怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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劇場版ダブルクロス⑧ Side白銀

 

 

十字の穂先が頬を掠める。

すり抜けるように刺突を躱してやっとの思いで刀の間合いへ。

 

「一の型─────ッ」

 

頭上の刀を振り抜く寸前、照射された()()から身をよじる。

そのまま斬りつけようとするも、槍が引き戻される方が早かった。

薙ぎ払いを刀で受け、小柄な体が弾き飛ばされる。

 

「鬱陶しいなあ、その火球……!」

「当方も驚いておりますよ。適正なしと鍛錬を怠っていたサラマンダーの能力をこうも自在に操れるようになるとは」

 

黒色のレネゲイドを纏う《騎士》の周囲には五つの火球が浮いていた。

 

先程からずっと、間合いへ踏み込んだ瞬間にそれらが襲い掛かってくる。

性質が悪いのは《騎士》がそれらを防衛以外で使おうとしないことだ。攻撃にも織り交ぜるようならどうにか隙を突いて火球を消費した瞬間に勝負をかけられるが、槍使いは決してその用途で使わない。

 

おそらくは敵対者が近距離に入り込んだ瞬間に起動するようになっているのだろう。攻め込んでも火球への対処でどうしても一手稼がれる。

そして武芸者同士の戦いにおいて、一手がどれだけ致命的な隙か。

 

「さすがは我が女王。『夢の卵』とはかくも革命的なものだ」

「外付けの力に頼るとこまで主従そっくりなんだ? 偉そうに語ってた剣術三倍段はどうしたのさ」

「耳が痛い。ですが我が女王への侮辱は御容赦を。結局のところ、勝負の傾きかけている現状が答えなのですから」

 

慇懃な言葉とは裏腹にその声は相対する剣士を嘲笑っていた。

 

「確かに、あなたの腕前は素晴らしいものだった。ともすれば本当に当方の三倍へ至っていたやもしれません。ですが今……身のあちこちを血で焦がす貴方と当方の姿を見比べて、貴方に優位を見出す者がいるでしょうか?」

「……………………」

「そもオーヴァードに純粋な武芸の技量など不要。レネゲイドを含めての技量でしょう。『夢の卵』を使おうと、それが当方が持つ槍の力量ということなのですから」

「…………ムカつく。言ってることコロコロ変わってる自覚もないのかよ」

 

付き合いたくもない長話を聞きながら、凛は冷静に体の状態を確認していた。

体中に負った傷は刀を振るのに影響がないから無視するとして、体の動きが良すぎることがマズかった。

レネゲイドの侵食が危険域まで進んでいる証だ。いつまで戦えるかわかったものではない。

 

そして何よりも、先に進んだ仲間達と、その先にいるなののことが気がかりだった。

 

「(球磨川センパイがまだ来ないってことは、やっぱこの強化は敵全員にかかってる。こんな力を使ってなのは無事なのか? それにセンパイ達も……これ、一対一で戦うのはしんどい相手だろ)」

 

息を吸って、深く吐く。

覚悟を決めて、白銀凛は刀を構えた。

 

「(─────ここで決める)」

 

右肩に担ぐ八相の構え。左足を出し上半身を傾けた偽りのない突撃姿勢。

火球が撃ち出されるよりもなお速く、阻む敵を斬って捨てるという決意。

 

レネゲイドは全身に回す。上半身は薄く、下半身を重点的に。

その身に宿るシンドロームを最適化した足へ纏わせる。

 

「何のつもりですか? そのような」

「おい」

「…………?」

「《騎士》を名乗るなら、受けて立てよ」

 

返事は聞かなかった。

一方的な宣告を出して─────《銀風》がその異名を身に纏う。

 

爆音、疾風。

 

槍を構えた《騎士》の周囲には五つの火球。別に相手がそれを取り下げることなど期待していなかった。

凛が命を委ねたのはただ純粋な速度。展開する火球さえ追い越して斬り伏せるという拙策。

あまりにも愚直なその決断は深傷を受ける覚悟の表れであり、仲間を思う焦りの裏返しでもあった。

 

音を置き去りにして距離が潰れ─────ついにその身が刀の間合いに入り込む。

 

周囲に漂う火球が近づいた標的に火を放つ、のを背に通り越した。

背中の皮膚が灼けたのを感じる。数瞬後には追撃が来るだろう。今はそんなことどうでもいい。

 

ようやく踏み込んだ、邪魔者の無い空間。

担いだ刀を速度のままに。

 

「四のか───」

 

それを…………地面に突き立てた。

 

()()()()()()()

 

無理矢理止まった凛のすぐ前で、《騎士》を覆う火の幕が地面から噴き上がった。

そして気付く。焔の発生源……《騎士》の立つ地面に埋め込まれた無数のレネゲイドに。

 

思えば。『夢の卵』を受けてからこの槍使いは、そこを動こうとしなかった。

 

 

─────ああこいつ本当に、槍で勝つ気なんて無かったんだ

 

 

けれどもう遅かった。

焼かれる寸前強引に制動した体勢は死に体以外の何物でもない。

 

揺れる炎の幕を突き破って、《騎士》の槍が凛の首を捉える。

 

刺し違えてでも仕留めてやる、と。握る刀に力を込めて。

 

 

 

 

 

「《無敵艦隊(アルマダ)》」

 

 

 

 

 

天井が崩落した。

 

「「─────ッ!?」」

 

崩れ落ちる瓦礫の中心に一人の女がいた。

魔女を思わせる帽子を抑えて降下する女。その手に握る銃口は揺らぐことなく二人を見ている。

 

そして─────タン、と放たれた銃弾が貫く寸前の槍を撃ち落とした。

 

「くぅっ!?」

「っ!」

 

《騎士》が槍を引き戻し、生まれた空白で凛はその間合いから離脱する。

魔女帽子の乱入者は凛の隣に降り立った。

 

「(誰だ? 新手?)」

「ご安心を、UGNです。コードネーム《無敵艦隊(アルマダ)》。個人的な要請を受け増援に参りました」

「要請……って、もしかして」

 

魔女が悪戯っぽく口に指を立てた。

なるほどね、と笑いがこぼれる。

 

「《無敵艦隊》……そういえばセンパイ達が話してるの聞いたことあるよ。来てくれてありがと。でもいいの? ここには近付くなって命令が出てるんでしょ」

「そんな命令が出ていたとは存じませんでした。ですが私達の支部にそのような命令は下されていませんし…………同朋がFHのセルへ突入するところに「偶然」居合わせたなら、力を貸すのはおかしなことではないでしょう?」

「そっかあ偶然かー」

「ええ、偶然です」

 

にこやかに繰り返して、魔女が無造作に引き金を引いた。

《騎士》に向かって放たれた弾丸は再展開した火球によって溶け落ちる。

不意打ちをいなした《騎士》が慇懃に腰を折った。

 

「我らが城へようこそ、苛烈なレディ。当方は《騎士》と申します。よろしければお名前を伺っても?」

「あら、これは御丁寧に。ですが名前を覚えていただく必要はありませんよ」

「……それは、何故?」

「あなたにはもう、思い返す機会など来ませんから」

 

続けざまに魔女の握る銃が火を噴く。

次々と襲い来る銃弾を《騎士》は火と槍で撃ち落とす。

畳みかけようと屈んだ凛の耳に、発砲音に紛れて小さな声が届いた。

 

「(聞こえますか、白銀さん。私達にだけ声が聞こえるように領域を調整しています)」

「(! うん、聞こえる)」

「(状況はおおよそ把握しています。一刻も早くここを突破する必要がある、間違いありませんね?)」

 

隙を窺う様子を見せながら、小さくこくりと頷いた。

 

「(長く作戦を話し合う余裕はありません。一つだけ聞かせてください)」

「(何?)」

「(あの《騎士》を覆う火球が無くなれば、あなたは彼を仕留められますか?)」

 

そこに至るまでの過程を省いた端的な問い。

だから凛はこう答えた。

 

「(─────当然!)」

 

魔女は小さく微笑んで、撃ち続けていた銃を下ろした。

 

「残念ながら、レディ。あなたの射撃では……そして仮にその少年が加わろうと、我が槍の守りを破ることはできませんよ」

「実は…………ここに来る最中、お二人のやり取りを聞いていたんです。剣術三倍段というものがあるそうですね」

「? ええ。素手で刀に勝つには三倍の力量が、槍に勝つには九倍の力量が要るという理論です。それがどうしたと?」

「それを耳にしたときから機会があれば伺いたいと思っていたんです。刀には三倍、槍には九倍。では─────」

 

魔女は銃を手放した。

それは砂になって消え去り、直後。

 

 

「─────火器(こちら)の場合はどうなるのでしょう」

 

 

その背後に顕れたのは─────夥しい数の兵器。

 

「ま、っ」

「《無敵艦隊(アルマダ)》」

 

それは天本玲泉の異名となった一撃。

火砲大砲小銃長銃擲弾散弾榴弾機関銃。

静止の声を掻き消し、兵器の群れが一斉に轟音を為した。

 

「(落ち着きなさい、焔で溶かせば我が身には…………、っ!?)」

 

過剰な質量を帯びた弾丸の雨は《騎士》を標的としてはいなかった。

それらが放たれたのは《騎士》の()()5メートル全て。

密度の狂った飽和射撃が《騎士》の展開した火球をその足場ごと砕き尽くす。

 

「(馬鹿なっ、こんな物量の力押しで……!)」

 

 

─────目が合った。

 

 

砕かれた瓦礫が舞う中で、ただ一心に《騎士》を捉える眼があった。

 

「四の型」

 

最強のシンドロームとは何か?

今まで数多くの議論が為されてきたテーマであり、おそらく今後もそれが尽きることはないだろう。

最硬のシンドロームも、最良のシンドロームも、一度たりとて定まったことはない。

だが一つだけ。

 

『最速のシンドローム』は存在する。

 

「──────────」

 

宙を舞う瓦礫の中を銀色の風が駆け抜けた。

足場とも呼べぬそれらを蹴り、《騎士》が再び火球を展開するよりも早く。

武器の間合い(同一エンゲージ)で二人の武芸者が巡り合う。

 

「近、寄るなぁッ!」

 

火球による防御も加速による不意打ちもここに至っては意味を為さない。

この場を制するのはただ純粋な彼らの技量。

 

刀と槍が交錯し。

 

 

 

「《神鳴(かみなり)》」

 

 

 

一筋の血華が咲き誇った。

 

「……三倍の力量が要る、だっけ」

 

頬の傷を拭い、彼は悪戯っぽく笑った。

 

 

「─────あと三倍は必要だったね」

 

 

《銀風》・《無敵艦隊》VS《騎士》、決着。

 

 

 

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