怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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《冴える黒蛇》アネモネ

使用経験点:1000点


⑦『「神凪優希」』

 

弱いくせに周りを助けられると思い上がってる、気持ちの悪い雑魚。

神凪優希という男に対する第一印象は最悪のものだった。

 

 

「僕があと少し早く覚醒できてれば」なんて目覚めたてのド素人が本気で悔やむ。巻き込まれた被害者の分際で事件に関わってこようとする。大した力も使えないまま案の定殺されかけて、それを護衛の自分に謝ってくる姿など本気で吐き気がした。

「助けられなかった」という後悔は「助けられたのに」という思い上がりの裏返しだ。かつての自分を見せられているようで嫌悪感が止まらず、神凪優希という存在はアネモネの中で嫌悪と厭気を共にラベリングされた。

 

それが変わったのはいつからだろう。

 

何もできないと思っていた雑魚が、命を張って貴音を助けたときだろうか。

病室の前で顔を合わせ、呼び名を「気狂い」に変えたときだろうか。

珈琲と共にその過去を聞き、同時に自分の過去をこぼしたときだろうか。

船に降り立った死神を前にし、躊躇いなく命を預け合ったときだろうか。

いつからか、神凪が笑うようになったときだろうか。

 

互いに嫌悪し顔を見ることも嫌がっていた二人はいつしか肩を並べるようになった。

いがみ合っていた背中を合わせ、恐ろしい強敵と戦うようになった。

悪罵は軽口に変わり、隣を共に歩くようになった。

 

何度も共に戦い、難敵を乗り越え、同じ時を過ごしてきた。

少なくとももう、アネモネにとって神凪優希は「気持ち悪い雑魚」ではない。

 

…………だったら、今の自分にとって神凪は何なのだろう

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「(……………………?……………………どこだ…………ここ…………)」

 

視界が今までにないくらいぼやけていて、そのくせ真っ赤に滲んでいる。

下半身を沈める血溜まりと陥没した胴体と半ばから千切られた両足を見て、アネモネはそこで思い出した。

 

「(…………あー…………負けたのか、俺ァ…………)」

 

立ち上がった《カーネイジ》に対してもはや抵抗する術は無かった。

放出されるレネゲイドは更に増大し、一つ上の存在になったことはすぐにわかった。

身を穿たれ、立ち上がり、そして何度も蹂躙された。もう戦いにさえなっていなかった。

 

途切れかけの呼吸音以外に何も音が聞こえない。刺激を感じる機能が止まっている。

千切れた足の断面を眺めても痛みさえ感じず、ただ熱が失われていく感覚だけがあった。

 

「(目ェ、醒ませ…………何でもいいから、銃を…………ここで止めねェと…………アイツらが…………)」

 

任務の目標だった最悪の機械、養成施設の子供たちを危機に晒す《ハーモナイザー》。それさえももう最優先の問題ではない。

今なお拡大を続ける気配と同質のものをアネモネは知っている。「世界を壊せ」と命じられた《狩猟者》が日本支部で千夜城を拡げた時と同じ、違うものに成ったという感覚。

止まることなく命を呑み込み続ける嵐。それこそがこの化物の本質だった。

 

ここで止めなければアネモネの大切な者たちが死ぬ。

日本どころか世界を呑み込む嵐。その最初の段階で彼らは蹂躙される。

同じ支部の連中が死ぬ。生意気な後輩たちも、口うるさい大人も死ぬ。同じ施設の後輩も、天然ボケの同年代も、多少は素直になった素直じゃない会長も死ぬ。

メビウスが殺される。榎本(えのもと)貴音(たかね)が殺される。

 

だから立てと、そう思っているのに。

もう、指一本動かないのだ。

大切な想いも、燃やし尽くしてしまったから。

 

 

「(……………………ここが……………………俺の終わりか)」

 

 

─────いつからか、鎖が見えていた。

 

進み続けていた足が、だんだんと重くなるのを感じていた。

自分の身を虐め、戦闘を繰り返し、上がり続けていた力の伸びが遅くなってきた。

踏み出そうとした体を固定する、無数の鎖が見えていた。

 

─────自分の果てはここかと、そう理解した。

 

アネモネは才能というものが存在することを知っている。

言い訳や慰めに使われる偽物ではない「これ以上は進めない」という厳然な果てがあるということを、彼は施設の中で何度も見てきた。

だから、己を縛る鎖が見えて、何をしても進まなくなったとき、不思議なほどあっさりと呑み込めた。

限界は何度も超えてきた。他人の言う無理など何度も破壊してきた。けれどこれは違う。ただ単純に、自分に「これ以上」はもう無いのだとわかった。

無いものねだりほど無意味なことはない。持っている力でどうするか考えるのが次の段階だと、そう決めていた。

 

─────アネモネは、あの怪物に勝てない。

 

立っているステージが違うのだ。

あの怪物は自分と違う場所にいて、その間には工夫や駆け引きで埋まらない絶対的な差があった。

かつて身を投じた《狩猟者》との決戦で、《リヴァイアサン》がどれだけその力を削っていたのかを、今になって理解した。

《冴える黒蛇》は《カーネイジ》に勝てない。何よりもアネモネ自身の頭がそう告げていた。

 

それを認めたとき、すっと、体の熱が落ちていった。

 

思考が動きを止めていく。自分が体から離れていく。世界が、静かになっていく。

 

視界が色を失っていく中、アネモネはふと視線を上げた。

動かない首で僅かに上向けた目は、認識さえ遠くなっていく薄れた世界の、ほんの数メートル先を映すだけの行為だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼が合った。

 

黒色の瞳が、「立て」と凄絶に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────いや悪魔かテメェは。

 

俺の体見えてねェのか? 両足ブチ抜かれてンだぞ? こッから立ッたらもう幽霊だろうが。

 

つーか、お前だッて似たような有様じゃねェか。腕繋がッてンのかそれ? てか何で正面から背骨見えてンだよ、お前の方がスプラッタ映画だわ。そンな状態で何する気だ。

 

…………戦うンだろうなァ。

わかッちまうのが癪だが仕方ねェ。アイツがそういうヤツだッてことはもう知ってンだ。

アイツの「助ける」が薄ッぺらい言葉じゃねェのを知ッてるし、アイツが妄想にしか聞こえねェそれをずッと貫いてきたのを知ッてるし、アイツはそれを裏切ることを絶対ェ自分に許さねェことを知ッてる。

そりゃまァ、神凪はここで立つだろ。

 

立ッて、戦ッて、…………なンか勝ッちまいそうな気もする。

アイツが全部を無理やり捻じ伏せて勝つ姿が、なンでか想像できちまう。

 

じゃァ、そンとき俺は何してンだ?

神凪が立って、《カーネイジ》と戦って、わけわかンねェ執念で勝ちをもぎ取ッて…………その光景を、後ろで倒れたまま見てる?

 

「ァア?」

 

みし、と指が軋んだ。

 

 

 

─────いつからか、鎖が見えていた。

 

うるせェ。

 

─────自分の果てはここかと、そう理解した。

 

知るか。

 

─────アネモネは、あの怪物に勝てない。

 

アイツはここで立つだろうが!!!

 

 

 

止まっていた思考が動き出す。世界が色と音を取り戻す。アネモネのレネゲイドが主の帰還に喝采を挙げる。

 

鎖だの果てだの言ってはいられない。黒色の瞳が自分を見ているのが見えるのだから。

 

「あァクソうるせェなァ、わかッてンだよ……!」

 

お前はここで立つンだろ。無理だッてのを曲げンだろ。限界なンか知らねェッて言うンだろ。

 

わかッてンだよ。お前がそういうヤツだッてことは嫌ッつーほどわかッてんだ。

 

だッたら俺が、俺だけが─────

 

 

「─────こンなところで終われるか!!!」

 

 




《冴える黒蛇》アネモネ

使用経験点:─────
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