怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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劇場版ダブルクロス⑧ Side豊国

 

 

向かってくる暗器を堕とす。

 

「(……………………早く)」

 

眼で追えない速度に加速しかけた《僧兵》を止める。

 

「(…………はやくきて)」

 

豊国氷華の体に未だ一切の傷は無い。

 

 

「(()()()()()()()()()()!!)」

 

 

それでも、追い詰められているのは彼女だった。

 

 

元より豊国氷華は攻撃に優れたオーヴァードではない。

レネゲイドに依る攻撃手段は持たず、唯一の手段は秘密兵器『フォールンピストル』。

けれどそれで十分だった。

 

それほどまでに彼女の能力は《僧兵》に対して相性が良かったのだ。

切れ味の鋭い、しかしどこまでも軽い暗器は重力で撃ち落とすのに大した出力が要らなかった。

こちらへの攻撃を撃ち落とし、隙を見て弾丸をお見舞いする。あちらも簡単には食らってくれなかったが両者の戦いは一進一退で……むしろ豊国が押してさえいた。

 

《僧兵》の身を黒いレネゲイドが覆った瞬間から話が変わった。

 

老体に発現した能力は、自身の加速だった。

おそらく新たな能力ではない。暗器に対して使っていたハヌマーン由来の加速を自身にも使えるようになったのだろう。

それに気づいたのは、視界から消えた《僧兵》に首を刈り取られかけた時だった。

 

重力で止める対象が増えた。

《僧兵》を止めるには大きな出力が必要だった。

 

自然、精神にも侵食率にも消耗が増大する。

豊国は既にリザレクトを行える侵食率を通り越していた。

 

「(一回ミスしただけで死ぬ! 《トリックルーム》もいつまでもは使えない! ていうかわたし─────まだ戻ってこれるの!?)」

 

余裕はとっくに剥がれていた。

思考の中に本来の性格が顔を見せる。

 

ジリ貧、などという事態ではない。

それは例えるなら海中で酸素が減っていくのを見つめながら助けを待つような、希望の見えない地獄だった。

 

「ひっひ」

 

しわがれた笑い声。

手元を隠した老人が動きを止め、細まった目が豊国を見つめていた。

 

「……何だい? バテてきたのかなおじいちゃん」

「なに、良い顔になってきたと思うてな」

「……………………」

「儂は肉の選り好みなどせんのじゃが、うむ。子の怯える顔とはこのようなものか。《兵士》の気持ちもわかるのう、これは中々癖になる。─────ほれ!」

「っ!?」

「ひっひ!」

 

《僧兵》が手を振った。

咄嗟に重力を張ったが何も無い。

笑う老人を見て揶揄われただけだと気付き…………自分がそれも流せないほど追い込まれていることを認識させられた。

 

「……………………ぅ…………」

「お? おぉおぉどうした涙なぞ浮かべて。図体に見合わず童のような娘じゃのう」

「……………………うる、さぃ…………」

 

わかっている。助けなど来ない。

 

きっと他の仲間たちも同じく『夢の卵』で強化された敵と戦っているのだろう。よしんば球磨川か凛が勝ったとしてもここまでの移動時間を考えればきっと間に合わない。

 

増援もありえない。本部からの命令が出ている以上、ここに追加戦力は送れない。曲がりなりにも言い訳が立つのが自分たちだけだったのだから。

 

そうまでしてやって来た目的─────なのは、無事なのだろうか。

 

無事でいてほしいと思った。願わくば救われてほしいと祈った。

自分はもう助けに行けそうもない。一対一では《僧兵》に勝てない。

豊国氷華はここで死ぬ。

 

「……………………来いよ…………」

 

それならばせめて、ほんの少しでも何かの助けに。

 

「…………噛みついてやるからよぉ…………!」

 

 

 

 

 

─────光が迸った。

 

 

 

 

 

「むぅ!?」

「……………………ぇ……………………」

 

頭部へ飛んできたそれを《僧兵》は間一髪で凌いだ。

螺子でも刀でもない、そのレネゲイドに豊国は覚えがあった。

 

「知っていた? エンジェルハィロゥは耳が良いの」

 

コツ、コツ

暗い廊下の先から近付いてくる足音がした。

玲瓏な、その声の主は。

 

 

「妹分の泣き声を聞き逃さないくらいに、ね」

 

 

「─────おつ姉ぇ……!!」

 

《ツインソウル》乙音灰音。

長い白髪をたなびかせ暗闇から姿を現したのは、名取が有するエンジェルハィロゥだった。

 

「もう、酷い顔ね。見なかったことにしてあげるから早く涙を拭きなさい」

「う、うん……………ああ。…………いや待ってくれ、どうしてここに!? 名取支部にはここに近付かないよう命令が出ているのだろう!?」

 

だからこそ救援は来ないと覚悟していたのに、何故ここにいるのか。

 

「何のこと? 私は白峰支部所属の《ツインソウル》だけど」

「えっ」

「白峰支部所属で名取支部に出向している《ツインソウル》だけど」

「それは…………そうだろうが…………」

「何かしら、せっかく急いで助けに来てあげたお姉ちゃんに対してその顔は。お呼びでないなら帰るけど」

「待った待った! 感謝しているから帰らないでくれ!」

 

乙音が「最初からそう言いなさい」と鼻を鳴らした。

とんでもないお姉ちゃんだと豊国は戦慄した。

 

─────風切り音。

 

「ひっひ! 姦しいのう。じゃが新手は歓迎じゃ、丁度足りぬと思うておったところでのう!」

「……ずいぶん元気なお爺さんね」

 

レネゲイドを撒き散らす《僧兵》を一瞥して、乙音は暗器を抑えつける豊国に視線を戻した。

 

「……侵食率が酷いわね。怖がりなあなたがどうして撤退しなかったの」

「決まってる、だろう。私たちは、助けに来たからだ」

「そう。─────氷華」

 

消耗しきった青白い顔。

 

「よく頑張ったわ」

 

白い掌がその頭を優しく撫でた。

 

「手早く終わらせましょう」

「…………ああ!」

「手早く? 無茶を言うでない。儂はまだ満たされておらぬぞ」

 

袈裟の内から刃物の擦れ合う音が鳴る。

細く枯れ果てた身体にはいまだ収まらぬ欲望が渦を巻いている。

 

「この子が十分遊んであげたと思うけど、まだ足りないの?」

「それはそうじゃろう。遊び相手を求めておったわけではない、儂が欲しておるのは肉よ」

「……………………」

「おぬしらの皮を、管を、肉を…………刻みとうて刻みとうてたまらぬのじゃから!!」

 

《僧兵》の姿が掻き消える。

それは『夢の卵』によって翁が手にした高速移動。

暗器と等しい速度は知覚能力に優れた乙音であっても捉えられなかった。

 

「悪いわね。付き合ってあげられる余裕が無いの」

 

響いたのは一発の銃声だった。

乙音の持つ銃ではない。鳴り響いたのは、バロールが握る秘密兵器。

 

「特性重力弾だ。一度きりの重さをよく味わってくれ」

「む、う……っ?」

 

痛みは無かった。

その代わり、小さな弾丸が刺さった瞬間に莫大な重力が老体を包み込んだ。

 

身動きが封じられる。速度が殺される。

─────カチリ

硬直した老体へ残酷なほどに冷酷な音が聞こえた。

 

 

《僧兵》という敵を前にして二人のエージェントが呑気に語り合っていたのは、なにも援軍に浮かれたからではない。

豊国も、そして乙音も、わかっていたからだ。

《C.C.C》に攻撃手が加わることの意味を─────理性の無いジャームだけが理解していなかった。

 

「欲で身を滅ぼす…………語り慣れた説話でしょう?」

 

エンジェルハィロゥのピュアブリード。

その特性が秘める爆発力など、もはや語るまでもない。

 

「待て……………………待ってくれ」

 

当たり前のことだった。

 

攻撃を弾く重厚な鎧も。

攻撃を捌く槍の技量も。

速度を殺された《僧兵》に防御札など無いのだから。

 

 

 

「─────それでもこれはあんまりじゃろう!?」

「《ハートフルスティンガーレイ》」

 

 

 

極光。

光の裁きが戒めを為す。

 

「……まったく。だから言っただろうに」

 

心臓に開いた洞を通して栗色の眼が先を見た。

 

 

「足るを知りなよおじいちゃん、ってね」

 

 

《C.C.C》・《ツインソウル》VS《僧兵》、決着。

 

 

 

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