怪文書置き場   作:ジャーム先輩

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ぎすぎす




三日目

「…………もう一度言っていただけますか」

「新入りにちやほやしてもらえンのはさぞかし気持ちいンだろうなっつったんだよ、三下」

 

三日目。朝。

訓練室に入ろうとしたあさひの目に映ったのは、険悪な空気で睨み合う二人のオーヴァードだった。

 

 

▼▼▼

 

 

時は少し遡る。

 

二日目の訓練を終えて疲弊したあさひは早々に床に就き、その分早く目を覚ました。

時計を見ればゆっくり準備をしても今日の予定には十分以上に間に合う時間であり、頑張り屋な少年は「せっかくだし自主練しよう」と思い立った。

 

長い廊下を歩きながら昨日の訓練について思い起こしている途中で、あさひの肌にピリついた感覚が走った。

周囲でレネゲイドが活性化した時に起こる僅かな共鳴。訓練室に誰かいるのかなと考えた時。

 

ドオン! という轟音が響き渡った。

 

「!?」

 

大音量の衝撃に驚き、何かあったのかと音のした訓練室を覗き見る。

そこにはあさひが想像していなかった者……天本玲泉と、初日に出会った『アネモネ』と呼ばれた男がいた。

大破した機械人形の前で立つ二人の間には緊迫した空気が漂っている。

 

「…………もう一度言っていただけますか」

 

どうしたんですかと開きかけた口が閉じた。

聞こえた声が天本のものとは信じられないほど冷めていて、支部の中でこの声を聞くと思っていなかったあさひは息を吞んだ。

 

「聞こえなかったかァ? 新入りにちやほやしてもらえンのはさぞかし気持ちいンだろうなっつったんだよ、三下」

 

刺すような視線を向けられて、けれどアネモネは動じた様子もなく嘲るようにそう言い放った。

笑顔のまま、天本の発する空気が重圧を帯びる。

 

「言っている意味がわかりませんね。《冴える黒蛇》はコミュニケーションに難があると聞いていましたが、なるほど。噂通りチームワークを乱す三流だったようです」

「話の筋ずらしてンじゃねェよ三下。ホントに意味がわかんねェならババアに頼んでノイマンでも追加してもらったらどうだァ? 多少はマシになンだろ」

「貴方と話すのは時間の無駄ですね。この訓練室は今日の研修で使うことになっているはずです、別の部屋へ行っていただけますか? 貴方のような柄の悪い人間が近くにいると鳩原さんに悪影響ですので」

「そうやって今日もあの鳩原とかいう奴に合わせたおままごとをすンのかよ」

 

…………え?

 

二人が言い合う中でいきなり出てきた自分の名前にあさひは目を丸くした。

 

「意味が分からねえッてのはコッチの台詞だ。昨日の訓練とやらを見てたがな、何だありゃァ? 露骨に手え抜きやがって何様のつもりだテメエ」

 

手を抜いていた?

少なくともあさひの目にはそう見えなかった。向かってくる機械人形を撃ち抜く中でも笑顔が崩れることはなかったが、天本はしっかりといつも通りの実力を発揮していたはずだ。

そう、いつも通り。いつも通りの…………

 

「もしか、して」

 

とある考えがあさひの頭を過る。

その間もアネモネの叩きつけるような言葉は続く。

 

「気ィ使ってるんだか何だか知らねえがテメエのそれは強くなる気がねえって言ってるようなもんだ。…………テメエまさか、自分は誰より強いとでも思ってンのか?」

 

そこで言葉を切り、アネモネは天本を見据えた。

彼女の様子は変わらない。天本は笑顔を浮かべたまま口を開いた。

 

「自信気に語ってくださったところ申し訳ありませんが、見当違いにも程がありますね。自分の当て推量が正しいと信じ込むのはいかがなものかと。あなたこそ自惚れが過ぎるのでは?」

「おーおー。ッてことは俺の目が曇ってただけであれがテメエの全力だったってわけか。成程なァ。なんだよ、こんなのを直属にしてるたあ、霧谷のやつはあれだけ威張ってる割に大したことねえンだな」

 

ピクリと、この会話の中で初めて天本の表情が動いた。

 

「その言葉は、霧谷支部長への侮辱とみなしますが」

「笑いたくもなンだろ。天下の日本支部長サマは自分の直属に弱ェ奴が入ってることにも気づかねえ節穴だってンだから。あァ、それとも気づいてても交代がいねえくらいに人望が無ェのか? どっちにしろ笑えるなァ!」

「─────試してみますか?」

 

殺気を纏ったレネゲイドが訓練室を満たす。

いつの間にか天本の手には銃が握られ、頭には魔女を彷彿とさせる帽子が乗っていた。

 

対するアネモネは面白いと言わんばかりに攻撃的な笑みを浮かべ、その両手に銃を出現させた。

 

一触即発の訓練室の外で、あさひは先程アネモネが発した言葉と急変した状況による混乱の最中にいる。

そんなあさひに穏やかな声がかけられた。

 

「あれ、早いですね鳩原さん。おはようございます」

 

廊下の向こうから歩いてきたのは神凪だ。彼はいっそ場違いなほどのんきにあさひへ声をかけてきた。

 

「あ、神凪さん……」

「? どうかしましたか、って…………ちょっ、何やってるんですか二人とも!」

 

物理的な重ささえ発するほど濃密なレネゲイドで満たされた部屋の中へ神凪が踏み込む。

 

「邪魔すンじゃねえよ」

「いや邪魔するに決まってるでしょう!? 天本さんも銃を下ろしてください!」

「気にしないでください神凪さん。これは戦闘訓練です」

「殺し合いは訓練じゃありませんよ。本当にやる気なら僕が全力で止めます」

「……………………」

「……………………チッ」

 

刺々しい沈黙の後にアネモネが両手に持っていた銃を消した。それを見て天本も同様にする。

 

「……………………」

「あっ。ちょっと、アネモネさん!」

 

興味が失せたとでも言うように舌打ちして、アネモネが訓練室を出ていった。慌てて神凪がそれを追いかける。

 

訓練室には憮然とした天本と、部屋の外で立ち尽くすあさひが残されていた。

 

「(玲泉さんは…………なんで…………)」

 

 

▼▼▼

 

 

三日目の訓練内容は昨日と同じ、機械人形を用いたものだった。

少し遅れて開始されたその訓練で、あさひは昨日以上の成績を残せなかった。

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