヴァードがいる?
突入組はまさか負けたのだろうか。違う、レネゲイドはまだぶつかり合っている。まさか待ち伏せされていた?
駆け巡る「どうして」とは別にあさひの目は周りの状況を必死に捉える。
背後に十数人の人質。その前に自分。そして侵入してきた穴の前に一昨日の炎使い。位置関係は人質と炎使いに自分が挟まれている形。
自分たちがいるのと反対側に神凪と氷使い。追撃は捌いたようだが神凪の分が悪い。繰り出される剣撃を避けるので手一杯。おそらく援護は望めない。
部屋の奥左側に自分と人質、中央左側に穴を塞ぐ炎使い、奥右側に神凪と氷使い。
炎使いはなぜか穴の前で立ったまま攻撃してくる様子が無い。ただじっとあさひを見ている。
撤退するべきだ。
この部屋本来の入口は残されているし、なんなら背後の壁を壊してもいい。
敵は待ち伏せをしたうえで襲い掛かってきた。それは即ち勝算があるということだ。
何よりも、あさひは一昨日の事件であの炎を防げなかった。目の前の男は間違いなくあさひよりも格上だ。神凪はぎりぎり互角、あさひに勝ち目が薄い以上、敗北は目に見えている。ここで全滅するより情報を持ち帰って戦力を整えてから来る方がずっと賢い。
─────そんな逃げ、あさひの頭に過りすらしなかった。
拳を握る。敵を見据える。
本当は恐い。能力が侵食されていく感覚は未だ手に残っている。相対するだけで膝が崩れそうになる。
けれど、自分が逃げれば後ろにいる人々はどうなる? 当たり前の日々を過ごしていたはずの彼らは。一人残される神凪は。
周りの人を守りたい。思い出した自分の原点。
それを、薄っぺらい嘘にしてたまるものか!!
「……………………」
炎使いが右手を高く掲げた。
ボウッ、と太陽に見紛うほどの炎が生まれる。
彼はそのまま動きを止めた。まるであさひの意志を試すかのように。
あさひは両手を突き出した。必ず守ると言うように。
手が振り下ろされ、火球が射ち出された。
バギン
あさひの前に白色の重力場が生み出される。空間を歪めかねない重力の壁に炎が衝突した。
「…………っっっっ!!!」
着弾の衝撃で腕が砕けたように感じた。白と赤のレネゲイドが嵐のように吹き荒れる。
射ち出された炎をなんとか止めた。しかしそれでは終わらない。
まるで二日前を焼き直すように、火球を受け止めた場所からずぶりずぶりと侵食が広がっていく。
『重力が燃やされる』という冗談のような光景。赤熱するように、白色の壁にゆっくりと赤が染み込んでいく。
「んっ、あ゛、あ゛あ゛あ゛っっ!!!」
染み込む赤色が半分を超えた。もうすぐ白色の重力は破壊され、業火が迫り来るだろう。
けれど絶対に後ろの人たちは守り抜く。この身を盾にしても食い止める。ちりちりと肌を焼く熱の前で悲壮な覚悟を決めるあさひに
「鳩原さん」
声が聞こえた。
部屋の反対側で戦っているはずの神凪の声。それが不思議と耳に響く。
「今、後ろにはたくさんの人がいます。巻き込まれただけの、普通の日常を過ごしていた人たちです。あなたがそれを止められなければ、彼らに明日は来ません。……そして、」
責めるような内容で、けれどそれは全く違う、あさひを信じきった声だった。
「
─────カチリと、最後の欠片が嵌まった。
「ッ!?」
赤の侵食が止まる。
赤熱した部分が……赤が白に染まりなおしていく。
そう、できる。だって。なぜなら。
「
白が焔を侵食し。そして。
歪みと共に巨大な火球が消滅した。
白の侵食はそのまま炎使いのもとへ進み──────────
▼▼▼
炎のようなレネゲイドを、あさひのレネゲイドが呑み込んだ。
天本はそれを正しく感じ取った。
「──────────」
そうですか。
あなたは本当に、その想いを貫くのですね。
もうとっくに、私の庇護など必要なかったのですね。
「─────ええ。私が間違っていました」
吹っ切れたような笑顔だった。
天本が右手を振る。
─────背後に数えきれない程の銃器が現れた。
「ッ!?」
対峙していた仮面のオーヴァードに驚愕の気配が浮かぶ。
それはそうだろう。先程まで天本はこんな規模の武器生成を見せなかった。できるならなぜ最初からやらなかったのか。
答えは簡単だ。
琵琶野市で過ごしたこの一年間。天本はその力を抑えていたが、成長しなかったわけではないのだ。
実戦での経験以外にも、単純に年を経ることによるレネゲイドの適合と増大。17歳のオーヴァードにとって一年とは膨大な成長時間であり、それは天本も例外ではなかった。
「『全力じゃねェが本気だ』、ですか。ふふっ、確かに言いえて妙ですね」
昨日の一幕。天本が感じたズレは正しいものだった。
一年分成長した身体を一年前の感覚で動かしていたのだ。当然ズレるし、本来の力など発揮できないだろう。
彼女の開花に蓋をしていたのは彼女自身の心。鳩原あさひを庇護する罪悪感。それが彼女の歩みを止めていた。
そして今、鳩原あさひの覚醒が彼女の蓋を取り払ったのだ。
言うまでもないが、通常一年のブランクをすぐに埋めることなど不可能である。
ただの気持ちの変化で一年分の軌跡を纏うことなどできるはずがない…………そんな常識を超えるからこその
『覚えておきなさい、玲泉。真理とは魂と数理によってのみ掴み取られるものなのだ』
……幼いころによく聞いた、“博士”の言葉を思い出す。
『この先の人生で、君は多くの迷いと困難にぶつかることになる。時には真理の在り処を見失うこともあるはずだ』
『だが恐れることは無い。真理とは魂と数理によってのみ掴み取られるもの。魂と数理を胸に抱けば、真理は必ずそこにある』
魂と数理に。
数理は此処に。魂もまた此処に。
であれば。
真理は何処に?
「─────真理は此処に」
背後に浮かぶ無数の銃器が融け落ち、天本の手に一丁の銃が現れた。
離れた場所にいるアネモネが天本を見る。目の前のオーヴァードに焦りが走る。
天本が引き金を絞り……爆発的なレネゲイドが迸った。
電磁力を纏う重力壁に弾丸が衝突する。
一瞬の拮抗を経て、銃弾が障壁を貫いた。
それはそのままオーヴァードへ突き進み─────
▼▼▼
「…………なんで…………?」
「……どういうつもりですか」
▼▼▼
白色の侵食が黒色の領域で止められた。
銃弾が右から飛来した銃弾に弾かれた。
二人はそれぞれその実行者…………
神凪は困ったように苦笑い。アネモネはしかめっ面。
二人が困惑に包まれたその時。
『ドッキリ大成功――――――――!!!』
「「……………………は???」」
工場中にメビウスの声が響き渡った。
書きたいシーンを書くために4万数千字書かなきゃいけなかった。
世の中の文字書きさん凄すぎる。