怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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急転直下


劇場版ダブルクロス⑤

 

 

夕日が顔を隠しはじめた刻限。

名取へ続く帰り道に、5つの影が並んでいた。

 

一つだけ膨らんだ影はなのを背負った球磨川のもの。遊び疲れて眠った少女をおぶる役目を引き受けて(「『女の子の体重はA4用紙一枚分だからね』」)遊園地からここまで歩いていた。

 

現在、彼女たちは名取市行きの駅まで歩いているところだ。

夕暮れが映し出す影は長く、行きとは違って静かな雰囲気が五人の中に流れている。

 

「ねえ、球磨川センパイ」

「『なんだい凛くん』」

「……なのは、これからどうなるの?」

 

少女がぐっすり眠っているのを確かめながら放たれたのは、そんなアバウトな質問だった。

 

「今朝言ってたでしょ、『十中八九日本支部で保護される』って。俺はUGNのこととかよく知らないから…………そこはなんていうか、心配ないところなの?」

「『ふむ。それに関しては僕よりも、そっちのチルドレンちゃんに聞いた方がいいんじゃない?』」

「……………………」

 

水を向けられた九十九は眉を寄せて黙り込んでいた。

 

「どうなの?」

「どうなんだい?」

「あなたは聞かなくてもわかるでしょう……」

「いや、正直に言うとあそこに関する知識はそれほど無いんだよ。私は日本支部で生まれたわけではないからね。その点君は日本支部にいたことがあると聞いているが」

「そんなに長くいたわけじゃない。…………こばとちゃん、あなたは?」

「ごめんなさい、私は生まれた後は名取に引き取られたので日本支部についてはよく知らなくて……」

「…………球磨が」

「『知らなーい』」

「……………………わかった。私だって、あまり詳しい話はできないけど」

 

そう言って九十九は考えるように間を取った。

 

「まず、彼女がおそらく日本支部で保護されるというのは私も同意見。防衛戦力も研究設備も日本で一番揃っている場所だから。『夢の卵』の潜在リスクを考えれば妥当だと思う」

「名取はあくまでも都市支部ですもんね……」

「それはなんとなくわかったよ。で、そこは安心して預けられる場所なの?」

 

「FHから守れるのか」ではなく「なのが無事に暮らせるのか」という問いであることは言われるまでもなかった。

ほんの僅かの複雑な気持ちを抑えて九十九は頷く。

 

「少なくとも、あそこはあなたが危惧しているような場所じゃない。非人道的な研究も不条理な戦力運用もされてない。日本のUGNのトップだからそのあたりの監視は行き届いてるし、今の支部長は穏健派だから過激な手段に走ることもないと思う」

「霧谷支部長だね。たしかウチはそれなりのパイプを持っていたはずだ」

「その支部長と話が通れば、なのは無事の待遇を受けられるはず。具体的にどんな暮らしになるかはわからないけど…………」

「実験台にされるようなことはないと。ありがと、センパイ」

 

そう、そのあたりの心配はしていなかった。

九十九が霧谷と顔を合わせたのは数度のみだが、彼は当時の脱走チルドレンによくしてくれた。

なのがFHで受けていたような仕打ちをされることはないだろう。

 

「………………………………」

 

だがどうにも、九十九の胸中にはよくわからないもやがかかっていた。

 

「九十九さん?」

「浮かない顔だね、センパイ」

「…………ううん、なんでもない」

「そう? まあでも、良かったよ。なのの行く先が問題なさそうで」

「日本支部に移るのはいつぐらいになるんでしょうか」

 

ぴたりと足が止まった。

 

「センパイ?」

「……あ、ごめんなさい」

 

なのは変わらずすやすやと眠っていた。

球磨川の背におぶられ、どこか幸せそうに寝息を立てている。そこからどうにも目が離れなかった。

 

「『羨ましいのかい? 困ったなあ、僕の背中は一つしか無いんだ』」

「うるさい、黙って」

「『……………………』」

「いや、君の気持ちはわかるよ。私も寂しいのは同じさ」

「『え? 僕モテ期来てる?』」

「なのちゃんが起きるだろ、静かにしていてくれ」

「『……………………』」

 

笑顔のまま一筋の汗を垂らす球磨川。

それはどうでもよかったが、豊国の言葉は無視できなかった。

 

「寂しい?」

「違ったかい? この子の頬にすっかりはまってしまってね。別れが来ると寂しくなるなと思っていたんだが」

「別に、そんなことはない。そもそも私たちはただその子を保護しただけの関係でしかない。それなのに寂しさなんて……」

「…………ふぅん」

「わ、私は寂しいですよ」

 

沈黙に声が挟まれた。

 

「……こばとちゃん?」

「あ、すっ、すみません。でも、その……」

「……………………」

「わ、私は嬉しかったんです。なんだか妹ができたみたいで、なのちゃんと一緒にいるのは楽しくて、なのちゃんも嬉しがってくれたと思ってます。確かにまだ三日しか経ってませんけど、お別れするのは寂しくて…………えっと……うぅ……」

「大丈夫だいじょーぶ、俺も同感だから。そりゃまだ三日だけどさ、なのの境遇知ったら情も湧くし、これから幸せになってほしいなーとも思うよ。それってそんなに変なこと?」

「…………いい機会だから言わせてもらう。『夢の卵』は確かに特別な物だけど、彼女の境遇自体はそう特別なものじゃない。UGNにもFHにも辛い状況で生きてる人は大勢いるよ」

「でも俺達が出会ったのはなのだよ」

「………………………………」

 

そういう話ではない。

そういう話ではないはずだ。

 

「まあまあ。内心でどう思おうとそれは君の自由だ、矯正しようなんて気は無いよ。ただまあ、『保護しただけの関係』っていうのは流石にちょっと違うんじゃないかい? 特に君は」

「どういうこと」

「わかってるだろうに。同じ“遺産継承者”だとかそういうのはさておいて、彼女にとって君は『初めて抱きしめてくれた人』だろう」

 

軽やかな声が路地に響く。

 

「話を聞いて驚いたよ。あの時のこの子は正体不明の爆弾だった、接触することの危険性は十分理解していたはずだ。それなのに君は───他の面子ならともかく君が───自らなのちゃんを抱きしめた。ずいぶんとらしくない行動じゃないか、いったいどういう心境だったのかな」

「…………それは…………」

「……すまない、なんだか変な空気になってしまったね。まあ要するにだ、君は彼女に対してなにかと思うことがあるんだろう。だがそれに『保護対象だから』の一言で蓋をするのは、私としてはおすすめしないということだ」

 

それきり豊国は口を閉じた。

静かな通りに五人分の足音が響いていた。

 

「………………………………私は」

少女がいまだ深く眠っているのを確かめる。

 

 

「私はきっと…………彼女に自分を重ねているんだと思う」

 

 

それは九十九がこの時初めて目を向けた部分だった。

 

「私の“遺産”……『夜の小鳥』。これを手にした時から、毎晩毎晩声が聞こえるの。「どうしてお前だけが死んでいないんだ」って。私は、この“遺産”の中には私と同じ実験で犠牲になった被験者たちの怨念が入ってるんだと考えてる」

 

今よりもずっと幼いとき。『夜の小鳥』を手にした瞬間から、九十九にとって夜は恐ろしい時間になった。

耳を塞いでも響く呪詛に震えながら祈る時間。

だからあの部屋でなのの叫びを聞いた時、どうしても他人事には思えなかった。

 

「彼女が“遺産”から解放されてほしいとは、思ってる。でもこれは、本当になのに対する気持ちなの? 彼女を見ているつもりで、本当は自分のことしか考えてないんじゃないの? 私はなののことを、本当の意味で想ってはいないんじゃないの?」

 

あの部屋で小さな体を抱きしめたとき。

フードコートで彼女の手に触れたとき。

自分は本当は、なののことを見ていなかったのではないか?

 

そんなことならいっそ保護しただけの関係として割り切った方が良いと、心の奥でそう考えてしまったのかもしれない。

 

「「「………………………………」」」

 

話を聞いた三人は即座に言葉を返せなかった。

 

「『めんどうなことを考えるなあ』」

 

その場に響いたのはそんな声だった。

 

「ちょっ、センパイ……!」

「『いやだって知らないし……。いきなり重い話されても困るっていうか』」

「だ、黙っててください……!」

「『そもそも僕らに答えようがないじゃんそんなの。だからさあ』」

 

球磨川は腰を曲げ、背負っていたなのの顔を向けた。

 

「『ほら、よく見て』」

「? 何を…………」

「『なのちゃんの顔を見て、それでどう思うのかを感じなよ』」

 

それきり球磨川は静止した。

どう思うのかと問われても困る。けれど球磨川が歩き出す様子はなくて、どうやら九十九が見なければ始まらないらしい。

困り果てて、九十九はすやすやと眠るあどけない顔を見つめた。

 

 

平淡な表情だ。寝顔とはおおよそそんなものだろう。

しかしよく見れば眉が僅かに弧を描いていた。心なしか嬉しそうにも見える。

どうしてだろうと考えて、球磨川の首に回された腕が目に入った。やや力の込められた腕。誰かと接触できていることの喜びを無意識下でも感じ取っているのだろうか。

 

本当に、すやすやとよく眠っている。よほど安心しているのだろうか。

つい数日前とは見違える表情だった。少女の顔に明日来る恐怖に怯えていた面影はない。

静かな寝息をたてたまま、小さな胸を穏やかに上下させている。

 

ふに、と九十九の指が頬に伸びた。

起こさない程度につついた指。眠り姫はそれに頬を擦り付けた。

 

「ぇへへ…………お姉ちゃん…………」

「───────────────」

 

わかった気がした。

“遺産継承者”としての共感とか、過去の自分との同一視とか、そういったものを全部取り払って。

 

「私は、なのに救われてほしいんだ」

 

言葉にしてみれば簡単だった。

同じだ。ここにいる四人と全く同じ。

自分はいつの間にか、なのを大切に想っていたのだ。

 

そう自覚すると途端に恥ずかしくなってきた。

結局のところ自分もなのが名取から離れることを寂しく思っていたのではないか。

なのが日本支部に行くことを考えて、それで勝手に寂しくなっていただけだなんて。

そう思うと途端に四人の視線が生温かく感じてきた。

 

「なんだやっぱ寂しか」

「白銀さん、ストップです!」

「言えたじゃないか」

「『やれやれ』」

 

球磨川が肩をすくめながら歩き出した。

やたら格好つけたしぐさが腹立たしい。

 

「『いい子ちゃんだらけで困っちまうぜ。だが僕は寂しさとかそういうのとは無縁なんだよ、感情が無いからね』」

「え、今のやり取りもう一回やるのかい?」

「『感情が無いからね』」

「謎にアピってくるんだけど」

「や、やめてあげてください……」

「っ……………………!」

 

赤面する九十九を弄る声だけやたら朗々としていた。

 

「『まあ別に、日本支部に行ったら二度と会えないってこともないでしょ。九十九ちゃんが言った通りそれなりの待遇は受けられるだろうし、外出に関しても今回で前例を作ったからね。案外今と大して変わらなかったりするんじゃない? ま、感情の無い僕には関係な』」

 

九十九になのが放り投げられた。

次の瞬間。

 

 

─────ドヂュッ゛!!!

 

 

体が潰れる音が響いた。

 

「…………随分と、軽い」

 

全身に甲冑を纏った大男だった。

飛び散った血溜まりの中に立ち、赤く染まった大きな楯を持ち上げる。

 

「(敵襲─────!)」

「ふぇっ、なんなの!?」

「……『夢の卵』を、わた」

 

真っ先に反応したのは《銀風》白銀凛。

甲冑の男が言い終えるより早く、取り出した日本刀をその首に向かって閃かせる。

 

「ッ、チッ!」

 

舌打ちを零し反転。

凛の背後、九十九が抱えたなのへ槍の穂先が飛んでくる。

九十九が庇う寸前、刀と槍がぶつかり火花が飛び散った。

 

「お初にお目にかかります。当方……」

「聞いてねーよ」

 

峰を返し、三度斬り結ぶ。

上段からの一撃を十字の槍が絡めるように受け止めた。

 

0.5秒の金属音。戦闘を生業とするオーヴァードにとっては十分な時間。

九十九、豊国、こばとはなのを抱えて離脱する。

 

「行か、せん」

「『行かせてあげなよおじさーん』」

「むっ!」

 

咄嗟に構えた大楯に何かが突き刺さる。

血溜まりは既に無く、そこには潰れたはずの少年が大振りの螺子を構えていた。

 

「…………手ごたえが軽いとは感じたが、本当に、紙のように薄い男だったか」

「『知ってるかい? 紙は岩を包むんだぜ』」

 

 

 

「ディメンジョンゲートはどうですか!?」

 

なのを抱えた九十九を中央、その左右を二人が固め、彼女らは駅と反対方向に走っていた。

 

「ワーディングが張られてる。今の状態じゃ開けない」

「こちらも同じだ。救援要請はしたがこの状況では遅れるだろう。ワーディングの効果範囲から抜けるしかないね」

「……九十九さん、いざというときは」

「うん、わかってる」

 

辺りを満たすレネゲイドの感覚からして、効果範囲を抜けるまではあと1km強。そこにさえ辿り着けばバロールの二人が名取支部までの道を作ることができる。

 

1km、オーヴァードの足ならば決して長くない距離だ。

…………何の妨害もなければの話だが。

 

「お、お兄ちゃんたちは……」

「なのちゃん、これは緊急事態だ。私たちは君を絶対に守らなければいけない。何を置いてもね」

「ぅ…………」

「だが心配することはない。あの二人は強いし君のことは私たちが、っ」

 

風切り音がした。

 

ビルを飛んで来る一つの人影。

だがその手には何も無く、距離もまだ十分に……

 

「ぐ、う……っ!?」

「氷華お姉ちゃん!」

「感じ取ったか、勘の良い娘じゃ」

 

九十九を押し退けた豊国の体から血飛沫が上がる。

三人の前に降り立ったのは、袈裟を纏い、手を衣の中に隠した老人だった。

 

その老人が何かを言うよりも早く、可憐なサラマンダーが指をさす。

 

「《紫陽花の」

「判断がはやーい」

「──────────っ」

 

首元から聞こえた声。そこにいた何かを焼き払う。

 

「わー容赦ない」

「酷いよ、ボクが死んじゃった」

「熱かったなあ、痛かったなあ」

「……!」

 

手ごたえはあった。にもかかわらず全く同じ声が前方で響く。

そこにはそっくりな姿をした三人の少年がいた。

 

「さて、『夢の卵』を渡してもらおうかの」

「「「渡せ渡せー」」」

「……取れるものなら」

「取ってみろ、です!」

 

気迫と共にこばとが腕を振る。

虚空から紫炎が巻き起こり、それは4人を取り囲む障壁となった。

 

「熱い」「立てこもりだー」「引きこもりだー」

「悪手じゃのう。隠れるばかりでは……」

 

風切り音。

 

「見えんじゃろう」

 

風圧が炎を掻き消した。

飛来した何か───薄く小さな暗器は、食らいつく寸前に重力使いによって撃ち落とされる。

 

前で手を広げたバロールと後ろで構えるサラマンダー。その眼は鋭く敵を見据えていた。

 

「そうじゃそうじゃ、顔を合わせて殺り合わんとな。壁越しでは風情が無かろうて」

「そうじゃそうじゃー」「って、あれ?」

 

そう、対峙しているのはバロールとサラマンダー。

 

「『夢の卵』、どこいったの」

「さあどこだろう? そんなことよりお望み通り……」

「顔を合わせてあげますね!」

 

 

 

「お、お姉ちゃん」

「(しっ。静かに)」

 

“遺産”《夜の小鳥》。それがもたらすのは闇を見通す眼と、闇に紛れる力。

例え時間が昼間であろうと、その継承者にとって世界は闇と変わらない。

こばとが敵の視界を塞いだ一瞬の隙に九十九となのはその場を離脱していた。

 

「(透明化でも音は消せないから、できるだけ小さな声で)」

「(わ、わかったの)」

 

なのが何を言おうとしたかは想像がつく。九十九とて振り向きたい気持ちがないわけがない。

大楯持ちと槍使い、袈裟の老人と複数の子供、いずれもかなりの使い手だった。人数的な有利も無しに勝てるかどうか。

けれどそれでも『夢の卵』を───なのを渡すわけにはいかないのだ。

 

「(もう少しでワーディングの効果範囲から抜けられる。そうしたら名取支部までのディメンジョンゲートを開いて、あの四人に応援を派遣できる。だからもう少しだけ耐えて)」

「(…………!)」

 

背中でこくりと頷いた気配があった。

それを確かめ、九十九は姿を消したまま建物の屋上を飛んで行く。

 

次々と流れていく眼下の光景。その中で九十九の眼に止まるものがあった。

道路沿いの街路樹に手を突いた女性。

 

「(意識がある? 範囲の広さの代わりに効力を落としているみたいだから、おかしくはないけど)」

 

気絶しない程度に当てられているのだろうか。体の支えにするように木の幹に手を突き俯いている。

 

「(……いや違う。あれは、手を突いてるっていうよりも)」

 

木を()()()いる。

理解した瞬間、九十九は全力で回避行動をとった。

 

「──────────!!」

「嗅ぎ慣れた匂いがするな」

 

その腕がブレた瞬間、先程まで九十九がいた場所が爆ぜた。

嫋やかな細い手には長大な鞭が握られ、その眼は確かに九十九へ……その背にいるなのへ向けられていた。

 

「毎日毎日噴き上がった…………青臭い赫色の匂いが」

「……鼻が良いんだね」

 

透明化を解く。

位置が掴まれた以上、少しでもレネゲイドを節約しておきたかった。

 

そこにいたのは苛烈な女だった。

赤の髪色は刺々しい色でなければ気品をもたらす。だがその女性が纏うのは、落ち着きとはかけ離れた暴力的な支配の圧力だった。

 

「七日ぶりだな、『夢の卵』」

「ひっ、く、《女王(クイーン)》様……」

「気は済んだな? さっさと来い、既に準備は整った」

 

《女王》と呼ばれた女が足を踏み出す。

彼女は、それを遮るように立ち塞がった。

 

「……何だ、貴様は」

「それはこっちの台詞。なのはUGNが保護した、あなた達の好きにはさせない」

「お、お姉ちゃん……」

 

背後の小さな手を握る。

可哀相なほど震えた手。聞いた話と合わせれば、目の前の女がそうなのだと……なののいたセルのリーダーなのだということはわかりきっていた。

渡せるわけがない。『夢の卵』を抜きにしても─────悪夢の元凶の下へなど。

 

「貴様はなぜ生きている?」

「……?」

「目的の話だ。目的無く生きている者に価値はない。下らぬ目的のために生きている者にも等しく価値はない。貴様らダブルクロスは、特にその手合いで溢れている」

「くだらない目的って……そんなの誰が決めるの」

「無論─────」

 

本能が叫んだ。

 

「─────《女王》たるワタシが」

 

伏せた頭上を爆風が薙ぐ。

 

「(早すぎる! 目で追ってたら捕まる!)」

「貴様もその手合いだな。いやそれ以下か。惰性で生きる下郎が、誰の前に立っている」

 

小さな体を左手に、光を右手で握り込む。

 

形成した銃で三発。文字通りの光速の弾は縮んだ鞭によって阻まれた。

構わない。元より狙いは有効打ではない。止まった隙に全力で距離を取る。

 

「逃げても構わんが」

「(なんで前に────)」

「荷は置いていけ」

「ぅあ……っ゛!」

 

避けたはずの鞭があり得ない軌道を描く。

先端が九十九の腕を掠め、ただそれだけでチルドレンの肉体を抉り飛ばした。

 

「華宵お姉ちゃんっ!!」

「大丈夫、能力はわかってきた……。空間移動に武器操作……わかりやすいオルクスだね。わざわざ鞭なんて使って、女王様になりきってるの?」

「ならば貴様は虐げられる奴隷か。なかなか似合っているぞ」

 

赤色を吸った鞭に《女王》が舌を伸ばした。

こびりついた九十九の血を確かめるように舐め取る。

 

「それにしても、保護ときたか。貴様らUGNは本当に……その娘の価値がわかっていないようだ」

「黙って。『夢の卵』の継承者としてしか見てないあなたが、この子の価値を語らないで」

「ああ、やはり気付いておらぬのだな」

 

くつくつと嘲笑う声音だった。

攻撃の手を止め、《女王》が愉快気に九十九を見やる。

 

 

「『夢の卵』。レネゲイドの飽和解除。ああ素晴らしい“遺産”だとも! だがそれだけではその娘の価値は表せん。その娘が素晴らしいのは何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことなのだから!!」

 

 

「…………何を…………」

 

検査によってそれが判明した時、確かに九十九も驚いた。

“遺産継承者”でありながら非オーヴァード、そんな存在は初めて聞いたからだ。

だがそれがいったい何になる?

 

「『夢の卵』はレネゲイドの王となり得る力だ。7年前、かの《暴君》は確かに支配者として君臨した。そこな娘を擁すれば同じく絶大な力を手に入れられるだろう。だがそれでは…………まるでその娘が王ではないか」

「………………………………」

「それでは駄目だ。それでは力を持つのがその娘になる。他の者が狙うかもしれん、他の者が擦り寄るかもしれん。だが仕方ない、『夢の卵』の継承者はワタシではないのだから」

「……………………まさ、か」

 

『夢の卵』の継承者は自分ではないから、と《女王》はやけに強調して語った。

 

九十九の口から声が漏れる。

ありえない。まずそんな話は聞いたこともない。

だが。だがまさか。

 

「気付いたか?」

紅い唇がにんまりと弧を描いた。

 

「そう、()()()()()のだ。『夢の卵』を! その娘からこのワタシに! ワタシこそが支配者に成れるのだ!」

「ありえない!」

「あり得るのだとも! “遺産継承者”でありながら非オーヴァードであるその娘だけが!!」

 

尖った狂気と確かな知性がその目に宿っていた。

舞台に立つ主演のように、その全身でありえざる狂喜を撒き散らす。

 

「継承者となればワタシの力は跳ね上がる! 『夢の卵』に与ろうと、誰しもがワタシの下に頭を垂れる! ワタシこそが、この世界の《女王》になるのだ!!!」

「───────────」

「なればこそ─────それは返してもらうぞ」

 

ヒュン、と風を切る音が迫った。

後ろのなのではなく的確に九十九のみを狙った攻撃。

今までの攻防で把握した間合いから逃れようとして。

 

「げ、ぼ」

 

ミシブチバギリ、鳴ってはならない音が鳴る。

それはそれまでとは違っていた。人の血を吸い巨大化した鞭が、直撃の瞬間自壊するほどの因子を纏っていた。

 

鮮血と肉片を撒き散らし、九十九の体が建物を突き破る。

 

「華宵お姉ちゃん!!!」

「貴様はこちらだ」

 

吹き飛んだ方へ駆け寄ろうとしたなのをその腕が絡め取る。

 

「設備は整っている。あとは貴様に合わせ調整するのみだ。さて……」

「お待たせいたしました。《女王》よ。我ら四人、帰還いたしましてございます」

「鈍いわ。まあよい、《城兵》」

「……は」

 

甲冑の大男が頭を下げる。

ブン、と彼女らの背後に次元の割れ目が開かれた。

 

「さあ《女王》、どうぞ我らの城」

「その子を」

 

レネゲイドが奔った。

 

「返せ─────!」

 

『夜の小鳥』の恩寵。不可視の衣。

その一撃に対応できる(リアクション)者はなく。

 

夢幻泡(ライフ・ライク・ファン)

 

 

「そら」

 

 

女王の行動は、少女を前へ出すだけだった。

 

「──────────」

 

それだけで。

 

「貴様らは本当に─────よくもこの手に引っかかる」

 

鞭が風穴を開けた。

 

「いや!! お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!!」

「用は済んだ。行くぞ」

「はっ」

 

 

 

「お姉ちゃん!!!」

 

泣きながら必死に藻掻く少女。

 

「なの、ちゃ─────」

 

必死に手を伸ばし─────九十九の視界は暗転した。

 

 

 

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