怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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劇場版ダブルクロス⑨

 

 

─────長くは保たないはずだ

 

怒り困惑しながらも、《女王》の冷静な部分がそう告げていた。

 

瞳を虹色に染め、馴染んだレネゲイドを纏う九十九。その姿は否が応にも彼女がただ強化を受けた人間ではなく『夢の卵』の継承者となったことを示していた。

だが依然として『夢の卵』の反応はなのの中にある。

 

「(おそらくバグのような状態だ。複雑な要因が絡み合ってあの娘が『夢の卵』に継承者とみなされている。継承者が2人いるような状況など長く続かん)」

 

推察を基に《女王》は最善手を導き出す。

赫に染まった鞭が、なのの前に立つ九十九へ襲い掛かった。

 

「(時間を稼ぐ)」

 

増援が向かっている現状、戦闘が長引くのは《女王》にとっても本意ではない。

だが『夢の卵』の継承者が持つ力は未知数だ。苦渋の決断ではあるが真っ向からの勝負は避ける。

 

振るわれた凶器は、しかし殺傷を目的としたものではなかった。

九十九が攻撃に移るのを阻止するための牽制。躱せば後ろのなのに当たる位置。

攻撃を当て、あるいは最低でも受け止めさせてその場所で釘付けにする。

 

九十九が取ったアクションは、ただ銃を向けるだけだった。

 

光の奔流。

拮抗すらせず、緑の鞭が消滅した。

 

「っ……!」

「なのちゃん、捕まってて」

 

息を呑む。

先程までとはまるで違う威力。込められたレネゲイドの桁が違う。

そんな光をあっさりと撃った張本人は、なのを後ろ手に背負っていた。

 

「大丈夫。絶対に傷つけさせないから」

「の!」

「大言が過ぎるぞ、小娘ッ!」

 

《女王》が新たな鞭を握り、九十九のもとに上下左右から迫り来る。

それらは先程までと変わらないスピードだ。つまりは亜音速を越え、致命傷を避けるので精一杯だった速度ということである。

 

─────止まって見えるな

 

殺意の群れは、なのを背負った九十九に傷一つつけられずすり抜けた

 

「時間稼ぎは止めたんだね。それとも今のも時間稼ぎのつもりだった?」

「……調子に乗るなよ、紛い物の継承者風情が」

 

鞭と光が衝突する。

一瞬の拮抗の後、再び光が鞭を貫いた。

 

半ばから消滅した鞭を手放し新たな武器を握るよりも早く、銃の引き金が絞られる。

 

「チ、イッ」

 

受け止めるという選択は放棄した。

一直線に飛来する光から身をよじって、避けきれなかった光が《女王》の腕を貫いた。

 

攻撃の手は止まらず、同じ威力の光が次々と放たれる。

 

「何故だ…………」

 

それらを避け、あるいはなんとか逸らしながら、《女王》は撃手を睨み据える。

あのチルドレンが『夢の卵』の力を受けていることは疑いようもない。それも継承者でなければ不可能なほどの力を。

だがありえない。

 

「何故、オーヴァードのままその力を振るえる……!?」

 

そもそもの大前提。

『夢の卵』の条件は、対象のレネゲイドが不可逆であること。

日常を手放す気も無いオーヴァードが手に入れられる力ではないのだ。

 

加えて言えば『夢の卵』の能力はあくまでもレネゲイドの増大。

ここまで力が上がる程レネゲイドが増えたのなら、いずれにせよオーヴァードではいられない。

 

「答える気は無いし、そもそも答えられない。『夢の卵』を研究していたあなたにわからないことを私がわかるはずがないでしょう」

 

にもかかわらず、虹色の眼は未だ理性を宿している。

 

「それでも感じることはある。この力は、なのちゃんが繋いでくれているものだって」

「なんだと……?」

 

改めて観察して、《女王》の目がとあることに気付いた。

九十九が背負うなの。両者の間にレネゲイドが繋がっているだけではなく、非オーヴァードであるなのの体に莫大なレネゲイドが宿っていることに。

 

「(まさか増大した分のレネゲイドをあの器が引き受けているとでも言うのか? ありえんだろう、別人ではないか! あの娘の力が上がる理屈が無い!!)」

 

だが現実に九十九華宵は継承者としての力を振るっている。

何も手放さず、日常を掴んだまま。

 

「……………………巫山戯るなよ」

 

撃ち出された光を《女王》が弾いた。

深く焼け抉れた腕を一顧だにせず、初めて見せる憎悪が九十九を睨みつける。

 

「それは─────その力は、貴様のような塵芥が持っていて良い力ではない!」

「?」

「貴様ら人のフリをするダブルクロスが! 日常を護るなどと謳う裏切り者が! 自らの欲望を肯定することもできん愚者共が! 持っていて良い力ではないのだ!!」

 

目は血走り、美貌を憎悪に歪めて、そのジャームは吠えていた。

 

「『夢の卵』、レネゲイドの増大、誰もが求める虹の果て! この力があれば誰しも主に跪こう! 世界を統べることさえ夢ではないのだ、その“遺産”は! 間違っても塵以下のくだらぬ理由で戦う貴様のための力などではない! 『夢の卵』は─────遍く者を支配するワタシにこそ相応しい!!!」

 

吐き出されたのは聞くに堪えない欲望だった。

これ以上背後のなのに聞かせたくはないと銃を持ち上げて、九十九へ掴まる手にぎゅっと力が込められた。

 

「……………………わかる気がするの」

 

ぽつりと呟いた。

 

「………………………………は?」

「『夢の卵』が見つかって、いろんな実験をされて。痛い思いも怖い思いもして、夜になって眠る時に…………いっそこの力でみんなを暴走させれば、って。…………そう思ったことが、ないわけじゃないの」

 

小さな手が僅かに震える。

それは幼い少女の懺悔だった。

 

「そう思うたびに、なんて怖い考えなんだろう、そんなことをしちゃいけないって言い聞かせてたの。でもきっと、あのままだったらなのは、そんな怖い考えを抑えられなかったと思うの」

「なのちゃん…………」

「なのには、セルから逃がしてくれた人がいたの。追われてたのを助けてくれた人がいたの。なののことを、抱きしめてくれる人たちがいたの。だからなのは、今もなのでいられてるの」

 

なのの中にも同じ芽はあった。けれどそれを摘み取ってくれる人たちがいた。

《女王》にはきっと、そんな繋がりは無かったのだろう。あるいは自ら断ち切ったのか。

 

彼女にあるのは繋がりとも呼べない歪な支配。人から向けられるものは無く、人に欲望を向けるしかないのだろう。

 

それは、なんて─────

 

「─────かわいそうな人」

 

侮蔑でも煽情でもなく、ただ純粋な憐れみを込めて少女はそう呟いた。

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

沈黙。

 

激昂。

 

 

「誰に何を言っているッ!!!!!」

 

 

黒色のレネゲイドが禍々しく歪む。

緑の鞭が蠢き、内部から染み出た血液が表層を覆った。

茨の鞭は色を変え、硬度と威力が位階を上げる。

 

「『夢の卵』の器風情が言うに事欠いてかわいそうだと!? 自惚れるな!! 上に立つのはこのワタシだ─────!!!」

 

肥大化した鞭が二人に狙いを定める。

そこに込められたレネゲイドは今までで最大のものだった。感情が高ぶり、『夢の卵』から更に力が流れ込んだのかもしれない。

 

「っ」

 

痛みが走り、なのは目を抑えた。

感情が棘となって響いてくる。酷いことを言ってしまったんだなと申し訳なくなった。

 

「なのちゃん」

 

振り向いた九十九と眼が合った。

 

「手を、握ってくれる?」

「─────うん!」

 

差し出された手を握る。

掌を合わせ、指と指を絡めて、二人は手を繋いだ。

 

「─────虹の果てを見せてあげる」

 

共鳴が高まり、『夢の卵』が継承者へレネゲイドを送り出す。

《女王》の漆黒とは対称の鮮やかな色。それが九十九の握る光の銃に流れ込む。

 

そうして、オーヴァードとジャームは向かい合った。

 

 

「《夢幻泡影(ライフ・ライク・ファントム)》」

「《千死万棘(マルチプルスカーレット)》─────ッ!!!」

 

 

極光と鞭が激突した。

 

自然界でこのような現象は起こらない。物理的に再現しようと光が鞭を透過するか弾かれて終わりだ。

だがこれはオーヴァードが創り出したもの。

その本質は、レネゲイドの押し合いである。

 

「ぐ、うっ…………」

 

女王の踵が跡を刻む。

鞭を握る手が悲鳴を上げる。

 

「巫山戯けるな、ワタシは女王だ…………」

 

奥歯がバギリと音を立てた。

一切構わず、己に宿る欲望を回す。

体が悲鳴を上げ、けれど踵が止まった。

 

「ワタシこそが─────」

 

半歩、足が進み。

 

「貴様らを支配するのだ─────ッ!!!」

 

紫の光を打ち破った。

 

遮っていた光を貫き、その勢いのまま赫色の鞭が標的を蹂躙する。

 

「は、はは、ははははははははははっ!!!!!」

 

絶叫した。

当然だ。当然の結果だ。支配者たる己が敗れる道理などないのだ。

あとは群がって来る有象無象を薙ぎ払って「……………………?」

 

目の端に写った光景に違和感があった。

光の残滓が消え、見えるようになった先。

あるはずのものが無いような

 

 

─────カチリ

 

 

背後でその音がした。

 

「いやだ」

 

漏れ出た。

偽りの無い乞う声だった。

 

 

「それはワタシの─────」

「 《虹の夢の果て(オーバー・スカイ)》 」

 

 

不可視の銃が、虹色の光を撃ち放った。

耐久も再生も飛び越えて、虹の光が果てを告げた。

 

「…………支配するものを見てもない人にはきっと一生わからないよ」

 

繋いだ掌が熱を伝えていた。

 

 

「繋ぐものの大切さなんて、ね」

 

 

《成れ果て》・《虹の夢》VS《女王》、決着。

 

 

 

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