怪文書置き場 作:ジャーム先輩
劇場版ダブルクロス①
パシャリパシャリと水音が響く。
雨の降る街の中を、少女は必死に走っていた。
目深に被ったフードによって顔を見ることはできないが、それでもその背丈は子供のもの。
「あっちは…………駄目なの。こっち……!」
曲がろうとした方向から微かな笑い声を聞き、方向転換。少女は少しでも人気の無い方へ進んでいく。
必然、その体は大通りから外れた裏路地へ……人の目が届かない場所へと移ろうことになる。
「はあ……はあ……。…………逃げ切れたの……?」
「いいや」
やっと見つけた暗がりに身を潜め、漏れ出た呟きに応える声があった。
「ひっ」
「探したぜお嬢ちゃん。こんなところまで逃げてきて……ずいぶんと手間をかけさせてくれたもんだ」
雨の中を歩いてくるのは、街中には場違いなほど物々しい恰好をした男たち。
先頭に立つリーダー格の声には、倦怠と、隠し切れない嗜虐性が宿っていた。
「さあ大人しくついてきてもらおうか。もちろんお前に許されてる答えはハイかイエスだ。だがその前に……」
男が虚空を握り込む。
何も持っていなかったはずのその手には、日常ではまず見ることのない“剣”が握り込まれていた。
「その悪い足を斬り落とさなくっちゃなあ!」
「…………っ!」
振りかぶられる剣。
鈍い閃きを前にして、少女は必死に己の口を抑えた。
一秒後には灼熱の痛みがその足を焦がしたことだろう。
「そこまで」
─────一条の光が両者の間に撃ち込まれなければ。
重力を無視し、乱入者が少女の隣にふわりと降り立つ。
肩にかけた学生服。紫を帯びた黒髪。一房だけ跳ね返った頭頂部。
「…………何者だ、てめえ」
「コードネーム《
《
右手に漆黒の銃を握った少女は、10人を超える男たちの前でそう名乗った。
「その戦闘服を見るにそっちはFHでしょ? 何が目的かは知らないけどこの街での勝手を許すわけにはいかない。事を荒立てたくないし、退いてもらいたいんだけど」
「はっ。何を言うかと思えば」
男が剣の背で壁を殴りつける。それと同時に男は後ろ手で背後の部下に合図を出した。
「一人でノコノコやってきて『退いてください』? 戦ったら殺されちゃいますの間違いだろうが!」
「……………………」
「だが俺達は優しいからな。いいぜ、見逃してやるよ。そっちのガキを渡すならなあ」
「そう」
少女の震える体に九十九の手が優しく乗せられた。
「じゃあ、交渉決裂だね」
「やれお前ら!」
リーダーの合図と同時、三人の男が九十九に向かって飛び掛かる。
右から順に剣、ナイフ、大爪。狭い路地の幅を一杯に使って殺意が迫り来る。
九十九は右手を上げ、構えたナイフごと真ん中の男を撃ち抜いた。
撃たれた男は倒れ、けれど第二射よりも早く左右からの攻撃が到達する。
その刹那、剣は刀によって断ち斬られ、大爪は焔によって溶け落ちた。
「お待たせ、センパイ」
「隠れてた狙撃者の排除、完了です!」
「うん、ありがとう」
九十九の隣に現れたのは銀髪の少年と金髪の少女。
《
両者共に、高校生ほどの九十九よりも更に幼い子供。
しかし彼女らが放つレネゲイドと襲い掛かった者たちの惨状は、男たちを怯ませるには十分以上のものだった。
「てめえらどけ!」
舌打ちをし、後方に下がっていたリーダーが声を上げる。
その手には、いっそ大砲と言った方が似合うような大型の銃が握られていた。
「この狭さじゃ避けようもねえだろ、吹き飛べ……!」
そう叫び、怒りのまま凝縮されたレネゲイドの引き金を引く。
放たれた砲弾は遮るものなく突き進み、目障りなダブルクロス共を蹂躙した。
当然だ。これは対オーヴァード用の兵器。引き金を引けばそうなる以外の道が無い。
「は、ははははははは………………は?」
そう、引き金を引けば。
3人の邪魔者は変わらずそこに立っている。それどころか周囲には破壊の痕跡さえない。
「ぐ、うっ……!?」
リーダーを含めた男たちが困惑した瞬間、その体に莫大な重力が課せられた。
膝を突く彼らの後ろから二人分のゆったりとした足音が近付いてくる。
「『やれやれ危ないところだった。まったく困るぜ子供を撃つなんて。コンプライアンスには気を配らなきゃいけない時代だってのに』」
「君、そういうの気にするタイプだったのかい……?」
《始まりの
路地の入口からやって来た二人のバロールによって、男たちは挟まれる形になった。
地面に手を突くリーダーの頬に汗が伝う。
こちらは8人。向こうは5人。数の上では未だ有利だが、前後を綺麗に挟まれた。その上ヤツらの力量は明らかにこちらを上回っている。
いまだジャームとなってはいない男の頭に、現状の不利が浮かび上がる。
九十九華宵はそれを的確に感じ取った。
「もう一度言うけど、事を荒立てたくはない。退くっていうなら見逃す。けど、もしまだ戦うっていうなら─────」
「…………なら?」
「
男たちを囲む5者が莫大な重圧を纏う。
もはや彼に選択肢は無かった。
「…………退くぞ、てめえら!」
▼▼▼
男たちの一人が展開したディメンジョンゲートによって彼らは撤退していった。
それを見届け、レネゲイドが去っていったのを確認し。
「……ええと……」
「だ、誰が行きますか?」
「『ここは僕に任せてもらおうか』」
「センパイは絶対違うでしょ」
目深にフードを被った少女は壁を背に身構えている。
5人はしばらく目線を交わし合い、代表には九十九が選ばれた。
「さてと」
「っ」
「さっき言っていた通り、私たちはUGN。オーヴァード・非オーヴァードに関わらず、レネゲイド絡みの被害者を保護する活動もしているの。あなたを害する気は無いし、あなたが望むなら保護もする。だから、事情を聞かせてもらえない?」
「ぁ…………」
少女はしばらく逡巡し、やがておずおずと被っていたフードを下げた。
「お?」
「わあ……」
「おや」
「『へえ』」
くすんだ栗毛の髪。薄い肉付き。西洋系の顔立ち。
けれど彼女らを驚かせたのは他でもなく。
「──────────」
淡い光を帯びた、虹色の瞳だった。
▼▼▼
どこかの施設のとある一室。
その部屋は噎せ返るような血と臓物の臭いに塗れていた。
「ちっ。使えぬ愚図どもめ」
「ご立腹だね、《
「貴様が用意した雑兵の無能さゆえだ、《
舌を打ち、《女王》と呼ばれた女性が椅子を立つ。
手に染みついた赤色を振り落とし、部屋の中を優雅に歩む。
「だがよい。愚図は愚図なりに仕事をした。アレは今、名取という街にあるそうだ。支度をせよ、《
槍を携えた美青年。
大楯を備えた大男。
得物を見せぬ老人。
楽し気に笑う子供。
彼らは一様に、《女王》に向かって傅いた。
「『夢の卵』を─────このワタシの手の中に」