怪文書置き場 作:ジャーム先輩
町外れに存在する白色の無機質な建物。
『化合物研究所』とだけ看板が建てられたその施設に注目する者はほとんどいない。そもそもが人通りの少ない立地であり、たまたま目を向けたとしても看板を見て納得しすぐに記憶から消えていく。
─────それが、ここにFHセルを作った者の狙いだった。
現在このセルではとある計画が進んでいる。
それは複数のセルが合同で推し進めてきたレネゲイド拡散計画。半径10km圏内に高濃度のレネゲイドと侵食を促進する成分を散布し、有効範囲内にいる人間を無理矢理オーヴァードに覚醒させるというもの。
そして今日、ついにその計画が実行に移されることになっていた。
規模はともかくとして狙い自体はよくあるものであり、彼らの言う「覚醒」が「ジャーム化」であることもまた、よくあることだ。
計画の中心となるレネゲイド拡散装置はこのセルで開発されており、保管されている。その警護のためか入口周辺には十数人のオーヴァードが歩き回り、物々しさを隠す様子も無く侵入者を警戒していた。
一つの町の終わりまで数時間というところで。
ガコン
研究所の地下、とある一室で床の一部が丸く切り抜かれる。
周りを確かめるように一瞬間が空いた後、接合を解かれた蓋が静かに持ち上げられた。
開いた隙間からぬっと手が伸びる。そこから順に現れたのは─────
「潜入成功、だな」
「あー肩こッた。二度とごめんだわ」
「うわ、眩しっ……」
3人の少年たちだった。
▼▼▼
「伏兵はどうだ?」
「いねェよ。このフロアを歩き回ってる足音も無ェ」
「同じくです。奥のエリアはレネゲイドを張ってて見えませんけど、そこ以外で人の気配は無いですね」
「ならばひとまず問題ないな」
白髪の少年から問われ、二人がそれぞれの能力を用いて周囲を探る。
返ってきた答えを聞いてこくりと頷いた。
「つーか、なンでわざわざ下水道から侵入しなきゃいけねンだよ。暗ェわ臭ェわ…………正面から門番連中ブッ飛ばしてくりゃよかったんじゃねェか」
「何度も言っただろう。今回の任務は例の装置の奪取もしくは破壊だ。馬鹿正直に突入してはどんなに早く突破しても逃げられかねない」
「能力を使わずに施設内に侵入ってなると、どうしてもこういう手段になりますからね。むしろちゃんと水道が繋がってて幸運でした」
あーはいはいとぼやいた少年が流す。
答えた二人も、なにも彼が作戦の前提を聞いていなかったと思っているわけではない。彼らなりの確認作業だ。
「まあ、こうして内部に侵入できた以上は多少雑に行っても大丈夫でしょう。逃げられても十分対応は間に合います」
「そうだな、ここから先はスピーディーに行こう。それと《黒蛇》、良いニュースだ…………帰りは下水道を通らずにすむぞ」
「そりゃありがてーことで」
ケビン。アネモネ。神凪。
それが彼らの名前であり、彼らは同じ支部に所属するオーヴァードであり、見る者が見れば「雑に強いのを詰め込んだだけ」「編成した人なにも考えてないでしょ」「バランスは良いのがまたむかつく」と評すであろう面子だった。
▼▼▼
下水道経由で接近し、建物の地下エリアの更に下から侵入したエージェント達。
作戦の方針を示し合わせた彼らが行ったのは早速の侵攻…………ではなかった。
「《皇帝》、このフロアの構造を頼む」
「了解。少し待ってください」
数秒目を閉じ、懐から取り出した紙にさらさらと何かを書き連ねていく。
手早く書きだされたそれは、彼らが今いるフロアの地図だった。
「ここが僕たちの現在地です。位置関係は書いてある通りで、どの部屋にも人はいません。で、この部屋の先がさっき言った通りレネゲイドが張られていて中を見通せないエリアです。ここからだと移動距離で200m前後ですね」
「それなりに見れる地図書けるようになったなァ。感心感心」
「混ぜっ返すのやめてください」
「ふむ」
騒ぐ二人の横でケビンが手渡された地図を見つめる。
構造としてはコの字を左に90度回転させたような形だった。
三人の現在地は左下の隅に近い場所。廊下がコの字型に続き、いくつかの部屋が内側に向けて作られている。神凪の推定で『資料室』『会議室』『保管庫』と暫定的に記されていた。
そしてコの字の中央上部分、地下と地上を繋ぐ階段の先に一枚の扉がある。『?』を書かれたこのエリアの先はレネゲイドによる隠蔽が施されているようだ。
数秒に満たない間、ケビンは地図を片手に考える。
自分たちはこれからどう動くべきか。
下された任務はこの施設内に存在すると思われるレネゲイド拡散装置の奪取ないし破壊だ。
施設内にいる構成員の撃破は問題ではない。最も避けるべきは装置の持ち出しを許すこと。
「…………よし」
チームリーダーの少年は結論を下した。
「《黒蛇》、《皇帝》。動くぞ。この隠蔽された部屋へ向かう」
「いいのかよ、他の部屋は調べなくて。保管庫辺りに装置が置かれてる可能性もあるんじゃねェのか?」
「それは考えにくい。奴らの計画は既に実行直前だ。門前に構成員が詰めていた通り、このセルは警戒状態にある。その状況で装置の傍に誰もいないということはないだろう。地上に装置が無いことは既に確認している。であればこの隠されたエリアにあると考えるべきだ」
「その裏をかいて……っていう線はありませんか?」
「勿論ある。が、その場合は必ず実行直前に取りに来る者がいる。この程度の広さであれば、君たちは誰かしらが地下に降りてきても感じ取れるだろう? そうなれば引き返すだけの話だ。…………他に問題はあるか?」
「いや、ねェよ」
「同じくです」
シームレスに疑問と回答が終わる。
結局のところこれも確認作業だ。三人共に、相手がこの程度の懸念を抱かないとも答えを出さないとも思っていない。
認識をすり合わせるためのやり取りを済ませ、地図を頭に入れたケビンがそれを氷の破片に変える。
「それでは行くぞ」
「「了解」」
▼▼▼
方針の通り、三人のオーヴァードは一直線に中央上の扉の前までやってきた。
その間に出くわした人間はいない。事前に感じ取っていた通りこのフロアに人の気配は無かった…………この扉の先を除いては。
「鍵がかかってるみたいです」
「《黒蛇》」
「俺かよ」
溜息を吐き、アネモネが鍵穴をじっと見つめる。彼が合致する鍵を作り上げるまでの数秒間、ケビンと神凪は周囲の警戒という名の休息をとることにした。
「……コードネームで呼ばれるの、なんだか新鮮ですね」
「本来作戦中はコードネームでの呼称を推奨されているんだぞ。そうする者の方が少ないことは、まあ否定しないが」
「顔なじみ同士だとそうなりますよね……」
「オイ、できたぞ」
「お、早い」
「流石だな」
「うるせェ。開けるぞ、いいか?」
複雑な形の鍵を手にアネモネが確認する。
ケビンは地図に書かれていたいくつかの部屋のことを思い返した。
資料室に研究室に保管庫、その他諸々の部屋。
見る者が見れば情報の宝庫なのだろう。この施設で行われている研究や目を惹くような理論が見つかるのかもしれない。
だが、まあ。
─────僕たちの仕事ではないな
ここにいるのは探索者ではなくエージェントだ。
そういったことは事件の後で調査しに来る人員に任せるべきだろう。
「かまわない。開けてくれ」
「ン」
鍵を刺された扉は滑らかに道を空ける。
そこに広がっていたのは様々な器具を散乱させた部屋。そして、更に奥へと続く扉だった。
いたるところに机やホワイトボード、何に使うのかもわからない機材が設置されている。
机上には資料やメモが散らばっており、実験器具と思わしき小型の機械も置かれていた。
「実験室か? ババアの部屋と同じ匂いがすンな」
「……この部屋にも人はいないようだな。《皇帝》、奥は探れるか?」
「はい。レネゲイドで閉じられてはいますけどこうして中に入ってますから。ただ、それをすると相手に僕たちが来たことを気付かれる可能性があります」
「構わない。元より時間をかける気はないさ」
「そもそも隠しカメラの一つや二つ置いてあンだろ。ここまで来りゃコソコソする意味もねェよ」
「了解です」
頷き、神凪が目を閉じた。
数秒空けて呆れたような声が漏れる。
「…………うわ、何だこれ」
「どうした?」
「えーっと、ざっくり言うと迷路になってます。あの扉の先に3つの扉があって、その先には更にいくつかの扉が……みたいな感じで」
「ほー。そりゃまた手の込んだことで」
「正解のルートはわかるか?」
「見つけました。ちょうど10個進んだ場所が小さな部屋になってて、そこにオーヴァードが一人拘束されてます。その奥の部屋に強力なオーヴァードが一人…………大きなケースの前に立ってます。たぶん例の装置があるとしたらその中ですね」
「装置の隠し場所は見つかった、か。拘束されているオーヴァードの外見は?」
「女性です。金髪で、身長は170cm前後」
「……例の情報提供者か」
「ま、そんだけわかりゃ十分だろ」
アネモネの脚が転がっていた空き瓶を蹴る。
その手にはいつの間にか黒色の銃が握られていた。
「とっとと行ってとっとと終わらせようぜ。散歩だ散歩」
「そうだな。ゴールが分かっているなら散歩と大差ないか」
「おう。つーわけで行け、ガイド兼肉盾」
「なんでこの人こんなに偉そうなんだ……?」
▼▼▼
神凪を先頭に奥へと続く扉を開けた三人。
その先は小さな部屋となっており、横一列に三つの扉が並んでいた。
「あっちです」と神凪が真っすぐ右の扉へ向かう。
何の変哲もない横開きの扉。どうやら電子錠になっているようで、扉の横にカードリーダーが設置されている。
そしてその傍には、『開錠キー』と書かれたカードが置かれていた。
「罠だ」
「罠だろ」
「罠ですね」
あまりにもあからさまなトラップに三人の声が重なる。
「……《皇帝》。一応聞くが、この扉で合っているんだな?」
「ええ、一番奥に繋がってるのはこの扉だけです」
「そうか。…………そうか」
漏れるため息。周囲の温度が2度下がる。
「こんな見えている罠に突っ込むのは業腹だが、仕方ないか」
「オイオイ待てよ」
「……? なんだ、《黒蛇》」
「これだからピュアブリード共は応用が利かねェッつーか何つーか。無策で突っ込む前にちったァ考えるべきなんじゃねェのか?」
「え? うるさ」
「大砲の権化が何か言っているな」
二人の罵倒を意にも介さず、アネモネはチッチッと指を振る。
その指に“砂”が集まった瞬間、そこには奇妙な砂時計が握られていた。
「あー……」
「何だそれは」
「簡単に言やァ軽いエフェクトを無効化する道具だ。だが今回重要なのはそこじゃねェ。いいか? エフェクトを無効化するッつーことは、そこにエフェクトがかかってるかどうかわかるッつーことだ」
要するに、とアネモネが砂時計を軽く振る。
漏れ出た砂が扉に纏わりつき、少しして砂時計の中に戻った。
「どうやらこの扉には特に何も仕掛けられてねェみてーだな」
「ふむ…………確かに、便利だな」
「だろ? せいぜい励むこッたな、能力の応用ッてやつに」
「いやそれバロールのでしょ。それに言うほど便利な物でもないじゃないですか」
「だから何だ? 俺の能力で作り出したモンだが」
「無敵か? この人」
「器用貧乏のひがみは気持ちがいいなァ」とアネモネがカードキーで扉を開ける。
一歩進んだ瞬間、彼の足は粘性の液体に絡め取られた。
「ア?」
側方から無数の矢が射出された。
「うおっ」
カカカカカッ! と音を立てて射出された矢が壁に突き刺さる。
哀れな矢衾になるはずだった少年は、器用に身体を折り曲げ矢の雨から逃れていた。
「……ふむ」
落ち着いた少年の声が響く。
「一つ疑問なのだが、彼はどうして部屋に入る時あの砂時計を使わなかったんだ?」
「言ったでしょ、そんなに便利な物じゃないんですよ。─────よく使い忘れるんです、あれ」
「テメエら気付いてたンなら止めろや!!」
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開いた部屋をよく見ると、入口の横に小さなスイッチが付いていた。
それを押すとアネモネが分解した部分を除き床に広がっていた粘液が溶けていく。
「なるほどな。内部の者なら問題なく通行できるというわけか」
「おい神凪、何か言うことあンだろ」
「足元が汚れてますけどどうかしたんですか?」
「「…………!!」」
「じゃれるな」
二人のオーヴァードがガンを飛ばしあっている。
ここが敵地だと言うことをわかっているのだろうか。
「《皇帝》。進行ルートに今回のような罠は確認できるか?」
「いえ、今のところどの部屋にもおかしなところはありません。たぶん今回と同じで、部屋に入ることがトリガーになって罠が出現するんだと思います」
「見たところ物理的な罠ではなくレネゲイドでできた物だったな。《黒蛇》、先程の砂時計で解除はできそうか?」
「…………できるにはできる。だが悪ィな、アレは一度使うとしばらく作り直せねンだ。解除するにしても一回きりになる」
「そうか。目標地点までは」
「あと9部屋です」
「ふむ」腕を組む。
事前に伝えられた情報によれば、計画の開始時刻まではまだ数時間の猶予がある。
今回のような罠を解除する仕掛けを探しながら進む余裕はあるだろう。しかしそうするには多少の不安が残った。
それはFHが作戦開始時刻を早めた場合だ。
可能性がないとは言えない。もとよりアウトロー共の集まりだ、理由が無くとも逸る者は出るだろう。
そうでなくとも不慮の事態は起こり得る。それを考えれば、できるだけ早く装置は確保したかった。
沈黙するケビンを見つめ、アネモネと神凪が静かに待っていた。
今回の作戦でチームのリーダーになったのはケビンだ。気楽な立場で提案するのは簡単だが、リーダーが思案しているならそれを待つのが役割というものだろう。
「…………君たちは」
静寂を破る。
「君たちは、どう思う」
「「罠は無視して正面突破」」
即答だった。
「どこにあるかもわからねー解除法を探してる暇はねェ。このメンバーなら罠にはまって踏み潰すのが一番早い…………ッて考えたンだろ? 異論はねェよ」
「右に同じくです。それにそんなに気を使う必要はないですよ。指揮を執るのがリーダーなら、そのリーダーを支えるのが僕たちの役割です」
「……ふ」
どうやら要らない心配だったらしい。
ここにいる三人は全員が互いの力を信用している。ならばその身を案じることこそ余計な世話だろう。
「では行くぞ。各所に罠が予想されるが無視して最短で進む。発動した場合は対処できる者が対処しろ。迅速に、だが慎重に。いいな?」
「「了解」」
─────そして想定通り、道中は罠に溢れていた。
「うわびっくりした」
踏み出した床が消失し下では巨大なプレス機が構えていたり。
「……ここは室内だぞ」
左右と上の三方向から炎の噴流が向かってきたり。
「サーカスやってる気分だなァ」
人体を切断できるレーザーが部屋を飛び交っていたり。
部屋に留まらず進行する各所で発動する致命の罠をエージェント達は駆け抜けていった。
溶解液、ケビンが凍らせる。
毒の霧、神凪が気体を固定する。
不可視の鋼糸、アネモネが見て撃ち抜く。
その他諸々、大小様々なトラップを出現すると同時に破壊する。
かくして、オーヴァード用に作られた死の迷路はあっという間に攻略された。
▼▼▼
「分岐があるのは今の部屋で最後です。この先に一人オーヴァードが拘束されてます」
「了解した。言うまでもないが罠の可能性もある、警戒はしておいてくれ」
今までとは異なり、先に繋がる扉は一つだけだった。
鍵のかかっていないドアノブを回す。すんなりと開いた。
「……………………UGN、か」
嗅ぎ慣れた鉄錆の臭いが充満する部屋。
その片隅に、壁と繋がった手錠で拘束される女性がいた。
「ヘレナ・オースティンか?」
「“よく来たな、薄汚いダブルクロス”」
「よし、本人だな。ひとまず手錠を外すぞ。《黒蛇》」
「あいよ」
モルフェウスの能力者が赤黒く汚れた手錠へ触れる。途端、それは砂となって流れ落ちた。
繋がれていた両手がだらりと力なく下ろされる。
「来るのが遅くなってすみません。応急処置をさせてもらいますね」
「いや……想定よりずっと早かった……。直前になって、構造がひどく弄られたからな……。ここまで辿り着けずに死ぬか……運が良くとも、時間には間に合わないだろうと……思っていたが……」
「あの程度のアスレチックが障害になるかよ」
「……ハハ……送り込まれたのは主力だったか……。UGNには……私の情報を、信じてもらえたらしい……。…………だが、悪いな……」
「? 何がだ」
傷跡だらけの女性が目を伏せる。
それから酷く申し訳なさそうに、擦れた声でこう告げた。
「このセルに拡散装置は無い……。既に別の場所に運び出されてしまった……。…………囮に過ぎないんだ、ここは……」
目当ての物はここに無い。
主力をまんまと誘き寄せられたのだと、そう告げられて。
「
白髪の少年はあっさりと返した。
「どうやら僕たちは主役だと思われていたらしいぞ」
「あはは、それは光栄ですね」
包帯を巻きながら神凪が笑い、アネモネはつまらなさそうに聞き流す。
伏せられた目が驚きに見開かれた。
「あなたの心配は杞憂だ、なにも全ての戦力をここに集中させたわけではないさ。考えられる保管場所候補の全てにエージェントが向かっている。僕たちだけがUGNの戦力なわけも、その中で特別な存在でもないんだ」
ごく当たり前のことだ。
エージェントは、チルドレンは、イリーガルは彼らだけではない。彼らが主役なわけも、他者が脇役なわけもない。自分たち以外の人間は指を咥えて突っ立っている無能などと言う者がいれば、それこそジャームの戯言だろう。
今回彼らは囮に釣り出される部隊になった。だがそれは他の『本命』の一助にはなる。ならば不満に思うはずもない。
ここに来たのがたまたま彼らだっただけだとしても、けれどそれは彼らが役目を果たさぬ理由にはならないのだから。
「…………………………特別を求めない者もいる、か。ハア…………バイアスは意識していた……つもりだったのにな……」
「確認するが、FHを脱退する意思があるということでいいんだな? 答えによって僕たちは対応を変えねばならないが」
「ああ……。今回の件で……ほとほと愛想が尽きた……。君たちがここで私を処理するのでなければ……そうするよ……」
「そうか。では悪いが、ここでしばらく待っていてくれ」
そう告げて、ケビンが二人に向き直る。
「第一目標は変更だ。例の装置はここにない。この場合僕たちに課せられた任務は……」
「『敵戦力の排除』、だったなァ」
「ああ。万が一に備えて計画に関わるFHの戦力を可能な限り減らす。この施設の門前に詰めていた連中もだが、さしあたっては─────」
言葉を切る。視線を向ける。
この部屋に侵入したときから、三人のオーヴァードは感じていた。
扉の先。この迷宮の最奥に陣取る強力な存在を。
おそらくは向こうも気づいている。裏切り者を解放されてなお動く気配が無いのは、ただ待っているのだろう。
その存在を無視してヘレナを連れ帰るという考えは浮かばなかった。
ケビンにとっても、アネモネにとっても、神凪にとっても、それは「ここで対処しなければまずい」と思わせるレネゲイドだったから。
「あの扉の先にいる存在について、何か知っているか?」
ケビンがヘレナに問いかける。
「……今回の計画に当たって……FHのセントラルドグマからやって来た者だ……。伝えられるほどの情報はない……。コードネームは……《ジャバウォック》……」
「《ジャバウォック》…………そうか」
「知ってるんですか、ケビンさん?」
「UGNのブラックリストに名前が載っていた。確か本部のエージェントが何人かやられていたはずだ」
「シンドロームは?」
「不明。
「……なるほどなァ」
スイスに位置するUGN本部。そこに在籍するエージェントは、その全員が大抵のオーヴァードなど比較にもならない超一流の能力者だ。
戦闘力も判断力も疑う余地のない執行者。……そんな彼らが、情報を残すことさえ叶わなかった相手。
「いいんじゃねーの? 来た甲斐があるッてモンだろ」
一人は笑った。
「他の場所には行かせたくないですね。ここで叩きたい」
一人は案じた。
「ああ。それがここでの、僕たちの役目だ」
そして一人は、覚悟を決めた。
迷宮は踏破し、情報は揃い、人質は確保した。
ならばこれから始まるのは話に必ず存在する終着点。
─────俗に言う、“クライマックス”である。
▼▼▼
『来たか、ダブルクロス共』
扉を開けた先は、今までとは打って変わった荘厳な空気を纏っていた。
直径50m程の円い部屋。部屋の中には何も無く、一面に広がる銀色の壁が重厚感を醸し出している。
そして部屋の中心、大きなケースの前に仁王立つ一人のオーヴァードがいた。
かなりの大柄。目に見える得物は無く、その声はくぐもっている。何故ならばその人物は、全身を隙間なく覆う甲冑を着込んでいたからだ。
『逃げずにこの部屋へ足を踏み入れたことは誉めてやろう。それが蛮勇と呼ばれる無謀さであったとしてもな』
雰囲気の変わった部屋を見て、ケビンは神凪に目で尋ねる。横に振られる首、どうやらオルクスの領域ではないらしい。
部屋の中には《ジャバウォック》とケースを除いて何も無い。伏兵は無し、罠は一応警戒しておくべきだろうか。
『このセルに足を踏み入れた時点で貴様らの結末は定まっている。嘆くがいい、貴様らの……』
「話が長ェよ」
─────タン、と漆黒の銃が光を放った。
トライブリードの一撃が戦闘の開幕を告げる。その気の短さに呆れつつ二人も同時に動いた。
神凪は左へ飛び、ケビンは真っ先に距離を詰める。唐突な開戦であっても二人の反応にラグは無かった。
しかし彼らがそれ以上のアクションを起こすよりもアネモネの一撃が届く方が早い。
《冴える黒蛇》アネモネ。
東京近郊名取支部が抱えるチルドレンであり、そして同時に日本有数のオーヴァードである。
人は己のシンドロームを選べない。後天的に増える時があっても己の意思ではありえない。それを鑑みるならば、エンジェルハィロゥ・モルフェウス・ノイマンという彼のシンドロームは正しく宿命であったのかもしれない。
ある者は言う。
こと火力で見るならば、彼は間違いなく日本で三指に入り込むと。
開幕の一撃は終幕の一撃たりうる威力を秘めたものだった。
込められたレネゲイドが尋常ならざるものだったことは、攻撃を向けられた本人が一番理解しただろう。
そしてそのうえで、《ジャバウォック》は動じなかった。
『フン』
迫り来る銃弾に向けて一条の光が放たれた。
それは正面からアネモネの一撃にぶつかり─────その攻撃を消滅させる。
「「─────!!」」
『小魚が。言葉も持たぬか』
しわがれた低い声が漏れた。人喰いの怪物が放つ圧力が増す。
『ならば散れい!』
場を動かぬまま、三条の光が放たれた。
濁った白色。識別できたのはそれだけ。
迫り来る光に対して三人の反応は別れた。
中衛・後衛を張る神凪とアネモネはそれぞれの能力を用いた回避。
そしてケビンは氷盾を展開し、多少の被弾を覚悟で前へ突っ込む。
リザレクトはまだ切れる。ケビン自身遠距離攻撃が可能ではあるが、距離を空けて撃ち合うより一人は前衛で貼り付いておきたい。そう考えたからこその接近。
前に構えた氷の盾へ《ジャバウォック》の光が触れ─────
「ッ逸らせ神凪!!」
反応は即座。
尋ねることも惑うこともなく、積み重ねた信頼が反射でその指示を遂行する。
場に浸透させた因子が光へ干渉し、触れる直前で因子の持ち主に向かってその矛先を逸脱させた。
「《黒蛇》? 何を……」
削られた氷の盾を見てケビンの声が止まる。
─────削られた? いや違う。これは…………
『勘の良い小魚がいたものだ。鬱陶しい、なっ!』
「お前らアレに触れンな!!」
再び《ジャバウォック》から放たれるレネゲイド。
単発ではなく絶え間なく放たれるそれらから身を躱しつつ、耳に仕込んだ通信機へ投げかける。
「僕の氷が貫かれていた。それ自体はおかしなことではないが感触が違う。《黒蛇》、あれはもしや……」
「お前も気付いたか。多分ソレで合ッてるぜ」
「─────『分解』だ、アイツの能力は」
「……やはりか」
「俺の攻撃が防がれた時に違和感があった。ありゃ同じ火力をぶつけて相殺したンじゃねェ。分解したんだ、俺の攻撃を」
「モルフェウスか? そこまでのことができる事例は聞いた覚えがないな」
濁った白色を寸前で避ける。
チリ、と頬が灼ける感覚があった。
「防御に転用できるというのも厄介だな。単純な撃ち合いでは分が悪い、やはり被弾覚悟で距離を詰めるか。幸いリザレクトはまだ何度か使えるが」
「駄目です」
鋭い声が挟まれた。
声の主の方へ目を向ける。分解の光を逸らしながら神凪が左腕を掲げた。
その左腕は上腕部の一部に穴が開き、ぼたぼたと血を垂れ流している。
「さっき避けきれなくて掠りました。穴が開いたままなのは見えますよね?
「…………なるほど。正しく『分解』か」
「ええ、再生が阻害されてる。間違いなく、致命傷を受けた時点でリザレクトが間に合わずにそのまま死にます。だから絶対に被弾は避けてください」
レネゲイドの侵食率が一定値を下回る状態に限り、オーヴァードには蘇生手段が存在する。
生命活動が停止する損傷を受けたとき、体内に宿るレネゲイドが瞬間的に体組織の増殖を行うのだ。
『リザレクト』と呼ばれるこの現象により、オーヴァードは疑似的な不死を獲得している。
しかしこのジャームの能力にはそれが通じない。『日常』への強い思いが生み出す爆発的な再生も、この様子では分解に阻害される可能性が高いだろう。
「(本部のエージェントがやられるわけだ)」
避けきれず、あるいは受けようとして、そのまま生命を絶たれたに違いない。
無理もないと思った。
─────《ジャバウォック》は、あまりにもオーヴァードの殺害に特化している。
「被弾は避けろ、つッてもなァ」
「ふっ」
アネモネが攻撃をかいくぐり銃弾を放つ。
それに合わせケビンも剣を振るい、焔閃を飛ばした。
しかしその二つともが、《ジャバウォック》の光に触れると同時に分解される。
「ジリ貧くせェぞ、これ。いったん退くか?」
「入口が閉じられてます。開けるにしても壊すにしてもすぐには無理ですね」
「どうにか隙を見て《ジャバウォック》に攻撃をぶつけるしかないな。今は回避主体で立ち回るぞ」
「お前避けンのは得意じゃねェだろ。オイ神凪、こっちはいいからケビンの方にレネゲイド回せ」
「了解。危ない時はフォローします」
そうして、綱渡りの時間が始まった。
絶え間なく打ち出される致死の光から身を躱し、隙を見ては攻撃を放つ。
《ジャバウォック》の放つ光は射出速度が速く、視認した直後には目の前に迫っている。
それが次々と襲い掛かってくるというのは、数多くの視線をくぐって来たオーヴァードにとっても精神を削るものだった。
オーヴァードならばともかく、レネゲイドに侵されきったジャームに消耗の概念は無い。甘受する特権のままに怪物は“分解”の光を放ち続ける。
避けたと思えば次。捌いたと思えば更に次。逃れたと思えばその更に次。
1秒につき1本、などではおさまらない。
次々と捻じ込まれる致命の一撃を逃れながら、3人のオーヴァードはおよそ5分を耐え凌いでいた。
「(あァクソ、気に入らねェ)」
心中で舌を打つ。
何も生み出すことなく消耗を強いられている現在の状況がひどくまずかった。
この5分間、彼らはただ逃げ続けていたわけではない。
隙を見て、攻撃に隠して、それぞれの能力を《ジャバウォック》に振るい続けた。しかしそのどれもが成果を生まず分解される。
「(シンプルに出が早ェ。こっちの攻撃を見てから撃つくせに間に合ッてやがる)」
『小魚らしく逃げ回る。だがいつまで続くかな?』
余裕気に仁王立つ姿が気に入らない。
バカスカ撃ってるくせになんで壁も床も傷付かねンだよ、と頭を冷やしに関係ないことを考えて。
─────いや待て、なんで傷が付いてない?
兜の奥で《ジャバウォック》が頬を歪めた気がした。
銀色だった壁と床が鈍く光って─────
「反射だ躱せッ!!!」
文字通りの四方八方から“分解”の光が降り注いだ。
「「─────ッ!!」」
アネモネは思考を捨て、感覚と直勘に身を任せた。
神凪は燃費を度外視し、己の周囲に支配を向けた。
そしてケビンは─────
「ぐ、う……っ!」
心臓、最優先で体を翻す。
頭部、軌道が曲がる、そのまま。
腹部、咄嗟に氷を展開、ギリギリ逸らす。
側方、手が詰まる、身をよじるが腕を掠めた。
下方、足が消える寸前、崩れた体勢で飛び上がる。
《ジャバウォック》と目が合った。
─────まずい
「《第三領域》!」
「《カゲロウデイズ》!」
浮いた体へ“分解”の光が撃ち出される間際、オーヴァード二人の攻撃がその動きを寸前で食い止める。
「っ、?」
『……フン』
「損傷はァ!?」
「左手に軽傷、剣は問題なく振れる」
「今の何ですか、反射!?」
「言った通りだ! ここの壁も床もアイツが作ッてる、反射するようにもできンだろうよ!」
「あんなのそうそう捌けませんよ!?」
「……チッ。神凪、攻撃は要らねェ。お前は逸らすのに全部レネゲイド回せ」
「いや」
静かな声が通信を遮った。
体勢を立て直し、左手を抑えた少年は冷静に敵を見つめている。
「逆だ。《皇帝》、こちらのフォローは薄めていい。その代わりに奴への攻撃を増やしてくれ。《黒蛇》も同様だ、威力は落として手数を増やせ」
「アァ!?」
「っ、信じますよ!?」
言い争っている暇は無かった。
《ジャバウォック》のレネゲイドが圧を増し、再び分解の光が放たれる。
壁と床にぶつかると同時に反射し、三人を襲う脅威は先程までよりも更にその数を増していた。
「チッ」「こっの……!」攻撃回避に優れた二人にとっても生半可な攻撃ではない。上下左右から迫り来る高速のレネゲイドをなんとかして躱していく。
問題はケビン。三人の中で唯一回避ではなく防御を主軸とする者。
「…………ふぅーっ」
神凪の見やる先でケビンは静かに息を吐いた。
そしてそのまま、彼は滑らかに
『超伝導』という現象がある。
極低温下では電気抵抗がゼロになり、一切のロスなくエネルギーが伝導するという現象。
現在ケビンに起こっているのは、いわば人体内での超伝導だった。
迫り来る光を視認した直後には体が動いている。
その速度は今までのそれではなく、反射速度においても操作速度においても平時の倍はあるだろう。
極一部の氷使いにのみ顕れた体質を以て、ケビンは光に身を晒す。
「ふっ」
躱しきると同時、握った剣を振り抜いた。
案の定分解されるがそれでよかった。今はとにかく数を叩きこむ。
多少の被弾は無視して、白髪のサラマンダーはひたすらに焔を飛ばし続けていた。
「(……なるほどなァ)」
「(そういうことか!)」
ケビンの狙いを悟り、アネモネと神凪も同様にその手数を増やした。
致命的な部分は避け、そうでないなら無視して攻める。
走り回る床に血が零れ、赫が空気に漂っていく。
「(3…………7…………13……違うこれじゃねェ)」
この時間はそう続かない。
現在ケビンが起こしている現象は長く使えるものではないのだ。
疑似的な超伝導を起こす程の低温に人体が耐えられるわけがない。
それはケビンも例外ではなく、彼の体組織は現在進行形で崩壊を始めている。
それがわかっているからこそ、彼らは必死に『それ』を探す。
「(18…………22…………27…………)」
走り回り、レネゲイドを回し続けて。
「(─────見つけた!!)」
周囲の位置関係。
神凪は遠い。ケビンは一足飛びで合流できる距離。ベスト。
「お前ら集まれ!!」
叫び、アネモネがレネゲイドを凝縮する。
ケビンが走り込み、神凪がその能力で転移して来たのを確認。
「神凪、強めろ!」「わかってます!」
両手を床に叩きつけると同時、三人を覆う壁が形成された。
当然《ジャバウォック》がそれを見逃すはずもない。
現れた壁に向かって“分解”の光を放つ。
『ぬうっ?』
しかしそれは表面を削る程度に止まった。
『猪口才なっ!!』
モルフェウスの能力による対抗と気付く。
憤激し、怪物はその壁を食い破らんとその能力を次々に撃ち放った。
ガリガリと身を守る壁が分解されていく中、傷だらけのオーヴァード達が顔を合わせる。
「時間がねェ、手短に話すぞ。まずアイツの“分解”に関してだが……」
「連続使用にインターバルがある、だろう? あの時体勢を崩していた僕に追撃が来なかったのは明らかに不自然だ。連続使用の回数に限度があると見ていい」
「あァ。その空白に誰かが攻撃をブチ込む、勝ち筋はこれしか無ェ」
こくりと頷く。
そこまでは共通認識。「でも」と神凪が口を挟む。
「そのインターバル、0.1秒あるかないかでしたよね。普通に撃つだけじゃ間に合わない」
「そういうふうに立ち回っていたな。こちらの攻撃が届く前にインターバルが終わるだろう」
「そこでだ、リーダー」
削られる壁の中、《冴える黒蛇》が獰猛に笑った。
「良い作戦があるンだが」
▼▼▼
『クックッ、ハッハハ』
《ジャバウォック》は上機嫌に笑っていた。
己の有する権能を止められた時は腹立たしかったが、なに、結局のところ小魚の悪足掻きに過ぎない。現にあの頼りない城壁は一分と保たず既に崩壊を目前にしている。
『さあて、そこで仲良く心中するか? それとも…………む』
壁の中のレネゲイドに反応。
その直後、壁の側方に穴が開き、そこから三人のオーヴァードが飛び出した。
『ハッハハ! 鬼ごとか!?』
「氷壁!!」
即座に三人へ照準を向ける。
“分解”に耐え得る壁の構築にはそれなりの貯めが必要だ。先程まで防壁を維持していたあのモルフェウスに再び作り上げるほどの余裕は無い。
そう判断して撃ち出したレネゲイドは、突如として出現した氷の壁によって受け止められた。
『ぬうっ!』
「テメェは死ぬ気で壁を維持しろ! ここが俺達の生命線だ!」
「わかっている!」
光がぶつかると同時、氷は砂となって消え去る。だが幾重にも分厚い氷を張り巡らせ、分解されると同時に張り直している。
攻撃を受けるたびゼロから氷を生み出しているようなものだ、その消耗度合いは尋常でないだろう。
そんなことよりも、再び己の権能が止められたことに《ジャバウォック》は激怒した。
『ちょろちょろと生き汚いものだな、小魚は!』
怒りのままにレネゲイドを解き放とうとして、向かって来た銃弾を認識する。
当然、分解。だが銃撃は止まらない。
壁の上から半身を乗り出した銃使いが次々にそのレネゲイドを撃ち出してくる。
『……小癪なっ……!』
『三十発。さっきアイツが見せた連続使用の限界がそれだ』
『コッチに向けてくる攻撃と、俺の攻撃への防御でアイツに絶え間なく能力を使わせる』
『その間の防御はケビンに任せる。なるだけ耐えろ』
30m程の距離を空け、能力の撃ち合いが続いていた。
14発、15発、16発。連続使用のインターバルが近づいてくる。
けれど《ジャバウォック》に焦りは無かった。
『攻めに転じたつもりか? 浅知恵とは哀れなものよなあ!』
0.1秒。それが《ジャバウォック》の能力に要するインターバルだった。
連続使用の限度に達しても0.1秒後には再び能力が使用可能になる。
仮にインターバルを狙って攻撃してきたとしても、この距離では攻撃が届く前にインターバルが終わる。着弾までにラグがある遠距離攻撃ではどう足掻いても《ジャバウォック》に届くことはないのだ。
『結局のところ距離を空けねば我の権能を防ぎ続けることはできん! 苦肉の策で距離を取ったのだろう? ハッ、ハッハハハ!!』
だからこそ、必要なのは至近からの攻撃。
『距離を取って撃つ以上、俺の攻撃は決定打になり得ねェ』
『氷壁から出て近づこうとしてもその間に狙い撃ちにされるだろォな』
『……ここにはその“距離”を潰せる奴がいンだろ?』
23発、24発、25発。
インターバルが近づき、《ジャバウォック》が警戒を強める。
もっとも案じることは無い。インターバルに銃弾が差し込まれないようには立ち回っているし、近付いてくる者がいたとしても30mという距離は自分の味方だ。到達することなくハチの巣が出来上がる。
29発。
30発。
─────目の前にオーヴァードが現れた。
「神凪」と呼ばれていた小魚。
30mの距離をどうやってか塗り潰して、文字通りそこに出現したのだ。
その身体には爆発的なレネゲイドが溜め込まれている。
この0.1秒の空白に全てを撃ち込むつもりで来たのだろう。
距離を詰められた。攻撃には0.01秒もかからない。
あらゆるものを否定する“分解”は、もはや─────
『小魚なりには考えたな』
─────その身体めがけ、“分解”の光が放たれた。
それが《ジャバウォック》の仕込んだ罠だった。
唯一の勝機と信じ込み飛び込んできた哀れなエージェントに致死の光が迫る。
このタイミングでなければ、この小魚はそれを逸らすことができただろう。
しかし勝負を決めるべく爆発的に解放しようとしたレネゲイドを、瞬間的に他のことへ回すことなどできはしない。技術や精神の話ではなく、機能として可能でない。
この小魚が距離を飛び越える様を、《ジャバウォック》は先程見ていた。
隠し切れなかった能力。明らかな作戦から見える隠された狙い。
故に、これは定められた結果だった。
『で、アイツの本当の限界は31発だ』
“分解”が、明後日の方向に逸らされた。
『は─────?』
何が、何故、如何にして、
それを全て置き去りにして、その爆発的なレネゲイドが向けられる。
「《第一領域》」
体が固まった。違う、動くことを許されていないのだ。
小魚からレネゲイドの圧力が消える。
何が。元々そのつもりだったのか? だがあの射撃は間に合わない。動きは止められたが“分解”は撃ち出せる。あと0.05秒。銃弾が飛んできても炎が飛んできたとしても届く前にインターバルは終わる。
この行動に何の意味がある?
─────背後に爆発的なレネゲイド
「悪いな」
声がした。馬鹿な間に合うはずがない。第一こちらに走る姿など──目前のオルクスが舌を出した──。
避けることが許されない。振り抜かれる剣にインターバルは間に合わない。
─────『
「
焔剣が、怪物を両断した。
▼▼▼
かくして、この事件は終わりを告げる。
戦闘が終わった後に入った通信によれば、例のレネゲイド拡散装置は無事に確保されFHの計画は潰えたのだという。
もしもこの世界に語り手がいるのなら、その者はこう結ぶだろう。
「楽勝だった」
「楽勝だなァ」
「楽勝ですね」
─────シナリオクリアです、と。
リザレクト無効手段が無いと戦闘書くのが難しいんだ……