怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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劇場版ダブルクロス③

 

 

「『やあやあ手当てを受けるなり逃げだして助けてあげた僕たちを1時間近く走り回らせた迷子ちゃんじゃないか! 元気だったかい迷子ちゃん! 僕たちは大変だったけど全然気にしないでいいんだよ迷子ちゃん! 逃げるのに気づけなかった彼女たちは叱られるかもしれないけど君が元気ならなによりだよ迷子ちゃん!』」

 

不届き者はボコボコにされ、五人と見つかった少女はアドルフの指定した部屋へとやってきた。

 

「触れた者のレネゲイドを増大させる、か。なんとも厄介な話だが…………九十九と、治療の際に接触した雪白に影響は無かったんだな?」

「はい。接触してから10分以上は経ちましたけど、特に変化は感じません」

「となると何かしらの条件付きか? 判明するまでは接触を避けるべきだな」

「……………………」

「『えい』」

「!?!?!?!?」

 

球磨川が俯いた少女の頭に手を置いた。

 

「ななななななにをしてるの!? 危ないって今言われたばっかりなの!!」

「『ぐわああああああああああ!!』」

「いやあああ! お兄ちゃーーーーん!!」

「『なあんだなんともないじゃないか』」

「!?!?!?!?」

 

学ランの少年は再びボコボコにされた。

 

「『ふ、ふふ……。しっかり自分も殴ってくる、その気概は嫌いじゃあないぜ迷子ちゃん』」

「な、なの……。本当にびっくりしたの……」

「じゃあ迷子ちゃん、俺ともハイタッチ! イェイ!」

「なの! …………なの!?」

「オッケー、俺もなんともないよ」

「じゃ、じゃあ私も」

「では折角だし私も、と」

「わ、わわわわ」

 

凛に続いてこばとが抱き着き、豊国がむにゅりと頬を挟む。

少女はどうしていいかわからず、慌てながらされるがままになっていた。

 

「……影響は無いようだな」

「『ご覧の通りですよ』」

「ほ、本当にだいじょうぶなの……?」

「うん、見ての通り。よかったね。…………それで班長、保護の件については……」

「認めてもらえる、ということでいいのですか?」

「いや、駄目だ」

 

硬い声が響く。

豊国が目を細めた。

 

「それは何故?」

「単純に危険性が計れん。お前たちに影響は無かったが、その子の話、それに実際に追手がかかっていた以上その子に“何か”があるのは確実だ。それもレネゲイドの増大に関わるものがな。その“何か”についてより具体的な情報が得られない限り、この支部に彼女を置くことは許可できない」

「……まあ、道理ですね」

「そんな……。な、なんとかなりませんか」

「レネゲイドを増やす体質とかで調べられないの?」

「無茶を言うな。何の手掛かりもなしには……」

「…………いえ」

 

全員の視線が集まる。

悩まし気に声を上げたのは、少女の隣に座る九十九だった。

 

「手掛かりが一つだけ。─────この子は“遺産継承者(レガシー)”です」

「「「「!」」」」

「「?」」

「確かなのか」

「おそらく、ですけど……。出会った時、そして倉庫で接触した時に、私の“遺産”とその子の眼が共鳴したような感覚があったんです」

「…………聞いたことはある。“遺産”同士が共鳴するケースがあると」

 

アドルフが考え込む。

その隙ににゅっと手が挙がった。

 

「ごめんセンパイ、その……レガシー? って何?」

「な、なの」

「“遺産継承者”。この世界には古のレネゲイドに感染した“遺産”と呼ばれる物品があるの。それらは強力だけど自らの意思で所有者を選ぶ性質があって、その所有者に選ばれた人を“遺産継承者(レガシー)”と呼んでいる」

「つまりこの子が“遺産継承者”で…………この子の眼が、その“遺産”ってこと?」

「たぶん。実際にその眼が“遺産”なのか、あるいは他の何かなのかは、まだわからないけど」

 

「白銀さん、九十九さんと何度か任務に出てましたよね……知らなかったんですか?」「いや、聞く機会なくて……」年少組がこそこそと話す。

少女も一緒に「へー、なの」と呟いていた。

 

「“遺産”か。もう少し絞り込める情報が欲しいな。…………君」

「のっ!? な、なのなの?」

「ああ。辛いことを聞いて悪いが、その研究者たちは何か特定の単語を言っていなかったか? 君の“遺産”の名前のようなものを」

「の……………………」

 

九十九とこばとに挟まれ、豊国に頬を揉まれながら少女は過去の記憶を手繰る。

恐怖と痛みに満ちた日々に、頭上で交わされる研究者たちの会話に気を配る余裕は無かったが、それでも何度も繰り返されていた言葉があったはずだ。

確か、そう、あれは…………。

 

 

「《夢の卵》」

 

 

「…………そう、言ってた気がするの」

 

少女の言葉を聞き、アドルフが横の端末を操作し始める。

五人は手持無沙汰に少女を弄んでいた。

 

「……………………」

やがて操作の手が止まる。アドルフが厳しい顔で口を開いた。

 

「誰か、その子を連れて別室で待機していてくれ。少し話がある」

「え、えっと、じゃあ私が」

「『いやいや、それはナシでしょ』」

「…………球磨川」

「『見つけたのがどんな話でも一番聞かなきゃいけないのは迷子ちゃん自身だ。その“遺産”が地球を57回滅ぼしてようが人類を160回絶滅させてようが迷子ちゃんは聞かなきゃいけない。だって迷子ちゃんが持っちまった力なんだから』」

「……………………」

「『まあ? でも? 「しなきゃいけない」なんて僕の大嫌いな決まり文句だし、迷子ちゃんが聞きたくないっていうならそうすればいいさ。そうやってどんどん堕ちていこう。悪くないぜ? こっち側の泥沼は』」

「…………の」

 

大仰な手ぶりで球磨川が少女を見つめる。

そのじっとりとした視線に、少女は首を振った。

 

「聞かせてほしいの。なのが、どんな力を持ったのか」

「……辛い話だぞ」

「お願い、なの」

「…………わかった」

 

こばとが九十九をつつく。

コクリと頷き、九十九が後ろから少女を抱きかかえ「のっ」その左右をこばとと豊国が挟んだ。

二人は後ろで「悪いねー、センパイ」「『また勝てなかったぜ』」。

そうしてアドルフが口を開いた。

 

「『夢の卵』という“遺産”について、UGNのデータベースで情報を発見した。先代の継承者と思われる人物が引き起こした事例もな」

「UGNの関係者……というわけではなさそうですね」

「ああ。まずは『夢の卵』について話そう。結論から言えば、『夢の卵』の特性はレネゲイドの強化と増大だ。その条件は対象のレネゲイドが不可逆であること─────つまり、対象がジャームであること」

「の?」

 

そこで一度言葉を区切り、アドルフは少女の表情を確かめる。

ジャームという言葉は理解しているようだ。だが“遺産”の特性について驚いている様子はない。

既に知っているが故の反応なのだろうが、それは少女がいまだ理解していないことを示すものだった。

 

『ジャームに対するレネゲイドの強化と増大』─────このたった一文に秘められた恐ろしさを。

 

「詳しく話す前に、前提として一つの理論を紹介させてくれ。一部の研究者たちの間で実証が進められている『先天的上限説』…………全ての生物は先天的に侵食率の上限が決まっているという説だ」

 

軽く見回したが既に知っていそうな者はいなかった。研究職の分野であるため仕方ないだろう。

凛などは露骨に「理解できるかな……」と顔に浮かんでいた。

 

「し、侵食率の上限って、100%じゃないんですか?」

「いや、それはあくまで戻ってこれるかどうかの基準値だ。実際の戦闘では侵食率が100%を超えてもエフェクトを使う限り侵食率は上がるだろう。この理論で言う『上限』はそのまま、それ以上侵食率が上がらない状態を示している」

「それ以上侵食率が上がらない、ね。…………ああ、そういうことですか」

「え、なになになに。わかったみたいな雰囲気出されても困るんだけど豊国センパイ」

「なに、難しい話ではないよ。いくらエフェクトを乱用しても侵食率が上がらない存在……君もよく知っているだろう?」

「えー? そんなデタラメな奴なんて……………………あ」

 

思い至る。

いくらエフェクトを使用しても変化のない存在。こちらが慎重に使うレネゲイドを湯水のように振り回す怪物。

 

「ジャームか」

「ああ。知っての通り、奴らはどれだけエフェクトを使っても変化が起こることは無い。つまり侵食率が上がらない。それは何故か、いつからか。研究者たちは観測と考察を重ね、その結果として『先天的上限説』が提唱された」

 

「例を出そう」とアドルフが掌を広げる。

すると机の上にビーカーが生み出された。

 

「その上限は概ね130%~160%とされている。個人差は大きいがな。今回は先天的上限が160%のオーヴァードで考えるぞ」

 

160の目盛りに赤い線を引く。

そしてビーカーの中に水を注ぎ始めた。

 

「平常時は30%程度。そこから緊張状態や戦闘を経てオーヴァードの侵食率は上がっていく。100%を超えリザレクトが使えなくなろうと、エフェクトを使用する限り侵食率は上昇する」

 

水位が100の目盛りを超える。

そしてゆっくりと赤い線が引かれた160の目盛りに達し、それでも水を注ぐ手は止まらない。

 

「上限である160%を超えても侵食率は上昇する。今回はこの辺りで止めよう。さて、このオーヴァードはレネゲイドに呑み込まれ、ジャームと成り果てた。この時どういう現象が起きるか」

 

水位は180に達したところで停止している。

赤い線が引かれた160の目盛りをコンコンと叩き─────その指がビーカーを水平に切断する。

そこに残されたのは、水を一杯に貯えた160mlのビーカーだった。

 

「……レネゲイドが減少する」

「その通りだ、九十九。そしてこれは侵食率が上限以下の場合でも同様に起こる。このようにな」

 

アドルフが新たなビーカーを作り、今度は140の目盛りまで水を注ぐ。

再びそれを160の目盛りで切断し、そしてそこへ一杯になるまで水が注がれた。

 

「オーヴァードがジャーム化した場合、レネゲイドの急激な減少・または増大が発生する。その現象とジャームの特性を説明する理論が『先天的上限説』…………生物には先天的に侵食率の上限が決まっており、ジャーム化の際にレネゲイドはその上限まで引き上げられるという説だ」

 

部屋に沈黙が満ちる。

オーヴァード達の視線は二つのビーカーに向けられていた。

 

「説明が長くなったな。ひとまずこれだけ分かってくれればいい。ジャームは強大な力を持つが、どうしようと侵食率が伸びることは無い…………つまり、ジャームはジャームとなった瞬間から、それ以上に強くなることはないんだ」

 

「そして」とビーカーの横に石を置く。

ペットボトルを持ち上げて。

 

 

「─────『夢の卵』は、この前提を破壊する」

 

 

切断されたビーカーは、容量を超えてなお水の塔を形作った。

支える物など何も無いのに空中に水が湛えられていた。

 

「…………記録されていた継承者の事件は7年前のものだった。中東の小規模な武装組織の一人に『夢の卵』が適合し、その組織は手の付けられない存在になった。FHでもない小規模な組織を壊滅するのに、その国のUGNは4割の人員を失ったそうだ」

 

情報班の班長は目を伏せる。

 

「『夢の卵』の条件は対象がジャームであることだけ。ジャームであればその効果は等しく受けられる、どれほど強大な存在だろうとな。もしもFHが『夢の卵』を手にしていれば、お前たちが戦ってきた全てのジャームは、一段二段強力になっていた」

「それは…………」

「『とんでもねー話だぜ』」

 

アドルフはそこで話を切った。

伝えるべきことは伝えた。が、それでも言うのを躊躇ったことはある。

 

『夢の卵』は爆弾だ。

 

対象のレネゲイドを強化し増大する。それも条件は「ジャームであること」。

 

それはつまり、UGNは何の恩恵も受けられないということだ。

それはつまり、FHの戦力が今の数割上昇するということだ。

それはつまり、両組織のパワーバランスが崩壊するということだ。

 

UGNはFHに対抗できなくなる……だけならまだマシ。

追い詰められたUGNは『夢の卵』の恩恵を求めてジャームの戦力運用に手を付けかねない。そうなればこの世界は地獄と化す。

 

ギリギリのバランスで成り立っている今の世界をあっさりと崩壊させかねない爆弾。

それこそが目の前の少女に宿っている“遺産”だった。

 

 

球磨川の言う通り、伝えなければならないことではあった。

しかしそれでも、たった8歳の子供に背負わせるにはあまりに大きな重荷だった。

 

「の」

 

幼い声が上がった。

 

「教えてくれてありがとうなの。きっと全部はわかってないけど、それでも、なのがすごく危ない力を持ってることはわかったの」

「…………ああ」

「でも! でも、なのはそんなことしたくないの。この世界をめちゃくちゃになんてしたくないの。誰かを怪物にしたりなんてしたくないの! だから……」

 

少女は、自分を囲む人たちを見回した。

 

金髪のお姉ちゃんはぎゅっと手を握ってくれた。

大人っぽいお姉ちゃんは静かに微笑んでくれた。

銀髪のお兄ちゃんは笑って親指を立ててくれた。

変なお兄ちゃんは格好よく片眼を閉じてくれた。

助けてくれたお姉ちゃんは小さく頷いてくれた。

 

「なのを保護してほしいの。UGNに置いてほしいの。お願いなの……!」

「……………………。ああ、そのつもりだとも」

 

アドルフは少女を眩しそうに見て、そう頷いた。

 

「え、さっきは駄目って言ってたのに」

「『言ってやるなよ凛くん。大人はみんな嘘つきなのさ、僕と違ってね』」

「黙れ。『危険性が計れない』と言っただろう。“遺産”の詳細が判明した以上、受け入れない理由はない。そもそも他組織に渡ったときのリスクが大きすぎるからな」

「保護してもらえるって! よかったね!」

「うん! ありがとうなの!」

 

アドルフがファイルから紙を取り出し、残り少ない空白に何かを書き連ねていく。

恐らくは保護に関する書類だろう。すらすらと動いていた手がピタリと止まった。

 

「そういえば、大事なことを聞いていなかったな。九十九」

「はい? …………ああ、確かにそうですね」

「の?」

 

九十九が立ち上がる。

抱いていた少女を椅子に下ろし、膝を突いて目を合わせた。

不思議そうにしている少女にできる限りの笑顔を向ける。

 

「私の名前は九十九華宵。─────あなたの名前を教えてくれる?」

 

眼を見開いて。

口をぱくぱくさせて。

少女は、とびきりの笑顔を浮かべた。

 

「なのの名前は“なの”。─────よろしくなの、お姉ちゃんたち!」

 

 

 

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