怪文書置き場 作:ジャーム先輩
『ぶっちぎり最強バトル! 名取で一番強い奴は誰だ!!』
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」
『実況』というプレートを立てた席に座る女性がそんな頭の悪いフレーズを叫び、それに呼応して観客席から大きな歓声が上げられた。
『実況はわたくし広報課の佐藤が!! そして解説には…………なななんと!!!』
『実況』の隣には『解説』と書かれたプレートが立てられている。
そこには座る者のいない椅子が置かれているだけだったが、突如としてその周囲をふわりと花弁が舞い踊った。
花弁が一瞬だけ解説席を覆い隠し、ベールが剥がれた後、そこには一人の女性が優雅に座っていた。
『我らがリーダー! 《無限・
『どうも、解説のメビウスよ』
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
驚きの事実に観客のボルテージは更に上がった。
支部長自らが解説を務めるということは、今観客の間で行われているトトカルチョも半ば公認になったということなのだから。
『皆さん大変盛り上がっていますね! それではルールの説明に移らせていただきますッ! 今回のぶっちぎり最強バトルの参加者は10人! 彼らにはこの装置を腕に付けていただきッ、装置を破壊された者は脱落となりますッッ!! 最後まで勝ち残った者が優勝というシンプルなルールッ!!』
『形式はいわゆるバトルロイヤルよ。能力の使用制限は一切無いわ、全員持てる力の全てをぶつけなさい』
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
佐藤が金属製の腕輪を掲げる。耐久性の高そうなそれを腕に付け破壊されたら脱落というルールらしい。
参加者の全力が見られるという宣言に、観客のボルテージは最高潮にまで達する。
『それでは皆様ッッ!! 選手入場ですッッッ!!!』
佐藤が宣言した瞬間、部屋に十個設けられた扉を─────5キロ四方にまで拡張された第一訓練室に設置された扉を、スポットライトが盛大に照らした。
『エントリーNo.1!
名取最強と聞いては黙っていられない!! このコードネームの意味を下々に思い知らせてやろうじゃないか!!
《
「あ、こういうノリなんですね…………」
『エントリーNo.2!
氷の下に隠されたのは熱い激情!! この氷焔、防げるものなら防いでみろ!!
《
「不本意でしかないのだが」
『エントリーNo.3!
奇遇だねえ、奇しくも同じサラマンダーだ。だがしかし、この灼熱まで同じかな!?
《焼き付ける
「上に同じくっす」
『エントリーNo.4!
今回参加者最年少!! ちょうどいいハンデだ、全員まとめてこのお人形と同じにしてやろう!!
《オルテンシア》四肥こばとッッッ!!!』
「お、思ってないですよそんなこと!?」
『エントリーNo.5!
その眼差しは天使のように!! 名取支部所属ではない? 知るか馬鹿、そんなことより戦争だ!!
《ツインソウル》乙音灰音ッッッ!!!』
「無理やり参加させられてこの物言いとはね」
『エントリーNo.6!
何がエージェント! 何がチルドレン!! この中に俺より速い奴がいるとでも!?
《
「いいじゃん、面白いよこれ」
『エントリーNo.7!
重力を、即ち地球を操る女!! さあどうだ、私の前でお前たちは立っていられるか!?
《C.C.C》豊国氷華ッッッ!!!』
「なぜ私が…………」
『エントリーNo.8!
人間びっくり箱とは彼女のためにある言葉! 構えた三刀と変幻自在の肉体が邪魔する奴らを斬り伏せる!!
《
「正直面倒くさいです」
『エントリーNo.9!
難しいことはわからない! しかし、叩いて殴れば敵はいない!!
《
「ロイヤルバトル? カッコイイ名前ね!」
『…………ッッ! どうやらもう一名は到着が遅れているようですが! 到着次第ッ皆様にご紹介いたしますッッッ!!!』
「10」と書かれた扉だけが開かず何らかのアクシデントを感じさせる。
しかし実況は無駄に構うことなく進行を続けた。
『ご覧ください皆様ッ、彼らの勇猛果敢な佇まいをッ! なんたる気迫ッなんたる重圧ッ! 選手たちは皆ッ闘志に満ち溢れておりますッッ!!』
「目ぇ腐ってるんすか?」
「yahooニュースとか向いてますよ」
「お手本のようなマスゴミね」
嘘にも程がある紹介をされた選手達がぼやくが、観客(悪ノリした名取支部の職員)は気にせず盛り上がり続ける。
しかし選手達のそんな様子を気に入らない者がいた。解説のメビウスさんである。
『ぐちぐちとうるさいわね』
「いきなり第一訓練室に呼び出されてこれじゃ文句言いたくもなりますよ」
「ていうか何すかねこの部屋。めちゃくちゃ拡張されてるのもそうっすけど市街地レベルで建物並んでるじゃないっすか。誰が作ったんすか」
「霹靂先輩と戦いたくなんてないです……」
『この「ぶっちぎり最強バトル」はッ、この前開催された慰労会のあまりの出席率の悪さを嘆いたメビウス支部長が主催してくださったものですッ!』
「え? 私それ参加させられたんだが、どうして選手に……?」
『そしてこの訓練室はッ各支部からお招きしたバロールとモルフェウスのエージェントによって作られた物ですッ!』
「あまりにも労力の無駄が過ぎるわね」
『はあ。まったく、揃いも揃ってごちゃごちゃと…………』
支部内に広がるこの異常な空間に呆れが止まらない参加者達。
彼らの真っ当な反応に呆れ返す無敵のメビウス。
『貴方達がどう言おうと、これは支部長命令なのだから参加は絶対よ』
「横暴だ…………」
「横暴ね」
「横暴です」
『けど、適当に戦われてもつまらないのよね。だから特別に、優勝者には景品を用意してあるわ』
「景品?」
『優勝した人には─────私の権限で、一つだけ願いを叶えてあげる』
「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」
参加者達の目の色が変わった。
『もちろん私の権限と能力の及ぶ範囲において、だけどね。けれどそれは、貴方達が思うよりずっと広いわよ?』
蛇の囁きが参加者たちの脳を揺らす。
《無限・蝕世の蛇》直々に願いを一つ叶える。それはつまり。
「(風評被害を流すのをやめてもらえる……!)」
「(メイ博士の生還に協力してもらえる)」
「(賢者の石適合者の受け入れ……聞くだけ聞いてみるか)」
「(霹靂先輩と一緒の任務を……!?)」
「(ボーナスを貰えるのは助かるわね。紗良も呼んでみようかしら)」
「(んー、正式にエージェントにしてもらうとか?)」
「(いや、特に無いんだが…………)」
「(FH関係の任務を増やしてもらおうかな)」
「美味しいごはんをたくさん食べたいわ!!!」
『ふふ。良い顔になったじゃない』
選手達の反応に満足げに頷き、メビウスは隣の佐藤に目線を向けた。
『それでは皆様お待たせしましたッ!! 『ぶっちぎり最強バトル ~名取で一番強い奴は誰だ~』開始いたしま─────おおっとお!? 皆様失礼いたしましたッ! どうやら今ッ! 最後の一人が到着したようですッッ! それでは─────』
「10」と書かれた扉がゆっくりと開く。スポットライトが照らすそこに立っていたのは。
『エントリーNo.10!
この名取で最強を名乗るなら無視しちゃいけない奴がいる!! ぶっちぎり最強バトル、最後の参加者はッ!!
《冴える
「クソ面倒くせえが、あのババアに言うことを聞かせられるとあっちゃあな。悪いが全員ブチのめさせて貰うぜ─────!」
ズン、と。辺り一帯に凄まじい威圧が叩きつけられた。ツー、と選手達の頬を冷や汗が流れる。
恐らくはこの支部で最も高い戦闘力を持つ男。最悪の乱入者を前にして、参加者達は今まで立てていた作戦が崩れ去るのを理解する。
『それでは「ぶっちぎり最強バトル」開始ーーーーー!!!』
カアンとゴングの音が鳴り─────《皇帝》神凪優希が右手を挙げた。
戦況を大きく左右し得るもう一人の動きに参加者達は全力で警戒し。
「あの。まず全員でアネモネさん落としませんか」
「…………………………………………………あ?」
【《冴える黒蛇》アネモネ、脱落】
▼▼▼
『慈悲も遠慮もない一斉攻撃でアネモネ選手が脱落した後ッ、選手たちはすぐさま散開しましたッ!』
『まあ当然の判断ね。このままなし崩しで乱戦になっては事故で落ちかねないし、優勝を狙うなら一度バラけるのが合理的でしょう』
『なるほどそういうことですね! そして観客の皆様はご安心を! 選手達にはブラックドッグによる追尾機能付きの小型カメラを付けております! 観客席の前に設置された大型モニターに各選手視点の映像が映りますので、お好みの画像をご覧ください!!』
バトルロイヤルの戦場は5キロ四方の広さにされている。さらに市街地を模して作ったため通常の住宅や店舗に加え10階越えのビルも乱立しており、とても観客席から戦闘の様子が見られるような構造ではない。
その対策として選手達視点、そしてエリアの各所を映すカメラが設置されていた。
『さあ、散開した選手達ですが─────おおっと! これは動きが速い! 神凪選手の近くへ接近する選手が二人! これは─────ケビン選手と霹靂選手です!!』
戦場を移動していた神凪の前方を氷の壁が一気に覆い、直後に電気を纏う刀が叩きつけられた。
斬撃は神凪の目前で形成された壁に防がれ、襲撃者は即座に距離を空ける。
「さっきぶりですね、先輩」
「君が一番厄介だからな。卑怯で悪いが確実に落とさせてもらう」
「そう言ってもらえるのは光栄ですね。でも僕なんかよりもっと別の人狙った方がいいと思いますよ」
挨拶代わりにそんな言葉を交わし、3人のオーヴァードが激突する。
実質的に今回最初の戦闘が始まった。
『これは…………ケビン選手と霹靂選手が手を組んだのでしょうか? メビウス支部長、これはルール上の観点からは…………』
『解説のメビウスよ。問題なんてあるわけがないでしょう。ルールは一つ「腕に付けた装置を破壊されたら脱落」だけよ。そもそもこれはバトルロイヤルなんだから』
『なるほど、その辺りの駆け引きも含めたバトルということですねッ!!』
実況席でそんなやりとりがされる中も3人の戦闘は続いている。
どうやら彼らは前衛を霹靂が担当し、ケビンが援護するという連携を選んだようだった。
神凪の移動をケビンの氷壁が阻害し、霹靂が斬り込む。隙が生まれればケビン自身も攻撃に参加し、とにかく接近戦を持ち掛け続ける。
時折二人に反撃が飛んでくるが、互いのカバーは考えず狙われた側が対処する。防御面での連携は考慮されていない、個々の実力に依存した超攻撃的なチームプレイ。
つかず離れずの距離を維持する霹靂が刀を振るう。ギャリリッ! と音を立てて障壁の半ばを切り裂いた。
「っ」
霹靂を押し戻そうとして神凪は足場に因子を集中させる。視界の隅に、剣を構えて向かってくるケビンが見えた。
「はあっ!」
「あっ、ぶな!」
因子を自己の強化に回して、崩れた体勢から無理やり回避行動に移る。
神凪は反転した視界の中で追撃してくる二人に向けて、その側面の壁を操作した。
ギュルッ! と回転しながら、鋭く尖ったコンクリートが二人の腕へ襲い掛かる。死角からの攻撃を、しかしケビンも霹靂も慌てることなく斬り落とした。
神凪は僅かに稼いだ時間で距離を取ろうとするも、再び氷壁が行く手を阻む。
短く舌打ちして、再度斬りかかってくる霹靂の迎撃に意識を向けた。
『凄まじい戦闘が繰り広げられておりますッ! 急造とは思えない連携で攻撃を仕掛け続けるケビン選手と霹靂選手! それを防ぎ続ける神凪選手! しかし、この様子は……』
『見たままよ。気狂いのラットさんが劣勢ね。あの子の能力は多対一に向いたものだけど、単純にあの二人の総合値がそれを上回ってるわ』
『そ、それでは神凪選手はこのまま脱落してしまうのでしょうかッ!』
『このままいけばその可能性は高いでしょうね。けど言ったでしょう? これはバトルロイヤルよ』
『そッ、それはつまりッ!?』
『それぞれが散ってからもうすぐ5分。一部の子が準備を整えた頃よ』
メビウスがそう呟いた直後。
「「!!??」」
突然の現象にケビンと霹靂は攻撃を中断し、辺りを警戒する。
『これは─────何者かの攻撃かーーーッ!? 神凪選手の腕輪は…………破壊されておりませんッ! どうやら咄嗟に防いだ模様ですッ! メビウスさん、これは一体……!』
『狙撃よ。それもいくつもの建物を撃ち抜いた、ね。ここまで言えばわかるでしょう』
『双子のラットさんよ』
▼▼▼
市街地エリアの中央と右端の中ほどに位置する11階建てのビル。その屋上で《ツインソウル》乙音灰音は長銃を構えていた。
神凪達とは3キロ程度離れた場所だ。そんな位置からいくつもの建物を撃ち抜いて狙撃を成功させたという事実が、彼女の極めて高い技量を表していた。
『そもそもこのバトルロイヤルにおいては明確な有利不利が存在するわ』
『有利不利? 一体それは何なのでしょうッ!』
『遠距離攻撃が可能かどうか。加えて言えば、どれだけ射程が長いかよ。バトルロイヤルは、言ってしまえばどうやって漁夫の利を取るかが勝負なのだもの。自分の攻撃を届かせられる距離が長ければそれだけ有利になるわ。その点で考えれば、双子のラットさんは優勝候補と言っても過言じゃないわね』
メビウスがそんな解説をしているとは露知らず、乙音灰音は能力も併用してスコープを除きながら舌打ちをした。
「(防がれた? あの状況でまだ狙撃を警戒する余裕が残ってたとはね。あの3人は仕留めておきたかったけど…………駄目ね、完全に警戒されてる)…………潮時ね、場所を移しましょう」
瞬時に未練を切り上げ、持ち運びやすいよう長銃を折りたたむ。
『まあ、だからこそ─────狙われやすいとも言えるのだけど』
キラリと何かが光った瞬間。
音の速度で襲撃してきた者がいた。
「─────っ!」
「ありゃ、避けられちゃったか。お姉さんスゴイね」
「それはどうも」
『ああっと、撤退しようとしていた乙音灰音選手を襲撃する人物がッ! これは─────《銀風》白銀凛選手だーーーッ!!』
なんとか躱すことができたのは、襲撃を警戒していたことと、何よりも相手が腕輪を狙ってきたからだ。
それでもドクドクと血を流す上腕部が、目の前の相手の危険性を物語っていた。
《銀風》白銀凛。ハヌマーンとエグザイルのクロスブリード。その高速を主軸にした接近戦を得意とするオーヴァード。
「(私達とは相性が最悪じゃない。運の悪い……)やって来るのが早いわね。近くにいたのかしら」
「んー?」
ビュアッ!と、尋常でない速度で刀が振るわれた。
咄嗟に身をずらすことで回避に成功した。そう思ったのもつかの間、いつの間にか目の前に立っていた凛が腕輪を狙う。
「違う違う、最初に散った時からお姉さんを追ってたんだよ。このルールで一番厄介なのって狙撃に徹したお姉さんでしょ? 早めに倒さないとまずいなーって探してたんだ」
「それはっ、随分な、評価ねっ!」
のんびりと話す間も刀は立て続けに振るわれている。それらは全て腕輪を狙った物で、乙音灰音はその度に全力の回避を強いられていた。
「(腕輪しか狙わないからなんとか避けられてるけどもうすぐ捕まる! 無理やりにでも離脱しないとまずいわね─────!)」
なりふり構わずエンジェルハィロウの力を解放して目くらましを仕掛けるしかない。
そう断じ、体内のレネゲイドを活性化させた瞬間だった。
「えいっ」
バコン
そんな間抜けな音を立てて。
「「は?」」
思考に空白が生まれて、視界が90度傾いたことで現状を理解した。
自分は今、11階の高さから墜落している。
乙音灰音は凛が何かしたのかと視線を向ける。しかし彼も同様に困惑していて、その考えは否定された。
乙音灰音の目線の先で凛が下を見て、血相を変えた。爪を伸ばして手すりに掴まり、先程までは壁だった場所へ移動した。
何が起きたのかと下を見て、凛の行動の意味を理解する。
「こんにちは!!」
墜落する先。その場所に、一人の少女がいた。
《暴虐》メアリー。キュマイラのピュアブリード。少女の形をした理不尽が、拳を構えて立っていた。
「待っ─────」
「私、知ってるわ! これ、ダルマオトシって言うのよ!!」
エンジェルハィロウの乙音灰音に自由落下から身を動かす能力は無く。
女性の体を、少女の拳が打ち抜いた。
【《ツインソウル》乙音灰音、脱落】
▼▼▼
乙音灰音が脱落したのと時を同じくして、《焼き付ける赤蛇》如月伸太郎、通称シンタローは市街地エリアの北部に潜伏していた。
開幕のリンチでアネモネを落とし散開した際、シンタローは誰を追うこともなく人気の無い方角への離脱を最優先とした。それは彼がこのルールでの定石を理解していたからだ。
「すげー衝撃っすね。この分だと誰か…………」
【《ツインソウル》乙音灰音、脱落】
「おっ、ビンゴ。一番面倒な人が落ちてくれたっすね」
エリアに設置されたスピーカーが脱落者が出たことを知らせる。実況と解説の音声は選手たちに届かないようになっているため、町中にあるスピーカーが戦況を知る唯一の手段だった。
シンタローは放送を聞き、残れば残るほどに厄介だったであろう人物が脱落したことを幸運がった。
「さてさて、皆さんこのまま上手く消耗してくれればいいっすけど」
神凪、ケビン、こばと、乙音灰音、凛、豊国、霹靂、メアリー。
このメンバーの中で、自分はいわば「中の上」だとシンタローは分析していた。
順次乱戦が発生するこのバトルロイヤルにおいて最優先で狙われるのは、一級のオルクスである神凪と最長の射程を持つ乙音灰音。逆にケビン、霹靂、凛、メアリーといった接近戦を主体とする者は恐らく「狙う側」に回る。
この状況で他者から見た自分は「落とせるなら落とす」程度のポジション。
だからこそ、序盤で狙われることはまず無いと、シンタローは開戦後すぐに他者から離れることを最優先にした。
離脱の際に見た限りでは、神凪はケビンと霹靂が、乙音灰音は凛が追っているようだった。状況はシンタローの予測通りに進んでいた。
「このまま気狂いさんにも落ちてもらって、何人か減った後で出ますかね」
のんびりと呟き、建物の中で腕を組む。
そんな時だった。
ジュッ、と。炎の雨がシンタローのいる建物に降り注ぐ。
「うおおおおおおおおっ!?」
炎の雨は止むことなく降り続け、倒壊する建物からシンタローは慌てて飛び出した。
屋外に移り、襲撃者の姿を探す。
先程まで建物だったものの頂上に、一人の少女が立っていた。
それはぬいぐるみを抱え、煌びやかな金髪をたたえる、幼い少女。
《オルテンシア》四肥こばとが冷たい瞳でシンタローを見つめていた。
「……………………あー。こばとちゃん、遠距離攻撃持ちの俺らが潰しあうのは得策じゃないっすよ」
時間稼ぎと、万が一にでも心変わりしてくれないかなという願いを込めてシンタローはそう言った。
「もうちょい人が減るまで待って、そこから戦闘を仕掛けるのが賢いっす。折角だから手とか組まないっすか? 最後になってから……」
「乙音灰音さんが脱落しました。ここでシンタローさんを落とせば私の優位性が一気に上がります」
「わーお、意外とアグレッシブなんすね…………」
これ説得無理だわ。
サラマンダー同士の撃ち合いが始まった。
『ここに来て盤面が一気に動きましたッ! 東エリアでは乙音灰音選手を撃破したメアリー選手がそのまま白銀選手と激突ッ!! 中央北エリアでは引き続き神凪選手を狙うケビン選手と霹靂選手の攻防が展開されッ、北エリアでは如月選手と四肥選手の撃ち合いが始まっておりますッッ!! 実況としてはどの戦場に注目するべきかが迷いどころですッ!!』
『そうね……気狂いのラットさん達のカメラに注目しなさい。ここが一番最初に状況が動くわ』
『な、なるほどッ! 神凪選手達の戦闘を実況いたしますがッ、観客の皆様はお好きな映像をご覧くださいッ!』
中央北エリア。
狙撃によって一時中断された戦闘は既に再開されていた。
神凪は乙音灰音の狙撃から腕輪を庇った際に負傷したようで、左腕がだらりと力なく下がっている。一方でケビンと霹靂の猛攻は変わりなく、戦闘の趨勢は先程よりもケビン達に傾いていた。
神凪は汗を垂らしながら二人の攻撃を防ぎ続けている。その表情に余裕はなく、防戦一方になっていた。
『先程の乙音灰音選手の狙撃ッ、やはり無傷とはいかなかったようですッ! 神凪選手は左腕を負傷している模様ッ! これは神凪選手、苦しいかーーー!?』
『そうね。二人とも気狂いのラットさんが苦手なタイプっていうのもあるけど、何より氷のラットさんがいるのが大きいわ』
『氷の……ケビン選手のことでしょうか?』
『ええ。そもそもだけど、気狂いのラットさんは不利な状況なら離脱できるわ』
『離脱というと…………ああ、《縮地》でしょうか! 確かに、視界内の自由な場所に瞬間移動できるあのエフェクトなら…………あれ? そういえば、なぜ先程から使っていないのでしょう』
『使わないんじゃなくて使えないのよ。よく見なさい、さっきからずっと気狂いのラットさんの周りを氷壁が覆ってるでしょう?』
メビウスの言葉に観客たちは神凪の周囲へ注目する。
意識することは無かったが、その言葉通り彼の周囲には常時氷の壁が展開されていた。
『ああっ、確かに! あれはケビン選手の能力でしょうか!』
『視界を塞がれた状態じゃまともに転移できないわ。平常時なら山勘である程度できるかもしれないけど、3人のエフェクトで周囲のレネゲイドが乱れ切ってる状態じゃ、地面に埋まりかねないもの』
『なるほど、つまりケビン選手によって神凪選手は離脱を封じられているのですねッ!! このままでは神凪選手─────おおっとぉ!?』
解説席でそんなやり取りがされた時、防戦一方だった状況が動く。
神凪が上を見上げ、上空に転移したのだ。
視界を覆うものが無くなった空中で、神凪は逃げ場を探すように辺りを見回した。
しかし、彼が二度目の転移をするよりも早く。
「それは悪手だぞ」
シュン、と何かが落ちる音と共に、神凪の上空から氷の矢が降り注いだ。
「ぐっ!?」
「いずれ上空に逃げることはわかっていたからな。空気中の水分を凍らせて、弾の準備は常にしている」
咄嗟に勢いを殺したようだったが、それでもなお降り注ぐ質量に押され神凪は地面に撃ち落とされた。
その隙を見逃すはずもなく、刈り取らんと霹靂が迫ってくる。
「っ」
「うわ、そんなことします?」
霹靂の刀が当たる直前、神凪は因子を地面に集中させ、自分の体を殴り飛ばした。
無理やり距離を生んだことで霹靂の斬撃は空を斬る。
痛む体を抑えて姿勢を整え、神凪は再び防戦を再開した。
『上空へ転移した神凪選手ッ! しかしケビン選手がそれを読んでいたーーーッ!! 逃げ場を見つける前に上空で用意されていた氷の矢によって撃ち落とされてしまいますッッ!!』
『ふうん…………?』
『しかしそれでも諦めない! 彼の粘り強さは一体どこから来ているのかッ!!』
2対1の戦況は依然変わらない。
神凪が攻撃に移ることはもはやなく、二人の攻撃を防ぎながらどんどん後退していく。
ケビンと霹靂にとっては圧倒的に有利な状況だ。しかし彼らの頭には一切の油断も無かった。
「ケビン先輩、気を抜かないでくださいね」
「わかっている。彼の目はまだ死んでいない」
歴戦のオーヴァードである二人は、圧倒的に有利な状況こそが最も注意を払うべき場面だと痛いほどに知っている。
ケビンと霹靂は改めて今の戦況を確認した。
霹靂が斬り込み、隙を見てケビンが横撃する。変わらないというよりは変える必要のない二人の連携。
攻撃側の動きは変わらず、変わっているのは防御側の動きだった。先程までとは異なり、「受け止める」のではなく「後ろに退がる」動きへシフトしている。これは……。
「……誘導されてます?」
「罠を仕掛ける時間は無かったはずだが、何かあると考えるべきだな。…………一度退くか?」
「いえ、神凪先輩を見失うのは一番避けるべきです。元々その目的で狙ってるわけですし」
「なら答えは一つだ。目的地に辿り着く前に仕留める」
そう宣言し─────二人のレネゲイドが膨れ上がった。
「行きますよ、神凪先輩」
「いやそれはキツいなあ!?」
踏み込みの衝撃で足元が爆ぜ、それにより生まれた威力を乗せた攻撃が神凪を襲う。
全力で形成した障壁を意に介さず振り抜かれた刀が神凪の体を吹き飛ばした。
「っぶない、殺す気かあの子」
「殺さないさ。腕輪は破壊するが」
「!」
空を舞う神凪の背後から響く涼しげな声。
「《
「───《
大上段から放たれた聖火の一撃が神凪の体を捉え、凄まじい勢いで吹き飛ばした。
「まだだ! ギリギリで威力を殺された!」
「仕留めます!」
ケビンと霹靂の20メートル前方で神凪が倒れ伏している。
ここで仕留めんと足を踏み出して─────二人の視界から神凪が消えた。
「っ!? 馬鹿な、氷壁は展開して─────」
「《不可視の領域》です! 氷壁はそのまま、感知範囲を広げてください!!」
霹靂の叫びに即応し、ケビンは周囲の温度を探知した。
《不可視の領域》、それはオルクスの持つ「見えてはいても感知されない」領域。
しかし、何も知らない状況ならまだしも、確実にいるということを知っていれば─────
「見つけた! 前方の通りを抜けた先だ!」
人体の温度を感知し、ケビンが神凪を補足した。
「《
「《ブレイキング・トライデント》!」
一足飛びに距離を詰め、二人の刀が神凪を捉えようとしたその時。
何も無かったはずの二箇所から炎弾が飛来した。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
ケビンと霹靂はギリギリで振り下ろす刀を止め、炎弾を迎撃する。しかしあまりのタイミングの悪さに腕輪を守ることが精一杯だった。
体を焦がす熱に舌打ちし、ケビンは炎弾が飛んできた方向を振り向く。先程まで何も無かったはずのそこには二人のオーヴァードが立っていた。
《焼き付ける赤蛇》如月伸太郎。《オルテンシア》四肥こばと。
二人のサラマンダーは獲物が罠にかかったことを喜ぶでもなく、
「(そうか、これは─────)」
『《不可視の領域》ね』
『こ、これはどうしたことだーーー!? 如月選手と四肥選手がいるにもかかわらずッ、ケビン選手と霹靂選手がエリアに侵入ッ! 二人のサラマンダーからの手痛いもてなしを受けましたッッ!! なぜ彼らは如月選手と四肥選手を警戒しなかったのかーーー!?』
『できるわけがないでしょう。今の今まで、あの子たちはそこに他人がいるなんて─────いいえ、そんな空間があるなんて感じ取れなかったんだから』
『!? まさか、そんなことがッ!?』
実況の驚く声を意に介さず、メビウスはその状況を愉しんでいた。
『言ったでしょう、《不可視の領域》よ。簡単に言えば一部の空間を「見えているけど意識できない」領域にする能力。それを気狂いのラットさんが燃えるラットさん達のいる場所に展開してたのよ』
『いッ、いつの間にそのようなことをッ!?』
『縮地で空中に転移したときね。燃えるラットさん達の場所を把握して、同時に《不可視の領域》をかけたんでしょう』
『なんとッ、あの転移にそのような意図があったとはッ!』
『そんなことはいいから、ちゃんと映像に注目しなさい』
『2対1だった盤面が、2対1対1対1に変わった。ここからの展開はすぐよ』
▼▼▼
開けた空間の入り口にケビンと霹靂。彼らを左右で挟む位置にシンタローとこばと。そしてケビンから10メートル離れた正面で神凪が自身にかけた《不可視の領域》を解除した。
(シンタローとこばとからすれば)突如現れた神凪が加わり、シンタローとこばとは自分以外の四人への警戒を強いられる。先程までは目の前の相手だけを警戒していればよかった状況からの急変が、二人に焦りを植え付けていた。
動くべきか、待つべきか。
本来即決する必要のない選択を、四肥こばとは即決してしまった。
「───はああああっ!!」
「っ待て!」
制止は間に合わず、こばとは練り上げた灼熱の弾丸をケビンに対して撃ち放った。
少女の全力攻撃にケビンは当然防御を強いられる。
─────二人の周囲で地面がギュルリと巻き上がった。
形成された針が、攻撃と防御に意識を割く二人の腕を狙い。
「ぐうっ!」
「……………………あ」
少女の腕輪を破壊した。
【《オルテンシア》四肥こばと、脱落】
スピーカーから無情な音声が鳴り響く。
場に残る三人が神凪に意識を向けた時には、彼はもうその場にはいなかった。
今度こそ《不可視の領域》による潜伏ではない、縮地を使った遠距離転移だ。
「……………………あー、逃げられちゃいましたね。ケビン先輩、腕大丈夫ですか?」
「問題ないさ、じきに治る。それよりも彼を見失った事が痛いな」
「もう一回探しなおしですね」
「いやーまさかこんなことされるとはビックリっす。そんじゃ、早いとこ気狂いさん見つけましょうか!」
「「……………………」」
明るく前向きに提案するにこやかなシンタロー君をよそに、ケビンと霹靂は体の調子を確かめ剣を軽く振っていた。
「やっぱこの状況じゃ気狂いさんが一番厄介っすよね。協力するっすよ、一緒に頑張りましょう!」
「いや、これ以上遠距離攻撃持ちを残す理由が無いので」
「《皇帝》の対処は二人で足りている」
「ですよねー」
【《焼き付ける赤蛇》如月伸太郎、脱落】
▼▼▼
市街地西エリア。住居が立ち並ぶ住宅街。
適当な住居の中に入り、神凪はそこで傷を負った体を修復していた。
「あいたたた…………本当に容赦ないなあの二人。なんとか作戦が上手くいってくれてよかった」
まさか開幕直後に手を組んで自分を狙ってくるとは。自分との相性が悪い二人が向かってくるのに気づいたときは肝を冷やした。
とはいえ急造の作戦がなんとか嵌まり、離脱することができた。
気を取り直し、負傷した部位を治しながら現状の分析に移る。
現在残っているのは自分を含め、ケビン、凛、豊国、霹靂、メアリーの6人。
この中で最も警戒するべきは。
「…………豊国先輩だな。乱戦でバロールがいるのは怖い。位置変えをばらまかれたら厄介だし、先輩の重力変動はそれだけで決め手になる」
《C.C.C》豊国氷華。バロールのピュアブリード。重力による敵の妨害を得意とする少女。
直接の攻撃性にこそ欠けるが、敵味方入り混じる乱戦において彼女の能力は凶悪すぎる。
傷を治したら豊国を探そう。神凪がそう方針を決めた時。
ゴオオオオオン! という衝撃が辺り一帯を揺らした。
「(っ襲撃!? いやここじゃない、少し離れてる。何だ……?)」
瞬間的に領域を広げ、衝撃が走った場所を視る。
神凪の隠れる住居から十軒ほど離れた場所にある家が粉々に砕かれていた。
木屑の前で満足げに仁王立ちする人物が一人。
「私やっぱり天才ね! こんなにお家があったらかくれんぼする人がいるもの! だったら全部壊せばいいんだわ!!」
「……………………えぇー……………………」
《暴虐》メアリー。彼女の決断の単純さと豪快さを前にして、神凪はドン引いた。
いやまあ、ここに一人「かくれんぼ」している人間がいる以上その考えは間違っていないが、まさか一軒一軒破壊していくつもりだろうか? そんなことをしなくても、ある程度近づけばオーヴァードのレネゲイド反応を感じ取れるはずだが……。
「(…………まあこっちには気づいてないみたいだし、周りの建物を壊してる間に離れよう)」
僅かばかりの幸運に感謝し、神凪はその場を離れることを決める。
「次はここね!!」
その間にメアリーは次のターゲットを決めたようだった。
念のためどこを狙うのか確認するために、神凪はもう一度領域を広げる。
何故かはわからないのだが。
いや本当にどうしてかわからないのだが。
「は?」
ドガアアアアアアアン!!!
「なんっっっっっで!!?」
なりふりかまわず住居から飛び出す。
神凪は知らないことだが、ビルさえ崩落させる一撃を受けた一軒家はその破片ごと彼方へ吹き飛んでいた。
そして当然、角度も位置も考えず飛び出した獲物をメアリーは見逃さない。
「あなたきっと参加者よね! おもいきり殴るわ!!」
超速で神凪の目の前に踏み込んだメアリーは、もう既に拳を振りかぶっている。
「───《
「えいっっ!!!」
躊躇いを捨て、全力でメアリーの体に因子をぶつけて動きを止める。それに加えて障壁の形成、さらに支配下に置いた周囲のコンクリートを極限にまで圧縮し、メアリーの拳を止める盾にする。
瞬時に生まれた数多の障害。その全てを意に介さず、メアリーはただその拳を打ち付けた。
バリンバキンバゴンドガアッ、と複数の破壊音を立ててメアリーの右腕が障壁を貫き─────最後の障壁にその拳は止められた。
「すごい、壊れないのね! じゃあもっと叩くわ!!」
自分の拳が止められたという事実に驚くどころか歓喜し、メアリーはもう一度右腕を振りかぶる。
それに対し神凪は、後手を取ったら負けると因子を攻撃に回して。
【えー、《暴虐》メアリー選手、脱落です】
「あら! また一人落ちたのね! …………あら? メアリーって私?」
【右腕をご覧ください……】
少女は言われるままに右腕を…………そこに付けた腕輪を見る。
ビル(コンクリートの塊)や住居(木と鉄の複合)や神凪の障壁(とにかく硬い)に対して、何も考えず力いっぱい拳をぶつけたメアリー。
当たり前だがそんな衝撃に耐えられるはずもなく、腕輪は「かつて腕輪だったもの」となって無残な姿を晒していた。
【《暴虐》メアリー、脱落】
▼▼▼
『………………………………』
『………………………………』
「「「「「「………………………………」」」」」」
『……………………え、えーッ、なんとここでメアリー選手が脱落ッ! 現在残っているのは神凪選手、ケビン選手、白銀選手、豊国選手、霹靂選手の5名ですッ!!』
『あの子はもう…………本当に…………』
大変微妙な空気に包まれる観客席。
目の前で勝手に脱落された神凪も、大変微妙な顔をしていた。
「…………とりあえず、誰かに見つかる前に移動しよう」
無理やり意識を切り替え、南へ移動しようと踏み出して。
「っ!!!」
─────ズン、と。ありえない重力がその体を縫い留めた。
みしみしと、膝を突いた地面にヒビが入る。ただの「重さ」のみでコンクリートを砕きうる程の重力変動。
「(豊国先輩か! 近くにはいない、どこかに隠れてる! なら次が────!)」
キラリと銀色の輝きが視界に移り。
ギャギン! と神凪の左腕を凄まじい衝撃が襲った。
「おー。流石だねセンパイ」
「警戒、してたからねっ」
膝を突き、身動きの取れない状態の神凪の腕輪を狙った凛の斬撃。
それはピンポイントに展開された防壁によって防がれていた。
左腕に走る痛みに顔をしかめ、そこでふっと体が軽くなる。豊国の重力変動が途切れたのだ。
「(凛くん相手にこの距離はよくないな。豊国先輩の能力が途切れてる間に離脱する)」
即決し、縮地のために周囲の空間へレネゲイドを浸透させる。仕切り直しをしようとして。
パキィン!!
その周囲、10メートル四方を覆う氷の壁が形成された。
「これは……っ!」
「お?」
天地を覆う氷の結界。出入りを許さぬ牢獄に、現れたのは二人のオーヴァード。
「いいですね、皆さんお揃いで」
「決着といこう」
『ここでケビン選手と霹靂選手が登場だァーーーッッ!! 逃げることは許さないと言わんばかりに展開された氷の結界! その中に集う4人のオーヴァード!! 皆様決してお見逃しなく! 間違いなくここがッ! 正念場ですッッ!!!』
『黙って見なさい』
遊びの抜けた鋭い声。
『一瞬よ』
メビウスの宣告通り、そこからの攻防は一瞬だった。
「(─────マズい、これ詰む)」
まず狙われるのは自分。縮地による離脱は不可能。数秒後にはクールタイムを終えた豊国の重力変動が飛んでくる。3人の攻撃を防ぎきる術がない。
神凪は一秒後に自分が詰むことを理解し。
周囲全ての物質によるケビンへの攻撃を開始した。
「「!!」」
大地が渦巻き暴力的な槌となる。
木々がねじれ殺戮のための槍となる。
水は凝結し、空気は涸れ、風は刃に変生し。
四方八方から文字通り「全て」がケビンに向かって襲い掛かってきた。
「─────受けて立とう」
それに対しケビンが選んだのは、迎撃ではなく攻撃。
凍る炎という、矛盾に満ちた概念で練り上げた己の獲物。
存在するだけで周囲を歪ませるそれを構え、ケビンは神凪に向かって突撃した。
二人の意図は奇しくも合致する。
それは即ち、「相手よりも先に腕輪を壊す」こと。
質量の暴力が、空間の意思が、ケビンを圧し潰さんと迫り来る。
氷焔の剣が、凍てつく焔が、神凪を凍らせんと迫り来る。
「「は、ああああああああ─────!!!」」
バキン、と小さな破壊音が響いて。
二つの腕輪が宙を舞った。
【《皇帝》神凪優希、《氷焔龍の炉心》ケビン、脱落】
▼▼▼
自分達をよそに発生した一秒間の激闘。
霹靂と凛はその結果を同時に理解し、湧き上がる感嘆を抑えて互いに刀を向け合った。
神凪とケビンが脱落した今、残ったのは目の前の相手と近くにいるはずの豊国氷華。
豊国は単体で見れば脅威ではない。重力変動は厄介だが、攻撃手段を持たない以上、戦り合えば自分が勝つ。
霹靂も凛もその認識は共通している。今から始まるのが事実上の最終決戦で、最も注意を向けるべきは目の前の相手だ。
かつてない集中が二人を包む。
意識の八割は相手に向け、残りの二割を豊国の乱入に向ける。
類まれなほど澄みきった精神状態。ゾーンすら踏み越えた専心。
だからこそ、霹靂も凛も、ケビンのとある行動に割く注意は無かった。
「ここまでか」
破損した腕輪を見つめ、ケビンがエフェクトの制御を手放した。それに伴い、周囲に展開された氷の壁も崩れていく。
それはなんのことはない、ルールで決められた行動だった。
想定としては装置の破壊とは即ち無力化なのだからと、開始前にメビウスから言い含められた行動だった。
だからケビンはそれに従い、エフェクトの制御を解除した。
「「!!??」」
全くの意識外から降ってきた氷弾が、霹靂と凛の視界を埋め尽くし。
「…………えー」
「嘘でしょ…………」
霧が晴れたそこにいたのは、壊れた腕輪を呆然と見つめる少年少女だった。
【《銀風》白銀凛、《電翼の破砕》舞踏霹靂、脱落】
▼▼▼
『あっははははははははは!!』
『こ、これは……………………』
『はー、おかしい。お察しの通りよ、氷のラットさんがルールに従って能力を治めたら、そのまま上空に置いてた氷も落としちゃったの。見なさいあの顔、あそこまで呆然としてるのは珍しいわよ』
メビウスが指さすのは状況を理解できずに呆然と立ちつくすケビンの顔。
『め、メビウスさん、これはルール上は…………』
『そうねー。迷うところだけど、氷のラットさんの行動はルールに従ってやったことだし、警戒を解いたあの子達が悪いわよね』
『そ、それでは今回の優勝者は無しに……?』
『うん? 何言ってるの。一人いるじゃない、ちゃんと腕輪を付けて立ってる子が』
『はッ! 失礼しました!! 皆様、7番カメラへご注目ください!!』
ケビンの結界の範囲から離れた場所。
見通しのいい高所に立ち、何が起きたのか理解が追い付かず困惑している少女の名は。
『第1回「ぶっちぎり最強バトル ~名取で一番強い奴は誰だ~」!!
優勝者は─────《C.C.C》豊国氷華だァーーーーーーーーーーッッッ!!!』
「え? え?」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
「え? え? え?」
響き渡る歓声の中。
実年齢1歳の少女は、ただひたすらに困惑していた。
▼▼▼
後日。
メビウスの営む喫茶店に、オレンジ不使用のオレンジケーキが追加されたのだとか。