怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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あさひくん名取に欲しいね




一日目

「ようこそ名取へ。歓迎するわ、二人とも」

 

 

UGN名取支部支部長室。

神凪に案内されたその部屋で、大きな机に一人の女性が腰掛けていた。

 

透き通るような緑の髪を背中まで伸ばした美しい女性。猫のように細まった金色の瞳は面白がるように二人を見つめていて、神々しさと同時に冷たさを感じさせる。

それが、二人が訪れた名取支部の長、メビウスだった。

 

「今回の研修を受け入れてくださったこと、そして私達を歓迎してくださるとのこと、心より感謝いたしますメビウス支部長。当支部の支部長より御礼の言葉を申し付かっております。未熟者ではありますが、これより1週間ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」

「よっ、よろしくお願いします!」

 

玲泉が深々と頭を下げるのを見て、慌ててあさひもそれに倣った。

 

「あー、そういうのはいいわ。畏まられても面倒だから気楽にしなさい。私が直接何かをするってわけでもないんだから。それにあの男の事だし、御礼って言っても『美味い酒送りますよ』とかそんなのでしょ」

 

しかし二人の態度はお気に召さなかったらしい。メビウスはひらひらと手を振って頭を上げるように言った。

言葉に甘えてあさひは頭を上げる。支部の長に会うということで緊張していたが、メビウスの言葉もあって少し気が楽になった。必然、それまでは気にしていなかったことが目に付くようになる。

 

ここは支部長室のはずだが、自分の知っているものと違って理科室においてあるような実験器具や何かの機材などがそこかしこに散乱している。今メビウスが腰掛けている机にも所狭しと書類が敷き詰められていた。

 

「どうかしたのかしら? 白髪のラットさん」

「ら、ラットさん……? ああ、ええと、なんだか研究室みたいだなーって思って……すみません!」

「別にいいわよ。事実研究室のようなものだしね」

「えっ。支部長さんなのに、研究もしてるんですか?」

「ええ。研究の合間に支部長としてのお仕事をやってるわ」

「へえー! 僕と同じくらいの年なのにそんなにたくさんお仕事をしてるなんて、支部長さんは凄いんですね!」

「んっふ」

 

部屋の入口で立っていた神凪が何故か吹き出した。

冷や汗を流す彼をメビウスがじろりと睨みつける。

 

「あなたたちの世話はそこのラットさんに任せてあるから、詳しい話は彼から聞きなさい。この1週間があなたたちにとって実りある物になることを願っているわ」

 

メビウスがそう告げ、支部長室のドアがひとりでに開いた。

 

「え? え?」

「……それでは失礼いたします、メビウス支部長」

「し、失礼します、メビウスさん……」

 

アルマダが戸惑うあさひの腕を取って退出する。

笑いと震えが混じった声で神凪も退出を告げ、三人は支部長室を後にした。

 

支部長室から出たところで、あさひは落ち込んだように肩を落としていた。

 

「怒らせちゃったんでしょうか……」

「大丈夫ですよ鳩原さん。メビウスさんは単純に用が済んだからドアを開けただけです。…………それにまあ、後で制裁を受けるのは僕ですし…………

「? そうですか? なら良かったです!」

 

神凪の後半の呟きは聞き取れなかったが、メビウスを怒らせたわけではないということであさひは安心した。

 

「あの方が《無限》のメビウスさんですか」

その横で玲泉が小さく呟いた。いつもの笑顔が薄れ、何かを警戒するようなピリピリとした雰囲気が微かに漏れている。

 

「天本さんはメビウスさんのことをご存知なんですか?」

「ええ、お名前程度ですが。…………一度、()()()()ことがあったので」

「ああ……。そう、ですね。でも、あれで誠実な人なんです。ちょっかいを出してくることはあるかもしれませんけど、少なくともお二人に無理やり何かをするようなことは絶対にありません。そこは信用してもらえれば」

「…………そうですか。すみません、つまらないことを言ってしまいましたね」

「いえ、天本さんからすれば当然の懸念だと思います。気にしないでください」

 

あさひにはわからない話だったが、玲泉は何やらメビウスに対して思うところがあったらしい。

ひとまず納得したようで、ほっとしたあさひへ神凪が笑顔で口を開いた。

 

「お二人とも、お疲れさまでした。お昼はまだ食べていませんよね? 食堂がありますからそこで食べましょう。その後でこの支部をご案内します」

 

 

▼▼▼

 

 

神凪に連れられあさひと玲泉が到着したのは地下1階だった。

階段を下りた先がそのまま広間になっており、大量の机と椅子が並べられている。奥の方にはカウンターと調理場があり、どうやらここが食堂であるようだった。

 

「うわあ、すごく広いですね、ここ。それにしてもどうして食堂が地下にあるんですか?」

 

目の前に広がる食堂は有に100人以上のキャパシティがあるように見える。

あさひはその広さに驚くと共に、なぜ多くの人が利用するであろう食堂をわざわざ地下に作ったのかを疑問に思った。

 

「一応、周りの人には『小さな貿易会社』で通してますからね。何かがあって中に入られた時にここまで大きな食堂があったら不思議に思われるでしょう? そういうわけで一階だけは普通の受付にしてるんです。さっき通った階段も、ここの職員さん以外にはそこにあるのに気づけないようにしてるんですよ」

「…………玲泉さん、気づいてました?」

「そういう空間になっていることには気づいていましたよ。これでもオルクスなので。鳩原さんは階段の存在を認識できていたから違和感を覚えなかっただけです、気にすることではありませんよ」

 

隣を向いたあさひを玲泉が微笑みながら慰めた。

事実として、注意されるまでもなく隠蔽された空間に気づけるのはあさひのオーヴァードとしての素質を表しているのだが。

 

「それと広さに関してですけど、この支部が作られた時にバロールの人が思いっきり拡張しただけなのであまり気にしないでください。実際にこの食堂の席が埋まることはまず無いです」

 

そこまで人いませんからねと神凪が苦笑する。

そのまま彼に案内され、あさひはカツ丼を、玲泉は日替わり定食を受け取って手頃な席に座った。

 

「さてと。この後の予定ですけど、まず支部の中を一通り案内します。それから訓練室に行って、そこでお二人の能力を測定させてもらいます。一日目はそれで終わりですね。その後はゆっくり休んでください」

「ふぁい! がんばりまふ!」

「ああすみません! 無理に返事しなくて大丈夫ですからゆっくり食べてください!」

 

カツ丼はとても美味しかった。

 

 

▼▼▼

 

 

「ここが医務室です」

「はじめまして。もし怪我をしたらすぐにここへ来てくださいね。決して我慢してはいけませんよ?」

「はい、よろしくお願いします!」

「(《奇跡の雪(ホワイトマジック)》……今は名取市にいたのですか)」

 

「ここが情報班の部屋です」

「例の事件の裏取りは!?」「古泉市からの情報提供まとめ終わりました!」「《暴虐》が高科区の建造物を破壊した! 修復班に依頼飛ばせ!」

「す、すごく忙しそうですね」

「ええ、日本支部を思い出します」

 

「ここが倉庫です。もし何か必要な物があったら言ってください。名取にいる間はお貸しできますから」

「わあ! ボク達の支部と同じくらい物があります!」

「え。琵琶野支部ってそんなに品揃え良いんですか」

「顔の広い方がいるんです。他支部にもひけをとらないと思いますよ」

 

「ここが戦闘班の部屋です。何もない時にはだいたい皆ここにいますね」

「へえー……。あれ? でも今は誰もいないんですね?」

「ああ……。今日は待機任務の人が一人いるんですけど、席を外してるみたいです」

「戦闘班には何人いらっしゃるんですか?」

「僕を含めて14人です。2人は琵琶野市に行ってて、今日は3人が非番で、任務で出てるのが7人ですね。待機組が1人いるはずなんですけど……訓練室かな」

「7人!? そんなに事件が起こってるんですか!? ごめんなさい、大変な時期に来ちゃって……!」

「いやいやいやこれいつものことですから気にしないでください! そもそも繁忙期じゃないからメビウスさんはお二人をお招きしたわけですし! 本当にお二人が気にすることじゃありませんから!」

「(うう、気を遣ってもらってる…………)」

「(…………そういえば鳩原さんに名取の異常性を伝えていませんでしたね)」

 

 

 

そんな数幕を挟み、最後にあさひ達が訪れたのは訓練室だった。

 

「それで、ここが訓練室です。このフロアに全部で4つあるので空いてるところを好きに使ってください。ちなみにここは第一訓練室です」

 

神凪が指した方を向くと、扉の上に「第一訓練室」というプレートが貼られている。

 

「それじゃあ入りましょうか。今日はまずお二人の能力測定を…………、っと」

 

神凪がドアの前に立った時、自動で開いたドアの向こう側から一人の男が出てきた。

黒いスーツを身に纏った、身長の高い男性だ。首筋をほぐすように手を当てる彼はあさひ達の存在に気づき鋭い眼差しを向けた。

 

「あァ? おい、誰だコイツら」

「研修に来た方たちですよ。メビウスさんが言ってたでしょ」

「あー……そういやババアがンなこと言ってたか。使い物になンのかよ?」

 

そう言い、彼の眼が訝し気に細められた。

あさひはそこで気づいたが、どうやら目の前のスーツを着た男は思っていたほど年を取っていないようだった。高い身長と服装で勘違いしていたが、顔立ちは青年というより少年に近い。もしかしたら自分と同年代かもしれないと思った。

 

しかし今はそんなことを考えている場合ではない。スーツの男はこちらを値踏みするように見ている。あさひの脳裏に、出発する前の眞楠の言葉が蘇った。

 

─────いいですかぁ、あさひクン。名取には怖ぁい人がたくさんいるかもしれません。そういう人に会った時の対処法ってやつを教えておきましょう。

 

 

…………信頼する大人からの助言を活かすのは今だ!!

 

 

「アネモネさん、もう少し言葉を」

「はじめまして、鳩原あさひといいます! コードネームは《魔笛》です! バイオリンが得意です! 好きな食べ物はオムライスで、ちょっとだけ鯖が苦手です! 琵琶野市から来ました! 趣味は森でバイオリンを弾くことです! あと、あと……以上です! 今日から一週間よろしくお願いします!」

 

一息に言い切り、頭を下げて手を差し出した。

 

広い廊下にあさひの声が響き渡っていた。

 

「……………………お、おう」

 

アネモネと呼ばれた男はそれだけ答え、戸惑ったようにあさひの手を握った。

ぱあっと、あさひが嬉しそうに頭を上げる。

 

「…………あー、なんだ、何か面倒なことがあったら、そこの気狂いに言えよ」

「? はい!」

 

笑顔のあさひが握った手を放し、どこか微妙な顔をしたアネモネが廊下を歩いて行った。

 

「……………………っ、…………ふっ……………………」

「神凪さん。そろそろ笑いを納めていただけますか」

「すっ、すみませ…………っ! ちょっと、あんまりにも…………!」

 

口元に手を当て俯きながら震える神凪を天本が冷ややかな目で見る。

神凪の振動が治まったのはそれからたっぷり10秒を数えた頃だった。

 

「失礼しました。……いえ、本当に失礼しました。どう考えても初対面の方々に対する言葉ではありません。本当に、重ね重ね申し訳ありません。名取支部の者として謝罪いたします」

「そんな、大丈夫ですよ! 全然気にしてませんから頭を上げてください!」

「………………ええ。ともかく、この後の予定を教えていただけますか?」

「……はい。この後は、訓練室でお二人の能力を測定することになっています。それで今日の予定は終わりますから、もう少しお付き合いください」

 

 

▼▼▼

 

 

訓練室の中は広かった。言い直そう、外から見た部屋の広さと一致していなかった。

廊下から見た限りでは大きめの会議室程度だったはずが、中にはあさひの学校の運動場と同等の空間が広がっている。

 

「少し待っていてください」と言い残して神凪がどこかへ行ったため、現在あさひの隣にいるのは天本だけだった。

 

「それにしても、この部屋本当に広いですね。空間を広げたって言ってましたけど、ボクにもできるのかな」

「……ええ。鳩原さんはバロールですし、能力を鑑みても素質は十分あります。訓練すればきっとできるようになりますよ」

「本当ですか?」

「はい」

「……………………」

「……………………」

 

二人の間に沈黙が満ちる。音を出す物の無い訓練室はしんと静まり返っていた。

 

「…………あの。玲泉さん、もしかして怒ってますか?」

「……いいえ?」

「嘘です。怒ってます。……どうして怒ってるのか教えてください。ボクが何かしたなら、謝らせてください」

 

あさひがじっと天本を見つめる。天本は最初こそいつも通りの笑顔を浮かべていたが、徐々に困ったように眉を寄せていった。

 

「では、そうですね。言わせていただきましょう」

「はい」

 

ごくりと固唾を呑んで天本の言葉を待つ。

しかし返ってきた言葉は予想とは違うものだった。

 

「鳩原さんは優しすぎるんです」

「…………え?」

 

褒められたのかとあさひは戸惑った。しかし自分を見つめる天本の眼は普段見せることの無い鋭さを宿していて、これがただの褒め言葉ではないことを感じ取った。

 

「先程の男性の態度は怒るべきものでした」

「え? でも、そこまでのことじゃ……」

「謙虚は良識であり寛容は美徳ですが、この世界においては必ずしもそうではありません。UGNの中にも相手の強さを推し量って態度を変えるような方はいます。……これから先、鳩原さんはそのような方に会うこともあるでしょう。その時に先程のような態度をとっていては、少なくとも良いことにはなりません」

 

“舐められない”というのは、この世界でも意外なほどに重要だ。

理想を謳うUGNの中にも自分より弱い相手に強く出る性質の悪い者はおり、そしてそういった者達は正確に相手の力を推し量れなどしない。彼らが判断材料にするのはせいぜいが外見や言動で、そんな者達に対して先程のような態度を取るとどうなるかは言うまでもないだろう。

 

…………その点で言えば、先程の男の反応は天本からすると意外だった。

てっきりつけあがるかと思ったが、毒気を抜かれて立ち去ったあたりそう悪い人物ではないのかもしれない。

 

それはともかく、あさひの性格からして、そういった者達にいいように使われても悪意に気づかない可能性さえある。傍に天本がいればそんなことはさせないが……その時に天本があさひの傍にいる保証はなかった。

 

「(…………言い過ぎたかもしれませんね)」

 

静かにあさひを見つめながら、天本は心の中で小さくため息をついた。

いずれ言わなければならないことではあった。けれど、見ず知らずの環境に来たばかりの状況で言うようなことではなかっただろう。

 

しかしあさひの反応は天本の予想外のものだった。

 

「そうだったんですね。ありがとうございます!」

 

にっこりと、なんならどこか嬉しそうに笑って言った。

 

「……私が言ったことを聞いていましたか?」

「? はい、もちろん。玲泉さんはボクを心配して怒ってくれたんですよね。そう思ったら安心して、なんだかちょっと嬉しくなっちゃいました!」

「……………………ああ、もう…………」

 

気を悪くしただろうかとか、黙っておけばよかったとか、そんな悩みが馬鹿らしくなって、天本は小さく笑ってしまった。

 

「はい、そうですね。心配しました。なので鳩原さんはもう少し威張るようにしてください」

「がんばります!」

 

二人はそうやって笑いあった。

その後、神凪が持ってきた機材で能力の測定を終え、研修期間中に宿泊する部屋まで案内され、一日目が終わった。

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