怪文書置き場 作:ジャーム先輩
使用経験点:1000点
気遣いという概念が無い、粗暴で口の悪い人。
アネモネという男に対する第一印象は最悪のものだった。
一応は事件に巻き込まれた民間人である自分に対して「面倒だ」という気配を隠しもしない。こちらが何か言えば無視か嘲りか皮肉が返ってきて、昏倒から目覚めたときには呼び名が「雑魚」になっていた。
自分でも思うところがあるのにそんな言動をされて流せるほど大人ではなく、アネモネという存在は神凪優希の中で初めての「嫌な人」にカテゴライズされた。
それが変わったのはいつからだろう。
亡くしたはずの友人と会い、彼女へ抱く想いの強さを知ったときだろうか。
呼び名が「気狂い」に変わり、共に任務に出ることが多くなったときだろうか。
珈琲と共に自分の過去をこぼし、同時に彼の過去を聞いたときだろうか。
船に現れた死神を相手に、肩を並べて後ろの人を守り抜いたときだろうか。
いつからか、アネモネが他者を名前で呼ぶようになったときだろうか。
互いに嫌悪し顔を見ることも嫌がっていた二人はいつしか肩を並べるようになった。
いがみ合っていた背中を合わせ、恐ろしい強敵と戦うようになった。
悪罵は軽口に変わり、隣を共に歩くようになった。
何度も共に戦い、難敵を乗り越え、同じ時を過ごしてきた。
少なくとももう、神凪優希にとってアネモネは「嫌な人」ではない。
…………だったら、今の自分にとってアネモネは何なのだろう
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「(……………………あれ……………………僕……………………何、して…………)」
目を開く。ぼんやりとした赤い視界が映る。
敷き詰められた血溜まりと投げ出された四肢と寸断された胴を見て、そこで神凪優希は思い出した。
「(…………そっか…………負けたんだ、僕は…………)」
立ち上がった《カーネイジ》に対してもはや抵抗する術は無かった。
放出されるレネゲイドは更に増大し、一つ上の存在になったことはすぐにわかった。
身を裂かれ、立ち上がり、そして何度も蹂躙された。もう戦いにさえなっていなかった。
呼吸は小さな喘鳴に変わり、体のいたるところから夥しい血が零れ続けている。
もはや痛覚すら機能を止めたのか、感じられるのは体が冷たくなっていく感覚だけだった。
「(立た、ないと…………ここで止めなきゃ…………たくさんの、人が……………………)」
もう《ハーモナイザー》すら最優先の問題ではない。
眼前で今なお拡大を続ける気配には覚えがあった。最後の枷を取り払われた《狩猟者》が日本支部で千夜城を拡げた時と同じ、違うものに成ったという直感。
止まることなく命を呑み込み続ける嵐。それこそがこの化物の本質だ。
ここで止めなければ大勢の人が死ぬ。
裏の世界を知らない一般人、止めようと足掻くオーヴァード、数えきれないほどの命が失われる。
名取支部の仲間が死ぬ。後輩も先輩も、上司も知人も死ぬ。誰からも認められる会長になった友人も、たまに帰ってくるようになった父も死ぬ。
だから立たないと。そう思っているのに。
もう、指一本動かないのだ。
大切な想いも、燃やし尽くしてしまったから。
「(……………………ここが……………………僕の終わりか)」
─────いつからか、鎖が見えていた。
先へ先へと伸ばしていた力が、だんだんと伸びなくなるのを感じていた。
成長速度は緩やかになり、そして徐々に、上昇は止まっていった。
踏み出そうとした体を固定する、無数の鎖が見えていた。
─────ここが頭打ちかと、そう理解した。
それを感じたとき、焦りは無かった。奇妙な納得だけがあった。
すとんと腑に落ちたのだ。ここが自分の果てなのだと。
努力を続ければ誰もが同じところまで強くなるわけではない。同じ経験をすれば誰もが同じ成長を遂げるわけではない。
人は、誰にも限界がある。多くのオーヴァードと出会ってそれは理解していたし、だからこそ自分はここまでなのだとわかった。
─────神凪優希は、あの怪物に勝てない。
立っているステージが違った。
気迫や工夫では決して埋まらない、純然たる力量の差があった。
かつての日本支部での決戦で《リヴァイアサン》がどれだけ《狩猟者》の力を削っていたのか、今になって理解した。
《皇帝》は《カーネイジ》に勝てない。それが、覆せない事実だった。
そう認めたとき、すっと、体の熱が落ちていった。
四肢の感覚が遠くなる。大切な何かが体から剥がれていく。ほどけてはならない部分が、分解されていく。
薄れていく視界の中、神凪はふと視線を上げた。
垂れ下がる頭で僅かに上向けた目は、ろくに像を結ばない散漫な世界の、ほんの数メートル先を映すだけの行為だった。
眼が合った。
赤色の瞳が、「立て」と凄絶に告げていた。
─────いや鬼かこの人は。
僕の体が見えてないのか? お腹とかもう千切れてるんだぞ。ここから立てって、僕を変な都市伝説にでもする気なのか?
ていうか、そっちだって似たような有様じゃないですか。両足引っこ抜かれてるし、大砲当てられたってそんな全身穴だらけにはなりませんよ。そんな状態で何する気ですか。
…………戦うんだろうなあ。
ちょっと嫌だけどわかってしまう。アネモネさんがそういう人だってことは知ってるから。
自分の言葉を曲げない人だってことを知ってるし、大事なものを大切にする人だってことを知ってるし、実際は誰よりも自分に対して厳しい人だってことを知ってる。
それはまあ、アネモネさんはここで立つだろう。
立って、戦って、…………なんだか勝ってしまいそうな気もする。
あの人が理不尽を撃ち砕いて勝つ姿が、なんとなく想像できてしまう。
じゃあ、そのとき僕は何をしているんだろう。
アネモネさんが立って、《カーネイジ》と戦って、死闘の末に勝利をもぎ取って…………その光景を、後ろで倒れたまま眺めている?
「はあ?」
がり、と指が地面を掻いた。
─────いつからか、鎖が見えていた。
うるさい。
─────ここが頭打ちかと、そう理解した。
知るか。
─────神凪優希は、あの怪物に勝てない。
あの人はここで立つだろうが!!!
凪いでいた心が跳ね回る。熱を失っていた体に火が灯る。神凪優希のレネゲイドが主の帰還に喝采を挙げる。
鎖だの果てだの知ったことか。赤色の瞳が自分を見ているのが見えるのに。
「ああもううるさいなあ、わかってますよ……!」
あなたはここで立つんでしょ。理屈を丸ごと壊すんでしょ。限界なんて超えていくんでしょ。
わかってる。あなたがそんな人だってことは嫌ってくらいにわかってるんだ。
だったら僕が、僕だけが─────
「─────こんなところで終われるか!!!」
《皇帝》神凪優希
使用経験点:─────