怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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②『会敵』

 

肩まで伸びた金髪。仕立ての良い黒スーツ。こちらを見据える三白眼。

“マスターレイス06(ツェータ)”を名乗るその人物は、ヤクザのようにも見える若い男だった。

 

「テメェがこの空間の作り手か。わざわざ出迎えてくれるたァお行儀が良いじゃねェか」

「せやろ。ちっちゃい頃から厳しく躾けられてきてん」

「躾の結果がFHッてのは笑い話だがな。───で、何しに来たッて?」

「強盗犯を消しに。まあぶっちゃけ帰ってもらえるならそれでええねんけどな」

「強盗ォ? オイオイ人聞きが悪ィな、何の話だ?」

「何のカマかけやねん、今さら要るかいなそれ」

 

呆れたように目を細めて、六条水無月はアネモネを指さした。

 

「《ハーモナイザー》やろ? アンタらの狙いは。確かにこのセルの奥に置いてあんねんけど、あいにく壊されるわけにはいかんのやわ。帰ってくれへんかな」

 

 

 

「この建物にある、はーも…………なんだったっけ…………」

「《ハーモナイザー》?」

「そう……それ……。それを守れって、おじさんから言われてるの……」

 

“マスターレイス11(ラムダ)”を名乗ったのは、薄手の黒いドレスを纏い、腰まで届く長髪を湛えた儚げな女性だった。

狭い部屋に現れた藤咲依令奈はぼんやりと神凪を見つめていた。

 

「六条さんも言ってた……とっても大事なものなんだって……」

「……その装置がどういうものなのか、君は知ってるの?」

 

 

 

「帰ってくれ、なァ。意味わかッたうえで言ッてンのか」

「あー…………まあ、せやな。養成施設にいる連中は諦めてもらうことになるけど」

「ハッ、年端も行かねェガキどもを殺す宣言か。ずいぶんとまァご立派なことで」

「そらそうやろ、そっちの方が()()()()んやから。やらん理由がないわ」

 

 

 

「襲いに行くのは……私も含まれてた気がする……。面倒くさいけど、来いって言われたから…………」

「そこにいるのは子供たちだよ。戦いたくない子供も、望まずに目覚めてしまった子供もたくさんいる。そんな彼らを殺すって言うのか」

「……? えっと…………()()()()()()()()と……思うよ……?」

 

 

 

違う場所、同じタイミングで、彼らはその論理を口にした。

それ以上の問答は必要なかった。

 

「……あァそう。だッたら─────」

その手に銃が握られる。

 

「……そっか。なら─────」

周囲を因子が支配する。

 

 

 

「テメェはここで死ね」

「僕がそれを許さない」

 

 

▼▼▼

 

 

引き金を引くだけのワンアクション。ただそれだけで致死の極光が顕現する。

 

並の相手なら───そうでなくとも───決着となりかねない一撃だが、これで終わる者に“マスターレイス”の名が付くことはない。

避けるか、防ぐか。観察するアネモネの前で六条が取った行動はそのどちらでもなかった。

 

「《群衆(ソーオン)》」

 

手に握っていた赤色の珠が蠢き、それが人の形を形成する。

現れた仮初の命は躊躇いなく光の前に身を挺した。

 

「いや撃つの早すぎやろびっくりしたわ。どっちがジャームやねん」

「……ブラム=ストーカーか」

「ああこれ? ええ従者やろ。掃除とか洗濯とかやらせられるし、ドンパチやる時は盾にもなってくれんねん」

 

庇われた六条には傷一つ無い。手ごたえからして頑丈な感触はなかったが、後ろに攻撃を通さないようになっているのだろう。

すると更に珠が蠢き、六条の周囲に5体の従者が出現した。

 

「で、結局帰ってくれへんてことかな」

「そういうこッた。つーか、そもそも帰す気なかッただろテメェ」

「いやいや、そんなことないで。丁重にお見送りしてましたわ」

「ハー…………露骨すぎンだよ。このだだっ広い空間も、あのバカとわざわざ分断したのも。ハナからこっちを殺す気だろォが」

「しゃーないやろ、アンタら固まっとったら勝ち目無いねん。堪忍してや」

「言葉の使い方がなッてねェな」

 

轟音が響き、従者の一体が血に還る。

 

「その言い方じゃまるで『バラせば勝てる』と思ッてるように聞こえるぜ? “マスターレイス”さんよォ」

「あー、それなあ……」

 

銃声と共に従者が消えるが、六条の雰囲気は変わらなかった。

消えると同時に従者を生み出し、光が飛び交う中で世間話を続ける。

 

「調子乗んなって言えへんのが辛いとこやな。アンタも《皇帝》も、まあ“マスターレイス”が2対1でトントンてとこやろ。増援もなんでか呼べへんし、しょーじき逃げようか思たわ」

「だがやるしかねェと。中間管理職に向いてンな」

「そんな真面目ちゃうよ。長々語ったけどまあ要するに─────」

 

マスターレイスの姿が消えた。

アネモネの鋭敏な聴覚が地面を踏む音を捉える。六条が現れたのは100メートル後方の位置。

その唇が告げていた。

 

「『勝てる』て思ったから出てきてん」

 

周囲が赤く染まる。

アネモネの周りが……否、この隔離された空間全てが赫に包まれていた。

 

本能的な危機感を覚えて光を放つが、霧を掻いた時のように穴が開いた瞬間に塞がっていく。

薄かった赤色はしだいにその濃さを増していき、遠く離れた場所で六条葉月が宣告した。

 

「《明転(ブルーム)》」

「───ガ、ブ……ッ!?」

 

刃が飛び出る。

それは外ではなく()()()から。凝固した赫の刃がアネモネの体を引き裂いた。

 

「(攻撃が来る気配は無かッた───気体か!)」

「ああ、無駄やで」

 

空間を満たしていた赤色が一気に薄まっていた。

致命傷を負った体が修復を始めると同時、攻撃の正体に思い至ったアネモネはガスマスクを作り出す。

 

「《緞帳(カーテン)》」

 

六条が持つ珠が蠢き、周囲に漂っていた赤色が再びその濃度を増していく。

 

それを静観する理由は無かった。

エンジェルハィロゥの能力で銃を作り、100m先の標的へ乱射する。

光は減衰することなく到達し、しかし従者を侍らせる主にそれらが届くことはない。

 

従者が消えては生み出され、やがて濃度を取り戻した霧が渦を巻き始めた。

光を放つも意味はない。渦は徐々にその身を狭め、ついにはアネモネの体ごと

 

「《暗転(シャート)》」

 

閉じた。

と、同時。

千切れかけた体のまま、黒蛇が飛び出した。

 

先制で光を放ち、距離を詰める一瞬で追加の拳銃を生み出す。

そのまま拳銃の射程内に踏み込もうとするもそれは叶わなかった。

 

「おー怖」

 

間合いに入るよりも早くその姿が消え、更に離れた場所へと出現する。

そして赤い珠を握り、再び同じ言葉を口にした。

 

「《緞帳(カーテン)》」

「……………………チッ」

 

周囲が赤色で満ちていく。

 

“マスターレイス06”の能力と戦法はもう理解した。

そして、それが持つ意味も。

 

「《冴える黒蛇》。エンジェルハィロゥ・モルフェウス・ノイマンのトライブリード。その脅威は規格外の火力と知覚力。攻撃は当たらず、耐えきれない威力の攻撃が飛んで来る」

 

世界を赫に染めながら六条が語りだしたのは、他ならないアネモネの情報だった。

 

赤屍(あかばね)のこと覚えとる? 8番目のマスターレイスで、“愚者の黄金”ん時にアンタらにいじめられた奴やねんけどな」

「あー…………いた気もするなァ、そンな雑魚」

「そいつがまあ、逃げ帰ってきてからアンタと《皇帝》についてぎょーさん喚いてなあ。そん時は『警戒しろ』程度で終わったんやけど、その後も何度かぶつかったやろ? 流石に無視できんってことで、お二人については調べさせてもらったんやわ。そしたらホンマ出るわ出るわ…………なんでこんなんが都市支部におんねんて感じやったけどな。まーでもわかったこともあったねん」

 

赤色が満ちる。

 

 

「アンタは俺と相性最悪やっちゅうことや」

 

 

《冴える黒蛇》は決して防御力に優れたオーヴァードではない。

それでも彼が傷を負った姿を滅多に見せることが無いのは、異常なまでの回避能力を持つがゆえ。

 

当たらないから負けない。防げる者がいないから勝つ。

アネモネの強さを成り立たせているのはそんなシンプルな論理。

 

「………………………………」

 

食らって理解した。“マスターレイス06”の攻撃にそれほどの威力は無い。だが逃げ場が無い。

そしてこれ見よがしに侍らせる、主を庇う従者の群れ。

 

「…………ハッ」

 

なるほどこれは、相性が悪い。

 

「お守りの後ろでチクチクか、たいそうご立派な戦術だなァ。マスターレイス様ッてのは怖がりのお坊ちゃんでも務まンのか?」

「ああ、“マスターレイス”としてのプライドとかそういう話? 要らんやろ、そんなん。勝敗以外のところに価値を置いてどうすんねん」

 

六条の口調は世間話でもしているかのようなものだった。

珠を握ったまま肩をすくめる。

 

「それこそヨハンとかたまに難癖付けてくるんやけどな、『てめえの戦い方は下らねえ』とかなんとか。でも無駄やん? 戦い方がどうとか。勝てればええねん。アンタはどう思う?」

「余裕こいて敵とダラダラ喋ンのも無駄だと思うが」

「時間稼ぎやからええねん。はい《暗転(シャート)》」

「……ッ」

 

赤色の幕が閉じる。

切り刻まれた体が再生を始める。だがその速度の遅さが『リザレクト』の限界の近さを示していた。

切られる直前の迎撃も試したが効果は無かった。自身を囲む血の渦は、本当に避ける手段が無い。

 

無駄と言えばなあ、と他人事のような声。

 

「それこそ他の奴らの方が無駄やと思うねん。全てを焼き尽くす炎ーとか、何もかもを破壊する一撃ーとか。無駄やろ。オーヴァードなんて銃でも死ぬんやから」

「……………………」

「避けれんようにすれば死ぬ。防げんようにすれば死ぬ。…………こんなふうにな」

 

血に塗れ、至る部分が千切れかけている。

それが今のアネモネの姿だった。

 

「あとなんぼやー? 6回? 7回? まあ死ぬまで続けるだけやけど」

 

緞帳(カーテン)》、と。

再び赤が世界を満たす。

 

 

▼▼▼

 

 

時間は少し巻き戻る。

 

《皇帝》が敵に狙いを定めた時。

その瞬間には“マスターレイス11(ラムダ)”の拳が迫っていた。

 

「───ッ」

 

逸らした拳が轟音を立てて空を切る。

その風圧だけで後ろの壁がひしゃげるのを見て、次の瞬間には左の裏拳が飛んでいた。

 

「……あれ……?」

 

拳は再び空を薙ぐ。

首を傾げる藤咲へ、離れた神凪が指をさす。

 

鳴り響く衝撃音。蠢く地面が錐となり、その標的を刺し貫いた……はずだった。

 

「!」

「変なの……」

 

周囲に散らばる砕けた棘。

その中央には儚げな女が傷一つ無く立っていた。

 

「お返し」

 

耳元で声が響く。

剛腕が神凪の立っていた地面を粉砕した。

 

「…………なるほどね」

 

再び跳んで距離を空ける。

地面にはクレーターのような穴が広がっていた。直接食らえばひとたまりもないだろう。

 

敵を見たまま小さく息を吐いた。

 

当てたはずの攻撃が傷一つ付けられなかった。それほどまでに硬かったから。

空けたはずの距離が全く意味を為さなかった。それほどまでに速かったから。

 

二度観察して理解した。

何の小細工も無い。“マスターレイス11”の強さは、異常なまでの身体能力。

 

 

「(硬くて、速くて、強い。……困ったな、一番苦手なタイプだ)」

 

 

ゆらり、と人影が振り向く。

目が合った時には既に目の前で拳を振るっていた。

 

空間を縮め、反撃を狙い───目前に迫る拳。

 

「(ッ速い!)」

 

剛腕が唸りを上げて通り過ぎる。

やり過ごした暴風を横に神凪が地を踏んだ。

 

「《第三領域》」

 

足場が蠢き、茨となって敵を縛る。

 

それはダメージよりも拘束を目的とした攻撃だった。

身の動きとレネゲイドの巡りを阻害し、その間に距離を取る。

 

だが神凪が目にしたのは動けぬ敵の姿ではなかった。

 

「んっ」

 

バキリと音を立てて、縛り付けていた茨が砕ける。

開いた距離が一瞬で潰れ、マスターレイスが現れた。

 

「……っ」

 

間に仕掛けたカウンターは敵の体とぶつかり砕けている。

 

もう一度距離を離すという選択肢は断念した。

藤咲の脚力と、何よりもこの空間の狭さ。20m四方の空間ではどこに逃げようと一瞬で捕まる。敵の土俵で戦うしかなかった。

 

「…………?」

 

拳の軌道をずらして避ける。

不思議そうな顔を浮かべる女性への攻撃はやはり全て弾かれた。

 

「硬ったいな、本当。キュマイラ……だけじゃないよね」

「? うん…………キュマイラと……バロールと、ハヌマーン……?」

「(答えてくれるのか)」

 

暴風のような殴打を続けながらも尋ねれば静かな声が返ってくる。

それはやはり歪だったが、返答があるのなら都合が良い。

 

「この空間は君が作ったの?」

「うん……六条さんに、言われて……」

「その六条さんは、僕といたもう一人の方と戦ってるのかな」

「うん…………お前はあっちと相性が良いからって……。……あ……これ、言っちゃだめなんだった……」

 

とぼけた声の間も砲弾のような攻撃は止まらない。

拳を振るい、足を薙ぐ。武術の欠片も無い、ただ体を振り回すだけの動作全てが恐ろしい程の破壊力を宿していた。

 

「(『相性が良い』か。じゃあアネモネさんの方も苦手なタイプとやり合ってるのかな)」

「……あ」

「?」

 

動きが止まる。

ぽかんと開いた口を手で覆っていた。

 

「忘れ、てた…………」

「……何を?」

「六条さんが……言ってたこと……」

 

 

「隔離できたら、すぐ殺せって」

 

 

避けられたのはほとんど勘だった。

飛びのいた瞬間、その場所が文字通りに砕け散る。

 

「(あれで全力じゃなかったのか!)」

「んっ」

 

大気が歪み、躱した拳に引き寄せられる感覚があった。

込められた威力の桁が外れている。そして既に目で追えなくなっていた。

 

「んっ」

踏み込んだ足で地が割れる。

 

「ッ!」

掠めた腕で身体が浮く。

 

そして─────

 

─────怪物の拳が《皇帝》の身を突き刺した。

 

人間の体が一直線に飛ぶ。

20m先の壁は放射状に陥没し、一面に赤色が飛沫いていた。

 

「終わった……?」

「…………強いんだね」

 

返ってきた声は落ち着いたものだった。

壁に背を預ける姿を見て、藤咲はぼんやり「あと何回殺せば終わるんだろう」と考えていた。

 

「君はさっき、『弱いなら仕方ない』って言ったけど」

 

静まった空間に一人の声が響く。

 

「そんなに強いなら、奪う必要なんて無いだろ。大事な人は自分の力で守れるはずだ。誰かに手を差し伸べることもできるはずだ。誰かを襲って、その大切なものを踏みにじる必要なんて無いじゃないか」

「?」

 

こてんと首を傾げる。

 

挑発しているわけではない。

ただ藤咲には純粋に、『強いなら奪う必要は無い』という言葉が理解できなかったのだ。

 

「…………よくわからないけど…………えっとね…………。強いなら、何をしてもいい……んだよ?」

 

だから彼女は、自分の知っていることをわかりやすく教えてあげようとした。

 

「やりたいことがあったら、やればいいし…………欲しいものがあったら、取ればいいし…………いやな気持ちになったら、暴れればいいし…………。それに抵抗できない方が、悪いんだよ? どうして……強いのに、我慢しなくちゃ……いけないの…………?」

「……………………」

 

ちゃんと教えてあげたのに相手は何も言わない。

どう言えばわかるんだろうと考えて、藤咲は一つ思い出した。

 

「えっと……あなたと一緒に来た人と……同じ、だよ?」

 

ぴくりと反応があった。

よかった、これならわかるらしい。

 

「8番の人と会った時に……弱いのが悪いって……言ったんだよね……? その人と、同じ。強いなら……何をしてもいいの。弱いのが悪いんだから。…………ね、同じでしょ……?」

「…………違うよ。全然違う」

 

なのになんでか、相手は首を振った。

 

「あの人が強さを求めるのは、大切なものを守るためだ。自分が弱いから大切な人を失うなんて瞬間を認めたくないからだ。『強いから奪っていい』なんていう君の論理とは…………違うんだよ」

「…………そう…………」

 

何が違うのかよくわからないが、違うらしい。

せっかく教えてあげたのに、目の前の男は何もわからなかったようだ。

 

まあいいか、と拳を握る。

どうせやることは変わらない。この鬱陶しい敵を死ぬまで殴るだけだ。

 

「じゃあ……死んで」

 

─────衝撃音が爆発した。

 

 

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