怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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劇場版ダブルクロス⑧

 

 

「(…………妙だな)」

 

そう広くない部屋の中を緑の鞭が縦横無尽に廻っていた。

その標的は一人のチルドレン。この最奥へ単騎でやってきた愚か者。

姿は見えず、けれど部屋中に散らばった血痕がその負傷具合を示している。

 

跳び回るバロールの位置を因子で掴み、肥大した鞭が空間を抉った。

何も無い空間に血液が飛び散る。

それは決して少なくない量だが、しかし命に至る血量ではない。どうにもこの獲物は『夢の卵』の力を十二分に引き出した己の攻撃から、紙一重で致命傷を躱している。

 

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「(ここまで粘れる使い手だったか?)」

 

《女王》は配下たちに『夢の卵』の強化をより強く受けられる措置を加えていた。そしてそれは《女王》自身も例外ではない。

 

侵食率の大幅な上昇は、単なる威力だけではなく速度や精密性といったあらゆる能力を増大させている

領域知覚による捕捉も、鞭の速度も、宿った威力も強化前より上昇している。現に『夢の卵』の更なる力を引き出した途端、あのチルドレンは重傷を負いリザレクトを使用した。

 

あと数度鞭を振るえばこの邪魔者は死んでいると、そう思ったのだが。

 

「……………………」

 

不可視が解け銃撃が放たれるより早く、掴んだ位置を鞭が薙ぐ。

それが首に食い込む寸前、襲撃者が身を屈めたのが見えた。

 

「(何だ? この感覚は)」

 

抉られた肩から飛び散る鮮血。

その奥で死を回避した獲物の目は静かに《女王》を見つめていた。

 

「(まるで別人と戦っているような─────)……まあ、よい」

 

暴れ続けていた鞭が止まった。

感じ取った不審気な視線に《女王》は鼻を鳴らした。

 

「無駄なあがきをするものだ。大人しく死を受け入れればよいものを」

「…………」

「ああ認めよう、確かにここまで粘られるとは思っていなかった。だが貴様自身わかっているであろう? 貴様ではワタシに勝てん。そしてその足掻きもあとどれだけ続く? 貴様は今、何の意味もなく死から身を捩っているだけだ」

「…………」

「それとも貴様はこう思っているのか? 『耐えていれば仲間が来てくれる』と? 笑わせるな」

「…………あまり、私の仲間を舐めない方がいいよ」

 

声が聞こえると同時に不可視が解除される。

《女王》を睨むその瞳は流血により霞んでいた。

 

「哀れだな。まさか本当にそのような妄想に縋っていたとは」

「あの人たちはそんなにやわじゃない。それに、あなた達が『夢の卵』の力を引き出してからもう何分経った? あなたのお仲間たちからは、まだ一つも報告が来ていないみたいだけど」

「期待外れの愚図共よ。だがそれでも『夢の卵』の強化を受けて負けることはあり得ん。貴様もその程度は理解していると思っていたが…………仕方あるまい」

 

気だるげに息を吐いた。

膨れ上がった鞭を再びレネゲイドが覆う。

 

「気が済んだら首を差し出せ。誰ともつかぬ死体になる前にな」

 

茨が迫り来た。

肉体に届く寸前に九十九は空間を跳び、そしてそのまま姿を消す。

 

「(……なのちゃんは……)」

 

一瞬だけ視線を向ける。

少女は囚われていた場所で目元を抑えて呻いている。指の隙間からは血が垂れて、けれどその奥で血を流す虹色の眼は心配そうに戦闘の様を見つめていた。

 

理屈はわからないがこの強化は『夢の卵』にも相当な負担をかけているようだ。

その場を動かないでいてくれるのはありがたい。それと同時に、痛みを取り除けないこととそんな顔をさせてしまっていることが申し訳なかった。

 

「(─────状況は、良くない)」

 

失血で薄れる意識に無理やりレネゲイドを回す。

もはや弾丸のような速度で襲い来る鞭からギリギリで致命傷を避ける。ほんの僅かに残った余裕で九十九は打開策を探そうとした。

 

「(『夢の卵』での強化幅が大きすぎる。前みたいな反撃覚悟の攻撃はできない。まず避けられないし、そもそも攻撃する隙が無い)」

 

兎にも角にも強すぎるのだ。

《女王》があの黒いレネゲイドを纏ってから攻撃の密度が異常なものになっている。

九十九自身、今までなんとか致命傷を避けられていることが不思議なほどだった。

 

「(救援は…………ああは言ったけど、考えない方が良い。『来てくれるかもしれない』を組み込むべきじゃない。ううん、そもそも私が託されたんだ、甘えるな)」

 

致死の棘が背後から迫る、のをなぜか理解した。

背中が薄く抉れる。その痛みで頭を回す。

 

「(─────当てるしかない)」

 

夢幻泡影(ライフ・ライク・ファントム)》。己の最大の一撃を。

 

もうリザレクトを使える侵食率は飛び越えてしまった。だがだからこそ九十九の火力は上昇している。

仕留めきれずとも、流れを変えられれば。

 

最低条件はあの鞭で防がれず、《女王》に攻撃を直撃させること。

そのための方策はどうしてかすぐに思いついた。

 

「ふぅっ」

 

息を整える。ほんの一瞬未満の刹那を見極めるために。

 

風の感触と音の大きさで鞭の動きを感じ取った。

刃となった先端が九十九の頭に狙いを付ける。

 

まだ。

………………………………まだ。

………………………………………………………………ま

 

─────ここ!

 

足を割り身を沈める。

空を切った先端が、その先にある鞭自身を縫い留めた。

 

ほんの一瞬。けれど確かに。

《女王》がその身を九十九に晒す。

 

「《夢幻泡影》!」

 

閃光。

放たれた光は《女王》の頭に直撃した。

 

反撃は来なかった。

それを不審に思い、そして九十九は絶句した。

 

《女王》の顔には、傷とも呼べぬ小さな火傷しかなかったから。

 

─────理解したか?

その火傷が塞がる中で《女王》がそう呟いたのが見えた。

 

爆風が迫る。

 

「(しまった……!)」

硬直していた。

横手から迫る鞭に反応が遅れた。

 

それでもギリギリで首を曲げ─────灼熱が耳元を薙ぐ。

 

仕込んでいた通信機ごと右耳が千切れ飛んだ。

その痛みに呻く暇すら九十九には無い。

死に体を晒す九十九の正面で、《女王》が酷薄に嗤った。

 

通り過ぎた鞭がとぐろを巻き、その体へ狙いを定めて─────

 

 

 

『『お待たせ、九十九ちゃん』』

 

 

 

宙を舞う通信機から、声が聞こえた。

 

一瞬だけ静寂が生まれた。

カラン、と通信機が地に落ちる音でそれは破れ。

 

『『お仕事完了だ。愛しの先輩を待っていてくれ』』

『センパイ無事!? 今からそっち行くから!』

『こちらも撃破した。すぐに向かうよ』

『こっちも、終わりました! 待っててください!』

 

「……………………………………………………………………………………………………」

 

地に転がる通信機を《女王》は見つめていた。

 

「……………………………………馬鹿な」

 

因子を広げた。

入口の先。己が作り上げた迷宮へ視線を飛ばす。

 

そして《女王》は、この最奥へ向かってくる四人のオーヴァードを視た。

 

「……………………………………」

「『負けることは』……何だっけ」

 

《女王》の反応を見て九十九も確信した。

今ここに、自分の仲間たちが近づいてきていると。

 

「言ったはず、私の仲間を舐めない方がいいって」

「……………………………………」

「この建物はあなたの作ったものだろうし、進行の妨害もできるだろうけどいつまでもは止められない。『夢の卵』の継承はまだできないんでしょう? 彼らが来るまであなたを止めれば、私たちが勝つ」

「……………………………………」

 

無論、それとて容易なことではない。

形を変える迷宮を駆け抜けて仲間たちがこの部屋に辿り着くのは10分か、あるいは20分か。

《女王》の猛攻を凌ぎ続けるには気の遠くなるような時間だが……それでも確かに光が見えた。

 

《女王》がこれ以上『夢の卵』から力を引き出すことも、おそらくない。

それができるなら既に手を付けて九十九を仕留めているはずだ。

 

「あなたが進めていた『夢の卵』の継承条件が何かは知らないけど…………彼らが来るまで、あなたには何もさせない」

「……………………………………」

 

九十九の宣言を聞いても、《女王》は沈黙を続けていた。

先程まで振り回されていた鞭はぴくりとも動かない。今や時間は九十九に利する以上、すぐにでも襲い掛かってくると思っていたのだが。

 

「…………………………………………………………………………は」

 

警戒を続ける九十九の前で荒い声が発された。

 

「は、はは、はははははははははははははは!!」

「…………?」

 

突如として笑い出す。

顔を抑え、腹を逸らし、《女王》がそれまでとは違う大きな哄笑をあげた。

 

「ははははは! はは! はは、はぁ…………」

「…………何がおかしいの」

 

苦し紛れの虚勢、あるいは発狂…………そう思うにはあまりにも真に迫っていた。

銃を握り、いつでも撃てるようにしながら九十九は問いかける。

 

「くっくっ…………いや、なに。まさか、と思ってな。まさか、この手が有効になるとは思っていなかった」

「罠でも仕込んでた? それとも伏兵? 何だろうと彼らなら」

「“マスターレイス”を呼んでいる」

「───────────────」

 

今、何と。

 

「12人の強化兵と、それを率いる“マスターレイス”の一部隊だ。保険……ですらなかったのだがな。『夢の卵』を手にして、それを広めるための最初の足掛かりとして呼んでいた。それをまさか、このような形で使うとは」

「……………………いつ…………ここに…………」

「くっく、さあな。だがさして時間はかかるまいよ。奴らが来ればすぐにこの迷宮へ迎え入れよう。貴様の仲間とやらに相手が務まるか? その余裕があるか?」

「…………………………………………」

「くっ……ははははははははは!! さあ、果たして時間はどちらの味方だろうなあ!?」

 

マスターレイス。

コードウェルの子。

FHの、最高戦力。

 

今、この状況で、対処できるような相手では。

 

─────ビーッ、ビーッ!

 

《女王》の胸元で通信機が鳴動した。

 

「ははは、噂をすればだ! 皮肉だなぁ小娘! 通信で逆転した形勢がもう一度通信で逆転するとは!! ─────こちら《女王》! 到着したのか、であれば迎え入れ」

 

『悪いな。行けなくなった』

 

「───────────────は?」

 

 

 

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