怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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劇場版ダブルクロス②

 

「っていうわけで女の子を拾って来たんだけど、こういう時ってどうすればいいの?」

「…………………………………………」

 

UGN名取支部。

フードの少女を連れて来たはいいものの具体的な手続きなどはわからず、わからないなら聞いてみようということで、凛・球磨川・九十九の三人は事務系統のトップであるアドルフ・ラインハルトの下までやってきた。

一通り事情を聞いた彼のリアクションは天を仰ぎ沈黙するというものだった。

 

「………………………………まず、身元の分からない者をいきなり支部まで連れてくるな」

「なんで?」

「内通者の可能性、マーキングの有無、支部の所在地が割れるリスク、エフェクトを仕込まれていた場合の警戒、伏せる必要がある情報の選別その他諸々だ覚えておけ。全く同じことを研修で説明されていることも合わせてな」

 

「……覚えてた?」「『おいおい聞くまでもないだろ』」などと言い合う二人を見てアドルフは海よりも深い溜め息を吐いた。

 

「その、ここに来るまでに追跡やエフェクトはできる限りで確認してきました。ひとまず問題ないと考えて……」

「『そもそもいかにも傷ついた女の子を冷たいセーフハウスに放り込むなんて酷すぎる! 手当を受けさせてあげたいと思うのが人情ってやつじゃないですか!』」

「黙れ。……はあ……その子は今どこにいるんだ」

「豊国センパイとこばとが医務室に連れて行ったよ」

「雪白か……それならまあ、治療と併せてセーフティチェックも任せられるか」

 

横手の端末に何かを打ち込み、アドルフは三人に向き直った。

 

「事情は分かった。だがまだその子からは何も聞けていないんだな? 悪いが保護に関しては話をしてみない限り何とも言えん。準備は進めておくが……その子の名前は?」

「……………………」

「『赤ずきんちゃん』」

「えー、虹色ちゃんでしょ」

「お前たち…………」

 

呆れるアドルフ。そんな彼の机に置かれた電話が鳴り響いた。

 

「すまん、出るぞ。……こちら情報室。ああ、ああ、……………………何? 保護した子が逃げた?」

「「「!」」」

「少し待て。…………いや、支部からは出ていないな。今出入り口を封鎖する。捜索については……」

 

アドルフの横で三本の手が挙がった。

 

「九十九、球磨川、白銀に頼む。そちらにいる豊国と四葩も動かしてくれ。支部の人間には見かけたら保護するように周知する。何かエフェクトが仕込まれていた様子は無いんだな? ……わかった。では頼むぞ」

 

アドルフが受話器を置き、三人を抑えるように掌を向けた。

 

「聞いていた通りだ。例の子供が治療と検査を終えた後に医務室から逃げ出した。お前たちにはその捜索を頼む」

「了解!」

「『やんちゃな子だなあ』」

「……………………」

「聞け、九十九。雪白が確認した限りマーキングやエフェクトの類は仕込まれていなかったそうだ。内通者の線も薄い。原因はわからないが単純に逃げ出したと見るべきだ。責任を感じる必要は無い…………いやそこの二人のように開き直られても困るが、要するに深刻な事態ではない。わかるな?」

「……はい」

「よし。では頼んだぞ、お前たち。見つけたらここまで連れて来てくれ」

 

こくりと頷き、三人の少年少女は部屋を後にした。

 

「『つまり迷子だろう? すぐに探し出してみせるさ、この迷子の大先輩が!』」

「……センパイは迷子なの?」

「『迷子だとも。人生という名の迷宮のね』」

「ひとまず手分けをして探そう。出入口は封鎖したそうだから捜索範囲は支部の中。豊国先輩とこばとちゃんには一階を頼むから、二人は二階をお願い。私は三階を探す」

「『っ…………!』」

「オッケー。ほら行くよ球磨川センパイ」

 

心なしかショックを受けたような球磨川を凛が引きずっていく。

それに構わず九十九は三階への階段を上っていった。

 

 

▼▼▼

 

 

暗がりの中で、その少女は静かに息を潜めていた。

明かりの無い部屋。自分の呼吸音だけが聞こえる空間。

隅っこに身を縮めていると思い出す。

 

牢に繋がれていた、あのセルでの日々を。

 

 

 

その少女はFHで生まれ育ち、しかしオーヴァードになることはない子供だった。

レネゲイドに感染はしていても覚醒する芽が無い。薬剤を使おうと精神負荷をかけようと能力に目覚めない、そういうタイプの人間。

FHにも非オーヴァードはいる。オーヴァードではないことを活かした工作員が。少女はそういった人員になるためにFHのセルで育てられてきた。

 

 

少女の日々が変わったのは半年前。

血塗れの同期に触れ、その少年が異形の怪物と化した日。

黒色だった眼球が、虹色の光を纏い始めた夜のことだった。

 

 

少女には奇妙な能力が宿ったらしい。

理屈はわからないが、少女が触れると相手は強大な力を手に入れる。

効果のない者もいたが、半分以上は少女が触れた瞬間にそのレネゲイドを激増させた。

 

触れれば相手は怪物になる。

恐ろしくないはずがなかった。そしてFHが拒否を許すはずもなかった。

夜になるたび、少女は暗い部屋の隅っこで痛む目を抑えて泣いていた。

 

そこからしばらくして、少女の日々はまた変わる。

セルのリーダーを名乗る女性がやってきたのだ。

噂を聞きつけ確かめに来た彼女は、少女の眼を見て目の色を変えた。

 

拷問まがいの研究が始まった。

今までやってきた接触行為はそのまま、少女の体はありとあらゆる「研究」を受けた。

オーヴァードではない彼女の体が自力で再生することはなく、再生装置に繋がれ新しい部位が生えてくる痛みに毎夜毎夜泣いていた。

 

それを哀れに思ったのだろうか。

いよいよ佳境というところで、とある顔見知りの研究者が命懸けで少女を逃がした。

座標を絞る余裕もなく開いたディメンジョンゲートを通され、少女は見知らぬ街に出た。

けれど8歳の少女が一人で安全な場所を手に入れられるわけもなく、彷徨ううちにFHの追手に見つかった。

そうして少女はあのオーヴァード達に出会ったのだ。

 

 

 

彼女たちはとても優しかった。

見ず知らずの自分を助けてくれて、体がぼろぼろなことに気付けば拠点まで連れて手当てを受けさせてくれた。

人生において本当に稀少だったものを一杯に受けた少女は、麻痺していたのだ。

 

自分に触れれば彼女たちは怪物になる。

そんな当たり前のことを忘れていた。

 

それに思い至った少女は、検査結果を見ていた医者と二人の付き添いの隙を見て逃げ出した。

建物の外に出ようとしたが出られず、仕方なしに人気の無い部屋を探して飛び込んだ。

電気を付けず、暗い部屋の隅っこで、捜索が止むまで身を隠す。

 

 

「見つけた」

 

 

その声がかけられたのは、体の震えを抑えられなくなった頃だった。

 

 

▼▼▼

 

 

いくつもの部屋を探し回り、また新たな扉を開けたところで、九十九の目は暗闇の中に縮こまった体を視認した。

 

「見つけた」

 

小さな体が強張るが出てこようとはしない。

ただ入口から声を掛けただけでは当てずっぽうだと思われたのだろう。

一つ息を吐き、九十九は暗い部屋の中に足を踏み入れた。

 

「来ないで!」

 

悲鳴のような声が上がり、九十九は足を止める。

 

「ち、近付いちゃだめなの」

「……どうして?」

「なっ、なのが触ったら、怪物になるの。危ないの! な、なにも言わずにここまで来てごめんなさい。す、すぐっ、出ていくから!」

 

少女はその場を動かぬまま、必死に身振りで近付くなと示していた。

頬に貼られたガーゼを伝って、虹色の眼から零れ落ちた涙が落ちていく。

 

「それは、あなたのその『眼』のせい?」

「っ!」

 

見開かれた少女の眼は、暗闇の中でも残酷なほどに光っていた。

 

「わ、わからないの。ちょっと前から急にこうなって、触った人のレネゲイドが怖くなるようになったの。なのが触ったらっ、お姉さんも、みんな怪物になるの! だから、近付いちゃだめなの……」

「………………………………」

 

『まだ軽い治療と最低限の検査しかできていませんが、彼女に爆弾のようなものが仕込まれている様子はありませんでした。そのあたりの安全が確認できたからこそ私は彼女に直接触れたわけですし、実際に何も起こらなかった』

『ですがそれでも全ての危険性が排除できたわけではありません。彼女に“何か”がある可能性は否定しきれない。……彼女を見つけた際には、慎重に対処してください』

 

豊国とこばとの二人づてに伝えられた雪白の言葉。

現状の診断では「ひとまずの危険性は無し」。しかし目の前の少女が嘘を言っているようにも思えない。

雪白がたまたま例外だったという可能性を考えれば、少女の言うとおりに近付かないのが一番の選択肢だろう。

だが。

 

「(…………ああ、やっぱり)」

九十九は少女の『眼』から一つの共鳴を感じ取った。

 

重なってしまう。

暗がりの隅で震える少女と、かつて夜な夜な響く呪詛に怯えていた一人のチルドレンの姿が。

 

同じだとして。“遺産”に呪われたかつての子供と同じだとして。

ここでその言葉に従えば、少女はきっとこれから先、誰とも触れ合えずに生きていく。

それがわかってしまったから。

 

 

「ぇ」

 

 

九十九は少女を抱きしめた。

 

「ぁ………………………………っだめ! 離れて!」

「ううん、離れない」

 

じたばたと藻掻く少女を力いっぱい抱きしめる。

 

「だめなの! お姉ちゃんもっ」

「大丈夫。目を開けて、こっちを見て。…………今の私は、怪物に見える?」

「え……」

 

顔を抑えられた少女が九十九を見て、やがて信じられないような表情を浮かべた。

 

「お姉、ちゃん」

「うん」

「ほんとに……ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫」

「うそじゃないの? なんともないの?」

「本当だよ。ほら」

「…………ぅあ」

 

少女はおそるおそる九十九に触れた。

何度も何度も彼女に変わりがないことを確かめた。

 

「な、なのは」

「うん」

「─────なのは、だれかに触ってもいいの?」

 

怯えに満ちた、希望を秘めた声だった。

九十九はそれに答えるように小さな体を抱きしめた。

 

「そうだよ」

「手をにぎってもいいの? 抱きついてもいいの? けがの手当てをしてもいいの?」

「うん。全部、全部いいんだよ」

「……………………あ、ぅあ、ぁ…………」

 

その憐憫が誰に対するものなのか九十九自身にもわからなかったけど。

 

「うわあああああああああああああん!!!」

 

それでも九十九は、少女を強く抱きしめていた。

 

 

 

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