怪文書置き場 作:ジャーム先輩
《城兵》、《騎士》、《僧兵》、そして《兵士》。
このセルで待ち受けていたジャームたちにこれらの名を授けたのは《女王》である。
実際のところ、彼らの名に大した意味は無い。
《女王》が当時のコードネームにちなみ、たまたま人数と合致していたチェスをモチーフに適当に付けただけのコードネームだ。
だが《女王》はこの中の名前を一つだけ気に入っていた。
それは幼い少年に賜ったコードネーム。
《兵士》が持つ特性は─────恐ろしいまでの“数”である。
「あは」「ひはひ」「ききひはあふふふ」
「っ…………!」
笑い声をあげながら迫る体を焔が呑み込んだ。皮膚を舐り骨を溶かして焔が消える。
巻き込めたのは三人。
対して、この20m×20mの空間には…………
「あああつい」「ふふふう」「ははっあ!」「えへへへへへへへ」「あつくない?」「あつくないよお!」「いたたたたいい……」「きゃああっき」「おおおおかおかおかしいね」「あせあせあせ」「おいしい」「あ!」「むひひむっ」「さむくなっちゃった」「おーい」「へえあ」「うおおおお」「こびと」「こっち見たよ!」「こっちだよう」「?」「!」「みてみてみて」「たのっ」「たのしいね」「ぐぐぉ」「めだよ」「くしこそつすいりりり」「ううううん」「いるよっ!」
…………優に100を超える数が蠢いていた。
九十九を見送った直後からこんな狂った光景が始まったわけではない。
8人。それが多数の《兵士》を焼きながらこばとが掴んだ同時分裂の上限だった。
無論、それも楽な数ではない。そもそも一度の戦闘で8人を相手にすることなどそうはない。判断力に注意力、単純な消耗に加えて複雑な要素が求められる戦いだった。
それでもこばとは一歩も退かず、数多の《兵士》と互角以上に渡り合った。
それを覆したのはやはり、『夢の卵』だった。
黒色のレネゲイドが幼い体を纏った瞬間、《兵士》の数は二桁に達した。
焼けども焼けども数は尽きず、分裂の速度が焔を上回り、気付けば空間を哄笑が満たしていた。
「(いくらなんでも、多すぎるっ! これじゃあ本体を見つけることも……)」
「見てえぇ」
「っ」
寄って来た一人を焼き払う。
だがそれでは終わらなかった。
「あああつい」
「熱いよねえ」
「かたきだ!」
炭化した体を押し退けて無数の声が迫り来る。
一人を溶かし、二人を焼き、けれど三人までは火が足らない。
こばとの前にはいつしか、笑いながら蠢く《兵士》の群れができていた。
ぐっ
「あ」
「捕まえたぁ」
視界が反転する。
一人の《兵士》がこばとの足首を握り、にたにたと笑っていた。
「離して!」
「あぅう」
「だめ」
「あっ動くなよ! 僕たちー、この子の手と足掴んで」
「よーし」
「動いちゃだめなんだよ?」
足を掴む《兵士》に焔を放とうとして、その間に別の《兵士》が入り込んだ。
床に引き倒されたこばとに無数の笑い声と足音が近づいてくる。
「こっ、の……!」
「わあ」
「熱いよう」
「おもしろい」
「必死だ!」
近寄る《兵士》を焼き続ける。
焼かれても《兵士》は止まらない。
「離せっ!」
「だだだ」
「うるさいなー。……あ、そうだった。ねー僕たち、腕と足どっちから取っちゃう?」
「うで!」「足」「えー迷う」「腕がいいな」「どっちかなあ」「逃げられないようにした方がいいよ」「じゃあ足?」「ひざ!」「足でいいじゃん」「足」「あしだ!」「足だね」「うでも取りたい……」「あとで取れるよ」「足で」「あし!」「足!」「足にしよう」「足!」「足!」
「よーし。じゃあ早く捕まえちゃおう!」
敵意は無かった。
彼らにあるのはそれこそ子供が虫の手足を捥ぐような、好奇心と嗜虐心。
200を超える丸い目がこばとへ向けられる。
直後、それらが一斉に襲い掛かった。
「や、だめっ、離せっ!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「つーかまーえた」」」」」」」」」」」」」」」」」
振り撒く焔の奥から湧き出る手がこばとの四肢を抑えつけた。
四葩こばとは近接型のオーヴァードではなく、それ以前に振り払えるような人数差ではない。
体中に他人の体温が纏わりついていく。
「っ…………」
抵抗ができない。
歯噛みをするこばとの顔を《兵士》の一人が覗き込む。
「うーん、なんか違う気がするなあ」
「わかる」
「これじゃだめだよ」
「取らないの?」
「なんかものたりないよ」
「…………あ、そうだ!」
手を打って、にこやかな笑顔がこばとを見た。
「ねえきみ、『助けてください』って言ってみてよ! そうしたら5秒間逃がしてあげる!」
「………………………………は?」
「それいい!」「逃がしちゃうの?」「馬鹿だなあ、捕まえるんだよ」「楽しそう!」
笑っていた。
取り囲む《兵士》はその全員が笑い声をあげていた。
「その次は…………次は……どうしようかな」
「『ごめんなさい』とか?」「『許してください』!」「言わせるのもいいけどさー」「じゃああれやろう!」「あれ?」「なかまを売らせる!」「えー、みんな死んでるよ」「そっか」「そうだね」「あ、じゃああれは?」「あれ?」「わかった」「あー」「あれね」「せーの」
「「「「「「「「「「『夢の卵』に触らせる!」」」」」」」」」」
「……………………あなたたちは……………………」
小さな口から微かな声がこぼれた。
自分が抑えつけられているという状況さえ頭から抜けかけた。
悦楽を求める欲望とは─────こうもおぞましくなれるのか。
「あなたたちは…………いったい何度こんなことをしてきたの?」
「「「「「「「「「「おぼえてないよーそんなの」」」」」」」」」」
「………………………………そう」
ぼうっ! と炎が燃え上がった。
「うわあ」
「あちち」
「なにー?」
「…………させない」
抑えつける手全てを強引に焼き払った。
当然こばとの体は焼け爛れ、一部は白く変色する。
それでも少女は立ち上がり、蠢く邪悪を睨みつけた。
「私の仲間を傷つけさせない。なのちゃんをこれ以上弄ばせない。あなたたちの欲望なんて、一つだって叶えてやらない……!!」
少女の体が燃え上がる。
その眼が死ぬまで折れないことを見て取って…………《兵士》は深い溜め息を吐いた。
「あー…………………………………………なんかもういいや。やっちゃおう」
一人の《兵士》が呟き、それが無数の《兵士》に伝播する。
そうして再び、たった一人の少女におぞましい群れが蠢いた。
四葩こばとは退かなかった。
この空間を埋め尽くす数から逃げることは叶わない。だから少女は撤退を消して、あらゆる痛みに覚悟を決めてありったけのレネゲイドを回した。
ここで命が終わろうと。ここでこの身が燃え尽きようと。
蔓延る邪悪は、燃やし尽くしてみせる。
《オルテンシア》が最期の輝きを放とうとして─────
─────風が吹いた。
「いい啖呵だね~、ビックリしちゃったよ~。きみ、白峰支部に興味ない~?」
浮遊感があった。
遅れて自分が誰かに抱えられていることに気付く。
それは中性的な、少年と青年の真ん中に位置するような人だった。
しなやかな腕がこばとを抱え、優し気な瞳が向けられていた。
「え? あっ、え?」
「はじめまして。UGN白峰支部で支部長やってるアドニスって言うんだ~。お願いされて助けに来ちゃった~」
見覚えの無い男はアドニスと名乗った。
混乱の最中に視線が泳いで気付いたが、自分たちはどうやってか《兵士》の囲いを抜け壁に垂直に立っていた。
「お、お願い? い、いや、そもそも、ここには近づけないはずじゃ……」
「あ、しまった。これ内緒でお願いね~。ぼくたちは偶然ここに入るきみたちを見ちゃっただけだから~」
「えっ? は、はい……」
とりあえず頷いたこばとに「いい子だね~」とアドニスが笑いかけた。
それからふと腕に抱えた小さな体を見る。
「……凄いね~。本当によく頑張ったんだね~。きみは立派なエージェントだよ~。……ほんとに白峰に来ない? 歓迎するよ~」
「ご、ごめんなさい。私は名取が好きで……」
「そっかぁ~残念~。お試しとかでもいいんだけど~…………っと」
壁面に張り付く二人に数十人の《兵士》が飛び掛かって来た。
ぐん、と引っ張られる感覚があり、一呼吸後にはアドニスがこばとを抱えてまた離れた壁面に立っていた。
「だれぇ?」「新しい!」「知らないよ」「じゃまだなあ」「捕まえよう!」「離してよう」
「うわあ気持ち悪い~。ジャームって言ったって限度があるよ~。ぼくフジツボとか苦手なんだよね~」
「あ、アドニスさん、また来ます!」
「うえ~」
再びの高速移動。
それに対する《兵士》の回答は単純なものだった。
「……うそ……まだ増えるの……?」
群れが蠢き、文字通りの頭数が増えていく。
信じたくないが理解してしまった。
あの《兵士》はこの空間を、逃げ場がないほど自身で埋め尽くそうとしているのだ。
「増殖? 変な能力持ってるね~。『夢の卵』っていうのの影響かな~」
「増える能力自体は元々なんですけど、その数が異常になって…………っ、そうだ、本体がいるはずなんです!」
「本体~? 見た感じ同じに見えるけど~」
「い、いいえ。同じ顔で同じ能力でも、指揮をとってるような個体がいたんです。きっとそれが元々の《兵士》で……」
「あ~そのタイプか~。ちょっと厄介かな~」
話している間も《兵士》は増え、逃げ場は徐々に無くなっていく。
アドニスが僅かに目を細めた。
「……ね~こばとちゃん。まだ戦える?」
「えっ?」
「この群れ自体はどうにかできるんだ~。でもたぶん、本体がいるならそいつは残っちゃう~。ぼくの能力は連発できないから、また増える隙を与えちゃうと思うんだよ~」
そこで一度言葉が切れた。
青色の瞳が傷だらけの体を見つめる。
「きみがかなり消耗してるのはわかるんだ~。侵食率も危ないよね~。だから無理は言えないんだけど」
「残った本体を叩けばいいんですよね? やります、やらせてください!」
「おっと~…………」
「この先にいるなのちゃんと九十九さんを助けに行かなきゃいけないんです! だから、お願いします!」
「…………あは~。良い子だな~やっぱり白峰に来ない~?」
「行きません!」
「ざんねん~……」
視線が眼下の群れを見下ろした。
暖かかった瞳と声音が温度を失う。
「準備は良い? こばとちゃん」
「いつでもいけます」
「じゃあ今からこの気持ち悪いの、ぜんぶ吹き飛ばすね~」
え? と問い返す間もなかった。
「風よ─────」
一部のハヌマーンが有する能力に、音波による拡散攻撃というものがある。音が殺傷性を持った波となり広範囲の敵を襲うのだ。
だが実のところ、これはそう大した攻撃にはならない。
広範囲に影響を及ぼすということはそれだけ精度が落ちるということ。
拡散を旨とするためレネゲイドの圧縮も行えず、結果として威力も十分に上がらない。
『避けられやすく火力も少ない、露払いにしか向かない能力』。それがその攻撃への評価である。
だからこそこばとは信じられなかった。
目の前で集束する音と風が、自分の知るものと同一であることが。
音が風を纏い、気流がその指に集いゆく。
流れる余波で大気が乱れ、それが更なる風となって。
そうして凝縮された波を、《ウィンディ》が解き放った。
「《風神の唄》」
─────嵐が生まれた。
レネゲイドが波となり、波は刃となって閉ざされた空間に吹き荒れる。
「あ」「えっ」「なに」「だ」「い」「やば」「へっ」「ぶ」「まっ」「こな」「んぇ」「あ」
悲鳴は聞こえない。叫声も断末魔も、その一切を風神の調べが掻き消していく。
やがて風の唄が止めば、そこにはもう蠢く“数”はいなかった。
無数の死骸はレネゲイドとなって消える。
その中心で固まるのは、無数の自分に庇われた一人の《兵士》。
ぶん
小さな体がぶれ、新たな《兵士》が生れ落ちようとする。
「《紫陽花の夕立》」
それを、《オルテンシア》は許さなかった。
放たれたのは紫の焔。
サラマンダーのピュアブリードが生み出した焔は、歪に膨れる体を焼き尽くしていく。
肉も骨も、その一切を焼き尽くす。
「…………ゅ…………」
消えない焔の中で、水分の無い唇がぱくぱくと上下した。
「……………………ゆるして……………………」
やがて紫炎は止み。
「駄目だよ」
灰になった塊を四葩こばとは見下ろした。
「あなたたちの願いなんて、一つだって叶えてあげない」
《オルテンシア》・《ウィンディ》VS《兵士》、決着。
《兵士》の描写ちょっとやりすぎかなーって思ってました